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雑誌目次

論文

精神医学52巻9号

2010年09月発行

雑誌目次

巻頭言

文学と医学の関係

著者: 加賀乙彦

ページ範囲:P.838 - P.839

 文学者の集まりや読書会などに出て,私が医師であると知ると,かならず出てくる言葉が「お医者様には文学者になられる方が多いですね。なぜでしょうか」である。

 私は苦笑しながら答える。「ほとんどの小説家は文科系の人ですよ。今,医学系の人で小説を書いている人はわずかです。僕のほか,なだ・いなだ,北杜夫,渡辺淳一,それくらいのものでしょう。小説を書くのは圧倒的に文系の人ですよ」

展望

非定型うつ病―不安障害との併発をめぐって

著者: 貝谷久宣

ページ範囲:P.840 - P.852

はじめに

 パニック障害(PD)の臨床に従事していると,それに伴ううつ病を避けて通ることはできず,その治療には難渋する。PDに伴ううつ病に関する研究を探すと,その頻度については多くの文献が見つかったが30),臨床症状を詳しく記載した論文はそれほど多くなかった。数少ない中でVan Valkenburgら65)は,PDに伴ううつ病は焦燥感が強く,心気症や離人症が多く慢性化の傾向が強い,さらに,治療反応が悪く社会的予後が悪いことを記していたが,治療に関する記載はなかった。その後,ロンドンの聖トーマス病院のWestとDally67)による不安・恐怖症が前駆するうつ病の論文とめぐり会えた。この報告の貴重さは“まず治療ありき”である。この研究は,モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)が奏効したうつ病群を取り出し,それが従来のうつ病と異なる臨床特徴を持つことを示し,現代の非定型うつ病(AD)概念の端緒を開いた。この論文は,半世紀経た今日,いまだ臨床的価値を失っていない。

 本稿ではAD概念成立の経緯をたどり,現代精神医学におけるADの臨床的意義を述べ,最後に筆者のAD成立機序の仮説を提出する。

研究と報告

摂食障害患者の変化への段階と早期治療脱落

著者: 山田恒 ,   永田利彦 ,   吉村知穂 ,   中島豪紀 ,   切池信夫

ページ範囲:P.853 - P.861

抄録

 摂食障害患者の治療意欲と早期治療脱落の関係について検討した。対象は,初診時に摂食障害と診断され同意を得られた女性患者152例で,神経性食思不振症(AN)61例,神経性過食症(BN)81例,特定不能の摂食障害(EDNOS)10例にthe stage of change questionnaire日本語版を用いて変化への段階を評価した。64例(42.1%)が通院5回以下で治療を中断し,BN群の脱落率が53.1%と高かった。変化への段階のうち,熟考段階では自己評価の低さが,行動段階ではやせ願望,過食衝動,内界への気づきが脱落と関連している可能性が示され,個々の患者の治療意欲の程度に合わせた対応の必要性が示された。

若年期から自殺関連行動を呈している精神科入院患者の臨床的特性―松沢自殺関連行動研究から

著者: 林直樹 ,   五十嵐雅 ,   今井淳司 ,   大澤有香 ,   内海香里 ,   石川陽一 ,   徳永太郎 ,   石本佳代 ,   岡崎祐士

ページ範囲:P.863 - P.871

抄録

 若年期から自殺関連行動(suicidal behavior,以下SBと略)を呈する精神科患者の実態を明らかにすることは,SB患者の診断や治療に貢献し得る。しかしそれは,現在でも十分に進められているとはいいがたい段階にある。本研究では,若年期SB開始患者の臨床的特徴を明らかにするため,都立松沢病院にSBを事由として入院した155人の患者を対象として,若年期SB開始患者(SB開始時年齢20歳以下)とそれ以外の患者の精神科診断やSBに関連した臨床的特徴の比較,および若年期SB開始を説明する要因についての解析が行われた。その結果,若年期SB開始患者では,境界性パーソナリティ障害や不安障害,養育期の虐待の認められることが多いなどの特徴が認められた。そして,若年期SB開始を目的変数とするロジスティック回帰分析では,境界性パーソナリティ障害(もしくはその発症前状態)と養育期の身体的虐待が若年期SB開始の要因であるとする所見が得られた。これらの知見は,若年期SBの発生過程の解明,SBを呈する若年者の治療や,SBや自殺の予防策の立案において役立てることができる。

修正型電気けいれん療法(mECT)施行時のthiamylal sodium投与量についての検討

著者: 岩本崇志 ,   柴崎千代 ,   藤田康孝 ,   中津啓吾 ,   小早川英夫 ,   大森寛 ,   森脇克行 ,   竹林実

ページ範囲:P.873 - P.881

抄録

 mECTのパルス波治療器を用いて発作が誘発されず,サイン波治療器への切り替えが必要な症例が少なからず存在する。パルス波治療器によるmECTの際に平均約3mg/kgのthiamylal sodiumを静脈麻酔薬として使用していたが,患者体重を基準に2mg/kgに一律に減量してmECTを行ったところ,パルス波治療器からサイン波治療器への切り替え率が約1/5(55.6→11.1%)までに著明に減少した。また,麻酔薬の減量により,有意に少ないエネルギー量でmECTを行うことが可能であった。一方,mECTの有効率および副作用発現率には有意な差は認めなかった。したがって,thiamylal sodiumの減量が,mECTの有効性や副作用には影響を及ぼさずに,サイン波治療器への切り替え率や使用エネルギー量を減少させる可能性が示唆された。

児童思春期に発症した統合失調症入院例の臨床的特徴に関する後方視的検討―広汎性発達障害の合併に注目して

著者: 田中英三郎 ,   大倉勇史 ,   市川宏伸

ページ範囲:P.883 - P.888

抄録

 児童思春期発症の統合失調症は,脳画像上の構造異常をはじめとした生物学的所見を多く認めるため,均質な疾患サブグループとして注目されている。また広汎性発達障害(以下,PDD)との関連では,病前より言語運動発達の遅れなどを多く呈することが知られている。今回我々は,PDDの合併が統合失調症の臨床症状にどのような影響を与えるかを明らかにするため,児童思春期発症の統合失調症入院例を対象として患者対照研究を行った。その結果PDD合併群では,非合併群に比べて,前駆期症状として強迫症状,統合失調症症状として幻視/体感幻覚を高頻度に認めることが明らかになった。

精神科疾患の診断をめぐる諸問題―精神科医327名のアンケート調査から

著者: 江川純 ,   遠藤太郎 ,   染矢俊幸 ,   下田和孝 ,   塩入俊樹 ,   山田尚登 ,   髙橋三郎

ページ範囲:P.891 - P.898

抄録

 日本の国際的診断方式の使用状況を調査する目的でアンケート調査を実施し,327名の精神科医から回答を得た。回答者を基準派(診断に操作的診断基準を重視する群)と記述派(診断に記述的診断方法を重視する群)に分け,その比較を中心に解析した。基準派の中でも説明・告知には記述的診断方法を用いるものが17.7%,記述派の中でも明確な診断基準による診断を治療上有用と答えたものが45.3%おり,また代表的な4つの精神疾患の診断確定法では,記述派は疾患により多様な診断方法を用いるなど,両派にはともに目的別に両診断を使い分ける群が存在した。双方の長所と短所を十分に把握したうえで,互いの短所を相補う形で用いられることが望ましいと考えられた。

短報

難治化した抑うつ状態からの回復過程で体感幻覚を呈した中年男性例へのrisperidoneの効果

著者: 山下晃弘 ,   澤村岳人 ,   羽部仁 ,   野村総一郎

ページ範囲:P.899 - P.902

はじめに

 身体疾患がないのに,奇妙な体感の異常を訴える病態像は体感幻覚,またはセネストパチー(cenestopathy)と呼ばれる。体感幻覚(セネストパチー)はDupréとCamusにより1907年に提唱された概念4)である。狭義のセネストパチーは単一症状として体感幻覚を呈する疾患をさすが,広義のセネストパチーは症状としての体感幻覚を意味し,統合失調症,気分障害,神経症,器質性疾患などに広く認められる7)。体感幻覚は,気分障害では心気妄想を伴ううつ病に認められることが多いが,躁状態で認められた体感幻覚も報告5)されている。今回我々は,難治化した抑うつ状態からの回復過程で体感幻覚が出現し,4か月間持続した中年男性例を経験した。体感幻覚の出現後に追加投与したrisperidoneが体感幻覚と抑うつ症状に効果があったので報告する。

 症例については,個人情報が特定されないように一部を変更し記載した。

負債を抱えた中高年自殺既遂者の心理社会的特徴―心理学的剖検による検討

著者: 亀山晶子 ,   松本俊彦 ,   赤澤正人 ,   勝又陽太郎 ,   木谷雅彦 ,   廣川聖子 ,   竹島正

ページ範囲:P.903 - P.907

はじめに

 わが国の年間自殺者数は,1998年に3万人を超えて以来,現在まで高止まりのまま推移している。1998年における自殺急増の背景には,バブル崩壊後の経済状況の悪化によって負債を抱えた中高年男性の自殺急増があったといわれており3),それ以後も,経済・生活問題は,中高年における自殺の原因・動機として例年上位に挙げられている6)。このことは,わが国における中高年の自殺を論じるうえで,経済的問題は無視できない問題であることを示している。なかでも負債の問題は,重要な自殺の危険因子としてとらえられており4),中高年の自殺対策においては重点課題の1つである。

 とはいえ,中高年の自殺対策が,単に「負債」という経済的問題への対応だけに終始してしまうのは危険である。自殺予防の専門家の間では,人が単一の問題で自殺に至ることはまれであり,むしろ複数の問題が併存している場合が多いことが共通認識となっている7)。事実,すでに我々は,心理学的剖検(psychological autopsy)9)の手法を用いた自殺既遂者の事例検討から,負債を抱えた中高年男性の自殺既遂者の背景には,経済的問題だけでなく,精神保健的問題が存在していた可能性を指摘している5)。しかし,こうした知見も現時点では少数の事例に基づいた指摘にとどまり,多数事例の分析を通じた検証が必要である。

 そこで,今回我々は,負債を抱えた中高年男性の自殺既遂者の心理社会的特徴を明らかにすることを目的として,前回の報告5)よりも多くの「負債を抱えた中高年男性の自殺既遂者」事例を収集し,「負債のなかった中高年男性の自殺既遂者」事例との比較を通じて,その心理社会的特徴ならびに死亡前の経済的状況について検討を行った。よって,ここにその結果を報告するとともに,負債を抱えた中高年の自殺予防のあり方について若干の考察をしたい。

統合失調症にGilbert症候群を合併し,急性期にカプグラ症候群を呈した1例

著者: 森山泰 ,   秋山知子 ,   村松太郎 ,   加藤元一郎 ,   三村將 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.909 - P.913

はじめに

 近年統合失調症において,その異種性の立場から,Gilbert症候群(Gilbert's syndrome;GS)の合併が注目されている11)。その背景として,疫学研究において,重度の新生児黄疸が統合失調症をはじめとする精神疾患のリスクファクターの1つであるとの報告があり,統合失調症の発症メカニズムの1つとして,ビリルビン(Bilirubin;Bil)の関与がいわれている3)。GSは,体質性黄疸の1つで,一般人口の3~7%に認める。病理としては,肝細胞UGT1A1活性の低下によりBilの肝細胞摂取障害を生じ,それにより間接Bilの上昇(1~6mg/dl)を認めるが,通常無治療でも予後良好とされる18)。一方で,Bilは空腹,運動やストレスによっても上昇し,これらとGSの境界部分ははっきりしないところもあるが16),本邦における精神科新規入院患者のうちT Bil>1.3mg/dlを高Bil血症(GS)とした場合,9%にこれを認め,その中で統合失調症に高Bil血症を合併する頻度(20.6%)は他の精神疾患における頻度(気分障害2.8%,神経症・人格障害4.2%)より有意に高いとする報告がある12)。またGSでは,FLAIR MRI関心領域法による検討で海馬,扁桃体,前部帯状回,島皮質での高信号強度がみられ11),これらの発症機序については高Bil血症による脳障害(アポトーシス)や,神経発達障害の重症度の指標であることが報告されている11)

 次に「身近な人物がそっくりの替え玉に入れ変わっている」といったソジーの錯覚は,その成因論をめぐって統合と拡散の歴史をとっている17)。現在はカプグラ症候群(Capgras syndrome;CS)と命名され,症候論的には初期の妄想型統合失調症を基盤として女性に選択的に生じるまれな症状という位置づけから,機能性および器質性精神病を背景として男女両性に生じる1症状とみなす段階を経由し,近年はフレゴリ錯覚,相互変身症候群,自己分身症候群なども包含する妄想性人物誤認症候群の1類型とする見解が支配的になっている。さらに,CSはすでに確立された症候論的概念ではなく,今なお精神病の心因論と器質因論が遭遇する熱い交点の1つである15,17)。その背景として,CSは妄想知覚の一種ではあるが,これは知覚に伴うものとして1文節性であり,妄想意味を持った妄想知覚の2文節性と異なっており,知覚異常に基礎づけられる程度が比較的大きいことがある10)

 統合失調症にGSを合併した患者の臨床像は,合併しない群と比較して,急性期および病状安定期における臨床症状が重度で,抗精神病薬による錐体外路系の副作用を呈しやすいとされる11)。今回我々は,GSに統合失調症を合併し,急性期にCSを呈した1例を経験したので,主にその発症機序について考察する。

急性一酸化炭素(CO)中毒を呈した1例の治療経過について

著者: 山本健治

ページ範囲:P.915 - P.918

はじめに

 今回筆者は,急性CO中毒から間歇型に移行した1例の治療を経験し,その経過を詳細に観察し得た。高気圧酸素治療(HBO)後の治療の効果や症状の回復の程度の判定は,神経心理学的検査,日常生活能力の評価および脳波検査が鋭敏な指標となった。一方,臨床症状の改善に伴い縮小するとされる頭部MRIの白質病変が,従来の報告と異なり拡大したことは特徴的だった。以上をふまえ,若干の考察を行った。症例の匿名性に十分配慮し,病歴の修正を行った。

資料

発達障害が疑われる子どもが通園する保育園・幼稚園に対する地域支援ネットワークのあり方―園に対するアンケート調査をもとに

著者: 山本朗 ,   宮本聡 ,   松岡円 ,   村田俊輔 ,   小野善郎

ページ範囲:P.919 - P.924

はじめに

 発達障害とは,胎生期および乳幼児期から思春期までの期間において,さまざまな原因により,発達に遅れや質的な偏り,および機能獲得の困難さが生じる心身の障害を表す概念である。精神医学の領域では,発達障害には精神遅滞,広汎性発達障害や学習障害,注意欠如・多動性障害などの障害が含まれる。このような発達障害を持つ子どもに対しては,早期発見・支援することが重要と考えられている。それは,人生早期からの適切な理解と支援が,健全な育ちの保証と二次障害の予防につながるためである。

 本研究で取り上げる保育園・幼稚園(以下,「園」)は,早期発見・支援において重要な役割を果たしている。なぜなら,園は就学前の子どもが長時間,同年代の子どもや大人と集団生活を送る場所であり,そこで働く職員は子どもの「気になる行動」4)に気づくチャンスを多く持つからである。すなわち園は,早期発見の第一線にあるといえる。のみならず園は,生活体験や種々の活動を通じて子どもに成長する機会を与える場所である。そういう意味で早期支援の場所でもある。

 奥山らによる調査報告2)では,多くの保育園が,発達障害も含めた精神的問題への対応を行っていることが示されている。この報告によると,園のみでの対応以外の方法として,相談機関(園医,市役所,保健所,児童相談所,教育関係機関など)の利用が最も多かった。つまり,発達障害を持つ子どもが通う園を支援するためには,相談機関や相談環境の充実が重要と考えられる。そこで本研究では,地方都市の1つであるW県に焦点を当て,W県にある園が抱くニーズを調べ,相談機関や相談環境の整備,地域の関係機関による支援ネットワークのあり方などについて検討を試みた。なお,調査内容は,具体的には,①園による発達障害を疑う子どもへの対応の現状と問題点,②園の関係機関への相談状況,③園からみた相談によるメリットや問題点,④園が求めるサービスと機関連携の形,の4点とした。

私のカルテから

セロトニン症候群の発症にlorazepam中止の関与が疑われた1例

著者: 小早川英夫 ,   中津啓吾 ,   藤田康孝 ,   岩本崇志 ,   竹林実

ページ範囲:P.925 - P.927

はじめに

 セロトニン再取り込み阻害薬(以下,SSRI)の副作用として,セロトニン症候群への留意は必要である。脳内のセロトニン系機能の亢進によるものと考えられているが,詳しい病態は解明されていない。また,セロトニン症候群の治療薬として,ベンゾジアゼピン系の薬剤の効果が報告されており,病態にガンマアミノ酸系(以下,GABA系)の関連が示唆されている1,2)。今回paroxetine使用中にlorazepamを漸減中止したところ,直後にセロトニン症候群の発症を誘発した症例を経験した。SSRIの増量がセロトニン症候群の一般的な誘因として考えられているが,ベンゾジアゼピン系薬剤の中止による誘発の報告はなく,貴重な症例と考えられ,若干の考察を加え報告する。本症例の報告に際し,個人情報保護のために科学的な考察に支障のない範囲で症例の記述の内容を改変した。

動き

「第51回日本神経病理学会」印象記

著者: 石津秀樹

ページ範囲:P.929 - P.929

 2010年4月23~25日,水谷智彦教授(日本大学医学部神経内科学)を会長に第51回日本神経病理学会総会が東京のシェーンバッハ・サボーで開催され,全国から425名の参加者があった。

 「神経病理の更なる発展に向けて」をキャッチフレーズに,2つのシンポジウムが企画された。シンポジウム1は形態学的方法論,抗体の作成による研究,動物モデル,細胞培養の応用,脳バンクという5つの神経病学的方法論がテーマとなり,シンポジウム2は画像,分子生物学,生化学,疫学の4分野で病態把握や診断にとっての神経病理学の役割が論じられた。さまざまな方法論が発展した現在でも,神経病理は脳研究の原点であることを感じさせるシンポジウムであった。

書評

―小阪憲司,池田 学 著,山鳥 重,彦坂興秀,河村 満,田邉敬貴 シリーズ編集―《神経心理学コレクション》レビー小体型認知症の臨床

著者: 朝田隆

ページ範囲:P.931 - P.931

 他の診療科の医師からは変わり者集団だとさえ言われる精神科医だが,実は二分できる。見分ける質問は,「認知症を診るのが好きですか?」。イエスならオーガニック派,ノーならメンタル派の精神科医である。暴論するなら,治療について,前者は薬物が,後者は精神療法がより重要だと思っている。ところがいずれも,「幻覚・妄想」という言葉には弱い。たやすく,「何々?」と身を乗り出してくる。

 本書の2著者はもとより,私もオーガニック派精神科医である。メンタル派精神科医と神経内科医のはざ間に位置するだけにそれぞれに対して引け目を感じることが,少なくとも私にはある。そんな我々だから,レビー小体型認知症は興味がつきない疾患である。

―岩田 誠,河村 満 編―《脳とソシアル》発達と脳―コミュニケーション・スキルの獲得過程

著者: 小西行郎

ページ範囲:P.932 - P.932

小児神経科医に示されたゴール

 まずはじめに,本書が神経内科の2人の教授によってまとめられたことに驚きと,ある種の焦燥感を覚えた。どうして「発達」を小児科医ではなく内科の先生が? しかし,そうした思いは読み進むうちに消え,この書は,われわれ小児神経科医を激励してくれていると思えるようになった。

 発達障害という問題が社会的に大きな関心を呼び,さまざまな分野で多くの人が発言している中で,神経科学的立場から発達のメカニズムをとらえ,確かな情報を発信している書は比較的少ないように思われる。しかし本書は,内科医からの視点で編集されているがゆえに,胎児・新生児からの発達過程をたどるわけではないが,発達障害を持つ子どもの脳障害を科学的に説明し,発達障害を持つ子どもへの理解をより深めるのに大変に重要な本であることを認めざるを得ない。

―Neil B. Sandson, M. D. 著,上島国利,樋口輝彦 監訳,山下さおり,尾鷲登志美,佐藤真由美 訳―精神科薬物相互作用ハンドブック

著者: 兼子直

ページ範囲:P.933 - P.933

薬物療法を行う医師必携の書

 本書では精神科,内科,神経内科,外科・麻酔科,婦人科・腫瘍科・皮膚科領域において薬物治療中にみられた症状をケーススタディとして示し,それを薬物相互作用の観点から解析している。薬物相互作用の理解は患者が訴える症状を適切に診断し,対処するうえできわめて重要である。つまり,薬物相互作用の理解は薬物治療中にみられる症状を「新たな症状ととらえ不要な検査や追加処方」を避けるうえで重要であり,かつ,その知識は適切に対応するうえで必要不可欠である。関連する知識は最近の分子遺伝学の発展で大きく進歩しており,本書はかかる進歩を踏まえて合理的に理解できるように工夫して書かれている。

 第1章の定義に関する内容では臨床家がしばしば誤解する基質,阻害薬,誘導物質などの解説が平易に記載されており,理解を助けている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.938 - P.938

 本号の巻頭言は「小説家」の加賀乙彦氏である。若い方は精神医学の専門誌になぜ小説家が寄稿されるのか不思議に思われるかもしれないが,氏はフランス精神医学の紹介や拘禁精神病研究などで知られる精神医学者でもある(あった)。昔は文学と精神医学との関係は親戚のように近かったが,今では病跡学が残り火のように燻っているだけになってしまった。もともと精神医学は人間の行動やこころへの関心から始まったから,根は小説と同じである。精神医学独特の問診や面接にその名残があるが,構造化面接といった物語性を排したものや症状を拾い集め軽重をつけていく操作的診断が重視されるようになってから,「語り」としての面接は影が薄くなってしまった。

 こうした流れの大きな弊害は,生き生きとした患者像や疾患像を丸ごとつかんだりイメージすることができにくくなっていることではないだろうか。以前は生育歴や病前性格,それらと環境とのかかわりから,その人の内面世界を想像し,理解しようとする中で診断をつけ,治療の導きの糸となるものを見いだそうとしたものである。「教頭ワーグナー」や敏感関係妄想などはその典型であろう。しかし今では,ヤスパースの郷愁反応のような理解しやすいものまで忘れ去られてしまっている。「郷愁」という言葉はもはや日本では死語になっているが,現代の精神科医にとっても大切なことは,郷愁の想いが放火を引き起こすまでの内面を想像し理解しようとする姿勢であろう。暗闇は闇のまま残せばよい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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