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雑誌目次

雑誌文献

精神医学51巻6号

2009年06月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学は進歩したか?

著者: 上野修一

ページ範囲:P.518 - P.519

 大学を卒業し,精神科医となってすでに20年が過ぎた。考えてみると,精神医学はいろんな意味で変化があった時期であり,私的にどんな変化であったのかを考え直してみる。

 1つは,法的な変革である。精神病院職員の患者への暴力を契機に,精神衛生法から精神保健法へと変わり,入院形態や行動制限,精神保健指定医の資格など,精神障害者の基本的人権の尊重する内容として大きな変革であった。その時は,私はちょうど大学院にいた頃で傍的に見物していたに過ぎないが,大学病院では,精神保健指定医になるための必須症例,特に措置入院患者はなかなか経験できないため,短期間ではあるが単科精神病院で臨床に携わる機会を得た。大学以外の精神医療にどっぷりとつかったのはこの時が初めてであり,十分ではないにしろ臨床の幅を広げるために役に立った。精神保健法は,後に社会福祉を組み入れた精神保健福祉法に改正され,加えて,心神喪失者等医療観察法や,この5月から施行される裁判員裁判での精神鑑定などと,精神障害への法的なかかわりと精神医療とのバランスを取ることの難しさを痛感している。2006年に施行された身体,知的,精神の三障害の壁を取り除いた自立支援法は画期的ではあったが,一部のサービスが受益者負担となり,結果として福祉が後退する結果となったことは残念で,そのために調子を崩した患者を診るとこころが痛む。限られた財源の中でどのように精神障害を支えるかは,さらに知恵を出し合うことが必要だろう。

研究と報告

手段の生命的危険度による自殺関連行動患者の分析

著者: 佐々木健至 ,   岩田健 ,   佐々木皆里 ,   山嵜武 ,   治徳大介 ,   甫母瑞枝 ,   中野谷貴子 ,   小澤いぶき ,   高木俊輔 ,   新谷昌宏

ページ範囲:P.521 - P.531

抄録

 危険な手段を用いる自殺関連行動患者の特徴およびその後の経過,自殺関連行動を繰り返す患者における手段の危険度の変化を知ることを目的に調査を行った。対象は東京都立広尾病院の神経科が2006年に診察した自殺関連行動患者242名と,同期間に同院が収容した自殺既遂患者27名である。これらを手段の生命的危険度が違うと考えられる外来群,相対的危険群(RD群),絶対的危険群(AD群),既遂群の4群に分類し比較した。外来群,RD群に比べAD群はプロフィールが既遂群に類似していたが,そのAD群の多くが最終的に自宅へ退院しており,事前の適切な治療により予防可能な自殺が存在することが示唆された。また,繰り返し受診者の7.4%が調査中にきわめて危険度の高い手段に転じており,自殺関連行動を繰り返す患者を綿密にフォローする必要性も示唆された。

特発性正常圧水頭症とアルツハイマー型認知症の鑑別におけるeZISの有用性

著者: 小林清樹 ,   内海久美子 ,   館農勝 ,   森井秀俊 ,   齋藤利和

ページ範囲:P.533 - P.539

抄録

 特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus,iNPH)は,20数年前,治療可能な認知症(treatable dementia)として注目されたが,シャント手術の成績がよくなかったことよりあまり省みられなくなった。しかし,2004年に診療ガイドラインが作成され,今再び注目を集めている。特徴的な臨床所見や頭部MRI画像を示す典型例は診断が容易であるが,iNPHでも歩行障害が明らかでない症例,またアルツハイマー型認知症(AD)でも脳室の拡大が顕著な症例も存在し,このような場合にはその鑑別に苦慮することもしばしば経験する。iNPHとADの鑑別をさらに向上させるために,脳血流SPECTのe-ZIS(two tail view)所見に注目し,特徴的な所見が得られたので報告する。

統合失調症事例に対する保健医療専門職のスティグマと社会的距離―精神科医,精神科看護師,一般科看護師との比較

著者: 半澤節子 ,   中根允文 ,   吉岡久美子 ,   中根秀之

ページ範囲:P.541 - P.552

抄録

 わが国の精神科医療機関は多くの長期入院患者を抱え,その支援を担ってきた。こうしたキャリア形成過程は,地域社会で精神障害者を隣人,友人,家族として受容する態度(社会的距離)に影響を及ぼすと推察された。本研究は,統合失調症仮想事例を用いて,精神科医,精神科看護師,一般科看護師を対象にスティグマと社会的距離を評価した。その結果,事例のような人について「彼のような問題は個人的な弱さのあらわれだ」「彼のような人は何をしでかすかわからない」などの個人的スティグマ,社会的距離は,精神科医に比べて精神科看護師が有意に大きかった。精神科看護師は患者の日常生活の世話にかかわる中で,家族の介護上の困難を想起しやすい立場にあることが影響している可能性が推察された。

短報

ブロナンセリンへの切り替えによって,病的体験と眠気が改善した統合失調症の1例

著者: 竹内大輔 ,   小野寿之 ,   玉井顯 ,   和田有司

ページ範囲:P.555 - P.558

はじめに

 ブロナンセリンは,2008年4月より本邦で発売が開始された非定型抗精神病薬である。臨床使用については,3人の統合失調症患者を対象にした報告13)がある。今回我々は,他の薬剤では強い眠気が生じた症例にブロナンセリンを使用し,眠気を伴わずに精神症状が改善した症例を経験したので報告する。なお,患者のプライバシーに考慮し,科学的考察には支障のない範囲で症例の内容を変更した。

レビー小体型認知症の幻視に対してブロナンセリンが著効した1例

著者: 西尾彰泰 ,   植木啓文

ページ範囲:P.561 - P.564

はじめに

 高齢者においては幻視が認められることは稀ではない。主な幻視の原因として,①パーキンソン病やレビー小体型認知症に伴うもの,②脳幹部の損傷によるもの,③せん妄などがある。幻視については,①,②の場合は小動物が見えるなどなどはっきりとした幻視が多いが,③の場合は,もう少しあいまいな幻視で情動を伴うことが多いなど異なっている面もある。しかし,それらの区別もはっきりとつけることができるほどではなく,その機序については不明なところが多い。幻視がある患者でも,多くの場合は幻視とつきあいながらも普通に生活をしている。しかし,幻視によって日常生活が脅かされるような時は治療が必要である。今回,我々は幻視のために日常生活に支障を来したレビー小体型認知症と思われる患者に対して,blonanserinを投与したところ,速やかに幻視が消失したという症例を体験したので報告する。レビー小体型認知症に対して,blonanserinを用いた理由については,この報告の後半部で検討する。

資料

公立単科精神科病院における頓用薬使用の実態と意識調査

著者: 藤田純一 ,   小林桜児 ,   伊藤弘人 ,   岩間久行 ,   岩成秀夫

ページ範囲:P.567 - P.577

はじめに

 我々は頭痛時,腹痛時,発熱時などに,比較的即効性のある薬を頓用薬として利用している。これは洋の東西を問わず,古くから用いられてきた方法であり,現在でもほとんどの診療科で用いられている技法である。欧米では医師以外のスタッフもしくは患者自身が必要だと判断したときに,臨機応変に使用できる点から,“頓用”を意味するものとして“As required”,“Pro re nata(ラテン語で必要に応じての意)”もしくは“PRN(pro re nataの略語)”という言葉が用いられている。本邦における精神科臨床でも“不穏時”や“不安時”に抗精神病薬や抗不安薬が,“不眠時”には睡眠薬が処方されるのは一般的,日常的なことであり,疑問を持つ機会も少ない治療技法である。このためか,実用にあたって根拠となる調査報告は少ない。たとえばコクラン・レビュー17)では,その有用性や有害性を示唆するに足る質の高い研究は皆無であるとされている。また,日本国内では看護領域の研究6,18)に限られ,特に一般精神科病院での頓用薬に関する調査は一切実施されていない。そこで我々は,県立単科精神科病院における頓用薬の実態調査と意識調査を行い,これまでの先行研究と比較検討することで,精神科における頓用薬をめぐる課題を明らかにすることを目的に,本調査を実施した。

古典紹介

E. Esquirol Des hallucinations(1817)【第2回】

著者: 濱中淑彦 ,   高林功

ページ範囲:P.579 - P.588

 (第51巻5号より続く)

 〈症例7〉 D氏は医学博士,背が高く力強い体質で多血質,頭は大きく広い額の片方が他方より突出し碧眼,顔は生き生きとして荒々しく頑固な性格を持っており,いわゆる生理学的学説の極端な信奉者なのだが,この学説を助言や著作によって広めるだけでは決して満足せず,自分の実例を通じて普及しようとする人物である。時々自分に瀉血を行い,厳しい食養生法に服し,頻繁に入浴する。彼は,ある対診において自分と医学的見解を共にしない同僚たちに決闘を挑むこともあった。

 36歳(1822年8月):片方の眼球麻痺と一方の口角が麻痺し,一過性のデリールを伴った。

動き

精神医学関連学会の最近の活動―国内学会関連(24)(第1回)

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.589 - P.608

 毎年,国内の精神医学関連学会の活動状況をご報告させていただいているが,今年も早やその時期がめぐってきた。紹介すべき学会の数が増加して,今年から2回に分けてご紹介することになった。これは学問の進展と多様化を示す好ましい現象であるが,この関連学会報告が精神医学関連分野の深まりと広がりの歴史を代弁している観もある。そこで,1987年から始まったこのシリーズを,編者が替わった年を節目の年として振り返ってみると,最近の精神医学の発展がうかがい知れる。単に学会の数のみ示してもそれが如実にうかがえよう。

 すなわち,最初の編者である島薗安雄先生(第13~15期日本学術会議会員)が第1回の報告をされたのが1982年であるが,その時は49学会であった。その次の編者である大熊輝雄先生(第16~17期会員)の1回目(1996年)の報告でも,49学会と数は変わらなかった。私が両先生の後を次いで編集を始めたのは2001年であったが,その年の関連学会数はそれまでとほぼ同じ47であった。ところが,今回は実に70余と飛躍的に増加している。この増加は,私がそれまで紹介されなかった学会を加えさせていただいたということもあるが,実質その間に新しい学会が多数誕生しているのである。一部には学会の数が多くなり,興味はあってもすべてに参加できないという声も聴かれるが,学会活動が活発になっていることは大変喜ばしいことである。とは言っても数が多ければよいというものではなく,今後はそれぞれの学会の質の向上が大きな課題であろう。

書評

―精神医学講座担当者会議 監修/佐藤光源,丹羽真一,井上新平 編―統合失調症治療ガイドライン(第2版)

著者: 鮫島健

ページ範囲:P.610 - P.610

首尾一貫した明瞭な疾患概念。すべての精神科医療者に贈る良書

 「統合失調症治療ガイドライン」は,初版以来約4年ぶりに改訂第2版が出版された。精神医学の最新の進歩を広く取り入れながら,エビデンス・ベースドの治療ガイドラインをめざした本書は,発刊後多くの医師だけでなく多職種の精神科医療関係者に読まれ支持されてきた。

 本書は「治療ガイドライン」でありながら,第1章疾患の概念のなかで,統合失調症の概念,疫学,臨床症状,経過と転帰などが簡潔に要領よくまとめられていて,必要で最新の知見の概要を学ぶことができるように構成されている。また,第4章その他の重要な問題として,自殺,身体合併症,早期精神病などが取り上げられており,第5章の今後の改訂と研究成果への期待では,脆弱性-ストレス-対処モデルの精密化など,統合失調症に関する今後の重要な課題のいくつかについてわかりやすく述べられている。

―岩田 誠,河村 満 編―《脳とソシアル》社会活動と脳―行動の原点を探る

著者: 地引逸亀

ページ範囲:P.611 - P.611

社会的行動の原点としての神経基盤を探る学際的アプローチ

 東京女子医科大学の前任の神経内科教授 岩田誠先生と昭和大学医学部神経内科教授の河村満先生の編集から成る本書は,2007年11月30日に岩田先生が東京女子医科大学弥生記念講堂で会長として主催された第12回日本神経精神医学会のシンポジウム「脳からみた社会活動」を基としている。ただし,実態はそのシンポジウムの域をはるかに超えて,シンポジストのみならず神経心理学や精神医学,脳科学,社会心理学,経済学,倫理学などに携わる臨床医や基礎系の医学者,心理学者,文学,経済学さらには工学系の学者までもが執筆者として名を連ねた甚だ学際的な書物である。

 編者らは先に『神経文字学―読み書きの神経科学』という編著を出版している。この従来の神経心理学の対象である失語や失行,失認,中でも読み書きという高次の機能の神経基盤からさらに進んで,本書のテーマは人間の行動,特に社会的行動の原点としての神経基盤についてである。

―柳澤信夫,柴﨑 浩 著―臨床神経生理学

著者: 金澤一郎

ページ範囲:P.612 - P.612

神経系の医学に携わる者の必読書

 昨年11月に『臨床神経生理学』という本が上梓されたが,これは19年前に出版された『神経生理を学ぶ人のために』という題の本が進化したものである。執筆者は,神経生理学の領域において現在わが国で考えられる最強のペアである柳澤信夫先生と柴﨑浩先生である。しかも,19年前と同様にこのお二人がすべてご自分たちでお書きになっている。だから内容の統一性は見事である。

 前書は,例えば筋電図,表面筋電図,末梢神経伝導速度,誘発筋電図,脳波,体性感覚誘発電位,事象関連電位,などという神経生理学的検査の一つ一つを取り上げて解説しているのに対して,本書は一部にそれを残しながらも,「運動神経伝導検査」という項目を設けてその中でMCV,インチング法,F波などを説明したり,「中枢性運動機能とその障害の検査」という項目を作ってその中で錐体路伝導検査,H反射,T波,表面筋電図,重心動揺計測,歩行検査などを解説したりしている。つまり,一つ一つの検査が何を知るための検査であるのかを明示することにより,その意義を理解しやすくする構成になっているのである。検査法をそれぞれ独立に説明するよりも,このほうがはるかに「検査の持つ意義と限界」は理解しやすい。その他には「神経筋伝達の検査」「体性感覚機能の生理学的検査」「視覚機能の生理学的検査」「聴覚機能の生理学的検査」「眼球運動検査」「自律神経系の検査」「随意運動に伴う脳電位」「不随意運動に伴う脳電位」などという項目がある。そうした中に,「高次脳機能の生理学的検査」という項目があり,これは前書にはほとんど痕跡もなかったほどの新しい部分である。注目されている機能画像も含めて本書の目玉の一つと言って良いだろう。そして,後半1/3には,前書にはない疾患別あるいは病態別の解説があるのがうれしい。ここに例えば睡眠時無呼吸症候群やチャネル病なども取り上げられている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.616 - P.616

 本号の「研究と報告」には今日的なテーマを扱った論文が3本並んだ。まず自殺がテーマである。自殺既遂者の総数は1998年以来,30,000人を超えて持続しており,そのような背景の中で2006(平成18)年には議員立法として自殺対策基本法が制定され,大きな社会問題となっていることは周知のことである。精神医学も自殺対策の先頭に立って活動することが求められる臨床・学問領域であるが,精神医学関連の雑誌でも最近,自殺をテーマにした論文をよく目にするようになった。本号では,都立病院の精神科を臨床の場とした自殺に関する研究報告が掲載された。自殺予防や再企図防止に有効な手立てを確立するためには,このような基礎的なデータと臨床実践からの報告の積み重ねが不可欠であると考えられる。次は,認知症に関する知見である。特発性正常圧水頭症とアルツハイマー型認知症のSPECT所見からの鑑別に関する論文であるが,高齢化社会に突入しているわが国では今後の症例数の増加を考えると日常臨床に密着したテーマといってよい。論文中にも述べられているが,両者では治療法が異なるだけに,我々臨床家に対して追試を含む臨床的な確認を求められていると言ってよい。3番目が統合失調症に対するスティグマの問題である。スティグマは古くて新しい問題であるが,統合失調症に対する生物学的な研究が進み,疫学調査,遺伝子解析,画像研究や精神薬理学など障害の本態に迫る知見が発見され,科学的な解明が進んでいる現在だからこそ改めて問うてみる価値のある問題であると考えられる。

 「短報」ではブロナンセリンに関する臨床的な経験が2本続けて報告された。ブロナンセリンは本邦で使用可能な6種類の第二世代抗精神病薬の中で一番新しく登場した薬物である。使用経験はまだ少ないために,知見の蓄積は患者さんのためにも不可欠な作業である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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