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雑誌目次

雑誌文献

精神医学52巻6号

2010年06月発行

雑誌目次

巻頭言

啓発とは何か

著者: 竹島正

ページ範囲:P.530 - P.531

 数年前から,絵描きさん2人と,年に1回展覧会を開いている。正確にはプロ2人にまぜてもらって絵を2,3点出している。精神障害者作品の展覧会の添え物であるが,「花巻測量隊展」と言い,織田信生(絵描きさん)による隊歌がある。

 心ノ広サヲ測ラムト 歩キ続ケテ幾千里 我ラハ花巻測量隊

 空ノ広サヲ測ラムト ハバタキ続ケテ幾星霜 我ラハ花巻測量隊

 時ノ長サヲ測ラムト 彷徨イ続ケテ幾億年 我ラハ花巻測量隊

展望

クロザピンの有効性と有用性

著者: 石郷岡純

ページ範囲:P.532 - P.541

はじめに

 統合失調症は人口の1%程度の罹患率であるが,もっとも治療に費用がかかり5,43),家族の生活にも大きな影響を及ぼす3)。また,自殺率も精神障害の中で最も高い疾患の1つである26)。第2世代抗精神病薬(SGA)の時代になり,治療に反応する患者は増大し,より高い機能回復が望めるようになったとはいえ,一方では現在得られる治療を駆使しても,十分な機能回復が得られないまま人生を送らざるを得ない,「治療抵抗性統合失調症」と呼ばれる患者群が存在することも事実である。

 治療抵抗性という臨床的概念が検討すべき重要な研究対象として浮かび上がったのは,いうまでもなく,クロザピンが治療薬として登場したことと表裏一体の現象である。したがって,治療抵抗性概念には,医療者が治療標的とすべきであるという実践的な部分と,クロザピンの有用性を操作的に規定するために必要であったという,2つの側面を持つ。治療抵抗性概念の定義自体歴史的な変遷をたどっており,その詳細は稲垣18)の論文に詳しい。治療抵抗性患者の数はその定義で変わってくるが,さらに,多剤を使用するわが国では諸外国の調査に比べ頻度が低く見積もられるように,処方習慣によっても大きく影響を受ける38)

 2009年7月,クロザピンはようやくわが国の精神医療の舞台に登場した。欧米に比べると約20年の遅れであり,近年問題となっているドラッグ・ラグの象徴的存在でもあった。また,欧米ではSGAの出現以前にクロザピンが使用され始めていたのに対し,わが国では長くクロザピンが存在しなかったことが,わが国の統合失調症の薬物療法をゆがめてきたという指摘もされている。一方,非定型性抗精神病薬のプロトタイプという側面は,この薬物の研究が新規の抗精神病薬の開発に多大な影響を与え続けている。

 本稿では,クロザピンという数奇な運命を背負った薬物について,その概略を紹介することとする。ただし,誌面の都合で副作用や規制の紹介は省略し,有効性と有用性に限定せざるを得なかったことをお断りする。

研究と報告

日本語版Suicide Intervention Response Inventory (SIRI)作成の試み

著者: 川島大輔 ,   川野健治 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.543 - P.551

抄録

 Suicide Intervention Response Inventory (SIRI)の日本語版を作成した。SIRIにはSIRI-1とSIRI-2の2つの得点算出方法があり,エキスパートの評価を基準とするSIRI-2は改善の余地がある。そこで自殺念慮者・自殺未遂者への対応経験がある医療従事者36名のデータから日本語版ベースラインを作成し,修正版SIRI-2の計算式を確定した。そして,自殺対策相談支援研修の前後で参加者108名のスキルの変化をSIRI-1,原版SIRI-2,修正版SIRI-2の方法で測定し,各計算式の有効性を検討した。結果として,まずは原版SIRI-2の方法を採用することが望ましい。

アンガーマネジメントを施行した思春期行為障害の2例

著者: 佐野樹 ,   中島公博 ,   佐野奈津美 ,   古根高 ,   千丈雅徳

ページ範囲:P.553 - P.559

抄録

 今回我々は,個人療法でアンガーマネジメントを施行した思春期の行為障害の2症例を通して,薬物療法が補助的な治療であるか,もしくは効果不十分な例では,個人療法のアンガーマネジメントの併用が怒りに関連した問題行動に有効である可能性を示唆した。また,発達障害の併存が考えられる場合は,個人療法でも行動療法に重点を置いた治療が有効であると思われた。

死亡1年前にアルコール関連問題を呈した自殺既遂者の心理社会的特徴―心理学的剖検による検討

著者: 赤澤正人 ,   松本俊彦 ,   勝又陽太郎 ,   木谷雅彦 ,   廣川聖子 ,   高橋祥友 ,   川上憲人 ,   渡邉直樹 ,   平山正実 ,   竹島正

ページ範囲:P.561 - P.572

抄録

 本研究では,心理学的剖検の手法によって情報収集がなされた自殺既遂事例43例のうち,死亡1年前にアルコール関連問題を呈した自殺事例10例(AL問題群)の心理社会的特徴を,アルコール関連問題を呈さなかった自殺事例33例(非AL問題群)との比較を通じて明らかにした。その結果,AL問題群では,中高年で有職者,習慣的な多量の飲酒,自殺時のアルコールの使用,アルコール依存・乱用の診断が可能な者が80%に認められるなどの特徴が認められた。併存する他の精神障害の罹患率については,非AL問題群との間で差はなかった。また,両群の間で精神科の受診歴や専門家への援助希求に差はなかったが,AL問題群ではアルコール関連問題を標的とした治療・援助を受けていた事例は皆無であった。

Aripiprazoleが有効であった薬剤抵抗性レビー小体型認知症の3症例

著者: 木村武実 ,   林田秀樹 ,   宮内大介 ,   高松淳一

ページ範囲:P.575 - P.582

抄録

 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)は抗精神病薬にhypersensitivityを来すため,治療薬としてdonepezilや抑肝散が試用されるようになった。我々は,donepezilと抑肝散の併用療法あるいは第二世代(非定型)抗精神病薬に抵抗を示し,aripiprazoleが有効であったDLB患者の3症例を経験した。この効果は,日本語版BEHAVE-ADにより確認された。症例1,2では有害事象がなく,症例3でみられた流涎,食欲低下はaripiprazoleの減量により消失した。したがって,aripiprazoleはDLBの行動・心理症状に有効で,安全に使用できる薬剤と考えられた。

紹介

「精神保健医療福祉の改革ビジョン」における「退院率」の定義に関する注意点

著者: 河野稔明 ,   白石弘巳 ,   立森久照 ,   竹島正

ページ範囲:P.583 - P.589

はじめに

 厚生労働省は,2004(平成16)年9月に精神保健福祉対策本部報告書「精神保健医療福祉の改革ビジョン」3)(以下,改革ビジョン)を公表し,「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的な方策を推し進めていくため,国民各層の意識の改革や,立ち後れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を以後10年間で進めることとした。改革ビジョンには,具体的な達成目標として,「各都道府県の退院率(1年以上群)を29%以上とする」と明記されている。退院率(1年以上群)とは,精神科に長期間在院している患者の動態に関する指標であり,精神科に入院した患者の短期的な動態の指標である「平均残存率(1年未満群)」とともに,精神科病院の患者動態の評価に使用されている。退院率(1年以上群)は,1年以上在院している患者を長期在院者とみなすことから「(1年以上群)」という語句が含まれているが,以下では単に「退院率」と称する。

 退院率は改革ビジョンの達成目標に挙げられた重要な指標であるが,これを用いるにあたってはその定義に注意する必要があると考えられるため,本稿で論じることとする。

私のカルテから

認知症を伴わない睡眠行動障害に抑肝散が著効した後期高齢者の1例

著者: 田島孝俊 ,   原田貴史

ページ範囲:P.591 - P.593

症例

 〈症例〉 75歳,男性。

 主訴 大声の寝言など異常な行動がある。

 生活歴 同胞5人第2子。名門大学卒業後,建築関連会社に就職。28歳で結婚して2子あり。

 現病歴 X-25年(50歳)頃よりうたた寝をして起き出し,数分ほどぽーっとして奇異な言動をし,声かけに目覚めることが何度かあり,妻は「仕事のストレスのせい」と考えていた。50歳代,栄転した頃,夜間睡眠中に起き上がり目が覚め,夢の中でドアを開けようとしたなどの睡眠行動障害が年に2~3回あった。X-16年(59歳)頃より,大声の寝言があり,いびきや睡眠時無呼吸もあり,睡眠中の体動が激しく,同室では安心して眠れないため,妻は安全のため別室で眠るようになった。定年後,会社に依頼され役員となった。一方で,生来健康で,趣味の社交ダンスや山登りを積極的に続けていた。X-2年(73歳),腰椎圧迫骨折のためA病院で骨セメント療法を受けた後,社交ダンスや山登りはできなくなった。同年,睡眠中に部屋を散らかしたり,寝言で大声を出したりし,睡眠行動障害が週に1~2回に増えた。寝酒をした日に頻度が高い傾向を認めた。

BPSDに対して塩酸ドネペジルが有効であった前頭側頭型認知症の1例

著者: 田口芳治 ,   松村内久 ,   久保道也 ,   堀江幸男 ,   高嶋修太郎 ,   田中耕太郎

ページ範囲:P.595 - P.597

はじめに

 前頭側頭型認知症(FTD)は,前頭葉と側頭葉の前方部優位に原発性の萎縮を呈する変性性認知症で,病識の欠如,自発性低下,無関心,感情鈍麻,常同行動などの性格変化と社会的行動の障害が特徴である8)。そのため,脱抑制などの行動・心理症状(BPSD)が問題となり,介護が困難になる。対症的にBPSDに対して選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やrisperidoneなどの非定型抗精神病薬が使用されるが1),FTDに対するdonepezilの有効性は明らかでない。我々はBPSDに対してdonepezilが有効であったFTDを経験したので報告する。

動き

精神医学関連学会の最近の活動―国内学会関連(25)(第1回)

著者: 高橋清久 ,   樋口輝彦 ,   森隆夫 ,   川副泰成 ,   紫藤昌彦 ,   朝田隆 ,   鹿島晴雄 ,   藤原修一郎 ,   松下正明 ,   桂川修一 ,   齋藤利和 ,   樋口進 ,   野村総一郎 ,   榎本稔 ,   大塚明彦 ,   杉田誠 ,   張賢徳 ,   守屋直樹 ,   齊藤万比古 ,   竹島正 ,   田中英高 ,   阪井一雄 ,   五十嵐禎人 ,   清水徹男 ,   佐々毅 ,   染矢俊幸 ,   水野雅文 ,   井上洋一 ,   武田雅俊 ,   窪田彰 ,   渡辺雅子 ,   岡崎祐士 ,   寺澤捷年 ,   前田正治 ,   秋山治彦 ,   影山任佐 ,   生駒芳久 ,   樋田精一 ,   小林聡幸 ,   貝谷久宣 ,   新井平伊 ,   古郡規雄

ページ範囲:P.599 - P.618

 本号と次号の2回にわたってわが国の精神医学関連学会の直近の活動状況を紹介させていただく。最近,学会数が急速に増加しているため,昨年から2回に分けて紹介することとした。その数の増加の勢いは驚くばかりであるが,この数の増加は精神医学あるいはその関連領域学問の質の向上の反映と見て取れる。というのも,新しい学会の誕生は,かつては同じ学会で論じられていた課題も,それが深化し,多様化することによって,細分化され,より高度な観点から議論される必要性が生じた結果と考えられるからである。また,数の増加をもたらす要因として,コメディカル分野の活動の活発化もあると思われる。すなわち,看護学,心理学,社会学などの関連学会の増加である。それはまさに精神医学がきわめて多様な専門分野によって形成される学問であることの現れであろう。

 毎年思うことであるが,各学会の報告担当者の要を得た簡潔な報告により,各学会の活動状況が明確に示されていると感じられる。この報告を通読することにより,今わが国の精神医学がどのような局面にあるかが手に取るようにわかることは幸いである。担当者の方々の労を多とするとともに,改めて,このような企画を始められた先達に感謝したい。

「第2回アジア精神医学会世界大会(The Second World Congress of Asian Psychiatry)」印象記

著者: 白坂知彦

ページ範囲:P.621 - P.621

 2009年11月7~10日,台湾・台北市で開催された第2回アジア精神医学会世界大会(The Second World Congress of Asian Psychiatry)に参加する機会を得たのでここに報告する。

 本会は,アジア精神科協会連合(Asian Federation of Psychiatric Associations;AFPA)が2年に1度開催する総会で,2007年8月2~5日にインド・ゴアで開催された第1回大会に続いての,2度目の開催であった。今回は,AFPA(理事長:西南学院大学 新福尚隆教授)と台湾精神医学会(The Taiwanese Society of Psychiatry;TSOP会長:Cheng-Chung Chen教授)の共同開催で,世界精神医学会(WPA)の後援のもと,Scientific Organizing CommitteeのWinston W. Shen教授らが中心となって企画・運営された。“Working Together for Excellence in Asian Psychiatry”をメインテーマに掲げ,アジアの精神科医療従事者が集い,情報共有や交流を通してアジアの精神医療の向上を目指すものであり,今回はASEAN諸国を中心に,25か国から750名を超える参加者が集まる大変盛況な会であった。開催地である台北は北緯25度に位置し,11月初旬でも気温は25℃を超え,非常に温暖な気候であった。

書評

―市川宏伸,海老島宏 編―臨床家が知っておきたい 「子どもの精神科」(第2版)―こころの問題と精神症状の理解のために

著者: 牛島定信

ページ範囲:P.623 - P.623

子ども問題に接したときの支えとなる書

 この数年のことであろうか,「広汎性発達障害」「注意欠陥多動性障害」はお茶の間でごく普通に使用される病名になった感がある。子どもの精神医学的問題はその数といい,質といい,ますます深刻の度合いを増しているが,上記の2つはその代表的疾患といってよい。加えて,子どもの精神疾患のカバーする領域の広いことも忘れてはならないだろう。小児科のみならず,教育現場をも直撃しているし,児童相談所をはじめとした地域の生活まで巻き込んでいる。さらには,上記の疾患が成人後になって発見されることが判明してから,成人の精神医学までも震撼とさせている。そして,衝撃の強さ,拡がりの大きさ,あるいは速さは関係領域に少なからざる混乱を招き,厚労省まで動かしたほどである。成人を対象とした一般の精神科医,小児科医,児童関連の仕事に従事する人たちの勉強不足を露呈させてしまった感があるのである。

 本書『臨床家が知っておきたい「子どもの精神科」』の初版は8年前に上梓されてよく読まれたようであるが,上記のような疾病構造の急速な変化に対応する目的で,このたび,新版(第2版)が出版されることになったという。ここ10年ばかりの臨床経験を踏まえて,児童精神医学の臨床,専門家養成,研究の面でわが国のリーダーシップをとってきた東京都立梅ヶ丘病院(2010年3月に,府中キャンパスに他の小児病院をも統合して,東京都立小児総合医療センターとして発足した)の関係者を中心に,新しい編者と執筆陣を得ての仕事である。子どもの精神科で具体的にどのような対応がなされているのか,細やかな説明はなんらかのかたちで,これから子どもの精神科とかかわりを持とうとする人たちに限りない安心を与えるに違いない。

―岩田 誠,河村 満 編―《脳とソシアル》発達と脳―コミュニケーション・スキルの獲得過程

著者: 小林登

ページ範囲:P.624 - P.624

発達を脳科学と関係づけて論じた書

 本書は,東京女子医科大学名誉教授 岩田誠先生と,昭和大学医学部教授 河村満先生によって編集され,序論を含めて4章からなり,わが国の発達領域にかかわる脳研究の第一人者である18人の専門家により執筆された272ページからなるものである。

 全体として,その構成を見ると,岩田誠先生のアイデアが光っているように見える。評者は折々,先生のお考えをうかがう機会があったからそう思うのであろうか。脳からみたヒトの発達について先生が書かれた興味深い序論,さらには冒頭の「発刊に寄せて」,そして巻末の「あとがきにかえて」の河村先生との対談を読むと,それがよく理解される。すなわち,文化人類学的,さらには進化論的な発想で医学・医療問題をとらえようとする立場である。評者も,脳の働きを理解するには,それなしでは成し得ないと考えている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.628 - P.628

 2007年8月号の編集後記において,10年間で20%自殺者を減らすことを目標として出された自殺対策基本法(2006年)と自殺総合対策大綱(2007年)に触れ,予防精神医学の視点の重要性を述べた。その後,この大綱に基づき各地域でさまざまな取り組みが行われてきた。たとえば,岩手県久慈地区での岩手医科大学の取り組みからは,自殺対策には単なる啓発以上に地域でのゲートキーパーを中心としたネットワーク構築による“地域作り”の重要性が指摘されている。しかし,こうした取り組みには地域による温度差が著しく,おそらく久慈地区は例外的なもので,残念ながら2009年に至っても12年連続で年間の自殺者は3万人を超えた。その背景には逆風もある。2007年の改正医療法による医療計画制度として国は“4疾患5事業”を掲げたが,疾病負担の占める比率が最も高い精神疾患はこの4疾患には含まれていなかった。また,数年前には景気の回復に伴い自殺者の減少が見込まれるとの楽観的な指摘もあったが,2008年のリーマン・ショックの影響は予想に反して本邦での景気にも大打撃を与えた。一方で,精神医療の足元も覚束ない。2010年に全国自死遺族連絡会から,自殺者の精神科受診率は増加しているものの,抗うつ薬治療における問題点が指摘された。精神医療の質も実は大問題なのかもしれない。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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