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雑誌目次

論文

精神医学50巻6号

2008年06月発行

雑誌目次

巻頭言

発達障害の臨床,今

著者: 中根晃

ページ範囲:P.524 - P.525

 発達障害を心配してクリニックを受診しようとすると,半年,1年の待機があると言われたということを耳にする。時間をかけていくつもの検査を行い,家庭や学校での対応に適切な助言ができるクリニックの数が限られているからであろう。発達障害は児童精神医学の主な領域の1つであり,大学の学生相談でアスペルガー症候群が話題になってきたのもだいぶん前である。しかし,発達障害を持った成人が精神科クリニックを受診するようになったのは最近のことで,診断基準が問題になってきている。成人になった高機能自閉症ないしアスペルガー症候群,あるいはADHD(注意欠如/多動性障害)の診断には,低年齢の時から,その診断にふさわしい症状がみられていた事実の確認が必要だが,成人になってクリニックを訪れる患者では幼少時の情報が欠けていることが多い。

 発達障害の症状は固定したものではなく,年齢とともに変化していく。広範性発達障害の子どもを数年フォローすると,同じように相互的な社会的関係の異常とか,コミュニケーションにおける質的障害(ともにICD-10-DCR)といっても随分変化する。4~5歳になると主治医の姿を見ると駆け寄って来るし,小学生になると,向こうのほうからなんらかの言葉かけをしてくる。中学生になると,鉄道研究会で,皆といっしょに計画して旅行に出かけたりする。対人的相互関係の領域やコミュニケーションの領域で起こっている症状を「障害」と断定するのではなく,対人関係が不器用な子ども,コミュニケーションが下手な子どもととらえることによって,年齢に応じた指導の手がかりが得られる。言語的活動水準の高いアスペルガー症候群の子どもは,一般の子どもが友だちとのかかわりが活発になる中学生から高校生の年齢になると同級生に声をかけるようになるが,相手の考えの方向や感情的反応を推理できないため,相手が嫌がることを平気で言ったりすることが目立ってくる。そのため同僚が無視したりすると,さらに一方的なアプローチをしたり,以前に言われたことを思い出して執拗に抗議をしたりする。いずれにしても,成人ではそれだけ自閉症らしさが少なくなっている。こうしたことから,成人の発達障害の診断には幼少時期の情報が必要なことが明らかになる。対人関係の機微を必要としないで済む研究者にはアスペルガー症候群の人がいることはよく知られているが,それ以外の職業領域でアスペルガー症候群の成人ではどんなことが起こってくるだろうか。その全容がわかってくるのはこれからであろう。最近,統合失調症と診断を受けている患者の中にアスペルガー症候群のケースが少なくないと言われる。確かにそのようなことはあるが,まず,上記のような特徴を吟味することなく,ただ診断基準を操作的に当てはめるだけで,統合失調症と診断して投薬すべき患者をアスペルガー症候群と診断し,不適切な投薬によって病状が悪化しているのを見かけることがある。

特集 疲労と精神障害―ストレス-疲労-精神障害について

疲労の脳内機序

著者: 渡辺恭良 ,   田中雅彰 ,   水野敬

ページ範囲:P.527 - P.532

はじめに

 めまぐるしく動的である現代社会においては,ほとんどの老若男女が疲れている。疲労・倦怠感は,私たちが日常的に経験している感覚であり,発熱,痛みとともに,身体のホメオスターシス(恒常性)の乱れを知らせる重要なアラーム信号の1つである。疲労は,私たちにとって非常に身近な問題であり,かつ,ストレスの多い現代社会に生きる私たちのなかで慢性疲労に悩む人が多いにもかかわらず,科学的・医学的研究はこれまで断片的であった。ここ数年,生活習慣病をはじめとする多因子疾患の予防医療・予知医療の発展とともに,このような前病気状態(未病ともいわれる)にいかに対処するかという気運が高まり,「疲労の科学」に目が向けられるに至った。

 文部科学省・科学技術振興調整費による疲労研究班〔生活者ニーズ対応研究「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する研究」(1999~2004年度,研究代表者:渡辺恭良)〕では,これまでに知られてきた断片的な疲労の分子・神経メカニズムの研究結果を統合し,脳機能イメージングや遺伝子解析などの新しい方法論も取り入れて「疲労」と「疲労回復・予防」についての科学的な研究を進め,2004年夏からは文部科学省の21世紀COEプログラム革新的学術分野に我々大阪市立大学が申請した「疲労克服研究教育拠点の形成」が採択され(拠点リーダー:渡辺恭良),世界に先駆けて疲労研究・研究を通した教育の世界的拠点を形成してきた。現在,本拠点において,疲労の基礎・臨床研究と抗疲労食薬・環境空間開発プロジェクトを進めており,本稿では,現時点の疲労,慢性疲労の脳機能・分子イメージング研究の成果を述べる。

疲労の客観的評価―加速度脈波を用いた方法

著者: 山口浩二 ,   笹部哲也 ,   倉恒弘彦 ,   西沢良記 ,   渡辺恭良

ページ範囲:P.533 - P.542

はじめに

 「疲労」は誰もが日常生活の中で感じることのある一般的な感覚で,また大多数の疾患において程度の差こそあれ経験する症状の1つであり,心身の疲弊を自らに知らせ,休息を求める生体のアラームである。ありふれた感覚ではあるが,今まで,医学の対象として重要視されていなかった。その理由として考えられることは,疲労が多数の因子が関与した複雑な現象であること,個人により,また同一個体でも状況により感じ方が異なることにより,客観的評価が困難で,科学の対象として扱い難いということに帰している。また,疲労を表現する言葉が,関西では「しんどい」というが,関東では「だるい」,九州では「きつか」,東北では「こわい」というように,狭い日本の国内においても種々の表現があり,その意味する内容も微妙に異なっていることも客観的評価を困難にしていると思われる。このように疲労は主観的な感覚であるため,これまでの評価は各種問診表やvisual analogue scale(VAS)を用いた自己申告式のものが中心となっており,評価として十分に耐え得るものとは言い難かった。一方,なんらかの課題を行った際の反応時間の遅延や,誤反応の増加,多重注意の困難といった疲労時におけるパフォーマンスの低下をもって疲労を評価する手法もあるが,疲労感とこれらパフォーマンスの低下が乖離することが多々あることも我々は日常生活でよく経験し,こういった事情が疲労の客観的評価を困難にしている。

 ところで,慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome;CFS)は,ウイルス感染やストレス曝露を機に発症する疾患であるが,高度の全身倦怠感をはじめ,微熱や全身の疼痛,脱力感などの身体症状や,思考力・集中力低下,抑うつなどの精神症状,睡眠障害などの症状が長期間持続し,健全な社会生活が困難となる症候群で,今もって原因は不明とされている。診断は日本疲労学会による診断指針や米国CDCの診断基準に基づくが,いずれにおいても,高度の疲労により日常生活に支障を来していることが診断の必要条件となっている。しかし,高度の疲労か否か,疲労を訴える患者の疲労を客観的に評価することは難しい。

 そこで,本稿では,今まで定量化手法を持ち合わせていなかった疲労という現象に対し,加速度脈波を用い,自律神経機能や複雑系の観点から,疲労を定量化する試みについて,CFSを例に紹介することとし,最後にいくつかの慢性疾患の疲労についても検討した結果を例示する。

慢性疲労症候群

著者: 計屋由紀子 ,   加藤憲司 ,   倉恒弘彦

ページ範囲:P.545 - P.552

はじめに

 慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome;CFS)とは,日常生活に支障を来すほどの疲労感が6か月以上続く状態を1つの病態概念としてとらえた症候群である。CFSの診断基準は,1988年にHolmesらを中心に米国CDC(Center for Disease Control and Prevention)によって初めて作成され14),1994年にはFukudaらによってCDC診断基準が改定された8)。本邦では,1990年に木谷らによって日本で初めてCFSの症例報告が行われた。その後,厚生省疲労研究班が発足し,HolmesらのCDC診断基準に基づき日本でのCFS診断基準が作成された。日本では,この厚生省CFS診断基準が用いられてきたが,その後十数年が経過し,疲労をより客観的に評価できるようないくつかの手法も開発され,CFS診療を担っている医師からもCFSをより客観的に診断できるような診断基準の作成が望まれるようになった。そこで,2006年6月,日本疲労学会に慢性疲労症候群診断基準改定委員会(委員長:倉恒弘彦)が発足し,1年間の検討が行われた後,実用的で国際的な共通化が保たれたCFS診断指針が2007年6月に発表された。

 CFSについてはマスコミなどで取り上げられる機会が増加し,CFSという言葉は国民に普及しつつあるが,今なおCFSに対する適切な対応ができる医療現場はきわめて少ない。疲労の精査目的で1度は検査設備の整った病院への受診は必須であり,異常が認められない場合,原因不明の疲労について踏み込んだ精査をするために専門病院への受診が必要である。しかし,CFSに関しては,普段はプライマリケアを担う医療機関に受診し,年に1度から数回程度,専門病院に受診する,というようなスタイルが望ましい。残念ながら,筆者らは患者を地域の医療機関に紹介しても,「疲労は専門外なので,薬は処方するが,それ以外のことはできない」という返答を多数経験している。地域の医療機関に最も期待したいのは,患者個々人に応じた生活指導である。まずは,日本疲労学会によりわかりやすい診断指針が作成されたことにより,疲労を正しく評価できる医師の増加を期待したい。さらに,医療機関の医師だけでなく産業医,産業保健師,地域の保健師にもCFSについて正しい知識を持っていただき,生活指導を地域で行っていただけるよう啓蒙活動に努めるのが筆者らの課題でもある。

 本稿では,日本の新しい診断指針を紹介するとともに,世界的に注目されている話題に触れつつCFSの概論を述べたい。

慢性疲労を主訴とする患者の治療―認知行動療法を中心に

著者: 岩瀬真生 ,   岡嶋詳二 ,   高橋励 ,   最上多美子 ,   日下菜穂子 ,   倉恒弘彦 ,   志水彰 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.553 - P.560

疲労・慢性疲労・慢性疲労症候群

 疲労はプライマリ・ケアの中でも最も一般的な訴えの1つである。アメリカのある外来受診調査では,疲労は7番目の主訴であったとされている。疲労はさまざまな身体疾患・精神疾患の症状として訴えられる可能性があり,その診療で最優先されるべきことは,疲労が主訴となり得る疾患をまず適切に鑑別診断することである。過不足のない内科的,精神科的検索を行い,疲労の原因となり得る疾患があればその疾患の治療を行う。しかし,医学的に説明のできない原因不明の疲労も,実際にはしばしばみられる。このような原因不明の疲労が6か月以上持続している場合に慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome;CFS)の診断を考慮する。CFSの診断指針を満たさない6か月以上にわたる慢性疲労は特発性慢性疲労(idiopathic chronic fatigue;ICF)と呼ばれ,経過観察の対象とされる。

 CFSはマスメディアで度々取り上げられることもあり,一般の認知度は以前に比べて随分と高まっている。それにつれて精神科医がCFSについて言及する機会も随分と増えている2,5,10,13~15,19)。それらの中にはCFSと積極的に診断すべきという立場のものもあれば2),うつ病や不安障害をCFSと誤診することで患者を適切な治療から遠ざけてしまう危険性を指摘するもの15),精神療法的に接していけばよく,細かい診断上の規定は気にしなくてよいとするもの5)など,精神科医の受け止め方はさまざまである。CFS患者は高率に精神疾患を併存するため,今後精神科医が診療にかかわる機会は増加すると思われる。CFS患者は慢性的な疲労のためさまざまな生活上の障害があり,単に治療を求めるだけでなく自分が陥った状態についての説明を強く求めるため,精神科の診療においてもCFSの診断学上の位置づけや治療法についてのより正確な知識が求められるようになってきている。

慢性疲労症候群のcomorbidity,特にうつ病との関係について

著者: 松井徳造 ,   松田泰範

ページ範囲:P.561 - P.567

はじめに

 種々の身体疾患に精神障害を伴うことは周知の事柄である。特に高齢者や慢性身体疾患の場合にうつ病を伴うケースは数多く報告されている。さらに,一般に身体疾患にうつ病が伴った場合の予後は,身体疾患単独の場合に比べて悪い傾向があることが知られている27)。このため,身体疾患なのか精神障害なのかの二者択一ではなく,身体疾患に伴う精神障害を正確に診断,鑑別することは重要である。

 本稿で取り上げる慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome;CFS)の場合,他の身体疾患とは異なり確定診断のための生物学的マーカーが存在せず,臨床症状から一定以上の項目を満たした場合に診断される9,19)。これは,うつ病をはじめとする精神障害の診断方法1)と同じで,操作的な診断に依っている。またCFSの診断基準9,19)には,うつ病の診断基準1)と重複する項目が含まれているために,日常臨床において鑑別診断に苦慮することも少なくない。そしてCFSの診断にはいくつかの精神障害の除外診断が必要とされており9,19),これらの精神障害の評価が必要となる。さらにCFSの発症と同時期またはその後にうつ病およびその他の精神障害を発症する場合が多い2,12,23)。そのためCFSの精神障害の併存(comorbidity)が検討されてきた。

 本稿ではCFSと不安障害をはじめとする精神障害の併存について,次いでうつ病との併存,さらに両者の関係について,最後に治療と予後について,我々の経験を中心に紹介する。

職業性ストレスと疲労と抑うつ気分の関係

著者: 井上幸紀

ページ範囲:P.569 - P.577

労働者を取り巻く現状と精神疾患

 1990年代以降のコンピューター関連機器の急速な普及,情報化社会の到来により,仕事および個人を取り巻く環境が激変した。人の作業能力を上回るコンピューターの使用により仕事の量も密度も増大した。取り引きがグローバル化・24時間化し,コンピューターの知識があり仕事ができる人ほど長時間過度の緊張した仕事を強いられるようになった。メールやインターネットで情報を共有するので人間関係が希薄になり,会社上層部の指示が末端社員にまで直接メールで送られることから中間管理職が不要となり(フラット化),年功序列の廃止,業績主義などが掲げられるようになった。これらを含め数多くの仕事の変化が生じ,職業性ストレスは増加している。

 このような社会状況の中,休みも取らず働き続けることによる慢性的な疲労の蓄積や,大きなストレスなどをきっかけに生じる突然死は過労死と呼ばれ社会問題となっている。また,長時間の労働に肉体的にも精神的にも疲れきってしまい,その結果自殺に至ればそれは過労自殺である。2001年に過労による自殺(未遂も含む)を理由に労災申請したのは92人で,そのうち31人が労災認定される状況であったが,2006年の同様の申請は176人で,そのうち66人が労災認定されて過去最高を記録した。すなわち,5年の間に過労による自殺(未遂も含む)による労災申請数,認定数は2倍に増えたことになる。死亡に至らないまでも,精神障害などで労災を申請した人も,2001年の申請は265人でそのうち70人が労災認定されたのに対し,2006年は申請が819人で205人が労災認定されるなど,こちらは5年で約3倍に増加している(2007年厚生労働省発表)。最近では,1か月以上病気で仕事を休んでいる人の15%は精神障害が原因であると報告され,そのうち80%が診断書病名ではうつ病となっている12)。我々も大阪産業保健推進センターと共同して,468事業所での精神疾患病名による休職者の推移を調査したが,2000年度から2004年度の4年間に精神疾患病名で休職した事例数は3.5倍に増加し,その中でうつ病・抑うつ状態という診断書で休職した事例数は4.9倍に増加していた13)。職業性ストレスに関連したと思われるこのような疾患の増大は労働者個人の健康問題のみならず,労働生産性の低下などから社会経済的にも大きな問題となり対策が求められている。

疲労とパニック障害

著者: 貝谷久宣 ,   岩佐玲子 ,   梅景正 ,   栃木衛 ,   山中学 ,   土田英人

ページ範囲:P.579 - P.585

はじめに

 筆者らはこの15年間専らパニック障害の診療をしてきた。その中で,パニック発作が消失した患者が間もなく易疲労性を訴えることにしばしば遭遇し,それがこの不安障害の慢性期の大きな問題であると考えてきた。パニック障害と疲労との間にはなんらかの関係があると考え,文献検索を試みた。その結果,まず,米国精神保健研究所による疫学調査で,医学的原因の見つからない疲労を訴える患者は15.5%で,大うつ病,気分変調性障害,パニック障害,および身体化障害では疲労を訴える患者の割合が高いことがわかった26)。また,慢性疲労のある患者はない人に比べて精神医学的診断がなされる割合が高い(60%:19%)とする研究も見つかった27)。そして,パニック障害に関しては,Conneticuttのグループの研究が見出された。Manuら14)は慢性疲労を訴える200名の成人を調査して,そのうち13%はパニック障害であることを報告した。その後,彼らは対象を405名(女性が60%,平均年齢38.1歳,平均罹病期間6.9年)に増やし,精神医学的構造化面接を行った。その結果,74%の患者に精神医学的診断が判定された。その内訳は,大うつ病58%,パニック障害14%,身体化障害10%であった。そのうち30%の患者は慢性疲労症候群(CFS)の診断基準を満たしていた15)。これらの報告は慢性疲労を軸にして調査をしたものであるが,筆者らはパニック障害における疲労を検討した。そのうちの一部はすでに報告をしたが12),この報告結果も含めてこの研究全体の結果をここでまとめて報告する。

がん患者の倦怠感(がんに関連する倦怠感)

著者: 稲垣正俊 ,   内富庸介

ページ範囲:P.587 - P.595

はじめに

 倦怠感はがん患者の経験する最も一般的で苦痛な症状の1つであり,がんに関連する倦怠感(cancer-related fatigue;CRF)は疲労感,虚弱,エネルギーの欠乏感で特徴づけられ,休息や睡眠により回復する一般的な疲れとは区別される。CRFはさまざまながんで認められ,日常生活への障害も大きい。抗がん治療中だけでなく治療後にも認められる。がん自体からの影響もあれば抗がん治療の影響としても生じ,時として倦怠感のために抗がん治療を中止せざるを得ない場合もある。近年,CRFの重要性が認識され始め,国際疾病分類第10版修正版-臨床的修正(ICD-10-CM,2007年7月発表)においても新生物(悪性)に関連する倦怠感[R53.0, Neoplastic(malignant)related fatigue]として分類されている。

 本稿では,①がん患者に認められる倦怠感と関連する他の症状について概観し(symptom cluster),その後,②定義・頻度・程度,③評価法,④病態機序,⑤治療法について述べる。病態機序については特に免疫系との関連について注目し記述する。

ストレス,疲労と心身症

著者: 吉原一文 ,   久保千春

ページ範囲:P.597 - P.602

はじめに

 ストレスが多い現代社会において疲労を自覚している人は,国民の半数以上といわれている。ストレスによって疲労を感じた場合に,私たちは休養をとることでその疲労を回復させる。つまり,疲労を感じることは,心身の活動が限界を超えるのを防ぐためのサインである。しかし,さまざまなストレスによって生じた疲労のサインを無視していると,心身の活動低下だけでなく,心身の不調を来して心身症を発症することも少なくない。

 古来「病は気から」といわれているように,身体的疾患に精神的な要素が関与することは多くの人が実感してきた。このことを医学的に位置づけたキーワードが「心身症」である。現代医学は科学としてめざましい進歩を続けているが,その高度化に伴い各臓器別の領域へと細分化されてきたため,病気をモノとしてとらえ,病むヒトとしてとらえる視点が欠如していることが昨今問題となっている。こうしたことへの反省の意味からもストレスや疲労と心身症を理解し,「心身相関」について広く考えていくことが大切である。

紹介

統合失調症患者に対する高等教育の支援

著者: 武田隆綱

ページ範囲:P.605 - P.612

はじめに

 近年,精神障害者の就労支援に関する報告は多くみられるが,就学支援に関する報告は少ない。筆者は,健常者と同様に精神障害者にとっても,高等教育を受けることは将来の就労や自立に向けての準備段階として重要であると考え,統合失調症患者の高等教育に対する就学援助に取り組んでいる16~26)。そして日常臨床の実践から就学援助の適応,有効性,就学援助プログラム,勉強指導方法などの全体像を整理した21,25,26)。今回は,統合失調症患者に対する就学援助の要点について述べる。また近年欧米で盛んに行われている援助つき教育(supported education)が,精神障害者に対する高等教育を通しての精神科リハビリテーションとして有意義な実践活動と考えられるため,その概要について紹介する。

私のカルテから

頭部外傷後認知症にcarbamazepineが著効した1症例

著者: 加藤悦史 ,   酒向究 ,   平井浩 ,   覚前淳 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.613 - P.615

はじめに

 頭部外傷後の精神症状にはさまざまなものがあり,これまでにもいくつかの報告がある。脳実質損傷がひどければ,全般性の知能障害が生ずるのは当然と考えられるが,外傷性認知症といえる程度となるのはまれである1,3)。大脳が広く損傷される場合には生存そのものが難しいこともその一因であろう。

 今回我々は,頭部外傷後認知症の周辺症状に対してcarbamazepineが著効した症例を経験したので報告する。

「精神医学」への手紙

労災問題を通じて,働く人々のメンタルヘルスのさらなる向上を

著者: 松浦健伸

ページ範囲:P.616 - P.616

 「精神医学」2007年12月号において,労災適用の問題について5人の方のオピニオンが掲載されました。働く人々の自殺問題対策が焦眉の課題になっている時代の反映だと感じながら,それぞれを非常に興味深く読ませていただきました。その中に黒木先生の論文「労災をめぐる訴訟の動向」も掲載されています。黒木先生は,この分野のリーダーで,私も先生から随分勉強させていただいていると思っている1人です。ただ今回の論文で,裁判の現場というのは独特の価値ややり取りのあるものと思いますが,少し疑問を抱く点があり,投稿させていただきました。

 今回の先生の論文をやや乱暴ですが,私なりにまとめますと,3事例を通じて,裁判所は,本人説にのみ基づき本来の業務起因性の考えから逸脱し,臨床の考え方や国際分類とも相容れないと言われているように思われました。裁判所(C電力事件名古屋高裁)1)は「(業務起因性とは)単なる条件関係ではなく,業務と疾病との間に相当因果関係が認められる」ことと言い,相当因果関係とは,「当該業務が傷病発生の危険を含むと評価できる場合にそれがあると評価される」と述べています。その危険については,「その程度は一般的,平均的な労働者すなわち通常の業務につくことが期待されるものを基準として判断し」といい,平均的な労働者とはさらに「特段の職務の軽減を要せず,当該労働者と同種の業務に従事し遂行することのできる程度の心身の健康状態を有する労働者を基準とすべき」としています。ですから,「平均的な労働者」の中には,多様な脆弱性が想定されているものの,働きが平均であればよいということのようです。

前頭側頭型認知症の鑑別疾患としての進行性核上性麻痺―前頭側頭型認知症にパーキンソン症候群を合併した1例(本誌 49:1129-1132,2007)に対して

著者: 上田諭 ,   吉池卓也

ページ範囲:P.618 - P.619

 前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)は,3番目に多い変性性認知症というだけでなく,近年は長年うつ病で経過した後に発症したと思われる「移行例」が多く報告されるようになり,主症状である社会性低下,脱抑制,常同行動,自発性の低下など特徴的な前頭葉症状は,高齢者の精神科臨床にとって注目すべき症候といえます。一方,パーキンソニズムもまたレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)の中核症状としてのほか,抗精神病薬への過敏性(neuroleptic sensitivity)を示す症候として,正確な診断のために見逃せない徴候ですが,この両者が同時に認められる状態はきわめて限られると思われます。その意味で,FTDがパーキンソニズムを呈したとする80歳男性の症例報告論文(長谷川浩,朝倉幹雄,中野三穂,他:前頭側頭型認知症にパーキンソン症候群を合併した1例.本誌 49:1129-1132,2007)を注目して拝読しました。

 論文では,パーキンソン症候群はrisperidone 3mg投与後に生じたものの,0.5mgに減量後も増悪し,その後も転倒と嚥下障害が悪化したと記されています。抗精神病薬が「引き金」になった可能性はあるとしても,論文も示唆しているように,この経過から薬剤性は否定的です。かといって,特発性かどうかもはっきりしません。ただ,私たちの臨床実感からいって,FTD症例は(後期を除き)むしろ抗精神病薬に「強い」傾向を持ち,高用量を投与しても周徊や物品収集などの保続的行動,逸脱行動をなかなか抑制できない代わり,パーキンソニズムもきわめて少ない印象があります。薬剤性かどうかを問わず,論文のように重症で進行性のパーキンソニズムがFTDに合併し得るだろうかと感じ,パーキンソニズムを進行させる他の疾患の可能性があるのではないかと疑念を持ちました。そして臨床経過と画像所見から,重要な鑑別疾患として進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy;PSP)を検討する必要があると考えました。

動き

「第39回日本芸術療法学会」印象記

著者: 柴山雅俊

ページ範囲:P.620 - P.621

 2007年10月27,28日の両日にわたって,第39回日本芸術療法学会が明治学院大学の白金キャンパスで開催された。会長は東京福祉大学 花村誠一教授が務められた。

 日本芸術療法学会の欧文名は,The Japanese Society of Psychopathology of Expression & Arts Therapyであり,芸術療法と表現精神病理を中心とした学会である。これまで芸術療法や表現精神病理,病跡学にいくらかの関心はあったが,これらの関連学会に参加したのは初めてである。今回はいわば素人の眼からみた芸術療法学会の印象を感じたままに記したいと思う。

「第98回日本小児精神神経学会」印象記

著者: 秋谷進

ページ範囲:P.622 - P.622

 第98回日本小児精神神経学会が2007年10月26,27日の日程で自治医科大学地域医療情報研修センターにおいて開催された。会長は小児精神医学分野の第一人者である塩川宏郷先生(自治医科大学とちぎこども医療センター)であった。テーマは,区切りとなる第100回小児精神神経学会に向けて第98回・99回と2部構成の形をとり,「地域発~子どもの心の臨床/新世代の小児精神神経学 パート1」であった。

 日本小児精神医学会は会員約1,100名が所属する日本小児科学会の分科会である。今回は小児科医師,精神科医師,臨床心理士などが出席し盛況のうちに学会は終わった。

書評

精神分析的精神療法セミナー―発見・検討・洞察の徹底演習〔技法編〕

著者: 土居健郎

ページ範囲:P.623 - P.623

 この本は長年メニンガ・クリニックで診療に従事した著者が1996年日本に帰国した後,大阪を中心に開始した日曜セミナーの記録を集大成し編集したものである。全体は15章に分かれ,それぞれ症例報告とスーパービジョンの要点,次いでそれと関連する精神分析的基本概念の考察と問題提起ならびに参考文献,最後に参加者チームとの対話でしめくくられている。参考までに各章の題目を列挙すると次のごとくである。「セラピーにおける規則性と自発性」「バウンダリ(境界)の臨床的問題」「チーム治療におけるセラピストの主体性」「カウチ使用の精神療法」「解離と分裂と抑圧についての探索と支持の意味」「思春期の危機と家族の力動」「抵抗とは何か」「外傷・空想・妄想と症状」「転移性倒錯」「恋愛転移か自己愛転移か」「分裂部分対象関係」「対象喪失と喪・抑うつ症のワークスルー」「転移性恋愛への抵抗」「解釈の種類と特に蘇生解釈について」「自我の葛藤か欠損か」,以上である。ところで以上の題目を読んだだけでそこに書かれている内容を想像できる読者は皆無ではなかろうか。この点本書はこれまで精神分析的精神療法について書かれたいずれの書物とも異なっている。外国人著者による著述の翻訳であろうと日本人著者による著述であろうとその点区別はない。それくらい本書は創意工夫に富んでいる。これは長年米国に滞在してそこで訓練を受けたばかりか,さらにその地で一精神分析的精神科医として実践を続けた著者にして初めてできた偉業であるといって過言ではないであろう。

マインドフルネス・瞑想・坐禅の脳科学と精神療法

著者: 山田茂人

ページ範囲:P.624 - P.624

 瞑想といえば,オウム真理教が連想されて,もう一歩踏み込むことが躊躇されがちな分野であるが,本書では瞑想を精神療法の一手段として真正面からとらえ,さまざまな立場からその理論的背景と有効性が真剣に論じられている。本書は2006年10月に東京で行われた第6回日本認知療法学会のシンポジウム「観照・瞑想・座禅のブレインサイエンス」で発表された内容に2,3の論文を加えて構成されたものである。前半で坐禅・瞑想に関する精神生理学的研究と脳画像の研究がレビューされ,止瞑想と観瞑想の生物学的背景の違いが論じられている。次いでパニック障害に対する瞑想を用いた治療,変性意識状態の精神病理と精神療法,仏教から見た坐禅の意味,死の臨床にみられる東西文化の違い,非定型うつ病が坐禅で改善した症例,弁証法的行動療法の解説,最後に精神療法としての瞑想の有用性と今後の発展の予想などそれぞれ興味深い話題がコンパクトにまとめられている。やや難解な仏教用語が出てくる部分もあるが,その章の著者がわかりやすく解説しており,全くの門外漢にして瞑想の精神療法としての可能性や瞑想研究の現在が概観できる貴重な書となっている。

 本書に触発されてmeditation,psychotherapyをkey wordにMed Lineで検索してみると,驚いたことに1970年以来1,000編以上の文献がヒットし,特に最近5年間では350編を超えている。このように欧米では精神療法としての瞑想の有用性に対する関心が急速に高まっていることがうかがえる。行動療法を補完するものとして瞑想を取り入れた弁証法的行動療法(dialectical behavior therapy)をはじめとするさまざまな精神療法の有効性が注目されたことがブームの一要因でもあるようだが,本書のなかで安藤が紹介しているように,すでに1977年にアメリカ精神医学協会の公式声明で精神療法としての瞑想の治療的可能性が指摘されており,欧米での瞑想研究には長い歴史があることがわかる。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.628 - P.628

 Letters to the Editorへの投稿が,その雑誌に対する読者の評価や関心のバロメーターであると理解しておりました。しかし,このたびの「精神医学への手紙」に寄せられた鑑別疾患としての進行性核上性麻痺に関する論文を拝読し,この討論の広場が読者の反響で支えられる雑誌の命であることを再認識させられました。その臨床経験に裏づけられた鋭い指摘,的外れな指摘かもしれないと限界性を論じつつ,その可能性を考察することによる臨床的なメリットへの言及,もともとの著者に対する同じ臨床家としての敬意と配慮などに満ちた文章によって精神科医同士が経験を語り合うことのできる幸いを実感し,本誌がその一翼を担っていることをうれしく思いました。また,前頭葉症状が前景に立つ認知症の診断の奥深さに触れるとともに,死後脳解析などでの病態生理に裏付けられた疾患分類に基づいて議論できる点は本当にうらやましい限りと思ったものです。

 この特集で取り上げられている疲労は原因遺伝子や死後脳での組織病理が解明されつつある神経疾患とは全く違って,臨床症状という表現型に基づいて分類している精神疾患と深く関連しますので,その病態生理の解明にはなお長時間を要するといわざるを得ませんが,ご寄稿いただいた論文は読者に現時点での最高の知見を提示してくれていると確信しております。慢性疲労症候群とうつ病との関係は,身体疾患に伴ううつ病なのか,慢性疲労症候の強い身体疾患とうつ病の併存なのかという問題に収斂すると思いますが,サイトカインやステロイドなどの神経機能への影響がいっそう明らかになり,慢性疲労症候群とうつ病とで共通の病態や相違する病態が明らかにされるようになると,診断が細分化され,解決できるのではないかと考えております。その見通しをご寄稿いただいたそれぞれの研究成果が示唆してくれていることに感謝したいと思います。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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