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雑誌目次

論文

精神医学52巻8号

2010年08月発行

雑誌目次

巻頭言

発達障害概念の再考

著者: 山崎晃資

ページ範囲:P.736 - P.737

 最近,「発達障害」が過度に注目され,操作的診断基準による安易な診断が行われるようになり,発達障害を一括りにとらえる傾向が強まっている。さまざまな学会で発達障害にかかわるシンポジウムが持たれることが多くなったが,発達障害という概念を真正面から論じ,問題点を明らかにしようとする試みは不十分といわざるを得ない。さらに,医師や専門家が「臨床へのためらい」や「臨床への畏れ」を持たなくなってきたことも気になる。短時間の面接や行動観察で,「自閉症」,「アスペルガー症候群」,さらには「発達障害」と安易に診断・評価するようになった。

 いうまでもないことであるが,子どもの臨床は,発達歴を可能な限り詳細に調べ,時間や場所を変えて何度も行動観察をし,家庭・幼稚園・保育園・学校などにおける子どもの状態を可能な限り聞き取り,その子どもの理解を深めていくものである。ついでながら,「診断(diagnosis)」とは語源的に「知識のすべて」という意味であり,臨床家の知識と経験を総動員させて,その子どもの理解と対応を検討することである。その意味からは,医学的診断,心理学的診断,教育学的診断,福祉的診断などがあるはずである。「私は医師ではありませんので“診断はいたしません”」というノン・メディカルな専門家の話をよく耳にするが,それは責任回避または逃げ口上である。専門家としての自分の専門的立場に立った子どもの理解・見立て・評価などをきちんと述べるべきである。さらにいえば,医学的診断分類をつまみ食いすべきものではなく,それぞれの専門領域における診断分類体系を整えるべきである。

展望

Pick病と前頭側頭葉変性症―臨床病理研究の新しい時代

著者: 横田修 ,   土谷邦秋 ,   寺田整司 ,   石津秀樹 ,   黒田重利

ページ範囲:P.738 - P.754

はじめに

 歴史的には‘Pick病’という用語は,Pick小体の有無とは無関係に,前頭側頭葉に限局性萎縮を呈す例を一括する臨床病理学的疾患単位の意味で用いられてきた。しかし現在では,さまざまな封入体とそこに蓄積した異常蛋白に基づいて病理学的疾患単位が規定されており,Pick病という名称はPick小体を有する例のみを指して用いることが推奨されている。つまり,病理学的疾患概念の根拠が,脳の葉性萎縮という肉眼所見から異常蛋白の蓄積という分子レベルの所見に変わり,それに伴って‘Pick病’概念もこの百年余で大きく変化している。

 疾患概念変化の是非について議論はあるが,我々臨床家は,分子病理学的なアプローチが病態の解明の先に,当然疾患特異的治療法の開発という目標を考えているということに目を向ける必要がある。診断は治療のために行うということを踏まえると,現在の前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration;FTLD)の臨床診断が,前頭側頭型認知症(FTD),進行性失語(PA),意味性認知症(SD)といった臨床亜型の分類作業にとどまっていることや,そもそも診断基準が病理の予測を想定していないことは,将来必ず臨床実地上の問題になると考えられる。とはいえ,ごく最近まで,FTLD患者の病理背景を生前に予測するなどということは不可能という意見が普通であったし,まだそれに否定的な考えも少なくない。それでは,これまで各病理学的疾患単位の臨床像が系統立てて検討されてきたのかというと,利用できるデータは非常に限られているのが現状である。これは「Pick小体があってもなくても病変分布と臨床像に大きな違いはない」という常識が長年強調されてきたこと,剖検例が多くの施設に分散しているため,まとまった検討が難しいという研究インフラ上の問題,診断基準の普及による「我々は生前に診断できている」という認識などが関係していると思われる。しかし,FTLD患者の病理背景を生前診断するための研究が症候学,画像,血清・髄液検査の領域で行われだしたのは,最近5年ほどのことである。

 本稿では,Pick病という名称はPick小体を持つ例のみを指して用い,前頭側頭葉に限局性脳萎縮を有す例全体を指す際にはFTLDか,文脈上必要なら‘Pick病’と記した。本稿の前半では,‘Pick病’第1例から現在のFTLDの病理学的分類とPick病の位置づけまでを整理し,後半は病理の生前の推測に役立ち得るFTLDの病理疫学,および各病理学的疾患単位ごとの臨床像の差異に関する知見をまとめた。以上の知見の呈示を通じて,この総説では,これまで第一線の臨床家が症例をていねいに観察し記録し,1例ずつ剖検に供してきた地道な努力によって,FTLDという認知症疾患研究の進歩が果たされてきたということも示したいと思う。

研究と報告

メランコリー型の意義再考―症例を通して

著者: 杉山通 ,   津田均

ページ範囲:P.757 - P.763

抄録

 メランコリー型(Tellenbach H)は本邦において典型的なうつ病の病前性格として重視されてきたが,近年は回避的,自己愛的,あるいは軽躁的要素が混じたうつ病群の増加とともにその位置が相対的なものになりつつある。しかし,非メランコリー型に見えるうつ病にもメランコリー型と共通する要素が見いだされることは少なくない。本稿では,症例の検討を通じてメランコリー型を構成する要素を再検討し,多様化するうつ病を統一的に理解する視点を探ってみたい。メランコリー型は秩序志向性を基本的な特徴とするが,その底には環境の変化に対する脆弱性と対象との一体化願望が存在する。これらの特徴には,循環性格(Kretschmer E)の素因が関与していると考えられる。

精神の健康管理への積極性評価尺度(Patient Activation Measure 13 for Mental Health;PAM13-MH)日本語版の開発

著者: 藤田英美 ,   久野恵理 ,   加藤大慈 ,   爰地真理子 ,   上原久美 ,   平安良雄

ページ範囲:P.765 - P.772

抄録

 精神の健康管理への積極性評価尺度日本語版を開発し,信頼性と妥当性の検討を行った。横浜市立大学附属病院精神科外来通院患者226名を対象に,自己記入式の質問紙調査を実施した。Rasch分析の結果,データの一次元性と原版と類似する項目難度が確認された。内的整合性(α=0.82)および再検査信頼性(r=0.75)は高く,受療行動に関するセルフエフィカシー尺度を用いた並存的妥当性の評価も高かった(r=0.59)。また,性差,年齢差,疾患による得点の差を検討したところ,有意差を認めなかった。本研究の結果,本尺度は十分な信頼性と妥当性を有することが確認され,性別,年齢,疾患にかかわらず,精神疾患を持つ人に共通して利用できることが明らかにされた。

 

※「表1 アクティベーションスコア換算表」は,権利者の意向等により冊子体のみの掲載になります.

精神科急性期治療導入時の資源投入量に関する調査・検討

著者: 泉田信行 ,   野田寿恵 ,   杉山直也 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.773 - P.782

抄録

 本研究の目的は,精神科急性期治療にかかわる医療機関の治療コストと診療報酬収入を比較することである。地域的に異なる,急性期機能を担う3つの精神科病院の医師,看護師,精神保健福祉士からなる医療チームに事例を提示し,直接ケアについてヒアリング調査を行った。その結果,①隔離室を使用するような精神科急性期患者の入院1日目の収支は,どのような施設であっても赤字となる可能性が高いこと,②診療報酬基準として類似の医療機関を対象に選んだとしても,医療機関ごとに直接ケアの内容が大きく異なることが明らかになった。入院初期に十分な直接ケアの投入を可能にする診療報酬のあり方に関する議論に寄与できる結果を得た。

総合病院における看護師レジリエンス尺度の作成および信頼性・妥当性の検討

著者: 尾形広行 ,   井原裕 ,   犬塚彩 ,   多田則子 ,   水野基樹

ページ範囲:P.785 - P.792

抄録

 過酷なストレスにもかかわらず,高いモラールを保ち,逆境を克服していく能力(レジリエンス)は看護師のような対人援助職にとって不可欠の要因である。本研究では「看護師レジリエンス尺度」を作成し,その信頼性と妥当性の検討を行った。看護師を対象に質問紙調査を行い,因子分析の結果として4因子が抽出された。各因子は「肯定的な看護への取り組み」,「対人スキル」,「プライベートでの支持の存在」,「新奇性対応力」と命名された。次にα係数による信頼性と相関係数による妥当性の検討を行った結果,信頼性と妥当性ともに十分な値が得られた。よって「看護師レジリエンス尺度」は十分な信頼性と妥当性を有することが示された。

短報

本態性振戦は脳刺激装置植込術後に改善したが,気分障害で精神科入院治療を要した1例

著者: 原田貴史 ,   木上剛 ,   田島孝俊

ページ範囲:P.793 - P.796

はじめに

 本態性振戦に対する脳刺激装置植込術後の脳深部刺激療法(deep brain stimulation,以下DBS)中に,気分障害に陥り,自殺未遂,離婚や社会的不適応を認めた症例を経験した。

 〈症例〉 41歳,男性。

 主訴 「やる気が出ない」。

 既往歴 17歳;本態性振戦。

 家族遺伝負因 妹は「うつ病」で精神科入院歴がある。他に家族の神経精神疾患なし。

 生活歴・現病歴 同胞2人第1子。小学生時代よりスポーツ万能で社交的で活発な性格。野球,剣道など得意で学業成績も優秀。17歳,声がふるえて手足がふるえ,A病院で本態性振戦と診断され内服治療を受けた。言葉が出にくい以外に生活に支障はなかった。県立高校を卒業後,専門学校を経て板前修業をして29歳で飲食店店長となった。30歳で結婚して1男1女あり。34歳より日本料理店を自営し,10人ほどを雇い厨房に立って働いた。忙しく,本態性振戦の通院や内服は中断していたが,「2~3時間の仮眠だけで仕事ができるハイな状態」を自覚していた。妻は「働きすぎ」を心配したが,本人には言い出せずにいた。37歳頃より,睡眠や休息をとっても声がふるえ手もふるえ,B病院で再び本態性振戦と診断され,内服治療を再開した。

 X-2年(39歳),言葉が出ず振戦のため包丁が握れなくなり,内服治療や休養では改善せず,手術目的でC病院脳神経外科に紹介された。X-2年11月,「早く仕事に復帰したい」と本人が希望して両側視床への脳刺激装置植込術を受けた。振戦は改善したが,術後3週間目よりやる気の喪失や疲労感を訴え,B病院に2週間入院した。活気がなくなり,悲しみや怒りなど感情不安定な混乱した状態で,復職できないまま店を手放した。経過中にDBSの刺激条件の設定変更をC病院で受けたが,精神症状は変わらなかった。本人によると,「妻を受けつけなくなり性生活がなくなった」。X-1年8月頃には妻や小4の長男に「黙れ,塩かけて飯を食え」などの暴言や,怒り出すとブレーキが効かない暴力が日常的となった。妻が子ども2人を連れて離婚して別居することになった。

 同月,大量服薬をして総合病院に搬送され,退院後,「やる気が出ず誰の役にも立てない」と悲しみに暮れ,食事も着替えもせずに1日中横になったままであったため,心配した元妻が1日おきに通い世話をした。X年9月(41歳)上旬までに合計5回大量服薬をした。元妻によると,小5の長男に「寝てばかり」と挑発され,暴力を振るったり車をぶつけたり感情のコントロールができず,同月本人の勘違いからつかみかかり,長男の顔に傷跡の残るけがをさせ,その後に大量服薬をして実母や妹とともにB病院まで行ったが,救急外来のロビーで暴れ,精神科病院へ紹介された。

 精神科臨床経過 本人は精神科受診や入院に納得しており,任意入院で当院の精神科救急病棟に入院した。精神科の継続的な治療は当院が初めてであった。入院前の紹介医の処方はcarbamazepine 200mg/日,paroxetine 40mg/日,flunitrazepam 4mg/日。元妻によると,術前性格は社交的で穏やかな親分肌であったが,術後3週間目より意欲や自信の低下や気分の易変性,攻撃性が目立つ状態が続いていた。気分障害の混合状態として,paroxetineを漸減中止して,carbamazepineを主剤に薬物調節することとし,感情のブレーキが効かないときにはrisperidone液剤0.5mlを頓用で使用した。DBSの電源をoffにすると,安静時には穏やかに過ごせたが,言語障害や振戦のため日常生活に支障を来した。入院中に気分の高まりから看護職員と口論になり,他患者に威圧的に振る舞うなど苦情が続いたり,隠れて他患者に金品を要求したり,逸脱行動が目立った。一方で終日臥床し,「やる気が出ない,生きていても仕方ない」と訴え,「手術前は言葉が出なかったから手術して良かった,でも前のように人並み以上に働きたい」と涙し,感情の起伏が激しかった。

 50日間の入院中,元妻は福祉の協力を得て引っ越し,本人には住所を教えていない。退院以後の処方はcarbamazepine 600mg/日とnitrazepam 5mg/日とrisperidone液剤の頓用である。退院後も元妻は本人の生活の世話に通っている。長男は会うことを拒否したままで,元妻は休日に5歳の長女を連れて本人を訪ねている。元妻や母の援助があり,定期的に精神科通院できている。X+1年5月,食欲不振と「疲労感」を主訴に1週間精神科療養病棟に任意入院した後,元妻に生活の世話を受け,外来通院を続けているが,やる気や自信が失われ,一方で感情のブレーキが効かない傾向は続いており,復職はできていない。

催幻覚成分を含む植物由来物質,アヤワスカ(Ayahuasca)の単回使用により精神病症状の再燃を来した中毒精神病の1例

著者: 江崎真我 ,   梅野充 ,   五味渕隆志

ページ範囲:P.797 - P.800

はじめに

 アヤワスカ(Ayahuasca)は,ワスカ(Hoasca),ダイミ(Daime),ヤヘイ(Yajé)あるいはNatema,Vegetalとも呼ばれ,ブラジル・ペルーなどの先住民が古来より受け継いできた,催幻覚成分を含む飲料の呼称である。当地ではアヤワスカは太古からの神の恵みと考えられており,シャーマンが精霊と交信し病気の治療や未来を占う儀式の際に利用される6)。ビートニク文化圏にアヤワスカを知らしめたのは,William S. Burroughs(ウィリアム・S・バロウズ)による1963年の著書,麻薬書簡である。近年では欧米人が意識変容状態や霊的体験を得るために使用し,十年ほど前からは日本人も南米奥地を訪れたり通信販売により入手したアヤワスカを飲用し,その経験はインターネットや出版物上で好意的に表現されている。

 今回我々は,幻覚キノコであるマジックマッシュルーム(以下,MMと記載)の頻回な使用の結果,度々精神病状態となり精神科入院治療を要した女性が,2年の期間を置いた後にアヤワスカを単回摂取したところ,精神病症状の再燃に至った症例を経験した。アヤワスカには害が少ないとする見解がある一方で,有害事象の報告もあり,含有される成分は米国においても本邦においても規制を受けている。しかし我々の調べた限り,アヤワスカの有害性についての症例報告は本邦に存在しない。ここに我々の経験した症例を報告し,アヤワスカの有害性について注意を喚起したい。

大うつ病性エピソードの再発の危険因子

著者: 濱田智子 ,   田中徹平 ,   角田智哉

ページ範囲:P.803 - P.807

はじめに

 日本における疫学調査11)では,大うつ病性エピソードの生涯有病率は6.5%であり,決してまれな疾患ではない。そしてうつ病は,発症1年後にも約4割が症状を残存させていると指摘され,難治性うつ病の存在は治療上の問題である。さらに寛解1年以内の再発率が43%とする報告4)があることと,うつ病相の反復が病相期の長期化と重症化をもたらすという臨床的事実から,予後の予測は治療的にも重要である。

 また,大企業を対象とした調査報告8)では長期休務者の約9割を気分障害患者が占めており,産業メンタルヘルスへの社会的関心も年々高まっている。特にうつ病の再発は,就労環境調整という治療的視点のみならず労務災害上の視点からも事業者側から注目されている。気分障害に対する治療戦略を確立するため,生物学的病因や急性期治療をめぐる研究が活発になされる一方で,再発の危険因子に関する研究や実証データは比較的少ないように思われる。そこで本研究では,大うつ病性エピソード再発予防を目的に,再発の危険因子を同定することとした。

資料

滋賀県の精神科救急について

著者: 辻本哲士 ,   辻元宏

ページ範囲:P.809 - P.818

はじめに

 全国に先駆け,1978年に東京都が精神科救急医療システムをスタートさせてから30年が経過した。一般科救命救急医療と異なり,精神科救急医療はいまだ全国均一した医療サービスが供給されていない。現状では精神保健福祉法という全国共通の枠組みのもと,地域性を加味した救急システムが作られ運用されている。救急システムに確立したモデルはなく,行政主導と医療主導との兼ね合い,民間と公的病院との役割分担性,人員や予算の配分,今日までの地域別の慣習など,いくつかの要因を勘案して各地方公共団体で事業化されている。

1.滋賀県精神科救急医療システムの概要

 滋賀県は日本のほぼ中央,近畿の北東部に位置し,県の真ん中に琵琶湖が広がっている。2008年10月1日現在,面積401,736km2,人口1,401,073人である。近年,京阪神のベッドタウンとして,あるいは大規模大学のキャンパスが置かれるなどして発展しつつある。全国に比べて滋賀県の占める人口割合は1%強であるが,2005年6月の時点で,精神病院数は12,精神病床数2,417床,人口万対病床数も17.5と,精神科医療のハード面では数的に全国レベルを大きく下回っている。平均在院日数は288.5日と全国平均の327.2日より短く,措置率は1.3と全国平均の0.7より高くなっている。

 滋賀県の精神科救急医療システムは,「休日または夜間等における緊急な医療を必要とする精神障害者およびその疑いのある者の医療および保護を迅速かつ適切に行うため,地域保健活動の理念に基づき,県内精神病院の相互協力と保健福祉,警察,消防等関係機関との連携のもとに地域ブロック制により応需体制を整備し,精神障害者等のための精神科救急医療体制の確保を図る」目的に行政主導型で作られ,1997年より運営されてきた。具体的には,県内を3ブロックに区分し,各ブロックに月交代輪番制で当番病院が定められている(図1)。Aブロックは滋賀県北部の人口約32万人の圏域で2保健所と3精神科病院を有する。Bブロックは県南東部の人口約70万人の圏域で3保健所と3精神科病院を有する。Cブロックは県西部の人口約38万人の圏域で2保健所と3精神科病院を有する。

 当番病院は救急応需のために空床と精神保健指定医を確保し,平日夜間・休日の精神科救急に備える。措置症状を持つなどの精神科症例が救急対応を必要とした場合,警察,消防,親族などの関係者はブロック内の保健所に通報し介入が始まる。担当保健所保健師は,発生状況を調査するとともに当番病院に連絡し,措置・緊急措置対応として受診・入院の段取りをつける。保健師は関係機関の協力のもと,ケースを当番病院まで搬送する。当番病院では指定医による緊急措置診察が行われて入院などの処遇が決定される。任意入院や医療保護入院になった場合は,そのまま当番病院で入院治療が行われ,緊急措置入院になった場合には72時間以内に正式の措置診察が行われる。県下の全民間精神科病院7病院と公的精神科病院2病院がこのシステムに参加している。輪番病院としてこのシステムには入らないが,合併症など全身管理が必要な事例に対しては総合病院1病院が協力する。このような「行政モデル」としての精神科救急医療システムは,法的な枠組みを作ることにより精神科救急患者に対して手厚く均質・確実な対応を保障する。また,輪番制を活用することでケースの特定病院への一極集中を防ぐこともできる。対象の中心を統合失調症圏や躁状態の患者に置くため,入院率や非自発入院比率が高く,入院形式も措置・緊急措置が多くなる。一方で警察経由の事例が多数を占めることとなり,受け入れるゲート幅を適切にしないとユーザーにとっては利便性に欠けたシステムになってしまう。日々,受け入れ環境を維持していくために当番病院の空床・指定医確保が不可欠で,夜間休日にオンコール体制に置かれる保健所保健師・事務員の心理的・身体的負担も大きい。全国では埼玉県,群馬県,茨城県などが類似した精神科救急システムを持っている。

 精神科救急対応と社会復帰施設・地域医療体制の充実は車の両輪にたとえられる。滋賀県の2005年の社会復帰の施設状況としては,精神障害者小規模作業所13か所,通所授産施設7か所,地域生活支援センター7か所,精神障害者居宅生活支援事業の利用者161人,精神障害者グループホーム19か所で定員86人といったところで,数的には全国の平均レベルにある。現場での社会復帰に関する意識・意欲は高く,モデルといわれる「障害者サービス調整会議」を前身に全県域的に地域自立支援協議会が設置され,地域生活の支援体制整備に向け「関係機関などのネットワークの構築」「相談支援体制整備」が各圏域で実施されている。

2.滋賀県立精神医療センター(以下,精神医療センター)の概要

 精神医療センターは滋賀県の南部にあり,もともと精神保健総合センターとして診療局部門・デイケア部門・精神保健センター部門の3部門が1つにまとまった総合施設で1993年10月に開院した。病院機能は主に診療局が担っており,平日の2~5診での外来診療と50床ずつ2つの閉鎖病棟,合計100床の病床で成り立ち,急性期患者に対応できる個室・保護室は両病棟合わせて28床ある。2006年度からは,地方公営企業法全部適用にて,精神保健センター部門は精神保健福祉センターとして独立し,現在では精神医療センターは診療局とデイケア科,新たに設けられた地域生活支援室で成り立っている。県立病院として県全体の精神医療のバランスをとる役割があり,救急に関しても当番病院のバックアップ病院として位置づけられている。当番病院が満床になったり,処遇に苦慮するケースに対しては積極的に入院を応需している。

 このように滋賀県は,いわゆる「硬い」救急で輪番病院による精神科救急システムを運営してきた。今回,滋賀県という1地方非大都市圏の精神科救急を中心とした現状と県立精神病院の役割・実績について報告する。

私のカルテから

BACSによる認知機能障害評価を考慮した支援により就労に成功した統合失調症の1例

著者: 稲田健 ,   石郷岡純

ページ範囲:P.819 - P.821

はじめに

 統合失調症における認知機能障害は,陽性症状や陰性症状以上に,社会適応や社会復帰と関連することが知られている1)が,一般臨床で適切に取り扱われていない印象がある。今回,認知機能障害に注目し,BACS(the brief assessment of cognition in schizophrenia)日本語版2)を用いて認知機能障害を評価したうえで就労援助を行ったところ,就労に成功した統合失調症の1例を経験した。認知機能障害を評価して治療を行うことは臨床上有用であると考えられたので報告する。なお,本症例報告の投稿に際して,患者本人から口頭での同意を得ている。

他剤での治療が困難であったBPSDに対し,blonanserinが有効であった2例

著者: 品川俊一郎 ,   中山和彦

ページ範囲:P.823 - P.825

はじめに

 認知症患者では記憶障害や見当識障害などの認知機能障害のみならず,幻覚,妄想,興奮,攻撃的言動といった症状が出現する。これらの症状はBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia,認知症の行動心理学的症候)と呼ばれる。

 BPSDは介護者の負担を増大させ,入院や入所の時期を早める原因ともなるため1),そのマネージメントが重要である。薬物治療においては,高齢患者に対する副作用の少なさから,近年は非定型抗精神病薬が多く用いられる。しかし,2005年にFDA(Food and Drug Administration)が高齢認知症患者のBPSDに対する非定型抗精神病薬の使用についての勧告をしたため,非定型抗精神病薬の使用を控える動きもあり,依然としてBPSDに対する薬物療法のエビデンスは確立していない。

 今回我々は,他の薬剤で治療が困難であったBPSDに対し,非定型抗精神病薬であるblonanserinを投与したところ改善を認めた2例を経験した。これまでに同剤によるBPSDの治療に関する報告は少ないため,若干の考察を加えて報告する。なお,症例の記載にあたり患者個人が特定されないよう配慮し,症例理解が損なわれない範囲で一部改変した。家族に適応外使用である旨を説明したうえで,同意を得て薬剤を使用した。本報告は一般企業・団体との関連はなく,利益相反は生じない。

書評

―藤井康男 監修―LAIマスターブック

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.827 - P.827

 日本の精神医療体制は,欧米に比べてさまざまな面で立ち遅れていたが,近年ようやく国を挙げた取り組みが始まった。入院中心から地域中心の医療へと切り替えることで,今後10年間で7万人以上の長期入院患者を退院させるという方針が立てられている。しかし,このような目標を実現するには,乗り越えなければならない課題が少なくない。なかでも,退院後の薬物アドヒアランスの確保は,患者の地域生活に欠かせない。良質で確実な薬物治療が継続されてはじめて,さまざまな心理社会的治療や地域のサポートが有効となるからである。

 デポ剤(持効性注射製剤:Long-Acting Injection)は1970~80年代に病床を大幅に減少させた欧米各国で,患者を地域で支えるために不可欠な存在として,重要な役割を果たしてきた。英国のように,統合失調症患者への通院治療の半数近くをデポ剤によって行っている国もあった。

―小阪憲司,池田 学 著,山鳥 重,彦坂興秀,河村 満,田邉敬貴 シリーズ編集―《神経心理学コレクション》レビー小体型認知症の臨床

著者: 岩田誠

ページ範囲:P.828 - P.828

 臨床家にとって最もやりがいのある仕事は,それまで誰も気付いていなかった病気や病態に世界で初めて気付き,それを世に知らしめることである。最初は,自分の小さな気付きがそれほど大きな意味を持つとも思わず,単に多少の興味を惹かれた事実を記載するだけである。それが大発見であるというようなことには,世間一般だけでなく,発見者当人もまだ気付いていない。当然のことながら,その記載は世の中に大きな反響を呼ぶほどのものにはならず,小数の臨床家の記憶の隅にしまわれるだけである。しかし,時間が事の重大さを明らかにしていく。世の中の人々が,同じ事に気付きだすと,その最初の記載が大きくクローズアップされる。そして世間は,その発見が日常の臨床の場での,緻密ではあるがごく日常的な観察に始まったことを知る。臨床家が毎日飽きもせず患者に接しているその営みの中から大きな発見がなされ,医学の歴史の新しいページが開かれていく時,いつも繰り返されるこのプロセスは,現在最も注目を浴びている変性性デメンチアの1つであるレビー小体型デメンチアにおいても然りであった。この書物は,その発見者である小阪憲司先生が,後輩である池田学先生にその気付きのプロセスを語っていく書物である。これを読む人は皆,臨床家の観察というものが,いかに大きな発見につながっていくかを知り,感動を覚える。聞き手の池田先生も,臨床の場において次々と大きな発見を成し遂げてこられた方であるだけに,お2人の対談は,そういう臨床の場における発見の意義を活き活きと示す興味深い読み物となっており,ワクワクしながらこの病気の発見史を辿っていくことができる。

―川上宏人,松浦好徳 著―多飲症・水中毒―ケアと治療の新機軸

著者: 黒木俊秀

ページ範囲:P.829 - P.829

優れて実践的で崇高な理念―精神科看護の最良部分

 わが国の精神科病棟において「水中毒」は厄介な症状として知られてきた。主に荒廃した慢性統合失調症の患者にみられる。「中毒」と呼ぶのは,あたかも「アルコール中毒(渇酒症)」のように,患者が水道栓の蛇口に口をつけて,あおるように水をがぶ飲みするからである。そのため,1日のうちに5~6kgもの体重増加を生じることがある。患者の中には,けんれん発作や意識障害を起こす者もいる。採血すると著しい低ナトリウム血症が認められる。当然,飲水制限を行うが,患者はひどく抵抗し,隠れ飲みも減らない。仕方なしに保護室に隔離すると,患者はさらにいらだち,看護スタッフに怒りや敵意をあらわにする。保護室内のトイレの汚水まで飲もうとする患者さえおり,身体拘束まで考慮せざるを得なくなる。以上のように,「水中毒」は一見単純でありながら,ケアする側をはなはだ悩ませる。

 こうした「水中毒」に対して,山梨県立北病院の医師と看護スタッフがまことに明快な治療と管理の指針を示したのが本書である。決定版と称してよいのではないだろうか。第1部「多飲症・水中毒についてのQ & A」の冒頭において,著者らは「多飲症と水中毒は,はっきりと違うものとして考えるべき」とズバリ指摘する。すなわち,「多飲症=水中毒」という誤解が,その治療は「飲水制限」と決め込むあまり,患者の日常生活能力を過剰に管理してしまい,本来改善すべき不適切な飲水行動については無策のまま,セルフケア能力全体の劣化を招いてしまうのである。目標とすべきは,多飲症という行・動・の改善であり,それができれば,水中毒は起きないという。以下,多飲症と水中毒のそれぞれの重症度分類に応じた治療指針を示すとともに,「身体拘束は避けるべき」,「多飲症患者がオープンに飲水できる環境を作ることがよい」,「多飲症は飲水量のみで決めるべきではない(ベース体重の設定が重要)」等々,目から鱗が落ちるような提言が並ぶ。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.834 - P.834

 最近medicalization(医療化)やpsychiatrizationという言葉をよく耳にする。Medicalizationの意味は,従来よくわからなかった状態が医学的視点から解明され,治療的に対処されるというプロセスを指しているそうで,酔っ払いの問題行動がアルコール依存症と診断される,落ち着かない子がADHDと診断される,そして一定の治療を受けて改善するといった例がよく挙げられる。医学の進歩とともに,かつては原因不明とされたり宗教的・超自然的説明がなされた事態に対して医学的説明がなされ,多くの人が救われるようになった。医学モデルの社会的貢献は非常に大きい。

 しかし最近の論調はこのような医学モデルの好ましさではなく,医学モデルの過剰な拡大とその弊害をよく耳にする。DSM診断基準の導入とともに,これまでは知らなかったような,あるいは病的と考えなかったような事態が医学モデルの俎上に上がってきた。そして,正しく診断され標準的な治療がなされれば事態は改善するとされた。しかし批判もその分強くなってきた。医学モデルでは,うつ病は薬や認知療法で治るとされるが,それは過剰モデルで,実際には職場環境の問題への対処が重要にもかかわらず,その改善作業を怠ってしまう。あるいはうつ病患者個人の問題に還元,矮小化してしまうといった批判。また,更年期症状は正常な生命過程の反映である場合もあるのに,症状を認めて薬物治療をしてしまい副作用の弊害や正常老化への心理的適応を遅らせてしまうといった批判がある。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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