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雑誌目次

雑誌文献

精神医学51巻8号

2009年08月発行

雑誌目次

巻頭言

統合失調症概念の変遷―脳の成熟障害としての神経精神疾患

著者: 倉知正佳

ページ範囲:P.726 - P.727

 本誌の「巻頭言」で,統合失調症について述べたものの中で,年配の読者にとって,おそらくもっとも印象に残っているのは,西丸四方先生の「我,亡霊を見たり」(精神医学 12:2-3,1970)と思われる。そこには,統合失調症がいかに難治性であるかということが生き生きとした筆致で描かれ,「いったい精神分裂病を奥の奥で統べているものは何か」ということが問われていた。1966年に医学部を卒業し,精神医学を志して間もない筆者は,それを読んで大学の精神医学教室が統合失調症の解明に本格的に取り組むべきであることを強く感じたのであった。その後20世紀末から21世紀にかけて,統合失調症研究は次第に活発になり,ちょうど20世紀のはじめから1920年代にかけて理論物理学の大きな変革があったように,21世紀のおそらく最初の4半世紀は,難治性神経精神疾患の解明が飛躍的に進歩するエキサイティングな時代になると思われる。そこで,ここでは,代表的な精神疾患である統合失調症概念の変遷について,述べることにしたい。

展望

多文化・多民族化時代の精神医療とは

著者: 野田文隆

ページ範囲:P.728 - P.738

はじめに

 Transcultural Psychiatry誌を主宰する文化精神医学者Kirmayerは,「文化精神医学の将来」と題する論文の中で「文化精神医学の歴史は,三連画(トリプティーク)として大略を描くことができる。左側の版画には精神障害の形態とその有病率に関する比較文化的研究が,右側の版画には移民と多民族国家において病いが持つ文化的多様性の研究が,中央の版画には,精神医学の理論と実践に対する文化批判が位置する」(下線は筆者による)と書いている24)

 わが国の文化精神医学(広くは精神医学)の歴史に欠けてきたのは右側と中央の版画であろう。病いが持つ文化的多様性の研究が進まなかった理由は,わが国は文化的多様性を持たず,文化的多様性を持った人々も少ないという通念に基づいている。その点をMorris-Suzukiは「外国人をエキゾティックなものであるとする傾向は,日本文化は独自なものであるとする論説の長い伝統―いわば日本人が自らをエキゾティックだと考えている現象―と結びついている」と指摘する48)。精神医学の理論と実践に対する文化批判が起こらなかった理由は(精神医療が精神科病院文化に支配されているという意味では起こったといえるが),やはり文化的多様性への認識への欠如に由来しているといえる。現在進行中の精神医学の普遍化,生物学化(biologization)への異議申し立ては医療人類学者たちによって行われた。Kleinmanは,中国においても「うつ病」は欧米と変わらぬ普遍的な症状を呈するとしたある研究に,欧米の診断の枠組みを欧米以外の事例に押し当てて,あたかも普遍的で文化に支配されない疾患の実体が存在するかのように描写していると批判し,それを自文化中心的な「カテゴリー錯誤(category fallacy)」と呼んだ26)。医学の普遍化,生物学化が進めば,医療者はevidence(証拠)のそろったもののみを疾患(disease)ととらえ,患者が患う主観物としての病い(illness)の手当てをしなくなるであろうと現代精神医学へのパラダイムへの痛烈な批判を行った27)。しかし,これらが日本の精神医学に実感を持って受け止められた兆しがないのは,日本の精神医学が文化を異文化,自文化というスキームでとらえる考え方は持っていても,精神医学を1つの医療文化の営みとしてとらえる視点に欠けているからであろう。本論文ではKirmayerのいう三連画(トリプティーク)をすべてカバーして論ずることはできないが,早晩日本においても現実となってくるであろう,多文化・多民族化時代の中で精神医療はどうあるべきかという視点から,「移民と多民族国家において病いが持つ文化的多様性の研究」部分に中心を置いて論考したい。

研究と報告

身体拘束における静脈血栓塞栓症の臨床的研究

著者: 松永力 ,   五味渕隆志 ,   分島徹 ,   岡崎祐士

ページ範囲:P.739 - P.746

抄録

 精神科医療の中で,身体拘束における静脈血栓塞栓症予防は重要な課題である。身体拘束症例における静脈血栓塞栓症の実態を明らかにするために,精神科急性期病棟で身体拘束を行った症例を対象として静脈血栓塞栓症の有病率などを検討した。対象422例中,42例に深部静脈血栓を認め,うち4例が症候性肺血栓塞栓症を発症した。予防として,弾性ストッキングのみ行った群で17.3%,薬物的予防法併用群で6.4%に静脈血栓塞栓症を認め,薬物的予防法併用の有用性が示唆された。下肢拘束群よりも非下肢拘束群で静脈血栓塞栓症の頻度が高く,下肢拘束の有無にかかわらず,十分な予防が必要と思われる。

気分障害患者とパーソナリティ障害患者における過量服薬の臨床的特徴の相違―自殺意図・抑うつ・解離に注目して

著者: 安藤俊太郎 ,   松本俊彦 ,   重家里映 ,   北条彩 ,   島田隆史 ,   中野谷貴子 ,   安来大輔 ,   京野穂集 ,   西村隆夫

ページ範囲:P.749 - P.759

抄録

 本研究では,過量服薬患者の臨床的特徴を明らかにするために,気分障害とパーソナリティ障害との間で,自殺意図の重症度,抑うつや解離に関する比較を行った。対象は,救命救急センターに過量服薬のため入院し,ICD-10で気分障害またはパーソナリティ障害と診断された32名である(気分障害20名,パーソナリティ障害12名)。自記式質問票による調査の結果,両群間に自殺意図の重症度に有意な差を認めなかった。また,両群ともに顕著な抑うつ,解離傾向を認めたが,その程度に有意差は認めなかった。以上により,パーソナリティ障害における過量服薬は,気分障害と同程度に深刻な抑うつや解離傾向を伴っている可能性が示唆された。

精神科救急でみられた緊張病

著者: 西田拓司 ,   堀彰 ,   黒田仁一 ,   富山三雄 ,   島田達洋 ,   木村修 ,   島田直子 ,   白木明雄 ,   岡元宗平 ,   後藤えつ子

ページ範囲:P.761 - P.768

抄録

 精神科救急病棟入院患者175名で観察された緊張病症状の特徴,緊張病の出現頻度,基盤となる精神障害,全体的機能(GAF)を調べた。緊張型統合失調症患者群ではそれ以外の統合失調症患者群と比べて無動,昏迷,無言症,凝視,姿勢保持,カタレプシー,拒絶症が多かった。興奮は,両群で多く観察された。Bush-Francis緊張病スクリーニング法で14項目中3項目以上を緊張病の診断基準とすると,全患者175名中28名(16%)が緊張病と診断された。28名の基盤となる精神障害は,統合失調症20名,急性一過性精神病性障害3名,統合失調感情障害2名,双極性感情障害2名,反復性うつ病性障害1名だった。緊張病患者の全体的機能は,それ以外と比べて有意に低かった。

SSRIによる中断症候群の臨床解析―3剤間比較

著者: 佐藤俊樹

ページ範囲:P.769 - P.774

抄録

 当院通院中のparoxietine(P),fluvoxamine(F),sertraline(S)を投与した全患者を対象とし,中断症候群の出現率などを解析した。患者数はP群252例,F群192例,S群199例であり,中断症候群出現例は23例で,うち20例は患者の自己中断で生じていた。SSRI別の出現例はP群17例,F群2例,S群4例であり,P群が他の2剤に対して有意に出現率が高かった。また,P群に10mgずつの減量で出現した症例が3例あった。また,1度中断症候群を起こした症例は再び起こしやすく,paroxietineの減量の際には,症例によっては5mgずつの減量の必要性があると考えられた。

短報

セロトニン症候群から回復後,タンドスピロン使用により寛解した老年期うつ病の1例

著者: 竹内大輔 ,   小野寿之 ,   玉井顯 ,   和田有司

ページ範囲:P.777 - P.780

はじめに

 セロトニン症候群は,セロトニン作動薬を使用中の患者にみられる副作用である8)。今回,パロキセチンとミアンセリンを使用中にセロトニン症候群を来し,原因薬剤を中止した後にタンドスピロンを選択したところ,残存していたうつ症状が寛解した症例を経験したので報告する。

Olanzapineとparoxetineの併用療法が奏効したTourette症候群の1例

著者: 三和千徳

ページ範囲:P.781 - P.783

はじめに

 Tourette症候群(TS)は若年に発症し,慢性に経過する重症のチック障害の1つである。今回筆者は,haloperidol,risperidoneを使用したが過鎮静などの副作用が問題となり,最終的にolanzapineとparoxtineを併用することによってチック症状と抑うつ気分の改善をみたTSの1症例を経験した。TSにolanzapineが奏効したという報告は海外では散見されるが本邦では報告がなく,考察を含め本症例の経過を報告する。なお,投稿にあたっては口頭で患者から同意を得た。また,プライバシー保護の観点から,科学的考察に支障がない範囲で症例の内容を変更した。

視覚変容は,抗精神病薬の副作用でも生じ得る

著者: 森山泰 ,   村松太郎 ,   加藤元一郎 ,   三村將 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.785 - P.788

はじめに

 近年双極性障害における抗うつ薬の使用に関して,薬物による躁転のリスク以外に,双極性うつ病に対する気分安定薬服用中の抗うつ薬の有効性はプラセボと同程度である6)といった報告がある。そうした中,双極性障害に対する非定型精神病薬の躁病相,うつ病相,維持療法における有効性が報告8)されており,近年双極性障害に対する同薬の選択機会が増加している。一方で,気分障害では抗精神病薬による錐体外路症状が統合失調症より出現しやすいとされ3),副作用には注意する必要がある。

 ところで,これまで,抗精神病薬による運動系の副作用に比べて,知覚系の副作用はあまり報告されてこなかった。今回我々は双極性Ⅱ型に同薬の知覚系の副作用である視覚変容を伴い,同薬を中止することで改善した1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

資料

児童・生徒の自傷行為に対応する養護教諭が抱える困難について―養護教諭研修会におけるアンケート調査から

著者: 松本俊彦 ,   今村扶美 ,   勝又陽太郎

ページ範囲:P.791 - P.799

はじめに

 近年,リストカットなどの自傷行為は,学校保健における主要な問題となっている。わが国の中学生・高校生における自傷行為の生涯経験率は8.0~14.3%2,4,10)に及び,その約半数に10回以上の自傷経験があるといわれている10)。マスメディアが,養護教諭が児童・生徒の自傷行為への対応に苦慮している実情を取り上げることも多くなった8)。こうした状況の中で,精神科医や臨床心理士といった専門家が,養護教諭から自傷をする児童・生徒の治療や学校での対応についての助言を求められる機会も,確実に増えているという印象がある。その意味では,専門家の側も,学校における自傷行為の実態や,日々の対応の中で養護教諭がどのような困難と遭遇しているのかといったことを,ある程度把握している必要があるといえるであろう。

 ところで,養護教諭を情報源とする,学校における自傷行為の実態調査としては,すでに,文部科学省が日本学校保健会に委託して実施した,「保健室利用状況に関する調査報告書 18年度調査結果(以下,保健室利用状況報告書)」7)がある。その調査は,計約1,100校の公立学校のうち,小学校の9%,中学校の73%,高等学校の82%で在校生の自傷行為が把握されていることを明らかにしており,学校保健における自傷行為の実態に関する基礎資料として重要な価値がある。しかし残念ながら,養護教諭が自傷をする児童・生徒の対応に際してどのような困難を感じているのかが読み取れるデータに乏しく,その点では不十分な資料といわざるを得ない。

 養護教諭は,児童・生徒の自傷行為への対応に際して,いかなる困難に遭遇しているのであろうか? この疑問を明らかにするために,我々は,養護教諭を対象として自記式質問票による調査を行い,児童・生徒における自傷行為の実態と対応に際しての困難について検討を行った。よって,ここにその結果を報告するとともに,自傷をする児童・生徒への対応に際して養護教諭が遭遇する困難について,若干の考察を行いたい。

私のカルテから

抑肝散により精神症状の改善を認めた進行性核上麻痺の1例

著者: 正山勝 ,   梶本賀義 ,   高橋隼 ,   山本眞弘 ,   辻冨基美 ,   鵜飼聡 ,   篠崎和弘

ページ範囲:P.801 - P.802

はじめに

 進行性核上性麻痺(PSP;progressive supranuclear palsy)は経過中に感情障害,行動障害,睡眠障害などさまざまな精神症状が出現することが知られている10)が,精神症状に対する治療法は確立されていない。今回,易怒性,興奮,不眠などの精神症状に抑肝散が有効であったPSPの1例を経験したので報告する。なお,プライバシーの保護のため,個人情報を特定できる記載は割愛した。

摂食障害者の食物万引きの1例

著者: 袖長光知穂

ページ範囲:P.803 - P.805

 神経性食思不振症(思春期やせ症)の重症者による食料品の万引き窃盗について,被告人の是非弁識能力を認めながらも,食行動に関する限り,その行動制御能力を完全に失っていたとして,心神耗弱とした原判決を破棄し,心神喪失と認定した事例〔大阪高裁昭59・3・27判決,窃盗,(昭58(う)十三),破棄自判(無罪)〕がある。

 この事例に関して,岡田2)は,鑑定人の考え方にその時代の医療思想が反映された結果,各種依存を病理的行動様式として治療対象とする傾向が法的判断に持ち込まれたもの,西山1)は,不可知論において完全責任能力と判断されてきた器質的疾病のない精神病質者・神経症者にも深刻な精神的崩壊を認めざるを得ない場合とみなして,精神科医の主張を裁判所が認めた判決として紹介している。

 起訴前簡易鑑定で食料品の万引きを繰り返した摂食障害患者の診察を行う機会があり,その中で摂食障害に合併するパーソナリティ障害と万引きの関連が推測された症例があったので,責任能力との関連を中心に報告する。

「精神医学」への手紙

1級症状とDSM―「展望」Schneiderの1級症状の診断的意義(本誌 50:838-855,2008)を読んで

著者: 柏瀬宏隆

ページ範囲:P.807 - P.809

 本誌50巻9号(2008年9月号)に掲載された針間氏ら3)による「Schneiderの1級症状の診断的意義」についての広範で周到な「展望」を,興味深く拝読致しました。

 私たちは4~6),それまで日本ではSchneiderの1級症状の幻聴の1つHören von Stimmen in der Form von Rede und Gegenrede(話しかけと応答の形の幻聴)が「患者に話しかけ,患者に応答してくる形の幻聴」として理解されてきましたが,欧米では「声同士が話し合っている幻聴」として異なって解釈されている点を指摘し,それに対して著名な諸家よりご意見や反論や批判が寄せられ議論が沸き起こったことを,私はとても懐しく思い起こしました。西丸四方,諏訪望,中根允文,後に中谷陽二,西山詮の各氏からで,もう25年も前のことです。当時の議論は,Schneiderが述べた1級症状はどちらであるかの私たちが提起した争点を超えて,統合失調症にはどちらの幻聴がより意義が高いか,この幻聴の比較文化精神医学的検討,中毒性精神病の幻聴との比較,1級症状全般に共通した病態,Schneiderの著者『臨床精神病理学』の構成全体の基本性格について,などへと発展していきました。

「1級症状とDSM―「展望」Schneiderの1級症状の診断的意義(本誌 50:838-855,2008)を読んで」に対する回答

著者: 針間博彦

ページ範囲:P.810 - P.812

 この度先達である柏瀬先生から拙文「Schneiderの1級症状の診断的意義」に対する貴重なご意見をいただきましたこと,心より感謝いたします。もとより私が「シュナイダー 新版 臨床精神病理学」9)の翻訳を行ったのも,先生6)がその原書を解説された中で,新訳の必要性を説かれていたことに鼓舞されてのことでした。拙文に対し先生から速やかにご意見をいただきましたのに,私の力不足のために回答が大幅に遅れましたことをお詫び申し上げます。

 先生方が25年前に行った活発な議論に遠く及ばない拙論に対し,さぞかし歯痒い思いをされたものと存じます。先生にとって拙論の多くはすでに議論し尽くされたことの繰り返しに過ぎなかったのかもしれません。拙文で1級症状を取り上げその解説を試みましたのは,近年DSMやICDが教科書のごとく読まれているのではないかという懸念から,その背景に多少とも触れたいという思いからでした。

少年の裁判員裁判と精神医学の役割―模擬裁判の経験から

著者: 高岡健 ,   川村百合

ページ範囲:P.814 - P.815

 少年事件であっても一定の重大事件は,家庭裁判所から検察官送致がなされ起訴されれば,裁判員制度の対象となる。裁判員制度の開始を目前に控えて,少年刑事裁判の模擬裁判が,東京地方裁判所で行われた。この模擬裁判に,第2筆者(Y.K.)は,弁護人役として関与し,第1筆者(K.T.)は,弁護人からの依頼で私的鑑定を行った精神科医役として関与した。

 事例は,広汎性発達障害を有する犯行時18歳の少年が,タクシー運転手を刺して死亡させ,現金を奪った強盗致死事件である。検察官は無期懲役を求刑し,弁護人は保護処分相当として,家庭裁判所への移送(いわゆる55条移送)を求めた。評議における裁判員と裁判官の判断は,当初9名中1名のみが保護処分相当であり,残りが刑事処分相当であった。続く刑事処分のうち何を選択すべきかについての評議では,無期懲役刑を選択すべきとしたものが1人,有期とすべきとしたものが8人であった。最終的には,9名中5名が5年以上10年以下,4名が5年以上7年以下の不定期刑と判断し,わずか1名の差で前者の判決が少年に下された。

書評

―土居健郎 著―臨床精神医学の方法

著者: 衣笠隆幸

ページ範囲:P.817 - P.817

 土居先生は,精神分析と精神医学の大先輩であり大家である。私が精神科に入局した頃から,先生のご著書「精神分析と精神病理」,「甘えの構造」などを一所懸命読んで,最終的に私自身も精神分析家になる道を選んだのである。今回編集部より土居先生のこの著書の批評の依頼があった時には,大変名誉なことだと感じ,他方では自分には荷が重すぎるのではないかとずいぶん躊躇した。実は土居先生が,私たちが主催している日本精神分析的精神医学会の第三回大会(2005年)の特別講演をお引き受けくださったことがあった。そして,その講演を基調にした論文が本著書の第11章に掲載されていることを知って,この書評をお引き受けしないといけないと思うようになった。その時の先生のご講演は,大変感銘を受けるものであった。そこには先生が常日頃主張してこられた,臨床体験を真摯に正直に見ていくことの重要さを実践されている姿があった。

 この著書は比較的小冊であるが,その中に書かれているものは,土居先生の長年考えてこられたものを基にした大変含蓄のあるものである。ここで取り上げられている主題は,先生が「序」の中で述べておられるように,臨床精神医学における精神分析の実践の本質的問題である。日常語と専門語と精神医学(第3章),臨床精神医学の方法論(第12章)など精神科臨床に関する原則的な主題に関しては,私たちの専門家としての根源的な視点を問われるものである。

―切池信夫 著―摂食障害―食べない,食べられない,食べたら止まらない(第2版)

著者: 古川壽亮

ページ範囲:P.818 - P.818

日々工夫を重ねる専門家の臨床経験に学ぶ

 大阪市立大学大学院神経精神医学教授,切池信夫氏の名著『摂食障害―食べない,食べられない,食べたら止まらない』の第2版が出版された。2000年に出版された初版のタイトルを見たとき,「なんと上手にエッセンスをサマライズしたサブタイトルなのだろうか」と,その洒脱さに脱帽し,そこに至る背景にあるに違いない臨床経験の厚みにひそかに感嘆した。そしてその数年後,大阪市大を訪問して切池先生と親しく話をさせていただき,「なるほど,この先生にしてこの名著あり」と,膝を打つ思いがしたことを今でも覚えている。その切池氏が,ライフワークとしてさらに研鑽を重ね,氏ご自身の第2版の序の言葉を借りれば「初版を上梓してから,日常診療において日々工夫を重ね実施している治療法を中心に改訂」されたのが,第2版である。

 何を隠そう,私自身は摂食障害と聞くと,「う~~ん,大変そうだな」という考えがまず頭をよぎり,そこはかとなくいすの上で居住まいを正してからでないと患者さんに会えない,普通の全般精神科医であるが,そういう精神科医であるからこそ,本書とそのバックボーンとなっている大阪市大での臨床と臨床研究にさまざまな示唆をいただきながら日々の診療をさせてもらえる。

―日本社会精神医学会 編―社会精神医学

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.819 - P.819

わが国における現時点での社会精神医学の到達点

 社会精神医学は実践の医学である。カントがかつて「理論なき行為は暴力であり,行為なき理論は空虚である」と述べたといわれる。社会変動やグローバリゼーションの激しい今日,個人の価値観,家族のあり方,集団と個人のかかわり方も著しく変動する。また,個人の自己責任のみで生きていくことは困難である。精神障害の予防,患った人の治療そしてリハビリテーションには社会精神医学的視点とその実践が不可欠なのである。

 本書は,その序で「日本社会精神医学会が総力を挙げて作った教科書である。教科書といっても学生向けというより,現時点でのこの分野の到達点を示す意味合いが強い。50人に及ぶ各専門分野の執筆陣にもそのことが示されていよう。」と自負されているようにわが国の社会精神医学会がそこまで実力をつけてきたことを示すのであろう。その「序」にも40年前,懸田克躬,加藤正明共編の『社会精神医学』が刊行されたことが記されているが,それはわが国でまだ,社会精神医学の理論と実践が存在しなかった時期のいわば啓蒙の書であった。それに対比して本書は,この間の40年の精神医学・精神科医療の社会変動とかかわったある種の停滞,混乱それからの再建,進歩の体験を通して到達した内容と考えられる。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.824 - P.824

 「21世紀の前四半世紀が難治性神経精神疾患の解明の進歩に特徴づけられるエキサイティングな時代となる」という熱い思いのこもった「巻頭言」を拝読すると,ただ同感するばかりであり,「遺伝子発現の変化とその調節機構などに関する脳の成熟の分子機構の解明が,統合失調症の病態研究の新たな地平を拓く」ことに何の疑いも持たないが,精神症状の表現型だけで診断を一致させた病態研究ではその成果は期待できないことも明確となりつつあり,どのように打開するかが問われている。そこでバイオマーカーの開発が必須であり,臨床に根差した情報交換の場である本誌に期待されるところも大きい。

 一例一例の臨床症例を大切に診療し,その治療過程を検証して症例報告することも大事であるが,脳画像・脳機能検査所見や末梢指標の診断補助法としての妥当性や治療反応予測性に関する100症例を超える臨床研究が本誌に投稿されるようになることもまた大事であるといえる。それらのバイオマーカーが一致している診断群についての病態・病因研究を推進することで,精神疾患の病態解明が飛躍的に発展することが期待される。本年4月から先進医療として,F2,F3の診断に光トポグラフィーによる補助診断が認められた意義は大きく,今後,次々にバイオマーカーが先進医療として認められるようになることを期待している。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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