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雑誌目次

論文

精神医学51巻10号

2009年10月発行

雑誌目次

巻頭言

わたしたちは「共感」をいかに理解すべきか?

著者: 三野善央

ページ範囲:P.936 - P.937

共感の今

 精神療法において,共感は基礎的な要素であると考えられている。それどころか,日常臨床において,患者,クライエントに対しての共感は不可欠であると教育されている。それは,精神科医に限らず,看護師,臨床心理士,精神保健福祉士など精神保健福祉にかかわるすべてのスタッフに当てはまる。精神療法,心理療法における共感の重要性をRogersは,共感的理解(empathic understanding)として指摘している。しかしながら,この共感概念に関しての検討は十分になされているとは言い難い。

 まず共感という言葉の持つ意味について考えたい。共感は明らかに訳語である。英語のempathyの訳語であるともいわれているし,独語のEinfuhlungの訳語との説もあるらしい。いずれにしろ,日本語で日常的に使用されてきたものではない。

特集 若年性認知症をめぐる諸問題

若年性認知症とは

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.939 - P.944

はじめに

 「若年性認知症」は,老年期認知症に比べると患者数はかなり少ないが,若くして発病するため医療面はもちろん,福祉面でも社会的な面でも大きな問題を含んでいる。そこで「若年性認知症をめぐる諸問題」というテーマでこの特集を組んでみた。

 筆者は現在「若年性認知症研究会」の代表世話人をしており,毎年東京と他の大都市(2008年は大阪,2009年は福岡で開催され,2010年は札幌で開催予定)で研究会を開催している。この研究会はもともと故・田邊敬貴 愛媛大学精神科教授が代表世話人を務めており,筆者は発足当時から顧問を仰せつかっていたが,田邊教授が亡くなられたので筆者が彼の後を継いでいる。

 筆者は最近「若年性認知症をめぐって」という総説6)を書いたが,今回はそれをもとに「若年性認知症とは」と題して概説する。

若年性認知症の疫学調査とその問題点

著者: 朝田隆 ,   池島千秋

ページ範囲:P.945 - P.952

はじめに

 いわゆる若年性認知症(EOD)とは,60歳もしくは65歳未満で発病する認知症をいう。しかしこれは通称であり,正しくは18歳以降44歳までに発症する認知症を若年期認知症と呼び,45歳以降64歳で発症するものを初老期認知症と呼ぶ5)

 近年このような病態が注目される理由は,以下の点にあると思われる。老年期の認知症と比較して,若年性認知症の当事者と家族では,経済,医療・ケア,家族の絆と,どの面をとってもきわめて深刻である1)。それにもかかわらず,この大きな課題は,ほぼ手つかずの状態だと注意が喚起されるようになったのである。

 本稿では,このような若年性の認知症について,その疫学的な知見と問題点3)をまとめる。まずは,このような疫学調査の目的を述べることから論じる。

若年認知症の医療上の問題点

著者: 宮永和夫

ページ範囲:P.953 - P.959

はじめに

 認知症の専門医は,日本老年精神医学会認定医が772人と日本認知症学会認定医が47人である(2009年7月現在)。当然両学会の認定を受けている人もいるため,総数は若干少なくなる。また,国立長寿医療センターの研修事業によって養成された全国の認知症サポーター医は600人弱存在すると報告されている。一方,厚生労働省によると,介護保険による介護度2以上の認知症者を推定して180~190万人としている(実際にはそれ以上存在すると考えられるが)。認知症サポート医も専門医に入れると,認知症専門医の総数は1,500人弱となるが,もし全国の認知症患者190万人を診ることになると,認知症専門医1人当たりの患者人数は1,200人以上となる。これは,実際のところ,困難を通り越して不可能な数字といえる。なお,NPO若年認知症サポートセンターが2004年度に調査した時点で,若年認知症の診断や治療が可能と回答のあったのは,全国で250か所ほどの医療機関だけであったことを付け加えておきたい。以下,医療上の問題点を総論と,診断と治療の各論に分けて論じてみたい。

若年性認知症者の運転免許の問題

著者: 池田学

ページ範囲:P.961 - P.966

認知症の自動車運転とわが国における対策

 わが国の65歳以上の免許保有者はすでに1,000万人を超え,認知症患者の自動車運転免許保有数は,免許保有者数と認知症の有病率から,30万人近く存在すると考えられている。自動車の運転には,記憶,視空間認知,交通法規などの知識,判断力,注意能力などの多くの認知機能が必要となり,これらの認知機能に広範な障害を有する認知症患者は,事故を生じるリスクが高くなると考えられる。実際,認知症患者の23~47%がその経過中,1回以上の自動車事故を経験していること,また認知症患者は同年齢の健常者に比し,2.5~4.7倍自動車事故を起こすリスクが高いことが報告されている3)。さらに,1度事故を起こし,その後運転を継続していた認知症患者の40%が,再び事故を起こしていることも報告されており,認知症は患者の自動車運転能力に影響を及ぼし,事故を生じるリスクを高めることは間違いない。

 わが国で認知症患者の自動車運転が制限されるようになったのは比較的最近で,2002年6月に改正道路交通法が施行され,認知症患者は公安委員会から運転免許を停止または取り消され得る可能性があると定められた。しかしその後も,この改正法は実際にはほとんど機能せず1),臨床現場では家族や主治医が,患者の人権と社会の安全の間で苦悩することがしばしばあった。その理由は,本法には,誰がどのような手続きで運転が危険かどうかを判断し,どのような手順で運転中止を決定するかなどの点が十分盛り込まれていなかったことにある。

若年性認知症の支援制度の問題点

著者: 平野憲子

ページ範囲:P.967 - P.971

はじめに

 北海道若年認知症の人と家族の会は,各地で孤立して悩んでいる家族がなんとか支えあいたいと集まり,関係者の支援を受けて2006年9月に発足した。現在,60数家族と支援会員も含め180名ほどが会員となり活動をしている。この間,若年性認知症への社会の関心は高まってきていることは実感するものの,抱えている課題の手立ては少なく,相談ではともに悩むことが多い。

 2009年3月に,厚生労働省(以下,厚労省)の若年性認知症支援対策の通知が出され,国の制度として初めて若年性認知症対策が記されたが,これが具体化され,地方自治体や地域で利用できるまでにはまだまだ先のように思われる。

 筆者に与えられたテーマは,昨今,さまざまな立場から指摘されており3~5),本稿では若年性認知症実態調査を通した家族の声とこれまでの当会の活動から,若年性認知症支援のネックとなっている就労支援,社会参加支援,経済的支援,さらには認知症の制度上の問題について述べたい。

若年性認知症者の就労問題

著者: 伊藤信子 ,   田谷勝夫

ページ範囲:P.973 - P.976

はじめに

 厚生労働省は,2008年7月に発表された「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」の報告書において「若年性認知症対策を積極的に推進するため,財源の確保も含め,必要な措置を講じていく必要がある」と基本方針の中で示している。就労支援に関しては,「医療・福祉と雇用・就労の関係者からなる若年性認知症就労支援ネットワークの創設」を挙げており,個別の状態に応じた支援体制を構築することが課題となっている1)

 在職中に発症した若年性認知症者に対する雇用対策は喫緊の直接的,具体的な課題となっている。こうした若年性認知症者に対する職業リハビリテーションのテーマは,「認知障害」および「症状の進行性」という障害特性から起こる「就労の継続」の困難さに焦点が当てられるが,若年性認知症者の就労実態や就労支援ニーズ,障害特性に基づく具体的な支援策,整備すべき物理的・人的環境などに関しては,一部でその取り組みが始められているものの,基礎的情報の集約も不十分なのが現状である。

 障害者職業総合センターでは2008年度から「若年性認知症者の就労継続に関する研究」に取り組んでいる。その一環として,家族会の協力を得て,若年性認知症者の就労実態に関する調査をしたので,その結果に基づき就労問題について概観し,取り組むべき課題について検討する。

若年性認知症の家族会から

著者: 干場功

ページ範囲:P.977 - P.981

彩星の会

 若年認知症家族会・彩星の会が発足してから8年,この間会員からは多くの問題提起をしていただけたのではないかと思う。筆者自身は,妻美子の10年間の介護生活を経て,2006年12月に看取りを終えたが,初期の会員の中にもここにきて,長期の介護生活を終えられる方がちらほらと出てきているのが現状である。この時期を迎え,会員の歩む方向にそれぞれ変化が起きている。一方で入院,入所を迎える介護家族がある中,もう一方で,最近の早期診断により,30代後半から40代の患者の方も少数ながら目立ってきているようである。これらの家族の今後の生活を考える時,現在使うことのできる社会資本だけではとても太刀打ちできるものではないと思われる。それと同時に,家族会としてそのような会員をどう支えられるかと考えると,その限界を感じざるを得ないところである。

 本年,厚生労働省(以下,厚労省)は,認知症プロジェクトを提唱し,若年性認知症対策についてもその概要を発表した。2009年度予算において各事業に対する経費を計上しているのであるが,各都道府県がそれをどれだけ実施することができるのか,とても不安な気持ちでいるのが現状である。

若年性認知症に関する施策

著者: 武田章敬

ページ範囲:P.983 - P.987

はじめに

 若年性認知症の多くは現役世代に発症し,経済的な面も含めて本人とその家族の生活が困難な状況になりやすいことが特徴であり,社会的な関心も高まりつつある。

 このような中で,平成20(2008)年5月,今後の認知症施策をさらに効果的に推進し,適切な医療や介護,地域ケアなどの総合的な支援により,たとえ認知症になっても安心して生活できる社会を早期に構築することが必要との認識のもと,研究開発,医療,介護,本人・家族に対する支援などの対策について,厚生労働省内横断的な検討を進めるため,厚生労働大臣の指示のもとに「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」が設置され,7月10日にその検討結果が報告された。このプロジェクト報告書において若年性認知症に対する施策の推進の重要性が強調され,さまざまな施策が提案された。

 本稿においては,このプロジェクト報告を踏まえ,若年性認知症に対する現行の施策と課題,平成21(2009)年度の予算事業および介護報酬改定について概説する。

研究と報告

行動制限に関する一覧性台帳を用いた隔離・身体拘束施行量を示す質指標の開発

著者: 野田寿恵 ,   杉山直也 ,   川畑俊貴 ,   平田豊明 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.989 - P.997

抄録

 本研究の目的は,行動制限に関する一覧性台帳から簡便に算出できる隔離・身体拘束の施行量を示す質指標を開発し,その有用性を検討するとともに,その指標を用いて実態を明らかにすることである。調査対象となった27の精神科救急入院料病棟を有する施設から,一覧性台帳と施設特性に関する調査票を回収した。先行研究を精査したうえで開発した指標によると,隔離と身体拘束の「月当たり平均日数」は12.5日,13.2日,「施行割合」は9.0%,4.3%であった。指標の示す数値は施設別に分布の幅があり,当指標と施設特性とには相関が認められた。一覧性台帳から得られる指標をモニタリングに用いることができると考えられた。

統合失調症の認知機能障害に対する認知矯正療法の効果に関する予備的検討

著者: 池澤聰 ,   朴盛弘 ,   三木志保 ,   加藤正人 ,   玉城国哉 ,   岩崎彰 ,   佐藤いづみ ,   片山征爾 ,   梅林麻紀 ,   栗村真由美 ,   速水淑子 ,   小松千昭 ,   仙田雪菜 ,   山田香子 ,   廣江ゆう ,   長田泉美 ,   大宮啓徳 ,   佐々木淳也 ,   加藤明孝 ,   吉澤丸子 ,   松村健司 ,   岡純子 ,   木村一朗 ,   兼子幸一 ,   最上多美子 ,   中込和幸 ,   黒沢洋一

ページ範囲:P.999 - P.1008

抄録

 近年,統合失調症の社会的転帰の改善を目指して,海外では,認知矯正療法が注目されている。

 筆者らは,コンピューターソフトを用いて行う認知矯正療法の1つであるNeuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation(NEAR)を2007年より統合失調症の治療に導入した。

 その結果,言語記憶・作業記憶・語流暢性・遂行機能など比較的広範囲な認知機能において有意な改善を認めた。今後,認知機能の改善を日常生活場面に般化させるために,包括的な心理社会的リハビリテーションプログラムと組み合わせていくことが有用であると考えられた。

短報

著しい心気・抑うつ状態を呈し,quetiapineが著効した器質性気分障害の1例

著者: 三浦至 ,   竹内賢 ,   勝見明彦 ,   藤井英介 ,   森東 ,   沼田吉彦 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.1009 - P.1012

はじめに

 器質性気分障害は,頭部外傷や脳腫瘍,脳血管障害などの脳器質性疾患後に発症し,その薬物療法に際しては器質因に基づく副作用発現などの問題から慎重を要し,結果として気分障害が持続する場合も少なくない。一方,双極性障害におけるうつ状態(双極性うつ病;bipolar depression)に対する薬物療法については,近年になり非定型抗精神病薬の有効性が報告され,気分安定薬や抗うつ薬に加え治療選択肢は広がりつつある。今回我々は,脳炎後に双極性の気分障害を発症し,心気・抑うつ状態に対しquetiapine(QTP)が奏効した1例を経験したので報告し,その有効性について考察する。なお,本症例にQTPを用いることについては患者とその家族に説明のうえ同意を得た。

試論

外国人に対する精神鑑定の諸問題

著者: 高田知二 ,   高岡健 ,   伊藤宗親 ,   金岡繁裕

ページ範囲:P.1013 - P.1024

はじめに

 近年,来日外国人の増加とともに,彼らの一部がかかわる犯罪の総数も増加傾向をたどり,検挙件数,検挙人員ともに無視できない数に上っている。その犯罪も,殺人,強盗といった重大犯罪から,詐欺や文書偽造といった知能犯,覚せい剤や大麻取締法違反,入管法違反といった特別法違反と多岐にわたる。

 『犯罪白書平成19年版3)』によると,平成18(2006)年における来日外国人被疑事件検察庁終局処理人員は20,276人,このうち起訴された者が10,390人,起訴猶予とされた者が8,202人であった。通常第1審被告人通訳事件は7,195人であり,通訳言語の総数は42言語に及んでいる。その内訳は,中国語:2,838人(39.4%),韓国・朝鮮語:919人(12.8%),タガログ語:597人(8.3%),ポルトガル語:533人(7.4%),タイ語:387人(5.4%),スペイン語:374人(5.2%),ベトナム語:258人(3.6%),英語:230人(3.2%),ペルシャ語:205人(2.8%)の順であり,上位3言語は平成10(1998)年以降変わっていない。有罪人員は8,486(通訳付き7,113)人であり,執行猶予率は79.2%であった。事件後の一連の経過の中で,精神鑑定がなされた者も少なからず含まれていると思われるが,その実態は定かでない。

 わが国の憲法32条では,「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と規定しており,当然のことながら,外国人においても裁判を受ける権利を保障している。このことは,世界人権宣言第10条に「すべて人は,自己の権利及び義務並びに自己に対する刑事責任が決定されるに当っては,独立の公平な裁判所による公正な公開の審理を受けることについて完全に平等の権利を有する」とあるように,国際的にも保障された権利である。こと外国人の裁判を受ける権利に関し問題となる言語問題に関しては,わが国も批准している『市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約)』第14条に反してはならない。すなわち,次頁表に示したように,被疑者・被告人が日本語を解さない場合,彼らの理解する言語で速やかにかつ詳細にその罪の性質および理由を告げられることや防御の準備のために十分な時間および便益を与えられることが必要であり,精神鑑定もそういった状況下でなされなければならない。しかしながら,その経験の蓄積はいまだ不十分であり,この問題を取り上げた文献も安ヶ平10)によるものしか見当たらなかった。

 今回,筆者らは通訳を介した精神鑑定を3例,続けて経験した。これらの事例から,外国人に関して精神鑑定を行った場合の諸問題を考えてみたい。その際,自験例の記載に当たっては省略を施し,匿名性については十分な配慮を行うこととする。さらに,過去の裁判例も参考にしつつこの問題の検討を行ってみたい。

動き

「The 9th International Review of Bipolar Disorderr (IRBD)(ポルトガル・リスボン)」印象記

著者: 阿部又一郎

ページ範囲:P.1026 - P.1027

 2009年5月6~8日にポルトガルの首都リスボンにおいて双極性障害の国際カンファレンス(The 9th International Review of Bipolar Disorder;IRBD)が開催された。IRBDは,EU圏において双極性障害の臨床に携わる精神医療従事者を対象として,2000年から開催されており,今年9回目となる。昨年11月には,アジア・パシフィック地域においてIRBD Asia 2008が香港で初めて行われた。IRBDの委員会メンバーには,スイスのチューリッヒ・コホート研究で著名なAngst名誉教授や,Akiskal教授を中心とする臨床研究グループのメンバーが多く含まれていることもあり,bipolar spectrum概念の啓発とそれに基づいた双極性障害の早期診断・適切な治療の普及を目的としているのが特徴である。

 Bipolar spectrum概念の拡大と,それによる過剰診断傾向にはもちろん議論のあるところだが,うつ病患者の増大とそれによる社会的インパクトが先進諸国に共通する問題となり,双極性が疑われるケースに安易に抗うつ薬を投与することのリスクがしばしば指摘されている精神科臨床(および製薬会社)の現在の動向を反映した動きともいえるだろう。リスボンでは,本大会の始まる前日5日からすでにポルトガル国内の精神科医を対象にbipolar symposiumが開催されていた。こちらは,大会長であったリスボン大学精神科Figueira教授の主催のもと1995年より毎年行われているシンポジウムであり,同時開催されたこの5月初旬はまさに双極性障害週間であった。

「第50回日本神経病理学会」印象記

著者: 川勝忍

ページ範囲:P.1028 - P.1029

 第50回日本神経病理学会は,さる6月4日から6日にかけて,香川県高松市において開催された。会長の東京都神経科学総合研究所の小栁清光会長の達見で,神経病理学の裾野を広げるという意味を込めて,神経病理学会の評議員が最も少なく,過去に1度も本学会が開催されたことがないということから,初めて四国の地で開催することになった。近年の剖検率の著しい低下,病理離れに対する危機感が反映されたものと思う。学会としても,学会の中の将来計画委員会の中でも,その点は議論されており,精神科からは,私と筑波大学の水上勝義先生が委員として参加している。精神科医で神経病理学を学ぶものは年々減少しており,まさに危機的状況である。一般演題189題のうち,精神科関連施設からの発表は,一部重複も含めて,東京都精神医学総合研究所が筋萎縮性側索硬化症や嗜銀顆粒球認知症などの5題,国立精神・神経センターがパーキンソン病の脳バンクなどの2題,岡山大学が高度の石灰沈着にアルツハイマー病理とレビー小体病理を伴う認知症,レビー小体型認知症関連の混合型認知症の2題,順天堂東京江東高齢者医療センターがレビー小体型認知症関連の2題,山形大学が前頭側頭葉変性症の意味性認知症の1題,横浜市立大学と,宮崎の大悟病院が,それぞれNasu-Hakola病の1題となっている。従来から,精神科領域からは認知症関連の演題が多いが,これも年々減少しており,大学病院精神科からの演題は,岡山大学,順天堂大学,横浜市立大学,山形大学しかないという状況で,ここ数年の状況をみても他に,筑波大学,信州大学,旭川医科大学が加わる程度でほぼ同様な傾向である。

 精神科医のカバーすべき領域はますます広くなり,それとともに神経病理はごくマニアックな専門領域とみられがちではあるが,決してそのようなことはない。緊張病症候群と脳炎や変性疾患,うつ病や幻覚妄想状態とレビー小体型認知症,躁うつ病と前頭側頭型認知症など,神経病理学的背景を知らないと誤診してしまう疾患は数多い。最近は,研究分野でも統合失調症と感情障害を中心とした精神医学が主流になりつつある感があるが,それだけでよいのだろうか。私の周りの若い(実は若い人だけでもなく)精神科医をみると,いわゆる器質性精神障害が苦手な人が多く,私も,ひっきりなしに相談を受けるし,この領域を診てくれる精神科医がきわめて少なく,実は困っている患者さんも多いのである。ぜひ,本稿を読まれた精神科医は,1度本学会を覘いてみてほしい。「これから神経病理に携わる人のために」という教育セミナーや,標本を見て(今回はネット上で提示)診断を考えるスライドセッションも年々,充実してきているし,症例報告ではポスターとともに標本が展示されていて,その場でみることができ大変勉強になる。所見がわからなければ,周りにいる会員の先生方に聞けば快く教えてくれる。そのような,精神科医の中から病理解剖に協力してくれたり,自分で脳を見てみたいという方が1人でも多く出てくれればと思う。

書評

―松下正明,影山任佐 編―現代精神医学の礎Ⅱ 統合失調症・妄想

著者: 中安信夫

ページ範囲:P.1030 - P.1031

 「彼の臨床観察のおどろくほどの綿密かつ詳細さは,〈中略〉これが精神医学の出発点なのだ,ということをあらためて感じさせられる」とはJ.カプグラらの「慢性系統性妄想における『瓜二つ』の錯覚」を翻訳した大原貢氏の解説にある一節であるが,この文章ほど評者が本書を読み通して得た,目も眩むばかりの感動を直截に表現しているものはない。

 


 さて,本書,松下正明・影山任佐 編『現代精神医学の礎Ⅱ 統合失調症・妄想』は,今後順次刊行される予定の叢書『現代精神医学の礎』全4巻(収載論文は69編に上るとのこと)の第1回配本として出版されたものであるが,その元は雑誌「精神医学」16巻1号[1974(昭和49)年]に始まり1980年代の終わりまで,一時期は毎号のごとく掲載された(今も時折散見される)「古典紹介」シリーズの諸論文の大半を収載したものである。このシリーズを毎号心待ちした読者は多かったと思われるが,かくいう評者もその1人で,ある時思い立ってそのすべてをコピーし,簡易製本にして臨床の折々に参照してきたほどのものである。このたび本書の批評を依頼されて,シリーズ開始の折に何の趣旨説明もなかったゆえに疑問であった本シリーズ企画の経緯を医学書院「精神医学」編集室に問い合わせたところ,当時の担当者から次のような一文が寄せられた。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.1036 - P.1036

 高齢者の認知症は,もうすでに大きな社会問題としてあちこちで取り上げられてきているが,若年性認知症は別の意味で最近大きな社会問題となっているにもかかわらず,この問題は真正面から取り上げられることがあまりなかったように思う。そこで,今月の特集には「若年性認知症をめぐる諸問題」を取り上げてみた。老年期の認知症の問題は,周知のように,患者数も多く,現在わが国ではおよそ120万人と推定されている。これからは老人人口がますます増加し,特に後期老年者が増加するので,認知症患者は増加の一途をたどることは間違いなく,この問題はさらに大きな社会問題となることになる。

 一方,18歳から65歳未満に発症する認知症である若年性認知症については,最近大きな問題として社会的に注目されてきている。わが国での患者数は4万人ほどと推計されているが,実際にはもっと多いと思われる。特に40~50歳代に多い若年性認知症患者は,働き盛りであり,子どもの養育費など出費の多い時期に発症することが多いので,経済的にも,就労の面でも,医療・福祉の面でも,制度上の面でも多くの問題を抱えている。最近では若年性認知症研究会が結成され年2回研究会が開催されているし,各地に若年性認知症の家族会も結成され,活発に活動している。国もやっとこの問題に関心を示し,一応の施策を発表した。そこで,今回の特集では,医療の問題,運転免許の問題,支援制度の問題,就労の問題,家族会の要望,施策など,幅広い立場から若年性認知症の諸問題を明らかにしていただいた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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