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文献概要
特集 精神医学的コミュニケーションとは何か―精神科専門医を目指す人のために
ダブルバインドの起源―統合失調症のコミュニケーション試論
著者: 内海健1
所属機関: 1帝京大学医学部精神神経科学教室
ページ範囲:P.49 - P.63
文献購入ページに移動はじめに
初診の患者を迎え入れるとき,筆者はいまだにレイマンのような緊張を強いられる。それを少し緩めるように努め,ほどよいレベルに保つことができると,最初の出会いは,治療にとって特権的なものとなる。とりわけ統合失調症に関しては,直観が最も素直に作動する初診の重要性は,強調してもしすぎることはないだろう。
率直に向き合うことができたとき,ほどなくこの疾患特有のストレンジネスを感じる瞬間が訪れる。そうなったら後の探索的な問診はあまり必要ない。問うことの持つ侵襲性を念頭に置きながら,最小限のものにとどめるべきだろう。
何にもまして,でき得る限り早く伝えておきたいことが,とりあえず2つある。1つは「ここで話したことの秘密は守られる」ということ。もう1つは「君に断りなしに,ことをすすめたりはしない」ことである。最初の出会いがある程度うまくいったように思われても,あまりうぬぼれず,多少ぎこちなくてもよいから,この2つだけは伝えておきたい。
精神科医としての修練を積み,少し慣れてくると,それと反比例するかのように,こうした感性は磨耗し始める。筆者も,いくらか自信のようなものが芽生えかけた頃,かえってぎこちなくなる場面が増えて,戸惑った経験がある。そんな折,「もしかして,ここで話したことがどこかに伝わるんじゃないかと心配していない?」と,初心に帰って問うてみた。すると,驚くべきことに,ほとんどの患者が首肯した。
ここですぐさま,こうした患者の応答を自我障害の現れとみなしてしまうと,病理の理解はそこで打ち止めになる。自我障害ならまだしも,無神経にも「妄想」とされてしまうかもしれない。こうなると,患者が正直に話してくれたことへの裏切りである。
初診の患者を迎え入れるとき,筆者はいまだにレイマンのような緊張を強いられる。それを少し緩めるように努め,ほどよいレベルに保つことができると,最初の出会いは,治療にとって特権的なものとなる。とりわけ統合失調症に関しては,直観が最も素直に作動する初診の重要性は,強調してもしすぎることはないだろう。
率直に向き合うことができたとき,ほどなくこの疾患特有のストレンジネスを感じる瞬間が訪れる。そうなったら後の探索的な問診はあまり必要ない。問うことの持つ侵襲性を念頭に置きながら,最小限のものにとどめるべきだろう。
何にもまして,でき得る限り早く伝えておきたいことが,とりあえず2つある。1つは「ここで話したことの秘密は守られる」ということ。もう1つは「君に断りなしに,ことをすすめたりはしない」ことである。最初の出会いがある程度うまくいったように思われても,あまりうぬぼれず,多少ぎこちなくてもよいから,この2つだけは伝えておきたい。
精神科医としての修練を積み,少し慣れてくると,それと反比例するかのように,こうした感性は磨耗し始める。筆者も,いくらか自信のようなものが芽生えかけた頃,かえってぎこちなくなる場面が増えて,戸惑った経験がある。そんな折,「もしかして,ここで話したことがどこかに伝わるんじゃないかと心配していない?」と,初心に帰って問うてみた。すると,驚くべきことに,ほとんどの患者が首肯した。
ここですぐさま,こうした患者の応答を自我障害の現れとみなしてしまうと,病理の理解はそこで打ち止めになる。自我障害ならまだしも,無神経にも「妄想」とされてしまうかもしれない。こうなると,患者が正直に話してくれたことへの裏切りである。
参考文献
1) Bateson G:A theory of play and fantasy. Psychiatr Res Rep Am Psychiatr Assoc 2:39-51, 1955
2) Bateson G, Jackson DD, Haley J, et al:Toward a theory of schizophrenia. Behav Sci 1:251-264, 1956
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14) 加藤清:シンポジウム「精神分裂病の治癒とは何か」.精神医学 7:205,1965
15) Lacan J:Écrits. Seuil, Paris, 1966
16) 永田俊彦:急性期分裂病症状消失後の回復の指標.精神科治療学 1:375-381,1986
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20) Sullivan HS:The Psychiatric Interview. Norton, New York, 1954
21) 鈴木國文:トラウマと未来.勉誠出版,2005
22) 内海健:スキゾフレニア論考.星和書店,2002
23) Whitehead AN, Russell B:Principia Mathematica. Cambridge University Press, Cambridge, 1910
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