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雑誌目次

論文

精神医学52巻10号

2010年10月発行

雑誌目次

巻頭言

強迫スペクトラムはどこへ向かう

著者: 松永寿人

ページ範囲:P.942 - P.943

 紆余曲折を経て,DSM-5に向けた改定作業が2013年を目標に進んでいる。各working groupでは,それぞれのカテゴリーを構成する候補障害を絞り込み,その輪郭や診断基準の枠組みを明確にしつつある。今回のDSM-5改定において,最大の注目点の1つは,強迫スペクトラム障害(obsessive-compulsive spectrum disorders;OCSDs)の動向であろう。そもそもOCSDsは,1990年頃にNew YorkのHollander教授を中心とするグループにより提唱された。彼らはこの中で,「とらわれ」や「繰り返し行為」などOCDに類似した臨床症状を有し,comorbidityなどの疾患相互関連,家族的ないし遺伝学的脆弱性,脳形態学的,脳機能的異常性といった神経生物学的背景などを特異的に共有する障害群をOCSDとして,たとえば「強迫性-衝動性」を両極とする軸上で連続的にとらえることを試みた。これはまさに,現在,そして今後も脚光を浴びるだろうスペクトラム概念の先駆けともいえるものである。

 このworking group,すなわちObsessive-Compulsive Spectrum Work Group and Conferenceは,“APIRE/WHO/NIH Cooperative Research Planning Conferences;The Future of Psychiatric Diagnosis:Refining the Research Agenda”の一環として,2006年6月にWashingtonで開催された。この会議には欧米を中心に,摂食障害や衝動制御障害,遺伝学,あるいは動物モデルを含め,OCSD関係の研究者20名あまりが世界中から集まり,研究の現状,妥当性,臨床的有用性,そして今後の方向性や研究テーマなどを3日間かけ議論した。私もこの会議に招聘され,南アフリカのSeedat教授とともに,“obsessive-compulsive spectrum disorders;cross-national and ethnic issues”について講演した。この会議では,まずOCDと他の不安障害の異同の整理から始まり,各分野のexpertによる従来の研究のreview,特に①症候学的特徴,②comorbidity, ③家族,あるいは遺伝的要因,④病態,⑤治療など多角的側面から各候補障害を分析し,これら5因子のうち3因子以上を共有する十分なevidenceの存在を包含基準として,OCSD障害に該当するかを判定した。

特集 高次脳機能障害をめぐって

高次脳機能障害の概念をめぐって

著者: 鹿島晴雄

ページ範囲:P.945 - P.949

高次脳機能障害の概念と診断

 近年,高次脳機能障害という用語も定着し,特集のテーマに取り上げられるようになったが,本来,高次脳機能障害という用語は,行政用語として注意,記憶,遂行機能などの狭い意味での機能障害に対して用いられたものである。本稿では,高次脳機能障害を行政用語としての狭い意味ではなく,神経心理学的障害という意味でより広くとらえていることをお断りしておく。また近年の神経諸科学のめざましい進展と高次脳機能障害の医療,研究との関連については,筆者の及ぶところではなく,本特集の他の論考をお読みいただきたい。

 ここでいう広義の“高次”脳機能を,筆者は“意味にかかわる”機能と考える。たとえば,発声や構音は意味にかかわらない機能であるが,言葉を発することは意味に関係している。運動は意味にかかわらないが,パントマイムや手指で道具を使うことは意味にかかわる機能である。視覚や聴覚は感覚であるが,それらを介して対象を知覚すること,すなわち視知覚や聴知覚は意味にかかわる機能である。“意味にかかわる”これらの機能の障害である“高次”脳機能障害は,従来よりそれぞれ失語,失行,失認と呼ばれてきた。さらに,記憶,随意的注意,遂行機能の障害などいずれも意味にかかわる機能の障害である。そしてこれらの高次脳機能障害は,その診断や評価に,以下の意味で精神医学的アプローチが欠かせないものである。

高次脳機能障害の症候

著者: 森悦朗

ページ範囲:P.951 - P.956

はじめに

 記憶,思考,言語,さらに感情や意欲まで大脳の働きが生み出しているものが,高次脳機能としてまとめられる。脳血管障害や頭部外傷などで大脳が損傷されると高次脳機能が障害される。高次脳機能障害という概念は,19世紀,主として独仏語圏で「大脳病理学」,20世紀後半になって「神経心理学」と呼ばれるようになった領域で研究されていた病態を指すものである。現在においてその対象範囲は,注意,記憶,言語,知覚,行為,遂行機能のすべての認知ドメインの障害,および情動や意欲などを含んでいる。脳損傷の原因としては,脳血管障害,脳腫瘍,脳外傷,脳炎,変性疾患,認知症性疾患,神経発達障害が含まれる。これが元来用いられてきた学術用語としての高次脳機能障害である。すなわち脳損傷に起因する認知および行動障害全般を指す。高次機能を担うのは大脳連合野・辺縁系で,間脳および中脳の一部も関与している。皮質のほとんどの部分が連合野・辺縁系であり,大脳の皮質下核も多くはこれらの大脳皮質と結合して高次機能に関与しているので,結局ヒトでは中枢神経系の大部分を占めていることになる。したがって,それだけ脳損傷で高次脳機能障害を来すことは多いわけである。

 一方,近年一般的に認知されるようになってきたのは行政用語としての「高次脳機能障害」である。この用語は2003年の「高次脳機能障害支援モデル事業」中間報告書に始まる。その報告書は「高次脳機能障害ガイドライン」として公表されている2)。そこでは,「高次脳機能障害は,一般に,外傷性脳損傷,脳血管障害などにより脳に損傷を受け,その後遺症などとして生じた記憶障害,注意障害,社会的行動障害などの認知障害などを指すものであり,具体的には,会話がうまくかみ合わない,段取りをつけて物事を行うことができないなどの症状が挙げられる」とあり,狭い範囲に限定している。この場合は行政的支援のための位置づけであり,学術用語としての高次脳機能障害とは区別しておかねばならない。行政的「高次脳機能障害」には,学術的定義による高次脳機能障害の中で最も典型的である失語症や認知症は含まれない。誤解してはならないのは,失語症を伴っていても行政的「高次脳機能障害」という診断を排除するのではなく,失語症のみのものは含めないということであり,また結果的に高次脳機能障害が認知症の定義にあっていたとしても,それをもたらした原因がアルツハイマー病などの変性疾患あるいは多発性脳梗塞,すなわち進行性の老化関連疾患でなければ高次脳機能障害に含めてもいい。何ともすっきりしない,とても科学的とはいえない基準だが,それは行政的な意義を考えればすぐに理解できる。失語症は身体障害の中で,認知症は精神障害あるいは介護保険ですでに行政的支援が得られることになっているため,それらは敢えて行政的「高次脳機能障害」に含めなかったと解釈すればよいのである。ここで注目しているのは行政的「高次脳機能障害」であり,この後は単に高次脳機能障害と呼ぶ。

 失語症は,まひに続いて,身体障害として以前から行政的な支援の対象であった。失語はまひと同様に顕著で捕捉することが簡単であることと,脳損傷の中でも最も多い脳卒中,特に中大脳動脈領域の梗塞あるいは被殻出血で,高頻度に生じるということが理由として考えられる。乱暴な言い方をすれば,高次機能障害は言語優位半球を冒す典型的な脳卒中以外による脳損傷,たとえば前大脳動脈・後大脳動脈領域の梗塞,くも膜下出血,外傷性脳損傷,脳炎,低酸素脳症などによって生じる失語以外の障害を指す。

高次脳機能障害の実態と施策

著者: 中島八十一

ページ範囲:P.957 - P.965

はじめに

 障害を説明するのに,脚を片方なくすことを例にとれば誰しも理解できる。世界保健機関(WHO)が1980年に示した国際障害分類(ICIDH)は,障害を機能障害,能力障害,社会的不利の3層モデルで説明し,片足をなくすこと(機能障害)により,歩けない(能力障害)ので,職を失う(社会的不利)と明解に示した。このモデルに則れば,義足や車いすなどの補装具で機能障害を軽減することで,後に続く能力障害,社会的不利まで半ば自動的と呼べるぐらいに改善していくことさえ容易に推察できる。これを精神障害に当てはめるとなると,おおまかなところでは納得しても,いくらかすっきりしない気持ちが残るのが大方のところではなかろうか。その後WHOは,2001年になって国際生活機能分類(ICF)11)を採択することにより,ICIDHを一新した。ICFでは,健康を病因論的に分類するのではなく,生活機能の視点から健康の構成要素を用いて分類した。かなり難解なこの分類の採択は,「できない」ことを詳述する代わりに「できるはずである」ことを強調し,障害とその軽減に個人因子ばかりでなく環境因子を含めて考えることを促し,精神障害や知的障害を含めたあらゆる障害に対応して障害者を自立と社会参加に導く機運をもたらした。

 このような障害とは何かという概念の形成が机上の空論に終わらなかったことの最も理解しやすい事例は,バリアフリーではなかろうか。かつて,全盲や車いすの人間が電車に乗って毎日通勤することにどれほどの困難があったかは想像に難くない。それが普通の景色になったことには,障害者を可能な限り社会生活の一員にするという考え方とそれを可能にする施策があったことを忘れてはならない。障害者の自立と社会参加の促進は精神障害領域にも及び,統合失調症から発達障害まで広い領域で施策上の取り組みが開始され,その中にあって高次脳機能障害はいち早くその成果を示したところである。このような障害保健福祉分野という領域は医療の現場からは遠いもののように思われるが,実際に多くの医療関係者の尽力により施策が相成ったことを思えば,医学雑誌でこれを解説することにも意義があろう。

高次脳機能障害の注意障害と遂行機能障害

著者: 加藤元一郎

ページ範囲:P.967 - P.976

はじめに

 注意(attention)はさまざまな認知機能の基盤である14)。ある特定の認知機能が適切に機能するためには,注意の適切かつ効率的な動員が必要である。つまり,認知のターゲットの注意による選択が要求される。また注意機能は,広く社会的生活を営むためのさまざまな行動に介在し,これを統合する役割も持つ。すなわち,注意による行動の制御機構である。したがって,脳損傷後や精神障害例における注意の障害は,多くの認知行動障害を引き起こす。

 一方,遂行機能(executive function)とは,目的を持った一連の活動を有効に行うのに必要な機能であり,有目的な行為が実際にどのように行われるかで主に評価される。またこの機能は,人が,社会的,自立的,創造的な活動を行うのに非常に重要な機能とされる。神経心理学において,遂行機能という語に初めて明確な定義を与えたのは,Lezak11)である。以後,遂行機能という言葉が頻繁に使用され,局在性脳損傷例だけでなく,認知症,パーキンソン病,さらには統合失調症における認知障害については,この概念を用いた説明が行われている。特に,前頭葉損傷例に出現する行動障害を記述しようとする報告では,この言葉が使われない場合はほとんどない。注意障害や記憶障害は,その概念自体は比較的なじみやすい。しかし,遂行機能については,その概念の成立が新しく未解明な部分も多い。特に,遂行機能障害(機能の障害)と前頭葉病変(損傷の部位)とをイコールとし,単純かつ直接的に結びつける議論には注意が必要である。本稿では,注意障害と遂行機能障害について説明し,それぞれを評価する新しいバッテリーを紹介し,そのバッテリーにより評価した症例を簡単に紹介したい。

高次脳機能障害における記憶の障害

著者: 小森憲治郎

ページ範囲:P.979 - P.988

はじめに

 記憶障害は,脳血管障害や脳外傷に起因する高次脳機能障害の代表的な症状である。外傷性脳損傷における記憶障害の出現率は58%以上と広く認められるが9),その症状は多様で,簡易な認知機能のスクリーニング検査などでは十分に評価できない場合も多い。また脳外傷例では,その損傷過程の特性から,病巣部位を画像検査などで同定できない場合もあり,緻密な行動観察から,障害された記憶過程や想定される神経基盤を慎重に推定していくプロセスが必要となる。こうした症例の中には,今日の認知心理学における記憶研究の発展に多大な寄与を果たしたものが少なくない。また実際の記憶障害例では,注意や遂行機能など前頭葉との関連が深い認知活動にも影響が及んでいることがしばしば認められる。本稿では,脳外傷例や脳血管障害例にみられる高次脳機能障害としての記憶障害を理解するうえで助けとなるような,比較的新しい記憶の認知心理学的概念についても紹介する。基本的な記憶に関する用語や評価方法の詳細に関しては,他書に譲ることとする。

高次脳機能障害の行動の障害

著者: 勝屋朗子 ,   一美奈緒子 ,   本田和揮 ,   橋本衛 ,   池田学

ページ範囲:P.989 - P.994

はじめに

 高次脳機能障害者に生じ得る問題の1つに「社会的行動障害」が挙げられる。社会的行動障害とは,感情や行動を自分で調整することが難しくなる状態のことであり,「記憶障害」,「注意障害」,「遂行機能障害」とならんで高次脳機能障害の主要症状の1つとされる。高次脳機能障害支援の手引きには,社会的行動障害の内容として,意欲・発動性の低下,情動コントロールの障害,対人関係の障害,依存的行動,固執が列挙されている。しかしながら,高次脳機能障害における他の3つの主要症状と比較して,社会的行動障害は客観的な評価が難しく,その頻度や程度について正確に把握できていないのが現状である。また,感情コントロールが困難で易怒的になったり,あるいは逆に,意欲が低下し無関心になったりするため,十分な介入ができず,日常生活や社会復帰の大きな障壁となることも少なくない。

 本稿では,高次脳機能障害における社会的行動障害について,現在使用されている評価法や治療法について概観するとともに,当院における症状の出現頻度について報告する。さらに,易怒性や意欲の低下など,特徴に応じた症例を呈示し,当院で取り組みを開始したアンガー・マネジメント・プログラムについて紹介する。

高次脳機能障害のリハビリテーション

著者: 三村將 ,   早川裕子

ページ範囲:P.997 - P.1004

はじめに

 リハビリテーションとは,障害を持つ人が,身体的,心理的,社会的側面を含めた全人的な適応状況を,到達可能な最も高いレベルまで回復していく過程を意味している8)。リハビリテーションは,障害やハンディキャップを軽減し,障害を持つ人の社会的参加を可能にするあらゆる方略を内包する。したがって,リハビリテーションは医学領域に限ったものではなく,教育・職業・社会福祉などの広い範囲にわたる理念である。

 本邦では2001年の厚生労働省による「高次脳機能障害支援モデル事業」の開始を機に,「高次脳機能障害」という言葉の知名度は高まった。しかし,障害に対する理解,社会福祉サービス,行政の取り組みなどを含めたリハビリテーションは,身体障害とは比較にならないほど遅れている。

 たとえば,脊髄損傷により下半身が不自由になった成人のリハビリテーションを考えてみよう。受傷直後から,医学的な管理のもと,損傷を免れた脊髄領域の筋力強化に加え,基礎的な体力の獲得,排泄・食事・移動などの日常生活動作(activities of daily living,ADL)の訓練を行う。それから徐々に退院後の生活を指向し,社会参加に比重が置かれる。具体的には,車いすの利用,上肢だけで運転可能な自動車などによる移動手段の獲得,職場環境の整備,福祉サービスの活用などが挙げられる。障害は「身体障害」として法律的にも社会的にも比較的容易に認められ,最終的に病前と同じ生活は困難であるとしても,復職を果たし,より広いコミュニティの中で質の高い生活を獲得・維持・拡大していく。この過程すべてがリハビリテーションである。

 高次脳機能障害を有する場合も同様に,医学的リハビリテーションからスタートする。そして,社会的なリハビリテーションへと移行し,より質の高い生活の獲得を指向する。しかし,脊髄損傷の場合と同じように障害を見極め,残存機能を強化し,ADLを獲得すること,そして障害が社会的に理解され,コミュニティの中で質の高い生活を送れるよう展開することは容易ではない。

 高次脳機能障害は,脳の器質的な損傷により,正常な脳の働きが損なわれて生じる行動や認知に関する障害の総称である9)。脳機能は非常に複雑で,障害の現れ方もさまざまである。そのため,障害された機能と保存された機能との見極めは難しい。デバイスの使用も,歩行障害の程度に応じて杖あるいは車いすの適合を考えるようなわけにはいかない。たとえば,記憶障害に対しボイスレコーダーやメモリーノートを使用するなど,ハード面での適応があったとしても,それらが真に障害の代償手段となるためには,ソフト面の介入が不可欠だからである。

 本稿では,高次脳機能障害を脳の器質的な損傷により生じた行動・認知の障害全般ととらえ,行政用語の「高次脳機能障害」の定義とは異なることをお断りしておく。以下,高次脳機能障害者が最初に取り組む,医学的リハビリテーションについて述べる。まず病因や病期による構えの違いを概説し,次に医学的リハビリテーションの実際について,自験例を挙げる。最後に,高次脳機能障害における医学的リハビリテーションの課題についてふれる。

研究と報告

断酒率に影響した家族学習プログラムの効果の解析

著者: 奥田正英 ,   大草英文 ,   田中雅博 ,   三和啓二 ,   水谷浩明

ページ範囲:P.1005 - P.1011

抄録

 筆者らは,アルコール依存症社会復帰プログラム(ARP)の有用性,および家族のどのような要因が酒害者の断酒に好結果を及ぼすのか,家族学習会導入前と導入後で検討した。その結果,①1年断酒率は31.1%から46.1%に有意に改善した。②単身者の1年断酒率は,今回の平均断酒率の約1/5であった。③1年断酒達成者の協力者数は,単数でも複数でも差がなかった。④協力者は,配偶者のほうが肉親などに比べ1年断酒率が約2倍高かった。⑤1年断酒達成者の協力者の発言回数は,非断酒者のそれより有意に多かった。

 以上の結果から,ARPでは協力者の積極的な関与が必要であり,家族にも心理社会的な教育が必要であることが明らかになった。

精神科入院患者における肺炎のリスクファクター

著者: 菊池章

ページ範囲:P.1013 - P.1020

抄録

 一精神科病院で7年間に肺炎に罹患した入院患者33人を対照群と比較し,患者対照研究を行った。肺炎のリスクファクターは,年齢が高いこと(p<0.01),精神症状が重いこと(p<0.01),体重が少なく(p<0.01),ヘモグロビン(p<0.05),血清アルブミン(p<0.05),中性脂肪が低く(p<0.01),栄養状態が悪いことであった。また,肺炎群はブチロフェノン系抗精神病薬(p<0.05)と非定型抗精神病薬の使用量が少なく(p<0.01),抗精神病薬総力価が低く(p<0.05),抗パーキンソン薬が多く用いられていた(p<0.05)。これらは,嚥下障害を回避しようとする処方であると考えられた。肺炎の罹患やその再発を防ぐためには,肺炎になりやすい素質をしのぐ十分な処方変更が必要である。また,悪性症候群,イレウス,低Na血症および水中毒と比較したところ,リスクファクターはそれぞれ異なる特徴を有していた。

短報

認知リハビリテーションにより文章記憶が改善した1統合失調症ケース

著者: 小松敦子 ,   松井三枝 ,   荒井宏文 ,   古市厚志 ,   鈴木道雄

ページ範囲:P.1021 - P.1025

はじめに

 統合失調症では,広範な認知機能障害を背景に,記憶・学習機能に加え,注意や実行機能など多岐にわたる領域に機能低下が認められることが知られている7,11)。その中でも特に記憶機能の低下が大きいことが示されてきており4,6,7,11),そのような認知機能障害に対する介入として,近年,認知リハビリテーションが注目を集めている14)

 これまで我々は,統合失調症の認知リハビリテーションとして,スクリプトを用いた社会的知識の構造化トレーニング法3)や単語刺激を用いた記憶の体制化トレーニング法9)の開発を行ってきた。しかし,日常生活では単語のみを記憶するという機会は少なく,むしろテレビやラジオ,会話や場内アナウンスなど,聞こえてくる多くの言語情報の中から重要な情報を選択し,その内容を記憶しなければならないことのほうが多いと思われる。また,統合失調症患者では,記憶機能の中でも特に,文章記憶の成績低下が顕著と報告されてきた4,7)。そこで今回我々は,新聞や雑誌などの身近な記事を用いて文章記憶能力を改善するためのトレーニングを新たに開発し,それによる介入を行った統合失調症患者1例について詳細に報告し,認知リハビリテーションの有用性について提起することとした。

紹介

統合失調症認知評価尺度日本語版(SCoRS-J)

著者: 兼田康宏 ,   上岡義典 ,   住吉太幹 ,   古郡規雄 ,   伊東徹 ,   樋口悠子 ,   河村一郎 ,   鈴木道雄 ,   大森哲郎

ページ範囲:P.1027 - P.1030

はじめに

 統合失調症患者の社会機能に及ぼす影響に関しては,その中核症状ともいえる認知機能障害が,精神病症状以上に重要な要因であると考えられている4,5)。統合失調症の認知機能障害は広範囲な領域におよび,注意・遂行機能・記憶・言語機能・運動機能などの領域が特に注目されている。認知機能の評価においては,これまで,各認知機能領域を評価する幾つかの検査を目的に応じて組み合わせた神経心理学的テストバッテリー(NTB)が用いられてきた。しかし,NTBを用いた評価は,通常専門的な知識を要し,高価で時間を要するものであった。一方,統合失調症の主要な認知機能領域を簡便に評価し得る尺度は,日常臨床および研究において有用と思われる。

 我々は認知機能の客観的評価のため,統合失調症認知機能簡易評価尺度(Brief Assessment of Cognition in Schizophrenia;BACS)の日本語版(BACS-J)を過去に作成した7,8)。一方,このような認知機能の変化に加え,機能的予後に対する表面的妥当性を持つ評価尺度(co-primary measure)の候補として,Measurement and Treatment Research to Improve Cognition in Schizophrenia(MATRICS)委員会10)は,エキスパートの推薦に基づき,4つの評価尺度を提言した。そのうち,社会的能力の評価尺度としてMaryland Assessment of Social Competence(MASC)2)とUniversity of California at San Diego(UCSD)Performance-Based Skills Assessment(UPSA)12)の2つが,また,面接に基づく認知機能評価尺度としては統合失調症認知評価尺度(Schizophrenia Cognition Rating Scale,SCoRS)9)と統合失調症における認知機能障害の臨床的総合評価尺度(Clinical Global Impression of Cognition in Schizophrenia;CGI-CogS)13)の2つが選択された。また,これら評価尺度の計量心理学特性は,いずれも容認できるものであったと報告された6)。このうちSCoRSは,患者用,介護者用および評価者用フォームの3部で構成され,記憶,学習,注意,ワーキングメモリ,問題解決,処理/運動速度,社会認知および言語の8つの領域を評価する20項目と全般評価からなり,各項目はそれぞれ4段階で評価される。今回我々は,SCoRSの臨床応用への有用性に着目し,原著者の許可を得たうえでその日本語版(SCoRS-J)を作成した。なお,SCoRS-Jのcopyrightは,Duke University Medical Centerが所有している。

動き

「第106回日本精神神経学会」印象記

著者: 福田正人 ,   亀山正樹

ページ範囲:P.1032 - P.1033

1.広島大会の概要

 第106回日本精神神経学会学術総会は,山脇成人 会長(広島大学大学院医歯薬学総合研究科 精神神経医科学教授)と石井知行 副会長(広島県精神科病院協会会長)のもと,2010年5月20日(木)~22日(土)に広島国際会議場とアステールプラザを会場に開催された。

 この総会の基本テーマは,「求められる精神医学の将来ビジョン:多様な領域の連携と統合」であった。これは,「急増する精神医学に対する社会ニーズに対応すべく……多様性は増しましたが,将来の精神医学のビジョンを共有し,関連学会がより連携を深め,統合的な活動をする必要がある」(会長・副会長あいさつ)とのプログラム委員会での議論に基づくものであるという。

書評

―鈴木匡子 著,山鳥 重,彦坂興秀,河村 満,田邉敬貴 シリーズ編集―《神経心理学コレクション》視覚性認知の神経心理学

著者: 高橋伸佳

ページ範囲:P.1035 - P.1035

症状を解きほぐす術を学べる

 神経心理学の対象は言語,行為,認知にはじまり,記憶,注意,遂行機能,情動などを含む広範な領域に及ぶ。このうち失認症を中核とする認知の障害は,他の症状,たとえば失語症や失行症などと比べてとっつきにくいと感じる人が多いのではなかろうか。大脳の機能を大きく運動(出力)と感覚(入力)に分けたとき,後者の障害である失認症は外から見てその存在がわかりづらい。障害を検出する際にも,結果を出力という目に見える(表に現れる)形でとらえにくいため客観的評価が難しい。こうした印象が失認症への積極的アプローチをためらう理由の1つかもしれない。

 認知の障害は視覚,聴覚,触覚など感覚別に分類される。本書はこのうち最も重要な視覚性認知に焦点を当てたものである。本書の特長は2つある。1つは視覚が関係する高次脳機能のすべてを網羅している点である。内容は「視覚性失認」はもちろん,「視空間認知」,「視覚性注意」,「視覚認知の陽性症状」から「視覚認知と意識」にまで及ぶ。読み,計算,言語理解,行為などについて,視覚(あるいは視空間)認知の観点からみた項目もある。読者は全体を眺めてもよいし,まず興味のある部分から覗いてみてもよい。徐々にこの領域が身近に感じられるようになるだろう。

―Henry J. Jackson,Patrick D. McGorry 編,水野雅文,鈴木道雄,岩田仲生 監訳―早期精神病の診断と治療

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.1036 - P.1036

臨床病期モデルを採用した早期精神病治療の良書

 本書は1999年に刊行され,わが国では2001年に邦訳された「精神疾患の早期発見・早期治療」(金剛出版)の改訂版「Recognition and Management of Early Psychosis:A Preventive Approach」の日本語版(邦訳タイトル「早期精神病の診断と治療」)である。編集は初版と同じく,Henry J. Jackson教授とPatrick D. McGorry教授によるものであるが,その執筆者はほとんど入れ替わっており,この領域の研究の進歩がいかに早いかを実感させる。

 本書は8部で構成されている。第1部(第1章,第2章)は導入部であるが,この中で早期精神病の予防と介入にとってきわめて重要なモデル,すなわち「臨床病期モデル」が詳しく解説されており,まず,この部分を十分理解することが,本書全体の理解の前提になる。第2部(第3~5章)では,精神病のリスクと脆弱性に関する幅広く重要な分野が検討されている。第3章は精神病の遺伝研究分野の最新知見を概観し,第4章では精神病の環境的危険因子と遺伝要因の相互作用がレビューされている。また第5章では早期精神病を対象にした神経生物学的研究が概観されている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.1042 - P.1042

 今年の10月号では特集として「高次脳機能障害」を取り上げた。これが私の「精神医学」誌編集委員としての最後の特集企画になったが,読者からも「高次脳機能障害」の特集の希望が結構あったのでこれを取り上げることにした。私はこの領域の専門家ではないので躊躇したが,熊本大学の池田学先生にも相談して,テーマと執筆者を選ばせていただいた。「精神医学」の特集であるので,できるだけ精神医学系の先生方に執筆していただくのがよいと思ったのではあるが,精神科でこの領域を専門としていて執筆いただけそうな先生は思ったより少ないことに気づいた。したがって,執筆をお願いした先生方には偏りを避けられなかったことと,精神科領域では適当な方が思い当たらないため精神科以外の先生方にも登場していただく結果となったことをお断りしたい。しかし,全体としては,その道の専門家に執筆していただき,まずまずの特集になったのではないかと思う。

 昔の「大脳病理学Gehirnpathologie」から現在使用されている「神経心理学Neuropsychology」への名称の変更がなされ,さらに広義の「高次脳機能障害」という用語が現れ,それも科学的な意味合いで使用される場合と行政的な意味合いで使用される場合とでは,その内容も英文名も異なるようである。その辺の状況については,森悦朗先生の論文にも記載されている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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