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雑誌目次

論文

精神医学51巻4号

2009年04月発行

雑誌目次

巻頭言

発達精神医学の時代―成人自閉症スペクトラムの専門外来から見えてくるもの

著者: 加藤進昌

ページ範囲:P.312 - P.313

 筆者はもはや歴史になってしまった安田講堂事件の際に東京大学医学部の学生であった。あの1年半に及ぶ紛争は何だったのかについてはさまざまな意見があり,自分たちにとってはまだまだ歴史になってはいないので,三人称で語るのには今も躊躇を覚える。またそれは本論の目的ではない。クラス全員が1年留年するという辛酸(自業自得?)を味わったあと,ようやく卒業することになって,さてどこに行こうかと迷った時に念頭にあったのは精神科と小児科であった。当時東京大学は紛争終結後で落ち着きを取り戻しつつあったが,その中にあって依然として紛争の渦中にあったのが,まさにその2診療科であった。最後に近くなるまでその間で悩んでいたのには,実はもう1人いて,それが今は福島医科大学の幹部にまでなっている丹羽真一教授であった。結局どちらが先に進路を確定したのか判然としないが,とにかく2人とも精神科を選ぶことになった。外から見ている限りは精神科のほうが混迷の度合いは強かった――結果的には逆であったと今はいえるが――ので,言ってみれば「赤信号皆で渡れば怖くない」というのが,心境からはもっとも事実に近いかもしれない。なにしろ現在は国立精神・神経センター総長である樋口輝彦先生も一緒だったわけだから。

 1972年,精神科での研修を始めてたちまち,東京大学病院精神科小児部(現・こころの発達診療部)に通っていた自閉症(いわゆるKanner型)の子どもたちに魅了されてしまった。ノーブルな顔立ちに似ず1日中奇妙にハイトーンな声をあげて走り回る子どもたち。世話をする大人たちを電信柱のように扱って視線は全く交わらない。自閉症キャンプに参加するかたわらKannerの原著を読みふけり,精神分析による「母原病」論からの脱却を証明しつつあったRutterの論証に夢中になった。ちなみにアスペルガーの名前にめぐり合ったのもその頃だったが,なぜかその意味合いは今日のそれとは異なり,ついにわが国はアスペルガー症候群を再発見できなかった。当時の学会はほとんど中国の文化大革命と連動したような状況にあり,科学的な議論の雰囲気は皆無であったことに関係するのかもしれない。まず子どもの神経学に詳しくならなければと思って東京女子医科大学の福山幸夫教授の門をたたき,小児てんかん例を多数経験もしたが,徐々に動物モデル研究に軸足が移り,研究三昧の生活を約10年続けたのも,こういった風潮が嫌になったからといえようか。

研究と報告

統合失調症における加齢と自律神経活動

著者: 藤林真美 ,   岸田郁子 ,   木村哲也 ,   山田陽介 ,   田中斉太郎 ,   石井千恵 ,   石井紀夫 ,   森谷敏夫

ページ範囲:P.315 - P.323

抄録

 統合失調症は,陽性・陰性・認知症状を主とした難治性疾患である。本疾患には自律神経系の機能異常を疑わせる症状も多いが,自律神経活動との関連についてはいまだ明らかにされていない。本研究では,統合失調症の自律神経活動動態を加齢および抗精神病薬との関係からとらえ,その変化を検討することを目的とした。統合失調症患者47名(21~77歳),と健常者51名(33~70歳)の安静時心電図を測定し,得られたデータから心拍変動パワースペクトル解析を用いて自律神経活動を定量した。その結果,統合失調症群では,どの年代層においても有意な低下を示し,さらに,抗精神病薬投与量と自律神経活動の間に負の相関を認めた。以上より,統合失調症の自律神経活動の低下は抗精神病薬の影響が大きいことが示唆され,今後,合併症予防などのツールとして有効であることが併せて示唆された。

水中毒と気象との関係について

著者: 菊池章

ページ範囲:P.325 - P.333

抄録

 約4年間に一精神科病院で3,776回の血清Na検査が行われた。糖尿病などの症例を除いた3,437の検体について,前々日,前日,当日の天気,最高気温,最低気温,気圧,湿度,露点温度を調べた。軽度から重度の低Na群では,3日間の最低気温が対照群に比べて有意に高かった(p<0.05)。重度低Na群は,その他に,対照群と比べて当日の湿度が有意に高く(p<0.01),気圧が有意に低かった(p<0.01)。中等度から重度の低Na群の血清Na値と当日の湿度との間に負の相関関係が認められた(r=-0.287,p=0.028)。また,重度低Na群の中の水中毒群4例は,無症状群4例に比べて気象の影響が強く認められた。天気の悪さ,湿度の高さなどの気象状況が水中毒の発症に関与していると考えられた。

短報

アルツハイマー型認知症に自律神経症状を伴う複雑部分発作を合併した1例

著者: 伊藤ますみ ,   越前谷則子 ,   根本大輔 ,   占部和之

ページ範囲:P.335 - P.338

はじめに

 アルツハイマー型認知症(AD)にてんかん発作が合併することはまれではない。全身けいれんまたはミオクローヌスが多い5,7)が,部分発作を呈することもある1)。しかし,認知症患者では明らかな運動症状以外は発作の確認が難しく,症候学的特徴は十分検討されていない。また,非てんかん性意識消失発作との鑑別も重要である。今回我々は,ADに意識消失ならびに自律神経症状を伴うてんかん発作を合併した症例を詳細に観察する機会を得たため報告する。

資料

日本人健常者におけるCatechol-O-methyltransferase(COMT)遺伝子Val158Met多型とNEO-FFIとの関連研究

著者: 青木淳 ,   岩橋和彦 ,   石郷岡純

ページ範囲:P.339 - P.344

はじめに

 Catechol-O-methyltransferase(COMT)はcatechol系化合物を不活性化する酵素でありcatecholamineの代謝,特にドパミン系の代謝経路においてきわめて重要な役割を果たしている19)。COMTによって代謝されるドパミンは脳内に存在する神経伝達物質であり,幻覚や興奮といった精神症状の発症,および報酬効果を求める自己投与の強化といった依存の形成の発現へ深く関与する因子の1つである22)。また,前頭前皮質(prefrontal cortex;PFC)機能とドパミンの関係として逆U字モデルが提唱されており,ドパミン量が中程度(正常範囲)のときPFC機能は最適であり,ドパミン量が高過ぎても低過ぎてもPFC機能は低下するといわれている5,10,21)。COMT酵素活性に変化を及ぼすVal158Met多型(rs4680)は統合失調症や躁うつ病,薬物依存との関連についてこれまで多くの報告がされており14,22,24),この多型がパーソナリティに関連する可能性が考えられる。

 COMTをコードしている遺伝子は22q11.2に存在し,2つのプロモーター領域から2種類の長さの異なるmRNAが生成される27)。脳において,膜(membrane-bound)COMTは溶解性(soluble)COMTに比べて有意に多く発現しており27),catecholamineへの親和性が約10倍高い19)。このことから,膜(membrane-bound)COMTは中枢神経系において重要な役割を果たしていると考えられている23)。膜(membrane-bound)COMT遺伝子座位の158番目と溶解性(soluble)COMT遺伝子座位の108番目は同じ部位であり,この部分の塩基がG(グアニン)からA(アデニン)へ置換し,アミノ酸がVal(バリン)からMet(メチオニン)へ置換される変異が存在する。このアミノ酸置換の結果,COMTの酵素活性に変化が生じ,Val型(高活性型)はMet型(低活性型)の3~4倍の活性を有していることが知られている18,19)

 遺伝子とパーソナリティとの関連を検討するため使用される検査の1つに自己記入式人格検査のNeuroticism Extraversion Openness-Five Factor Inventory(NEO-FFI)がある。NEO-FFIは60項目の質問により人格特性の5つの主要な次元を測るための尺度でありRevised NEO Personality Inventory(NEO-PI-R)の短縮版である。5つの次元とは神経症傾向(Neuroticism;N),外向性(Extraversion;E),開放性(Openness;O),調和性(Agreeableness;A),誠実性(Conscientiousness;C)である25)

 これまでにCOMT Val158Met多型とパーソナリティとの関連研究が報告されているが,一貫した結果は得られていない。Steinらは健常者に対してNEO-PI-Rを実施し,性別ごとに解析したところ,女性においてMet/Met型はE(外向性)が低く,N(神経症傾向)が高かったと報告している26)。EleyらもまたN(神経症傾向)において弱いが関連性を認めている7)。日本人健常者を対象に行った研究も報告されており,UrataらはCOMT Val158Met多型のみでは関連性はなかったが,COMT遺伝子多型,monoamine oxidase A(MAO-A)遺伝子多型およびdopamine receptor D3(DRD3)遺伝子多型を組合せた場合にA(調和性)と弱い関連が認められたと述べている29)。さらに,TochigiらはCOMT遺伝子多型,MAO-A遺伝子多型およびtyrosine hydroxylase(TH)遺伝子多型の組み合わせにより生じるcatecholamineの合成・分解能の差で群分けした場合に,E(外向性)との関連性を報告している28)。さらに,分散分析の結果,TH遺伝子多型の主効果がE(外向性),COMT Val158Met多型の主効果がA(調和性)で認められるとした28)。NEO-PI-R,NEO-FFI以外の自己記入式人格検査にTemperament and Character Inventory(TCI)4,17)があり,このTCIとCOMT Val158Met多型との関連研究も最近報告されている。日本人健常者においてHashimotoらはMet/Met型は損害回避(Harm avoidance;HA)が高かったと述べているが12),一方で,Ishiiらは関連性は認められなかったと報告している13)

 本研究では,catecholamineの代謝に関与するCOMTの遺伝子多型であるCOMT Val158Met多型(rs4680)とNEO-FFIにより測定されたパーソナリティとの関連性について検討を行った。

シンポジウム うつ病と自殺に医師はどう対応するのか―医師臨床研修並びに生涯研修における精神科の役割

うつ病・自殺対策への取り組み

著者: 関健

ページ範囲:P.347 - P.354

はじめに

 わが国においては,1998年に年間の自殺者数が3万人を超えてから2007年まで10年連続して3万人以上が続いており,座視できない状況にある。厚生労働省(以下,厚労省)および国はうつ病・自殺対策として表1のような施策を行ってきた。

 「自殺対策基本法」の成立を受けて厚労省は,2007年度11.61億円を,2008年度15.52億円を自殺対策の推進費用として予算化し,「うつ病の早期発見・治療の推進のため,うつ病などについての普及啓発活動を実施するとともに,相談・治療体制の整備を推進するため,かかりつけ医や心理職などを対象とした専門的な研修を実施する。また,うつ病の病態解明や診断・治療法,うつ病患者の社会復帰のためのプログラムなどに関する研究開発を推進する」などの施策を講じている。こうした施策の背景には,自殺企図者の75%に精神障害があり,その約半数がうつ病などで,うつ病患者は急増しているが,4人に3人は医療機関で治療を受けていないといった現状認識がある(図1)。これに呼応して,日本医師会(以下,日医)も一般科医師のうつ病に対する診療能力向上のための研修会を2007年度より都道府県医師会単位で開催するようになり,所要の講習会修了者には,2008年4月の診療報酬改定で,うつ病診療へのインセンティブが与えられることとなった。

 本シンポジウムは,精神科七者懇談会(日本精神神経学会,精神医学講座担当者会議,日本精神科病院協会,日本総合病院精神医学会,独立法人国立精神医療施設長協議会,全国自治体病院協議会,日本精神神経科診療所協会,以下,七者懇)として取り組むべきうつ病・自殺対策につき,①医師臨床研修における研修医のうつ病診療能力向上,②安全衛生法のメンタルヘルス対策における産業医のうつ病診療能力向上,③生涯研修としての一般科医のうつ病診療能力向上,などについてそれぞれの立場から論じることとしたい。この稿では,問題提起として現状を概観し,問題点を抽出したい。

内科指導医として卒後研修における精神科の役割を考える―特に心疾患の心理・行動的側面について

著者: 大和眞史

ページ範囲:P.355 - P.362

はじめに

 新医師臨床研修制度の基本理念は「臨床研修は,医師が,医師としての人格をかん養し,将来専門とする分野にかかわらず,医学及び医療の果たすべき社会的役割を認識しつつ,一般的な診療において頻繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できるよう,基本的な診療能力を身に付けることのできるものでなければならない」というもので(医師法第16条の2第1項に規定する医師臨床研修に関する省令),これに先立つ2000年11月の第150回国会参議院国民福祉委員会附帯決議では「医師及び歯科医師の臨床研修については,インフォームドコンセントなどの取組みや人権教育を通じて医療倫理の確立を図るとともに,精神障害や感染症への理解を進め,更にプライマリーケアやへき地医療への理解を深めることなど全人的,総合的な制度へと充実すること。その際,臨床研修を効果的に進めるために指導体制の充実,研修医の身分の安定及び労働条件の向上に努めること」として,さらに具体的な項目を挙げて研修すべき領域を規定している。したがって,初期研修で精神科が果たすべき役割は,将来の専門領域にかかわらずcommon diseaseである精神疾患の初期診療能力を習得させるとともに,全人的医療の担い手として患者と医療者自らの「こころ」のケアにも進んでかかわれるように学習させることである。

 本稿では内科指導医が配慮すべき精神科領域について,特に循環器診療における心身相関を話題に,内科医がいかに心のケアにかかわっていくべきか概説した。また,最近大きく問題になってきている医療従事者の職業的ストレスとうつ病について,研修医の場合にどのように問題が生じるか論じた(表1)。

精神科臨床研修で学んだこと

著者: 牧野祐子

ページ範囲:P.365 - P.371

はじめに

 精神科が必修となった背景には,臨床研修の必修化に伴い,今後どのような専門分野に行こうとも,一般診療において遭遇する精神科的病態に適切に対応できるような診察能力が社会的に求められているということがある(表1)。つまりそれまでは,「精神科のことはよくわからないので,精神科を受診させればよい」という姿勢で,ある意味精神科に任せっぱなしのところがあったと思われるが,日常の診療では精神科の患者が,内科疾患や外科疾患に罹患することは珍しくなく,逆に内科疾患がきっかけで精神的に加療が必要な状態になることも頻繁にあり,他科の医師であっても精神症状の見極めや,治療の必要性を判断する力が求められる。

 実際,臨床研修を行ってみると,精神疾患と診断されておらずとも,精神的なサポートを必要とされている患者は非常に多いと感じた。

 たとえば,筆者の担当したある膠原病内科で治療中の患者は,長い闘病生活のうえに,うつや不安を訴えていたが,入院中に解離状態となり意識消失したため,初めてこれを目撃した内科の看護師などスタッフは騒然となったが,実は,自宅では何度も同様の症状を繰り返しているというエピソードがあった。患者は15分ほど体を硬直させ開眼したまま質問には答えなかったが,その後何もなかったかのように開眼し動き始めた。この当時筆者は研修医になって2か月目であり,確かに解離状態については教科書では勉強したものの,実際に見たのは初めてで,非常に動揺し,患者がどのような状態であるかを考える余裕がなかった。患者を身体(臓器)の視点だけでなく心理,社会的視点を加えて統合的に診ていく力をつけることも研修の目的である。そこで,筆者が経験した研修がこのような目的に沿うものであったか検討したい。

生涯研修におけるうつ病の診断と自殺防止

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.373 - P.379

はじめに

 自殺は時代を越え,国を越えた人類共通の問題であり,個人の問題であると同時にその時代を映す鏡でもある。すなわち,その時代の経済状況や社会状況と深くかかわっていることは疑いがない。しかし,それだけで説明できるほど単純ではない。なぜなら,自殺の背景として重要とされる要因に,精神疾患があることがよく知られているからである。ここでは,わが国の自殺の現状とこれまでの自殺防止対策に触れたうえで,プライマリ・ケア医あるいは精神科医が自殺防止に果たす役割,うつ病診断の技術の向上,薬物療法を中心とした治療の進め方について総説する。

過労自殺の諸問題

著者: 黒木宣夫

ページ範囲:P.381 - P.386

はじめに

 1998年度よりわが国の自殺者総数は3万人を突破した状態4)が続いており,特に中高年男性の自殺者の増加は,男性全体の今までの平均寿命を引き下げるほどの影響を与え,深刻な社会問題として受け止められている。この背景には近年の目覚しい科学技術の革新,終身雇用制の崩壊,製造業の外注化,分社化,企業の廃統合,就業形態の多様化,成果主義導入,人事労務管理の変化などがあり,企業は効率化を求めるため職場の人員を増やさず業務量は増大する中で,結果的に長時間労働者も増加し,過重労働による健康障害が深刻化している。

うつ病と自殺―市民の認識

著者: 南砂

ページ範囲:P.387 - P.394

日本の自殺対策,現状とあゆみ―自殺者3万人超連続10年の現況をどうするか

 日本の年間自殺死亡者が3万人を超えたのは,一挙に8,000人あまり増加した1998年からだが,その後,さまざまな取り組みや国を挙げての対策が講じられるようになってからも事態は改善せず,自殺死亡者数は「高止まり」の状況を続け,2007年,とうとう10年連続3万人超という状況に至った。

 この間,2000年には「健康日本21」の策定に際して自殺志望者数の減少目標が示され,2002年には厚生労働省(以下,厚労省)に設けられた自殺防止対策有識者懇談会が,包括的な自殺防止活動の実施を提唱した。それに基づいて調査研究や相談体制が整備され,地域保健,産業保健などの観点からうつ対策や職場のメンタルヘルス対策が講じられてきた。しかし,自殺者の減少にはつながらなかったばかりか,精神保健領域を中心とする対策に批判的意見も聞かれるようになった。うつ対策は個人の疾病対策の色彩が濃く,自殺する個人に偏ったものであるという批判である。自殺対策にはむしろ,自殺者個人を取り巻く周囲および社会全体を視野に入れた総合的な対策が必要である,というものである。うつ病は確かに自殺に直接関係する重大な要因ではあろうが,個人がうつ病に至るのも,またうつを病んだ患者が自殺に至るのも,さまざまな要因が重なり合ってのことであり,その全体を視野に入れた対策を急ぐ必要がある,というのはその通りであろう。

総合討論

著者: 小島卓也 ,   関健 ,   大和眞史 ,   牧野祐子 ,   樋口輝彦 ,   黒木宣夫 ,   南砂 ,   杉山一 ,   天本宏 ,   松﨑博光

ページ範囲:P.395 - P.400

 小島 それでは,シンポジストの先生,会場の先生とともにディスカッションしていきたいと思います。今日の問題として,大きく次の4つぐらいに分けられるかと思います。1つは,精神科卒後臨床研修の問題,その成果あるいは指導の面での問題。2つ目は,うつ病と自殺の問題が今回のテーマになっていますが,うつ病の診断,一般科と精神科連携の問題。3つ目は,過労死や労災との関係での自殺,産業医,あるいは家族の一時予防をどうやっていくかの問題。最後に,国民の目から見た精神科についての問題です。

 まずは,最初に挙げた精神科卒後臨床研修について討議を始めていきましょう。研修医が実際に研修をして,うつ病の診断も70%ぐらいできていたとか,精神科に対する偏見がかなり減少したとか,他科で診療している3年目の先生たちが,精神科の患者さんをある程度見ておられるとか,精神科に積極的に紹介をしておられるというようなデータが出ていますが,これらについて何かご意見はありますか。

動き

「第32回日本高次脳機能障害学会」印象記

著者: 穴水幸子

ページ範囲:P.402 - P.403

 第32回日本高次脳機能障害学会は2008年11月19,20日,晴れ渡る空のもと,愛媛県松山市愛媛県民文化会館にて開催された。ご存知の方が多いであろうが,故田邉敬貴先生(前・愛媛大学脳とこころの医学教授)が本来学会長を務められるご予定であったが,一昨年に惜しまれて急逝された。代行として田邉先生の盟友でもあられる本学会理事長・鹿島晴雄先生(慶應義塾大学医学部精神神経科)が会長を務められた。本学会は会員数4,121名(一般会員:2008年時点)と大規模な学会であるが,会期中の参加人数は両日で合計1,345名(一般1,267名,学生78名。事務局側よりの累計)と大変盛況なものとなった。

 会期前日の11月18日にはBrain Function Test委員会など各種委員会,および田邉先生を偲ぶ会が執り行われた。会期翌日の11月21日には,サテライト・セミナー(テーマは「読み書き障害」)が開催された。セミナー参加者は361名(会員226名,非会員135名),熱心な聴講者による勉学の機会も持たれた。本学会が高次脳機能障害学・神経心理学研究の発表の場のみならず症候を的確にとらえるためさらなる検査方法を議論,検討し作成を促進する場としても,あるいは次世代の教育研修の場としても重要な役割を担っていることは特筆されよう。

書評

―福田正人 著―もう少し知りたい統合失調症の薬と脳

著者: 臺弘

ページ範囲:P.404 - P.404

 著者は精神科医として脳機能の活動的な研究者であるが,学生や研修医の実習には日常臨床に即して共に学ぶ仕方を強調する人である。この本は,それを当事者や家族,福祉や医療の仕事に携わっている人たち,教育・心理の分野で働く仲間にも広げたいという気持ちから書かれたもので,患者の身に即して書かれているのが尊い。精神病は病識がないのが特徴だといわれるほどに相互理解が難しいものだが,それをなんとか取り戻したい。本書は目次に見られるように,薬が効くとは,薬を止められるか,いつまで飲むのか,薬の効く仕組みは,生活が下手なわけ,と進む。各章は雑誌に連載された内容が下敷きになっていて,それに続いて,総論的な解説で,総合失調症の脳の仕組み,診断と治療の基礎知識,脳の働きとこころ,光でこころを見る(著者が開発にかかわった脳検査)の諸章がある。

 精神科の薬の効き目は飲んでみないとわからない。病原体に対する抗菌剤などと違って,妄想が薬で消えたとしても,治ったからと薬を止めると再発しやすい。評者は初発患者には一応薬を1年間飲んでもらってから止めて,薬なしの1年間も無事なら治療終了とするという姑息な方針をとっているが,服薬10年間で妄想が消えたと喜んでいたら,「先生が治ったというから」と患者に断薬されて,3か月後に大妄想を再発して入院した苦い経験もある。本書には,薬の効果が脳のどの部分にどのような働きをするかについて,神経伝達物質にかかわる作用であると説明されているが,薬効は患者の個性,経歴,環境などにもかかわる複雑な作用だから,臨床の実際はなかなか難しい。

―貝谷久宣,不安・抑うつ臨床研究会(CRA) 編―非定型うつ病

著者: 朝田隆

ページ範囲:P.405 - P.405

 さまざまにある精神疾患のうちで,近年もっとも大衆化路線にあるのはうつ病だなと思う。マスコミを賑わす自死,過労死,メンタルヘルスどれをとっても「へそ」にあるのがうつ病である。そして言うまでもなく,この「うつ病」の裾野は広い。そのようなうつ病圏疾患において対応に難渋するタイプの最大手と思われるのが,他責的なうつ病群ではなかろうか? 世上よく言われるように,うつ病者の性格傾向が自責的なメランコリー親和性から他責・自己愛・回避を特徴とするうつ病へとシフトした。こうしたケースでは多くの場合,抗うつ薬が効き難い。また治療者がややもすると引いてしまうような特有の性格傾向や行動パターンがある。

 近年のわが国のうつ病類型においてこのようなタイプとして有名なものに,逃避型抑うつ(広瀬),退却型うつ病(笠原),ディスチミア親和型うつ病(樽味)などがある。

―原田憲一 著―精神症状の把握と理解

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.407 - P.407

 DSM-Ⅲが登場して約30年が過ぎた。この間,数度の改訂があったものの,基本構造は変わっていない。DSMは精神科診断学を大きく変えた。国際的な疫学研究や臨床研究が,それまで共通の診断基準がなかったために比較ができず,議論が深まらなかったことを考えるとDSMの役割がいかに大きいか認識を新たにするところであるが,その一方で,それ以前の精神医学の中心であった精神病理学への関心が薄まったことによるマイナス面にも目を向けなければならない。

 私は精神科医になって36年になるが,DSM-Ⅲの登場する前10年とその後の20数年を経験して今日に至っている。初期の10年間は初期研修をはじめ,臨床の場において重要とされたことは精神症状をいかに正確に記載するか,精神症状を総合して精神病理をいかに把握し理解するかであった。来る日も来る日も新患の予診をとり,症状をまとめ,状態像を整理し,鑑別診断をするというトレーニングを受けた。この10年間の精神病理のトレーニングはその後,DSM-Ⅲ,Ⅳの時代になっても大いに役立ったように思う。DSMでの症状評価はともすると表層的になりがちである。症状の捉え方やその意味を身につけておくことは重要である。「精神病理は難しい」と思われがちであるが,この本を読むと大変わかりやすく書かれていることがわかる。しかも,これだけは知っていてほしいと思う基本的な事柄がすべて含まれている。まさに,初期トレーニングにもってこいの書と言える。

―松下正明,田邉敬貴 著 山鳥 重,彦坂興秀,河村 満,田邉敬貴 シリーズ編集―《神経心理学コレクション》ピック病―二人のアウグスト

著者: 兼本浩祐

ページ範囲:P.408 - P.408

臨床に対するくめども尽きぬ愛着があふれる対談

 眼前に酒とさかなが目に浮かぶような何とも楽しそうな対談集である。臨床に対するくめども尽きない愛着がなければこのような対談とはなるまい。

 二人のアウグストというのは随分としゃれた題名だと思う。ピック病とアルツハイマー病というわれわれが精神科で出会う2大認知症の第一報告例が,いずれもアウグステとアウグストという同じ名前を持つ男女のペアであるなどというのは何という歴史の偶然であろうか。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.412 - P.412

 本号の巻頭言で,加藤進昌教授が近年増え続けている成人自閉症スペクトラムの専門外来について述べておられるが,発達精神医学の必要性がますます高まっていると感じた。

 平成19(2007)年12月に日本医師会館で精神科七者懇談会 卒後研修問題委員会と日本医師会が共催して「うつ病と自殺に医師はどう対応するのか―医師臨床研修並びに生涯研修における精神科の役割」というシンポジウムが開催された。「うつ病と自殺」「臨床研修制度」を2つのキーワードにした集まりであった。そのときの発表をまとめ,討論も加えて特集にした。現行の臨床研修制度における精神科研修の成果や問題点および自殺予防の対策について(関氏),うつ病に対する精神科プライマリー診療:研修医としての経験(牧野氏),内科指導医からみた精神科の役割(大和氏),生涯研修におけるうつ病診断と自殺防止(樋口氏),労災から見た自殺の問題(黒木氏),市民の視点から見たうつ病と自殺の問題(南氏)などの内容が話され,総合討論では熱心な意見交換があった。このときはまだ臨床研修制度の見直しの話などは出ていなかったが,その後大学病院,特に地方の大学病院から研修医が少なくなり,大学の医師派遣先の病院から医師を引き上げて,医師不足が顕著になったという話が強調された。そのため平成20(2008)年9月に,急に文部科学省と厚生労働省の合同で臨床研修制度あり方等検討会が組織され,6か月で結論を出した。超特急の審理と結論であった。2年の研修を実質1年にし,必修科目を内科(6か月),救急科(3か月),地域医療(1か月)だけにしてこれまでの精神科を含めた必修5科目の中から2科目を選択必修とする。早い段階から自分が将来選択する専門科を研修できるようにして,モチベーションを高め大学病院に研修医が集まるようにしたい,そして大学病院の医師派遣機能を回復したいという願いがこめられている。現行の臨床研修制度がプライマリ・ケアと全人的医療を行えるような医師の養成ということで始まったが,その研修内容の検討は2の次であった。精神科七者懇談会卒後研修問題委員会,日本精神科病院協会,日本精神神経学会が多方面から「うつ病診療など精神科プライマリ・ケアの必要性と全人的医療習得のために」精神科を必修科目に残すよう働きかけた。その結果到達目標(行動目標,経験目標)はそのまま維持され,経験目標の中にあるA疾患,すなわち統合失調症,気分障害,認知症については入院患者として受け持ってレポートを書くことが義務づけられている。このことは,これまでと同じように精神科で研修を行わざるを得ないということを意味している。現行の臨床研修制度で精神科が最後に必修科目として組み込まれたのと同じように,最後のところで踏みとどまった感じがある。今回の特集が気の抜けたサイダーのようにならなくてほっとしているところである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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