認知行動療法がレジリアンスを強化したと考えられた統合失調症の1症例
著者:
森清
,
高橋義人
,
北川信樹
,
山本晋
,
野口真紀子
,
安田素次
ページ範囲:P.1213 - P.1216
はじめに
近年,統合失調症の治療目標として,症状の改善のみならず,寛解・回復・再発予防について活発に論じられるようになっている。再発を繰り返すことで,治療経過や予後に悪影響を及ぼすことはすでに周知であり,再発予防のための維持療法の重要性に異論を挟む余地はないであろう。統合失調症の再発モデルとして,生物学的要因と心理社会的要因との相互作用により再発のリスクが左右されるという考え方である「ストレス脆弱性モデル」が広く提唱されているが13),近年,回復の見地に立ち,統合失調症を理解する視点も必要との立場から,Richardsonは「レジリアンスモデル」を提唱している11)。レジリアンスの定義は研究者によって差異はあるものの,危険因子を排除するだけでは疾病の予防あるいは良好な経過を導くことに限界があり,それと対立する因子を増強させる治療的アプローチも考慮する必要性があるという考え方が基本となっているといえるだろう。統合失調症の再発予防においても,生物学的脆弱性を補い,心理環境面のストレスへ対処するための方策として,レジリアンスを強化するような精神療法的アプローチが期待される。
その精神療法的アプローチの1つとして,近年では,心理教育や生活技能訓練(SST)などの認知行動療法の活用が注目されている1,12)。さらに1990年代英国を中心に,統合失調症の主たる症状である幻覚妄想体験に焦点化した認知行動療法的アプローチが行われるようになり2,9),わが国でも,原田らの貢献によりその効果が立証されつつある4,5,7,8)。今回我々は,断薬により再燃を繰り返し,数回の入院歴のある統合失調症患者の1例に対して,幻覚妄想体験に焦点化したアプローチを組み入れた包括的な認知行動療法を行った。この認知行動療法的アプローチが,異常体験の軽減に寄与し,地域支援センターへの通所に結びついただけではなく,症状増悪の際に自ら適切な対処行動をとることで入院を回避できた。その症例を報告し,レジリアンス概念を踏まえて,再発予防の観点から本症例を考察したい。なお,個人情報保護のため,症例の細部には変更を及ぼした。