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雑誌目次

論文

精神医学50巻12号

2008年12月発行

雑誌目次

巻頭言

精神病早期介入は是か非か

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.1144 - P.1145

 精神病への早期介入活動が国際的に活発化している。国際早期精神病協会によるInternational Conference on Early Psychosisは今年で第6回を数えるし,専門学会に限らず,国際学会における早期介入に関する研究発表は非常に増えている。2007年にはEarly Intervention in Psychiatryという専門誌も発刊された。わが国においても,早期介入や発症予防への関心が,かつてなく高まっているようにみえる。早期介入をテーマに,学会でシンポジウムが相次いで企画され,雑誌で特集が組まれ,関連書籍が出版され,研究班が組織されるようになった。前駆状態の専門外来も開設されつつある。今さら「早期介入は是か非か」などと問う意味は乏しいのかもしれない。しかし,そのような議論がまだあることは事実である。また,早期介入の展開が一般精神科臨床にまで浸透しているとはいえず,むしろ戸惑いをもって迎えられている面もあるのではなかろうか。

 早期介入といっても,精神病症状(陽性症状)が顕在化してからの介入と,DSM-IVなどの診断基準を満たすには至らないが,精神病発症リスクが高い状態(前駆期と考えられる状態)に対する介入に分けられる。実践の場面では,これらの2つが画然と区別され得るものではないが,前者は早期発見・早期治療という二次予防的介入であるし,後者は発症予防を視野に入れた一次予防的介入といえる。統合失調症において,顕在発症から治療を開始するまでの期間,すなわち精神病未治療期間duration of untreated psychosis(DUP)が長いほど転帰が不良であることは,メタ解析によってもほぼ確認されており,早期発見・早期治療の重要性は広く認識されている。統合失調症が慢性的経過をたどり,長期にわたり生活機能を損なうことの多い疾患であることを考えれば,前駆症状を呈する時期に適切な治療を施すことによって,顕在発症を予防するという発想が生じるのは自然なことといえる。ここでは精神病症状が顕在化する前の介入に話を絞る。

特集 Assertive Community Treatment(ACT)は日本の地域精神医療の柱になれるか?

ACTとは何か

著者: 井上新平

ページ範囲:P.1147 - P.1154

名称と大まかな概念

 ACTはassertive community treatmentの略称である。これまで訳語はさまざまで,積極的地域(あるいはコミュニティ)治療(あるいはマネジメント),強力地域療法,訪問型地域ケアシステムなどと訳されてきた。最近では包括型地域生活支援プログラムの名称が最もよく用いられている。また,単にACTあるいはアクトの名称も用いられる。

 ACTには辞書的な定義はないが,次のような特徴を有することでは共通理解がある。

日本におけるACTの実施状況

著者: 西尾雅明

ページ範囲:P.1157 - P.1164

はじめに

 国立精神・神経センター精神保健研究所でのパイロット・スタディ(ACT-J)が始まって間もなく,厚生労働省のモデル事業案としてACTが取り上げられて以来,全国各地で関連するシンポジウムや講演会が開かれ,ACTは「日本の精神医療の救世主になるのではないか?」と一躍脚光を浴びることになった。その意味や真偽はさておき,当時から,それは一時的なブームであって,そのような気運は決して長続きしないとの見方が多かったのも事実である。しかし,ACTを志向するプログラムが全国各地でみられるようになり,かかわっている人たちの交流を兼ねた研修会も毎年開催されるようになった。2008年には複数の医学雑誌がACTの特集を組むなど,日本のACTは静かに,着実に根を下ろしつつあるように思われる。本稿では,日本でのACTの試行的な取り組みの経緯から,最近の全国の状況を俯瞰しつつ,普及にあたっての課題について考察を試みたいと思う。

日本におけるACTの普及予測

著者: 澤温

ページ範囲:P.1167 - P.1175

はじめに

 日本でACTが普及するか予測をというタイトルでの依頼執筆であるが,筆者は「予想屋」でもないので予測は不可能といえる。強いて答えれば,大幅に仕組みを変えればイエス,仕組みを変えなければノーといえる。また仕組みを大幅に変えなくても,ACTのよい点だけ「つまみ食い」して現在の精神医療の仕組みを変えていくことは可能と考える。この点について述べてみる。

ACTは病床削減に貢献できるのか?

著者: 伊藤順一郎

ページ範囲:P.1177 - P.1185

はじめに

 わが国の精神科医療は,多くの国々と異なり,民間にその多くをゆだねてきた。

 措置入院も,急性期治療も,そしてまた医療観察法も,民間精神科病院の力を借りながら,そのシステムを作ってきた。

 いい悪いは別としてそれが現実のことである。そして,それは今のところ,これからも変わらないように思われる。

 そのような歴史の中で今,施策は「入院中心から地域生活中心へ」という,スローガンを掲げている3)。このスローガンによって,これからを切り開こうとしている,ようにみえる。

 もしそうであるならばで,今までの歴史をひっくり返すような大転換でもない限り,――たとえば,公的精神科病院や精神保健福祉センターに十分な財源を投下して,地域精神医療の中核に育てていく,という合意でもない限り――我々の未来は,この民間の精神科病院の力をいかに活用できるかにかかっているといっても過言ではなかろう。

 さて,「病床削減」である。この言葉を発するときに,その削減する主体は誰と考えるとよいのだろう? 施策の中に組み込まれての話なので,号令は厚生労働省が発し,都道府県が数値目標を掲げ,そして民間精神科病院のオーナーが決断をする,と考えてよいのだろうか。その場合,民間精神科病院のオーナーはリストラを覚悟で断行するのであろうか。それとも,この「削減」をリストラ抜きで実行するために,オーナーは自分たちで同時にやりくりを考えなければならないということなのだろうか。それとも,厚生労働省のほうからインセンティブが示されて,やりくりの方向性は定まると考えていいのだろうか。その場合,それは「地域生活中心」という,ミッションに沿った方向性なのだろうか。

 筆者の見るところ,そのあたりの具体的なビションは,明確でないように思う。「なんとなく」「流れのままに」そうなっていくだろう,という憶測の域を出ていないように思う。「高齢化した入院患者の自然死によって,緩やかに病床数は削減するさ」という会話まで,ちらほら聞かれるくらいである。この雰囲気と,先のスローガンのギャップははなはだしい。

 スローガンを,精神科医療の利用者が利益を得るシステム作りという方向で考えれば,「精神科の入院病棟は急性期に特化した機能に極力近づけ,従来,慢性病棟で診てきた患者群は地域生活を送る中で診ていけるように,精神科医療の外来・在宅部門の充実を目指す」という方向にはならないだろうか。

 本論では,筆者に与えられたテーマである「ACTは病床削減に貢献できるか」を,この文脈の中で考えていきたい。

地域精神医療におけるACTの位置づけ

著者: 竹島正 ,   小山明日香 ,   河野稔明 ,   長沼洋一 ,   立森久照

ページ範囲:P.1187 - P.1193

はじめに

 わが国の精神保健医療福祉施策は,精神衛生法改正(1965年)を契機として地域精神医療の方向に歩み始め,精神保健法への改正(1987年)以後の法施行後5年以内の見直し,障害者基本法(1993年)に基づく障害者プランの閣議決定,これに続く精神保健福祉法への改正(1995年)などによって,福祉と結びつく方向に発展してきた。このことを象徴するのは,2002年の社会保障審議会障害者部会精神障害分会報告書「今後の精神保健医療福祉施策について」(以下,「2002年分会報告書」とする)である。その基本的な考え方には,“今後の精神保健医療福祉施策を進めるに当たっては,まず,精神保健医療福祉サービスは,原則として,サービスを要する本人の居住する地域で提供されるべきであるとする考えに基づき,これまでの入院医療主体から,地域における保健・医療・福祉を中心としたあり方へ転換するための,各種施策を進める”15)と記載されている。

 この時期,わが国は,少子高齢化の進展,核家族化や女性の社会参加による家族機能の変化,国際競争の激化と経済・産業構造の変化などを背景に,社会構造改革の必要性が叫ばれ,実際にそれが進められていった。そして,医療,年金,社会福祉などの社会保障制度全般において,将来にわたって良質のサービスを安定的に供給できるようにすることを目的とした改革が進められ,やがて,その激流は精神保健福祉施策にも及ぶこととなった。政府全体で「改革」,「自立支援」を謳った多くの施策が立案・実行されたと推測するが,地域精神医療の充実も,その激流の中で活路を見いだすほかなかった。

 さて,「2002年分会報告書」の地域医療の確保には,“ケアマネジメント手法等を活用したチーム医療を進め,地域ケアの充実を図る”との記載があり,地域精神医療に多職種チームやケアマネジメントを導入することが述べられている。「2002年分会報告書」をもとに,2004年に公表された厚生労働省精神保健福祉対策本部報告書「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下,「改革ビジョン」という)にはACTの導入が言及されている。すなわち,“精神症状が持続的に不安定な障害者〔たとえばGAF(the global assessment of functioning)30点以下程度を目安〕も地域生活の選択肢を確保できるよう,24時間連絡体制のもと,多職種による訪問サービス,短期入所(院),症状悪化時における受入確保などのサービスを包括的に提供する事業の具体像を,普及面を重視しつつ明確化する”との記載がある7)

 「2002年分会報告書」を受けて,2003年度には国立精神・神経センター国府台病院(現在の国立国際医療センター国府台病院)を拠点に,ACT-J(assertive community treatment Japan)研究が始まった。この後,ACTという言葉はわが国の精神医療従事者の間に急速に広がり,“ACTブーム”といってもよい現象を呈するとともに,地域精神医療として,京都,浜松,岡山などで,それぞれの特徴を持ったACT的活動が始まった2,4,16)。しかし,わが国の地域精神医療の歴史を振り返ると,優れた,組織的な地域精神医療活動は数多く存在してきたし11,20,21),現在も存在することを忘れてはいけないと思う。

 ACT-J研究の意義は,「2002年分会報告書」に始まる精神保健医療福祉施策の転換の具体像の提示に貢献しただけでなく,わが国の地域精神医療の歴史の中にある,草の根的活動の遺伝子に命名作業を行い,現在という時代背景の中でその活性化を促したことにもあると思う。

 本稿では,地域精神医療におけるACTの位置づけについて,精神保健福祉施策との関係から述べる。そして,精神科病院の機能,およびその地域精神医療の取り組みである精神科デイ・ケアと訪問看護の実績を踏まえ,わが国の地域精神医療におけるACTのあり方について考察する。

 わが国は,他国の技術・技能を輸入してわが国の歴史的文脈の中で咀嚼して発展させてきた伝統を持つ。本稿が,ACTを地域精神医療に根付かせることに,ほんの少しでも役立てば幸いである。

ACTとアウトリーチ

著者: 高木俊介 ,   上田綾子 ,   岡田愛 ,   栗山康弘

ページ範囲:P.1195 - P.1201

はじめに

 アウトリーチ(outreach)という言葉は,近年の「在宅医療」や「訪問看護」の推進という国の施策方針にあわせて,医療関係者の間で使われることが多くなった。しかし,この言葉が本来は社会福祉領域の専門用語であることは,意外に知られていない。

 医療関係者の多くは,この言葉を「訪問」という意味で何気なく使っているように思われる。ランダムハウス英語辞典を開くと,名詞としては,①手を伸ばすこと,届こうとすること,②手を伸ばした距離,到達距離,③(より広範な地域社会などへの)至れり尽くせりの奉仕[福祉,救済]活動,消費者や大衆への接触と対応,出先機関の業務とある。訪問看護という時の「訪問」や,医者による訪問である「往診」という直接的な訳語は載っていない。そして,「アウトリーチ」という語の本来の意味は,「至れり尽くせりの奉仕活動」「接触と対応」という,「訪問」や「往診」の中味であることがわかる。

 それに応じて,福祉領域では,「アウトリーチとは,地域を拠点とした機関でのソーシャルワーカーの活動のことをいう。居住している家,または普段過ごしている環境にいる人々のところへ,さまざまなサービスそのものをもたらしたり,利用可能なサービスについての情報をもたらしたりすることである(「The Social Work Dictionary」1)より引用)」と定義され,「『ケース発見』から社会資源やサービスに連結させていく過程を扱う総論的なケアマネジメントの過程」3)とされる。つまり,従来の医療や福祉では,こぼれ落ちた利用者に対して行われるものであるという内容が付け加わるのである(上記定義中の「ソーシャルワーカーの活動」という件は,現代医学や福祉における専門性が職種間でクロスオーバーしつつある実態に照らせば「さまざまな職種におけるソーシャルワーク的活動」と読み替えてよいだろう)。

 本論では,アウトリーチの意味をこのようにとらえ直したうえで,ACT(assertive community treatment;包括的地域生活支援プログラム)におけるアウトリーチの特色や意義を,事例に沿いながら論じる。

群馬県精神科救急情報センターにおけるアウトリーチ活動―危機介入を中心とした訪問活動の現状と分析

著者: 赤田卓志朗 ,   芦名孝一 ,   神谷早絵子 ,   相原雅子 ,   毛呂佐代子

ページ範囲:P.1203 - P.1210

はじめに

 「入院医療中心から地域生活中心へ」という本邦の精神保健福祉施策の移行に伴い,居住先の確保というハード面の問題に加え,地域生活上の対人的支援を中心としたソフト面の体制整備も大きな課題となっている。直接地域に出向いての生活支援活動としては,ACT(assertive community treatment),訪問看護,地域活動支援センターなど対象者との個別契約に基づく活動,および保健所,市町村保健センターなどによる行政サービスとしての精神保健活動などが挙げられよう。これらのうち,行政による精神保健活動は,主に地域住民からの相談を受けて活動を行うもので,本人との契約関係を必ずしも必要としないため,未治療者や治療中断者のような現在医療機関がかかわりのない事例にも比較的対応しやすいという特徴がある。

 一般に,精神保健活動は市町村,保健所単位でその管轄地域ごとに実施されるが,群馬県ではこれらに加えて,行政機関である群馬県こころの健康センター(精神保健福祉センター)内に設置された精神科救急情報センターの精神科医師・保健師のチームが県内全域を対象として,地域保健所と連携し,地域で問題となる対象者への危機介入を主として,その問題解決のため訪問や事例検討会などの精神保健活動(以下,アウトリーチ活動)を積極的に開始した1,2)。このような行政機関による,全県を対象とした精神科医師・保健師のチームによる危機介入的な地域活動は,全国的にも珍しいものと考えられる。今回この精神科救急情報センターによるアウトリーチ活動のうち,対象者に直接かかわる訪問活動を中心に報告する。同時に,訪問事例の特徴を分析し,その転帰などを検討することで,地域で問題となる事例の特性,およびアウトリーチ活動の効果が明らかになるものと考え,アウトリーチ活動による訪問事例の検討も行った。その結果も併せて考察する。

研究と報告

Lewy小体型認知症における修正型電気けいれん療法

著者: 眞鍋雄太 ,   岩田仲生 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.1213 - P.1220

抄録

 レビー小体型認知症の治療は,それぞれの症状に対して対症的に薬物治療を行うのが一般的であるが,薬物療法ではパーキンソン症状や視覚認知障害のコントロールのつかない症例がある。こうした治療困難な症例に対して修正型電気けいれん療法(modified electroconvulsive therapy;mECT)を施行し,劇的な症状の改善を得ることができた。運動機能および視覚認知機能,ADL,投与薬剤の推移といった観点から,DLBの治療戦略におけるm-ECTの意義を検討したので報告した。

Paroxetine中止後発現症状―無作為割付による中止方法の3群比較

著者: 森康浩 ,   山口力 ,   松原桃代 ,   小森薫 ,   大島智弘 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.1221 - P.1225

抄録

 Paroxetineはその有効性と忍容性の高さから,最もポピュラーな抗うつ薬の1つとなっている。しかし,その使用量に比例するように中止後発現症状(discontinuation syndrome)が問題となることがある。今回我々は「paroxetine減量中止戦略」として,A群(20mg/日を10mg/日に減量し,10mg/日を1週間服用後に中止),B群(20mg/日を10mg/日に減量し,10mg/日を1週間服用後さらに5mg/日に減量して1週間服用後に中止),C群(20mg/日を10mg/日に減量し,10mg/日を1週間服用後さらに5mg/日に減量して4週間服用後に中止)と無作為に3群に分け比較検討した結果,中止後発現症状はA群で63.6%,B群で62.5%の患者に発現したのに対し,C群では14.3%の患者にしか発現しなかった。このことから,paroxetineの中止後発現症状を減らすためには,最終的に中止する際に一定の時間をかけてから中止することが有用であることが示唆された。

私のカルテから

過敏性腸症候群の背景に社会不安障害が明らかとなった1症例

著者: 清水義雄 ,   岸口武寛

ページ範囲:P.1227 - P.1229

はじめに

 過敏性腸症候群(IBS)の診断基準は,慢性的に腹痛や腹部不快感があり,下痢あるいは便秘などの便通異常を伴い,症状を説明する器質的疾患や生化学的異常が同定されないものと定義されている3)。IBSでは緊張場面での症状出現や予期不安による行動制限がよくみられ,IBSとパニック障害との関連については詳しく報告されている2,9)が,意外なことに社会不安障害(SAD)との関連についての報告は乏しい。今回我々は,IBSの背景にSADの存在が明らかとなり,その治療について示唆に富む症例を経験したので報告する。

動き

「第5回日本うつ病学会」印象記

著者: 久保木富房

ページ範囲:P.1230 - P.1230

 日本うつ病学会は2003年に「うつ病アカデミー」を学会準備会として開催し,2004年に第1回学会(総会)が,上島国利,樋口輝彦,野村総一郎,坪井康次,坂野雄二,三村將,筆者らを中心として開催された。その他に理事として,大野裕,笠原洋勇,神庭重信,久保千春,小山司,島悟,高橋祥友,長谷川雅美,前久保邦昭,森崎美奈子,山脇成人らが参画している。第3回学会まで東京で開催され,第4回が札幌,そして今回(第5回大会)が福岡で開催となった。

 第5回日本うつ病学会総会は2008年7月25日(金),26日(土),アクロス福岡で開催され,会長は九州大学の神庭重信教授である。学会のメインテーマは「現代のうつ病―病理の多様性,予防・治療の多様性―」となっている。神庭会長は,複雑な現代社会において多様な病理性を示すうつ病の諸相を俯瞰し,その予防と治療について,一歩踏み込んだ議論を展開することをねらいとした。

「第27回日本認知症学会」印象記

著者: 森原剛史

ページ範囲:P.1231 - P.1231

 第27回日本認知症学会学術集会(http://dementia.prit.go.jp/)は2008年10月10日から12日にかけて3日間,群馬県前橋市で群馬大学医学部保健学科 山口晴保会長のもと行われた。副題は「認知症の早期診断と包括的医療を目指して」であった。

 多くの参加者にとって,前橋までは乗り換えなども含め交通の便が大変だったにもかかわらず盛会であった。参加者数は600名以上だったと聞く。各会場は満席に近い状態が続いた。高齢化に伴う認知症患者の増加に加え,臨床応用が近づきつつある新規治療診断法の登場,認知症学会専門医制度発足といった新しい動きが本学会の注目度をさらに高めているのかもしれない。

書評

―松下正明,加藤 敏,神庭重信 編―精神医学対話

著者: 井原裕

ページ範囲:P.1232 - P.1233

 人は,無から創造することはできない。孤独な思考からは何も生みだすことはできない。独創への情熱がいかに激しいものであろうと,そのような屹然たる姿勢すら,自恃の気概を示した先人への敬慕なしにはあり得ない。自説への信頼がいかに強かろうと,それを裏付ける検証なくしては人を説得できない。論理の強靱さを誇ろうとも,それを支持する他者の言説なくしては,理論は唯我独尊に終わるであろう。個性は,他者との交流によって磨かれる。独創もまた,同僚との切磋琢磨なくしてはなし得ない。

 対話は,そこに不可避的に不一致を生む。誤解もあれば,無理解もある。過大視もあれば,矮小化もある。他者への期待が大きければ大きいほど,それが裏切られたときの失望も大きい。しかしながら,そこには,なお,何かが産まれようとする息吹がある。未知の事実への憧憬があり,新しい認識への渇望がある。誤解への反発は,再生への原動力に変わる。齟齬の所在は,次の共同作業の課題を教える。

―上島国利,樋口輝彦,野村総一郎,他 編―気分障害

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.1234 - P.1234

 近年の気分障害を巡る状況は大きく変化している。一般社会におけるうつ病の認知度は向上したが,それに伴い誤解や混乱も増している。精神科医療の現場では,気分障害による受診者が急増するとともに,従来のメランコリー型うつ病とは異なる現代型うつ病が増加し,その対応に苦慮する場合が多い。SSRIやSNRIの導入,種々の治療アルゴリズムの開発,認知療法の普及など,治療面での進歩は少なくないが,依然として難治例が存在する。また自殺対策としてのうつ病への介入が大きな課題となっている。このように問題が山積している一方で,気分障害の研究は活発化し,さまざまな領域で新しい知見が得られている。精神科医療に携わる者にとって,気分障害の全体像を捉えなおして知識を整理し,今後の診療に役立てたいという気持ちは非常に強くなっている。このような時代の要請に応えるべく,刊行されたのが本書である。

 B5版,二段組,650ページを超える大冊である。内容は,各専門領域のエキスパートによる分担執筆であり,編者が「気分障害のエンサイクロペディアを目指した」というごとく,質,量ともに非常に充実している。冒頭において,混乱しがちな気分障害の概念と用語について,どのように統一を図ったかを編者が明記しており,その原則の下で執筆陣が存分に筆を揮っている。わが国におけるスタンダードな内容を詳述すると同時に,歴史的な内容,必ずしも一般的ではない内容や海外における新しい動向にも十分な説明を加えている。研究面の知見が豊富に記載されていることも特筆に価する。さらに参考文献数がことさら制限されていないため,必要なときは原典にあたることも容易となっている。目次も詳細で9ページを数えるが,お蔭で知りたいことがどこを見れば書いてあるかすぐわかるようになっているのも編者の配慮であろう。

―福井次矢 編―臨床研究マスターブック

著者: 新保卓郎

ページ範囲:P.1235 - P.1235

臨床研究を成功に導く入門書

 本書は臨床研究の実践に必要な事項を簡明に記載している。研究の計画やデータの扱い方,解析や統計の考え方,論文の書き方,倫理的問題に至るまで紹介している。治験やランダム化比較試験のような多施設共同の大研究を,いきなり勧めるものではない。臨床現場の身近な疑問に,一人一人の医師やスタッフが臨床研究を通じて答えを見いだすための方法を記載している。著者は聖ルカ・ライフサイエンス研究所の臨床疫学センターを中心とした臨床医や研究者である。従来臨床疫学の一般的な話題については,優れた教科書や論説が出版されてきた。また臨床研究の進め方に関して海外からはHulleyやHaynesなどの優れた教科書もある。しかし国内からは臨床研究の実践に関する類書が少なかっただけに貴重である。本書は臨床研究の実務的なノウハウに触れている。このような問題は,実際に研究を始めてから困ることが多い点であった。

 EBMの流れの中で臨床医にとって重要なのは,いかにエビデンスを利用するかのみではない。今や,いかにエビデンスを生むことに参加するかも問われているのだろう。エビデンスを上手に利用して患者の問題解決につなげるスキルを磨くためには,エビデンス作りを自ら行うことが優れた方法である。臨床研究の実施は,臨床医のスキル向上の方法の一つであろう。臨床研修必修化の中で,医局や大学とは半歩離れた立場から若い臨床医がキャリア形成を進めている。どのようにして臨床の技能を磨き続けることができるのか,その方法が模索されている。臨床研究は一つの道筋であろう。臨床医個人のスキル向上につながり,ひいては病院全体の診療の質の向上につながる。また臨床研究は,臨床医のみのテーマではなく,看護師,薬剤師,技師の方にとっても診療の質を向上させる方法となりうる。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.1240 - P.1240

 今年はアメリカ発の経済不況の波が押し寄せ,そのアメリカで改革を旗印にした新しい大統領が選出され,今後どのような変化が起きるか期待されている。日本では円高,株安の経済不況が強まっており,就業率の低下が予測され,就業障害者への波及が心配される。

 さて,本年最後の12月号にはACT(assertive community treatment)包括型地域支援プログラムの特集を取り上げた。わが国の精神科医療は1987年の精神保健法,1995年の精神保健福祉法およびその後の改訂で約20年間に大きく変化した。厚生労働省は,2004年10月に精神保健福祉施策の改革ビジョン10年計画とグランドデザインを示した。そこでは(1)患者の病態に応じた精神病床の機能分化の促進と地域医療体制の整備,(2)入院患者の適切な処遇の確保,(3)精神医療の透明性の向上が示され,さらに具体的な項目が挙げられていた。本年から来年にかけて改革ビジョンの5年目以降の見直しの時期にあたり,専門家の意見を聞き,データを解析して,来年には後半5年に向けて精神科医療の今後の方向を示そうとしている。精神科病床の機能分化は徐々に進められているが,地域医療については設備面ではグループホームなどの居住施設の整備がきわめて不十分であり,ソフト面では,訪問看護,訪問診療などで,多職種によるケアも一部で始まっているがいまだ混沌とした状況である。地域でのケアにどのような形があるのか,まず患者や家族が必要とするケアはどんなものかという視点が大切になる。厚生労動省は諸外国を参考にして数年前にACT-Jを立ち上げ試行を行ってきた。そこで,地域医療の最も中心的なモデルになると考えられているACTについて実際に施行している方,訪問診療を行っている方,行政面で関与しておられる方,ACTに詳しい方などにお願いして執筆していただいた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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