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雑誌目次

論文

精神医学50巻7号

2008年07月発行

雑誌目次

巻頭言

最近の若者研究事情について

著者: 下田和孝

ページ範囲:P.632 - P.633

 2007年5月に獨協医科大学精神神経医学教室主任教授を拝命し,約1年が経過した。大学も人手不足が叫ばれる中,幸いなことに当教室にも後期臨床研修を行うために若い精神科医が数名入局してきた。

 我々(私は1983年卒)は精神保健法が施行される前の世代であるが,その頃の精神科教室は臨床を重視する教室,研究を重視する教室,両立をさせる教室など色々あったように思う。指定医制度ができ,指定医取得が多くの精神科研修医の目標の1つになり,学位の取得よりも重きを置かれるようになった。それでも研究をして,学会発表をし,論文を書くということが多くの研修医に要求されていた。

展望

わが国における吃音研究と治療の現状

著者: 結城敬

ページ範囲:P.634 - P.639

はじめに

 吃音は音・音節の繰り返しや引き伸ばし,阻止(ブロック)を特徴とする発話の流れ(流暢性)の障害であり,アメリカ精神医学診断マニュアル(DSM-Ⅳ)ではコミュニケーション障害の1型に分類されている。その有症率は,幼児では3~4%,学童~成人では約1%といわれ,典型例では3歳前後に症状が出ることが多く,半数以上で自然治癒がみられるといわれている3)。吃音は小児期や思春期には「からかい」や「いじめ」の対象になりやすく,コミュニケーションが思うようにできない悩みから自己否定に陥り,不登校やひきこもり,自殺の原因にもなり得るとともに,成人期においては社会不安障害を併発することもある15)。また吃音を就労上のハンディキャップと感じている者は多く,成人吃音者の就職率は実際に低いという報告もある14)。性差に関しては幼児期には男女比はほぼ1:1であるが,年齢とともにその比は増大し3),成人では男性:女性は約3:1になる。この理由としてはストレスの多い男性の社会生活環境や,女性のほうが吃音発症後の治癒率が高いことなどが挙げられている25)。しかしこれは吃音の問題の大きさを反映しているわけではなく,女性では育児や子育てにおける学校との対応など,男性とは質の異なった悩みを抱えている者も多い13)

 以上述べてきたように,吃音は幼小児期から思春期,成人期へと各ライフステージにおいてさまざまな形で影響を及ぼすものの,こういった吃音者の深刻な悩みは一般にはほとんど理解されていない。また,吃音は環境や状況によって症状に波があるのが特徴であり,長い間心因性疾患と誤解されてきた。そのためか,筆者の知る限りでは吃音に関するわが国の医学論文はほとんど見当たらず,原因解明や治療の開発が著しく遅れている。

 本稿では現在の日本における吃音への対応について述べるとともに,今後の展望と課題について考えてみたい。

特集 成人期のアスペルガー症候群・Ⅰ

成人期のアスペルガー症候群の診断上の問題

著者: 山崎晃資

ページ範囲:P.641 - P.650

はじめに

 1981年,Wing19)はAsperger1)の「児童期の自閉的精神病質」に修正を加え,「精神病質」が反社会的行動をイメージすることを考慮して「アスペルガー症候群」という新たな用語を提案した(VolkmarとKlin18))。その後,アスペルガー症候群に関する著書や論文が急増し,臨床の現場でもアスペルガー症候群と診断される例が急激に増えている。今や少しでも「変わった人」がいると安易にアスペルガー症候群としてしまう傾向さえある。アスペルガー症候群と診断された50~70歳の人や家族がセカンド・オピニオンを求めて筆者の外来を訪れてくることが多くなったが,これまでの診断・治療の経過を訊ねてみると,発達歴も聴取されずにきわめて短時間の診察で診断さている例や,「医学的治療はありません」と冷たく突き放されている例が少なからずある。

 Wing21)自身が「パンドラの箱を開けてしまった」と述べているように,アスペルガー症候群は,Wing19)の1981年当初の意図から逸脱し,予想もしなかった方向へと議論が進み始めた。彼女は,「この症候群の性質を最初に考察した者としていうならば,本来私が考えていた目的は,この症候群が自閉症スペクトラムの一部であり,他の自閉性障害と区別される明確な境界線はないことと,その可能性が強いことを強調するという点であった。しかし,その後さまざまな研究者によって,アスペルガー症候群と自閉症は異なる障害であるという考え方が強くなっている。これは私の意図してきたこととは正反対である」21)と明記している。アスペルガー症候群の診断が乱発される最近の風潮に対して,筆者にはある種の違和感があり,「確かにアスペルガー症候群は魅力的な概念ではあるが,多くの臨床医がいうほど多いものとは考えられないし,DSM-Ⅳ-TRやICD-10の診断基準によって診断分類されるとは到底思えない」と考えてきた。特に,成人期になって初診する症例を,どのようにして診断し得るのかはさらに検討すべき問題である。

成人期のアスペルガー症候群

著者: 杉山登志郎

ページ範囲:P.653 - P.659

成人期の全体像

 高機能広汎性発達障害は,今日わが国において,医療,教育,福祉,さらには司法の大きな論議を引き起こしており,筆者はこれをアスペルガー問題と呼んできた7)。それらは,乳幼児健診,子ども虐待,特別支援教育システム,不登校,児童の触法行為と矯正システムなど実に広範にわたっている。

 特に青年期,成人期をめぐる問題としては,就労や成人後の処遇をはじめとして,高機能広汎性発達障害の親子例,特に母子例の問題1,8),これまで他の疾患の診断で全く不適切な治療を継続して受けてきたという誤診例の問題,さらに成人期の診断の問題,また成人期に至って初めて発達障害の診断を受けた者への処遇の問題など,どれも広範囲かつ深刻な論議が避けられない。特に診断をめぐる問題は重大である。従来の精神医学は青年期以後の患者に,発達歴を丹念に取るという習慣を持たなかった。近年,成人の診察を行ってきた精神科医が,フォローアップしている患者について発達障害の可能性について初めて真剣に検討をするようになって,長期間にわたってたとえば非定型的な統合失調症として服薬を続けてきた者の中に,少なからずの割合で高機能広汎性発達障害者が存在することに気づくようになった。この問題は,恐らく精神医学における診断学体系の見直しにまで拡がる可能性がある。成人になって初めて診断を受けることになった患者への処遇について,今のところ良い答えがない。統合失調症への対応と同様の処遇のみでは無理があり,しかし,児童精神科医は押し寄せる幼児期から青年期の患者への対応で手いっぱいで,成人期の患者への対応をする余裕がない。診断が遅れたグループにおいては2次的障害も強く,被害念慮,社会的孤立,時としてひきこもり,非社会的傾向,時として攻撃的で反社会的姿勢などを抱える者も少なくなく,対応には大きなエネルギーを要する。

成人期のアスペルガー症候群者への臨床心理学的支援

著者: 林陽子 ,   辻井正次

ページ範囲:P.661 - P.668

はじめに

 アスペルガー症候群(Asperger syndrome,以下AS)は,自閉症の3つの主症状(社会性の障害,コミュニケーションの障害,想像力の障害およびそれに基づく行動の障害)のうち,コミュニケーションの障害が軽微であるグループである。言語や認知発達の遅れは少なく,知的な能力は正常であることが多い。筆者らは,ASと高機能自閉症などを連続的なもの(自閉症スペクトラム)と考えており,高機能広汎性発達障害のなかでの下位診断を意味あるものと位置づけていない。近年,医療場面や学校場面などにおいてASの人々への関心・治療的介入の必要性が高まっており,特に幼児期や児童期の子どもの臨床像や対応に関してはさまざまな情報を得られるようになってきている。一方,成人期のASの人々に関する研究や知見は少なく,特にその対応,治療に関しての報告はほとんど見当たらない12)。そこで本稿では,成人期のASの人々が抱える問題について述べるとともに,これまで行われてきた臨床心理的支援技法を概観し,どのような治療的介入が有効であるか検討することとする。そのうえで,症例から,実際の支援のあり方について論じていく。

成人期のアスペルガー症候群(障害)とシゾイドパーソナリティ障害,および統合失調病質(Kretschmer)

著者: 加藤敏

ページ範囲:P.669 - P.679

はじめに

 これまで,アスペルガー症候群の鑑別を論ずる際,統合失調症との比較に関心が寄せられることが多かったが,これはカテゴリーミステイクというべきである。なぜなら,アスペルガー症候群(障害)の中心病態は,筆者8)が指摘したようにDSMでいえば人格レベルの障害にかかわるⅡ軸にこそ位置づけるべきであるからである。そうすると,シゾイドパーソナリティ,ないしKretschmerの意味での統合失調病質と(分裂病質)の比較検討が要請されてくる。いずれにせよ,この方面の問題についての議論は十分なされていない。その大きな理由は,アスペルガー症候群がもともと小児自閉症に近縁な病態として,児童精神科医,ないし小児科医によって研究され,概念の提唱がなされたのに対し,シゾイドパーソナリティ障害が統合失調症に近縁な病態として成人の精神障害を専門とする精神科医によって研究され,提唱されたというように,それぞれの概念の出自に大きな違いがあることに求められる。加えて,現代においてアスペルガー障害にあたる病態が増加し,その言葉の軽い響きも手伝って,瞬く間に人口に膾炙したことも影響していると思われる。さらに,統合失調症の病像が時代的変遷しているように,統合失調症近縁の独特な質を持ったパーソナリティも,現代情報社会に入り変化を来していることも考えられる。

 小論では,まずアスペルガー症候群(障害)の概念の歴史を跡づけながら,小児精神科医がアスペルガー症候群(障害)と診断した事例を実際に挙げ,診断的検討を行ってみたい。次いで,Kretschmerが統合失調病質をいかに構想していたのか再吟味を行いたい。最後に,現象学-人間学的な観点からアスペルガー障害とシゾイドパーソナリティ障害がいかなる関係にあるのか述べたい。

アスペルガー障害の司法事例にみられる社会的行動の混乱

著者: 十一元三

ページ範囲:P.681 - P.688

はじめに

 本稿のテーマは,広汎性発達障害の成人期における臨床的問題のうち,社会的問題行動について司法事例を通じて考察することにある。成人期にかかわる司法事例には,刑事事件の他,家庭裁判所の扱う家事事件があるが,ここでは取り上げていない。しかし,家事事件は広汎性発達障害の人が成人期以降の私的生活の場で生じる混乱の一形態をよく表しており,成人期の臨床的問題を考えるうえで活発に取り上げられるべきテーマである(家事事件については梅下7)による先駆的論考を参照)。

 成人の刑事事件では,少年事件以上に,生育環境,障害の特性,二次的障害,合併症などが複合した背景を持ちやすく,ポイントが見えづらいことが多い。そのため,まず少年事件を通じて社会的問題行動の基本的パターンを整理し,それをもとに成人事例について検討した。

研究と報告

職場復帰前チェックシートに関する産業保健スタッフによる評価の信頼性,妥当性

著者: 富永真己 ,   秋山剛 ,   三宅由子 ,   酒井佳永 ,   畑中純子 ,   加藤紀久 ,   神保恵子 ,   倉林るみい ,   田島美幸 ,   小山明日香 ,   岡崎渉 ,   音羽建司 ,   野田寿恵

ページ範囲:P.689 - P.699

抄録

 精神疾患による休職者の職場復帰の準備状況の情報収集と評価を目的としたチェックシートを開発し,産業保健スタッフによる評価の信頼性と妥当性を検討した。16社34事業所の産業看護職30名,産業医16名が,62名の対象者に評価を行い,うち32名に対しては両職種が評価を行った。産業看護職による62名の評価では,チェックシートの内的一貫性が確認された。産業看護職と産業医による32名の評価では,項目間の高い級内相関係数が認められ,1項目を除いて職種間で評価の有意差はなかった。産業看護職によるチェックシート評価の合計スコアと産業医の全体的評価は高い相関を示し,チェックシートの内的一貫性,評価者間信頼性,基準関連妥当性が示唆された。

短報

急性離脱期にアルコール性心筋症を呈していたと考えられる1症例

著者: 大野貴司 ,   菊池慎一 ,   志田尾敦

ページ範囲:P.701 - P.704

はじめに

 アルコール臨床においては,精神症状の改善とともにアルコールによる臓器障害の的確な把握と治療が不可欠である。今回我々は,幻覚妄想を伴う振戦せん妄状態を呈し,同時に軽度の動悸,息切れなどの心不全症状を訴えて入院したアルコール依存症患者に対し入院時精査を施行したところ,左心室拡大,拡張不全などの拡張型心筋症類似所見を認めた。しかし,その後の断酒により速やかな症状改善がみられたことから,心不全症状の原因は初期段階のアルコール性心筋症によるものと考えられたため,ここに症例報告する。

幻視と行動異常を主訴に来院し塩酸ドネペジルが著効した後期高齢女性の2症例

著者: 原田貴史 ,   園本建

ページ範囲:P.705 - P.708

はじめに

 総務省の人口推計によると,2007年11月に75歳以上人口が総人口に占める割合が初めて10.0%に達した。1985年に65歳以上人口が総人口の10%を超えた当時,75歳以上人口は総人口の3.9%に過ぎなかった。今後,75歳以上高齢者(後期高齢者)の精神科臨床の重要性は増すと考えられる。

 後期高齢者の女性2症例が,幻視や行動異常を主訴に来院した。甲状腺疾患,アルコール依存症,糖尿病や,下肢リンパ浮腫など合併症が多くみられ診断に苦慮したが,レビー小体型認知症(DLB)を疑い投与した塩酸ドネペジル(donepezil)が著効して良好な結果をたどった。DLBは,アルツハイマー型認知症,血管性認知症とともに三大認知症と呼ばれ,高齢者の認知症の約20%を占めるといわれる6)が,精神科臨床においてDLBは後期高齢者の異常体験や行動異常の原因疾患の1つであり,また早期より疑い初期診断7)してdonepezil治療を開始することが重要であると再認識する貴重な経験と考え,報告する。

紹介

疾病自己管理とリカバリー(Illness Management and Recovery;IMR)の紹介

著者: 藤田英美 ,   久野恵理 ,   鈴木友理子 ,   久永文恵 ,   坂本明子 ,   内野俊郎 ,   磯田重行 ,   加藤大慈 ,   上原久美 ,   吉見明香 ,   平安良雄

ページ範囲:P.709 - P.715

はじめに

 わが国の精神保健福祉施策において,「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的な方策を推進するために,精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化,自立支援制度の構築などが進められている。精神障害を持つ人の地域生活の構築を可能にするためには,自立支援や就労支援のみならず,疾病を自己管理する技術の習得や,一人ひとりが実りある生活を送るための支援が求められる。

 一方,米国においては,1960年代から進められた脱施設化施策に伴い,各種の外来治療・リハビリテーションプログラムが開発され,またケアマネジメントの導入など,地域生活を支えるための支援施策の整備が進められてきた4,12)。しかし,治療の場が病院から地域へ移行したとしても,精神疾患を経験した人々の主体性が尊重されず,症状の管理のみを目的にした支援が提供されているのだとしたら,社会の一員として充実した生活を実現させるための援助には必ずしもつながらないという批判もなされている5,16)。それに対し,1990年代以降,自立生活運動を背景に「リカバリー」と呼ばれる概念が提唱され,精神科リハビリテーションの中心的な概念としても浸透してきている3)

 「リカバリー」とは,「精神疾患による破局的な影響を乗り越えて,人生の新しい意味と目的を創り出すこと」であり1),単に疾病からの回復ではなく,人生の回復を考えるもので,「病気や健康状態のいかんにかかわらず,希望を抱き,自分の能力を発揮して,自ら選択ができる」という主観的な構えや指向性ととらえることができる11)。1999年の米国公衆衛生総監報告書(Reports of the Surgeon General, U.S. Public Health Service)において,「すべての精神保健支援は当事者主体で,リカバリーの促進に焦点を当てるべきである。つまり,支援の目標は症状の改善だけではなく,有意義で,生産的な人生の回復を目指すべきである」と明記され,リカバリー志向に基づく支援が推進されるようになった15)。本論で紹介する「疾病自己管理とリカバリー(Illness Management and Recovery;以後IMR)6)」は,そのようなリカバリーの概念に基づくプログラムである。

 また,米国では,統合失調症やその他の重い精神障害を持つ人に対して,有効性が確認されている支援の普及が不十分であるという反省から,1998年より根拠に基づく実践(Evidence-Based Practices;以後EBP)プロジェクトが開始された。これは,先行研究から有効性が確認されている精神障害に対する6つのEBPを指定し,実践ガイドラインやハンドアウト,忠実度尺度などから構成されるツールキットを作成し,現場での普及を図る取り組みである2,10,13)。このEBPプロジェクトはRobert Wood Johnson財団の援助を受けて始められ,その後,連邦政府の助成を受けて進められた。IMRはその1つとして開発され,普及が進められている(表1)。

 わが国においても,各施設でさまざまな心理教育の実践が行われており,成果を挙げている7,14)。また,リカバリーの概念は徐々に広がりつつある11)。しかし当事者本人に対する心理教育の取り組みは,家族心理教育の取り組みと比較するとまだ数は少ない。また,IMRのようにリカバリー志向に基づき,複数の治療戦略を統合したプログラムは,新しいものであると考えられる。

 我々はわが国においてもIMRは有効な方法であると考え,導入を検討している。そこで,本稿ではIMRを紹介する。

私のカルテから

統合失調症にみられる視覚変容―医師は知らない症状を見逃す

著者: 柿本泰男 ,   和氣現人 ,   山田泰司 ,   時田弘志

ページ範囲:P.717 - P.719

はじめに

 医師は病気の診断の時に,患者や家族の話を聞いて病歴を記し,また面接によって聞き取った症状に,検査結果を加えて診断をする。その際医師は,あらかじめ自らの持つ知識に照合して症状を確かめ,学習した疾患とその症状に照合して診断をしている。これはDSMやICDにかかわらず,学生時代から学び,臨床の経験を踏んで獲得した知識に照らし合わせての診断である。臨床経験をある程度積むと,その医師の中に病気の像ができる。ところが,教科書や全集に記載されている病像については把握できるが,そうでない場合には,症状として気づきもしないか記載しないことがある。その場合,その症状を治療の対象として考えないまま通りすぎたことになり,患者の苦しみはその後も続くことになる。山口11)も既存の参照枠に限りそれでよしとしていると,それ以外のものは視野の外となり,案外なものを見逃すこともあると述べている。

 統合失調症の患者が知覚する幻覚は主として幻聴であり,ついで幻触である。器質性あるいは中毒性精神病にしばしばみられる幻視は統合失調症ではまれであると,どの教科書にも書かれている。ところが幻視あるいは錯視に近い症状として山口9)が1986年に記載した視覚変容発作については,その後数年は症例として他の著者3,4,7,8)によってもいくつか報告された。しかし一般に認められることが少なく,新しい教科書で記述されているのは中井と山口の教科書5)のみである。このたびは我々も山口氏の示唆で統合失調症患者(DSM-Ⅳによる)の中にこの症状を認めた。

 山口9)の報告は,発作と記述しているようにごく短時間に現れ消失する症状であるが,筆者らの報告する症例では,統合失調症の羅病期間が長くなると,1日中あるいは1日の何時間かにわたり続く症状である。これが患者を苦しめていた。それが山口10)の言うように,γ-アミノ酪酸(GABA)系を強化する薬物で消退した。

動き

「第1回国際表現療法学会(中国蘇州)」印象記

著者: 山中康裕

ページ範囲:P.720 - P.721

 第1回国際表現療法学会[中国初届表達性心理治療和心理劇国際学術検討会]は,蘇州大学の主催で,2007年8月4日から7日の4日間にわたって,中国江蘇省蘇州市の蘇州大学東教楼と蘇州会議中心において開催された。会長は,北京清華大学の樊富珉(Fan Fumin)および米国イエール大学龔Shu(Gong Shu)の両教授で,事務局長は蘇州大学の陶新華(Tao Xin Hua)教授。招待講演として筆者の「表現療法の本質」,英国UKCPのMarcia Kalp教授による「真の自己と心理劇」,スウェーデンのJorge Burmwister教授による「我らが未来に対する創造性のチャレンジ」があった。この3人を代表して筆者が,「大会嘉賓」ということで,現地来賓の蘇州市長ともども陣頭あいさつを行った。日本からは30人を超す参加者があり,ドイツ,イギリス,アメリカ,オーストリア,スウェーデンなど16か国に上る欧米の参加者を含めて総勢450名の参加である。

 一般演題は台湾の黄創華氏の「心理劇と音楽療法の併用による乳幼児例を対象にした表現療法の解釈法」以下64題で,先の両会長による教育講演と,日本からの山愛美「造形と絵画」,小野けい子および酒井敦子「箱庭療法の基礎と実践」,森谷寛史「コラージュ療法の理論と実際」,酒木保「黄黒交互色彩分割法の実践」などの各氏ほか34項目のワークショップが持たれ,朝9時から夜の9時までという超過密スケジュールながら各セッションとも連日満席という熱心さであった。

書評

―松村真司,箕輪良行 編―コミュニケーションスキル・トレーニング―患者満足度の向上と効果的な診療のために

著者: 高久史麿

ページ範囲:P.723 - P.723

良好な診療関係を築くコミュニケーション技術を学ぶ

 今回,医学書院から『コミュニケーションスキル・トレーニング―患者満足度と効果的な診療のために』が発刊されることとなった。編集者の松村真司,箕輪良行の両氏をはじめ,本書の執筆に当たられた方々は,従来からコミュニケーションスキル・患者満足度訓練(CST)コースを開発し,かつ具体的に実施されてこられた方々であり,現在CSTコースを定期的に開催しておられる。本書はこれらの人たちによってCSTコースのテキストとして利用することを想定して編集されたものであり,その内容は「コミュニケーションスキルと患者満足度」,「患者に選ばれるために必要なコミュニケーションスキルとは」,「コミュニケーションスキルの実際」「コミュニケーションスキル・トレーニングの実際」の4章から成り立っており,医師が患者と良好なコミュニケーションを持つのに必要なさまざまな調査のデータ,具体的な表現法,ノウハウ等が詳細に示されている。また,模擬患者のシナリオ,CSTの実際について例示されているのも本書の特徴の1つである。

 私が現在勤務している自治医科大学にはUCLAで長年教鞭をとられ,2007年4月から常勤の教授として学生の教育に当たっておられるアメリカ人の方,米国の病院で8年以上働いた後,本学に来られた准教授の方などがおられるが,これらの教員が異口同音に言われることは,日本の医学教育の中で最も欠けているのはコミュニケーションの技術と理学的所見を正確にとる技術の2つであるということである。特に前者のコミュニケーション技術に関しては,欧米では小学生の時代から訓練を受けているとのことであり,コミュニケーションに関する教育を大学入学前に受けたことがないわが国の医学生や臨床研修医が,目前の患者とのコミュニケーションを保つのに苦労するのは当然の結果とも言えるであろう。しかしコミュニケーションの能力が医師にとって最も重要な能力の1つであることは疑いの余地がない。患者からの不満の中でいちばん多いのは,医師が十分に言うことをよく聞いてくれないということである。このような不満が出るのは医師が忙し過ぎるだけでなく,本来持っているべき患者とのコミュニケーションの技術を医師が身に付けていないことも関係していると考えられる。

―宮尾益知 編―「気になる子ども」へのアプローチ―ADHD・LD・高機能PDDのみかたと対応

著者: 山田孝

ページ範囲:P.724 - P.724

子どもたちのための「不思議な本」

 この本は不思議な書である。例えば,発達障害への小児科的対応と精神科的対応というところで(p.4),いきなり「一次障害に加えて,二次障害(うつ状態,反抗性障害,行為障害など)を併発してくることが多々ある」として,基本症状よりも,二次障害について説明していくといった本である。基本症状については第3章で初めて説明がなされる。また,その第3章でも,3節に,発達障害は早期発見が大切であるが,早期発見をすればそれでよいわけでなく,具体的早期対応が必要となるとしている。

 そのように読んでいくと,著者たちの気持ちが伝わってくるようである。著者の一人であり,編者でもある宮尾先生は,早期発見をした医師はその子どもにとって適切なアドバイスをしなければならないし,場合によっては家庭生活,家族機能など事細かな部分にも及ぶ必要があると言う。また,軽度発達障害(HFPDD,LD,ADHD)を早期発見する意義は,保護者や周囲の心構えでできることと,気になる行動を理解することにより,対応を改善できることであると言う。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.728 - P.728

 国連は,本年4月2日を「世界自閉症啓発デー」と制定し,潘基文事務総長は次のようなメッセージを発表した。

 『…障害を持つ子どもたちの普遍的人権の推進にあたり,将来のコミュニティの正式な一員として,こうした子どもたちが活躍できるような環境の整備に全力を尽くそうではありませんか。決意や創造性,そして希望を持って,毎日,自閉症に立ち向かい続けている子どもたちとその家族に敬意を払おうではありませんか。そして,そのエンパワーメントとニーズへの対応に今すぐ取り組むことで,将来の子どもたち全員がより広く参加し,能力を発揮し,権利を行使できるような社会を作っていこうではありませんか』

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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