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雑誌目次

雑誌文献

精神医学52巻7号

2010年07月発行

雑誌目次

巻頭言

「精神科栄養学」のポテンシャル

著者: 㓛刀浩

ページ範囲:P.632 - P.633

 今年1月,第13回日本病態栄養学会が京都で開催され,「メンタルヘルスと病態栄養─基礎から臨床まで─」というワークショップが行われた。筆者はこの学会の会員ではないが,「食事・栄養における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現調節とメンタルヘルス」という題で話すよう依頼された。食事・栄養によるBDNFの発現変化に関しては自前のデータがないばかりか知識も乏しかったため,文献をにわか勉強し,精神疾患におけるBDNFの発現変化について多少のデータを出してお茶を濁すしかなかった。驚いたことに,ワークショップを企画されたと思われる川崎医療福祉大学臨床栄養学科の渡辺明治先生は今年のAlbireo awardを受賞され,受賞講演は「n-3系多価不飽和脂肪酸によるストレス適応能の強化とその脳内分子機構」であった。

 思うに,栄養学の医療者・研究者は,高血圧や糖尿病,肥満などの身体疾患の栄養管理やその研究にとどまることなく,メンタルヘルスを次なるターゲットに見据えているのではなかろうか。筆者がワークショップに引っ張り出されたというのも,栄養学が精神疾患の治療に有効であるポテンシャルに関し,専門家(自分でいうのはおこがましいが)はどの程度研究しているのか聞いてみたかったに違いない。聴衆は「専門家」のあまりの不勉強に失望したのではないかと危惧している。

展望

DSM-5の動向

著者: 松本ちひろ ,   丸田敏雅 ,   飯森眞喜雄

ページ範囲:P.634 - P.645

はじめに

 2010年2月9日,ウェブ上においてDSM-5草案の公開が始まった1)。これはDSM-5実行委員会によれば,情報公開の点から「非常に画期的」なことであり,実際に完成前の段階で草案を公開し,またそれについてあらゆる層からの意見を求める姿勢はこれまでのDSM作成プロセスとは一線を画すものである。Wall Street Journal,New York Times,Washington Postなどの有力紙もこの流れに注目しており,大きく取り上げている。

 わが国においてDSMは,行政や保険業務,疾病統計などではICDを使用することになっているため公的には用いられていないものの,精神医学と心理学の領域では臨床および研究における診断分類システムとして広く使われているため,DSM-5のもたらす影響は決して小さなものではない。今回の草案は日本語版では提供されていないため,本稿ではその概要を今後検討すべき課題と絡めて紹介してみたい。

研究と報告

常習的万引きを伴う摂食障害の特徴と治療

著者: 鈴木健二 ,   武田綾

ページ範囲:P.647 - P.654

抄録

 頻回の万引きを伴う摂食障害の臨床症状と治療を検討した。週に3回以上1年以上の万引きを続け,1年以上の治療を行ったケース8名(男性1名,女性7名)の臨床症状と万引き問題について分析した。対象者の平均年齢は24歳で,全員過食症状を持ち,吐いてやせるanorexia nervosa/binge purging typeが多かった。万引きは食品だけでなく,アクセサリー,衣類などにおよび,全員が警備員に捕まった経験を持ち,半数以上は警察での調書も取られていた。摂食障害と万引きに対する集中的治療を行い,3年後の調査で8名のうち万引きが止まっていた者は5名いて,摂食障害の症状の緩和につれて万引きが減っていた。摂食障害に伴う万引きは,クレプトマニアに近い行動障害と考えられた。

季節性感情障害のsummer depressionの1症例―その特徴的症状

著者: 山口成良 ,   安田千尋

ページ範囲:P.655 - P.659

抄録

 最近4年間に毎年夏季(6~9月)に大うつ病エピソードを繰り返している女性。夏季の大うつ病エピソードでは抑うつ気分,意欲低下,食欲減退,不眠がみられ,特に意欲(気力)の低下(制止)が顕著であり,家庭の主婦としての日常生活に著しい障害を引き起こしている。夏型の大うつ病エピソードは,非定型的な自律神経症状を呈する冬型と比較して,よりメランコリー型の自律神経症状を特徴としているように思われる。

精神科救急病棟における行動制限一覧性台帳の臨床活用

著者: 杉山直也 ,   野田寿恵 ,   川畑俊貴 ,   平田豊明 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.661 - P.669

抄録

 行動制限一覧性台帳から算出される臨床指標の多施設間比較により,精神科急性期医療における行動制限モニタリングの有用性を検討した。全国の精神科救急病棟(n=30)を対象に,2008年2月の台帳,施設・病棟特性を調査し,行動制限とその関連因子を統計学的に解析した。隔離の平均期間は10.4日,頻度は24.8%,身体拘束では7.2日と4.8%であった。施設間では差異がみられ,隔離の頻度は医療圏人口と正の,病床稼働率と負の相関を示した。身体拘束の頻度と措置入院数,身体拘束の期間・頻度と平均在棟日数には有意な相関を認めた。行動制限モニタリングは意識の向上,関連因子の明確化など,行動制限最小化に有用である。

小児摂食障害の定義と臨床的特徴について

著者: 中井義勝

ページ範囲:P.671 - P.677

抄録

 摂食障害(ED)患者1,008人を14歳以下受診者28人(1群),14歳以下発症で15歳以上受診者188人(2群)と15歳以上発症者792人(3群)に分類し,初診時の病型別に臨床所見と摂食障害調査票(EDI),摂食態度検査(EAT)および自己評価式抑うつ尺度(SDS)を比較した。1群は79%が神経性食欲不振症制限型(ANR)であったが,2群は3群と病型に差がなかった。病型別に比較すると,ANRは3群間で,その他の病型は2群と3群間で,EDI,EAT,SDSのスコアに有意差がなかった。以上の成績から,小児EDは発症年齢ではなく,受診年齢が14歳以下としたほうがよい。また小児EDの臨床的特徴は成人EDのANRと共通する点が多かった。

短報

集中内観における共感の変化―Interpersonal reactivity indexを用いて

著者: 古市厚志 ,   長島正博 ,   長島美稚子 ,   角田雅彦 ,   鈴木道雄

ページ範囲:P.679 - P.682

はじめに

 集中内観は,自己と他者との関係性を回想することで自己洞察へと導く日本独自の心理的技法である。近親者に対して,「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」(これを内観3項目という)の具体的事実を幼少期から年代順に回想する。この内観独自の回想過程において,他者視点が獲得され,自己中心性が軽減するといわれる6)。内観後には他者配慮的な行動が増え,社会性が改善されることを示唆する報告が多い7,8,12)が,その背景として,視点の変化を促す心理的介入によって個人の共感性が変化していることが推測される。

 共感の概念は認知的側面と感情的側面の2つの領域からなると考えられている2)が,この両側面のどちらに重点を置くかによって,これまでさまざまな評価尺度が考案されてきた。Davis1)は,共感をより広義にとらえる組織的モデルを提唱している。つまり,他者を観察するときに,観察者が認知的,感情的,また行動的な反応に至る一連のエピソードとしてとらえる。こうした考えから,Davisは共感を多次元的に測定できる尺度,interpersonal reactivity index(IRI)を開発した。

 我々は,IRIを用いて集中内観前後の共感の変化を調べたので,若干の考察を加えて報告する。

悪性緊張病の前駆期に男女の交代人格が出現した性別違和症候群

著者: 森山泰 ,   村松太郎 ,   三村將 ,   加藤元一郎 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.683 - P.687

はじめに

 悪性緊張病は昏迷・興奮などの緊張病症状に発熱・発汗・頻脈・血圧変動などの自律神経症状,筋緊張亢進などを伴い,時に死に至る病態である。かつては致死性緊張病といわれ,死亡率も高かったが,近年は身体管理の進歩などにより予後も改善しており,PhilbrickとRummans11)は悪性緊張病という呼称を提唱している。本疾患は症状が抗精神病薬の重篤な有害事象として出現する悪性症候群に類似しており,臨床的にはしばしばその鑑別が問題になる。この点に関して,両者の鑑別は困難であり意味がないとする立場もあるが7),一方Castilloら4)は症状の違いに着目している。すなわち,悪性症候群では鉛管様の著明な筋強剛と発汗・発熱などの自律神経症状,さらに意識障害を特徴とするが,悪性緊張病では焦燥・興奮・不安などの前駆症状の後,自律神経症状と意識障害を認めるものの,筋強剛はめだたないとしている。

 ところで,近年性同一性障害の受診が急増しているが,その背景にはホルモン療法・性転換術が正当な医療行為として認められたことと,戸籍の性別変更が可能になった(特例法)ことが関係していると推測されている1)。性同一性障害と性嗜好障害とは別の問題であるとされ,前者が生物学的性と性の自己意識の不一致からくる悩みであるのに対し,後者は性志向性の問題であり同性愛も含まれる。性同一性障害においては,性別に関する違和感を有するものを広く性別違和症候群ととらえ,その中に自己の性に対する嫌悪感や反対の性に対する同一感を有する性同一性障害と,反対の性であるという強い確信のもとにホルモン投与や性転換術までも行おうとする性転換症を含めるとされる15)

 今回我々は,性別違和症候群に悪性緊張病を合併し,その前駆症状として男女の人格交代を呈した興味深い症例を経験したので,若干の考察をふまえ報告する。なお,症例の報告については患者より同意を得ており,また個人情報保護に配慮して事実に影響を与えない範囲で適宜修正を行った。

私のカルテから

うつ病様の症状を示した慢性硬膜下血腫の1症例

著者: 加藤悦史 ,   前川和範 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.689 - P.691

はじめに

 慢性硬膜下血腫は,臨床症状からはきわめて診断が困難である7)。軽度の頭部外傷が原因となることが多い3,8)が,明らかな頭部外傷の既往のない場合もあり3,7),その多彩な臨床症状から,認知症3,4),うつ病4,8),統合失調症4)などと誤診される例も存在する。今回我々は,抑うつ症状が前景に立ち,手術によって劇的な症状の改善を認めた慢性硬膜下血腫の1例を経験したので報告する。なおプライバシーに配慮し,個人が特定されないよう論旨に影響のない範囲で改変を施してある。

歩行障害で発症し,認知症を呈し,剖検にてアルツハイマー病変,ビンスワンガー病変とレビー小体病変を認めた1例

著者: 岸本由紀 ,   石津秀樹 ,   武田直也 ,   吉田英統 ,   大島悦子 ,   本田肇 ,   石原武士 ,   原口俊 ,   山本真 ,   中島唯夫 ,   中島良彦 ,   寺田整司 ,   黒田重利

ページ範囲:P.693 - P.695

はじめに

 今回我々は複雑な臨床経過をたどり,剖検にて複数病理の併存が明らかとなった認知症の1例を経験したので報告する。なお,本報告に関しては,厚生労働省による「臨床研究に関する倫理指針」に則った倫理的配慮に留意のうえ,遺族の同意を得て剖検および調査を行った。

「精神医学」への手紙

「若年性」という用語―若年性認知症をめぐる特集(本誌51巻10号)を読んで

著者: 柏瀬宏隆

ページ範囲:P.696 - P.696

 本誌51巻10号(2009年10月号)は,若年性認知症を特集している。その巻頭論文「若年性認知症とは」2)を読むと,「若年性」認知症とは,40歳以前に発症するものか,18歳~65歳未満に発症するものか,65歳未満に発症するすべての認知症を指すのか,いささか判然としないが,どうも65歳未満に発症するすべての認知症を指しているようである。しかし,本特集の第二論文「若年性認知症の疫学調査とその問題点」1)を読むと,若年性認知症とは60歳もしくは65歳未満に発症する認知症を指すが,これは通称であり,正しくないという。

 DSM-ⅣとICD-10のアルツハイマー型認知症の年齢区分は,65歳を境にして早発性(early-onset)と晩発性(late-onset)とに区分している。グローバルに見てearly-onsetという表現が使用されており,juvenileとはいわない。

動き

精神医学関連学会の最近の活動―国内学会関連(25)(第2回)

著者: 柴田重信 ,   鹿島晴雄 ,   杉本健郎 ,   葛原茂樹 ,   齊藤実 ,   髙坂新一 ,   河村満 ,   米田幸雄 ,   橋詰良夫 ,   小田切優子 ,   橋本創一 ,   松浦雅人 ,   笠原洋勇 ,   中村伸一 ,   池淵恵美 ,   井上和臣 ,   大森健一 ,   相田信男 ,   松木邦裕 ,   北西憲二 ,   山中康裕 ,   近藤卓 ,   吉村靖司 ,   榎本稔 ,   加藤雅志 ,   本城秀次 ,   藤本豊 ,   日下修一 ,   萩原喜茂

ページ範囲:P.699 - P.714

日本時間生物学会 Japanese Society for Chronobiology(JSC)

 日本時間生物学会は,生物の周期現象に関する科学的研究を推進し,時間生物学の進歩発展を図ること,およびその成果を広め人類の健康と福祉に寄与することを目的として1995年に設立された学術団体である。会員の研究分野は,基礎生物学から臨床医学,農学,水産,生活科学など広範な分野に及び,学会の運営は,選挙で選ばれた理事で構成される理事会(理事長:本間研一 北海道大学医学研究科長)で行われる。

 2009年度第16回学術大会は,アジア睡眠学会・日本睡眠学会との共同開催で,岡村均理事(京都大学)を大会長として大阪で開催された。全体として3つの基調講演,7つの特別講演,34のシンポジウムという非常に大規模で国際色豊かな学会となった。大会期間中には優秀ポスター賞8名も選出された。また,2009年度の学術奨励賞は「基礎・科学」部門:中村渉氏(大阪大学)に決定した。

「第29回日本社会精神医学会」印象記

著者: 岸本年史

ページ範囲:P.716 - P.717

 「第29回日本社会精神医学会」は,2010年2月25,26日の2日間,堀口淳会長(島根大学医学部精神医学講座教授)のもと,基調テーマを「ひとの幸せをもとめて」として,島根県松江の松江テルサで開催された。当日は関東地方を中心に濃霧の影響で飛行機の欠航が相次いだこともあり,2日間で328名と例年に比べやや少ない参加人数であった。

 本大会では,2つの特別講演,5つの教育講演,4つのシンポジウム,一般口演発表(計73演題),ポスター発表(計33演題)など幅広いプログラムと多くの発表が松江テルサ内の3つの会場を使って行われた。内容は自殺,精神医療史,薬物依存,児童・思春期,外来精神医療・早期介入,精神科救急,ストレス・メンタルヘルス,統合失調症,気分障害,社会復帰など多岐にわたるテーマが取り上げられていた。

「日本AD/HD学会第1回総会」印象記

著者: 小野和哉

ページ範囲:P.718 - P.719

 2010年4月4日という,桜咲く日曜日に,東京大学鉄門記念講堂にて,第1回AD/HD学会が全国から120名ほどの参加者で開催された。国立成育医療センターの奥山眞紀子会長のもと,大会テーマを「AD/HDの生涯支援」として,2次的障害を持った思春期の子どもへの支援,成人期の支援,発達障害を持った親への養育支援,生涯支援を見据えた小児期からの支援などについて,講演と発表がなされた。AD/HDの治療において,思春期以降も残存する症例群をどのように扱うかは,その診断,治療において,周知のようにさまざまな課題を持つものである。症候の表現形態が変わり,薬物の反応も変わってくるこの時期に,何を手がかりとして診断を確定し,また児童期と異なるどのような薬物療法と心理社会的接近を工夫するかは愁眉の問題である。AD/HDに焦点を当てた初めての学会が,どのような広がりや,深さを持つものになるか注目された。

 わずか1日で,特別講演1つ,一般演題は5つ,セミナーが2つ,シンポジウム1つ,懇親会も設定され,きわめて密度の濃い学会であった。まず,午前の始めの特別講演は,「AD/HDを含むその認知過程」という東京大学先端科学技術研究センターの渡邊克己先生のワーキングメモリーの基礎的研究に関するものであったが,ワーキングメモリーの発達過程や視覚的ワーキングメモリーの壊れやすさというデータに裏づけられた示唆に富む内容は,種々の想像を掻き立て,本学会の鏑矢というべき内容であった。続く午前の一般演題は,AD/HD治療の最前線の生の声が語られ,聞く側も多く頷きつつ,投げかけられた課題に共に悩むという,専門学会ならではの白熱した発表であった。その後,午前のセミナーにおいては,「AD/HD治療のこれからを考える」というテーマで,2種のAD/HD治療薬の治療が始まった現在の臨床の状況と課題について,旭川医科大学の荒木章子先生が講演された。真摯な臨床の取り組みと小児科医ならではの視点が,印象深い講演であった。

「マディソンモデル視察研修」印象記

著者: 枝雅俊

ページ範囲:P.720 - P.721

 筆者らは2009年11月6~13日,米国ウィスコンシン州デーン郡マディソン市の精神保健ケアシステムを視察してきた。これは,北海道帯広市とマディソン市の姉妹都市交流活動の一環として日本の精神保健関係者がマディソンを訪問し,世界的に有名ないわゆるマディソンモデルを見学するという企画である。

 マディソン市は精神保健の世界ではACT(assertive community treatment;包括型地域生活支援プログラム)発祥の地として知られている。これは1970年代に州立精神病院の病棟スタッフが毎日24時間アクセス可能な多職種チームを結成し,地域内で患者の生活を支援するという試みを行い,このサービスの利用群では入院期間・精神症状・費用効果などが非利用群よりも改善するということを対照研究で証明したことに由来する。マディソン市で生まれたACTは国際的に高く評価され,その後世界各地で同様の在宅支援システムが誕生するきっかけとなった。

 今回の視察で印象に残った点をいくつか挙げてみる。

「第1回アルコール依存症リサーチアジア太平洋協会(Asia-Pacific Society for Alcohol and Addiction Research;APSAAR)総会」印象記

著者: 館農勝

ページ範囲:P.722 - P.722

 2009年11月12~14日の3日間,韓国・ソウルにおいて,Ihn-Geun Choi会長のもと,第1回アルコール依存症リサーチアジア太平洋協会(Asia-Pacific Society for Alcohol and Addiction Research;APSAAR)総会が開催された。総会テーマ「Together, Asia-Pacific Addiction Researchers(アジア・太平洋地域の依存症研究者の連携)」の通り,精神科医のみならず,基礎研究者,看護師,ケースワーカーなど,10か国からおよそ200名の学会参加者があり,活発な意見交換が行われた。

 APSAARは,2007年10月,京都において設立されたアルコールおよび薬物依存症に関する研究を目的とした国際学術団体である(http://japan.apsaar.org/)。誕生間もないAPSAARにとっては初の総会ということで,開会式では,Choi会長,APSAAR理事長である韓国のDongyul Oh教授,前・米国立アルコール症センター(NIAAA)所長Ting-Kai Li教授,そして,国際アルコール医学生物学会(ISBRA)理事長である齋藤利和教授の4名によるケーキ入刀が行われた。開会式では,APSAAR設立への功労が称えられ,齋藤利和教授(札幌医科大学)が表彰された。

書評

―山内俊雄 編集統括,精神疾患と認知機能研究会 編―精神疾患と認知機能

著者: 神庭重信

ページ範囲:P.724 - P.724

 「精神疾患と認知機能」を読みあげるのにおよそ2か月を要した。私はもっぱら情動を研究しており,認知のことは門外漢に近いからである。しかもまとまって本を読む時間が取れないので,他の本と並行して少しずつ読み進むしかなかった。しかし全章を読了した今,精神疾患の認知研究がかくも進歩していることを知り強い感動を禁じ得ないでいる。

 認知科学(狭義)は,記憶,言語,思考,方略,遂行,覚醒,注意,知性などの認知要素を主な対象とする。これは言い換えれば,「意識」と「言葉」という,我々の「思索の武器」を対象としているといえようか。もっとも,脳は階層性と局在性を持ち連合して働くものなので,情動や無意識を除外して認知の真の姿に迫ることはできないだろう。たとえば社会的認知はまさに情動と一体となった認知である。知の極みともいえる数学ですら感情をいれなければ成立しないと言ったのは岡 潔である。これはいったいどういうことなのかと思う。また,認知科学が脳を問題とするときには,情報のシステム系としてとらえるためか,神経回路レベルでとどまり,薬物の影響などは別にして,物質を取り扱うことは少ないように思う。いずれは回路機能を担っている物質と認知の関係にまで踏み込んで欲しい。

―Muriel Laharie 著,濱中淑彦 監訳―中世の狂気―十一~十三世紀

著者: 酒井明夫

ページ範囲:P.725 - P.725

 著者ラアリーはアナール学派の俊英ジャック・ル=ゴフに学んだ歴史家である。まずは順序通りル=ゴフの序文から目を通すと,いきなりこの書の重要な位置づけが目に飛び込んでくる。ル=ゴフによれば,『中世の狂気』はジャッキー・ピジョーの一連の著作とミシェル・フーコーの『狂気の歴史』の間を埋めるものなのである。

 周知のようにフーコーの前掲書は17,18世紀古典主義時代の狂気の諸相を提示し,その意味を考察した名著である。精神医学史を超えてこれが思想界全体に与えた影響は計り知れない。一方のピジョーは古代の狂気を独自の手法で読み解き,そこに詩的ともいえる深い洞察を加えた碩学である。ピジョーの視野には医書ばかりでなくおよそ古代世界の名だたる文献類がとらえられている。ピジョーとフーコーを両脇にした本書には,したがってきわめて高い評価が与えられていることになる。

―西嶋康一 著―悪性症候群とその周辺疾患

著者: 栃本真一

ページ範囲:P.726 - P.726

 これまでに,悪性症候群の総説や症例報告は,和洋にかかわらず数多くなされている。精神科を標榜する医師であれば,この病態については何がしかの知識を持っているという自負はあると思う。しかし,悪性症候群はその発生率が0.2%を下回るまれな病態である。本書の序文にあるように,「精神科の専門医であっても悪性症候群を経験していない医師も多くいる」だろうし「悪性症候群の患者を実際に診察し,治療に当たらないと悪性症候群とはどのようなものかわからないであろう」。さらに本書でも強調されているように,悪性症候群は多様な臨床像をとる。そのために,初めて悪性症候群を診療する治療者は,診断から治療まで(ふだん使い慣れない薬剤を使う!)大いに悩み,不安を感じることと思うし,かくいう評者もそうした経験をした。

 本書は,そうした悩める臨床医に対し良き先達たろうとする態度を明確にしている。著者である西嶋康一先生は,四半世紀にわたり悪性症候群の臨床と研究に携わり,当該分野の第一人者である。その経験した症例数は確定できたものだけでも40例近くになるということであり,その豊富な経験を活かして,「悪性症候群を経験していない研修医や精神科医を想定して,著者が経験したさまざまな悪性症候群の症例を具体的に記述」しているのが本書の出色であろう。特徴的な症例のみならず,非特異的な症例や鑑別すべき病態の症例まで網羅し,その1つひとつについて,投薬内容,検査結果,治療内容,経過まで詳細に記載されている。悪性症候群に遭遇した初心者が本書をひもとけば,まるで経験豊富な上級医が傍らにいるかのような安心感を得られるのではないか。殊にL-dopaやECTを使用した実例も記載されているが,そうした経験を持つ医師は身近にそういるものではない。

―水野美邦 編―神経内科ハンドブック(第4版)―鑑別診断と治療

著者: 栗原照幸

ページ範囲:P.727 - P.727

ベッドサイドですぐに役立つ

 水野美邦先生は,1969年から4年間Chicago, Northwestern大学で神経内科レジデントを体験され,帰朝後それを1冊の本にまとめておきたいという希望から神経内科ハンドブック第1版として1987年に出版された。版を重ねて第4版となり,34名の執筆者によって,最近の知見を盛り込んで2010年3月に出版された。アメリカの神経内科レジデント教育では,成人の神経内科のほか,一定期間ずつ小児神経内科,脳神経外科,精神科,神経放射線,脳波・筋電図,神経病理のローテーションが組まれ,all roundな臨床能力を能率よく3年間で体得できるようプログラムが組まれている。

 神経系はその解剖学的な複雑さから,とっつきにくいと考えられるが,問診をして,発症の仕方(突発性,急性,亜急性,慢性進行性,寛解・増悪の繰り返し等)や病気の経過,家族歴の有無,仕事や環境との関連性などよく話を聞いて,次に神経診察を取り落としなくすると,①主に問診からどのような病態か(血管障害,炎症,代謝・中毒,腫瘍,変性,脱髄),②神経診察所見から神経系の疾患部位を8割がた,明らかにすることができる。問診と診察所見から最も考えられる診断を思いついた後に,多くの鑑別診断も思い浮かべて,神経学的検査法の助けも含めて,最終診断に至るが,この本の副題にもなっている鑑別診断の重要性を編者はよく強調している。図や写真も多く,まとめの表も理解しやすい。重要な参考文献が読書を深めるために十分すぎるほど記載され,最新情報が盛り込まれている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.732 - P.732

 「精神医学」の編集委員となって16年余りになる。横浜市立大学の教授となって2年ほどしてからであったように思う。早いものである。最近は暗黙のうちに70歳が定年のように委員を辞められるのが普通になっているので,昨年末で編集委員を辞めるつもりであったが,7月までは続けてほしいという編集室の要望があり,つい長居してしまった。私より後に編集委員になられた先輩の先生方も次々と委員を辞められ,近年では私の在任期間が最も長いとのことである。

 後任の編集委員は,辞める委員の専門領域を考慮して,編集委員会の選挙で選ばれることになる。最初に編集委員会に参加した時には,その道では第一人者の素晴らしい先生方が委員を務められており,毎回緊張して投稿論文の査読結果を発表したものである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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