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雑誌目次

論文

精神医学52巻11号

2010年11月発行

雑誌目次

巻頭言

臨床研究へのいざない:2題話し

著者: 古川壽亮

ページ範囲:P.1046 - P.1047

 一人ひとりの患者さんにとって重要なアウトカムに差異が生じるかどうかまでを診断,治療,副作用などについて検討する研究を,臨床研究という。わかりやすい例でいえば,高脂血症患者でコレステロールが下がるかどうかまでを見ただけの研究は本当の臨床研究ではない。高脂血症患者で実際に心筋梗塞その他の心血管イベントが減り,さらに総死亡率まで下がることを検討する研究が臨床研究である。本当の臨床研究であるかどうかを知るには,もしその介入でそのアウトカムだけしか変化がないとしたら,自分はその治療を受けるかと自問すればよい。高脂血症剤でコレステロール値が下がるだけで,そのほかには全く何の変化もないならば,それは明らかに私にとって痛くもかゆくもない(お金と手間暇だけは明らかにかかるうえに,自分は病気であるという心配までおそらく増やしてしまう)から,私はそのような診断・治療を受けないであろう。

 心筋梗塞後に不整脈があると死亡率が高くなることは観察研究から明らかであったので,抗不整脈剤を投与して再発そして死亡を防ごうと考えるであろう。では本当にそのような治療をしたら死亡まで減るかを検討する臨床試験が行われたところ,不整脈そのものは減少したが総死亡率はかえって上昇することが明らかになり,急遽この試験は中止され治療指針を書き換えることになった。これを明らかにしたCAST研究2)は歴史的教訓として有名である。

研究と報告

アスペルガー症候群の学齢児に対する社会参加支援の新しい方略―共通の興味を媒介とした本人同士の仲間関係形成と親のサポート体制づくり

著者: 日戸由刈 ,   萬木はるか ,   武部正明 ,   本田秀夫

ページ範囲:P.1049 - P.1056

抄録

 本研究は,アスペルガー症候群(AS)の学齢児に対して仲間づくりを支援するプログラム開発を目的とする。方法として,生活拠点の近いメンバーで構成された4名の小集団に対して,AS特有の興味に沿った課題設定を通じてSSTを行い,仲間関係の形成を図った。指導場面で形成された仲間関係を日常場面で維持するために,親支援を通じたサポート体制づくりを図った。開発したプログラムを25クラス100組の親子に実施した結果,参加した子どものほとんどが指導場面で「同じメンバーでまた集まりたい」とコメントした。56名は日常場面で親のサポートも得て同じメンバー同士の集いを行っており,そのうち28名は3年以上にわたって関係を維持していた。一方,親のサポートなしで本人同士が連絡を取り合って集いを行ったのはわずか4名であり,その関係は1年未満で途絶えた。青年期以降の長期的な効果と限界についての検討が,今後の課題である。

がん患者が望む「スピリチュアルケア」―89名のインタビュー調査

著者: 森田達也 ,   赤澤輝和 ,   難波美貴 ,   井上聡 ,   新城拓也 ,   池永昌之 ,   岡本拓也 ,   成田昌代 ,   須賀昭彦 ,   志真泰夫 ,   片岡純 ,   小林未果 ,   内富庸介

ページ範囲:P.1057 - P.1072

抄録

 がん患者の精神的苦悩(いわゆるスピリチュアルペイン)をやわらげることは重要であるが,わが国の患者自身がどのような方策が有効と考えているかを明らかにした研究はない。研究の目的は,終末期がん患者自身から見て,精神的苦悩をやわらげることに役立っていると考えること,精神的苦悩を強めていること,精神的苦悩に対するケアニード,および,精神的苦悩に対して自分で行っている対処方策を明らかにすることである。終末期がん患者69名を含むがん患者89名に構造化面接を行い,内容分析を行った。すべての精神的苦悩に共通する5つの方策に加えて,8つの苦悩それぞれに対して,「理由を見いだして受け入れる」,「宗教・人間を超えたものに支えを見いだす」,「生命の長さではなくどう生きるかに焦点を当てる」,「伝えて残したいことを残しておく」,「実現可能な新しい目標を見つける」,「先のことは考えずに今のことに集中する」,「できることではなく自分の存在に価値があると考える」など38の方策が抽出された。本研究をもとに,日本人のがん患者の精神的苦悩に対するケアモデルが構築されることが期待される。

摂食障害患者の血漿脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)濃度

著者: 中井義勝

ページ範囲:P.1073 - P.1077

抄録

 摂食障害患者の心機能を評価するため,神経性食欲不振症制限型(ANR)35例,同むちゃ食い/排出型(ANBP)31例,神経性過食症(BN)50例,特定不能の摂食障害13例を対象として血漿脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)濃度を測定した。血漿BNP濃度はANRがANBPとBNに比し有意に高値であり,18.4pg/ml以上のBNP異常率がANRは48%であった。血漿BNP濃度は体格指数および脈拍数と負の相関があった。治療前に高値であった血漿BNP濃度は,治療後は有意に低下した。以上の結果から,ANの一部患者で,心不全の指標である血漿BNP濃度が上昇していることが明らかとなった。

統合失調症の病識と抑うつおよび心理社会的要因との関連

著者: 山本裕美子 ,   石垣琢麿 ,   猪股丈二

ページ範囲:P.1079 - P.1086

抄録

 統合失調症の病識は,陽性・陰性症状や抑うつなどの精神症状だけでなく,主観的ウェルビーイングやセルフスティグマなどの心理社会的要因とも関連するといわれている。本研究では,外来患者の病識を定量的に調査し,各要因との関連について検討した。その結果,抑うつや心理社会的要因と強く関連する病識の下位尺度は「自己の疾病への意識」であり,特に,意識する頻度が抑うつと主観的ウェルビーイングに対して大きな影響を与えることが示唆された。疾病教育とともに適応能力や自信を高める支援が行われないと,病識の高まりとともに抑うつ感も高まる危険性が示唆された。

アリピプラゾール投与後に認知機能の一部が改善した慢性統合失調症の2症例

著者: 佐久間寛之 ,   佐藤早苗 ,   宮本保久 ,   勝見明彦 ,   樋代真一 ,   三浦祥恵 ,   落合紳一郎 ,   山本佳子 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.1087 - P.1093

抄録

 入院中の慢性統合失調症2例において,アリピプラゾールに切り替えた後,精神症状,社会機能,認知機能の一部に改善を見た。2例とも発症から10年以上が経過し,陽性・陰性症状ともに強く,社会性も低下し病棟内で孤立している状態であった。精神症状をPANSS,認知機能をBACS-J,社会機能をGAFで評価した。精神症状,社会機能,認知機能の中の言語性記憶,実行機能の改善がみられた。1例は退院し,1例は対人交流が改善し退院が見込まれるようになった。アリピプラゾールの効果,あるいは切り替えによる用量の減少が認知機能の一部の改善に貢献し,社会性の向上に寄与した可能性が示唆された。

高齢者病院における糖尿病を合併した認知症入院患者の検討

著者: 熊谷亮 ,   比賀雅行 ,   山本涼子 ,   小松弘幸 ,   野澤宗央 ,   一宮洋介

ページ範囲:P.1095 - P.1101

抄録

 2007年4月~2009年3月に順天堂東京江東高齢者医療センター精神科病棟に入院した認知症患者を対象に,糖尿病を合併した患者の実態調査を行った。糖尿病合併群では非合併群と比べ若年での入院が多く,脳血管性変化が存在する例が多く認められた。合併群では攻撃性を伴うものが多く,薬物治療では鎮静効果がある薬剤が有効であった。合併症治療目的で入院となった例のうち,合併群では糖尿病の悪化の他に白内障や皮膚疾患で入院となった患者数が多かった。自宅退院となった患者は合併群・非合併群とも半数以下で,在宅介護のサポートなどで退院先の確保をスムーズに行うことが課題となっていた。

短報

抗精神病薬の長期使用による水中毒3症例の治療の試み―キンドリングの視点から(第2報)

著者: 柿本泰男

ページ範囲:P.1103 - P.1106

はじめに

 多飲水は抗精神病薬を長期使用中の患者にしばしばみられ1),しかも治療困難な副作用である。その機序はいまだ不明であるが,柿本と山本3)はその現象が,何年かにわたる多量の飲水行動が習慣的に固定し,発作的に頻発するようになるのではないかと考えた。その機序をキンドリングに似た現象と考えた。飲水量が特に多いとき,著しい低Na血症となり,意識障害,浮腫,けいれんなどが起こり,水中毒とよばれる。柿本と山本3)は多飲水を繰り返す患者1例に,キンドリング現象に有効とされるcarbamazepine(CBZ)を投与し,多飲水発作の抑制に有効であることを見いだし,報告した。1例の患者での試みでは,一般的に多飲水にCBZが有効であると結論づけることはできない。本論文では,先に報告した症例のその後の経過と,その後新たに開始した2症例の治療結果について報告する。いずれの症例でも,繰り返す多飲水にCBZが有効であることを認めた。

精神病様症状を呈した抗NMDA受容体脳炎の1例

著者: 筒井幸 ,   大内東香 ,   手島和暁 ,   徳永純 ,   石黒英明 ,   西成民夫 ,   武村史 ,   森朱音 ,   神林崇 ,   清水徹男

ページ範囲:P.1107 - P.1109

はじめに

 最近,抗NMDA(N-メチルD-アスパラギン酸)受容体抗体に関連した脳炎(以下,抗NMDA受容体脳炎と略する)が,初期に精神病様症状を呈することが知られるようになってきている。抗NMDA受容体脳炎は若年女性に好発し,しばしば卵巣奇形腫を伴う自己免疫性脳炎である。頭痛などの感冒症状で発症し,経過中に妄想様の言動やカタトニー様症状など精神病様症状を呈することが多い。このため当初は精神疾患とみなされ,多くの症例が精神科に受診,入院する。その後,けいれん発作や意識レベルの低下,中枢性の低換気,不随意運動,多彩な自律神経症状などを生じ,脳炎であることが明らかになる。今回,精神疾患を疑われ精神科を初診し,後に抗NMDA受容体脳炎と診断された1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。なお,本人のプライバシー保護のため,病歴の一部を改編している。

拘禁精神病と考えられた1症例

著者: 加藤悦史 ,   杉浦明夫 ,   河田晃 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.1111 - P.1113

はじめに

 刑務所における拘禁反応にはさまざまなものがあり,19世紀半ばから主にドイツで研究が行われてきた。わが国でも戦前,戦中,戦後にかけて報告が行われ,吉益12),小木7)らいくつかの分類がある。しかしながら,DSM-ⅣやICD-10の診断分類には拘禁反応という用語はなく,最近では拘禁反応の概念自体あまり用いられない。そのため,報告例もまれである。しかし,矯正医療の現場では拘禁反応と考えられる症例は確かに存在し,その病名も使われ続けている。拘禁反応の中でも重度の精神障害に至る場合には拘禁精神病と呼ばれる1)が,今回我々は,Birnbaum2)の妄想様構想や小木7)の逃避的妄想の1つと考えられる独特の拘禁精神病を観察したので報告する。なお,症例の匿名性を保つため,論旨に影響のない範囲で改変を施し,症例報告に際し文書にて本人の同意を得ている。

資料

アルコール依存症での内科連携の成果

著者: 長徹二 ,   根來秀樹 ,   猪野亜朗 ,   井川大輔 ,   坂保寛 ,   原田雅典 ,   岸本年史

ページ範囲:P.1115 - P.1120

はじめに

 アルコール依存症患者は自ら治療を受けることは少なく,家族などの勧めで医療機関を訪れることが多い。これはアルコール依存症に特徴的であり,「自分がアルコールに関連した困難を抱いていること」をなかなか認めることができないことに起因する。そのためか,わが国には治療を必要とするアルコール依存症者だけでも約80万人存在する23)と推定されているが,実際に治療機関を受診している患者数は約4.3万人16)しかいない。

 アルコール依存症はさまざまな疾病とのかかわりも多く,一般病院に入院していた患者のうち17.8%(男性患者では21.4%)もの人がアルコールに関連した問題を抱えている可能性があった27)と報告されているように,医療機関を受診する患者の中に占めるアルコール関連の臓器障害や機能障害の割合は想像を はるかに上回るものであると予測される。また,総合病院において,他科から精神科への紹介患者におけるアルコール・薬物関連疾患の割合は30%前後2,18)と報告されており,連携医療の必要性が示唆されている。

 アルコール依存症を一般病院でスクリーニングし,専門治療機関に紹介する連携医療を展開するために,1996年3月に,三重県立こころの医療センター(以下,当院)が中心となって三重県アルコール関連疾患研究会(以下,当研究会)を発足させた。当研究会はアルコールに関連する問題を抱えている患者を対象とした研修や研究発表に加え,断酒会員やその家族の体験発表などを中心とした内容で構成されている。三重県内の100床以上の総合病院の中で,当研究会を開催した病院は8割を超えており,参加者総数は2,000人に達している。当研究会発足前の1996年の三重県の報告では,アルコール関連疾患により一般病院に入院してからアルコール専門医療機関受診するまでの期間は平均7.4年もの月日を要しており14),アルコール関連疾患にて一般病院で治療を受けてもアルコール依存症の治療が始まるまでに長い月日を要してきた。そのため,治療介入後の最初の10年間の死亡率が最も高い26)と報告されており,早期診断・早期介入が急務の課題であるといえる。

 一般病院でアルコール依存症の教育,啓発そして連携を進めてきた当研究会の成果を調べるため,今回はアルコール専門医療機関である当院に受診するまでの経緯に関する調査を行った。

紹介

感情障害を対象とした集中的通院による認知行動療法プログラム―米国マックリーン病院における実践

著者: 田中緑

ページ範囲:P.1123 - P.1129

はじめに

 筆者は2008年よりマサチューセッツ州マックリーン病院にてBehavioral Health Partial Hospital Program(以下,BHP)を学ぶ機会を得た。当病院は1811年より続く全米最古の精神科専門病院である。またHarvard University,Massachusetts General Hospitalの提携病院かつ研究機関であり,多くの優れた治療プログラムと研究成果を提供し続けている19)。BHPは,認知行動療法を全面的に用い,うつ病,双極性障害,不安障害,人格障害といった幅広い疾患を対象とする当病院独自の短期集中的通院プログラムである。本邦でも,感情障害圏の治療困難例,気分障害を伴う人格障害患者など,薬物療法に限界のある患者への精神療法的手法の需要は大きい28)。BHPはこれら疾患群に対しても,優れた治療効果を示している5,24)ことから,当プログラムを紹介するのは意義深いことと思われる。本論文では,BHPの具体的な内容とその特徴を詳しく紹介し,本邦で同様のプログラムを施行する際の課題についても考察する。

エドワール・ザリフィアンへのオマージュ(Hommage à Édouard Zarifian)

著者: 阿部又一郎

ページ範囲:P.1131 - P.1135

はじめに

 2009年6月に日仏医学コロック(Colloque médical franco-japonais 2009,日仏医学会主催)が2年ぶりに開催されたときには,日本から多くの医療関係者がパリを訪れた3)。大会前日には,有志らがそろってバスにてフランス北西部ノルマンディ地方を日帰り旅行する機会に恵まれた15)。Basse Normandie地域にあるカルバドス県の中心都市カーンCaen大学病院の精神科病棟(エスキロールセンター;Centre Esquirol)を訪問した際,バスを降りて参加者全員が横切った通りは,Rue Professeur Edouard Zarifianと名づけられていた(図1)。大学病院の精神科前教授の名を冠した看板は,まだペンキも新しく,前年の秋に落成式が行われたばかりであったという。

動き

「第25回日本老年精神医学会」印象記

著者: 内海久美子

ページ範囲:P.1136 - P.1137

 第25回日本老年精神医学会は,2010年6月24,25日の2日間,池田学会長のもと,KKRホテル熊本で開催された。一般演題としては口頭発表75演題とポスター演題48演題をはじめ,特別講演,シンポジウム,生涯教育講座,ランチョンセミナー,ティータイムセミナーなどが行われた。今回のメインテーマ「認知症医療と研究の独創性―日本から世界へ―」にふさわしい特別企画として,認知症医療に画期的な業績を残した日本の研究者4氏による講演が行われた。参加者は1,000名を超え,どの会場でも活発な討論がなされ成功裡に終えた。

 特別講演は日本モンキーセンターの西田利貞氏による「チンパンジーの社会生活;高齢者の役割に注目して」というタイトルで行われ,高齢のチンパンジーが担う役割から学ぶべき人間社会への示唆に富んだ内容であった。

書評

―東京都立松沢病院130周年記念事業後援会 編―東京都立松沢病院130周年記念業績選集 1919-1955―わが国精神医学の源流を辿る

著者: 笠井清登

ページ範囲:P.1138 - P.1138

 本書は,日本の公的精神科病院の祖であり,現在も中心的存在である都立松沢病院の創立130周年を記念して,前院長松下正明氏らが,同病院の研究黄金時代ともいえる1919~1955年にかけての業績のうち,後世に残すべき重要なものを選集したものである。

 林暲,秋元波留夫による「精神分裂病の予後及び治療」(第38回日本精神神経学会総会宿題報告,1939)は,東京大学病院精神科と松澤病院を一定期間に退院した精神分裂病(現在では統合失調症,当時の病名をそのまま用いた,以下同様)患者全員に対する予後と治療成績の調査報告である。予後良好因子について,女性,非定型性,急性発症を挙げており,まだ抗精神病薬が登場していない時代のデータであるが,我々の知る疫学的エビデンスとよく一致している。完全寛解の症例が数例提示されており,顕著な幻覚妄想状態がみられたものの,最終的に社会適応がよく,回復したといってよい経過が,抗精神病薬がない時代にも存在することを改めて認識させられる。治療については,インスリン療法の効果について検討しているが,一般的自然寛解率を上回ると結論づけているものの,本療法に特異的な治療効果は見いだせず,本来的寛解傾向を強化するものである,と慎重な付記もみられる。発病より治療までの期間が短いほうが予後がよいことも明確に示されており,DUP(duration of untreated psychosis)と予後の関係を最近メタ分析で確認し,早期介入を叫ぶ現代精神科医には衝撃的である。

―榊原博樹 編―睡眠時無呼吸症候群診療ハンドブック

著者: 清水徹男

ページ範囲:P.1139 - P.1139

一貫したポリシーに基づいたSAS診療のノウハウを提供

 榊原博樹先生の編集による本書であるが,実は榊原先生の著書と言ってよい。というのも,本書は榊原先生自らが執筆した部分が大部分を占め,その他の部分もほとんどが先生の教室員との共同執筆によるものであるからである。そのために本書は一貫したポリシーに貫かれたものとなっている。そのポリシーとは,睡眠科学の最新の知見と日本の睡眠医療の現状を踏まえて,現実的で最良の睡眠時無呼吸症候群(以下,SAS)に関する医療を行うためのノウハウを提供するというものである。

 本書は4部に分かれている。第Ⅰ部ではSASの概念・疫学・発症機序や遺伝について最新の知見に基づく解説が加えられている。わかりやすさと科学的正確さを両立させるべく工夫が施されている。第Ⅱ部ではSASの病態と臨床的諸問題を扱っている。特に生活習慣病を中心とする各種疾患との関連や,事故・医療経済などを通じてSASが社会に及ぼす影響について詳しく述べているほか,「日本のSAS診療の実態と診療連携構築の必要性」と題する1項を設け,日本の睡眠医療の現状を踏まえたうえで,診療連携についての榊原先生の提言がなされている。ちなみに,榊原先生には厚生労働省精神・神経疾患研究開発費による「睡眠医療における医療機関連携ガイドラインの有効性検証に関する研究」班(主任:清水徹男)の班員として睡眠医療における医療連携のあり方についてご尽力いただいている。第Ⅲ部では,SASの診断と治療について非常に具体的な記載がなされている。特に,まだまだ不明な点の多いSASの口腔内装置による治療については,現状における最良の情報を提供している。第Ⅳ部では榊原先生の豊富な臨床経験を生かして,さまざまなSASの症例が記載されている。

―Neil B. Sandson, M.D. 著,上島国利,樋口輝彦 監訳,山下さおり,尾鷲登志美,佐藤真由美 訳―精神科薬物相互作用ハンドブック

著者: 下田和孝

ページ範囲:P.1140 - P.1140

薬物相互作用への関心の高まりに応える書

 抗ウイルス薬であるソリブジンと代謝拮抗薬であるフルオロウラシル(5-FU)との薬物相互作用による重篤な副作用が問題となったのは1993年である。ソリブジンの代謝物であるブロモビニルウラシルが5-FUの代謝酵素であるdihydropyrimidine dehydrogenaseを不可逆的に阻害する結果,5-FUの血中濃度が上昇,5-FUの副作用である白血球・血小板減少などの重篤な血液障害を惹起するというメカニズムである。わが国で開発されたソリブジンが市場から姿を消すことになったこの薬害事件や1990年代にcytochrome P450(CYP)を中心とする薬物代謝酵素の解析が急速に進んだことを背景に,薬物相互作用に関する関心は高まってきたといえる。

 精神科領域では,1999年にわが国最初の選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)としてフルボキサミン,2000年にはパロキセチンが臨床現場に導入された。これらのSSRIは従来の三環系抗うつ薬などとの副作用プロファイルの差異が認められるが,さらに薬物代謝酵素の阻害作用という点でも特徴があり,薬物相互作用の知識は精神科薬物治療において必須であろうと思われる。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.1144 - P.1144

 今年の夏は異常な猛暑で,熱中症の多発からコメの作柄などまでさまざまな影響がみられた。一方,尖閣諸島問題などでは平和ボケの眠気を覚まされた感があるが,これは現実を多面的に正確に把握する好機ともいえる。日本の精神保健,精神医療もこの辺で現状把握をし直して改革の一歩を踏み出す必要があるだろう。一方,世の中の喧騒とは関係なく,秋が駆け足で走りすぎていきそうであるが,自然の中でほっとした心の安らぎを味わってみたいものである。

 「巻頭言」で古川教授は,生物学的な研究では検査データの改善に目標があって,最終的な臨床結果の改善までを目標にしていないと述べている。臨床研究では真の臨床目標に向かって,多数(2,000例)の対象と周到な計画に基づいて研究を行い,たとえば抗うつ薬の第一選択薬の用量は何mgか,第二選択薬は何かなどを明らかにしようとしており,この結果は世界的に影響が大きいという。臨床的な判断がある条件のもとで統計的にはっきり示されていれば,安心できるということであろう。日本でなかなかこの領域の研究者が育たないのは地味な仕事のためであろうか。「研究と報告」では森田達也氏らの「がん患者が望む「スピリチュアルケア」」が印象深い。89名にインタビューした結果であるが,非常に示唆的である。すべての精神的苦悩に対して「よく聞いてくれる」「気持ちをわかっていっしょに考えてくれる」ということの大切さが繰り返し語られた。また,「予測される経過や予後をあらかじめ聞いて,自分でいろいろなことを決める」という前向きな考え方と,「死のことは考えずに普通に毎日を過ごす」という受容的な態度の二通りがあって,その人にあった対応が望まれるという。8つの苦悩に対して38の方策が抽出された。緩和ケアにとってきわめて有用な研究結果であると同時に,日本人の死生観をうかがい知ることができた。また日戸由刈氏らの「アスペルガー症候群の学齢児に対する社会参加支援の新しい方略」では,自閉症では困難な仲間づくりを支援するプログラムを作り,小集団で興味に沿った課題設定を行い,仲間関係の形成を図った。さらに,親支援のプログラムを作り親のサポートを得て,仲間づくりが進展し維持されたという報告は,アスペルガー症候群の学齢児の発達を支援する方法として興味深かった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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