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雑誌目次

論文

精神医学52巻4号

2010年04月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学と症候学

著者: 池田学

ページ範囲:P.318 - P.319

 最近,ある高名な神経内科医の著書を読んでいて,引っ掛かるところがあった。要約すると,「一時代前には,どちらかというと神経内科医たちが種々の症例や経過に共通する特徴や共通に役立つマニュアル的な治療法をみつけようという自然科学的な考え方をし,精神科医たちは個々の症例を大切にし,個別にその背景にあるものをみつけようとしていた。しかし,最近では,むしろ精神科医のほうがよりマニュアル的な対策をみつけようとするようになってきて,個別性を大切にして対応しようとする考え方が忘れ去られようとしている。今後は,神経内科医が以前に精神科医たちがやっていたような個々のケースに個別に取り組もうとする立場に戻るべきではないか」といった内容である。もちろん,この著者は精神科医と神経内科医の優劣を論じているのではない。私としては,素直には首肯しがたいところもあるのだが,近縁の科からみた最近の精神科医像として興味深かった。

 東京から来られたうつ病の権威が,同じような指摘をされたことも心に残っている。「最近の若い精神科医の診察をみていて愕然としたことがある。“うつ病らしき患者さん”を面接しながら,一所懸命机の下で指を一本一本折りながら症状を確認していて,症状が5つになるとほっとした表情を浮かべて,診断は“うつ病”とカルテに書き込んでいるのである。これは,DSM-IVの大うつ病の診断基準を満たしたことを意味するのだが,その患者さんは入室時から生気がなくうな垂れていて,抑うつ気分や早朝覚醒を小声で訴えているのだ。過去にうつ状態のエピソードがあったことも確認できている。どうして症状をいちいち数えないと診断できないのでしょう。笑い話のようで,笑えない恐ろしい話です」といった内容であった。

特集 内因性精神疾患の死後脳研究

精神疾患の脳形態画像解析からみた器質的要因

著者: 鬼塚俊明 ,   中村一太 ,   神庭重信

ページ範囲:P.321 - P.328

はじめに

 近年,精神疾患の病態研究として,高解像度magnetic resonance imaging(MRI)を用いた脳画像研究が盛んになってきた。現在では,さまざまな精神疾患において,正常者との微細な脳構造の違いが報告されてきている。灰白質の体積減少の報告が多いが,時にはある脳部位の体積増大も報告されている。注意するべき点として,疾患群で関心領域(region of interest;ROI)の体積が正常対照者と比べて有意に小さい(あるいは大きい)という結果が得られても,それが精神疾患の病態にどのような意義があるかは不明であり,あくまで正常者と異なるパターンであるということを示しているに過ぎないことを理解しておく必要がある。「萎縮」という用語は神経細胞数の減少を示すことが多いので,統合失調症のROIの体積減少は「萎縮」と表現するべきではないと思われる。

 現在の脳形態画像研究から精神疾患における器質的要因を類推することは困難であるが,本稿では死後脳研究,脳機能研究の所見を考慮し,精神疾患の脳形態画像解析からみた器質的要因について述べてみたい。

統合失調症に組織病理学的異常はあるか

著者: 入谷修司

ページ範囲:P.329 - P.339

はじめに

 W. Griesinger(1817-1868)は精神疾患の病因を当時の心因論的解釈と生物学的解釈とを明確化して,自然科学に根ざした精神医学をめざし「精神病は脳病である」“Geisteskrankheiten sind Gehirnkrankheiten”という有名なテーゼを残した。この後,ドイツを中心に脳病理研究は大きく発展する。統合失調症の疾病概念を提唱したE. Kraepelin(1856-1926)もそれに強い影響を受け,統合失調症の脳になんらかの器質的異常があることを想起し,その弟子のA. Alzheimer(1964-1915)らの神経病理学の先駆者たちも熱心に精神病に脳器質的病因を追求した。しかしながら,疾患特異的な所見が見出されることがなく,一時は,「神経病理学者にとって統合失調症は墓場“Schizophrenia is the graveyard of neuropathologists”」と呼ばれる時代を迎えるようになった。しかし,1980年代以降,CT,MRIなどの脳画像(neuroimaging)の技術的進歩によって,この疾患の脳形態(brain morphology)の変化が相次いで報告されるようになり,その影響を受けて再び脳組織で何が起きているかに興味が持たれるようになった。その形態学を基盤とした生物学的解明の潮流の中で,この疾患の脳における神経病理学的な検討が再びされるようになった。顕微鏡下の形態学変化の観察だけでなく,さらに従来とは違って細胞分布などをコンピュータ画像/統計処理する報告や,脳組織の免疫組織学などの特殊染色術を応用した手法が用いられるようになった。今のところ,確証性の高い所見はいくつかあるものの,疾患特異的所見をいまだ見出し得ていないのが現状である。一方で,近年の分子生物学的研究の成果によってこの疾患のリスク遺伝子が見出されてきているが,それらの遺伝子の多くが神経の分化や発達,可塑性にかかわる機能と関連していることから,脳の病理との関連に興味が持たれるようになった。それら従来の研究の蓄積の所見を合理的に説明できるものとして,神経発達障害仮説(neurodevelopmental hypthesis)が支持されるようになった。いまや,脳神経画像と分子精神医学,そして脳神経病理学の研究成果の統合によって病因を解明する時期を迎えている。その意味において,新たな観点から神経病理学的な検討は重要性を増している。

統合失調症の組織病理所見―前頭前野ニューロンの変化とその病態生理における意味

著者: 橋本隆紀 ,  

ページ範囲:P.341 - P.350

はじめに

 統合失調症における死後脳の組織病理学的な解析は,疾患概念が確立されて間もなく,古典的な組織染色法を用いて進められた。しかし,明らかな細胞の変性・脱落などが認められず,特異性および再現性のある所見が得られない状態が長く続き,「統合失調症は神経病理学者の墓場」とまでいわれた23)。このような状況は,形態の質的評価を行う従来の組織学的方法の限界と,脳内変化を明らかにするうえでの明瞭な作業仮説の欠如などに起因していたと考えられる。ところで,1990年代から急速に進歩した神経科学により,行動や認知を担う脳内領域が同定されるようになり,その機能を支えるニューロンや分子についての知見も飛躍的に増加した。統合失調症についても,その症状や障害に対応した脳部位に焦点を当てた脳画像研究から,構造や機能の変化を示す所見が多く報告されると同時に,そのような変化の背景にある細胞や分子レベルにおけるメカニズムについても仮説を立て検証することが可能となってきた。現在では,定量的な形態計測の方法であるステレオロジーや分子生物学的方法を適応した新しいタイプの死後脳研究が盛んに進められつつある。このような研究から得られた知見は,それぞれの症状や障害に対応した細胞・分子レベルのメカニズムを明らかにしつつあり,それに基づいた新規治療法の開発も進んでいる。

 ピッツバーグ大学精神医学部門には,23年前にTranslational Neuroscience Program(http://www.tnp.pitt.edu)が設立され,精神疾患を対象にした死後脳バンクの整備が進められてきた。ここでは,統合失調症で機能障害が想定される背外側前頭前野皮質における細胞・分子レベルの変化について,我々のグループによって明らかにされてきた知見を中心に紹介し,その機能的意味について考察したい。

気分障害に組織病理学的異常はあるか?

著者: 池田研二

ページ範囲:P.353 - P.364

はじめに

 気分障害の死後脳研究は1980年代以降の統合失調症死後脳の神経病理学的な研究が盛んになった際に,統合失調症(shizophrenia;SC)と並んで双極性感情障害(bipolar disorder;BPD)と大うつ病(major depressive disorder;MDD)をSCと対比させる形で研究されることが多かった。そのうちに気分障害を中心とした研究も行われるようになり,今日に至っている。SCにサブタイプがあり,これを考慮に入れた研究が要求されるのと同じように,気分障害についても,早期発症と高齢発症では病態に違いがあると考えられ,両者を分けて考える必要がある。加齢性変化が加わってくる高齢者に起こるうつ病(late-life depression;LLD)にはより組織病理学的異常の関与の程度が大きいことは容易に想像されるが,LLDを取り上げた多くの研究報告がある。気分障害の研究はSC研究に連動して始まったが,一方で,MRIなどの形態画像で異常が指摘され,それがほぼ確実視されていること25),機能画像や神経心理学的な研究で脳,特に前頭葉の機能の低下が指摘されていることから,これらに対応する神経病理学的な検討がなされている。特にMRI研究は気分障害での死後脳の検討部位に示唆を与えた。それは,①前頭葉の(背側)前頭前野,前部帯状回や,②内側側頭葉の海馬領域と扁桃核などの辺縁系である。これとは別に,従来からのうつ病のモノアミン仮説に基づいて,③青斑核や縫線核の脳幹モノアミン神経系についても検討されている。さまざまな手段で死後脳研究がなされているが,組織病理学的異常の有無を問うという主旨から,①皮質の厚さ,神経細胞やグリア細胞のサイズや密度といった細胞の構築,構成の形態計測学的検討,②軸索,シナプス,樹状突起などの細胞要素の形態計測学的検討,③免疫組織化学を用いた形態計測学的研究,のように神経病理学的手法による報告を中心に,これまでの気分障害の死後脳研究報告について概観する。

精神疾患死後脳研究の展望とブレインバンク

著者: 富田博秋

ページ範囲:P.367 - P.376

はじめに

 近年の画像研究・死後脳研究から統合失調症・気分障害などの精神疾患に神経細胞やグリア細胞における分子遺伝学的変化を伴う何らかの変性とそれに伴う脳構造の変化を示唆する所見が集積されてきている。精神疾患の成因に関連する脳内細胞の形態・機能変化や分子遺伝学的なメカニズムについては今後,究明が進むことが望まれるところである。従来の組織病理学的アプローチに加え,近年,一度に多数の遺伝子転写物,タンパク質,代謝物の発現量・含有量や分子遺伝学的性状を網羅的に解析するハイスループット解析技術が急速な進歩を遂げてきており,これらの技術を用いて,精神疾患罹患者と健常対象者の死後脳を解析し相違を検討することで,精神疾患の病態に関連する分子遺伝学的現象を特定できる可能性が広がってきた。欧米では精神疾患を対象とするブレインバンクがすでに多数運営され,死後脳の集積が行われてきていることから,今後,新技術を駆使した研究がますます盛んになると考えられるのに対して,本邦ではブレインバンクの整備が大幅に遅れている4,5,7,9,13)。このような背景から日本生物学的精神医学会の中にブレインバンク設立委員会が結成され,より多くの日本の施設でブレインバンクを設立・拡充させ,また,互いに有効に連携できる体制の整備に着手している(図1)。本稿では,本邦におけるブレインバンクのシステムのあり方に関して本委員会で議論されている案件を中心に,今後の死後脳研究とブレインバンクの展望についての検討を行いたい。

研究と報告

摂食障害発症頻度と摂食障害関連症状の時代的変化

著者: 中井義勝

ページ範囲:P.379 - P.383

抄録

 京都府下の女子学生を対象に自己記入式調査用紙を用いて,摂食障害に関する食行動,体重や体型への態度,月経に関する情報を1982年,1992年,2002年に集め,摂食障害発症頻度と摂食障害関連症状の時代的変化を検討した。その結果,2002年には1992年に比し,やせ群におけるやせ願望を有する割合や食行動異常の割合および摂食障害の発症頻度が急激に増加していた。一方,欧米では1980年以降,若い女性のやせ願望を有する割合と摂食障害の発症頻度が減少している。これらの結果は,日本では摂食障害が現在も増加しており,やせた女性がよいとする社会風潮が,その病因の1つであることを示唆する。

WCSTを用いた認知機能リハビリテーション―神経心理テストの成績は改善するか

著者: 袖山明日香

ページ範囲:P.385 - P.392

抄録

 認知機能リハビリテーションが統合失調症患者の神経心理学的検査結果に及ぼす影響を調査した。統合失調症と診断された19名をWCSTを用いた認知機能トレーニング群(10名)と計算課題群(9名)に分け,練習を行った後,両群ともに問題解決技能訓練を施行した。介入前後に神経心理検査,PANSS,LASMIなどを実施した。実施後,認知機能トレーニング群ではWCSTの成績が有意に改善し,言語流暢性検査なども改善した。計算課題群はキャンセル課題のみ成績が改善した。この結果から,認知機能リハビリテーションが標的とした神経心理検査の成績を改善することが示された。他の認知機能への波及効果についてはさらに検討が必要である。

うつ病女性患者への集中内観療法による介入研究―ストレス対処行動の変化

著者: 朴盛弘 ,   溝部宏二 ,   川原隆造 ,   千石真理 ,   中込和幸

ページ範囲:P.393 - P.400

抄録

 精神疾患の発症や持続にストレス対処行動の関与が指摘されている。うつ病女性患者のストレス対処行動について,対処行動調査票(CISS)日本語版を用いて健常女性対照群と比較検討し,さらに集中内観療法によりその対処行動に変化が生じるか検討した。うつ病群では,対処行動として情緒優先対処をとりやすく,抑うつ尺度であるSDSと情緒優先対処の得点との間に正の相関が認められた。集中内観療法直後は課題優先対処が有意に上昇し,情緒優先対処は有意に低下した。SDSは,集中内観療法直後には有意に低下していた。以上より,集中内観療法により抑うつ症状および対処行動に変化が認められ,集中内観療法は対人関係療法,認知療法,行動療法などと同様に,女性に関してはうつ病の治療・再発予防効果が期待できる精神療法である可能性が示唆された。

短報

Aripiprazoleの付加療法が有効であった治療抵抗性うつ病の1例

著者: 櫻井政仁 ,   岡田京子

ページ範囲:P.401 - P.404

はじめに

 最近うつ病の治療には,従来から使用されている三環系抗うつ薬や四環系抗うつ薬などに加えて,より副作用の少ない選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRIs),セロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRIs)などの使用も可能になり,薬剤選択の幅が広くなった。しかし,うつ病の中にはこのような治療薬を十分量6~8週間以上使用しても改善に乏しい症例も存在する。このような治療抵抗性のうつ病患者に対する治療には,増強療法として炭酸リチウム,甲状腺ホルモンの追加,電気けいれん療法などが行われることも多い1,5)。また,海外では,治療抵抗性うつ病に対して非定型抗精神病薬を付加療法として用いると効果的であるという報告も散見する4)

 今回,治療歴約7年の治療抵抗性のうつ病患者に対し,付加療法としてaripiprazoleを併用し,抑うつ症状の改善を経験したので報告する。なお,報告にあたって,文書にて本人および家族の同意を得た。

Donepezilとsulpirideの投与により急激な錐体外路症状とせん妄を呈した1例

著者: 渡邊友弥 ,   品川俊一郎 ,   三宮正久 ,   小野和哉 ,   忽滑谷和孝 ,   中山和彦

ページ範囲:P.405 - P.408

はじめに

 我々は,sulpirideを投与されていた高齢女性にdonepezilを投与したところ急激な錐体外路症状の悪化とせん妄が出現した1例を経験したので,ここに報告する。

「精神医学」への手紙

てんかん診療は誰が行うのか―精神科における治療の再開に期待する

著者: 細川清

ページ範囲:P.410 - P.411

 てんかんが三大精神病の1つといわれたのは,すでに遠い過去の夢魔と形骸になった。しかし,てんかんを持つ人が,神経・精神に問題を抱えていることに変わりはない。今,てんかん患者は,精神科診療の枠外にあり,“精神科離れ”といわれている。筆者はだいぶん前のことになるが,「迷える羊」1)と題して雑文を寄稿し,悩める人たちの放置された診療状況を嘆いた。てんかん学は進歩し,薬物の効果も上がってきている。加えて,難治性の発作や困難な処遇となっていた性格障害も減少している。しかし,てんかんの頻度は減少しているわけではない。どこかで,誰かが,てんかん診療を行っていることに変わりはない。アメリカ流にいえば,神経内科を軸に展開されているはずである。

 それでは,てんかん診療は精神科ではもはや行われていないのであろうか。確かに“てんかん(性)精神病”は,適切な薬物療法によって減少している。“てんかん”が,精神障害の分類上消滅し,もし精神症状が出現すれば,精神障害に準じて位置づけられるようになった。精神科医が特に必要な症例は次第に減少し,難治性で性格障害を併合している症例に限られてきている。ほとんどの病者は小児期に発症するから,小児(神経)科を初診し,成人してもそのまま受診を続けている。いわゆるキャリーオーバーである。特発性の多くの類型は,治療方針が示されれば一般医のもとで治療されているのが現状である。事実,多くの患者は,なお伏して一般診療医に処方を願っている。偏見・stigmaはなお隠然と底流しているから,いつまでも自らの疾患を重篤なものと思いたくないであろう。

動き

「第28回日本認知症学会」印象記

著者: 井上輝彦

ページ範囲:P.412 - P.413

 第28回日本認知症学会学術集会が,2009年11月20~22日の3日間,東北大学加齢医学研究所の荒井啓行会長のもと,東北大学百周年記念会館で開催された。新型インフルエンザが猛威をふるう中ではあったが,1,200名を超える参加者が紅葉の美しい杜の都に集った。井原康夫理事長の「認知症研究への期待と展望」と題したキーノートレクチャーをはじめ,神経科学の分野で世界をリードしている廣川信隆先生による“神経細胞内の物質輸送とモーター分子群,KIFs”と題した特別講演,荒井会長による脳脊髄タウ・抑肝散・アミロイドイメージングに関する会長講演,さらに4つのシンポジウムと一般口演95題,一般ポスター発表102題があり,白熱した議論が取り交わされた。

 初日は“タウ研究にルネッサンスはあるか?”と題されたシンポジウムが組まれていた。これまでアミロイドβ蛋白(Aβ)が,神経細胞内のタウ蛋白の異常リン酸化・異常凝集を促進し,神経原線維変化が形成され,ついには神経細胞死,そしてアルツハイマー型認知症(AD)が発症すると考えられてきた。いわゆるアミロイド・カスケード仮説であるが,本シンポジウムは,これに修正を加えるものであった。この仮説に基づいてAβに対する受動ワクチン療法が試されたが,その長期フォローの結果,Aβは完全に除去できたが認知症の進行・タウの蓄積にはなんら効果はなかった。要するに,AβのみではADの発症・進行を説明することはできないことが示唆された。さらに,タウ蓄積の最終構造物である神経原線維変化が,必ずしも神経細胞障害に働いていないことが神経病理学的にも示され,むしろ,可溶性タウオリゴマーによるシナプス障害や顆粒状タウオリゴマーによる神経細胞死がADの発生病理に重要であることが報告された。タウの画像化に関する研究は現在進行中であり,今後,タウの異常凝集を標的とした治療法の開発に期待される。

「第50回日本児童青年精神医学会」印象記

著者: 亀山正樹

ページ範囲:P.415 - P.415

 第50回日本児童青年精神医学会(50th Annual Meeting of the Japanese Society for Child and Adolescent Psychiatry)が,門眞一郎会長(京都市児童福祉センター)のもと2009年9月30日から10月2日にかけ,京都市の国立京都国際会館で開催された。本大会の基調テーマは「螺旋―共生社会への歩み―」であり,全国から1,600名を超える参加があった。これは,本学会のこれまでの参加人数記録を更新する数字であった。

 このように多くの方が足を運ばれた理由はいくつか考えられるが,なんといっても本大会のプログラムの魅力が挙げられよう。その内訳は,会長講演1題,特別講演3題,記念講演2題,教育講演10題,教育症例検討3題,シンポジウム3題,症例検討4題,一般演題92題,ポスター132題に加え,倫理検討委員会セミナー,子どもの人権と法に関する委員会パネルディスカッション,教育に関する委員会シンポジウム,福祉に関する委員会セミナーといったものであり,児童青年精神医学の広範な内容が,参加者のニーズに合わせ,多様で柔軟な発表形式のもと提供されていた。

書評

―Toshiya Inada 著―DIEPSS―A second-generation rating scale for antipsychotic-induced extra-pyramidal symptoms

著者: 中村純

ページ範囲:P.416 - P.416

 晴和病院副院長稲田俊也博士が1994年にハーバード大学留学中に考案した薬原性錐体外路症状の評価尺度(DIEPSS)は,今やわが国だけでなく,韓国,台湾,中国など海外で行われている抗精神病薬の臨床開発試験でも使用されてきている評価尺度である。稲田先生は1996年に日本語版DIEPSS解説書「薬原性錐体外路症状の評価と診断」(星和書店)を発刊されたが,以来,先生自身が全国各地でDVDを用いた,この評価尺度のトレーニングを行われ,本評価尺度の高い信頼性と妥当性は示されてきた。DIEPSSは,これまでの錐体外路症状の臨床評価尺度の欠点を補って開発されたと考えられ,私も数回,抗精神病薬の開発時に,稲田先生よりDIEPSSのトレーニングを受けたが,臨床に即したわかりやすい解説により評価者間の一致率も高い評価尺度であることを実感した経験を持っている。

―融 道男,岩脇 淳,渡邊昭彦 監訳―カプラン臨床精神医学Q&Aレビュー

著者: 小島卓也

ページ範囲:P.417 - P.417

 この本は「Kaplan & Sadock's Study Guide and Self-Examination Review in Psychiatry」の改訂第8版を翻訳したものである。カプランの教科書には,大部で詳細な「Comprehensive Textbook of Psychiatry」と,簡略にして使いやすく翻訳もある「カプラン臨床精神医学テキスト」があり広く利用されているが,この本はカプラン精神医学の一連の機能を「知識の整理と活用」という面から補完するものといえる。精神医学を勉強した後に,知識を整理して自由に活用できるような状態に引き上げ,維持していくために工夫された本である。対象者は医学生,精神科医,精神保健の専門家であるが,特に米国医師国家試験(United State Medical Licensing Examination;USMLE)と米国精神科神経内科専門医試験(American Board of Psychiatry and Neurology;ABPN)を準備している人々に役立つように計画されている。したがって,レベルとしてはかなり高い水準となっている。

―八木剛平 著―手記から学ぶ統合失調症―精神医学の原点に還る

著者: 小林聡幸

ページ範囲:P.418 - P.418

 精神医学に現象学を導入したJaspersは,患者の語りをただ聞くのではなく,そのとき患者の内面に何が起こっているのか治療者の心にありありと描き出すという方法を推奨したわけだが,現代の我々はそこで描き出されたものを抽象的な症状名に分節化し,クライテリアの中にきれいに陳列することに堕しているのではないか。

 「精神医学の原点に還る」という,謙虚であり,かつ気概のこもった副題の付けられた本書で「原点に還る」というのは,つまりは患者の語りに耳を傾けるということ,より具体的にここでは患者の手記から学ぼうということである。八木氏は少し前にうつ病の論文でうつ病患者の手記を引用していたが,ここではそれを統合失調症で,本1冊を費やして行っているのである。

―久保千春 編―心身医学標準テキスト(第3版)

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.419 - P.419

歴史と伝統に裏打ちされ,かつ最新の知識を網羅した教科書

 「心身医学標準テキスト」が7年ぶりに改訂された。本書の初版は1996年に出版されたが,そのオリジンは1968年に遡る。わが国初の心療内科が1963年に九州大学医学部に設立されたことは誰もが知るところであるが,同時に心身医学の教育も開始された。その講義に使用するための「心身医学・心療内科オリエンテーション・レクチュア」が1968年に発行されたのであり,本書の原型をここに見ることができる。この講義用の冊子が基になり,1996年に全面改訂されたのが「心身医学標準テキスト初版」であった。

 本書の特徴はその執筆陣にある。初版以来,執筆者は九州大学心療内科のスタッフと教室出身者で構成されている。このような一教室に限定した執筆陣で構成された教科書は大変めずらしい。多くは販売のことも考慮して,多くの大学や医療機関を巻き込むかたちで執筆者が構成される。しかし,本書の場合は,先に述べたようにわが国の心療内科の老舗とも言える九州大学心療内科が日本の心身医学の教育をリードしてきた歴史と,今日においても全国でその出身者が指導的立場で活躍されていることを考えると,本書は一大学,一教室でつくられた教科書ではなく,まさに日本を代表する心身医学の教科書である。本年,九州大学心身医学教室は創設50周年を迎えたが,その記念の年にこの改訂版が出版されたことはすばらしいことである。

―樋口輝彦,小山 司 監修 神庭重信,大森哲郎,加藤忠史 編―臨床精神薬理ハンドブック(第2版)

著者: 石郷岡純

ページ範囲:P.420 - P.420

今日の精神科医に求められる薬物療法の知識

 好評だった『臨床精神薬理ハンドブック』が6年たち改訂され,第2版となり発行された。一つのまとまった書籍が6年後に改訂されることは一般的にはやや早い印象もあるが,臨床精神薬理の分野を網羅的に解説した教科書は多くはなく,またこの領域の進歩は速いので,この改訂は時宜を得たものであろう。

 さて,本書の構成はオーソドックスなもので,中枢神経の情報伝達,薬物動態,研究手法など基礎的事項の解説からなる第Ⅰ編と,疾患ごとに章立てされ,各章の中でその主要な治療薬の薬理と治療の実際が解説される第Ⅱ編からなっている。今日,精神疾患の単位とその治療薬の対応関係は一対一の関係ではなくなりつつあるので,次の改訂では実際の治療は別のパートとなることが求められることになろう。このように,精神薬理学の書籍の構成は簡単ではなく,すべての領域・階層を網羅的に解説しようとすると,生理学・生化学,研究手法,倫理学などの関連学問から,基礎的な精神薬理学,臨床精神薬理学,さらには疾患ごとの標準的薬物療法までの包括的な記述が必要となり,本書はB5判,448頁の標準的な教科書サイズであるが,おそらくはこの数倍のページ数となることが予想される。実際海外にはそのような大部の書物も存在する。したがって,本書に専門書としての精神薬理学のすべてを求めることは編者の意図とは異なることになり,本書の価値はまさに「ハンドブック」であることであり,その意味では最良のハンドブックに仕上がっているのである。すなわち,精神疾患の薬物療法の初学者がある疾患の治療法の概略を知りたいとき,臨床医が知識を再確認したいとき,本書は価値を発揮するであろう。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.424 - P.424

 特集で精神医学研究の進歩を専門分野ごとに数年おきにまとめて記録に残すことは精神医学・医療の発展に不可欠であり,本誌がこの企画を今後も計画的に継続していくことが必須であるという想いがこの特集の原稿を拝読して一層深くなった。今回の特集,「内因性精神疾患の死後脳研究」は長年直接研究に従事してこられた方々によるレビューであり,微細な器質的病変が想定されながらも近年まで見出されてこなかった統合失調症の微細な器質異常や機能性精神障害と考えられてきている気分障害の神経細胞構築や血管の変化の詳細な実態が明らかにされている。この精緻なレビューが知識の整理と今後の研究に活用されるばかりでなく,他の分野への影響も計り知れないはずである。疑問点やご意見があればLetters to the Editorにお送りいただきたい。

 個々の症例の臨床症候を良く診ないで,マニュアル的な診断に終始した臨床データベースに基づく診断マニュアルも治療ガイドラインも怪しくなるという,巻頭言で指摘されている危惧は,その診断基準で行われた研究成果にも及ぶことになり,さらには,現在のICD-XIやDSM-Ⅴの改定議論にも及ぶことになる。なぜなら,DSM-Ⅳでは気分の変動が認められると,たとえシュナイダーの一級症状があっても精神病症状を有する気分障害と診断することが可能であり,この基準で診断された臨床データをもとに神経病理,脳画像,遺伝子解析研究などが実施されている。わが国ではDSM診断に基づきながらも,まだ,臨床精神病理学に依拠する従来診断が併用されていることが多いので,DSMよりも狭く診断されている可能性がある症例を対象に,精神疾患についてのバイオマーカー研究が推進されている可能性がある。ドイツでこのような議論が起こっていないのか,寡聞にして承知していないが,DSM一辺倒とも聞くので,わが国で行われた研究成果をICD-XIやDSM-Ⅴに是非反映させる運動を起こしたいものである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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