成人期アスペルガー症候群のADI-R(自閉症診断面接改訂版)による診断―生物学的研究との関連で
著者:
中村和彦
,
土屋賢治
,
八木敦子
,
松本かおり
,
宮地泰士
,
辻井正次
,
森則夫
ページ範囲:P.787 - P.799
はじめに
我々は,2002年度に,欧米論文に使用されている広汎性発達障害,特に高機能自閉症およびアスペルガー症候群(障害)の診断基準について検討した注1)。診断は,DSM-IV,ICD-10,CARS(Childhood Autism Rating Scale),ADOS(Autism Diagnostic Observation Schedule)14))を使用している研究があるが,ADI-R(Autism Diagnostic Interview-Revised:自閉症診断面接改訂版)21)を使用している研究が多くみられた。ADI-Rは英語圏において広く使われている研究用診断面接であるが日本では翻訳版がなく,使用されておらず,その理由については明確な情報が得られなかった。我々は自閉症研究についての論文投稿のためADI-R使用が不可欠であったので,まず初めにADI-Rの日本での使用を目的とし,米国でADI-Rトレーニングワークショップを受け,ADI-Rの開発者であるLord教授と交渉を行った。ADI-Rの研修は,2004年3月15~17日の3日間のコースで,ミシガン大学UMACC(University of Michigan Autism and Communicative Disorders Center)で行われた,ADI-Rトレーニングワークショップに参加し,ADI-Rの信頼に足るスコアリング法を,講義,実習から学んだ。
我々からは土屋,八木が参加した。参加者は,その大多数が,米国の大学の臨床講座に所属する,特に小児の(公的,福祉)サービスに携わる,比較的若年の人たちであった。さらに博士号を取得した学生や疫学研究者も参加していた。内容は1日半の講義,1日半のグループでの面接・評価の実習であった。終了後にビデオを渡され,日本においてビデオの宿題をこなし,開発者(Lord教授)とのinter-rater reliabilityを確立した。講義,実習とも,「正しい」スコアリングに焦点が当てられた。開発者が,ADI-Rを使う人が,開発者のスコアと大きな違いのないスコアを出せるよう腐心しているのがよく理解できた。Lord教授は,遺伝学,画像学,疫学などにもよく精通されており,日本でのADI-R使用には基本的に協力的な姿勢を示された。
交渉の中でADI-Rが日本で広く使われていない理由が明らかになった。つまり,ADI-Rの翻訳が使用者限定で各々が翻訳し,バックトランスレーションまで要求された。しかしここまで行うと何百万円も必要である。そしてADI-Rトレーニングワークショップで認定された人のみ使用可能であるので,米国の自閉症の両親の面接ができる英語能力が要求されることである。
我々のADI-R翻訳は,ADI-R著者に1,000米ドルのhonorarium支払い,reliability確立後,版権管理の出版社(WPS)から“a limited-use research license”をもらい,翻訳に着手した。出版社に,1使用につき3米ドルの使用料を払った(160件の使用を予定し,480米ドルを事前に支払いした)。次に土屋,八木が下訳を行い(英→和),翻訳業者が和訳を修正,それをさらに英訳(blind back-translation)を行って,翻訳の完成とした。そして和訳,再翻訳後の英訳を著者に送り,日本語翻訳版使用の承認を得た。ADI-Rの臨床的使用について著者はUMACCのコースに出席することを要請しない。しかし研究使用についてのこの日本語翻訳版は,土屋との契約に基づいて作られるものである。したがって,日本でこれを使うためには,①UMACCのコースに出席し,②WPSと使用契約を結び,使用料を(1件の使用ごとに)払う必要がある。今回のADI-Rの使用は,WPS(ADI-Rの出版元)と土屋の間で結んだtemporary licenseに基づくものである。版権はWPSが保有しており,土屋は,日本語版,原版にかかわらず権利を有しない。
結局,大変残念なことに,ミシガン大学でのトレーニングを修了し合格した土屋,八木らのみがこの日本語バージョンが使えるとの承諾しか得られなかった。筆者らは,日常診療に用いることができるよう,ADI-R開発者らと,また,出版社との交渉を進めている。自閉症診断のスタンダード足り得る,優れたツールであると考えられるからである。原版は,Western Psychological Services(http://www.wpspublish.com)より入手可能である。
その後,ADI-R研修に何人か参加したが,我々の研究グループでは土屋,八木,松本,岩城がreliabilityを確立した。今回の稿ではあまり触れていないが,もう1つの研究用診断面接として重要であるADOSについても同様に,ADOSワークショップ出席が必要で,さらに宿題を課せられるのでreliabilityの確立は難しく,我々の研究グループでは松本のみがreliabilityを確立している。