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雑誌目次

雑誌文献

精神医学50巻9号

2008年09月発行

雑誌目次

巻頭言

診断という陥穽,治療の隘路

著者: 白川治

ページ範囲:P.836 - P.837

 診療で近頃感じることは,初診時にいきなり診断を問われることが珍しくなくなったことであろうか。それも,患者,家族はすでに答えを予想していて,こちらの説明にやっぱりそうですかという反応であったり,治療に対する希望を当初から述べることも稀ではない。もっとも,こうした状況に出合うのは,うつ病のように社会に広く認知されたいわば市民権を得た疾患であることが前提であろうし,私の診療の場がそうした患者が多く訪れる大学病院であることにもよるのだろう。精神科受療の敷居が低くなり,インターネットをはじめとするマスメディアを通じて,精神疾患についての情報が容易にかつ過剰に入手できる現状を反映しているといえばそれまでだが,事はそう単純ではないのかもしれない。迅速な対応,治療に診断は不可欠だが,精神科の診断が一筋縄ではいかないのは周知の通りである。「診断は治療と不分離」と言い出すまでもなく,病因論が脆弱な精神科診断の医学的な意味での不確実性を考えれば,診断の持つ意味を考えながら治療にあたる姿勢は今も欠かせない。

 診断をめぐる問題は,たとえば治療薬選択の時にも実感する。診断病名を決める際にも,薬の保険適応としての病名を少なからず意識する。統合失調症の治療薬として登場した非定型抗精神病薬は,精神病症状ばかりでなく情動の安定化に有効であることが知られている。実際,感情障害に対する効果は広く知られており,時にはパーソナリティ障害に対しても効果を示すことある。個人的にはむしろこうした疾患こそ適応としてふさわしいと思うこともしばしばで,抗精神病薬という命名はどうもおさまりが悪い。抗うつ薬としてのSSRIも然りである。うつ病以外の疾患に対しても次々と保険適応が認められてきたが,その薬理作用からすれば,セロトニン機能失調と関連した精神疾患に対する有効性は当然といえる。いずれにしても,薬と単一の疾患との厳密な対応は困難になりつつある。病名との対応が柔軟に過ぎると適応病名そのものが有名無実化するという危惧もあろうが,症状や状態との対応のほうがより実状を反映しているように思う。

展望

Schneiderの1級症状の診断的意義

著者: 針間博彦 ,   岡田直大 ,   白井有美

ページ範囲:P.838 - P.855

はじめに

 Kurt Schneider(1887-1967)の精神医学的業績は多岐にわたるが,なかでも彼が提唱した統合失調症の1級症状は,ICD-10,DSM-IVなど現在の診断基準にも広く影響を与えている。一方,他の疾病でも出現することから,統合失調症に対する1級症状の疾患特異性に関する反論も少なくない。本稿では,Schneiderによる統合失調症の概念および診断,1級症状の定義を再検討したうえで,1級症状の出現頻度,疾患特異性,予後や気分障害との関連などについて概説する。

研究と報告

賀茂精神医療センターにおける統合失調症在院患者への「退院準備プログラム」の効果検討

著者: 大森寛 ,   高見浩 ,   大森信忠 ,   佐藤さやか ,   安西信雄 ,   池淵恵美

ページ範囲:P.857 - P.863

抄録

 退院準備プログラムの効果を検討することを目的に,賀茂精神医療センターに1年以上在院中の統合失調症患者で,REHAB合計得点が70点以下であり,本研究への参加を文書にて同意した10名を対象に,プログラムを施行する参加群5名と通常の治療を継続する対照群5名に無作為に割り付けた。参加群に対し,2006年5~9月,全17回のプログラムおよび多職種による定期的なカンファレンスを行った。対象者に対し,プログラム前後にBPRS,REHAB,知識度テストを行い,プログラム開始1年後の転帰を比較した。1年転帰では,精神症状や社会的機能は参加群,対照群で差はなかったが,退院した者は参加群で多い傾向にあり,疾病の知識度も参加群で有意に上昇した。

統合失調症における文章記憶の検討

著者: 長谷川千洋 ,   吉田哲彦 ,   橋本亮太 ,   井池直美 ,   喜多村由里 ,   岩瀬真生 ,   数井裕光 ,   博野信次 ,   山鳥重 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.865 - P.872

抄録

 本研究では,19名(男性9・女性10)の統合失調症患者の文章記憶能力を,文章の表層形式(逐語的情報)・テキストベース(WMS-R標準的採点基準)・状況モデル(文章理解内容)の3水準に分け,WMS-Rの論理的記憶課題を分析した。結果,すべての水準で即時・遅延再生時ともに患者群は対照群より成績が低下していた。状況モデルでは虚再生が多かったが,遅延再生時で即時再生時との再生量に変化がなかった。統合失調症患者では,文章の詳細部分では登録段階での処理が不正確であり,Working Memoryの障害によると考えた。また,一部誤った形で保持された文章の主要部分は,意味知識構造における障害の関与が示唆された。

統合失調症のminor physical anomalies(MPAs)と家族歴の有無の検討

著者: 奥村匡敏 ,   岩谷潤 ,   山本眞弘 ,   正山勝 ,   上山栄子 ,   小瀬朝海 ,   辻富基美 ,   鵜飼聡 ,   篠崎和弘

ページ範囲:P.873 - P.876

抄録

 2005年12月時点に国保日高総合病院精神神経科に入院していた統合失調症患者について,minor physical anomalies(MPAs)と家族歴の関係を検討した。MPAs総数は家族歴がない群に比べてある群のほうが多かった。MPAs下位項目では,眼間開離,耳介低位と長い第3趾が家族歴と有意な関連を示した。今回の結果より,MPAsが統合失調症の脆弱性因子となる可能性が示唆された。さらには,耳介低位,眼間開離と長い第3趾が統合失調症のハイリスク群の同定のための1つの指標となり得るのではないかと考えた。

脳実質内漏出性出血による精神障害の1剖検例

著者: 長友慶子 ,   笠新逸 ,   澤大介 ,   長野理恵 ,   鶴衛圭一 ,   石田康 ,   丸塚浩助 ,   井上輝彦 ,   三山吉夫

ページ範囲:P.879 - P.884

抄録

 50歳の男性。31歳時に左膝蓋骨骨折で手術を受けた以外に特記すべき既往はない。死亡する2.5年前から倦怠感を主訴とする心気傾向がみられ,死亡前の2年間,ストレス障害,遷延性抑うつ状態の診断で抗うつ薬,抗精神病薬による治療を受けていた。改善の傾向がみられず,突然死した。剖検で,後腹膜腔に原因不明の大量出血があり,死因は出血性ショックであった。脳重量は1,330g。髄液は透明で脳の外表に出血や血腫はみられないが,前頭葉に軽度の脳萎縮を認めた。組織学的には,限局性髄膜炎を伴う脳軟膜の肥厚と脳実質内の血管周囲にヘモジデリンを貧喰したマクロファージが前頭葉から側頭葉の皮質下白質にかけて多数みられ,漏出性脳内出血と診断した。この所見は陳旧性であり,生前の精神症状の臨床経過を裏づけるものと考察した。

統合失調症患者を対象としたolanzapine単剤投与へのスイッチングに関する調査―QOLその他の治療成果の検討

著者: 安藤一博 ,   川原岳 ,   船橋英樹 ,   長友慶子 ,   安部博史 ,   木村佳代 ,   石田康

ページ範囲:P.885 - P.892

抄録

 統合失調症患者を対象に,他の抗精神病薬からolanzapine単剤へのスイッチングを行い,医師からみた精神症状・副作用の変化および全般性改善度,患者本人が評価したQOLの変化および全般性改善度について,olanzapine投与開始後24週にわたり調査した。多くの患者において精神症状のみならずQOL(EuroQolの視覚評価法による評価)の改善がみられ,高血糖や体重増加などの副作用は認められなかった。Olanzapine単剤へのスイッチングにより,患者のQOLの向上に資する可能性が示唆された。

病的賭博者100人の臨床的実態

著者: 森山成彬

ページ範囲:P.895 - P.904

抄録

 筆者がメンタルクリニックを開設した2005年8月から2年間に,新患として来院した病的賭博者100名(男性92名,女性8名)について臨床的実態を調べた。初診時年齢,ギャンブル開始と借金開始の平均年齢はそれぞれ,39.0歳,20.2歳,27.8歳であった。ギャンブルの対象は96名がパチンコ・スロットがらみで,初診までにギャンブルにつぎ込んだ平均金額は1,293万円,現在の平均負債額は595万円,28名が自己破産を含めたなんらかの債務整理を余儀なくされていた。17名にうつ病,5名にアルコール依存症が合併し,配偶者の15%がうつ病やパニック障害などで治療を受けていた。その他,婚姻状況・学歴・家族負因・受診経路・治療の概要などについても報告し,考察を加えた。

短報

羽ばたき振戦を伴う精神病症状の増悪を呈し,抗てんかん薬と抗精神病薬の減量で症状軽快した統合失調症の1例

著者: 岡田直大 ,   山末英典 ,   土井永史 ,   野村康史 ,   笠井清登

ページ範囲:P.905 - P.908

はじめに

 統合失調症の薬物療法において,興奮の鎮静や併発する気分障害の治療のために,さらには陽性症状や陰性症状自体の改善目的に,valproate(以下,VPA)やcarbamazepine(以下,CBZ)などの抗てんかん薬が併用されている2,4)。一方で,これらの抗てんかん薬投与は時に代謝性脳症を併発し,その際には同剤の減量または投与中止を要すると報告されている6)。しかし,統合失調症患者への抗てんかん薬投与中の代謝性脳症は報告が少なく,その対応についても一定の見解に乏しい。

 我々は,複数の抗てんかん薬および抗精神病薬を投与中に精神病症状の悪化および羽ばたき振戦を伴う軽度の意識障害を呈し,抗精神病薬の増量による鎮静の試みにむしろ症状が増悪し,逆に抗てんかん薬と抗精神病薬の減量により症状が軽快した統合失調症の1例を経験したので,考察を含め報告する。

強迫性障害,自閉症の加療中に診断された皮膚症状を欠く結節性硬化症の1例

著者: 高橋友香 ,   藤原裕章 ,   引地充

ページ範囲:P.909 - P.911

はじめに

 結節性硬化症(tuberous sclerosis;TS)は,顔面血管線維腫,てんかん発作,精神遅滞を三徴とし,種々の過誤腫を伴う全身疾患である(表)。常染色体優性遺伝とされているが,約80%は孤発例であり,発生頻度は1/6,000~10,000人といわれている1)。自閉症患者の約1%に合併がみられるとの報告があり4),精神科領域で出合う機会も少なくない疾患である。TSでは三徴以外に生命予後にかかわる重篤な合併症が認められるため,その診断は重要であるが,古典的な三徴がそろわない不全型も存在し,臨床場面で見過ごされている可能性がある。今回,自閉症・強迫性障害の加療中に不全型TSの診断が確定した症例を経験したので,以下に報告する。

ミニレビュー

統合失調症認知機能簡易評価尺度日本語版(BACS-J)

著者: 兼田康宏 ,   住吉太幹 ,   中込和幸 ,   沼田周助 ,   田中恒彦 ,   上岡義典 ,   大森哲郎 ,  

ページ範囲:P.913 - P.917

はじめに

 統合失調症患者の社会機能に及ぼす影響に関しては,その中核症状ともいえる認知機能障害が精神症状以上に重要な要因であると考えられつつある4,5)。統合失調症の認知機能障害は広範囲な領域に及び,なかでも注意・遂行機能・記憶・言語機能・運動機能の領域が注目されている。認知機能の評価においては,認知の各領域を評価するいくつかの検査を目的に応じて組み合わせて(神経心理学的テストバッテリー,NTB)行われている。しかしながら,NTBは通常専門的かつ高価で時間を要する。そこで,統合失調症患者の認知機能を幅広く簡便に評価し得る尺度は日常臨床および研究において大変有用であろう。統合失調症認知機能簡易評価尺度(The Brief Assessment of Cognition in Schizophrenia;BACS)は最近Keefeら7)によって開発されたもので,言語性記憶,ワーキング・メモリ(作動記憶),運動機能,注意,言語流暢性,および遂行機能を評価する6つの検査で構成され,所要時間約30分と実用的な認知機能評価尺度である。我々はその有用性に着目し,臨床応用のために,原著者の許可を得たうえで,日本語版(BACS-J)を作成したのでここに紹介する。日本語訳にあたっては,まず2名が独立して仮日本語訳を作成し,その後訳者2名に第3者を加えた計3名で協議したうえで日本語訳を作成し,さらにその後,原文を知らない者2名に独立して日本語訳のback-translationを行わせ,この英文のそれぞれを原著者に確認してもらった。なお,BACS-Jの信頼性,妥当性については,すでに検討されている6)

私のカルテから

高用量のolanzapineが有効であった統合失調症の4症例

著者: 白土俊明

ページ範囲:P.919 - P.920

はじめに

 本邦においてはclozapineが未認可であり,統合失調症難治例の対応に苦慮することは少なくない。Olanzapine(以下OLZ)の高用量投与が治療抵抗性統合失調症に有効との報告3)もみられるが,今回筆者は,複数の抗精神病薬に反応不良であった統合失調症(DSM-Ⅳ-TR)患者にOLZ 30~40mg/日を投与し,機能の全体的評定尺度(GAF)が改善し,退院が可能になった4症例を経験したので若干の考察を加えて報告する。なお対象の4名の患者にはolanzapineの用量外処方の目的および危険性について説明し,同意を得た。

「精神医学」への手紙

認知症高齢者の褥創に対するラップ療法

著者: 横田修 ,   高橋淳 ,   藤沢嘉勝 ,   佐々木健

ページ範囲:P.923 - P.923

 本誌50巻1号で精神科病院での褥創治療におけるラップ療法の可能性が指摘された1)。我々はこの意見に賛成する。ラップ療法が従来の治療より有効である可能性を示した論文は,我々のグループの高橋らによる2006年の報告2)が最初で恐らく唯一の論文である。掲載されているJ Wound Care誌編集部の許可のもと,その要旨をここで紹介したい。

 対象は認知症専門病院に入院し,重度の褥創(日本褥創学会によるDESIGN scaleでstage ⅢかⅣ)を有す終末期の認知症患者で,効果や安全性が確立されていないことを説明したうえで家族が希望した25例(平均80.3歳)にラップ療法を,希望しなかった24例(同79.8歳)にイソジン,抗生剤,各種酵素,プロスタグランジンなどを含む軟膏とガーゼ保護を用いる従来の治療を行った。多量の滲出液や局所感染を伴う例も対象に含めた。2群の全身状態に有意差はなかった。壊死組織は,デブリードメントを行ってから治療を開始し,4,8,12週でDESIGN scaleで褥創を評価した。その結果,両群とも同スコアは改善したが,すべての時点でラップ群が従来治療群よりスコアは良好で,12週目にその差は統計学的に有意となった。完治率はラップ群と従来群で20%と8.3%,悪化率は8.0%と12.5%,局所感染発生率は16~17%で同等,外科処置の追加を要した率は20%と50%であった。我々の検討では,ラップ療法は重度の褥創に対して従来の治療より有効で,安全性に差はなかった。ラップ療法が褥創治療の選択肢となり得るか,精神科医として,結果が追試されることを望んでいる。

動き

「第55回日本病跡学会」印象記

著者: 津田均

ページ範囲:P.924 - P.925

 第55回日本病跡学会は,2008年5月23,24日の両日,東洋大学で,河本英夫会長のもとに開催された。

 病跡学を型どおりに過去の傑出した人物の病の実証研究とするならば,それは,すでに前提とされている精神医学枠の応用例題にとどまる危険がある。それならば,伝記,作品,自伝などの詳細な研究が可能であるという利点を最大に生かしても,精神医学そのものを動かす学問となりがたい。本邦の病跡学がこのような危機に一時陥りかかったことは否めない。しかし病跡学の本来の役割は逆の方向にあるのであって,病跡学的研究は精神医学を進化させるためのものである。本学会は,そのような方向に再度離陸しているように思う。再度というのは,広い意味での病跡学的研究の創設期(クレッチマーの天才研究,フロイトの神話や文学作品への言及などが範例である)がそうであったからである。精神医学にはどこかに,その跳躍の源を創造の営み一般から汲み出す必然性があるのだろう。病跡学は,その誕生の瞬間を繰り返すことによってのみ本来の生命を維持することができる。

「第104回日本精神神経学会」印象記

著者: 前田潔

ページ範囲:P.926 - P.927

 第104回学術総会は鹿島晴雄会長(慶應義塾大学精神神経科学教室教授)のお人柄から抑制の効いた気持ちのよい学会運営であった。その鹿島会長も何度か口にされたことであるが,「日本精神神経学会は確実に変化しつつある」と。私自身もそんな思いを強くしたのが本学会の印象である。

 第104回日本精神神経学会は5,000人近い参加者を集めて東京港区台場,ホテルグランパシフィックメリディアンで5月29~31日,開催された。参加者5,000名というのは前年の高知での総会の参加者数の2倍を軽く超えている。これは単に地方と東京という開催地の違いではなく,会員の意識が変わりつつあることを示唆しているように思われる。今まで会員にとって身近に意識されてこなかった本学会が,専門医制度のポイントを取るための出席であっても,学会に出席すればプログラムに目を通し,会場に座って発表を聴くことになる。全国の精神科医の考えていること,やっていることを肌で感じることになる。特に自分の専門外の領域,自分があまり得意としない領域の発表はこういうときでもなければ聞く機会は少ない。このように,わが国の精神科医の多くがひとつの会場に集うことは精神科医の同一性を強化し,連帯感に似たものを生み出しているように思う。

書評

―石坂好樹 著―自閉症考現箚記

著者: 山崎晃資

ページ範囲:P.929 - P.929

 本書の表題「自閉症考現箚記」に惹かれて読み始めた。著者は「あとがき」で,「トレント・Jrの『精神薄弱の誕生とその変貌―アメリカにおける精神薄弱の歴史―』(学苑社)を読んでいるうちに,自閉症も社会的概念であり,そのような視点から自閉症史を考えてみよう」と思い立ち,「自らの興味の赴くところを文献に当たりながら考えるというやり方で原稿を書き,この書名にした」と述べている。まさに著者ならではの興味ある「自閉症史」であり,京都大学の高木隆郎一門の伝統が息づいている感のある著書である。

 本書は,まず「野生児の仮面」から始まる。著者は「アベロンの野生児」ヴィクトールを,「歴史上,明確に状態像が把握され,公表された最初の自閉症児であろう」とし,一方では,「診断基準を満たす症状が揃っておれば,自閉症と診断されてよいのであるという現在の診断様式」に疑問の目を向けている。

―エリオット・ヴァレンスタイン 著,㓛刀 浩 監訳,中塚公子 訳―精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構

著者: 稲田俊也

ページ範囲:P.930 - P.930

 本書はミシガン大学の心理学者であるヴァレンスタイン教授により執筆された著書である。筆者は,まず第1章で本書の構成と概略について簡単に要約したあと,本論の最初となる第2章で,LSDの偶然の発見から,抗精神病薬のクロルプロマジンやハロペリドール,三環系抗うつ薬やモノアミン酸化酵素阻害薬のほか,リチウムや抗不安薬の発見など,向精神薬が発見された当時の状況について詳述している。続く第3章では,うつ病の生体アミン仮説や統合失調症のドーパミン仮説など,精神疾患に対するこれらの薬剤の効果から想定される作用機序についての生化学的仮説が,わかりやすく紹介されている。

 第4章は,「証拠を精査する」と題して,まずは,これまで提唱されてきたうつ病における生体アミンの欠乏仮説や受容体感受性亢進仮説が納得のいくものではないにもかかわらず,製薬企業が選択的セロトニン再取り込み阻害薬の販売のためにこれらの仮説が宣伝に使われている現状を批判的に紹介している。また,統合失調症のドーパミン仮説についても,それが十分でない論拠をいくつか挙げたうえで,抗精神病薬が無効な統合失調症患者もかなりいることを取り上げて,統合失調症の異種性について言及している。さらに,気分障害におけるリチウムの作用メカニズムも十分に解明されていないことを取り上げ,精神疾患における生化学説に対して批判的に検証しており,これらの単純理論の展開に警鐘を打ち鳴らしている。続く第5章では,「証拠の解釈」と題して,デキサメサゾン抑制試験の例を挙げて精神障害の原因と結果が混同されている可能性や,有効な治療法から精神疾患の原因を推測する際の問題点について取り上げ,神経伝達物質や遺伝が精神疾患の生物学的要因のすべてではないことを論じている。また,精神障害の診断の変遷に政治的な要因や流行のあることにも言及して,「DSM-IV」の問題点をいくつか指摘している。

―上島国利,樋口輝彦,野村総一郎,他 編―気分障害

著者: 佐藤光源

ページ範囲:P.931 - P.931

 気分障害圏の病気で苦しんでいる人は多く,なかでもうつ病患者は約300万人と推定されている。それに双極性障害やいわゆる神経症圏のうつ状態,気分変調症などを加えると気分障害圏の患者数は膨大で,しかもその多くが未治療のまま苦しんでいるのが現状である。国民の健康寿命を損なう代表的な原因疾患がうつ病であることがWHO健康レポート(2001)で明らかにされ,わが国で毎年3万人を超える人が自殺していることも,気分障害がいかに大変な病気であるかということをよく物語っている。しかし,今では薬物療法と心理社会的療法を組み合わせた治療法が長足の進歩を遂げ,完全な回復を期待できるようになっており,気分障害に関する適正な知識の普及啓発と最適な医療の推進による患者の救済が急がれている。

 そうしたなかで,“気分障害のエンサイクロペディア”を目指した本書が上梓された。そこには,読者が知りたいと思う諸問題がいまどこまで解明され,何がまだ解明されていないのか示されており,気分障害に関するアップデイトな情報が豊富に盛り込まれている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.936 - P.936

 8月は記録的な猛暑であるが,本号が刊行される頃は秋風を感じられる季節になっているかもしれない。本号においては,展望において針間博彦氏らによる「Shneiderの1級症状の診断的意義」が取り上げられている。Schneiderの「臨床精神病理学」に基づいて彼の統合失調症の概念および診断,1級症状の定義などを吟味し,DSM-IV, ICD-10などとの関連についても述べている。非常に有意義な内容の展望である。

 ICD-10, DSM-IVの中にSchneiderの1級症状がほとんど取り入れられ,診断に大きな影響を与えていることは周知の事実である。そして,明確な規準に従って,初心者も経験者も非精神科医も使える診断に関する共通の言語として世界中で利用されるようになっている。しかし,臨床場面においては,ICD-10やDSM-IVは診断マニュアル化してきわめて表層的な使われ方になっている場合も多いのではなかろうか。症状の把握に重点が置かれ,状態像,全体像の把握,患者を理解しようとする過程がおろそかになっているように思える。症状把握の時点でマニュアルとの突き合わせが行われ,診断ができると一息ついてしまう。個々の症状把握とともに状態像,全体像の把握は連動して行われなければならない。また,生活史,病前性格,発病以来の経過なども病状を理解する手がかりになる。これらによって症状の持つ意味がわかってくる。これらの作業は患者の置かれている状態を把握し理解する過程であり,治療の第一歩になる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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