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雑誌目次

雑誌文献

精神医学52巻3号

2010年03月発行

雑誌目次

巻頭言

多元主義的精神医学という道

著者: 村井俊哉

ページ範囲:P.208 - P.209

 一昨年,人文系の出版社から翻訳の依頼をいただいた。原題は「The Concepts of Psychiatry」で,総論的な話のようだから,バイオ・サイコ・ソーシャル(生物・心理・社会)のすべての側面について慎重に気配りした本かな,と最初は思った。それほどおもしろい本ではないだろうと予感しながらも,なんとなく依頼を引き受けてしまった。ところがこの私の予想は,いい意味でも悪い意味でも裏切られた。序の翻訳にとりかかりはじめてすぐに気づいた。あれ,これはバイオ・サイコ・ソーシャルじゃないぞ,それどころが,その批判じゃないか,これはおもしろい! もともとは教室の若手の先生方の加勢を得て翻訳するつもりでいたのだが,全部訳してみたいとの誘惑に負け,翻訳はひとりで行うことにした。結果としてこの1年は,半年の教授不在期間を含む本当に慌しい業務の合間をぬってこの大変な本の翻訳に忙殺された。でも,それだけの価値はあった。

 さて,ここまでこの巻頭言を読まれた精神科医の皆様の中には,私が述べていることをいぶかしく思われるかもしれない。今の時代にバイオ・サイコ・ソーシャルを批判するような,そんな愚かであまのじゃくな精神科専門医がいるのか,専門医試験をやり直すべきだ,と。それぞれの患者の生物学的側面だけでなく,心理的側面や社会的側面にも注意を払うべきことは,現代精神医学の常識中の常識のエチケットだ。実際,順調にスタートした専門医制度の面接試験では,口頭試問で面接官の質問に上手に答えていくには,準備したレポート症例の問題点を,バイオ・サイコ・ソーシャルの3つの側面に分類してしっかり頭に入れておくことこそ必勝法である。

特集 総合病院精神科衰退の危機と総合病院精神医学会の果たすべき役割

無床総合病院精神科の危機と課題

著者: 見野耕一 ,   中嶋義文

ページ範囲:P.211 - P.220

はじめに

 無床総合病院精神科の危機について語られることが最近目立ってきている。無床総合病院精神科の診療特徴が人的な不足などの問題を生じさせ,それがある時点を越えると危機的な状況に発展してしまう。本稿では,危機的な現状を検証し,その状況に対する臨床現場での取り組みを紹介し,今後の課題を論じてみたい。

 有床総合病院精神科の施設数と精神科病床数についてみてみると,日本総合病院精神医学会の調査では,2002年度は272施設,21,734床であったが,2008年度は239施設,17,319床へと減少,すなわち精神科病床数は2002年度から比べると2割減少している。調査後も休止したり診療をやめたりする病院が続いている。地域の中核病院などの総合病院精神科病棟が医師不足などから閉鎖・縮小されたり,精神科外来そのものが総合病院から消失しており,わが国の総合病院精神科はこれまでにないほど危機的な状況にさらされている5)。日本病院団体協議会の調査によると,2007(平成19)年度の病床休止もしくは返還は,産婦人科,小児科に次いで精神科が3番目であった。

 無床総合病院精神科の場合はもっとも減少が顕著である。日本総合病院精神医学会無床総合病院精神科委員会の調査によれば,2009年8月現在,精神科常勤医のいる無床総合病院精神科の病院数と常勤医数は178病院,268名である(シニアスタッフ3名以上の大学病院など除く)。調査2)を始めた1999年より122病院が減少(41%)している。2008年度は,10病院が閉鎖となっている。

 厚生労働省の調査では,精神科専門の医師数は微増しているが,この10年で診療所と精神科病院に勤める医師数は増加したのに対し,総合病院の医師数は1割減となっている。

 減少の原因は複合的である。病院間では病院統廃合がまず挙げられるが,病院内では精神科医療の診療報酬が低く抑えられているため,診療科間の比較では不採算とみなされやすく,経営の観点から閉科となることが挙げられる。最大の理由は,多忙さにある。インセンティブのない多忙さは忌避され,常勤医の異動(開業など)に伴い欠員が生じた際に赴任を希望する精神科医がおらず,結果として非常勤医による外来診療をしばらく続けた後に閉鎖となるパターンが多い。診療報酬改定により,自殺未遂で入院した患者を精神科医が診察すると診療報酬が加算されたり,がん対策基本法で緩和ケアチームに精神科医の関与が求められるなど,精神科医の役割は増しているが,その主体となる総合病院精神科医自体が減少しているため,ニーズに応えられないのが現状である。

有床総合病院精神科の危機と課題

著者: 吉本博昭

ページ範囲:P.221 - P.228

はじめに

 2007年頃より医療崩壊という用語がマスコミで取り上げられるようになった。この医療崩壊は主に急性期医療を中心に,いわゆる総合病院を中心に地方から都会へとその現象が広がっている。その原因は多要因であり,今も解決を見ていない。現在は,産科・小児科領域が中心に取り上げられることが多く,国の対策もこの領域にフォーカスが当てられているが,(旧)総合病院精神科(以下,総合病院精神科)もこの医療崩壊という潮流に巻き込まれ苦しんでいることは国民には知られていない。

 そこで,総合病院精神科の中でも病床を有している有床総合病院精神科(以下,有床)については,危機的状況に陥っているさまをデータや具体的な地域の実情も提示しながら示したい。そのうえで,有床の役割・機能がどのようなものであるか,根幹をなす国の精神保健福祉施策の問題を諸外国の例も示しながら,今後の課題とともに未来に向かってあるべき姿も語りたい。

 ここで総合病院と呼称する際は,日本総合病院精神医学会より「総合病院精神科の現状とめざすべき将来―総合病院精神科のネクストステップ2009」4)(以後,ネクストステップ2009)において提示されている,「内科・外科を含む複数の診療科を有し,主として二次救急を含む急性期医療を提供する病院」としているのに従う。また,有床総合病院精神科とは,精神病床を有し,精神科入院治療を提供できる施設としたい。

総合病院精神科医師不足と診療報酬問題

著者: 横山正宗 ,   吉邨善孝 ,   藤原修一郎

ページ範囲:P.229 - P.237

はじめに

 ここ数年間,総合病院精神科病床の相次ぐ閉鎖や削減が進んでいる。このような医療機関の関係者らは危機感を募らせ,関連する議論を専門誌や学会などで繰り広げている。主に取り上げられる問題点としては,総合病院を辞める精神科医が増える中,新臨床研修制度導入後に大学医局などから医師の補充が難しくなったことなどによる人員不足や,病院経営の観点から収益性の低さを指摘され,非採算部門として切り捨てられていることの2点が挙げられる。この「人員不足と収益性の低さ」という問題は,そのまま「総合病院精神科を取り巻く医療環境と診療報酬」という議論につながっていくのが常であり,本稿もそれらに関することを中心に話を進めたい。

総合病院精神科の将来像

著者: 野口正行

ページ範囲:P.239 - P.246

はじめに

 「医療崩壊」が社会問題となり,産科,小児科,救急医療を中心として医療体制が危機的な状態にあることが広く社会に認識されてからすでに3年近くになる。よく知られているように,医療崩壊は総合病院医療の崩壊である。総合病院精神科も決してその例外ではなく,地滑り的に精神科の閉鎖,縮小が相次いでいる。このことは今まで残念ながらそれほど大きな注目を集めなかった。ここのところようやくその深刻さが認識されだしたといえる。本特集も,そのような総合病院精神科問題を掘り下げる試みとして,時宜を得た重要なステップであるといえる。こうした状況がどうしてそれほど注目されなかったのか,そもそも総合病院精神科の意義はどのようなものか,今後どのような事態が予測され得るのか,そして再生へ向けたどのような動きがあり得るのかについて総論的に論じてみたい。ちなみに,総合病院精神科の危機とそのメカニズム,今後の方向性については,「総合病院精神科の現状とめざすべき将来―総合病院精神科のネクストステップ2009」13)に詳細が記されているので,併せてそちらも参照いただけると幸いである。なお,総合病院精神科は無床,有床があり,開放病棟,閉鎖病棟もあり,大学病院も市中病院もあるなど施設形態や規模が実にさまざまである。このため,総合病院精神科を一括して論じることは本来難しい。本稿では紙幅の都合上,話を単純化することにはなるが,1病棟50床程度の有床総合病院精神科を念頭に置いて以下の論述を行うことをはじめに断っておきたい。

精神科医療の現状と課題―身体合併症への対応を中心に

著者: 林修一郎

ページ範囲:P.249 - P.256

はじめに

 人口構成や疾病構造の変化,医療の質の高まりなど,さまざまな要因から,精神科医療を取り巻く環境は変わりつつある。このような状況の中で,国民のニーズに応え,現場の医療関係者の方々のさまざまな努力を支えることができるような医療政策を進めていく必要がある。

 本稿では,わが国の精神医療の提供体制について,マクロ的な視点からの検討を紹介したい。今後の精神医療において,総合病院精神科の役割はきわめて重要であり,なかでも精神疾患と身体の傷病の両方を有する患者の診療機能の充実が最も求められていることから,身体合併症への対応を中心に論じたい。また,それ以外の話題も含めて,総合病院精神科に関連する医療政策の方向性についてご紹介したい。

マスコミから見た総合病院精神科の危機

著者: 和田公一

ページ範囲:P.257 - P.263

はじめに

 2008年5月29日の「朝日新聞」夕刊2面(東京本社発行)に,私と同僚の署名入りの記事が載った。記事の見出しは「精神科医,総合病院離れ/病床2割減 閉鎖も相次ぐ」というもので,一般紙としては初めて,総合病院精神科の危機的状況を報じた記事だった(図1)。

 新聞が取り上げるのは初めてだったが,すでにその1年前には,日本総合病院精神医学会などが主催する「総合病院・大学病院精神科医療の危機について考えるシンポジウム」が開かれ,医療系の専門誌などがこの問題を特集していた。「危機」はますます進行して見えやすくなり,原因や対応策についてもまとまった見解が発表されていた。したがって取材自体はスムーズに進んだのだが,原稿がほぼでき上がってから記事が掲載されるまでに2か月以上かかった。さらに,この記事に合わせて紙面化しようと東北地方の中核病院の現場ルポも用意していたのだが,こちらは結局,掲載を見送られてしまった。

 一般に,記者が書いた原稿はデスクがチェックして出稿する。政治,経済,社会部といった出稿部門のデスクを経て集まった原稿の採否や記事の扱い(どの面に,どのくらいの大きさで載せるか)を決め,見出しを付けるのは編集者と呼ばれる内勤記者の仕事だ。編集者が「この問題は重要だ」「この話はおもしろい」と思ってくれればすぐに紙面に載るし,扱いも大きくなる。ということは,私たちが書いた「総合病院精神科の危機」の原稿に対する編集者の関心はあまり高くなかったといわざるを得ない。記事が出てそろそろ2年になるが,「朝日」以外の新聞がこの問題をまとまった形で記事にした例を私は知らない。おそらく他の新聞社,テレビ局でも編集者の関心は高くないのだろう。

 「医療崩壊」という言葉が広く一般社会に浸透し,小児科や産婦人科,救急現場の医師不足の問題は頻繁に報道されるのに,なぜ総合病院精神科における医師不足,医療崩壊は注目されないのだろうか。結論からいえば,精神疾患,精神科医療に対するスティグマの問題が背景にあると私は思っている。そこで,あえて総合病院精神科の問題に焦点を絞るのではなく,少し対象を広げて考えてみたい。

研究と報告

抑うつと特性不安から見た小中学生の精神的健康の構造的検討

著者: 谷伊織 ,   吉橋由香 ,   神谷美里 ,   宮地泰士 ,   野村香代 ,   伊藤大幸 ,   辻井正次

ページ範囲:P.265 - P.273

抄録

 わが国の子どもの抑うつについては,いまだに十分な実態が明らかになっていない。そこで,本研究では小中学生における抑うつの実態を検討することを目的とし,調査協力市の全小中学校の小学3年生~中学2年生4,688名を対象に,抑うつ状態,特性不安に関する質問紙全数調査を行った。その結果,評価尺度であるDSRS-Cが2因子構造を持つことを確認し,抑うつ状態のうち,「活動性および楽しみの減退」の側面が,学年が上がるにつれて高くなることを示した。また,先行研究と同様に,一般的な小・中学生の中に抑うつ状態を示す子どもたちが少なからず存在することが把握された。

医療観察法鑑定の現状と問題点―都立松沢病院への鑑定入院20例の検討

著者: 今井淳司 ,   黒田治 ,   田口寿子 ,   伊澤良介 ,   梅津寛 ,   分島徹 ,   岡崎祐士

ページ範囲:P.275 - P.284

抄録

 医療観察法鑑定のために都立松沢病院へ入院した医療観察法鑑定20例について,調査と鑑定医に対するアンケートを行い,医療観察法鑑定の問題点について検討した。問題点として,①治療・行動制限に関する問題,②身体合併症に関する問題,③裁判所との連携に関する問題,④医療観察法鑑定の入口の問題,⑤3つの評価軸に対する認識の問題,⑥不処遇・却下事例に関する問題が抽出された。これらの問題点を改善するためには,①法条文やガイドラインの整備,②鑑定センターの設立や鑑定入院医療機関の施設基準の向上,③医療観察法に携わる司法関係者や鑑定医の知識・能力の向上の機会の充実,④早急な指定入院医療機関の整備,場合によっては病床の増設,⑤不処遇事例に対する法的整備などが必要と思われた。

短報

Blonanserinへの切り替えにより心不全徴候を伴う頻脈が改善した統合失調症の1例

著者: 河邉憲太郎 ,   松岡崇人 ,   細田能希 ,   上野修一

ページ範囲:P.285 - P.288

はじめに

 本邦では1955年に統合失調症に対する治療薬として抗精神病薬chlorpromazineが発売されて以後,さまざまな抗精神病薬が発売され,統合失調症の薬物治療は多彩となった。2009年現在,本邦では非定型抗精神病薬として用いることができる薬物が6種類発売されており,その単剤治療の有用性が次々と報告されている。その理由として,非定型抗精神病薬は,定型抗精神病薬と比べ,錐体外路症状などをはじめさまざまな副作用の出現頻度が低いため抗パーキンソン病薬の併用が不要になる,従来の定型抗精神病薬に比較して陰性症状や感情障害,認知障害に対しての効果が期待できる,などの利点があるからである。今回,haloperidolが原因と考えられる心不全徴候を伴う頻脈が,主剤をblonanserinに切り替えることにより改善した統合失調症の1例を経験した。若干の考察を加え報告する。

紹介

レジリエンス研究の理解のために―Richardsonのメタ理論とアロスタシス

著者: 西大輔 ,   松岡豊 ,   神庭重信

ページ範囲:P.289 - P.295

はじめに

 レジリエンス(resilience)は「しなやかさ,回復力」14)あるいは「抗病力」21)などと訳され,回復や健康生成に着目した概念として近年わが国でも注目されてきている。これまでの精神医学は,疾患の原因や危険因子,脆弱性を明らかにしようとする立場からの研究によって発展を続けてきた。しかし,レジリエンスに関する研究が発展すれば,これまで見いだすことが難しかった新たな治療法や治療論が生まれる可能性があり,その点でレジリエンスは非常に魅力的な概念といえる。レジリエンス概念の歴史的な変遷については,田らの優れた総説があるのでぜひ参照されたい4,5)

 ただ,レジリエンスに関する研究がきわめて広範かつ多岐にわたっていることもあり,レジリエンスは理解しやすい概念とは必ずしもいえない。そこで本稿では,レジリエンスを理解するうえで有用と思われるRichardsonのメタ理論と,アロスタシス(allostasis)およびアロスタティック負荷(allostatic load)の概念を紹介する。これらの理論や概念によって,心理学的および生物学的な観点から,レジリエンスに関する膨大な先行研究の体系的な理解を少しでも深めることができればと思う。

 なお,レジリエンスという用語にはさまざまな定義があり,筆者らは現時点で特定の主張や定義を強く支持しているわけではないが,本稿では近年の傾向に沿ってレジリエンスを「強いストレッサーを経験しても精神疾患を発症しない状態」(the absence of psychopathology by DSM-Ⅳ criteria)」1,6,18)と暫定的に理解する。そして,稿の終わりに,再びレジリエンスの定義について少し考えてみたい。

「精神医学」への手紙

薬剤誘発性の幻視はレビー小体型認知症の前駆症状か?

著者: 上田諭

ページ範囲:P.296 - P.297

 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)は,2番目に多い変性性認知症として,その病態と治療がますます注目されている疾患です。その診断には,臨床診断基準改訂版(2005)5)が広く用いられていますが,この基準を臨床の場で使用する場合,薬剤誘発性(以下,薬剤性)症状との鑑別が必要になる場合がまれではありません。診断基準上の中心症状である「認知症(進行性の認知低下)」中核症状の「特発性パーキンソニズム」と「具体的な内容の繰り返す幻視」は,いずれも高齢者において薬剤性に生じることがある症状でもあるからです。ここでは,幻視を取り上げます。Charles Bonnet症候群を除けば,意識清明下の具体的な内容の幻視は,高齢者といえども特異な症候で,幻視が明らかになることによってDLBと診断されることが少なくありません。それだけに幻視の評価は大切です。

 もとより,幻視などDLBの精神病症状は薬剤に関係なく生じるものです。パーキンソン病(Parkinson's disease;PD)とともに神経病理学的にレビー小体病として包括され,精神症状や画像所見もほぼ共通するDLBのこの特性は,PDの精神病症状がその原因に抗パーキンソン薬の影響を想定されているのと対照的といえます1)。ところが注目したいことは,DLBの発見者である小阪憲司先生3)がかねて,「パーキンソン病と診断されレボドパ治療中に特有な幻視が出現したり,軽い認知症が加わった場合〔認知症を伴うパーキンソン病(PDD)〕にはDLBを疑うべきである」との見解を示していることです。後半のPDDの認識に異論はありません。焦点としたいのは前半です。小阪先生の意図は「PDと診断されていても,レボドパなどの抗パーキンソン薬で特有な幻視が出るような症例は,神経病理学的にDLBと同一の特徴を有していると考えられ,臨床的にも将来DLBへ進展する可能性が高い」にあると推察されます。これは言い方を変えれば,まだ診断基準を十分満たさない段階のDLBのいわば前駆症状または初期症状として,薬剤性が疑われる幻視を認めるということです。

「薬剤誘発性の幻視はレビー小体型認知症の前駆症状か」についての上田氏の意見への返信

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.298 - P.298

 上田氏が指摘するように,「まず薬剤性を疑う」ことは重要であることに異論はありません。DLB(dementia with Lewy bodies)は病初期にBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)を最も来しやすく,それが患者や家族を苦しめ,彼らのQOLを損なっていることがしばしばです。したがって,私はDLBでは早期に疑って対応することが大切であることを主張し,初期診断の重要性を指摘しているわけです。DLBがまだあまり知られていないため,誤診があまりにも多く,その結果不幸な経過をとっている患者さんを診ることが多いという私の経験に基づくものです。各地での講演では早期診断の重要性の理由を説明しているのですが,小阪・朝田の「精神医学」の論文ではその辺の説明が不十分であったので誤解を生んだように思います。

動き

「第22回日本総合病院精神医学会」印象記

著者: 岸泰宏

ページ範囲:P.300 - P.301

 本年度の日本総合病院精神医学会は,2009年11月27,28日の2日間,切池信夫会長を中心とした大阪市立大学医学研究科神経精神医学教室のお世話により大阪国際交流センター(大阪市天王寺区上本町)にて開催された。基本テーマは「総合病院精神科―求められるもの,求めるもの―」であり,700人を超える参加者を得て盛会であった。会長をはじめ大阪市立大学医学研究科神経精神医学教室の方々と学会運営に尽力された関係者の並々ならぬ努力により,非常に円滑な学会運営が際立っていた。

 学会のプログラムとしては,9つのシンポジウム,5つの教育講演,一般演題60題,ポスター演題86題に加え,会長講演,招待講演,ランチョンセミナーなどが行われた。

「第43回日本てんかん学会」印象記

著者: 原恵子

ページ範囲:P.302 - P.303

 2009年10月22,23日の両日,弘前において,弘前大学神経精神医学講座教室の兼子直教授を会長に,第43回日本てんかん学会が開催された。日本てんかん学会は,日本てんかん研究会を前身としており,1967年に第1回が開催されてから,毎年1回開催されている。日本てんかん学会は,国内における規模の大きなてんかん学会である。今年も全国から800名を超える参加があり,医師だけではなく検査技師や薬剤師の発表もみられた。発表は口演が約140題,ポスター発表が約100題であった。医師の多くは脳神経外科,小児神経科,精神科,神経科が占めるが,特に小児科や脳神経外科の発表数が多い傾向がみられた。症例報告から,mass study,精神症状から発作症状,脳波脳磁図についてなどバラエティに富んだ内容であった。いずれも十分に検討された発表となっており,口演でもポスター発表でも質問のない発表はほとんどなく,活気を感じた。国際てんかん学会などと比較しても引けをとらない発表内容であったと思う。学会のポスター発表では多くの場合,併行していくつかの発表が行われるため,声が聞きにくい,会場が非常に混雑するといった難点があることが多かったが,今回はポスター発表の会場がいくつかに分かれていたため,そのようなことがなく,集中して聞くことができた。

書評

―神庭重信,黒木俊秀 編―現代うつ病の臨床―その多様な病態と自在な対処法

著者: 広瀬徹也

ページ範囲:P.304 - P.304

 本書は第5回うつ病学会(福岡,2008)の基調講演,シンポジウム,教育講演,ワークショップ,ランチョンセミナーなどの記録を元に書き下ろした論文から成っている。これほど網羅的でありながら一本筋の通った明快な本も珍しい。大盛況であった学会の会長,副会長である神庭重信,黒木俊秀両先生の周到な企画編集の賜物であろう。

 副題に「その多様な病態と自在な対処法」とつけられたように,本書の中心は第Ⅱ部の「現代うつ病の諸相―その診断と治療」にあるといってよいだろう。その導入にあたるのが第Ⅰ部の「現代社会におけるうつ病とは何か」であり,締めくくりが第Ⅲ部の「現代うつ病の養生論」という三部構成になっている。

―大谷藤郎 著―ひかりの足跡―ハンセン病・精神障害とわが師 わが友

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.307 - P.307

 つい先日,ある新聞に,『隔離百年を問う集会』との見出しで,こんな記事が出ていた。『ハンセン病の公立療養所ができて100年を迎え,全国ハンセン病療養所入所者協議会は(2009年)11月17日夜,東京都内で「ハンセン病隔離の100年を問う東京集会」を開いた。出席した厚生労働相は,「国の施策が厳しい差別を生み,苦痛と苦難を与えた事実に対して厚生労働大臣として反省し,おわびする」と述べた』

 淡々と記されたこの記事に含まれる深い意味を,私は感慨を持って読み取っていた。というのも,「ハンセン病・精神障害とわが師 わが友」という副題のついたこの本から,ハンセン病を隔離,排除する法律によって,病者がどれほど阻害され,悲惨な状況に置かれてきたかを学んでいたからである。

―西村良二 編著―研修医のための精神科診療の実際

著者: 小島卓也

ページ範囲:P.309 - P.309

 本著は医学部卒業直後に臨床研修医として精神科研修を行う医師を対象にしているが,専門医研修のための精神科医にも役立つ実践の書である。精神科の臨床は,生物学的,心理学的,社会的なアプローチが統合的に行われる点で他科と異なっているが,それを明確に理解できるようにわかりやすく構成されている。編著者は「治すこと」「癒すこと」「よりよく生きること」の3つを柱としており,主として「治すこと」が薬物療法,「癒すこと」が精神療法,そして「よりよく生きること」がリハビリテーションに対応するとしている。全部で25項目,それぞれの項目は4~6頁以内に簡潔にまとめられていて読みやすい。

 この種の実践書の中で精神療法に重きをおいてかなりのスペースを割いているものは少ない〔精神科面接(1―項目の番号),予診と現症(2),患者心理の理解(3),精神療法(4)これらの合計が19頁〕。編者は,患者が現実生活の中で葛藤や不安,怒り,罪悪感,自己疑惑などに苦しみ,医師との関係性の中で自分を見つめ直したい,癒されたいという気持ちを抱いており,それに答えるのが精神療法であり,「癒す」ための重要な技術と位置づけている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.314 - P.314

 陽射しの明るさに春の訪れを知るこの頃である。3月号には京都大学の村井俊哉教授に「巻頭言」を書いていただいた。氏が翻訳した本を紹介しながら精神医学における多元主義の重要性を紹介している。今盛んにいわれている 生物・心理・社会的アプローチはこれを満遍なく行おうとするのは困難で,実際には中途半端で折衷主義に陥りやすい。それよりもスペシャリストを目指し,なおかつ他の領域を理解する姿勢を持つことが大切である。これが多元主義であるという。臨床医として患者を目の前にしたとき多元主義が有効であるか,精神科医の質の向上にどちらが有効であるかは今後議論があるであろう。氏の今後の活躍を期待したい。本号は「総合病院精神科衰退の危機と総合病院精神医学会の果たすべき役割」という特集を組んだ。総合病院精神科が厳しい状況にあり,病棟を閉鎖する施設,外来診療をやめてリエゾンだけを行っているところ,精神科を止めてしまうところもある。厚生労働省のもとで2008年4月から1年半かけて,有識者による「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」が行われたが,そこでも取り上げられた。見野耕一氏らに「無床総合病院精神科の危機と課題」を,吉本博昭氏に「有床総合病院精神科の危機と課題」を,横山正宗氏らに「総合病院精神科医師不足と診療報酬問題」を,野口正行氏に「総合病院精神科の将来像」を,厚生労働省社会・援護局精神・障害保健課 林修一郎氏に「精神科医療の現状と課題―身体合併症への対応を中心に」,朝日新聞 和田公一氏に「マスコミから見た総合病院精神科の危機」をそれぞれ執筆していただいた。異なった立場の方々にこの問題に焦点を当てて論じてもらった。大変内容が濃く,問題の核心に迫るとともに,今後の精神科関係者の努力すべき方向性が見えてきたように思う。精神医学会全体の問題として積極的に対処していく必要がある。幸い今度の診療報酬改定で,総合病院精神科へのなんらかの手当てが行われるようである。

 「「精神医学」への手紙」では,上田 諭氏が小阪憲司氏に「薬剤誘発性の幻視はレビー小体型認知症の前駆症状か」という疑問を投げかけ,第一人者の小阪氏がそれに答えている。このような質疑の中で,一般的には認識が不十分な問題が明確になることは喜ばしいことである。最近レジリエンスという言葉がよく用いられるが,これを理解するための紹介論文が西 大輔氏らによって掲載されている。

 本誌は症例報告などを中心とした学術雑誌であるが,今回は重要性に鑑み,総合病院精神科の問題を特集として取り上げた。読者のご批評を待ちたい。(T.K.)

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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