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雑誌目次

雑誌文献

精神医学51巻2号

2009年02月発行

雑誌目次

巻頭言

人材育成の場としての大学精神医学教室

著者: 笠井清登

ページ範囲:P.106 - P.107

 東京大学医学部精神医学教室の運営に携わり始め,日々の雑事をこなすだけで精一杯ですので,このような欄に寄稿させていただく資格はまだないと自覚しております。自分自身の行動を律するための覚書きと位置づけて執筆させていただき,読まれた方々のご参考に万が一にでもなれば,ということでお許しいただきたいと思います。

 英国Kings Fundは,同国の精神疾患の社会経済コストを年間約10兆円と試算しており1),Nature誌には“Mental wealth of nations”との提言がなされています2)。精神医学の重要性はこうした社会的要請の高まりから明らかですが,日本の精神医学・医療を取り巻く現状は,診療報酬・医師配置の面でも,研究費配分の面でも,きわめて不十分といわざるを得ません。そのうえ,大学の人員削減,法人化後の経営圧力,新研修制度後の若手医師の地域偏在などの波を受け,どの大学精神医学教室も疲弊していると思います。このような厳しい状況の中で,大学精神医学教室に固有の役割である人材育成という軸がぶれないように進めていきたいと考えています。

研究と報告

物質使用障害患者における自殺念慮と自殺企図の経験

著者: 松本俊彦 ,   小林桜児 ,   上條敦史 ,   勝又陽太郎 ,   木谷雅彦 ,   赤澤正人 ,   竹島正

ページ範囲:P.109 - P.117

抄録

 入院中のアルコール使用障害患者244名,および薬物使用障害患者90名を対象として,自記式質問紙を用いて過去の自殺念慮・自殺企図歴,ならびに現在の自殺念慮を調査した。その結果,アルコール・薬物使用障害患者は自殺念慮(アルコール55.1%,薬物83.3%,p<0.001)および自殺企図(アルコール30.6%,薬物55.7%,p<0.001)の経験者が多く,調査時点で自殺念慮を呈する者も少なくなかった(アルコール9.8%,薬物19.1%,p<0.05)。こうした傾向はアルコール使用障害患者よりも薬物使用障害患者で顕著であったが,物質使用障害患者が女性である場合,36歳未満である場合には,主乱用物質の種類には関係がなく,自殺念慮・自殺企図歴や現在の自殺念慮は高率に認められた。

幻視,被害妄想,脳内石灰化を呈し家族性Fahr病が疑われた若年女性の1例

著者: 白浜正直 ,   穐吉條太郎 ,   田中悦弘 ,   津留壽船 ,   松下裕貴 ,   花田浩昭 ,   児玉健介

ページ範囲:P.119 - P.123

抄録

 幻視,被害妄想,気分の易変性,易怒性,精神遅滞などを呈しFahr病が疑われた若年女性とその3世代の症例について報告する。本人の頭部CT検査により,両側大脳基底核に石灰化を認めた。同様に,親族5名に頭部CT検査を施行したところ,祖母と母に両側大脳基底核の石灰化を認めた。本症例では母を含め3姉妹,本人と弟が精神遅滞であり,本人と弟が視力障害を持っており,遺伝性疾患が疑われた。副甲状腺機能は正常でCaの代謝障害はなく,他の生化学的異常やミトコンドリア病,代謝性疾患その他の身体疾患による体の異常がなく,Fahr病が考えられた。本邦でのFahr病の先行研究としては3世代にわたる報告はなく,現在のところ本報告が初めてである。

短報

Sertralineによるセロトニン症候群を呈した1例

著者: 小早川英夫 ,   大森寛 ,   藤田康孝 ,   坪井きく子 ,   竹林実

ページ範囲:P.125 - P.127

はじめに

 2006年,本邦3番目の選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるsertralineが使用可能となった。SSRIの副作用としてセロトニン症候群への留意は必要であるが,今回,常用量のsertralineによるセロトニン症候群を呈した1例を経験した。また,本症例はセロトニン2A(以下5-HT2A)受容体阻害作用を有するmianserinの併用中に出現しており,セロトニン症候群の病態を考えるうえで貴重な症例と思われるので若干の考察を加え報告する。

資料

中国,日本,韓国,台湾における精神科疾病分類(ICDおよびDSM)に関するアンケート調査

著者: 高橋知久 ,   長峯正典 ,   新福尚隆

ページ範囲:P.129 - P.135

はじめに

 精神科医療において現在使用されている精神科疾病分類は,ICD-10(1992年)10)およびDSM-Ⅳ-TR(2000年)2)の2種類あるが,現在これら両者は改訂の時期を迎えている。両者はそれぞれWorld Health Organization(WHO;世界保健機構)およびAmerican Psychiatric Association(APA;米国精神医学会)により,それぞれ独自に発展してきた。ICDは当初,国際的に通用する死因統計を記録するシステムとして出発し,およそ10年ごとの改訂会議を経て現在に至っている。1992年に改訂されたICD-10からは臨床や研究を目的とした診断分類としての役割にも重点が置かれるようになったが,諸障害に関する最新の情報を網羅した理論的なものというよりは,諸学派・諸地域において国際的に受け入れられることを重視する特徴を持っている。一方,DSMは1952年にAPAによって初版が作成され,当初より臨床のための分類であることが明確にされている。主に臨床研究のデータを基に検討されており,1980年に改訂されたDSM-Ⅲでは多軸評価システムが導入され,病因論からは中立的立場である操作的診断基準が全面的に採用されている1)。DSM-Ⅲ以降はICDとの互換性が考慮されてはいるが,臨床現場においてはこれら2種類の疾病分類が存在していることに対する戸惑いは依然として存在しているといえよう。

 APAはDSM-Ⅴに向けて,2002年にA Research Agenda for DSM-Ⅴをすでに出版しており6),2007年6月にDSM-Ⅴ task forceが立ち上げられている。WHOでもICD精神障害アドバイサリーグループが2007年1月に設立されており,次なる改訂版としてICD-11の作成が現在検討されている。その一環として,2008年2月に東京において「精神科診断と分類の最前線―ICD-11に向けて―」と題した国際シンポジウムが開催された(会長:東京医科大学・飯森眞喜雄教授,都立松沢病院:岡崎祐士院長,元世界精神医学会会長:Norman Sartorius氏の3名)。シンポジストとしてShekhar Saxena(WHO),Wiliam E. Narrow(APA),その他,Graham Mellsop(New Zealand),Wolfgang Gaebel(Germany),David Goldberg(UK)ら各国から十数名のエキスパートが招聘され日本の専門家を交えて活発な議論がなされた。そこでは各国での診断分類の使用経験や疾患の新しい概念,診断基準に与える文化の役割などについて話し合われた。それらの議題の1つとして,「実際の利用者である精神科医が疾病分類に何を求め,何を期待しているか?」という重要なテーマに関するアンケート調査結果がNew ZealandのMellsopによって報告された7)。このような調査がこれまで欠如していたことから,彼はアンケート調査をデザインし,日本も共同調査の依頼を受けて,すでに調査を終えている。両国の結果の詳細については過去に本誌において報告しているので,それを参照していただきたい8)。注目すべきは,日本とNew ZealandではDSMとICDの使用のされ方が大きく異なっていたことである。すなわち,日本においてはDSMとICDが大差なく使用されていたのに対し,New Zealandにおいては,DSMが普及している一方でICDはほとんど使用されていなかった。他にも疾病分類に対する両国の考え方の差異がいくつか指摘されているが,今後の疾病分類改訂作業にあたり,より多くの国のデータを集積すべきであることが提言されている。

 今回我々はこの調査を発展すべく,アジア諸国での相違点や類似点を検討するため,中国,韓国,台湾に調査協力を依頼し,同じアンケート調査を実施した。日本を含めたアジア4か国において行われた精神科疾病分類に関するアンケート調査の結果を比較検討し,報告する。

奈良時代の精神医学(精神医学の萌芽)

著者: 鈴木英鷹

ページ範囲:P.137 - P.145

はじめに

 奈良時代の医学に関しては,富士川游博士の『日本醫學史』をはじめ,諸家の論攷また少なしとしないが,その多くは全医学史の一部としてこれに触れられたのに過ぎず,奈良時代の医学を主題とした述作は僅少である。その1つに昭和20(1945)年に著された服部敏良博士の「奈良時代医学史の研究」が挙げられる。

 服部博士はその序文の中で「醫學と時代の文化及び思潮との關聯につき考察を試みたものがないのを遺憾とし,自らはからず本篇の攷究執筆を進め,斯學界に幾ばくかの寄與をなさんことを志した」と述べている16)が,「醫學と時代の文化及び思潮との關聯につき考察を試みたものがない」ことは,必ずしも諸家の責任ではないと筆者は考えるのである。その理由として文献記述の不十分さが挙げられる。確かに奈良時代には『万葉集』『風土記』をはじめとして多くの文献があるが,医事にする記述は少ないか,言及されていても不十分である。本論文で多く引用した『続日本紀』を例にとれば,大宝2(702)年2月の記述に「越後国疫す。医・薬を遣して療さしむ」とあるが,どのような症状の病気が蔓延し,どのような薬で治療をしたのかについて全く述べられていない。

 さらなる理由として,奈良時代には個人が残した日記や記録がないことである。次の平安時代には『小右記』『御堂関白記』など多くの日記や記録から医学関係記事を抄出し,それを『日本紀略』などの文献と突き合わせて検討することも可能であるが,奈良時代ではそれも叶わないので,奈良時代の医学史研究では碩学の業績の追従に終わる危険性もある。

 『続日本紀』は『日本書紀』の後を受け8世紀末に成立した勅撰史書で,文武天皇元(697)年から延暦10(788)年まで9代の天皇の治世を収録する。『続日本紀』は素材史料も律令公文を中心とするため内容の信頼性が高く,『日本書紀』を継ぐ国史として8世紀の根本史料であり,豊富な宣命・大仏開眼の盛儀・奈良時代の継起した政変などみるべき内容が多い6)。このようなことから,これまでに『続日本紀』を文献に用いて奈良時代医学史研究がなされ,いくつかの優れた業績が発表されたが,奈良時代の精神医学や精神医療に言及した研究は筆者の知る限りほとんどない。今回『続日本紀』や『律令』などから精神医学や精神医療に関する記事を抄出することにより,奈良時代の人々が精神障害の原因や治療をどのようにとらえ,精神障害者はどのように扱われていたかを紹介する。そして精神障害者の処遇については,奈良時代よりも現代のほうが優れているといえるのか,古の時代に学ぶべきことはないかを精神医療福祉を志すものとして検討したい。

 なお,続日本紀については新日本古典文学体系の『続日本紀』全5巻(岩波書店刊),律令については日本思想体系の『律令』(岩波書店刊)から引用した。また薬物の読み方は『正倉院薬物』1)の記載に従った。

私のカルテから

我々精神科医は社会不安障害を見落としていないか

著者: 義村勝

ページ範囲:P.147 - P.149

はじめに

 社会不安障害は,米国では無視された不安障害6)とも呼ばれるほど症状はあっても受診することの少ない疾患の1つであり,本邦においてもその状況はさほど変わらないと思われる。その理由は,本人自身が精神保健上の問題というより非常に内気だと理解している4),また恥ずかしさや恐れから症状を口にしない8)などといわれる。

 筆者のクリニックに初診した患者の中に過去に精神科を受診したが社会不安障害の診断が十分になされず,従って患者の抱える症状の深刻さに応じた治療がなされていないと感ずる症例がいくつかみられた。患者の側が受診しないだけでなく,我々精神科医も十分な診断ができていない側面があるのではないかと考えた。以下,症例を呈示して考察する。なお症例については,個人が特定されないよう改変を加えた。

シンポジウム 統合失調症の脳科学

オーバービュー:統合失調症研究の現在

著者: 岡崎祐士

ページ範囲:P.151 - P.158

 統合失調症の脳科学的研究課題を,今日の統合失調症の理解と治療にかかわる幾つかのトピックスに触れながら述べることにする。

統合失調症関連形質のマウスおよびヒトでの遺伝解析

著者: 吉川武男

ページ範囲:P.161 - P.169

はじめに

 統合失調症は,症候論として現在1つにまとめられているが,その生物学的基盤を明らかにしようとした場合,今のままの概念規程で成功するかどうか不明である。逆に,生物学的研究から症候論を整理しようとしても,これまでの研究の成果蓄積速度からすると,道はたいへん険しく感じられる。20世紀の間には解決できなかったコモン疾患の責任ゲノム部位が,今世紀になって徐々に明らかになってきている(しかし機能的因果関係は多くの場合なお不明)19)。それに比べて,統合失調症(あるいは精神疾患全般)に関しては依然五里霧中の状態である。統合失調症の成因・病態解明研究の困難さの理由として,①他のコモン疾患と同様多因子であるが,「多因子」の程度が違う,②診断が客観的パラメーターでなく,主観的陳述に大きく依拠している,などが考えられる。しかし,遺伝子が形質に関する大量の情報を担っていることは精神疾患の場合もあてはまるであろう。②の点にアプローチすべく,近年エンドフェノタイプまたは中間表現型という概念が歴史の中から掘り起こされ6),多少の流行になっている。これは,臨床症状と原因遺伝子の「中間」に客観的に測定可能な表現型を想定し,そのような表現型を研究対象とすることで異種性の程度を減らし,責任遺伝子との関連を検出しやすくしようとする試みである(図1)。統合失調症に関しても,心理学的所見,生理学的所見,脳画像所見などが候補に上がっているが7),中間表現型の概念に完璧に合致するものはない。さらには,各中間表現型の候補がどの程度DSM-IVの統合失調症と重なりがあるのかという根本的問題もはらんでいる。

 とはいうものの,統合失調症の生物学的成因解明にはあらゆる方面からの努力が必要であるという観点から,我々は中間表現型の1つを取り上げ,その遺伝的基盤を探った。検討した中間表現型は,実験動物であるマウスでも測定可能であるものが解析に有利であると考え,プレパルス抑制を選択した。

統合失調症の治療―分子イメージングで探る合理的薬物療法

著者: 須原哲也 ,   荒川亮介

ページ範囲:P.171 - P.176

はじめに

 これまでの薬理学的研究では,in vitroでの受容体やトランスポーターへの親和性,モデル動物を用いた動物実験による行動学的観察などから,投与量が推定されていた。また,投与方法に関しても,薬物血中動態を指標に行われてきた。しかし,前者に関しては種差や生体条件との差異の影響が考えられ,さらには,モデル動物が実際の疾患を反映しているかという問題があった。さらに,血中薬物濃度は必ずしも標的臓器での薬物動態を反映していない可能性が指摘されている。

 PET(positron emission tomography)では,薬物の標的部位である受容体やトランスポーターに特異結合する物質をポジトロン核種で標識した,放射性リガンドを投与し,実際の生体内での受容体やトランスポーターの分布を測定することが可能となる。この手法を用いて,抗精神病薬や抗うつ薬などの,精神疾患で用いられるさまざまな薬物の脳内での薬物動態が検討されている。

統合失調症の神経画像研究

著者: 笠井清登 ,   滝沢龍

ページ範囲:P.177 - P.184

神経画像を用いた統合失調症の病態研究

 統合失調症は,複雑な遺伝・環境要因による神経発達障害を素因として,思春期以降に前駆状態〔精神病様症状体験(psychotic like experiences;PLEs),知覚過敏,思考力低下,社会的ひきこもりなど〕の時期を経た後,幻聴・妄想などの陽性症状を呈して顕在発症する臨床症候群である。初発精神病エピソードを抗精神病薬によって治療し,陽性症状が治まった後には,認知機能低下に基づく社会機能障害が前景に立つ慢性期に移行することが多く,一部の患者では再発が繰り返され,難治化することもある。

 我々は,事象関連電位(event-related potentials;ERPs)を用いて,統合失調症の幻聴・思考障害などの中核症候の基盤として重要な上側頭回の機能障害の検討を行い,上側頭回における聴覚性感覚記憶機構を反映するミスマッチ陰性電位(mismatch negativity;MMN)が統合失調症において減衰することを確認した9,10)。次に,統合失調症の早期診断・治療を実現するには,初発時期の脳病態の理解が重要であると考え,MRIやERPs計測を中心とした神経画像・神経生理手法を用いた臨床研究を行ってきた。すなわち,統合失調症患者を初発時点から18か月フォローする前方視的研究によって,上側頭回灰白質の構造・機能に発症後にも進行性異常を認めるかを検討した。具体的には,1.5T-MRIを用いて,上側頭回のうち,へシェル回(Heschl's gyrus;ほぼ一次聴覚野に相当)と側頭平面〔planum temporale;聴覚連合野や異感覚間連合野(ウェルニケ領域)の一部を含む〕の灰白質体積を初発時点と18か月後に計測した。また,上側頭回の機能プローブとしてはMMNを計測した。初発感情障害患者群および健常群を対照とした。聴覚性MMNは,被験者が音刺激を無視している条件で,逸脱刺激に対するERPから標準刺激に対するERPを引いた差分波形から同定され,聴覚皮質における感覚記憶過程を反映するとされる。統合失調症患者を対象としてMMNを計測した研究はこれまでにも数多く報告され,多くの研究で振幅減衰が再現されている。MMNは,その発生機構に興奮性アミノ酸神経伝達の関与が明らかにされていることから,統合失調症のグルタミン酸系異常仮説に合致する所見として注目されている。

統合失調症の遺伝子研究による病態解明―稀な症例を出発点とするこころみ

著者: 糸川昌成 ,   数藤由美子 ,   新井誠 ,   本多真

ページ範囲:P.185 - P.193

はじめに

 双生児研究から算出された統合失調症の遺伝率は0.81(95%CI=0.73~0.90)であり26),高血圧の0.29,II型糖尿病の0.26と比較しても遺伝要因の占める割合が大きい疾患である。そのため,原因遺伝子を発見することが病態解明・治療法開発のうえできわめて重要であると考えられ,1990年代以降,遺伝子研究が精力的に行われてきた。これまでに興味深い成果が得られつつあるものの,当初期待したほど明快な証拠が提示されたとは言い難い。

 統合失調症の遺伝子研究では,主に連鎖研究と関連研究が行われた。連鎖研究は罹患同胞対や家系などを用い,染色体上で位置的(ポジショナル)に疾患と関連する領域を絞り込む手法である。1990年代には神経内科疾患の連鎖研究がめざましい成果を上げ,次々と神経変性疾患の遺伝子が同定された。一方,統合失調症では予想外に多くの染色体座位が連鎖を示し,Lewisら17)が発表した20編の連鎖研究をまとめたメタ解析では11もの染色体領域が抽出されている。神経疾患では,①染色体上の狭い領域に連鎖のピークが得られ,②その領域から病原遺伝子が同定され,③当該遺伝子から罹患者にのみ変異が発見されるという段階で研究が進展した。統合失調症研究でも同様の進展が期待されたが,早くも連鎖研究の段階で困難と直面した形となった。ひとつには統合失調症が病理所見や生物学的指標に基づいて決められた単一の疾患ではない点にある。たとえば,11の連鎖座位にそれぞれ関連遺伝子が存在し,異なった病態を形成しながらも,幻覚や妄想といった表現型だけから同一の診断カテゴリーに分類されている可能性も考えられる。また,診断の基準も混乱要因の一部となった。家系内でどこまでを発症者として解析するか,たとえば統合失調気分障害や統合失調症型人格障害まで含めると,連鎖の強さ(ロッド値)が上昇することも報告されている23)

 それでも連鎖が報告された染色体6p21-p25からdystrophin(DTNBP1)25),8p11-p22からneuregulin1(NRG1)24),13q34からD-amino acid oxidase activator(G72/G30)3)が関連遺伝子として同定された。これらは有望な候補遺伝子として注目されながら,疾患と関連する一部の多型が報告者間で一致せず,関連するhaplotypeが報告によって異なった多型で構成される,関連するアレルが一致しないといった矛盾点を含んでいた。

 こうした統合失調症の遺伝子研究の混迷において,10年かけて関連が確定された遺伝子多型の自験例と,稀な症例を出発点とする研究に期待される成果について本稿で論じる。

動き

「第30回日本生物学的精神医学会(第2回アジア・太平洋生物学的精神医学会と共同開催)」印象記

著者: 村井俊哉

ページ範囲:P.194 - P.195

 2008年9月11~13日,富山国際会議場,ANAクラウンプラザホテル,富山県民会館で,第30回日本生物学的精神医学会が,アジア・太平洋生物学的精神医学会(2nd WFSBP Asia-Pacific Congress)との共催として行われた。アジア・太平洋生物学的精神医学会は,2004年ソウルでの第1回に続く第2回にあたる。大会組織は,佐藤光源先生(chair of the organizing committee),倉知正佳先生(co-chair of the organizing committee,第30回日本生物学的精神医学会会長),Prof. Min-Soo Lee(chair of the international scientific committee),尾崎紀夫先生(co-chair of the international scientific committee),Prof. Siegfried Kasper(president of the World Federation of Societies of Biological Psychiatry)らによって構成されていた。

 プログラムは,プレナリー・レクチャー3題(Siegfried Kasper,Hans-Jürgen Möller,Raquel Gur),特別講演3題[Julio Licinio(同時開催された日本神経化学会と共催),Christos Pantelis,Wolfgang Gaebel],教育講演5題,4つの教育的ワークショップ,28のシンポジウム(日本神経精神薬理学会,日本臨床神経生理学会との合同シンポジウムそれぞれ1つを含む),4つのYoung Scientist Session,160題のポスター発表,19題の一般口演,さらに企業協賛のランチョンセミナーが10題,日本神経化学会との合同シンポジウムが1つと,充実した内容だった。

「第13回環太平洋精神科医会議」印象記

著者: 吉田尚史 ,   加藤隆弘 ,   上原久美 ,   杉浦寛奈 ,   橋本直樹 ,   藤澤大介 ,   館農勝

ページ範囲:P.196 - P.197

 第13回環太平洋精神科医会議(13th Pacific Rim College of Psychiatrists Scientific Meeting,以下PRCP)は,「変貌する環太平洋精神医学:多文化・多職種協働の精神医学(Recent Changes in Pacific Rim Psychiatry:Evolution of Multicultural/Multidisciplinary Mental Health)」をメインテーマに掲げ,2008年10月30日~11月2日の4日間,東京都千代田区の都市センターで開催された。PRCPは,1982年に太平洋地域の各国を代表する卓越した精神科医による少人数の会議として台北で発足した。以後,環太平洋地域の精神科医を中心とした精神保健の専門家が集まる国際学術会議として発展し,ほぼ2年ごとに開催されてきた。日本では1995年福岡大会(西園昌久大会長)以来,3度目の開催となる。日本学術会議,社団法人日本精神神経学会,日本社会精神医学会,多文化間精神医学会との共催であった本会議は,Allan Tasman PRCP会長,野田文隆大会長のもとで開催された。さらに井上新平プログラム委員長と,秋山剛事務局長のご尽力で,会議は3つの基調講演,1つの特別講演,8つの教育講演,5つの特別シンポジウム,各種シンポジウム,口頭発表,ポスター発表,さらに臨床から基礎研究,精神保健施策,多職種の協働に及ぶ多彩なプログラムから構成されていた。参加者も過去最多の600名を超える充実ぶりである。筆者らは,本会議に参加した印象を,若手精神科医という立場から,本会議のメインテーマの1つである「多文化」という視点と併せて述べてみたい。

 まず本会議に先駆けた公認企画として,10月29,30日の2日間,「若手精神科医の学術的向上へのフェローシッププログラム」(Pre PRCP The Fellowship Program for Academic Development of Psychiatrists)が,NPO法人日本若手精神科医の会(Japan Young Psychiatrists Organization,以下JYPO)の運営により開催され,17か国から42名の若手精神科医が集まった。病院見学,各国の精神医療の紹介,Allan Tasman教授を囲んだ“Meet the expert”,学会発表の仕方,文献整理の演習など,プログラムの内容も多岐にわたっている。また10月30日午後の「隔離拘束に関する国際比較」では,事前アンケート,症例検討を通し,各国の若手精神科医との間で活発な議論が交わされた。

書評

―アミー・クライン,フレッド・R・ヴォルクマー,サラ・S・スパロー 編,山崎晃資 監訳,小川真弓,徳永優子,吉田美樹 訳―総説 アスペルガー症候群

著者: 松本英夫

ページ範囲:P.199 - P.199

 本書はイエール大学医学部チャイルド・スタディ・センターのスタッフが編集して,アスペルガー症候群に関する最新の知見をまとめたものである。「はじめに」はアスペルガー症候群のまさに生みの親であるハンス アスペルガーの孫のマリア アスペルガー フェルダーが執筆しており,祖父の回想とともにその臨床と研究に対する真摯な思想を紹介している。本書は次の5部から構成されている。

 第Ⅰ部はアスペルガー症候群の行動面に焦点が当てられ,第1章:アスペルガー症候群の診断をめぐる問題,2章:アスペルガー症候群の神経心理学的機能と外的妥当性,3章:アスペルガー症候群の運動機能,4章:アスペルガー症候群と高機能自閉症における社会言語使用,から成り,主に診断上の議論が概観されている。第Ⅱ部はアスペルガー症候群に関する遺伝学的・神経心理学的研究を中心に据えており,5章:アスペルガー症候群は家系内に集積するか?,6章:自閉性障害とアスペルガー症候群の神経機能モデル,7章:高機能広汎性発達障害の精神薬理学的治療,から構成され,最近話題になることが多い広義自閉症表現型(broader autism phenotype)や特に進歩が著しい脳(機能)画像による知見などが紹介されている。第Ⅲ部は関連する診断概念に焦点が当てられ,8章:非言語性学習障害とアスペルガー症候群,9章:アスペルガー症候群の特異性とは何か?,10章:児童期のシゾイド・パーソナリティ障害とアスペルガー症候群,から構成され,非言語性学習障害その他の関連障害との概念の異同を扱っている。特にウォルフによる子どものシゾイド・パーソナリティ障害の記述は読み応えのある内容となっている。第Ⅳ部では,アスペルガー症候群を有する青年と成人に対象を絞って論じており,11章:アスペルガー症候群の子どもおよび青年の評価をめぐる問題,12章:アスペルガー症候群の人々に対する治療・介入の指針,13章:青年期および成人期のアスペルガー症候群の人々,から成っている。13章はタンタムによるもので,彼の豊富な臨床経験と研究データからこの障害を持つ青年と成人に関する貴重な見解が紹介されている。第Ⅴ部はアスペルガー症候群の研究と臨床的実践に関する思慮に富むいくつかの観点が紹介されており,14章:アスペルガー症候群の分類をめぐる考え方,15章:アスペルガー症候群に関する研究の過去と未来,16章:親による手記,から成っている。15章はウィング自身による執筆であり,本書を通読したうえでその内容を要約し,アスペルガー症候群の今後の方向性について自説を展開している。

―綾屋紗月,熊谷晋一郎 著―発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい

著者: 内山登紀夫

ページ範囲:P.200 - P.200

これは単なる私的記録ではない。普遍的な価値をもつ「研究書」だ。

 著者の綾屋氏は,2006年にアスペルガー症候群の診断を受けた二児の母,熊谷氏は脳性まひの当事者で小児科医である。

 感覚情報処理の問題は従来,自閉症スペクトラムに比較的特異的な特性であるとされながらその診断学的位置づけが明確にされず,本格的な研究も少なかった。その理由としては,感覚情報処理の偏りが客観的に観察できる事象(たとえば,耳ふさぎ)にとどまらず,主観的に語られる場合が多く「客観的なデータ」が得られにくいこと,感覚の偏りの在り方が非常にまちまちで年齢や個人によるバリエーションが大きいことなどがあげられよう。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.204 - P.204

 医学部5年生の臨床実習を担当しているが,実習の初日に学生に対して学部の専門教育以外でメンタルヘルスに関する教育を受けたことがあるかどうかを訊ねることにしている。家族,友人,ときに本人が精神的問題を抱えたために個人的に勉強したというものは結構いる。しかし,小中高で体系だったメンタルヘルスの教育を受けたものは皆無で,せいぜい精神科関連施設でのボランティア体験をしたことがあるというものが稀にいる程度である。こうした問題を実習初日に彼らと話し合い,実習終了時に精神科実習の感想を自由に書かせているが,多くの学生は患者との触れ合い体験を通じて,これまで抱いてきた精神障害者に対する偏見に短期間で気づくようである。

 医学部以外の学生が精神障害をどう見ているのかを知りたいという思いもあり,入学直後に行われる全学教育で少人数による基礎ゼミを担当した。「こころの病とアンチスティグマ」と題してゼミを開講した。開講時に「精神障害者に対するイメージ」を無記名で書いてもらったが,大半が現実とはかけ離れたネガティブなものばかりで唖然とした。その後,講義,実習,ワークショップを組み合わせた授業を15回ほど行い最終日に再び同じ質問をしたところ,イメージがポジティブなものに大きく変化した。教育効果は絶大である。ある学生から,こうしたゼミを全員が受講できるようにできないものかとまで激励された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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