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特集 精神医学的コミュニケーションとは何か―精神科専門医を目指す人のために
いまなぜ「精神医学的コミュニケーション」なのか?
著者: 飯森眞喜雄1
所属機関: 1東京医科大学精神医学講座
ページ範囲:P.7 - P.9
文献購入ページに移動 「右手にDSM,左手にアルゴリズム,これで精神科医も万全だ。ところで,患者にどう声をかけたらいいのか…さて困った…」とは,アメリカの高名な精神科医のつぶやきであるという。この20年ほどの間に精神医学・医療は大きく変化した。そのひとつは,伝統的診断がDSMの操作的診断基準の席捲によって道路脇に押しやられたり,Praecoxgefühlのように「わけのわからないものは不要」と土手から突き落とされてしまったことであろう。それと,精神薬理学の進歩や生物学的知見の増大によって病因が「精神」から「脳」に移ったこと,臨床における精神科医の役割が治療者からマネージャーに変質したこと(薬の処方と検査の指示はするが,それ以外のことはそれぞれのセクションの専門職に振るというマネジメントの役割)であろうか。
伝統的診断においては,先達の,とりわけ日本ではドイツやフランスの大家の著作を紐解き,症例や症状の詳細な記述――考え抜かれ吟味された言葉の数々を参照しながら,自分の患者の来歴,言表,表情,所作,振る舞い,行動,さらには創作物にまで目を配りながら,患者を丸ごと把握するように努めてきた。観察し記述することを心がけ,それを自分自身の経験とコモンセンス(共人間的感覚)とに照らし合わせ,疾病観や患者観を作り上げてきたわけである。こうしたことは,精神医学では科学的態度であるばかりでなく,患者の内的世界の機微を探り,それを全一的に理解しようという努力の営みである。それがあってはじめて薬の効き方や長所・短所も会得できた。そこには,症状の断片を「ある」「なし」で判断して次に進むアルゴリズムとは異なる道程があった。
伝統的診断においては,先達の,とりわけ日本ではドイツやフランスの大家の著作を紐解き,症例や症状の詳細な記述――考え抜かれ吟味された言葉の数々を参照しながら,自分の患者の来歴,言表,表情,所作,振る舞い,行動,さらには創作物にまで目を配りながら,患者を丸ごと把握するように努めてきた。観察し記述することを心がけ,それを自分自身の経験とコモンセンス(共人間的感覚)とに照らし合わせ,疾病観や患者観を作り上げてきたわけである。こうしたことは,精神医学では科学的態度であるばかりでなく,患者の内的世界の機微を探り,それを全一的に理解しようという努力の営みである。それがあってはじめて薬の効き方や長所・短所も会得できた。そこには,症状の断片を「ある」「なし」で判断して次に進むアルゴリズムとは異なる道程があった。
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