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雑誌目次

論文

精神医学50巻4号

2008年04月発行

雑誌目次

巻頭言

最近考えていること

著者: 保崎秀夫

ページ範囲:P.316 - P.317

 精神疾患の分類について,現在はICD-10,DSM-IV-TRに従って行われている。初めて学ぶ者にとっては最近の版の変化を見るだけで問題はないが,年配者で昔の分類から教わってきた者にとっては必ずしもピッとこない点があるのは止むを得ないであろう。以前のわが国の分類でも東京女子医科大学の千谷教授の独特のマニーの診断,さらには満田教授の非定型精神病の提唱など話題は十分あった。新たにICD分類が導入され,東京医科大学の加藤正明教授が参加して国内の委員会も作られてわが国の意見を具申していた。ICD分類は各科の診断分類が含まれ,てんかんは当時から神経疾患の項目に含まれており,なぜか精神疾患の分冊のみ各疾患に解説が入っていた。ICD,DSMが本格的に登場し,当初は慣れないためか違和感があり,慣れるように努力したが,適当にやっていた時代から,これこれの項目のうちいくつあれば特徴として取り上げるなどという方法にはなかなか慣れず,さりとて知らないと皆についていけないという時代になり,なんとなくピッとこない点が気になり,この分類を知らなければ馬鹿にされるしさりとて役に立つかどうかというようなことを言いながら時がたっていた。これらの分類は確かに診断に役立つし,いくつ症状がそろっていればというような診断法は誰でも診断を下すことができるというメリットはあるが,論じ合うような場合にはなんとなく違和感を感ずるようになっていた。以前のように科学的でないルーズな診断に慣れている者にとってはピッとこなかった。最近になって違和感が強くなってきたが,その主なる原因は時代の変化によって疾病自体が変わってきたためと思われるし,治療法も新しい薬とはいいながら使用法が簡単でなくきめの細かい注意が必要になってきたためと思われる。現在の診断法と治療法を金科玉条とせず,できれば一般にどのような変革が行われて診断や基準が今日に至ったかを一度は自分で調べて知っておく必要があると思われる。何よりも治療法がうまくいくことが第一である。最近の問題は,疾病自体が今までと変化してきているように思われ,軽症化してきたともいえるし,そうなると診断も治療も複雑になるし,経過もだらだらしてくる例が多くなるのではないかという心配も出てくる。

展望

乳幼児精神医学の現状と展望

著者: 本城秀次

ページ範囲:P.318 - P.328

はじめに

 筆者はすでに,15年前に一度,乳幼児精神医学について「展望」をものしたことがあるが23),その当時は,わが国ではまだ乳幼児精神医学の実践,研究といったものはあまりみられなかった。しかし,この15年の間にいくつかのグループにより乳幼児精神医学に対する取り組みが積極的になされるようになり,乳幼児精神医学あるいは周産期精神医学に関する書物もいくつか発表されるようになってきた48,50)。また,2008年の夏には日本でWAIMH(世界乳幼児精神保健学会)の総会が開催されることになっており,世界から多くの参加者があるものと予想されている。

 このように,日本においても乳幼児精神医学の領域は少しずつ根付いてきており,多方面で広がりを持ちつつある。本論文では,乳幼児精神医学の現状と展望をいくつかのテーマについて述べることとする。

研究と報告

山口県立総合医療センター救命救急センターにおける自殺企図患者の現状

著者: 松原敏郎 ,   河合宏治 ,   本田真広 ,   岡村宏 ,   磯村信治 ,   兼行浩史 ,   芳原輝之 ,   市山正樹 ,   藤本美智子 ,   若林祐介 ,   渡辺義文

ページ範囲:P.329 - P.335

抄録

 自殺予防対策は今や社会的な急務であり,自殺未遂者への危機介入において総合病院精神科が果たすべき役割は大きい。今回我々は,2005年4月~2007年3月の2年間に山口県立総合医療センター救命救急センターを受診した自殺企図者181名(男性56名,女性125名)を対象とし,その背景について検討した。自殺既遂者は男性が多く,縊首という手段を選ぶ傾向にあり,中高年が過半数を占め,自殺未遂者に比べて有意に平均年齢が高かった。自殺未遂者は女性が多く,過量服薬による手段が大半であり,20~30代では自殺企図を繰り返す傾向があった。自殺未遂者の中でも高齢者は精神科通院歴を認めず,気分障害を多く認めるなど自殺既遂者に共通した背景を認めた。年代に応じた自殺予防対策が重要と思われた。

慢性期統合失調症患者における情動顔および中性顔の認知の特徴,その社会機能との関連

著者: 関山隆史 ,   岩瀬真生 ,   高橋秀俊 ,   中鉢貴行 ,   高橋清武 ,   池澤浩二 ,   栗本龍 ,   疇地道代 ,   補永栄子 ,   ,   石井良平 ,   橋本亮太 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.337 - P.344

抄録

 統合失調症患者43名と健常被験者31名に対し,情動顔の表情カテゴリーを答える課題(Facial Emotion Labeling Test;FELT)と,情動的に中性な顔に対しその明暗を答える課題(Neutral Face Rating Test;NFRT)の2種の表情認知課題を作成,施行した。FELTでは患者群が有意に低成績を示し,これは対人関係機能を中心とした社会機能の低下と関連した。NFRTでは中性顔をpositiveに認知する傾向は社会的活動性やセルフケアスキルの低評価と関連した。これら新規の簡便な課題は,統合失調症患者の表情認知障害の特徴をとらえ,また社会機能の推測に有用である可能性が示された。

ミルナシプラン投与終了後の離脱症状および寛解の持続について

著者: 千田真典 ,   加藤悦史 ,   関根建夫 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.345 - P.349

抄録

 ミルナシプラン単剤で投薬を終了し,調査に同意が得られたうつ病患者31例を対象に離脱症状の有無および投薬終了後の寛解維持時間について遡及的に調査した(16例は直接面接,15例は電話による聞き取り調査)。調査した全症例において離脱症状を疑わせる症状を呈した症例はなかった。また,4例(12.9%)においてうつ病を再発・再燃したが,27例(87.1%)で寛解が保たれていた。ミルナシプラン断薬後5年間の寛解維持率は83.5%であった。断薬後の離脱症状の有無および寛解維持は患者が医療から自立するうえで重要であり,本検討は維持療法におけるミルナシプランの有用性を示した重要な予備的調査であると考えられた。

非行少年における自殺念慮のリスク要因

著者: 松本俊彦 ,   今村扶美 ,   千葉泰彦 ,   勝又陽太郎 ,   木谷雅彦 ,   竹島正

ページ範囲:P.351 - P.359

抄録

 本研究では,少年鑑別所と少年院の被収容者636名(男子572名,女子64名,17.0±1.9歳)を対象とする自記式質問票による調査から,自殺念慮に関係するリスク要因に関する検討を行った。「自殺念慮の経験あり」群と「自殺念慮の経験なし」群との間における単変量分析で有意差の認められた項目を独立変数として強制投入し,多変量分析を行ったところ,「性別(男性)」(Odds ratio 2.674),「情緒的虐待」(Odds ratio 2.225),「家族のアルコール問題」(Odds ratio 2.316),「自己切傷」(Odds ratio 3.559),「自己殴打」(Odds ratio 2.525),「肥満恐怖」(Odds ratio 1.888),「違法薬物の使用経験」(Odds ratio 2.144)が,自殺念慮に関係する要因として抽出された。

短報

甲状腺クリーゼの経過中に,精神運動興奮と精神症状に連動したβブロッカー抵抗性の重篤な頻脈を来し,精神科介入を必要とした1例

著者: 羽多野裕 ,   津田真 ,   前林佳朗 ,   福居顯二

ページ範囲:P.361 - P.363

はじめに

 甲状腺クリーゼでは交感神経亢進による頻脈がみられ,通常はβブロッカーで治療される3)。今回我々は,甲状腺クリーゼとthiamazoleの副作用による無顆粒球症を併発し,精神運動興奮などの激しい精神症状を呈し,さらにβブロッカーのみでは改善が得られない致死的な頻脈を生じた症例を経験したのでここに報告する。なお報告にあたって,患者本人の同意を得た。

比較的短期間に神経,眼症状,画像上の変化を認めた有機溶剤中毒症とWernicke脳症が合併した1例

著者: 伊藤一之 ,   大塚祐司

ページ範囲:P.365 - P.369

はじめに

 以前よりシンナー乱用による中毒症状としてさまざまな神経症状,眼症状を起こすことが知られていたが,最近ではCT,MRI,SPECTなどを利用した脳の器質的変化の報告も相次いでいる。今回我々は,アルコールの併用もあったが,シンナーの乱用が比較的短い期間にもかかわらず顕著な神経,眼症状を呈し,画像でも脳の器質的変化が認められた31歳男性の症例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

Tandospironeにより動揺性の高血圧も改善した過敏性腸症候群の1例

著者: 石川和宏 ,   根本清貴 ,   堀孝文 ,   朝田隆

ページ範囲:P.371 - P.374

はじめに

 過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome;IBS)は,器質的な異常を認めないにもかかわらず,下痢や便秘などの機能的異常を呈する“心身症”の代表的疾患である。我々は今回,IBSに大うつ病性障害(Major Depressive Disorders;MDD)や動揺性の高血圧が合併した症例で,MDDの寛解後も身体症状が持続し,tandospirone投与によりIBS症状のみならず,高血圧などの身体症状も改善した症例を経験した。Tandospironeによる血圧の安定化作用は,従来あまり注目されていなかったため興味深く,また臨床的にも有用と考えられるため,報告する。

Risperidone内用液に剤型変更することで精神症状および錐体外路症状が改善した1例

著者: 小早川英夫 ,   藤田康孝 ,   中野啓子 ,   柴崎千代 ,   日笠哲 ,   竹林実

ページ範囲:P.375 - P.378

はじめに

 2002年に本邦でrisperidone内用液が発売され,統合失調症の急性精神運動興奮状態などに用いられ,精神症状を早期に改善することが報告されている3)。また,risperidoneは他の非定型抗精神病薬と比較して錐体外路症状が比較的出現しやすい薬剤であるが,錠剤または細粒から内用液に剤型変更することでこれらの副作用が軽減したとの報告がなされている6,7)。今回我々は,risperidone錠剤から内用液に変更することで,錐体外路症状だけでなく精神症状の両者の改善がみられた症例を経験したので報告する。

Refeeding syndromeにより意識障害を呈したアルコール依存症の1例

著者: 慶村雅世 ,   岩永伴久 ,   大原一幸 ,   高長明律 ,   田原麻琴 ,   高尾真紀 ,   守田嘉男

ページ範囲:P.379 - P.382

はじめに

 Refeeding syndromeは低栄養状態に対し,中心静脈栄養などにより急速に栄養を回復させた際にみられる合併症である。低リン血症を基盤として,重篤な症状を引き起こし,時には死に至ることもあり注意すべき病態である6)。精神科臨床では摂食障害に多く認められる。アルコール依存症の治療経過中に出現することもあるとされるが,見逃されている可能性があると思われる。我々は32歳,男性のアルコール依存症の症例において,refeeding syndromeにより意識障害を呈したと考えられる1症例を経験したので報告する。

Etizolam依存症患者においてclonazepamへのswitching中に出現した離脱症状にolanzapineが奏効した1例

著者: 大谷恭平 ,   大島悦子 ,   武田直也 ,   居森文和 ,   皆尾公司 ,   岡部健雄 ,   土田和生

ページ範囲:P.383 - P.386

はじめに

 Etizolam(デパス®など)は代表的なベンゾジアゼピン(benzodiazepine;以下BZと略す)系抗不安薬であるが,一方で連用することにより薬物乱用,薬物依存を形成し得ることで知られている11)。また中断にあたっても離脱症状の出現がみられ,筋攣縮など遷延性の離脱症状を長期間呈することもみられる14)

 今回筆者はetizolamを連日20mg以上服用する患者の診察を行い,離脱症状をolanzapineでコントロールしながらclonazepamへの置換が成功した例を経験したので,ここに報告する。なお,症例はプライバシー保護のため主旨を損ねない範囲内で改変を行い,本人より症例報告についての同意を得た。

ミニレビュー

哺乳類養育行動とその異常のメカニズム―精神疾患動態研究チーム

著者: 黒田公美

ページ範囲:P.387 - P.392

はじめに

 早期の生育環境が子の発達に大きな影響を与えることは古くから知られている。環境のなかでも,子の主要な養育者との関係(通常は親子関係)はもっとも重要な要素の一つである。親子関係のさまざまな問題(児童虐待やネグレクト)は子のうつ病,適応障害,次世代への虐待の繰り返しなどのリスクを高める可能性がある5)。不適切養育を治療・予防するためには,まず養育本能を司る神経機構を明らかにしなければならない。

 哺乳類の仔は幼弱に生まれるため,哺乳をはじめとして身体をきれいに保つ,保温する,外敵から守るといったさまざまな親からの養育を受けなければ離乳期まで成長することができない。これらの「仔の生存の可能性を高めるような親の行動」は養育行動と総称される10)。養育行動はすべての哺乳類の存続に必須であることから,親の脳内で養育本能を司るメカニズムも基本的な部分は進化的に保存されていると考えられる。したがってモデル動物を用いた養育行動研究が,将来的にヒトの養育行動とその異常の解明に役立つことが期待できる。本稿では,哺乳類養育行動の概要を簡単にまとめた後,マウスモデルを用いた最近の研究を中心に,養育行動を制御する脳領域,分子について概説する。他書も参照されたい10,11,17)

資料

統合失調症急性期におけるrisperidone内用液とhaloperidol注射剤の効果の比較

著者: 正木慶大 ,   谷口加容 ,   宮井康次 ,   加藤力敬 ,   高長明律 ,   八田直己 ,   坂田大介 ,   湖海正尋

ページ範囲:P.393 - P.399

はじめに

 統合失調症の治療戦略において薬物療法が中心的役割を果たしてきたことは周知のとおりである。特に近年の非定型精神病薬の開発により,薬物治療における選択肢も増え,症状・病期・コンプライアンス・身体合併症などの観点から,さまざまな使い分けも提案されるようになっている1,4,8,12,15)

 Risperidone液剤(以下,RIS-OSと略す)については2002年の本邦導入以降,急性期治療においてその速やかな効果発現を期待しての使用が増えており,また国内外で報告や研究がなされている5,6,14,17)。これまで,長年にわたり初発再発を問わず不穏状態や興奮を呈する急性期の患者に対し,haloperidolの筋肉注射(以下,HPD-IMと略す)が半ば漫然と使用されてきた。本邦で使用できる注射薬はhaloperidol,levomepromazineなどの定型薬のみであり,諸外国で使用可能な非定型抗精神病薬の注射剤はまだ導入されていない。今になってみればHPD-IMを含む筋肉注射という処置は強制的な色彩が濃厚なことが再認識され,確かに医療者側にも相応の緊張と労力を必要とし,針刺しなどの事故の可能性,あるいは医療者と患者の関係悪化にもつながりかねず,後の服薬コンプライアンス低下をもまねき得るとされる9,10)

 RIS-OSは幻覚・妄想・興奮といった陽性症状に対して効果が認められ,さらに最高血中濃度到達時間(以下Tmaxと略す)が約30分と迅速な効果発現の報告がなされている16)。この30分という時間は従来,精神科臨床で使用されてきたHPD-IMとほぼ同等の効果発現時間と考えられる2,3)。それが一般的な臨床的事実であるならば,少なくとも安全性や信頼関係の醸成においてより望ましい治療手段としていっそうの検討がなされてよいと考える。しかしながら,少なくとも国内ではHPD-IMとRIS-OSの効果に関して一定数の患者群を用いた縦断的な比較検討を行った臨床文献は見当たらないと思われる。今回,筆者らは多施設において統合失調症急性期病像を呈する患者(初発,再燃,再発を含む)2群に対し,それぞれRIS-OSとHPD-IMを単独で投与し,おのおのの効果を経時的に評価した。そして,両群間で症状比較を行い,薬剤の有効性に関して検討を試みた。

私のカルテから

注意欠陥/多動性障害とチック障害を併存した兄弟例―WISC-ⅢとADHD RS-Ⅳ-Jの検討

著者: 太田豊作 ,   根來秀樹 ,   飯田順三 ,   浦谷光裕 ,   岸野加苗 ,   岸本年史

ページ範囲:P.401 - P.405

はじめに

 注意欠陥/多動性障害(以下,AD/HD)は,不注意,多動,衝動性を主症状とする行動の障害であり,児童精神医学領域ではもっとも有病率の高い障害の一つである。現時点で,神経生物学的な背景と強い遺伝的な素因が関与し,さらにその他の要因が複雑にからむ多因子性の病因が考えられている。

 一方,チックは幼児期の後半から児童期に生じやすい運動症状で,それを主症状とする症候群がチック障害である。以前は,一過性のチック障害は心因性,慢性のチック障害は脳器質性と別々に考えられていたが,現在ではチック障害は連続しており,遺伝的要因と環境要因との絡み合いが関与するとされている。

 AD/HDでは,一般よりもチックの併存の頻度は高く,チックの頻度が,一般の小児では6%であるのに対して,AD/HDでは34%であったとの報告8)がある。一方,チック障害の併存症の中でもAD/HDはその頻度が高く,50%以上に及ぶという報告6)もある。

 これらの報告から,AD/HDとチック障害の病態,病因に共通または密接な関係があると考えられており,近年の脳画像研究からは,両者に共通して特定の皮質-線条体-視床-皮質回路(CSTC回路)の関与が想定されている5)。AD/HDとチック障害との遺伝的関係への一定の結論は得られていないが,近年分子遺伝学的研究では,両者にドーパミンD4受容体遺伝子の関連性2,3)があることが示唆されている。疫学的な報告では,AD/HDとチック障害の併存した症例の同胞もまたそれらの併存があることはいわれているが,各同胞間で詳細に比較検討した報告はない。

 そこで今回我々は,主訴が多動であったAD/HDと一過性チック障害の併存した次男と,主訴が音声チックであったAD/HDとトウレット障害の併存した長男という兄弟例を経験したので報告し,病歴,家族背景,臨床所見,WISC-ⅢとADHD Rating Scale-Ⅳ 日本語版(以下,ADHD RS-Ⅳ-J)の比較を中心に考察した。

動き

「ハーバード大学でのTMS集中コース」に参加して

著者: 西多昌規

ページ範囲:P.406 - P.407

 ハーバード大学医学部ベス・イスラエル・ディーコネス医療センターにあるBerenson-Allen Center for Noninvasive Brain Stimulation(以下,CNBS)は,経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation,以下TMS)の臨床研究施設の1つとして非常に名高い。TMSの世界的権威,A. Pascual-Leone教授がdirectorを務めており,分子レベルの動物実験から,機能的MRI(fMRI)や高技術のナビゲーションシステムを駆使した脳機能画像研究,神経内科から精神科,リハビリテーション領域にわたる臨床的応用など,実に幅広くの研究を精力的に行っている。CNBSはTMSに関心のある医師・研究者に対して集中コース(Intensive Course in Transcranial Magnetic Stimulation)を年に3回行っているが,このコースに参加する機会を得たので,講習や実習内容などを簡潔に報告したい。

 コースは2007年9月10日から14日までの5日間のスケジュールで行われた。参加人数は20名であり,アメリカからはもちろん,カナダ,ヨーロッパ,ブラジルからも参加者があった。参加者のプロフィールは神経内科医が多くを占めており,神経科学,認知科学,心理学の研究者,リハビリテーション医,精神科医といったところであった。年齢層も多岐にわたっており,若手だけでなく診療部長や准教授レベルのベテランも多数参加しており,臨床や研究での現場経験に基づいた意見を活発に出していた。

「第25回日本小児心身医学会」印象記

著者: 秋谷進

ページ範囲:P.408 - P.408

 第25回日本小児心身医学会が2007年9月14日(金)~16日(日)の日程で北海道札幌市の札幌かでる2.7において開催された。会長は氏家武先生(北海道こども心療内科氏家医院理事長)であった。

 日本小児心身医学会は会員約1,000名が所属する日本小児科学会の分科会である。今回は小児に携わる小児科医師,精神科医師,看護師,臨床心理士,心理系大学生など300名程度が出席し,盛況のうちに学会は終わった。

書評

乳幼児精神保健ケースブック―フライバーグの育児支援治療プログラム

著者: 吉田敬子

ページ範囲:P.409 - P.409

 本書は,妊産婦と3歳以下の子どもを育児中の母親と家族に対する援助のための治療の理念と実際を豊富な事例により紹介している。本書で紹介されている治療プログラムは,ミシガン州でSelma Freibergとその同僚たちによって考案され,幼い子どもを養育中の親に対し,初期の養育のサポート,愛着関係の発達の強化,子どもの発育不全に対する留意,親による虐待やネグレクトなどリスクの軽減といったことを目的としている。そのため乳幼児精神保健のスペシャリストの専門性の内訳は,心理学,児童福祉,幼児教育,小児科,精神科など多岐にわたる。乳幼児精神保健に携わるスタッフであれば,詳細な紹介事例と演習問題により,あたかも研修セミナーに参加し,その事例を自分なりに考えるという能動的な読書体験も可能である。また日々の臨床の対象が主として成人である治療者は,本書により,うつ病や物質依存の心理社会的な発症モデルについて,世代間伝達の精神病理も含めて理解を深めることができよう。

 構成としては,まず第1章で乳幼児精神保健の基本理念が明記されている。それは,子どもの誕生とその後数年間の育児中の出来事は,その後の子どもの人生に大きな影響を及ぼすが,養育者がこれまでに未解決の喪失体験や心的な外傷体験の出来事があると子どもとの初期の愛着関係に歪みが生じるため,この要となる人生の初期の時期に治療的にかかわることにより,その後の関係性の障害のリスクを軽減するということである。

カプラン精神科薬物ハンドブック 第4版―エビデンスに基づく向精神薬療法

著者: 神田橋條治

ページ範囲:P.411 - P.411

 参ったなぁ。「ハンドブック」の邦訳は「便覧・手引き」であり,原題にはご丁寧にpocketという冠までついている。臨床家はせめてこのくらいの知識は参照しながら日常臨床に携わってほしい,の意であろう。本文中に散見する文言から,著者たちがその心積もりで編さんしているのは確からしい。なのに,不勉強な老医である評者には,本書の7割が新知識である。あるいは青壮年の世代には既知の知識群なのかもしれない。自身で手にとって確かめてほしい。

 本書の特筆すべきは,監訳者の1人 神庭重信先生の序にあるように,有害作用と薬物相互作用についての情報が充実していることである。多忙な臨床家は自分が劇薬に類す危険物を生体に注入していることを失念しがちである。また薬物相互作用についての知識が乏しいと,増強療法augmentationなどと言い訳して,己が不明の告白のごときカクテル処方を書き散らす結末となる。評者にとっては,有害作用と薬物相互作用についての記述だけでも,いささか高価な本書の定価に見合う情報である。本書はEBMに依拠して記述されている。思えば,本書を際立たせている上記2つの分野こそは,EBMが得意とするジャンルである。その点臨床家にとって,治療法選択への助言であるアルゴリズムとは対極の位置にある。対立的ではなく相補的関係である。そして,両者を連結して使いこなす技術が臨床の知である。臨床経験の少ないうちはアルゴリズムと本書の知識が直結したような構図であり,臨床経験が増えると2枚の皮に挟まれたアンコがどっさりの最中になる,とイメージしてみると臨床修練への意欲が高まるかもしれない。

精神科臨床ノート

著者: 宮川香織

ページ範囲:P.412 - P.412

 診断から治療の道筋,薬剤の選択方法に至るまでマニュアライズされつつある臨床の風潮の中で,診療の『コツ』・『ワザ』の要素はすっかり顧みられなくなってしまった。それは,診療マニュアルの原則を,どんなタイミングでなら破ってもかまわないかを私たちに教えてくれるはずだった。またそれは,診断基準に書いてある項目を100%真に受けることをせず,ゆるく柔らかく利用するセンスを教えてくれるはずだった。一昔前はこの『コツ』・『ワザ』要素が,先輩の口を通じ臨床テキストの語間や余白を埋め,アナログ的というか,実践的というかそういう知恵を若手に伝授していたのである。ところが現在,医師の教育システムがきれいに整えられた代わりに,それはきれいに省かれ,教科書の語間と余白はいよいよ白々と空虚になり,新米医師は語と語,選択肢と選択肢の間をロボットのように不器用に飛び越えながら仕事をしている有様である。人間を見る仕事がかくも見事にデジタル化される日が来ようとは…と感嘆するとともにある種の危惧を感ずる古株医師も少なくはないのではなかろうか?

 ここで紹介するのは取りこぼしたものを顧みようとする本である。テキストに記されるほど臨床は明解ではないことを思い出すよう著者は私たちに促している。実際に診察室で起こりがちなさまざまな事態について精神療法的な立場からていねいなアドバイスがなされている。面接の長さ,患者と医師それぞれにとっての診断と告知の意味,年代別,疾患別のアプローチ方法などが事細かくわかりやすい言葉で説明されており,精神科医としてのスキルをいっそう磨いていこうと思っている若手にとって助けになるに違いない。今すぐに読み通さなくとも,好きな章から折ごとに拾い読んで先輩から得られなくなりつつあるサポートの足しとされるといい。マニュアル通りやってうまくいかなかったとき己が力量を問う前に読んでみるといいと思う。個人的には私は『病名とインフォームド・コンセント』の部分が好きである。診断をつけることが患者に,医師と患者の関係にどのような影響をもたらすかについてふれられており,「診断にはたしかに安心作用があるとしても,同時に不安を喚起する作用があることも忘れてはならない…」(本文53頁抜粋)とある。だから診断が何であるかにかかわらず,見立てるにも治療的なやり方があるということなのである。こういうふうに見立てという行為について教えてくれる本はあまりないと思う。私たちがしている診断・告知作業が,植物や昆虫の分類ではなく,治療サポートにつなげるためのやむを得ぬ名付けであることを気づかせてくれるところがいい。アナログな視点から再度臨床を問うたとき,診断基準やアルゴリズムが生まれるより先に人がまずおり,診断基準やアルゴリズムに人が合わせなければいけない絶対的な理由などないのだというごくごく当たり前のことに私たちは気づくことができる。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.416 - P.416

 今回の巻頭言を慶應大学名誉教授の保崎先生にお願いした。私たちの大先輩が最近の精神医学をどのように感じておられるかをうかがえるのはありがたいことである。ここのところ臺先生と新福先生に巻頭言にご登場いただいたが,これからも老大家の先生方に巻頭言に再登場いただきたいものである。

 さて,保崎先生が今回の巻頭言のはじめにICD分類が出た当時の当惑を率直に述べられているが,私自身も同じような戸惑いを感じ,「最近になって違和感が強くなってきた」と述べられているように,私も同じ感想を持っている。長く大学を離れていた私にとっては,ICDやDSMが重視されるようになって,随分違和感を覚えたものである。ところが,大学の教授に選ばれてからは,若い医師の教育上,そうは言っておれず急いで勉強したものである。最後まで違和感を抱き続け,大学を退職した今もそれを抱き続けている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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