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雑誌目次

論文

精神医学50巻8号

2008年08月発行

雑誌目次

巻頭言

EBMとICD

著者: 中根允文

ページ範囲:P.732 - P.733

 ここのところ,科学の中で「疑似科学」に関する著書が,以前に比して目立つように考える。精神医学関連領域でも,Science and Pseudoscience in Clinical Psychology(Scott O. Lilienfeld, Steven Jay Lynn, Jeffrey M. Lohr, eds. The Guilford Press, 2003;日本語版,臨床心理学における科学と疑似科学,北大路書房,2007)などがある。ウィキペディア(Wikipedia)を見ると,無数の疑似科学例が列挙されてもいるのである。疑似科学そのものが個人レベルにとどまる場合にはさして問題ないが,十分に検討することなく科学的知見と速断されて広く喧伝されてしまうようになると安閑としておられない。これは,さまざまな場面でエヴィデンス(科学的「根拠」)が強調される一方で,逆説的により注目されるようになったのかもしれない。

 エヴィデンスに基づく医学(Evidence-based Medicine;EBM)とかエヴィデンスに基づく医療(Evidence-based Practice;EBP)が,重要な用語であるのはすでに周知のことで,確かにそれに則って医学医療が実践できることは理想である。もちろん,関係する分野でエヴィデンスについての討論がなされたうえで,具体的な実践に活用されるであろう。国内でもEBMをタイトルの一部にした著書が発刊される時代であるから,今や数多くの知見が蓄積されているのであろうと考える。

オピニオン・認知症疾患医療センターをめぐって

国の立場から

著者: 渡路子 ,   野崎伸一

ページ範囲:P.734 - P.737

はじめに

 世界第1位の長寿国日本の認知症高齢者に対する対策とその中における医療のあり方はどうあるべきなのか。ここでは,わが国の認知症を含む高齢者対策の背景と経緯より,2008年度に認知症疾患医療センターがスタートすることとなった意義を論じ,さらに今後の政策提言に向けての論点を整理したい。

老人性認知症疾患センターの立場から

著者: 粟田主一

ページ範囲:P.738 - P.741

はじめに

 平成元(1989)年に創設された「老人性認知症疾患センター事業」は,①専門医療相談,②鑑別診断・治療方針選定,③地域保健医療福祉関係者への技術援助,④緊急時の空床確保などを施設基準に定めた,わが国の数少ない認知症医療対策の1つであった。しかし,平成17(2005)年度に実施された「老人性認知症疾患センター活動状況調査」(以下,平成17年度調査)1)によって,これらの機能を十全に保持しているセンターが少ないことが明らかになり,本事業に対する国庫補助金としての委託料は平成18(2006)年度をもって廃止となった。

 従来の老人性認知症疾患センターの機能の低迷は,急速に高まりゆく認知症高齢者の医療ニーズに対して,それに応需できるだけの人的資源や財政基盤の保障が十分になされてこなかったことによる部分が大きいものと考える。認知症疾患の鑑別診断や周辺症状・身体合併症に対する医療資源の不足は,認知症の保健医療福祉に携わる専門職や認知症高齢者を介護する家族であれば誰でもが皆強く実感しているところである。また,総合病院の認知症疾患センターには,従来から,認知症疾患の鑑別診断とともに,周辺症状や身体合併症への対応が強く求められてきたが,総合病院精神科の医療収益の低迷と精神科医師数の減少が,それを阻む重大な要因になっているのは明らかである。

 こうしたことから,筆者は,平成19(2007)年度の厚生労働科学研究2)において,①旧来の総合病院型認知症疾患センターに求められてきた機能を明らかにするとともに,②日本老年精神医学会専門医を対象に「認知症疾患医療センター」に求められる機能と適正な配置についてアンケート調査を実施し,③わが国の認知症高齢者数の都道府県別将来推計値を算出したうえで,認知症疾患医療センターの必要設置件数を都道府県別に算出した。

地域連携の実践の立場から

著者: 内海久美子

ページ範囲:P.742 - P.744

はじめに

 1989年より「老人性痴呆疾患センター」が創設され,2007年度末までに全国で156か所が指定されている。2006年度に行われた実態調査では,その役割が十分達成されておらず支給されていた補助金は廃止され,さらにはセンターそのものの廃止が検討されてきた。しかし,今年度新たに認知症専門医療と地域連携を目指し「認知症疾患医療センター」事業として予算立てされた。当院は「老人性痴呆疾患センター」の認定は受けていないが,これまでもの忘れ専門外来を中心として専門医療機関としての役割と地域連携の活動を実践してきたので,その取り組みについて報告する。

認知症専門精神科病院の立場から

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.745 - P.747

はじめに

 増加する高齢者の認知症患者への対策の1つとして,1989年に当時の厚生省(精神保健福祉課)は「老人性痴呆疾患センター」を2次医療圏に1か所の割合で全国に配置することを目的に,積極的にそれを勧めた。当時,高齢者保健福祉推進十か年戦略(いわゆる「ゴールドプラン」)が策定され,センターは地域の認知症医療の拠点としてその重要な戦略の1つとして期待された。当初はこのセンターは主として合併症への対応が可能な総合病院に設置されたが,精神科病院にも設置されるようになった。1989年には14センターが,1991年には64センターが,さらに1993年には83センターが設置された1)。筆者は1991年に横浜市立大学に赴任してからこのセンターの設置を積極的に進め,公的大学病院としてはいち早くこのセンターを設置した(国立大学病院には,このセンターを設置したところは最後までなかったが,横浜市立大学と京都府立大学が公的大学病院としては最も早くこのセンターを設置したと記憶している)。1994年にはゴールドプランの全面的な見直しが行われ,新ゴールドプランが策定され,老人性痴呆疾患センターは2005年には44道府県に156センターが設置されるに及んだ1)。

 しかし2000年の介護保険制度の導入に伴って,認知症の問題は医療から福祉のほうへシフトし始め,このセンターも老健局の管轄に移り,2005年には老健局では老人性痴呆疾患センター事業を廃止することが決定され,実際に国庫補助は打ち切られた(主として老健局では,認知症問題に対して医療はあまり貢献していないから,認知症は介護,すなわち福祉主体でよいという考えが主流になっていると聞いている)。2007年8月に精神科病院協会は「認知症疾患センターをめぐるシンポジウム」を開催し,筆者も招待され「これからの認知症医療のあるべき姿」というテーマで講演したが,当時はセンター廃止の方向が濃厚であった。

 ところが,その後,厚生労働省の精神・障害保健課で再検討が行われ,2008年になって「認知症疾患医療センター」として発足することが決定され,早急にその内容について検討され,3月31日付で都道府県にセンターの設置についての正式の通知2)が出された。筆者は,認知症疾患医療センターは地域の認知症の保健・医療・福祉の基幹センターとして重要な役割を演じると考えるので,今回このセンター問題を急遽本誌『精神医学』のオピニオンとして取り上げることを提案し,それが実現することになった。このセンターについては,国の立場,そして活発に認知症の地域連携を行ってきた2総合病院(仙台市立病院,砂川市立病院)の立場から詳しく述べられているので,筆者は認知症専門の精神科病院の立場からセンター問題を述べることにする。

特集 成人期のアスペルガー症候群・Ⅱ

臨床現場からみた成人期のアスペルガー症候群

著者: 宮川香織 ,   桝屋二郎 ,   飯森眞喜雄

ページ範囲:P.749 - P.757

はじめに

 近年,「アスペルガー症候群」の診断で大学病院に紹介されてくる患者が増え続けている。なかにはインターネットの記事を見て自己診断し,「アスペルガーではないか?」と受診する者も出てきている。世間の耳目を集めた青少年の犯罪報道でも,この診断名がすでに医学的概念が定まっている疾患であるかのように書かれている。しかし,ベテランの精神科医に「アスペルガーって何ですか?」と訊いても,明瞭な答えが返ってくることはほとんどない。「こういうものだ」「ああいうものだ」と,まるで正体のつかめないヌエのような疾患らしい。ましてや,成人例ではいっそう不明瞭である。

 こうした背景があってか,日本の精神医学雑誌でも「アスペルガー特集」がにわかに目につくようになっている。本特集もそうした現状の中で編まれている。だが,アスペルガー症候群は実際に増えているのだろうか? それとも,精神科医が時流に乗って安易に診断し始めたために増えたように見えるだけなのであろうか?

 近年の数多い論文では,疾病概念や症候学的問題,分類や診断上の問題,他の精神疾患との異同などが取り上げられることが多いが,ここではあまり取り上げられることのない,臨床現場からみた成人のアスペルガー症候群の問題について述べてみたい。

精神鑑定例:全日空ハイジャック事件

著者: 山上皓 ,   岡田幸之 ,   安藤久美子 ,   渡辺弘 ,   和田久美子

ページ範囲:P.759 - P.769

はじめに

 本事例は,国内定期便飛行中の航空機内において乗員を包丁で脅してハイジャックをし,機長を殺害して自ら操縦桿を握って乗員に取り押さえられ,逮捕されたものである。犯行の動機は,将来を悲観しての自殺願望と,飛行機マニアとしての飛行機操縦への願望の吻合によるものであるが,突飛さを感じさせるその動機と,優れた知能,周到な犯行の準備などとをどのように統一的にとらえ得るかという点が,本鑑定のキーポイントとされた。

 本事例は,過去に統合失調症と診断されて,精神科クリニックに通ったり,精神科病院に措置入院とされたこともあり,本件犯行当時は別のクリニックでうつ病の診断を受けて,通院治療中であった。しかし,鑑定時の面接や生活史,病歴などの調査では,統合失調症の診断の根拠とされるべき所見は認められず,うつ病についても,反応性の軽度の抑うつ状態で,本件犯行に重大な影響を及ぼした形跡はない。問題はむしろ,特徴的な人格の偏りにあった。全般的な知能は高く,特に論理的思考と記憶力に優れ,興味あることには高度の集中力を発揮するが,思考は柔軟性を欠き,臨機応変の対応がきわめて拙劣である。他者の心情を共感的にとらえることができず,対人関係に重大な困難を有する。このような,知,情,意の機能のバランスを欠いた人格の独特の偏りが,本事例に,社会生活での深刻な不適応と,将来への悲観をもたらし,ついには犯行へと駆り立てたものと解された。

 診断については,当初は人格障害とすることを考えたが,その頃児童精神医学界において注目されてきたアスペルガー障害に通ずる所見も多く認められることから,生育歴や心理検査,神経学的検査などについても詳細に調査し,その可能性についても検討した。通常,成人の鑑定事例において,乳幼児期の生育歴の詳細を明らかにすることは困難であるが,本事例においては,母親が育児記録を含む詳細な日誌を残していたうえ,精神鑑定に可能な限りの協力をされたことから,全経過を発達史的にとらえることが可能となり,アスペルガー障害による犯行とする結論に至ったものである。

成人期のアスペルガー症候群の反社会的行動に対する地域精神保健のかかわり―精神科医療と司法との連携

著者: 松田文雄

ページ範囲:P.771 - P.775

はじめに

 児童思春期の臨床のみならず,成人期のアスペルガー症候群との出会いは年々増加しており,職場での不適応を主訴に相談を受けることは少なくない。外来診療では毎回数頁にわたる緻密で詳細な記録を持参されることが多く,事細かな情報を得ながら,職場内や家族内での適応的な言動を模索し,職場上司や家族の理解や支援を求めるための同席面接を行うことも珍しくない。このような状況下で,アスペルガー症候群における反社会的行動に関する臨床家としての対応の経験を紹介しながら,広島で行っている思春期精神医療と司法との連携について紹介したい。

成人期のアスペルガー症候群の人々が求めるもの―当事者グループの聴き取り調査から

著者: 石井哲夫 ,   石橋悦子

ページ範囲:P.777 - P.786

はじめに

 「発達障害者支援法」が施行されて3年が経過した。この間,「発達障害者支援センター」は,全国都道府県および政令指定都市において整備が進み,現在,その数は60か所を超えている。発達障害者支援センターにおける相談支援については,基本的にすべてのライフステージに対応することとされている。東京の場合,2003年1月に「自閉症・発達障害支援センター」として事業を開始した当初から,青年期,成人期の人にかかわる相談が全体の5割を占めていた。そして,この1~2年の傾向として,とくに20歳代,30歳代の人についての相談が年ごとに高い伸びを示しており,2006~2007年度にかけての相談事業実績においては,その両者だけで全体の5割を超える数であった。そのうち,高機能広汎性発達障害(アスペルガー症候群など)の診断を受けている,あるいはその疑いがあるという人の割合は,他の障害特性に比べて圧倒的に高くなっている。

 筆者らは,5年前に発達障害者支援センター事業を開始した当初より,高機能広汎性発達障害(アスペルガー症候群など)の当事者である人たちに協力を求め,「グループヒアリングの会」を月に1度行ってきた。当事者の人たちがそれぞれ非常に苦労し,努力して生活している実態は,外側からはみえにくく,わかりにくいといわれており,自閉症支援に長年取り組んできた筆者らも,いわゆる高機能群の人たちへの支援は新たな課題であった。そのため,まず,本人の立場からこれらの課題をとらえたいと考え,小人数のグループヒアリングによる聴き取り調査を実施することにした。これまでの経過の中で,そこに参加する人たちにとっても,「相談」というかたちでなく,一定のテーマのもと,聴き手である私たちとのやりとりを通して自分の考えや思いを表現してもらうことにより,新たな自己覚知が得られたり,同時に他の当事者の発言も聞き,わが身を省みるというような場となってきている。

 本稿では,これまでのグループヒアリングを通して得られたことをもとに,考察を進めてみたい。

成人期アスペルガー症候群のADI-R(自閉症診断面接改訂版)による診断―生物学的研究との関連で

著者: 中村和彦 ,   土屋賢治 ,   八木敦子 ,   松本かおり ,   宮地泰士 ,   辻井正次 ,   森則夫

ページ範囲:P.787 - P.799

はじめに

 我々は,2002年度に,欧米論文に使用されている広汎性発達障害,特に高機能自閉症およびアスペルガー症候群(障害)の診断基準について検討した注1)。診断は,DSM-IV,ICD-10,CARS(Childhood Autism Rating Scale),ADOS(Autism Diagnostic Observation Schedule)14))を使用している研究があるが,ADI-R(Autism Diagnostic Interview-Revised:自閉症診断面接改訂版)21)を使用している研究が多くみられた。ADI-Rは英語圏において広く使われている研究用診断面接であるが日本では翻訳版がなく,使用されておらず,その理由については明確な情報が得られなかった。我々は自閉症研究についての論文投稿のためADI-R使用が不可欠であったので,まず初めにADI-Rの日本での使用を目的とし,米国でADI-Rトレーニングワークショップを受け,ADI-Rの開発者であるLord教授と交渉を行った。ADI-Rの研修は,2004年3月15~17日の3日間のコースで,ミシガン大学UMACC(University of Michigan Autism and Communicative Disorders Center)で行われた,ADI-Rトレーニングワークショップに参加し,ADI-Rの信頼に足るスコアリング法を,講義,実習から学んだ。

 我々からは土屋,八木が参加した。参加者は,その大多数が,米国の大学の臨床講座に所属する,特に小児の(公的,福祉)サービスに携わる,比較的若年の人たちであった。さらに博士号を取得した学生や疫学研究者も参加していた。内容は1日半の講義,1日半のグループでの面接・評価の実習であった。終了後にビデオを渡され,日本においてビデオの宿題をこなし,開発者(Lord教授)とのinter-rater reliabilityを確立した。講義,実習とも,「正しい」スコアリングに焦点が当てられた。開発者が,ADI-Rを使う人が,開発者のスコアと大きな違いのないスコアを出せるよう腐心しているのがよく理解できた。Lord教授は,遺伝学,画像学,疫学などにもよく精通されており,日本でのADI-R使用には基本的に協力的な姿勢を示された。

 交渉の中でADI-Rが日本で広く使われていない理由が明らかになった。つまり,ADI-Rの翻訳が使用者限定で各々が翻訳し,バックトランスレーションまで要求された。しかしここまで行うと何百万円も必要である。そしてADI-Rトレーニングワークショップで認定された人のみ使用可能であるので,米国の自閉症の両親の面接ができる英語能力が要求されることである。

 我々のADI-R翻訳は,ADI-R著者に1,000米ドルのhonorarium支払い,reliability確立後,版権管理の出版社(WPS)から“a limited-use research license”をもらい,翻訳に着手した。出版社に,1使用につき3米ドルの使用料を払った(160件の使用を予定し,480米ドルを事前に支払いした)。次に土屋,八木が下訳を行い(英→和),翻訳業者が和訳を修正,それをさらに英訳(blind back-translation)を行って,翻訳の完成とした。そして和訳,再翻訳後の英訳を著者に送り,日本語翻訳版使用の承認を得た。ADI-Rの臨床的使用について著者はUMACCのコースに出席することを要請しない。しかし研究使用についてのこの日本語翻訳版は,土屋との契約に基づいて作られるものである。したがって,日本でこれを使うためには,①UMACCのコースに出席し,②WPSと使用契約を結び,使用料を(1件の使用ごとに)払う必要がある。今回のADI-Rの使用は,WPS(ADI-Rの出版元)と土屋の間で結んだtemporary licenseに基づくものである。版権はWPSが保有しており,土屋は,日本語版,原版にかかわらず権利を有しない。

 結局,大変残念なことに,ミシガン大学でのトレーニングを修了し合格した土屋,八木らのみがこの日本語バージョンが使えるとの承諾しか得られなかった。筆者らは,日常診療に用いることができるよう,ADI-R開発者らと,また,出版社との交渉を進めている。自閉症診断のスタンダード足り得る,優れたツールであると考えられるからである。原版は,Western Psychological Services(http://www.wpspublish.com)より入手可能である。

 その後,ADI-R研修に何人か参加したが,我々の研究グループでは土屋,八木,松本,岩城がreliabilityを確立した。今回の稿ではあまり触れていないが,もう1つの研究用診断面接として重要であるADOSについても同様に,ADOSワークショップ出席が必要で,さらに宿題を課せられるのでreliabilityの確立は難しく,我々の研究グループでは松本のみがreliabilityを確立している。

研究と報告

安全確保行動の修正が社会不安症状に及ぼす影響

著者: 岡島義 ,   坂野雄二

ページ範囲:P.801 - P.808

抄録

 本研究の目的は,社会不安障害(SAD)の維持要因である安全確保行動を止めることによって,社会不安症状が減少するかどうかについて検討することであった。年齢と性別をマッチングさせた安全確保行動を止めさせる群(SAFETY)12名と統制群(CONTROL)11名を対象に,対人交流場面に対する不安と否定的な信念の変化を検討した結果,SAFETY群において実験後の不安と否定的な信念に有意な軽減がみられた。治療前後の効果サイズもSAFETY群のほうが大きかった。このことから,先行研究(Wells et al, 1995)と同様に,SAD患者が用いている安全確保行動を止めることで治療効果が高まると考えられる。

短報

低血糖昏睡が1週間持続した後,高次脳機能障害を呈した1症例

著者: 今中章弘 ,   藤川徳美 ,   高見浩 ,   津久江亮大郎 ,   大森信忠

ページ範囲:P.809 - P.812

はじめに

 我々の血糖値は,通常70mg/dl以上に維持されているが,糖尿病での不適切な治療やインスリノーマでは低血糖状態となることはよく知られている。低血糖を放っておき50mg/dl以下になると明らかに中枢神経の働きが低下し,30mg/dl以下になると意識レベルが低下して昏睡状態から死に至ることもある。重症の低血糖性昏睡後は脳の広汎にわたり神経細胞が萎縮,脱落しており,2~4%が失外套状態,慢性植物状態,または死の転帰をとるという報告もある3)

 今回,我々は低血糖昏睡が1週間持続した後,高次脳機能障害を呈し,臨床症状や画像経過などを追跡した1症例を経験することができたので報告する。なお,プライバシー保護のため,症例記載にあたっては若干の改変を行った。

抑うつ気分を伴う適応障害に合併した月経前不快気分障害にsertraline hydrochlorideが奏効した1例

著者: 冨山恵一郎 ,   安藤英祐 ,   櫛野宣久 ,   矢野広 ,   松本英夫

ページ範囲:P.813 - P.818

 Sertraline hydrochloride(以下SER)は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor,以下SSRI)の1つである。2005年10月現在,108か国でうつ病,パニック障害,強迫性障害,外傷後ストレス障害,社会不安障害,月経前不快気分障害などに対する適応がある。日本では第Ⅰ相試験が1991年に開始され,うつ病,うつ状態,パニック障害を適応として承認された6)

 さて月経前不快気分障害(premenstrual dysphoric disorder,以下PMDD)とは身体症状に気分障害を合併したもので,その特徴的な症状には著明な抑うつ気分,不安,集中力の低下,食行動変化,睡眠障害(過眠),疼痛などが挙げられている。また行動面の障害として,仕事を含む社会活動や人間関係などに,うつ病に匹敵する大きな支障を来すと報告されている8)。今回我々は,抑うつ気分を伴う適応障害に合併したPMDDに対してSERが奏効した1例を経験したので報告する。なお報告にあたって,口頭にて本人の同意を得た。また科学的考察のために支障のない範囲で,プライバシー保護の観点から症例の内容を変更した。

資料

セロトニントランスポーター3'非翻訳領域(5-HTT 3' UTR)遺伝子多型と痛覚閾値およびパーソナリティとの関連研究

著者: 青木淳 ,   池田和隆 ,   大谷保和 ,   岩橋和彦

ページ範囲:P.819 - P.825

緒言

 セロトニン(5-HT)は,動植物界に広く存在する生体活性アミンであり,高等動物ではそのほとんどが神経系より末梢組織に分布している。その多くは腸クロム親和性細胞で生合成され,腸管蠕動亢進,血小板凝集,血管拡張などの作用を通じて機能しており,中枢神経系では古典的な神経伝達物質として摂食行動,睡眠,性行動,痛覚,認知などの生理機能を担っている。また,5-HTは気分障害,不安障害,摂食障害,薬物依存,統合失調症などの精神科領域の疾患の病態や,攻撃性などの人格傾向に関与していると考えられている10)

 また,5-HTは末梢では痛みを増強し,中枢において下行性抑制系により痛みを抑制することが報告されている13)。中枢神経系内に存在する痛覚抑制系として大脳皮質,視床下部,中脳水道灰白質などが知られ,最終的には脳幹に存在する5-HT神経核などから,脊髄後角表層へ下行する線維によって,選択的に痛みの伝達がコントロールされていることが明らかにされている17)

「精神医学」への手紙

裁判員制度と精神鑑定・鑑定人尋問―模擬裁判の経験から

著者: 高岡健 ,   高田知二

ページ範囲:P.826 - P.826

 裁判員制度の導入に向けた模擬裁判が,各地で行われている。筆者らのうちの1人(K.T.)は,鑑定人役として岐阜地裁における以下の模擬裁判に関与した。

 事例は,統合失調症のために2度の入院歴がある男性が惹起した殺人である。起訴前簡易鑑定は是非弁別能力ならびに行動制御能力が著しく減弱されているとし,本鑑定は弁識能力が著しく減弱され制御能力は完全に失われていたとした(ただし,いずれの鑑定書も,被告人が有する妄想が妄想性人物誤認であるか否かに言及していないなど,欠陥があるように筆者らには映った)。裁判員の判断は心神耗弱とする者と心神喪失とする者が3名ずつに分かれ,裁判官は全員が心神喪失としたため,被告人は無罪となった。

書評

―茨木 保 著―まんが 医学の歴史

著者: 木村政司

ページ範囲:P.827 - P.827

日本の科学リテラシーの普及に貢献する医学史曼陀羅

 日本歯科大学新潟生命歯科部に,日本で唯一の医の博物館がある。ここは医学の歴史において残された貴重な古医書や浮世絵,医療器具,道具など約5千点が展示,保存されている。この博物館の特徴は,医の歴史を眺めているうちに,見終わる頃には医の文化が見えてくることだ。

 まんが 医学の歴史は,医の歴史が面白おかしく読み取れるだけではなく,偉人たちが伝えた貴重な遺産と,関わった人々の情熱にグイグイと引き込まれる。そういう意味では表現は違うが,医の博物館と本書の感動には,似たところが感じられる。

―野口善令,福原俊一 著―誰も教えてくれなかった診断学―患者の言葉から診断仮説をどう作るか

著者: 上野文昭

ページ範囲:P.828 - P.828

すべての臨床医に,「考える診断学」の科学的論証

 「臨床疫学」という言葉の響きから,いまだに何やら伝染病などを扱う学問と思い込んでいる読者はおられないだろうか。もしそうであれば,すべての臨床医がいつでも,どこでも,誰にでも必要な知識であることに早く気付いていただきたい。

 このたび医学書院より上梓された『誰も教えてくれなかった診断学――患者の言葉から診断仮説をどう作るか』に目を通し,この認識が誤りでないことを再確認した。共著者の野口・福原両氏は評者の最も信頼する内科医である。二人とも北米での内科研修で得た優れた臨床技能を,さらに臨床疫学を学ぶことにより科学的に磨きをかけ,現在わが国の臨床・教育・研究の各分野で活躍中である。過剰検査が当たり前のわが国で,これまでほとんど学ぶ機会のなかった正統派診断学を,今ここで二人が教えてくれている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.832 - P.832

 本誌ではオピニオンとして「認知症疾患医療センターをめぐって」を,特集として「成人期のアスペルガー症候群Ⅱ」を取り上げた。

 後者は前号に続いての特集で,最近はアスペルガー症候群がかなり広義に解釈されて診断される傾向があり,この際この症候群を正しく理解してもらおうという編集委員会での話題から,この特集が組まれたものである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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