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雑誌目次

雑誌文献

精神医学52巻5号

2010年05月発行

雑誌目次

巻頭言

児童精神科とともに

著者: 本城秀次

ページ範囲:P.428 - P.429

名古屋大学と児童精神医学

 学生時代に漠然と精神医学,なかでも児童精神医学をやろうと思っていた私に決定的な出来事となったのは,医学部2年生のとき笠原嘉教授が新しく着任されたことであった。当時笠原先生は44歳の若さであり,颯爽としていた。その講義は人を引きつける独特の間合いを持っていた。それで,この先生の教室に入ろうと決めた。

 私にとって笠原先生が名古屋大学の精神医学教室の教授になられたのは全くの偶然であった。さらに名古屋大学精神医学教室に入って後,名古屋大学には堀要元教授という児童精神医学のパイオニアがおられ,1936年4月11日に「児童治療教育相談室」を開設し,わが国最初の児童精神医学の診療を開始されたことや,名古屋大学ではその伝統を受け継ぎ,児童精神医学の臨床が活発なことなどを知った。この事実も私にとっては全くの偶然であった。私にとって,名古屋大学医学部を受験したことは児童精神医学が盛んな大学だからとか,明確な目標を持っていた訳ではなく,ただなんとなく名古屋がよいのではないかと思ったからに過ぎない。自分にとって結果的にはそれが大きな幸運となった。このように,その時は何気なく自分にとって自然な道を歩いていると感じていたことが,後になってその選択が結局はベストであったということがわかるという体験を時にすることがある。現代はさまざまな情報にあふれ,情報の洪水の中で溺れてしまい自分がどうしたいか見失っている人も多いように思うが,むしろ,あまり情報に頼らず自分の感覚に従って行動するほうがよいこともあるように思われる。

特集 児童期における精神疾患の非定型性―成人期の精神疾患と対比して

子どもの精神疾患の臨床像をどうとらえ得るか?―児童精神医学と成人精神医学の双方向の視点

著者: 岡田俊

ページ範囲:P.431 - P.432

 子どものこころの問題は,従来,不登校やひきこもり,非行や家庭内暴力といったように,行動上の問題を切り口として分類されることが多かった。そして,児の抱える問題は,その児が養育されてきた家庭,学校,地域社会とのかかわりのプロセスの中で理解され,児に対するかかわりと同様に家族への介入,児を取り巻く家族や学校との調整が重視されてきたのである。そのため,子どもの表現する「問題」が,個々の家族や学校の抱える問題の表現であったり,その時代の社会構造の反映であると考えられることもあった。

 このことには,過去も現在も相違はない。しかし,このような視点で概念化した場合,一人ひとりの児の抱える問題は,家庭,学校,社会の問題に一般化されるか,個別の問題として臨床の治療者との関係性の中に埋没するか,という乖離を生み出しやすい。とりわけ,一世を風靡した「不登校」問題は解体され,学校を含めた社会の問題としてとらえられるか,あるいは,子どものうつなどの疾患レベルの問題として解されるようになり,今なお臨床的に重大な問題であるにもかかわらず,精神医学の中心的テーマとして扱われなくなっていくのである。

児童期の大うつ病性障害の非定型性

著者: 齊藤卓弥

ページ範囲:P.433 - P.438

はじめに

 児童期の大うつ病性障害(以下うつ病)は,児童思春期の精神疾患の中で最も頻度の高い精神疾患の1つとされている。しかし,うつ病は,最近までは成人で発症する疾患と考えられ,児童期のうつ病が大きな関心を引くことは少なかった。児童期にうつ状態を体験すること自体は以前より知られていたが,成人と同様なうつ病の存在が児童期に認知され注目されるようになったのは最近のことである。30年前までは児童期には超自我の発達が十分ではなく,うつ病を経験することはないと考えられていた。1978年,Puig-Antichらは,research diagnostic criteria(RDC)を用いて成人うつ病の症状を満たす「定型的」なうつ病が児童期に存在することを報告した8)。しかし,アメリカ精神医学会による操作的診断基準である「精神疾患の診断・統計マニュアル」において児童期のうつ病について言及されたのは,2000年に発行された 第4版用修正版(DSM-Ⅳ-TR)が初めてであり,診断基準となるまで,長時間を要した1)

 最近の疫学的調査の結果からは,児童期におけるうつ病が高頻度に報告されている。しかし,子どもの発達段階により異なった症状群を示すために,臨床的にはしばしば児童期のうつ病は見過ごされやすい。長期的に見て,成人後に,既婚率,社会的・職業的な障碍を残すことが多く,合併する精神疾患を伴うこともしばしばあり,生命の質(quality of life;QOL)が低下することが報告されている。したがって,成人と比較した児童期のうつ病の特徴(非定型性)を理解することは診断的にも重要である。子どものうつ病の診断の際には,特に「うつ」が人間の正常な精神機能の一部であることに留意し,慎重に症状の評価,機能障害の程度,うつ病に類似する疾患の除外を行っていく必要がある。さらに,子どもは,発達段階により異なった臨床症状を示すために,子どものうつ病は見過ごされやすい。したがって発達段階によるうつ病の臨床的な特徴を理解することが重要である。

 また,児童期のうつ病の治療に対しての知見も徐々に増えてきており,抗うつ薬をはじめとした複数の治療的なアプローチを組み合わせることが望ましいと考えられている。従来,児童期のうつ病の治療には,成人のうつ病の治療が検証のないままに用いられていることが多かった。そのため,子どもには効果のない薬物が処方されたり,予期されなかった有害事象が出現することもあった。最近,蓄積されつつある子どものうつ病の治療に対しての知見においては,抗うつ薬および精神療法に関してもプラセボ群・治療待ち群との比較が行われ,児童においてはうつ病の治療への有効性や安全性が成人とは異なっていることが明らかになってきている。

児童期双極性障害の特徴

著者: 十一元三

ページ範囲:P.439 - P.443

はじめに

 児童期における双極性障害の存在は歴史的にみても古く,19世紀の英国における5歳女児の躁病エピソード7),Kraepelinの記載にみられる躁うつ病の発症年齢分布(20歳以下が約20%,15歳以下でも3%存在)9)などがあり,米国では1930年代と1950年代に多数例報告1,8)が現れている。この間の報告で,現在知られる児童期双極性障害にみられる特徴的な症候の大半が記載されているといってもよく,最近では双極性障害の約1/4は15歳未満の発症とする報告6)も現れた。

統合失調症

著者: 松本英夫

ページ範囲:P.445 - P.451

はじめに

 統合失調症の発症年齢は15歳以前にはまれであり,15歳を過ぎると次第に増加し,18歳以後から20歳代にかけて急激に増加する曲線を描くといわれている。このように,青年期以後に比べて小児期で発症する統合失調症の頻度はまれではあるが,児童精神科医にとってきわめて重要な障害であることに変わりはない。本稿では,小児期の統合失調症の概念や診断の整理を行いながら,その臨床像や治療における非定型性について論じる。

強迫性障害

著者: 小平雅基

ページ範囲:P.453 - P.459

はじめに

 強迫性障害(obsessive-compulsive disorder;OCD)は,強迫観念と(もしくは)強迫行為によって規定されており,それらによって正常思考や日常生活動作が脅かされることをもって,強迫性障害とされる。ただし注意する点としては,子どもにおいては,発達過程にみられる正常の範疇に属する強迫から強迫性障害とされる強迫までスペクトラムとして理解することが可能であり,児童期にみられる正常レベルの強迫は子どもが発達するために経過しなければならない課題ともいえる側面を持っている点である。すなわち障害とはいえない強迫症状があり得るということになるので,「それが悩ましく,長時間続き,社会活動を害していること」をもって障害と特定されている。本稿においては児童期発症OCDと成人期発症OCDとの比較を含め,子どものOCDについて述べていきたいと考える。

解離・転換性障害

著者: 亀岡智美

ページ範囲:P.461 - P.466

はじめに―歴史的変遷

 解離性障害は,「意識,記憶,同一性,または知覚についての通常は統合されている機能の破綻である」と定義されている。一方,転換性障害は,「器質性の疾患が明らかではないにもかかわらず,随意運動系や知覚神経系に関する症状を示し,背景に心理的要因の関与が予測される」病態であると規定されている1)

 このように,DSM-Ⅳでは別々のカテゴリーに位置づけられている解離性障害と転換性障害であるが,その起源をたどればCharcotの「ヒステリー症例」の報告に行きつくことはあまりにも有名である。その後,「ヒステリー」の身体症状はFreudによって「転換ヒステリー」と名付けられ,Janetは,人格や身体面のさまざまな同一性や連続性が失われた状態を「諸機能の解離」として位置づけた。これらの概念は,20世紀前半の精神医学領域において,いわば『解離された』かのように衰退していたが,1970年代の外傷性精神障害への関心の高まりの中で,精神面の「解離」のみが切り離されて注目されるようになった7)。しかし,1992年に発表されたICD-10においては,「解離性(転換性)障害」として,再び統合された概念としてとらえられている11)

 児童青年期の「解離」や「転換」の症例報告や研究も,成人のそれと同様にCharcotに起源を発し6),同様の経過をたどりながら,成人の「解離」が再び脚光を浴びるようになった20世紀後半頃から活発に行われるようになった2,3)。子どもは本来心身の相関が強く,心理面と身体面を切り離して述べることは,成人よりいっそう困難である。また,子どもの未成熟性ゆえに,正常との境目を設定することは容易ではなく,すべてを病理的と断じることはできない。本稿では,これらの事情を踏まえつつ,子どもの解離と転換が同一の病態を基盤にしているものとして,統合的に概観してみたい。

児童期における摂食障害

著者: 木村記子 ,   岡田俊

ページ範囲:P.467 - P.475

はじめに

 摂食障害は思春期ないし若年成人の女性に多くみられ,かつてはやせ礼賛の社会風潮とともに,思春期女性の心性から理解されることが多かった。しかし,男性例や思春期以前の症例の存在が知られるようになって以降,摂食障害の病態理解が拡大しつつある。児童期における摂食障害では,体重減少や無月経の判断が困難であるほか,やせ願望・肥満恐怖・ボディイメージの障害・食行動異常が現れにくく,多様な身体症状を伴いやすい,神経性食欲不振症において男性例が多いなどの点で非定型的である。これは自己を表現する能力の未熟さや表現法の違いなど,発症年齢に由来した相違であると考えられる一方で,併存する精神疾患や発達障害との関連性なども示唆されるなど,病態の相違も関与している可能性がある。治療や予後については,思春期以降の症例に比べて限られたエビデンスしかないが,特に併存障害との関連は,転帰の相違や異なる介入の必要性を示す可能性もあり,今後の検討が求められる。

 本稿では,児童期における摂食障害の診断と臨床像,疫学的特徴,経過と転帰,併存症との関係について述べ,児童期における摂食障害の病態学的位置づけと診療上の留意点を明らかにしたい。

睡眠障害

著者: 堀内史枝 ,   岡靖哲 ,   上野修一

ページ範囲:P.477 - P.483

はじめに

 小児の睡眠障害は,成人のそれと共通する部分もあるが,成人とは異なる臨床像を呈することも多い。睡眠は発達段階や年齢とともに変化することから,病的とみなされる状態や治療の対象となる範囲が年齢により異ってくる。

 小児の場合,睡眠が脳や身体の発達に影響を及ぼすことから,成人の睡眠障害よりも重要といえる。適切な治療が行われなければ,不可逆的な結果を残すことになりかねない。小児では,早期介入が必要な睡眠障害と,まずは症状の経過をみるべき睡眠障害とがあることに留意する。

 睡眠障害の分類・診断は,アメリカ睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine)が2005年に作成した睡眠障害国際分類第2版:International Classification of Sleep Disorders, Second edition(ICSD-2)に準拠する2)。ICSD-2の疾患項目の中で,児童青年期にみられることの多い睡眠障害を取り上げ(表1)11),成人期の睡眠障害との差異を述べる。

 また,小児の発達障害における睡眠障害を取り上げ,その特徴を概説する。

[付録]表 各疾患の成人例と対比した小児期の精神疾患の特徴

ページ範囲:P.484 - P.487

 本特集の著者の各氏に,それぞれの精神状態が児童期においてどのような疫学,臨床像,治療反応性に特徴があるのかをまとめていただき,参照しやすいよう表にまとめた。成人期精神疾患と比較した場合の児童期精神疾患の特徴について,今日における到達点が余すことなく要約されている(岡田 俊)。

研究と報告

小中学生の攻撃性―特性不安および抑うつとの関連からの検討

著者: 伊藤大幸 ,   神谷美里 ,   吉橋由香 ,   宮地泰士 ,   野村香代 ,   谷伊織 ,   辻井正次

ページ範囲:P.489 - P.497

抄録

 本研究は,単一市内の全数調査データに基づいて,小中学生における攻撃性の実態と,特性不安および抑うつとの関連を検討した。A県X市の全小中学校の小学3年生~中学2年生4,683名(男子2,414名,女子2,269名)を対象に質問紙調査を行い,以下の4点が示された。①女子の攻撃性は全体としては男子より低いが,学年が上がると男子と同様の水準に達する。②基準範囲以上の攻撃性を示す子どもは男子で2/5,女子で2/3がカットオフ値を超える抑うつ症状を示す。③攻撃性(敵意)および特性不安は,抑うつのリスクを高める。④③の傾向は女子においてより顕著である。

著明な前頭葉症状と失語症状を呈した機能性精神病の1例

著者: 杉山博通 ,   数井裕光 ,   木藤友実子 ,   髙屋雅彦 ,   吉田哲彦 ,   徳永博正 ,   澤温 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.499 - P.506

抄録

 初老期に不安焦燥の強いうつ症状で発症し,緊張病症状に加え,模倣行動,利用行動,被影響性の亢進,考え不精などの前頭葉症状と失語症状を呈した機能性精神病の1例を経験した。脳血流SPECT検査で左優位の両側視床,基底核の血流低下を認めたが,頭部MRI検査,脳波,髄液,内分泌学的検査などでは異常を認めなかった。修正型電気けいれん療法により,前頭葉症状,失語症状は消失し,また抑うつ気分,意欲ともに改善した。本例では前頭側頭型認知症においてもみられる症候が特徴的であったが,自己の精神状態に対する心的葛藤を認めたことが異なっており,鑑別に有用と考えられた。

短報

抗精神病薬により遅発性呼吸性ジスキネジアを生じた1例

著者: 河野公範 ,   宮岡剛 ,   稲垣卓司 ,   堀口淳

ページ範囲:P.507 - P.509

はじめに

 遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesia;TD)は,長期の抗精神病薬服用後に認められる不随意運動である。主に舌・顎・体幹・四肢などの骨格筋に生じるが,横隔膜などの呼吸筋にも生じることがあり,呼吸性ジスキネジア(respiratory dyskinesia;RD)と呼ばれる。骨格筋に生じたTDは舞踏病様運動やアテトーゼ様運動として観察されるが,RDでは浅く,早い不規則な呼吸運動が認められ,自覚的に呼吸困難感や胸部痛を伴う。

 今回我々は,不眠に対して処方された抗精神病薬により出現し,治療に苦慮したRDの1症例を経験した。本邦においてはRDの報告は少なく,その意味ではRDの認知度はいまだに低いものと思われるため,ここに若干の考察を加えて報告する。なお匿名性に配慮し,個人が特定されないように病歴には変更を加えている。

統合失調症の前駆期および病状安定期に社会不安症状を合併した1例

著者: 森山泰 ,   村松太郎 ,   中島振一郎 ,   加藤元一郎 ,   三村將 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.511 - P.514

はじめに

 DSMで定義される社会不安障害(social anxiety disorder;SAD)は,他人の注視を浴びるかもしれない社会的状況または行為する状況に対して,顕著で持続的な恐怖を抱き,自分が恥をかいたり恥ずかしい思いをするように行動することを恐れる状態である1)。DSM-Ⅲでは人前での行為(performance)にまつわる不安に関係し,社会恐怖(social phobia)といわれていたが,DSM-Ⅳでは他者とのかかわり一般(social interaction)に対する強い恐怖と回避欲求も含まれるようになり,さらに,恐怖より身体症状を伴った不安症状が強いこともあることからSADと呼ばれている2)

 次にSADと統合失調症の関連について述べる。まずSADの出現時期により分類すると,①統合失調症の前哨あるいは前駆(preliminary or prodromal phase)症状,②急性期症状(acute phase)に併存,③病状安定期(stable phase)に出現の3型があると思われる。この2疾患の合併については,従来診断的にSADを1つの病気(統合失調症)の異なった表現に過ぎないと考える立場がある。一方で,1つの理念的診断にあてはめることで,そこに収まりきれない細部の精神病理が無視されたり,無理にある診断にあてはめるために,精神病理的事実が歪曲されてしまう危険性すら存在することを主張する立場もある13)。そして後者の立場から,comorbidity概念が提唱13)されており,近年この立場において,統合失調症の急性期症状改善後の病状安定期におけるSAD症状が注目されている。そしてPallantiら12)は陽性,陰性症状の目立たない外来通院例の36.3%が,DSM-Ⅳ構造化面接でSADの診断基準を満たし,これらでは自殺およびアルコール乱用率が高まり,QOL(quality of life)が低下することを報告している。なお,安定期のSADには,clozapine誘発性のSADも含まれている11)。これは,急性期症状が寛解した投与後10週程度で出現し,serotonin系の関与が示唆されており,治療はselective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)の加剤が有効11)とされる。しかし,clozapine誘発性SAD以外の病状安定期のSADの薬物療法については,SSRIの加剤,抗精神病薬の減量あるいは他の抗精神病薬への置き換えのいずれが有効であるかなどについてのエビデンスはない12)

 今回我々は,統合失調症の病状安定期のみでなく前駆期にもSADを呈し,病状安定期のSADに対し薬剤調整において示唆に富む1例を経験したので,comorbidityの立場から報告する。なお,症例の報告については患者より同意を得ており,また個人情報保護に配慮して事実に影響を与えない範囲で適宜修正した。

「精神医学」への手紙

認知症のないレビー小体型認知症はあり得るか?―レビー小体病の診断への懸念と提案

著者: 上田諭

ページ範囲:P.515 - P.517

 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)の診断には,臨床診断基準改訂版(2005)9)が広く用いられますが,そこには今後解決すべき1つの問題があると思われます。それは,病名にも含まれる「認知症」をどう扱うかという点です。近年,認知症を認めない,あるいは治療とともに認めなくなったと考えられるDLB症例がしばしば報告されます1,3,10)。認知症がなくてもDLBであるのか,あるいは現在のDLB概念自体に問題があるのか。認知症であるかどうかは,診断そのものの意義の面からも,治療対応の面からも重要な観点であり,先の「薬剤誘発性の幻視」のテーマ(「精神医学」52巻3号)に続き,本稿ではこの問題を提起したいと思います。

 DLBの発見者であり診断基準作成にも参画している小阪5)の邦訳を引用しますが,前述の診断基準の「中心的特徴(診断に必須)」は,もとより「認知症(正常な社会的・職業的機能に支障を来すほどの進行性認知低下)」です。しかし,これにはただし書きとして,「早い時期には著明な,または持続性の記憶障害は必ずしも起こらなくてもよいが,通常は進行とともに明らかになる」と書かれているのです。この記載は,早期には認知症がなくてもよいとも読め,また「早い時期」がいつまでかはあいまいで,臨床診断上の「混乱」の要因になっていると思われます。

「認知症のないレビー小体型認知症はあり得るか?―レビー小体病の診断への懸念と提案」についての上田氏の意見への返信

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.518 - P.519

 上田氏の意見はごもっともと思います。レビー小体型認知症という名称がついているのですから,認知症がなければそうは診断できないということは当たり前です。そもそもレビー小体型認知症という名前がよくないのです。これについては,1995年のイギリスでの第1回国際ワークショップのときに議論がありました。私が提唱した「びまん性レビー小体病diffuse Lewy body disease(DLBD)」や「Kosaka's disease」という声も挙がったのですが,McKeithやBurnなどイギリスの参加者の意見が優勢で「dementia with Lewy bodies(DLB)」ということになったのです。このときの私の講演のタイトルは「Diffuse Lewy body disease within the spectrum of Lewy body disease」であり,1980年に私が提唱したLewy body diseaseや1984年のDLBDの概念を述べたのですが,この私の考えは当時はあまり受け入れられなかったようです。それにもかかわらず,DLBの病型分類には私の概念が受け入れられて,3型が分類されました。私の考えが受け入れられるようになったのは,私が提唱して25年も後の2005年の第3回国際ワークショップ(イギリス)の報告と2006年のLippaらが主催した国際ワーキンググループ(アメリカ)の報告においてであり,今では私が主張してきたようにパーキンソン病や認知症を伴うパーキンソン病,DLBを含めてLewy body diseaseと総称するということになりました。DLBという名称がよくないということはその後もよく言われますが,このDLBという病名が国際的に広く行きわたっているので,これを変えるわけにはいかないのです。DLBDとしておけば,認知症の有無にこだわることはないのですが。

書評

精神医学重要文献シリーズ Heritage 誤診のおこるとき―精神科診断の宿命と使命

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.521 - P.521

 本書は,“早まった了解を中心として”というサブタイトルがつけられて1980(昭和55)年に「精神科選書」(診療新社)として出された本が下敷きになっている。この選書シリーズに含まれる10数冊の本はいずれも,ハンディで読みやすく,しかも精神科診療のコツや真髄に迫る良書が多かったが,なかでも「誤診のおこるとき」は名著との評判の高かった本である。

 著者は,“医師国家試験に合格したばかりの若い精神科医,あるいは精神医学に興味をもつ学生諸君が,休日のつれづれに寝転んだまま一日で読み終えて,翌日からの診療にすぐ参考になる”ことを念頭において書いたと述べているように,記述は平易で具体的,いずれも自らが身をもって経験した症例を中心に書かれている。「身体疾患の症状と了解」「躁うつ病(改訂新版では,気分(感情)障害)と了解」「精神分裂病(当時)と了解」などの章に,今回の改訂新版では,「うつ病の労務災害と職場復帰」「パニック障害と了解」「精神安定剤・睡眠薬の副作用」「発達障害と了解」の章が新たに加えられた。

脳波判読に関する101章(第2版)

著者: 越野好文

ページ範囲:P.522 - P.522

豊富な脳波図を通して脳波の判読力を養う

 1998年に,一條貞雄先生は臨床の現場で出会う脳波がどのような意味を持つのか,それをどう解釈するのかに重点を置いて書かれた『脳波判読に関する101章』を私たちに届けてくださった。長年にわたる臨床脳波判読のご経験から生まれた,臨床にすぐに役に立つ,実にわかりやすいご本であったが,このたび10年ぶりに改訂された。手にとってまず気がついたことは,初版も読みやすい本ではあったが,第2版は文字サイズの工夫と色刷りの活用で,さらに一段と見やすくなったことである。これまで脳波になじみのなかった人も興味をそそられることであろう。

 本書では脳波判読の基礎から臨床までが,豊富な,そして貴重な脳波図によって具体的に示されている。読者は脳波に親しみを覚えるに違いない。内容としては,脳波判読に関する解剖・神経生理,脳波の記録方法・賦活法・アーチファクト,正常・異常な脳波波形,小児・思春期および老年期の脳波,てんかんと関連した疾患および意識障害など各種疾患の脳波,薬物による脳波,睡眠脳波,さらに誘発電位・脳電位分布と脳磁図が取り上げられている。第2版では,新しい脳波図も加わり,さらに充実した。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.526 - P.526

 今月号は「児童期における精神疾患の非定型性」を特集のテーマとして取り上げた。大うつ病,双極性障害,統合失調症,強迫性障害,解離・転換性障害,摂食障害,睡眠障害,と多岐にわたるが,どれも成人においてもきわめて重要な精神疾患である。是非はともかくとして,子どもでは成人の診断基準に準じて診断が行われており,それが子どもの精神疾患を論じる際の1つの限界になっていることは確かである。しかし現時点で,子ども特有の診断基準を作成し,臨床で応用するところまで漕ぎ出す勇気を持てないのがほとんどの専門医の本音なのではないかと思われる。特集では以上の限界のもとで論じられていることが前提としてあることをお断りしたい。しかし,本誌で児童期の障害が特集として取り上げられることは画期的なことであり,発達障害をはじめとして児童・青年期の問題を扱った論文の投稿や掲載が増えている状況を背景としてこそ可能であったと思われる。

 偶然にも「巻頭言」は児童精神医学を専門とする本城秀次先生に執筆していただくことができた。氏と名古屋大学精神医学教室の歴史の一端が紹介されていて興味深い内容となっている。「研究と報告」でも1本は小中学生の攻撃性に関する論文である。本邦では貴重な疫学調査に基づいた報告である。2本目は遅発緊張病が強く疑われる機能性精神病の報告であるが,精神科臨床において神経学的所見と精神症候の両者を正確に把握することの重要性を改めて痛感させられる力作となっている。その他にも,遅発性呼吸性ジスキネジアの貴重な報告など読みごたえのある報告が続いている。今後も多くの方の投稿を期待したい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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