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雑誌目次

雑誌文献

精神医学50巻10号

2008年10月発行

雑誌目次

巻頭言

働く人への精神医学的援助を

著者: 大森健一

ページ範囲:P.940 - P.941

 最近の精神科外来では,企業で働く人々の受診の機会が増えていることを実感する。これを裏づける1つの資料として,社会経済生産性本部の行っている「メンタルヘルスの取り組み」に関するアンケート調査がある。全国の上場企業218社の2008年8月の調査結果の発表によれば,最近3年間における社員の心の病は61.5%の企業が「増加傾向」と回答しており,2002年調査の48.9%,2004年調査の58.2%の「増加傾向」の回答と比べると,一貫して増えていたという。一方で「横ばい」「減少傾向」と答えた企業の割合はほとんど変化せず,「わからない」と回答した企業の割合は20.9,13.4,7.3%と急速に減少している。

 このような働く人々に心を病む人が増加しつつある状況は,直接企業のメンタルヘルスの活動に関与している人々には共通した,強い実感であろう。小生もこの20年,上場企業数社と関係して,社員の心の病の治療,カウンセリングに携わり,産業医と連携して仕事を続けてきたが,年々働く人々が精神的不調に陥ることが多くなり,お相手する人数も増える一方で追いまくられているのが実情である。

展望

統合失調症の病因と病態におけるビリルビン代謝異常の関与

著者: 宮岡剛

ページ範囲:P.942 - P.948

はじめに

 近年の生物学的精神医学分野における分子生物学的研究の進歩は目覚ましいが,統合失調症の病因はいまだに不明のままである。これまでの統合失調症の病因研究の成果としては,「統合失調症のドパミン仮説」「神経発達障害仮説」「ストレス脆弱性モデル」などいくつかのキーワードがもたらされた。また,そのキーワードの1つとして,「統合失調症の異種性」も挙げられる。この「統合失調症の異種性」の指標としてさまざまな生物学的マーカーが提唱されているが,現在のところ一定の結論には至っていない。

 ところで我々は,激しい精神運動興奮や緊張病性昏迷などの緊張型統合失調症に罹患した患者では,時折,血中の非抱合型ビリルビンが高値を示す体質性黄疸を合併しており,内科専門医より特発性非抱合型高ビリルビン血症(Gilbert症候群;以下,GS)と診断されたという症例を少なからず経験した14)

 GSは一般人口の約3~7%に認められる体質性黄疸の1つであり,明らかな溶血や肝機能障害を認めず,血清中の非抱合型ビリルビンのみが高値を示す良性の疾患である22)。本邦での一般健常人を対象とした疫学調査では,約2.4%(男性3.3%,女性1.6%)の発生頻度と報告されている1)。本症候群は1901年に初めて報告されて以来8),現在までに生化学,分子生物学的など多方面からの研究がなされている。近年,病因の1つとしてビリルビンの抱合酵素であるUDPビリルビングルクロニル転移酵素遺伝子の変異による酵素活性の低下が考えられている7)

 ところで,1991年,Mullerらは統合失調症患者にGilbert症候群(GS)を合併する頻度が高いと報告し,統合失調症の病因や病態に対する非抱合型ビリルビンの関与について考察した20)。またDalmanとCullbergは大規模な疫学研究から,重度の新生児黄疸が統合失調症をはじめとする精神疾患のリスクファクターの1つであると報告し,統合失調症の発症メカニズムに非抱合型ビリルビンが関与する可能性を考察している6)。我々はその後も精神症状の悪化と高ビリルビン血症の推移とが一致する統合失調症の症例を経験し,GSと統合失調症の病因や病態の関連について検討しいくつかの知見を得た12,13,15~19,24)。それらの知見をもとに,「統合失調症の異種性」の観点から体質性黄疸であるGSを合併する統合失調症の特徴に関する考察を加えたい。

研究と報告

精神科デイケアにおける統合失調症患者への食事療法の効果―体重減少と日常生活の改善への取り組み

著者: 草野裕美 ,   中神友希 ,   福智寿彦

ページ範囲:P.951 - P.956

抄録

 統合失調症のデイケア参加者33例に対して食事療法プログラムを実施した。2005年4月~2006年8月,3期全40回実施した結果,5回以上の参加者は,5回未満の参加者に比べ有意に体重が減少した。また体重変化・参加回数は,精神障害者社会生活評価尺度(LASMI)の下位項目(「D:日常生活」,「I:対人関係」,「W:労働または課題の遂行」,「E:持続性・安定性」)の変化量と相関がみられた。


 以上のことから,ある程度継続してプログラムに参加することで体重が減少し,日常生活や対人関係が改善されること,また,労働や課題に対してより持続し安定して取り組むことができるようになることを考察した。

Layered Voice Analysisによる心理的ストレス検出の試み

著者: 根本清貴 ,   太刀川弘和 ,   谷向知 ,   高尾哲也 ,   佐藤秀行 ,   芦澤裕子 ,   遠藤剛 ,   田中耕平 ,   石井竜介 ,   石井徳恵 ,   橋本幸紀 ,   井口俊大 ,   太田深秀 ,   小倉宏三 ,   堀正士 ,   朝田隆

ページ範囲:P.959 - P.967

抄録

 新たな音声解析技術であるLayered Voice Analysis(LVA)を用いて音声による心理的ストレスの検出を試みた。対象は健常者106名であり,無作為にタスク群とコントロール群に分類された。両群にSTAIの施行,血圧,唾液アミラーゼ活性値測定,タスク前の音声記録を行った後,タスク群にはアナグラム課題を,コントロール群には通常の音読課題を施行した。タスク前の音声パラメータは被験者の特性不安,血圧と相関を示した。さらに,タスク群の音声パラメータは,コントロール群に比べてタスク中に有意に変化を示した。これらの結果から,LVAにより心理的ストレスを検出できる可能性が示唆された。

統合失調症に伴う強迫症状に対して抗精神病薬とSSRIを併用し,約2年間経過した2症例

著者: 長友慶子 ,   鶴衛圭一 ,   鶴衛亜里沙 ,   土井拓 ,   橋口浩志 ,   植田勇人 ,   石田康

ページ範囲:P.969 - P.974

抄録

 統合失調症患者が時に強迫症状を呈することについては,過去に多くの報告がなされている。今回我々は,統合失調症患者で常同反復的な強迫症状を有した症例に対し,抗精神病薬と選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の併用療法を開始し,強迫症状の改善が約2年間持続して認められた2症例を経験した。抗精神病薬とSSRIの有用性その他に関し,若干の考察を加えて報告する。

アルツハイマー病における高用量donepezilの治療効果

著者: 野澤宗央 ,   一宮洋介 ,   杉山秀樹 ,   野澤詠子 ,   榛沢亮 ,   内海雄思 ,   山本涼子 ,   村山憲男 ,   熊谷亮 ,   井関栄三 ,   新井平伊

ページ範囲:P.975 - P.980

抄録

 高度アルツハイマー病の認知機能障害に対しdonepezil 10mgがわが国においても認可された。今回57名のアルツハイマー病患者に対し10mgへ増量した際の効果と副作用,アポリポ蛋白E4との関連について検討した。その結果,投与開始2か月間においてdonepezil 10mgの効果はアルツハイマー病の重症度,donepezil 5mg内服期間,アポリポ蛋白E遺伝子型には関係なく認知機能障害の進行を抑制できると考えられた。副作用出現率は12.3%と治験時の40%以上の副作用出現率と比較し低値であり,5mgを長期間内服していることが,10mgに増量した際の副作用の軽減につながる可能性が示唆された。

精神科入院患者におけるイレウスのリスクファクター

著者: 菊池章 ,   寺尾敦

ページ範囲:P.981 - P.989

抄録

 麻痺性イレウスに罹患した精神科入院患者31人を対照群239人と比較し,ケースコントロールスタディを行った。得られたイレウスのリスクファクターは,過去のイレウスの既往,精神症状が重症であること,下剤の使用率が高く種類が多いこと,抗パーキンソン薬の種類が多いこと,体重が少ないこと,ヘモグロビンの低値,中性脂肪の低値である。抗精神病薬の量や種類に有意な違いはなかった。これらの結果から,抗精神病薬や抗パーキンソン薬など抗コリン作用の強い薬剤の長期使用がイレウスの準備状態を形成し,さらに栄養の吸収障害,下剤の反応性の低下などが加わった患者がイレウスに陥りやすくなると考えられた。

短報

アルコール振戦せん妄にmianserinが有効であった1症例

著者: 今中章弘 ,   辻誠一 ,   高見浩 ,   藤川徳美

ページ範囲:P.991 - P.994

はじめに

 アルコール離脱症候群は,①自律神経症状や不安,焦燥を認める早期離脱症候群にとどまる場合と,②失見当識などの意識障害を中心に幻覚,精神運動興奮を認める後期離脱症候群(振戦せん妄)に移行する場合に分類される。わが国では,アルコール離脱症候群の薬物療法に関する調査研究は行われていないのが実情であり,一般にアルコールと交差耐性のあるベンゾジアゼピン系薬剤や抗精神病薬が投与されることが多い。しかし,アルコール離脱症候群の予防や治療にベンゾジアゼピン系薬剤を用いる場合,焦燥,気分易変性,攻撃性,興奮など本来期待される作用とは反対の反応である奇異反応が出現するケースも報告されている5)。アルコール振戦せん妄に焦点を当てると,薬物療法に関してmianserinが有効であるという報告は,検索した限り,内村らの報告13)のみである。今回,我々はアルコール振戦せん妄にmianserinが有効であった症例を経験したので報告する。

長期間難治性てんかんとして治療されていたナルコレプシーの1例

著者: 住吉秀律 ,   山下英尚 ,   萬谷昭夫 ,   山脇成人

ページ範囲:P.997 - P.1000

はじめに

 ナルコレプシーは日中の過度の眠気と睡眠発作を主徴とする睡眠障害であり,1880年にGelineauによりnarco(麻痺,脱力)とlepsie(発作)というギリシャ語から最初に名づけられた疾患である2)。有病率は1/600~1/2,000人で日本人に多く,通常10歳代に日中の居眠りの反復で発症し,同時に,またはその後情動脱力発作が生じる経過をとることが多く3),中年期以降に発症することはまれであるといわれている11)。ナルコレプシーの特徴的な症状として,昼間の過眠と耐え難い短時間の睡眠発作,笑うなどの情動を契機として起こる情動脱力発作,寝入り際の現実感のある鮮明な夢―入眠時幻覚,目覚めているのに金縛り状態で身動きできない睡眠麻痺,中途覚醒が多い夜間睡眠分断などが挙げられる9)。主に特発性過眠症,睡眠呼吸障害,リズム障害や睡眠不足による過眠などが鑑別疾患として挙げられる4)が,一部の症状しか認められない場合や,患者の訴える症状が一部のみの断片的なものであると診断を誤る可能性がある10)。神経内科疾患や神経症,うつ病などの精神疾患と誤診される症例があるとの報告がみられるが5),てんかんと誤診されたとの報告は少なく,情動脱力発作がてんかん発作と誤診されている可能性が指摘されている12)

 今回筆者らは,6年間てんかんとの診断で抗てんかん薬を投与されたが症状が改善せず,終夜睡眠ポリグラフィ(PSG)・睡眠潜時反復測定検査(MSLT)を施行することによりナルコレプシーと診断した症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

覚醒剤使用後に生じたamotivational syndromeに対しolanzapineが有効であった1例

著者: 熊谷亮 ,   竹林佑人 ,   鈴木博明 ,   松宮美智子 ,   菊地祐子 ,   一青勝雄 ,   一宮洋介

ページ範囲:P.1001 - P.1004

はじめに

 マリファナや覚醒剤,コカイン,有機溶剤などの乱用者の中には無気力,生産性の低下,感情の平板化などの性格変化を呈する者がいる。Amotivational syndrome(動因喪失症候群)と呼ばれるこの状態は精神作用物質による慢性的な精神症状とされているが,その治療についてはいまだに確立されたものがない。

 今回我々は,覚醒剤使用後にamotivational syndromeを呈し,整形外科病棟に入院した際に治療困難となったが,olanzapineにより症状が改善し入院治療を継続できた症例を経験したので,考察を加え報告する。なお症例の記述に関しては,プライバシー保護のために若干の改変を加えている。

資料

社会的ひきこもり家族教室に関するアンケート調査

著者: 辻本哲士 ,   辻元宏

ページ範囲:P.1005 - P.1013

はじめに

 「社会的ひきこもり」の概念が提唱されてほぼ10年になり4),現在では,フリーター・ニート問題とも関連して一般用語としても流布するようになった9)。これら思春期青年期問題の援助には,さまざまなプログラムを継続して利用できるシステムが重要になってくる3)。地域精神保健の役割として,本人や家族を社会の中で孤立させず,「社会に出て行けるまで待つこと」を保証し,彼らが自らの生活を楽しめるような環境を整備していくことが必要となる。

 滋賀県立精神保健総合センターは1992年に開設され,診療部(主に病院部門として外来および入院病棟を受け持つ),社会復帰部(主にデイケアを行う),地域保健部(主に精神保健福祉センター業務を行う)の3部門からなる。医療に関しては診療部が担い,保健福祉に関しては地域保健部が担当し,公的機関として医療・保健福祉トータルとして援助していきやすい土壌が作られている。地域保健部では,1998年度より不登校・ひきこもり対策として,家族に対しての個別相談,本人に対しての心理士・保健師による心理面接を始めた。相談件数が激増したことから,1999年から家族への心理教育とエンパワーメントの場として「ひきこもり家族教室」を開講し,教室修了者に対しての継続的なフォローとして「家族交流会」という場を提供してきた。

 2003年には20歳以上の社会的ひきこもりの子を持つ親の会「とまとの会」が自助グループとして立ち上がり,当センターもサポートしていくこととなった。

 これまで,家族教室の評価やひきこもり症例の経年的な変化についての調査研究は数少ない。そこで今回,家族教室終了後の家族・本人の状況を把握することで教室事業の評価を行い,今後のひきこもり対策の一助としていくことを目的に,郵送によるアンケート調査を実施したので報告する(滋賀県立精神保健総合センターは地方公営企業法全部適用にて,2006年4月から,滋賀県立精神保健福祉センターと滋賀県立精神医療センターに分かれた)。

紹介

精神疾患に関するブレインバンクの運営とその問題点

著者: 池本桂子 ,   國井泰人 ,   和田明 ,   楊巧会 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.1015 - P.1019

はじめに

 近年,脳画像・神経生理学的・神経心理学的検査法の発達により,統合失調症などの精神疾患における,脳機能・脳形態の異常についての非侵襲的な解析が可能となった。その結果,精神疾患における微細な脳構造上の問題を死後脳研究によっていっそう明らかにする必要が生じた。死後脳サンプルが,研究のための非常に重要なリサーチリソースであることは明らかである。

 ブレインバンク運営に求められる条件には,①厳正な倫理ガイドラインの遵守,②国際的標準化手順の採用,③訓練されたユーザー,医療提供者,研究者の自発協力が挙げられる。倫理ガイドラインについては,病名告知に基づく研究参加への同意と生前登録(死後に脳を提供することを本人に生前に登録していただくこと)が望ましく,生前登録の際の同意書に含まれる内容としては,①プライバシー保護の保証,②死後脳の使用・保存法,③臨床病歴の使用,④遺伝子研究への使用,⑤同意撤回の自由がある9)

 本邦では,欧米に比較して精神疾患ブレインバンクの整備が遅れており6,7,10,12),精神疾患の死後脳研究において,ブレインバンクのネットワークを用いた研究を行うことは容易ではない。一方,日本にいながら,海外のスタンレーブレインバンクやハーバードブレインバンクなどの脳サンプルを用いた研究を行った場合,多額の日本の研究費を使っても,得られたデータは海外の脳バンクに帰属するという不遇が生じるという。これらの事態に対処するために,ここ数年,本邦のブレインバンクの整備を目的として,国立精神・神経センター,理化学研究所脳研究センターなどで,ブレインバンクに関する検討会が開催されてきた。

 我々は,精神疾患ブレインバンクの運営にかかわる立場から現状とその問題についてすでに報告したが9),本稿では,本邦のブレインバンクについて,主として研究者の観点から論じたい。

私のカルテから

術後抑うつに対するsulpiride100mg/日投与で顕著な筋固縮を生じADL回復が遅れた高齢者症例―リエゾン活動での経験

著者: 上田諭 ,   西川律子 ,   伊藤敬雄 ,   大久保善朗 ,   岩井美幸 ,   岡崎怜子

ページ範囲:P.1021 - P.1024

はじめに

 軽中等度のうつ状態や食欲低下に対して向精神薬sulpirideはしばしば用いられ,その効果から身体各科においても処方されることが少なくない。しかし,副作用としてパーキンソニズムには常に注意が必要であり,特に高齢者に対しては投与量が重要な問題となる。今回,大動脈弁置換術後に100mg(1日量,以下同じ)を持続投与された高齢女性が,顕著な筋固縮と日常生活動作(ADL)低下を呈し,コンサルテーション・リエゾン精神医療6)(以下,リエゾンと略)活動の中での発見と減量によって改善に向かった症例を提示した。個人情報保護の点から,細部を改変している。

認知機能低下を伴った高齢者身体的虐待の2症例

著者: 宇田川充隆

ページ範囲:P.1025 - P.1027

はじめに

 65歳以上の高齢者数は,2040年代に最多になると言われている。今後,高齢者数の増加に伴い,高齢者虐待の件数も増加する可能性が高い。高齢者虐待が社会問題となりつつあることから,2006年4月に虐待防止法が施行された3)。虐待防止法によれば,高齢者虐待は,身体的虐待,性的虐待,ネグレクト,心理的虐待,経済的虐待に分類される。

 当院に,2007年4月から6か月間に,5症例の身体的虐待患者の入院があった。全例が主たる介護者による虐待であった。本稿では5症例のうち2症例を示し,若干の考察を加え報告する。

動き

Psychopathology of Schizophrenia:100 Years(スイス・ローザンヌ)」印象記

著者: 阿部又一郎

ページ範囲:P.1028 - P.1029

 1908年4月24日,当時のチューリッヒ大学附属精神科病院ブルクヘルツリBurghölzliの第5代主任教授Eugen Bleulerは,24~25日にかけてベルリンで開催されたドイツ精神医学会での自身の講演「Die Prognose der Dementia praecox(Schizophreniegruppe)」の中で初めて《schizophrenia》(統合失調症)という呼称を導入した。用語が誕生して100周年を記念した国際カンファレンスが,スイス・ローザンヌ大学精神科Bovet教授とデンマーク・コペンハーゲン大学精神科Parnas教授の呼びかけのもと,ローザンヌのCentre Hospitalier Universitaire Vaudois(通称CHUV)内César-Roux講堂において2008年4月24~26日に開催された。

 ローザンヌはスイス西部ヴォー州の州都で,ジュネーブから電車で50分程度のレマン湖沿岸に位置する。街中心部の高台にあるローザンヌ大聖堂の美しさはスイス随一ともいわれる古都であり,また,オリンピック委員会の本部が置かれていることからオリンピックの首都ともいわれる。筆者は,かつて勤務していた病院で先輩医師に勧められた本3)の影響から,統合失調症の自我障害self-disturbanceについて神経科学,現象学双方の視点から考察しているParnas教授の仕事に関心を持ち続けている。今回,Parnas教授をはじめ統合失調症についての学際的な知見を吸収できる好機と考え,オリンピック開催年で多くの観光客が訪れる中,3日間のシンポジウムに参加した。

「第23回日本老年精神医学会」印象記

著者: 館農勝

ページ範囲:P.1030 - P.1031

 日本老年精神医学会は,1986年に発足した日本老年精神医学研究会を前身とし,1988年に改組され現在の組織となった,2,500名を超える会員を抱える学会である。その年次総会である第23回日本老年精神医学会は2008年6月27,28日の2日間,前田潔会長(神戸大学)のもと,「高齢社会における老年精神医学の貢献」をメインテーマに,神戸国際会議場で開催された。参加者は1,100名余りで,一般演題(口頭発表80演題,ポスター発表33演題)をはじめ,特別講演,教育講演,シンポジウム,国際シンポジウム,若手シンポジウム,ランチョンセミナーが行われた。最新の知見に関する興味深い発表とそれに続く活発な討論で,どの会場も盛り上がりを見せていた。

 前回の第22回日本老年精神医学会は,第26回日本認知症学会,第13回国際老年精神医学会(IPA 2007 Osaka Silver Congress)との3学会合同で国際学会として開催された。本会もその流れを引き継ぎ「国際化」をキーワードに掲げており,特別講演Ⅰ「Dementia Network Services for Elderly Dementia in South Korea(韓国における老年期認知症のための認知症ネットワーク事業)」の韓国延世大学Byoung Hoon Oh教授をはじめ,海外からの演者も多く国際色豊かであった。もう一つのキーワードは「若手」で,2つの国際シンポジウムには,東アジアの4か国・地域の老年精神医学団体から推薦された若手医師が参加し,国を越えた活発なディスカッションが行われた。

「第11回世界乳幼児精神保健学会」印象記

著者: 本間博彰

ページ範囲:P.1032 - P.1032

 世界乳幼児精神保健学会(World Association for Infant Mental Health:略してWAIMH,会長はフィンランドのタンペレ大学児童精神科教授Tuula Tamminen)の第11回総会横浜学会が,慶應大学小児科の渡辺久子会長のもと,2008年8月1~5日,パシフィコ横浜を会場に開催された。南米,アフリカからの発表もあり,まさに世界中から参加し,その数も2,000名を超えるWAIMHとして最多の参加者を得た総会であった。パシフィコ横浜の1,000名収容のメインホールが連日満員となり,改めて乳幼児精神保健が学際的なフィールドであること,そして時代そのものが乳幼児の精神医学の発展を後押ししている姿に驚かされる思いであった。現代の子どもをめぐる課題の多くが,乳幼児精神保健のフィールドの発展にかかっているともいえる。日本の社会においては,少子化問題,子育て支援,子ども期に増大する心の問題対策,増えるpremature babyとその親への支援,発達障害の早期療育など,時代的な課題を抱え,先の見えない状況が続いている。世界の事情を知ることとともに,多少とも解決の方向性が提示されるような総会であった。

 このたびの総会は,書物でしかお目にかかれないような乳幼児精神医学の黎明期を牽引した人物であるBrazelton,CramerそしてSameroffなどによる講演から始まって,マスターレクチャーと称する現在の乳幼児精神医学を代表する方々の教育講演が毎日組まれて,学会参加者の知的欲求をしっかりと満足させてくれた。また,プリナリーセッションでは,精神分析のフィールドのみならず,児童思春期精神医学でも人気の高いPeter Fonagyが招待講演者として登場し,boderline personality disorderについて乳幼児期の愛着の発達などから論じ,格調の高さも驚きではあったが,立ち見のみならず参加者を通路にまで座らせるほどの人気の高さに驚かされた。もう一つ特筆すべき内容は,インターネットを用いたセッションが試みられたことである。私の参加したセッションは,アメリカのシアトルと同時中継で現地の産後うつ病対策プログラムを担当しているKathryn Barnardの講演を受け,学会会場とディスカッションをするものであった。

書評

―熊野宏昭,久保木富房 編,貝谷久宣 編集協力―パニック障害ハンドブック―治療ガイドラインと診療の実際

著者: 切池信夫

ページ範囲:P.1033 - P.1033

日常診療に役立つパニック障害の実践的治療法を紹介

 「不安障害の時代」「うつの時代」といわれて久しい。不安障害の中でもパニック障害は多いものの一つで,患者はパニック発作による身体症状を訴えてはプライマリケア医に受診する。したがって,最初に受診するのは内科や時には救急病院といった精神科・心療内科以外の科である。

 そして大部分が正しく診断されるまで,数か所以上の病院を訪れる。この病名が認知されて約30年経過するが,一般臨床の場で正しく診断され治療に導入されているかといえば,まだまだ不十分な感がある。プライマリケア医が,最初の受診から的確な診断と適切な治療に導けば,患者のQOLを高め,不必要な検査を避けて医療費の抑制にもつながる。

―真柳佳昭 訳―脳の機能解剖と画像診断

著者: 斉藤延人

ページ範囲:P.1034 - P.1034

「頭部断層画像図譜」「神経解剖学書」「神経機能系解説書」三者の用途を備えた実用書

 この度,「Klinische Neuroanatomie und kranielle Bilddiagnostik」が真柳佳昭氏の翻訳で医学書院から出版された。本書は1986年日本語訳発刊の『CT診断のための脳解剖と機能系』と1995年発刊の『画像診断のための脳解剖と機能系』に続く第三版ともいえる最新版である。微妙なタイトルの変化が改訂の要点を的確に表している。本書の性格を要約すると頭部断層画像図譜であり,神経解剖学書であり,神経機能系の解説書である。三者の用途を一冊に備えた実用的な書であると言える。

 第一章では獲得目標などが述べられており,本書を活用する前に目を通しておくとよい。第二章が「断層画像診断と目印構造」と題する本書の中心を成す図譜の部分である。A4版の大きなページに1枚ずつ図が配置され見やすいばかりでなく,見開き2ページの左ページに図譜が,右ページにMRIが配置されていて,図譜とMRIを対比できるようになっている。MRIはT1強調画像とT2強調画像がおおむね交互に採用され,各撮影法での構造を確認できるようになっている。さらに図譜では動脈と静脈,末梢神経がそれぞれ赤,青,黄色に色分けされていてとても見やすいものとなっている。前額断,矢状断,軸位平面の各断面シリーズが記載され今日のニーズに応えており,ページの端は各断面シリーズで色が塗り分けられていて,該当ページの探しやすさにも配慮されている。また,脳幹・小脳は,Meynert軸(正中線で第四脳室の底面を通る軸)に直交する厚さ5mmスライスの断面シリーズとして別に記されている。特に脳幹部分は拡大図も示され,その中にさまざまな神経核や伝導系が色つきで図示されている。近年のMRI画像の進歩は脳幹内部の構造にも迫りつつあるが,時機を得た内容と言える。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.1038 - P.1038

 今年の夏,首都圏では雷雨が多く熱帯地方のようだったが,本号が出るころにはすっかり秋になっているだろう。秋は夏の乱れを整えるかのような調和の季節だ。だが,我々にとっては学会の季節であり,臨床や講義との調整もあって,なにかと気ぜわしくなる。WPAも9月の下旬からプラハで始まる。

 他の医学分野のことは知らないが,精神医学では心理社会的なものから生物学的なものまでどんどん幅が広くなってきている。海へと向かう川のように,その幅は年々拡大していくようで,20年前,30年前と比べるとこれがよくわかる。流れも急になってきている。こうした川幅と速度の変化は精神医学の社会的広がりと生物学的深まりとによっているのであろうが,毎日同じ所にじっと釣り糸を垂れているような臨床現場という川辺の1か所にとどまっていると,ふと見渡したときに,水かさが増して流れがあまりにも速くなっていて驚くことがある。川幅の拡大も流れの速度も,脳科学や遺伝子研究の発達だけではなく,社会の動きにもよっている。精神医学に注ぎ込む流れがあちこちからどんどん増え続けているのだ。しかもその水源がよくわからない。臨床現場にいるとき,我々はどこまでその広がりと速さとについていけるのだろうか。うっかりすると,足場を失いそうになる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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