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雑誌目次

論文

精神医学5巻9号

1963年09月発行

雑誌目次

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いかにして離婚は精神医学の問題たりうるか—離婚の精神医学序論

著者: 畑下一男

ページ範囲:P.683 - P.693

Ⅰ.
 これは精神医学以前のことかもしれません。けれど,ささやかながら私は,本論を執筆しようとして,思わざるをえません。いうまでもなく,本誌の読者の大部分の方は,精神医学の専門家であることを志し,日夜,研究に,あるいは臨床活動に専心しておられる方々だと思います。が,いかがなものでしよう。本論の表題のような,"離婚"の精神医学的研究といわれたとき,皆さんは,何を連想され,何を期待されるでしようか。素人やそれに諛ねるジャーナリストが,漠然と"離婚"に寄せている関心とは別に,断固これは精神医学的な専門的知識だといえる,精神医学者だつたらだれもが共通していえる何かがはたしてあるでしようか。ごく卑近な例ですが,いま長い間精神病院に入院している精神病患者を夫にもつた妻が,精神科臨床を訪れて,精神医学者であるあなたに,実は私は夫と離婚したいと思つているのですが,専門家の立場から,そうしたほうがいいかどうかご教示願いたいと相談をもちかけられた場合,あなたはどのようにお答えになるでしよう。大変勝手な想像ですが,おそらく大部分の方は,返答に窮し,そんな責任は負いたくないと逃げ腰になられるのではないでしようか。それがこうだつたら,きつと違うでしよう。すなわち,おなじ夫のことで,妻が夫の病気はなおるでしようかどうでしようか,いつごろになつたら退院できるでしようか,と相談をもちかけられたらです。こんなことをいつたら皮肉にとられるかもしれませんが,病気のことでしたら,講議でも聞いたでしようし,教科書でも読んだことがあるでしようが,こと離婚となると,あれほど"精神医学は,わかりきつたことだが臨床医学である"といわれていながら,アカデミズムからは黙殺されているのです。

研究と報告

AnosognosiaとAnosodiaphoria

著者: 浅川和夫 ,   小浜卓司 ,   布施雄一郎

ページ範囲:P.695 - P.702

 Anosognosiaの2例とAnosodiaphoriaの2例を書報告し,その発現機制につき若干の考察を加えた。
 (1)anosognosiaやanosodiaphoriaの成立する基礎には必ずしも身体図式の分割(半側性身体失認)は存在しない。両者は巣疾患に現われる身体認知の障害のなかで特殊な位置を占めている。
 (2)anosognosiaとanosodiaphoriaの関係は,その成立機制からみると,単純に程度の差とはみなせない一面がある。病巣的要因に帰しうるものはanosodiaphoriaの現象にとどまり,anosognosiaの成立には病巣外要因がより強くはたらく。
 (3)anosognosiaの発呈には,急激な発病という時間的要因が関与している。

催眠の精神生理学的研究—第2報 催眠の脳波におよぼす影響

著者: 名尾智等

ページ範囲:P.703 - P.709

Ⅰ.はじめに
 催眠の精神生理学的研究の一環として,さきに催眠のMinor Tremorにおよぼす影響について報告したが,今回は催眠下における脳波について検討したところを報告する。脳波による催眠の研究は,Loomis(1936)9),BlakeとGerard(1937)2)らによつて着手されて以来,多くの実験結果が発表されつつある。そのおもなる方向は,(1)睡眠時の脳波と催眠時の脳波の比較(2)覚醒時と催眠時の脳波の比較的考察である。BarkerとBurgwin(1946)1)は,暗示によつて催眠性睡眠を生起させ,正常の睡眠と比較不可能な程度の脳波の変化を報告した。TrueとStephenson18)はこれを追試して,この結果とはまつたく反対の結果をえている。藤沢(1958)は催眠中に,自然睡眠によく似た脳波のえられることを発見し,GillとBrenman10)は諸家の催眠と睡眠に関する脳波的研究の結果を検討して,催眠は深い睡眠ではない。またふつうの覚醒状態とも異なる。催眠の被験者は夢をみている人(dreamer)とよぶことができると述べている。催眠時と覚醒時の脳波については,Dynes(1947)4),Loomis(1936)9)や小熊,工藤,藤森,本間(1949)12)らは,両者間に差異がないと報告し,Darrow(1950)3)らは,異なつた部位から誘導した脳波の位相において,両者間に差異があるといい,山岡(1957)19)は催眠時には脳波が不規則となり,またとくに後頭部のα波が減少することを報告している。このように催眠研究のもつとも基本的課題が,まだ結論をえていない状況にあり,また多くの実験において,催眠の深度に関して考慮がなされていない。一律に催眠といつても,Wolbergが4段階に区分しているごとく,その深度には種々の差異があらねばならない。この事実を無視した実験は,いかに厳密に操作されたとしてもその結果は意義少ないものとなるであろう。また同じく脳波の変化を論ずる場合に,従来のごとく単なる観察によるよりも,周波数分析を行なつたほうが,より定量的な変化をつかむことができるのである。わが教室においては,柴田15)がこの問題についてすでに研究を行なつているが,さらにこれを発展させて,催眠の浅い状態と深い状態における脳波の比較を頭頂部と後頭部の双極誘導による脳波の自動周波数分析法によつて行ない,また顫光刺激による妨害条件の設定という新たな観点から実験をこころみたものである。

ゲシタルト理論よりみたる森田療法

著者: 馬杉保

ページ範囲:P.711 - P.713

Ⅰ.まえがき
 故森田教授が独自の神経質の精神病理,ならびに精神療法を発表して以来すでに40余年,わが国においてはフロイドの精神分析に対し,東洋哲学の思想から生れた森田療法は,わが国独自の精神療法として,わが学会に高く評価され,近来欧米学者の中にも,本療法に興味をもつ人もかなり多くあるようになつたが,なお一般に利用されることの少ないその原因の一つとして,神経質理論は容易に理解されるが,その療法の実施にあたり,禅的な体験と同じく言葉で表現すれば,すでに実体を失うというところがあり,その要旨が会得しがたいところがあると思われるゆえに,森田理論の理解のために,ゲシタルト理論を応用してみた。

トラキランによる精神分裂病の治療(第2報)—とくに陳旧分裂病に対する効果判定表の応用について

著者: 桜井図南男 ,   牧武 ,   中沢洋一 ,   志田堅四郎 ,   梅末正男

ページ範囲:P.715 - P.720

I.はじめに
 私たちは,第1報において,精神分裂病18例を含む精神疾患21例に対し,トラキラン(最高1日450mgまで)を投与し,その成績を検討したが,全般的にみて
  有効:5例(24%)
  やや有効:4例(20%)
  無効:12例(56%)
 であつた。
とくに精神分裂病に対しては
 (1)易感性が調整され,関係念慮のうすらいでゆくものを数例経験した。
 (2)心気的な体感異常を訴えていた患者によい効果があつた。
 (3)活動性が低下し,不活発になつている患者にこころみ,数例において,活発さの増加を経験した。
 このような事実から,精神分裂病に対するトラキランの作用のしかたには,他の精神薬物と多少異なつた面があるのではなかろうかと考えていたのであるが,その後,柴原1)(高茶屋病院),井上・浦上2)(多摩病院),小林・相沢・高橋3)(東北大精神科),佐々木・島崎(広島大精神科)・高畑・品川4)(長尾病院)などの報告を読むにおよんで,私たちの経験した第3の効果が,陳旧分裂病に対し,かなり特殊な効果をあげている事実を知り,この点に関し,さらに検討してみたいと考えるようになつた。
 第1報の対象とした精神分裂病はいずれも慢性例ではあつたが,陳旧例というわけではなく,したがつて,状態像にはかなり複雑なものが認められていたのであるが,今回はなるべく陳旧例を選び,情動的に褪色し,活動性が低下し,無為に日を送つているような患者を対象にした。病的異常体験が活発に動いているようなものは,なるべく避けたのである。

てんかんに対するPhenetrideの使用経験

著者: 佐藤久 ,   丹道男 ,   坂岡ウメ子

ページ範囲:P.721 - P.724

I.緒言
 近年,てんかんに対する薬物療法は,Barbital酸誘導体Hydantoin誘導体,Oxazolidin誘導体,直鎖系誘導体を中心とし,その他,各種の有効な薬剤を適宜に組合わせることにより,容易に発作を抑制することが可能になつてきているが,なおかつ頑強に薬物に抵抗し抑制不能な例も少なくない。
 PhenylacetylureaがGibbsらによつて,難治な,精神運動発作に著効することが報告され,現在もつぱら使用されているが,あまりにも副作用が大であり,しばしば休薬を必要とするほどである,週期性不機嫌症,てんかん性性格変化に対する治療はさらに困難をきわめ,抗てんかん剤以外の薬物,あるいは観血的療法にゆだねられることがしばしばである。

R 1625(Serenace,Haloperidol)の試用経験

著者: 堀要 ,   小林晋 ,   米倉育男

ページ範囲:P.725 - P.730

I.はじめに
 近年,Chlorpromazineを初めとするいわゆるPsychotropic drugsの進歩は,各種のHallucinogenの発見や,Phenothiazine系Neuroplegiaの開発,あるいはAmitryptyrine,ChlordiazepoxideなどのTranquilizerの導入など,瞠目に値するものがある。
 しかし,これらの薬物には多かれ少なかれ錐体外路系障害,薬疹,皮膚炎,血圧低下などの不快な副作用がつきまとい,かつ,そのSpectrumが割合広いために急性のAgitationや躁状態に対しては使用に不便を感ずるものが多かつた。
 最近,Butyrophenoneとして知られる新らしいNeurodislepticaとしてR 1625(SerenaceあるいはHaloperidol)が登場した。
 その化学名は,4'-Fluoro-4-〔4-hydroxy-4-(4-chlorophenyl) piperidino〕butyropherloneで,化学構造式は下記のようである。

資料

向精神薬の臨床的効果判定をめぐる諸問題—アンケートの結果より

著者: 順天堂大学医学部神経科教室

ページ範囲:P.733 - P.737

I.はじめに
 最近精神科領域において向精神薬がめまぐるしいまでに相ついで登場し,これに応じて多数のこれら新薬の治験報告がみられるようになつた。しかしこれらの報告は,十分な観察と慎重な判定とを欠くものが少なくないために,われわれが定見をもつて薬物療法をすすめていくうえの資料にならぬことが多かつた。このような乱脈を正すために,共通の評価尺度を用い,できるかぎり客観的に薬効を判定しようとする動きが生まれた。このような動向は,室伏1)の紹介にみられるようにアメリカにおいてもつともさかんであるが,わが国においても,東京医大,東京医歯大,東京大学の共同研究よりなる慢性分裂病に対する症状の評価尺度の試案2)が発表された。われわれの教室においても効果判定の諸問題を検討中であるが,この研究に着手するにさきだち,昨年(1961年)の夏,全国の大学47カ所,主要精神病院・研究所74カ所,計121カ所に本問題について簡単な質問紙による回答を求めた。
 これによつてえられた資料を整理し,われわれの経験をも加味しつつ,これに若干の考察を加えてみたい。

紹介

「ヒポクラテス全集」より—〔第1回〕神聖病について

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.745 - P.753

 Hippocratesの原典から精神医学にも関係のあるような部分を紹介してみたい。最初は「神聖病について」を訳してみることにする。てんかんに関する論述であるのはいうまでもないが,本篇は単に精神医学のみならず医学一般においてももつとも重要な文献の一つであろう。「ヒポクラテス全集」"Corpus Hippocraticum"というのはだいたい紀元前5世紀の後半から前4世紀の末葉にいたるまでの数十篇にのぼる医学的文献の集大成であるが,その中でも本篇はもつとも古く,440BC〜430 BCころのものではないかという説もあり,おそくとも420BC以前であろうとのことである。大Hippocrates自身の筆になることがほとんど確実とされているものに「予後」(προγυωστικον),「流行病I,III」(επιδημιαι α,γ),その他があるが,この「神聖病について」(περι ιερηδ νωυσσυ)もまた「空気,水,場所」(περι αερων υδατωντσπων)と並んで彼自身の著作であろうという見解が支配的である。これには異論もあるがいまはふれない。Hippocratesの生誕が460 BCころとされているから,本篇がもし彼の作でありその年代が上述のごとくであるとすれば,彼の比較的若い年代に書かれたことになる。
 本篇は俗信,迷信に対する攻撃にはじまる。まずてんかんをば神聖病とみなしてこれを呪術的行為によつて治療せんとする当時の俗見に向かつて決然と論駁を加え,本病が他の疾病と同じく自然的起源を有するもので,遺伝,体質にもとづき,その原因が脳にあることを主張する。さらに粘液質と胆汁質の区別,粘液が脈管系に流入するために生ずる種々の発作型の記述,年齢や気候による影響,意識,思考をもたらす空気の役割,意識の媒介者としての脳など,種々興味ある論述があつたのち,最後にてんかんが決して不治の病でなく自然的,合理的手段により治癒せしめうることが示唆されている。

動き

日米合同精神医学会議印象記—第1回 講演の部

著者: 秋元波留夫 ,   懸田克躬 ,   諏訪望 ,   金子仁郎 ,   桜井図南男

ページ範囲:P.738 - P.744

 本年5月13日から16日までの4日間,ホテル・オークラにおいて開かれた「日米合同精神医学会議」の紹介および印象記を紙面のつごうで印象記および講演の部(本号)と討論の部(次号)に分け2号にわたつて紹介することにした。開会までの経過などをこの会議の会長として主宰された東大秋元教授に,ついで4日5回にわたる講演会の紹介をおもにその部門を担当された座長の方に,最後に全体の総括として九大の桜井教授にお願いした。広範な精神医学領野の諸問題を内包しかつ東西の精神医学を比較しながら進められた本会議の紹介は将来にいろいろな問題を示唆してくれることと思う。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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