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雑誌目次

論文

精神医学52巻12号

2010年12月発行

雑誌目次

巻頭言

適切な医療提供を

著者: 中島豊爾

ページ範囲:P.1148 - P.1149

 私が現在の岡山県精神科医療センターの前身である岡山県立岡山病院の院長として赴任し,早や13年目に入った。10年目の2007年4月,私からお願いして,病院の運営形態を地方独立行政法人に変更していただいた。当初,地方公営企業法財務一部適用の病院長として,たとえ利益が出るとわかっていても,1人の職員の採用さえ自由にできず,艱難辛苦を舐めさせていただいた。県庁の敷地に入れば,腰は15度屈め,わずかでも見たことがある人には米搗きバッタのようにおじぎをし,部長・課長はもとより,係長にも愛嬌を振りまいてきた。しかしこれが苦痛であったわけではない。むしろ病院にとってわずかでもよいことがあれば,そのことが嬉しくて仕方がなかった。そして,わずか7~8名の医師はゾンビのようになっても働き続けてくれた。そのおかげで現在の病院があるのである。本当に感謝している。現在,医師は3倍の24名となり,看護師も倍増し,コメディカルは6倍となった。

 地方独立行政法人になってからは,理事長として自分で自分を院長に任命していたが,今年の4月に63歳で名誉院長になり,院長には年上の尊敬する内科医(元総合病院院長)に来ていただいた。単科の精神科病院という他科の目の入らない病院を,内科医の目で,そして総合病院の立場から見直してほしかったからである。たとえ単科の精神科病院といえども,標準以上の身体的医療を提供しなければ,病院の名に値しないと考えている。

研究と報告

早期精神病における精神科医の意識と治療判断について

著者: 辻野尚久 ,   片桐直之 ,   小林啓之 ,   根本隆洋 ,   水野雅文

ページ範囲:P.1151 - P.1159

抄録

 精神病をエピソードの顕在化前から早期に診断し,治療的介入を行うことは,発症の予防や予後の改善につながることから,その意義が強調されている。しかし,その具体的な介入方法に関しては,定式化された治療論があるわけではない。一方,わが国では精神障害に対する早期介入の概念そのものが専門家間で十分に普及しているとはいえない状況である。本研究では,精神科医を対象に仮想事例を用いたシナリオアンケート調査を実施し,早期精神病をどのようにとらえ,どのような治療観をもって日常臨床にあたっているのかを評価した。その結果,現状では,顕在発症の基準を満たす前から陽性症状の出現などに対して抗精神病薬が使用される傾向があり,過剰な介入をもたらす可能性があることが示唆された。そのため,発症基準の見直しや前駆状態のより詳細なリスク評価,薬物療法のガイドラインの整備などがわが国でも早急になされる必要があると考えられた。

少年鑑別所における自習ワークブックを用いた薬物再乱用防止プログラムの試み―重症度による介入効果の相違に関する検討

著者: 松本俊彦 ,   千葉泰彦 ,   今村扶美 ,   小林桜児 ,   和田清

ページ範囲:P.1161 - P.1171

抄録

 少年鑑別所に入所する薬物乱用者46名に対し,我々が開発した再乱用防止のための自習ワークブック「SMARPP-Jr.」を実施し,介入前後の評価尺度上の変化から,薬物問題の重症度と介入効果の相違について検討した。その結果,ワークブックの実施により,軽症群では,問題意識の深まりと治療動機の高まりを示唆する評価尺度上の変化がみられたが,薬物欲求に抵抗できる自信については変化がみられなかった。一方,重症群では,薬物欲求に抵抗できる自信の高まりを示唆する評価尺度の変化がみられたが,問題意識の深まりや治療動機の高まりを示唆する変化は認められなかった。自習ワークブックは簡便かつ一定の効果が見込める介入方法といえるが,重症薬物乱用者に対しては,地域における継続した支援体制が必要と考えられた。

SSRIsにaripiprazoleの追加投与が奏効した強迫性障害の13例

著者: 日隈晴香 ,   兼久雅之 ,   田中悦弘 ,   津留壽船 ,   花田浩昭 ,   穐吉條太郎

ページ範囲:P.1173 - P.1179

抄録

 強迫性障害の治療法として,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIs)を中心とした薬物療法と認知行動療法を中心とした精神療法が確立している。しかし,これらの治療法でも十分に改善しない治療抵抗性の強迫性障害の患者に対して,aripiprazoleの強迫性障害に対する効果が報告されている。そこで我々は,SSRIsおよび認知行動療法にて2か月間以上改善を認めない強迫性障害患者13例に対して,増強療法としてaripiprazoleの追加を7週間試みた。8例の患者は,aripiprazoleの追加療法にて効果を示した。今回の結果は,治療抵抗性の強迫性障害において,aripiprazoleの併用療法は1つの有望な治療の選択肢であることを示唆している。

精神疾患の復職支援要因の分析―地方公務員復職者に対するアンケート調査の結果

著者: 塩崎一昌 ,   池田英二 ,   池田東香 ,   平安良雄

ページ範囲:P.1181 - P.1190

抄録

 神奈川県下のある自治体において,精神疾患による長期休職後に復職した職員127名を対象に,復職に影響した支援についてアンケート調査を実施した。休職期間の前後で,職場の変化や制度的な事柄,受診状況などについて質問した。調査の結果,95名から回答が得られた。復職に役立った支援として,慣らし勤務,業務内容への配慮,上司の共感,業務量への配慮が多く選択されていた。また,復職後には職場での病気への理解は改善したと感じられていた。業務量の軽減や業務内容の変更は,ベック抑うつ質問票(BDI-Ⅱ)による抑うつ度の低下と相関していた。復職後の異動希望については,回答者の99%が配慮の必要性を認めていた。主治医への満足度は高かったが,満足度の高さは,BDI-Ⅱによる抑うつ度の高さと相関していた。

障害福祉サービスなどにおける精神障害者の自殺と対策の課題―ある大都市近郊地域での事業所調査から

著者: 熊谷直樹 ,   向山晴子 ,   小高真美 ,   渡部恵子 ,   谷口禮二 ,   森泉旬子 ,   野津眞

ページ範囲:P.1193 - P.1202

抄録

 精神障害者向け障害福祉サービスなどの利用者の自殺関連問題の現状把握のため,ある大都市近郊地域の事業所170か所を対象に,自殺や自殺の職員への影響などについて質問紙法で調査した。117か所が回答し,事業所あたり年間自殺発生率は0.072,利用者10万人あたり年間自殺者は180人と算出された。自殺発生時期における秋から冬の季節の割合は,当該地域住民全体に比べ,利用者において有意に高かった。自殺発生後に,事例担当職員の多くは抑うつ気分,脱力感などを体験し,業務に支障を来した人もあった。事業所での自殺対策では,利用者の自殺リスクに関する職員の認識,危険要因への配慮,業務マニュアルの整備や外部機関の活用が課題と考えられた。

短報

Cilostazolにより寛解に至った晩発性双極Ⅱ型障害の1例

著者: 網野賀一郎 ,   大澤良郎 ,   片山成仁 ,   飯森眞喜雄

ページ範囲:P.1205 - P.1208

はじめに

 1997年,Alexopoulosら1)やKrishnanら11)は,脳卒中後うつ病に加えて,脳卒中発作や神経学的徴候がなくてもMRI上の深部白質病変など画像所見や,血管障害の危険因子などを伴ううつ病も包括した概念として,血管性うつ病(vascular depression)を提唱した。以後,晩発性うつ病と血管障害の危険因子,深部白質病変などの関連について研究がなされ4,9),晩発性双極性障害についても同様に早発性双極性障害と比較し,血管障害の危険因子や深部白質病変を有することが多いことなどから16,18),微小血管障害などの脳器質病変が発症に何かしらのかかわりがあるのではないかと想定されている。近年,血管拡張作用と脳血流改善作用を有する抗血小板薬であるcilostazolが晩発性うつ病に対して効果があったという症例報告が散見されるが2,6,17),血管障害の危険因子と白質病変を有する晩発性双極性Ⅱ型障害の患者に対し,cilostazolを投与し寛解に至った症例を今回経験したので報告する。同薬は保険適応外の使用であったが,使用の目的と予測される副作用を説明したうえで,患者および家族の同意を得て使用した。なお,論旨を損ねない形でプライバシーに触れるところは適宜改変した。

中学生における自傷行為の経験率―単一市内における全数調査から

著者: 岡田涼 ,   谷伊織 ,   大西将史 ,   中島俊思 ,   宮地泰士 ,   藤田知加子 ,   望月直人 ,   大西彩子 ,   松岡弥玲 ,   辻井正次

ページ範囲:P.1209 - P.1212

目的

 近年,若者の自傷行為の問題に関心が寄せられている。自傷行為とは,「自殺の意図なしに,自ら故意かつ直接的に,自分自身の身体に対して損傷を加えること」である7)。一般に,自傷行為は希死念慮を伴わないものの,エスカレートするうちに,自殺の意図を持たずに重篤で致命的な自傷行為に至る可能性も指摘されており3),自傷行為の実態把握やその対応が重要課題となっている。

 いくつかの研究で,日本の若者における自傷行為の経験率が明らかにされている。これまで,一般大学生の6.9%11),一般女子高校生の14.3%10),少年鑑別所入所中男子の39.9%5)が自傷行為を経験していることが報告されている。自傷行為の初発時期は,12歳前後の中学入学期に多いことが指摘されているため1),予防や早期対応を考えるうえで,中学生における自傷行為の実態把握が重要であると考えられる。Izutsuら2)は,中学生を対象に自傷行為の経験率を調べている。刃物で自身を切る自傷については,男子の8.0%,女子の9.3%が経験しており,身体を壁に打ち付ける自傷については,男子の27.7%,女子の12.2%が経験していることが示された。しかし,Izutsuらの研究では,単一の中学校のみで調査が行われており,結果の一般化という点で限界がある。また,日本で一般の中学生を対象に自傷行為の経験率を調べた研究は,他にはみられない。現代の中学生における自傷行為の経験率を把握するためには,ある程度の代表性を備えた大規模なサンプルを用いて調査を行うことが必要である。

 本研究では,単一市内を対象とした全数調査を行い,中学生の自傷行為に関する基礎データを得ることを目的とした。

資料

精神科思春期外来を受診した高機能広汎性発達障害の臨床的検討

著者: 武井明 ,   鈴木太郎 ,   天野瑞紀 ,   松尾徳大 ,   目良和彦 ,   宮崎健祐 ,   平間千絵 ,   佐藤譲 ,   原岡陽一

ページ範囲:P.1213 - P.1219

はじめに

 広汎性発達障害(pervasive developmental disorders,以下,PDDと略)は,社会性の障害,コミュニケーションの障害,想像力の障害とそれに基づく固執傾向を主症状とする発達障害の総称で,その中で知的障害を伴わない者は高機能広汎性発達障害(high-functioning pervasive developmental disorders,以下,HFPDDと略)と呼称されている7)。近年,精神科外来または発達障害の専門外来を受診するHFPDD患者の中に,PDDの基本障害から二次的に派生したさまざまな精神症状や問題行動,いわゆる二次障害を呈して受診する者が少なくないことが指摘されるようになったが6,12),その実態を検討した報告は少ない3~5,7,11)

 今回我々は,精神科思春期外来を受診したHFPDDについての臨床的検討を行い,二次障害が認められるHFPDD患者の特徴を明らかにしたので報告する。

私のカルテから

WPW症候群を有するうつ病患者に修正型電気けいれん療法を試行した1例

著者: 小澤剛久 ,   臼井勝也 ,   森一也

ページ範囲:P.1221 - P.1223

はじめに

 修正型電気けいれん療法(modified electro-convulsive therapy;mECT)は全身麻酔下で行われ,安全性,有効性が高く,患者の苦痛も少ない治療法である。絶対禁忌はないといわれるが,狭心症,不整脈,動脈瘤などの心血管系疾患を有する場合は注意を要する。WPW(Wolff-Parkisnson-White syndrome)症候群は,正常の房室伝導系以外に副伝導路が存在し,特徴のある心電図所見として①PQ時間短縮,②デルタ波,③QRS幅延長,④ST・T変化がみられる。副伝導路の不応期が短い場合には,心房細動合併時に心室興奮が著しく増加し,まれに心室細動に移行し突然死の原因となる。ジギタリスやCa拮抗薬は副伝導路の伝導性を亢進するので禁忌となる。今回我々は,WPW症候群を有したうつ病患者にmECTを安全に試行した経験を得たので報告する。

著明な認知機能低下を初発症状とし,MRI画像をきっかけにしてHIV脳症と診断された1例

著者: 志賀弘幸 ,   根本清貴 ,   井口俊大 ,   高橋卓巳 ,   今井公文 ,   人見重美 ,   栗原陽子 ,   水上勝義 ,   朝田隆

ページ範囲:P.1225 - P.1227

はじめに

 本邦におけるヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者数は年々増加し,今後も増加するものと考えられている4)。近年,HIV感染症の治療にウイルス複製過程を阻害する薬を併用するHAART療法(highly active anti-retroviral therapy)が行われるようになり,HIV感染症患者の生命予後が著明に改善している2)。本邦でも,国立国際医療センター戸山病院で2007年4月~2009年3月の2年間にエイズ治療・研究開発センターより精神科へ診察依頼があったHIV感染症患者86例のうち,HIV脳症は2例にとどまる。しかし,HIV感染症自体が拡大し,HIVは頻繁に変異を繰り返すことから,HIV脳症自体は今後再び増えていく可能性がある。今回我々は,著明な認知機能低下を認め,MRI画像所見がきっかけとなってHIV脳症と診断されるに至った症例を経験した。HIV脳症をみる頻度が減少している中,貴重な症例と考えられたため報告する。なお,個人情報保護の点から細部を改変している。

「精神医学」への手紙

「若年性」という用語について―柏瀬による「精神医学への手紙」(本誌52巻7号)を読んで

著者: 新井平伊

ページ範囲:P.1229 - P.1229

 若年性認知症の特集(本誌51巻10号)から「若年性」の問題点を指摘した柏瀬の手紙は,タイムリーで非常に重要である。また,その特集の筆者らもおそらく同じ思いで執筆したからこそ,問題点が際立ったのではないだろうか。柏瀬の指摘通り,「若年性」には①医学用語としての適否,②年齢区分の不統一,③英語訳との不一致,という問題が内在しており,関連学会が中心となって定義などを明確化する必要があることは言を待たない。

総合病院の精神科医が辞める理由

著者: 外ノ池隆史

ページ範囲:P.1230 - P.1231

 「精神医学」52巻3号の特集は「総合病院精神科衰退の危機と総合病院精神医学会の果たすべき役割」であった。有床総合病院精神科の減少については確かに不採算性の問題が大きいと思われる。しかし無床総合病院の精神科医がなぜ辞めるのかについては本音のところが語られていないという印象を受けた。

 総合病院の精神科の仕事はとても多い。敷居の低い外来,コンサルテーション・リエゾン,緩和ケア,身体合併症,自殺企図,摂食障害など多様である。また職員の精神的問題への対応もある。どれも大切な役割だが,とても1,2名の精神科医でできる量ではない。総合病院で精神科をやろうなどというのは,そもそも不可能への挑戦だったのである。やれないことのほうがずっと多いので,どれだけ努力しても「精神科は何もしない」などと否定的に評価されてしまう。

書評

―神庭重信,加藤忠史 責任編集―専門医のための精神科臨床リュミエール16 脳科学エッセンシャル―精神疾患の生物学的理解のために

著者: 倉知正佳

ページ範囲:P.1232 - P.1232

 本書の序文にも書かれているように,近年の脳科学は長足の進歩を示し,主要な精神疾患の生物学的背景についての解明が進んでいる。精神科専門医は,これらの脳科学の進歩について継続的に理解していくことが必要である。そのためには,適切なテキストがあることが望まれる。このようなニーズに応えるために編集されたのが本書である。

 本書は,Ⅰ.中枢神経系の構造と機能,Ⅱ.分子生物学,Ⅲ.精神薬理学,Ⅳ.神経生理学と脳画像研究,Ⅴ.神経心理学と認知科学の5領域で,合計92項目から構成されている。各項目について,基本から先端的なことまで,臨床とのつながりを含めて第一線の研究者によりわかりやすく解説されている。各項目は見開き2~4頁で,図表も多い。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.1236 - P.1236

 本号に掲載されている「巻頭言」,「研究と報告」ならびに「短報」などに共通したキーワードは「必要な方々への適切な医療の提供」ということで一貫している。このように臨床での経験に根差した玉稿が集まり,また読者の反響の指標である「Letters to the Editor」も活発になっていることに改めて感謝したい。この適切な医療の提供のためには個々人の治療反応性や副作用出現リスクに基づく治療ガイドラインの作成が必要となり,日々の臨床経験を蓄積したエビデンスの構築が必須であるが,現状でのエビデンスの大半はグローバル製薬メーカーの臨床治験データである。感情障害の治験を考えてみると,双極性障害が除外され,重症で同意能力を欠く患者ならびに自殺リスクのある患者も除外され,年齢は18~65歳に絞って実施された治験であるため,一般臨床での個別医療への適応には制限がつくことになる。

 また,うつ病での臨床治験ではplaceboの有効率がしばしば高く,薬効から除外されるので,臨床治験結果をエビデンスとして蓄積する場合に考慮が必要となる。しかし,このplacebo効果は脳科学における最近の重要な研究課題の1つになっており,薬物療法によるうつ病での臨床効果に関連して変化する脳部位と変化の様相はplaceboによる効果と類似しており,精神療法による効果とは類似点と相違点を有するという興味深い成績が報告され,placeboの効果が必ずしも精神療法の効果と同様ではないことを示唆している。また,大脳基底核病変を有する神経疾患にもplacebo効果があることが報告されている。したがって,治療に参加している当事者の不安や期待・信頼などに関連する脳内の機序による影響が大きいことになり,実薬の効果の評価を低めるものではない。もし,placebo効果の高い群と低い群の見極めが可能となれば,自分の脳内機序によって自力で回復しつつある群を特定でき,実薬の使用を早期に減量中止することも可能となる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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