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雑誌目次

論文

精神医学50巻3号

2008年03月発行

雑誌目次

巻頭言

Publish in English or Perish

著者: 広瀬徹也

ページ範囲:P.214 - P.215

 表題は東京大学と帝京大学で脳神経外科教授を務めた碩学の世界的脳神経外科医,佐野圭司が約10年前JAMA日本語版(1997年6月号3頁)に書いたエッセー“Publish or Perish”に‘in English’を加えたものである。米国由来のこの句の原意は日本語で「発表せよ,しからずんば滅べ」ということになろうか。大方の予想を裏切って佐野は論文書きを奨励してこれを書いたのではない。真意は全く逆で,正式にはPublish or Perish PrincipleというのをPPPと略して,このPPPが日本や世界の大学で浸透した結果,臨床の医学者も臨床技能より論文発表に重点を置きすぎていることへの憂慮がこのエッセー執筆の動機になっている。佐野は臨床能力の評価方法に適切なものがないがために,PPPが盛んになるのを消極的に認めながらも,次のように記している。「このPPPはそれなりに研究業績(残念ながら多くはこまぎれの)を「増加」させる効果はあるが,果たして本当に学問を「進歩」させることにつながるものであろうか」。佐野はまたPPPに関連してインパクトファクターの高いNatureやScienceといった基礎科学者向けの英文雑誌への投稿を目指して,若い臨床家が基礎系教室で研究したがる傾向にも批判的に言及している。

 佐野の憂いをよそにその後もPPPはますます盛んとなり,インパクトファクターの高さで選ばれた教授がその臨床能力のなさゆえに大学の内外で問題となって,再度教授選考が行われた大学もあると仄聞するほどになっている。もちろん,研究的視点や土台のない臨床はマンネリズムから退歩に陥るので,臨床も常に研究との接点を持っていなければならないことはいうまでもないことである。臨床医学にも多くの分野があり,それぞれの特質から上記の問題が深刻な分野からそれほどでないものもあることは事実であろう。佐野の専門である脳神経外科をはじめ手術が不可欠な外科系や,私どもの専門である精神科が本誌50巻1号の特集にもなった‘精神医学的コミュニケーション’を臨床の柱とするために,最もインパクトファクターと臨床技能がかけ離れる分野であるといえよう。

特集 精神疾患に対する早期介入の現状と将来

精神疾患に対する早期介入

著者: 水野雅文

ページ範囲:P.217 - P.225

はじめに

 精神疾患への早期介入(early intervention)を論じる時には,“精神障がい”という重い現実は心得ながらも,全治や予防,発症頓挫という大いなる夢を持って語る必要がある。夢で終わらせないために,どのような戦略が必要であるかを考えてみたい。

 疾患の早期発見・早期治療がその転帰や機能回復にとっても,さらには医療経済的な視点からも是とされることは,古来医学の常識であり異議を唱える者は少ない。ただし今日では,これには発見後の対応すなわち十分なケアができる技能や資源があり,それにより回復可能性があるというエビデンスの提示が大前提である。もちろん介入手段は安全にして,身体的にも心理的にも苦痛の少ないものでなければならない。欧米や豪州を中心に急速に関心を集め,その実践に広がりがでてきている早期介入は,精神科サービスの諸側面におけるこうした条件が次第に整備されたのと時を同じくして動き出した。

 精神疾患の早期介入は,特定の疾患,特に統合失調症のような重篤な精神病をモデルとしたストラテジィだけでは成功はおぼつかない。精神科領域では,どんな優れた専門家がいても,患者さんがはじめから特定の疾患の専門家を目指して受診してくることは少ないし,残念ながら我々は特定の疾患を予測させる確定的で特異的な初期徴候をつかんではいない。夢を実現するには,特定の疾患に対する個別的な診断治療ツールの開発と,普遍的で応用可能な地域システムやネットワークを早期介入というキーワードのもとで同時進行的に発展させていく必要がある。

 本特集の各論で各疾患の臨床的な早期段階について語られる共通点は,おそらくはその未分化な症候の問題であったり,早期治療による症状や病態の可逆性についての検討であろうし,さらには早期発見・早期治療を可能とするさまざまな現場や状況についての整理であろう。またこれらに対峙するものとして,精神疾患に対するスティグマや病識をはじめとする脳の疾患に特有の問題が,共通して示されることだろう。いずれにせよ各疾患への早期介入は,各疾患別では成り立ち得ないものであり,精神疾患全体に共通した理解と働きかけが必要になってくる。

 そこで本稿では,各疾患における早期介入の実現を図るうえでの共通課題を,1) 脳を中心とする個体へのアプローチ,2) それを取り巻く環境としての社会やシステムへのアプローチ,3) 個体と外部環境のインタラクションへのアプローチに分けて論じてみる。

統合失調症に対する早期介入

著者: 松本和紀 ,   宮腰哲生 ,   伊藤文晃 ,   内田知宏 ,   鈴木健 ,   大野高志

ページ範囲:P.227 - P.235

はじめに

 統合失調症の早期介入についての実践的な活動は,海外では1990年代頃から徐々に始まり,この10年間にめざましい発展を遂げた。わが国でも統合失調症の早期介入の必要性は早くから指摘されてきたが,残念ながらこれに対応する実践は一部にとどまり,この領域は海外から大きな遅れをとっている。WHOと国際早期精神病協会(International Early Psychosis Association;IEPA)は,2004年に共同で早期精神病宣言を発表し,統合失調症を含む精神病に対する早期介入を発展させるための具体的な勧告を出した2)(表)。本邦でもこのような国際的な動向に応じ,早期介入についての具体的なビジョンを打ち出す必要性が高まっている。本論では,海外での事例を参考に,統合失調症の早期介入に向けた実践的な活動を概観してみたい。図1は,海外の先進地域での早期介入を参考にして作成した精神病の早期介入サービスのモデルである。

認知症における早期介入の現在と将来

著者: 小阪憲司 ,   朝田隆

ページ範囲:P.237 - P.244

はじめに

 認知症には種々の疾患があるが,ここでは高齢者の認知症に焦点を当てる。現在のわが国ではアルツハイマー型認知症(ATD)・レビー小体型認知症(DLB)・血管性認知症(VD)が三大認知症といわれているので,これらを中心に述べることにする。

 わが国の認知症患者はごく軽度のものを入れると約200万人といわれているが,最近ではこれらの認知症も早期発見・早期診断が重視されるようになってきている。それは早期に発見し,早期に診断することによって,早期に介入し患者やその介護者のQOLを高めることが重要であるという考え方が優勢になってきているからである。さらに,一歩進めて予防ができればもっとよいことは言うまでもない。

地域における自殺対策―うつ対策の視点も含めて

著者: 大塚耕太郎 ,   徳原淳史 ,   中川敦夫 ,   大野裕 ,   酒井明夫

ページ範囲:P.247 - P.254

自殺対策とうつ病対策

 うつ病は今日,いわゆるcommon diseaseとして位置づけられている。世界精神保健日本調査(World Mental Health Japan)によれば,大うつ病(DSM-Ⅳ)の生涯有病率は6.2%,12か月有病率は2.1%である4)。それに伴って近年,うつ病で医療機関を受診する人も増えている。厚生労働省の患者調査では気分障害の患者数は1996年に43.3万人であったのに対して,1999年には44.1万人,2002年には71.1万人,2005年には92.4万人と増加の一途をたどっている。これと連動するかのように,わが国では,1998(平成10)年以降中高年男性の自殺者が増加し,年間3万人を超えたまま推移している。

 しかし,自殺の要因になる精神疾患としては,統合失調症やアルコール依存症を含む薬物関連障害なども看過できないため,自殺対策は決してうつ対策だけに限定されない。加えて,自殺対策は保健医療や福祉の枠組みだけで行うものではなく,社会的要因を考慮した総合的対策を行う必要がある。

アルコール依存と多量飲酒に対する早期介入

著者: 杠岳文 ,   遠藤光一 ,   武藤岳夫 ,   吉森智香子 ,   村上優

ページ範囲:P.255 - P.263

はじめに

 わが国のアルコール消費量は,1965年以後1993年頃まで急速に増大していたが,「バブル景気」が崩壊してから後は最近までおおむね横ばいの状況が続いている。飲酒にまつわる最近の話題として,生活習慣病あるいはメタボリックシンドローム,さらには自殺の危険因子の一つとしての多量飲酒の問題と,2006年8月に福岡市内で幼い3人の命が失われた事故をはじめとする飲酒運転事故の問題がある。飲酒運転を繰り返す者にアルコール依存症あるいはその予備軍に当たるものが高率に含まれることは以前から指摘されており4),今後の飲酒運転防止の対策には,司法,行政からの厳罰化というアプローチだけでなく,アルコール依存あるいはその予備軍に対する医療としての早期介入が重要と考えられる。

 2003年に樋口らが行った全国調査7)では,ICD-10の診断基準に基づくアルコール依存症患者の有病率は,男性の1.9%,女性の0.1%で,全体で0.9%と推定され,この値からわが国のアルコール依存症患者の数は推計で82万人と報告されている。この82万人の中で,アルコール依存症として治療を受けているものを,厚生労働省の患者調査で見ると,わずかに5万人程度である13)。アルコール依存症として治療を受けていない他の多くの者は,医療を受けないで生活できているか,あるいは精神科ではなく一般科の医療機関でアルコール関連疾患や酩酊時の外傷などで治療を受けているものと思われる。こうした状況の背景には,わが国の一般市民のレベルでは,いまだアルコール依存症に対する偏見や精神科受診に対する抵抗感があるものと思われ,身体的あるいは社会的,家庭的に切迫した問題を抱えた,アルコール依存症患者の中でもとくに重篤な患者が精神科で専門治療を受けているという現状にある。こうした状況からすると,わが国では少なくとも,アルコール依存症の早期介入においては,アルコール依存症予備軍への予防的介入よりも,アルコール依存症患者がアルコール依存症として専門治療を適切に受けるように指導,介入することが現実的でより重要なのである。

てんかん患者に出現する精神病症状に対する早期介入の可能性

著者: 松岡洋夫

ページ範囲:P.265 - P.271

はじめに

 てんかん患者では精神症状や行動変化を伴いやすいことが古くから指摘されてきた。十分な疫学研究はほとんどないが,最近の研究からはてんかんと種々の精神疾患の併存は予想以上に多いことがいわれている12)。幻覚や妄想を中心とした精神病とてんかんの関係については,両者の親和性,拮抗性,偶然の合併のいずれもが存在し得るところに,この関係の難しさがある8)。歴史的には,1930年代にMedunaが精神病患者にその治療として中枢刺激薬を筋注し全身けいれんを引き起こし,両疾患の生物学的拮抗関係を強調したといわれてきた。しかし,WolfとTrimble27)はMedunaの論文を再検討した結果,彼はてんかん発作と精神病症状が症候論的に拮抗することを述べたが,両疾患の拮抗関係を主張したのでなくむしろ親和性を強く認識していたとし,症候論的拮抗性と疾病論的親和性が同時に存在しても相矛盾するものではないとした。

 最近,デンマークでの227万人の登録データの疫学研究の結果が報告された19)。抗てんかん薬誘発性の精神病が検討されていないなどその解釈に関して異論はあるが,報告ではてんかんは対象の1.5%に認められ,一般人口と比べてんかん患者が統合失調症および統合失調様精神病schizophrenia-like psychosis(短期間の精神病状態なども含めた統合失調症圏障害)になるリスクは,それぞれ2.48倍,2.93倍と有意に高く,両疾患の疾病論的親和性が支持された。したがって,てんかんにおいて精神病症状の発現をいかに予防するかは重要な課題であるが,残念ながら本邦ではこの問題に対する精神科医の関心は低く,てんかん治療すら敬遠する若い精神科医が増えている。

 てんかんは通常,てんかんの発病後,比較的長い期間を経て精神病症状が出現することが多いといわれており,統合失調症の早期介入などと比べ,大半の患者はすでにてんかんの治療を受けているので,精神病症状に対する予防介入に関してきわめて有利な立場にある。すなわち,もし精神病の明らかな早期徴候や前駆症状あるいは明確な危険因子がわかれば,容易に予防介入ができるだろう(図1)。また,最近ではてんかんの脳外科治療が進歩し,精神病症状を伴う患者での病巣切除の影響や,病巣切除後に新たに出現する精神病症状(de novo psychosis)をみる機会が増え,新たな知見が加わりつつある5)

 てんかんに伴う精神病症状の発生機序は多様で,てんかんの病態ないしてんかん発作の影響,抗てんかん薬の影響,心理社会的要因(たとえば,てんかんのスティグマ),脳器質的要因などが知られている。それらの要因に対するきめ細かな観察と対応が重要であることはいうまでもない。もし,てんかんの病態ないしてんかん発作自体が精神病症状を惹起するとしたら,特異的な治療方法が開発されるかもしれない。そこで,本稿ではてんかんの病態ないしてんかん発作によって精神病症状が惹起される可能性を考察し,その中で最近注目されている“発作間欠期不快気分障害interictal dysphoric disorder(IDD)”4~6)の概念を紹介し,これが精神病予防の標的症状となる可能性を中心に論じたい。したがって,抗てんかん薬の影響,心理社会的要因,脳器質的要因に関しては触れない。

 なお,発作間欠期不快気分障害という用語は,アメリカ精神医学会のDSM-Ⅳ-TRの暫定カテゴリーにある“月経前不快気分障害premenstrual dysphoric disorder(PMDD)”の邦訳を参考にした2)。Dysphoricには“不機嫌な”という邦訳もあるが,PMDDやIDDの症状を見ると多様な状態を意味しているので,適訳とはいえないが不快気分とした。ちなみに,PMDDとIDDには臨床的な関連性が指摘されている6)

摂食障害に対する早期介入の現状と今後の課題

著者: 西園マーハ文

ページ範囲:P.273 - P.279

はじめに

 神経性食欲不振症(拒食症),神経性大食症(過食症)などの摂食障害は,若い女性に有病率の多い疾患である。ダイエットが流行している現在,若年女性においては,体重を気にする者は非常に多く,あまり健康に影響のない範囲のダイエットから,診断基準を満たす摂食障害まで,ある程度の連続性がある。このような特徴のため,摂食障害については,「早期」介入という場合に,ダイエットをさせないことを目指すのか,ダイエットはしても体重低下の程度に注意することを目指すのか,診断基準を満たさないことを目指すのか,いくつかの段階がある。これらの段階の違いを意識することは臨床的にはかなり重要なのだが,往々にして,一括りに論じられやすい。また,摂食障害という領域は,精神医学だけではなく,社会学や女性学などさまざまな専門分野で取り上げられ,それぞれの専門による見方の違いがあるが,このことと,摂食障害関連症状の幅の広さがあいまって混乱が生じやすい。ここでは,どのような「介入」,どのような「予防」ならば可能なのか,現状と今後の課題について検討したい。

職域における早期介入

著者: 島悟 ,   高野知樹 ,   大庭さよ ,   島袋恵美

ページ範囲:P.281 - P.288

はじめに

 職域における精神保健活動については,地域における精神保健活動とは異なる仕組みがあることを理解することが必要である。この領域には,労働衛生・産業保健・職域保健といわれる仕組みがあるが,労働安全衛生法を根拠法とするものであり,その最大の特徴は事業者責任による活動という点である。50人を超える労働者のいる事業場においては産業医および衛生管理者の配置義務が課せられており,事業者の責任において専門的人的資源の配置がなされて保健活動が行われているという特徴がある。なお最近では,産業保健における精神保健活動を「産業精神保健」と称することが多い。

 この固有の仕組みは,精神疾患に対する早期介入を行ううえで適切に活用できれば,有効に機能し得る仕組みであると考えられる。しかしながら,仕組みはあっても仕組みを支える質の高い専門的人的資源が十分にないと機能しない。職域において最も重要であり,従前から指摘されている課題は,中小企業における産業保健の仕組みづくりである。大企業においては,ある程度仕組みが整備されており,専門的人的資源も豊富な場合も多く,概して仕組みが生かされていると考えられるものの,わが国の企業の大部分を占める中小企業においては,この仕組みが十分には機能していないのである。もっとも大企業においても,実際のところメンタルヘルスに関しては,専門的人的資源は必ずしも充足していないという現状もある。

 「早期介入」には幾つかの課題があると考えられる。たとえば,早期介入の対象はどのような精神障害なのか,どのような病態であるのか,早期とはどのような時期を指すのか,何をもって早期と考えるのか,である。また誰が介入を行うのか,介入をどのようにして行うのか,介入後のフォローアップをどのようにして行うのか,介入の効果の評価をどのように行うのか,などと早期介入について検討するべき事項は数多くある。すでに問題が顕現化しており,それに対して早期の介入をするという場合と,当該の問題が顕現化する前に介入するという場合があろう。危機介入といった,より深刻な状態に至る前に緊急の対応を要する場合と,2008年4月より開始されるメタボリック・シンドローム対策のように,リスク要因を標的とした未病の段階でのリスク要因への早期介入というスタンスでは,早期介入の枠組みが大きく異なる。

 通常の考えでは,早期介入は二次予防ということになろうが,より早期の介入,つまり一次予防が可能であれば,そのほうがより有用であり費用対効果も高いかもしれない。さらに三次予防は再発予防であるが,これも再発を未然に防ぐ対策という一次予防という意味合いと,再発した場合にはその早期の段階で対応する二次予防という意味と,さらには再発に引き続く二次的問題の発生を予防するという意味での一次予防でもある。

 本稿では,まずは職場および産業精神保健の現状と産業保健の仕組みについて述べる。そして,具体的展開事例として,危機的状況での早期介入と,最近開始された過重労働によるメンタルヘルス不調者への早期介入の仕組みについて紹介する。最後に,産業精神保健における今後の早期介入のあり方について検討する。

学校現場と精神科臨床の連携

著者: 水俣健一

ページ範囲:P.289 - P.294

はじめに

 「学校精神保健における精神病,とりわけ精神分裂病への取り組みについては,これまで敬遠されてきたように思われる。その理由には,疾病そのものの抱える問題,社会的偏見,医療や学校側の問題などさまざまにわたるものがある。精神分裂病は思春期に発病するものが多く,100人に1人弱の発病率であり,思春期生徒の日常に学校生活が大きくかかわることを考えれば,精神病という理由で教育になじまないと考えるのではなく,学校精神保健で取り組む重要な課題の一つといわざるを得ない」。

 この文章は,筆者が1997年つまり今から約10年前に当時勤務していた総合病院の医報に『学校精神保健における精神病への治療的関わりについて』という題で投稿した小論の冒頭である。振り返ってみれば,この10年間にスクールカウンセラー制度(1995年)が導入され,「精神分裂病」が「統合失調症」と呼称変更(2002年)され,特別支援教育制度が施行(2007年)されて,精神疾患と学校精神保健の状況は大きな変化をみせようとしている。

 この特集で筆者に与えられた「学校現場における精神疾患に対する早期介入の現状と将来」というテーマについて,上記の視点をふまえて,精神科医の立場から検討してみたいと思う。

短報

Olanzapineとの関連が考えられた尿失禁の1例

著者: 片桐秀晃 ,   高橋輝道 ,   三上一郎 ,   澤雅世 ,   馬場麻好 ,   中原光史 ,   村岡満太郎

ページ範囲:P.295 - P.297

はじめに

 精神科の日常の臨床において,尿閉をはじめとした排尿困難の副作用には時に遭遇することから,意識して診療が行われていると思われる。しかし,副作用として尿失禁や遺尿は日常診療であまり遭遇することがなく,あまり意識されていないのではないかと思われる。抗精神病薬は,薬剤性の尿失禁を起こす原因薬剤として降圧薬などとともに列挙されている1)。今回,我々はolanzapineによって引き起こされたと思われる尿失禁の1例を経験した。Olanzapineによる尿失禁の報告は,本邦において医学中央雑誌のデータベースなどで調べたところ報告はなく,海外の報告でもPubMedで調べたところ数例あるのみ2,3,5)であることから今回の症例は貴重な症例と考えたので報告する。

私のカルテから

遷延したせん妄に塩酸donepezilが奏効した1例

著者: 山本健治

ページ範囲:P.299 - P.301

はじめに

 遷延したせん妄の要因としてレビー小体型認知症(DLB)の認知機能変動症状の関与が疑われた1例を経験したので報告する。

動き

「第9回子どもの心研修会」印象記

著者: 秋谷進

ページ範囲:P.302 - P.303

 日本小児科医会主催,「第9回子どもの心研修会」が前期2007年5月26,27日と後期2007年7月15,16日の日程で担当理事,内海裕美先生(吉村小児科)のもと,広島中心部の広島JAビルで開催された。

 これは日本小児科医会会員を対象としたもので,この研修会を受講すると,審査によって「子どもの心相談医」(現在約1,000名)の認定が与えられるシステムとなっている。今回は新規登録および資格更新出席者など250名程度の出席があり,成功裡のうちに終了した。

「第13回国際老年精神医学会」「第26回日本認知症学会」合同会印象記

著者: 秋山治彦

ページ範囲:P.304 - P.304

 2007年秋に大阪国際会議場で開催された第13回国際老年精神医学会IPAの後半2日間は第26回日本認知症学会学術集会との合同会として開催され,大変な盛会であった。2日間のうちIPAの企画としては,びまん性Lewy小体型認知症やMCIなどさまざまなトピックを取り上げた計14件のシンポジウムと口演セッションなどが,また認知症学会の企画としては3件のシンポジウムが行われ,さらに両学会合わせて282題のポスター演題が発表された。ポスターは広い展示スペースに2日間を通して掲示され,多くの参加者が入れ替わり立ち替わり訪れて,会場は常に賑わっていた。

 アルツハイマー病の本質と考えられている老人斑の主要構成タンパク質がAβであることがわかってすでに20年以上が経過し,Aβの蓄積を解消する治療法も開発されているが,実はAβが神経細胞変性を引き起こす機序はいまだに不明のままである。「Aβオリゴマー」を取り上げたシンポジウムでは,凝集・線維形成の前段階であるオリゴマーがAβの神経細胞毒性の本質部分である,という仮説が検討された。

「第48回日本児童青年精神医学会」印象記

著者: 松田文雄

ページ範囲:P.305 - P.305

 第48回日本児童青年精神医学会総会が,2007年10月30日~11月1日の3日間,岩手県立南光病院の山家均会長のもと,岩手県民会館,岩手県公会堂,岩手県水産会館で開催された。本学会は,現在会員数3,000人を超えており,医療,心理,福祉,教育,行政,司法など児童思春期精神医療に関連した多くの関連領域からの参加がある。山家会長のスローガンは,「児童青年精神医学・医療の広範な展開をめざして」である。まさに,3日間の内容は広範で充実したものであった。3会場は盛岡市の中心部にあり,隣接しており,それぞれの会場は特徴的で印象的な趣であった。特に岩手県公会堂は歴史を感じる風格のあるたたずまいであった。山家会長は学会準備のために勤務先の病院から会場まで100km以上の距離を数え切れないくらい往復されたようである。振り返ってみると,内容のみならず隅々まで細かい配慮の行き届いた学会であったと感銘した。

 第48回総会では,演題総数が180にも及んだと聞いている。プログラムを概観すると,一般口演とポスター発表以外に,シンポジウムが2,会長講演の他に特別講演が3,教育講演が14,委員会セミナーが4,症例検討が3と多彩である。児童思春期精神医療に関連した広範な領域に関連した各セッションのテーマばかりではなく,研修,議論,検討の場では基本的な内容から最近の動向まで幅広く,それぞれの参加者の要望に応じた形で参加できるように設定されている。特に,さまざまなテーマに焦点を合わせ,各領域のスペシャリストによる教育講演が多いのも特徴の1つであろう。

「第1回アジア精神医学会世界大会(First World Congress of Asian Psychiatry)」印象記

著者: 杉浦寛奈

ページ範囲:P.306 - P.307

 2007年8月2~5日,インドのゴアで開催された第1回アジア精神医学会世界大会に参加する機会があったので報告する。

 学会はSouth Asian Forum on Mental Health & Psychiatry Internationalの主催で,スリランカのNalaka Mendis教授が会長を務めた。このSouth Asian Forum on Mental Health & Psychiatry Internationalは,アジアの精神医療の向上のために,精神科医療者の情報共有の場を提供することを目的として,南アジアおよびイギリスに在住のアジア出身の精神科医師によって,2002年4月に,会長にコロンボ大学のNalaka Mendis教授を擁し,スリランカのコロンボで結成された。今学会は,世界精神医学会の途上国精神医療部門(WPA Section),英国精神医学会南アジア分野(RCP Branch),生物学的精神医学世界連盟(WFSBP),世界心理リハビリテーション学会(WAPR),世界保健機関(WHO),世界精神衛生連盟(WFMH),アジア精神科協会連合(AFPA),インド精神医学会(IPS),インド精神科診療所学会(IAPP)など多くの学会の協賛により開催された。参加者は南アジア,ASEAN諸国を中心に22か国,500名を超えた。メインテーマはEnhancing mental health, psychiatry and well-being in Asia(アジアの精神保健,精神医学,福祉の向上)で,アジアのさまざまな地区からの情報を集約し,先進国と発展途上国に同等の比重を置いた点が特徴である。

書評

生活習慣とメンタルヘルス―精神科医と健診医の実証的検討

著者: 渡邉昌祐

ページ範囲:P.308 - P.308

 近年の神経生物学的研究で,ストレス脆弱性のある人の前頭前野,扁桃核のセロトニントランスポーター遺伝多型が研究され,遺伝子の影響が環境によって左右される遺伝子・環境相互作用のメカニズム(エピジェネテックス)が明らかになりつつある。

 勤労者が職場で良好なメンタルヘルスを維持する際に基本的に大切な項目として,本書では,食習慣,運動習慣,日光浴,睡眠習慣と職場でのストレス環境を挙げている。一見,日常的なこれらの項目がなぜ重要であるのかをエピジェネティックスの視点,特に筆者らが研究している脳由来の神経栄養因子(BDNF)の動態から明解に解説している点が本書の特徴であろう。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.312 - P.312

 医学生,研修医はその研修過程で多くのケースレポートを作成するが,経験とともにそつがない“紋切り型”のレポートを作れるようになる。これだけでもその人の臨床能力がある程度は把握できるが,卒前・卒後教育を長年担当してきて,精神医学のレポートには医学生あるいは研修医の人間としての感性がそこに表現されるおもしろさを感じてきた。客観的な観察者としての目に加えて,患者と向き合ったときの人間としての目がそこに読み取れるのである。経験の少ない医学生には,患者と接しているときの患者の表情,言葉遣い,態度も記述するように指導すると,なかには驚くような観察眼を発揮する学生がいる。コミュニケーションという要素なくしては多くを語れないのが精神医学の醍醐味である。少なくとも臨床精神医学は母国語とその背景にある文化なしには発展し得ないし,巻頭言での広瀬氏の指摘のように,“母国語によって発想し,議論していくことが学問の始まり”というのは精神科医の原点であり,また誇りでもある。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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