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雑誌目次

雑誌文献

精神医学53巻1号

2011年01月発行

雑誌目次

巻頭言

「希望」と精神腫瘍医

著者: 大西秀樹

ページ範囲:P.4 - P.5

 精神科医であるが,今はがん患者の心のケアを中心とした診療を行う「精神腫瘍医」である。患者の多くは進行・再発がん。治癒の見込みがなく,さまざまな苦悩を抱え,かつ残りの人生が限られている患者さんが私のところを訪れることが多い。これらの人々と語ることが診療の重要な部分を占めている。

 外来に肺がん治療中の患者さんが来た。2年間外来が続いている人だ。普段よりも元気がないので,どうしたのかと尋ねたところ,先日行った胸部CTスキャンの結果をこれから聞くので不安なのだという。定期的に行っている検査であるが,結果を聞くときは毎回不安になる。

研究と報告

特発性レム睡眠行動障害の長期経過の後に,場所依存性に幻視が出現したレビー小体型認知症の1例

著者: 藤城弘樹 ,   井関栄三 ,   村山憲男 ,   笠貫浩史 ,   太田一実 ,   新井平伊 ,   佐藤潔

ページ範囲:P.7 - P.13

抄録

 約30年間の特発性レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)の経過の後に場所依存性に幻視が出現し,発症早期のレビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies;DLB)の診断に至った症例を経験した。本症例は50歳頃よりRBDが出現し,80歳時に軽度の記憶障害,起立性低血圧と不安定歩行を認め,83歳時に山岳部の別荘で幻視が出現した。その後,別荘を訪れるたびに幻視を認めた。都市部の自宅では,長年の主治医が他界したときにのみ幻視が出現した。本症例における幻視の発現機序には,器質要因とともに心理・環境要因が関与していると考えられた。

日本語版Primary Care Evaluation of Mental Disorders Patient Health Questionnaire-9(PRIME-MD PHQ-9)の精神尺度としての有用性に関する検討

著者: 味村千津 ,   渡部芳徳 ,   堀越立 ,   上島国利

ページ範囲:P.15 - P.22

抄録

 日本語版PHQ-9の信頼性・妥当性を検討した。精神科医院外来通院中の患者471人にPHQ-9とHAMD-17構造化面接を施行し,一定間隔後追跡調査を行った。PHQ-9は2回の検査とも単因子構成で,負荷係数・分散ともに高値を示した。HAMD-17の因子構成は安定せず,負荷係数の小さな項目が多数みられた。PHQ-9とHAMD-17の得点間には強い相関が得られ,得点分布からPHQ-9のほうがうつの重症度をより詳細に反映していた。PHQ-9により対象を大うつ病群・その他のうつ病群・非うつ群に分けてHAMD-17の得点を一元配置分析したところ,この分類法にも信用性があることが明示された。Cronbachのα係数・再検査の級内相関係数ともに高値であった。PHQ-9はHAMD-17より有用性の高い評価尺度として臨床での活用が期待される。

成人期のADHD症状評価尺度CAARS-screening version(CAARS-SV)日本語版の信頼性および妥当性の検討

著者: 高橋道宏 ,   多喜田保志 ,   市川宏伸 ,   榎本哲郎 ,   岡田俊 ,   齊藤万比古 ,   澤田将幸 ,   丹羽真一 ,   根來秀樹 ,   松本英夫 ,   田中康雄

ページ範囲:P.23 - P.34

抄録

 海外で広く使用され,30項目の質問から構成されるConners成人期ADHD評価尺度screening version(CAARS®-SV)の日本語版を作成し,成人期ADHD患者18名および健康被験者21名を対象に信頼性・妥当性を検討した。各要約スコアの級内相関係数の点推定値はいずれも0.90以上であり,また因子分析の結果,ADHDの主症状である不注意と多動性-衝動性を表す因子構造が特定された。内部一貫性,健康成人との判別能力ともに良好であり,他のADHD評価尺度CGI-ADHD-SおよびADHD RS-Ⅳ-Jとの高い相関が認められた。以上により,CAARS-SV日本語版の信頼性および妥当性が確認された。

短報

嘔吐恐怖症状とfluvoxamineの副作用の鑑別に苦慮した1例

著者: 森山泰 ,   村松太郎 ,   加藤元一郎 ,   三村將 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.35 - P.38

 対人恐怖と社会恐怖(社会不安性障害)は,従来診断か操作的診断といった違いおよび,前者が本邦の遠慮,非言語的コミュニケーションに大きく依存している文化と関連のある文化結合症候群である点などが異なる7,9)。一方で,臨床症状ではこの2つはおおむね重複3,7)するが,重複しない部分もある。これらについて,笠原3)は,重複しない部分のうち,前者に含まれるものとして,重度対人恐怖・思春期妄想症といった従来の境界例を,さらに後者に含まれるものに,嘔吐・頻尿恐怖などを挙げている。

 この嘔吐・頻尿恐怖群と関連して,本邦における対人恐怖での不安の身体表出としては,赤面,手の震え,表情のこわばりなどの交感神経刺激症状が一般的な症状とされていた14)。しかしICD-1017)では,社会恐怖における不安の身体表情としての赤面や震えに加え,吐き気や尿意など,これまであまり注目されなかった身体症状にも言及している。多田と小島14)はこれらの嘔吐・頻尿恐怖群と古典的な対人恐怖群とを比較し,前者では後者と同様,批判に対する過敏さ,社交状況の回避,低い自己評価など対人恐怖一般の特徴を呈することを報告している。一方で前者では,後者と比較して不安時の交感神経系の刺激症状が穏やかであること,心身症的側面も備えていること,自分の欠陥が他者に迷惑をかけるといった対他的影響への懸念はみられないといった相違点を挙げている14)

自閉性障害に伴う異食行為に対してfluvoxamineが著効した1例

著者: 笠貫浩史 ,   安宅勇人 ,   馬場元 ,   酒井佳永 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.39 - P.41

はじめに

 異食行為は,自閉性障害や統合失調症,認知症患者などで認められ,しばしば対応に難渋する。今回異食行為の増悪により入院加療を要したが,fluvoxamine(以下,FLVX)が奏効した自閉性障害の症例を経験した。異食行為に対するfluvoxamineの効果についての既報告はなく,自験例を呈示して考察を加えた。

資料

変性性認知症の一般的な知名度・理解度―大学生を対象にした調査

著者: 村山憲男 ,   井関栄三 ,   太田一実 ,   藤城弘樹 ,   佐々木心彩 ,   遠藤忠 ,   佐藤潔 ,   長嶋紀一

ページ範囲:P.43 - P.48

はじめに

 近年,認知症は社会的にも注目されるようになり,アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)については以前1)より広く理解されるようになってきた。しかし,いまだに認知症とADが同義にとらえられていることも多く,認知症の原因となる疾患には,血管性認知症(vascular dementia;VaD)やレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB),ピック病(Pick's disease;PiD)を含めた前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD),意味性認知症(semantic dementia;SD)などさまざまな種類があることはあまり知られていないと思われる。これらの疾患のうち,VaDは血管病変の種類や部位などによって症状は多様だが,非アルツハイマー型変性性認知症(non-Alzheimer degenerative dementias;NADD)であるDLBやFTD,SDなどは,個人差はあるものの,ADと同様に疾患ごとに共通した特徴的な症状を示す。

 疾患の正しい理解は,認知症の早期発見13)の他,適切な介護を行うため4,9)にも必要であると考えられる。しかし,認知症の一般的な知識やイメージに関する従来の報告は,ADか,疾患を特定せず認知症という枠組みで調査したものが多く10,14,15,17),NADDに関する調査報告は今のところない。

 本研究では,ADと,ADに次いで出現頻度の高いNADDであるDLB4),および,前頭側頭葉変性症(fronto-temporal lobar degeneration;FTLD)の中で出現頻度の高いFTDとSD7)について,現在の大学生における疾患の知名度や理解度を調査した。

内発的動機づけの役割に焦点化した認知機能リハビリテーションNEAR―フィージビリティstudy

著者: 最上多美子 ,   池澤聰 ,   長田泉美 ,   木村一朗 ,   岡純子 ,   速水淑子 ,   廣江ゆう ,   安井いづみ ,   片山征爾 ,   河野倫子 ,   加藤明孝 ,   足立典子 ,   兼子幸一 ,   中込和幸

ページ範囲:P.49 - P.55

はじめに

 統合失調症の認知機能障害の心理社会的治療法として,認知機能リハビリテーションが開発された。統合失調症の認知機能リハビリテーションの第一人者らは「認知機能リハビリテーションは最も基本的なレベルの学習行為である」と述べている12)。認知機能リハビリテーションでは,患者の認知機能障害領域をターゲットとした認知課題を実施し,該当領域の改善を目指す。動機づけが学習に与える影響,ならびに統合失調症のリハビリテーションにおける役割は昨今精神医学においても注目されている2,12,13)

 患者の認知機能の改善は,かつては患者が元来持つ能力により規定されると見なされていた。しかし,新たな観点では,介入手法の特性,動機づけが患者の能力と相互作用して,学習結果つまり認知機能改善に貢献すると考えられている2)

 動機づけはその発生源により,賞与など外的な要因による外発的動機づけと,興味や楽しみなど内的な要因による内発的動機づけに大別されるが,外発的動機づけの中にもより内的な志向によるものがあり,内的志向が強まるにつれて自己決定が強化されるという概念が提唱されている14)

 認知課題への動機づけは自己決定論により説明することができる。自己決定論では,認知課題についての興味や楽しみ,課題遂行についての自律性が尊重され選択肢があること,他者との関係の中で課題遂行することの3点を内発的動機づけの促進に不可欠な要素としてとらえている。認知課題への取り組みを自己決定することで,治療者など他者から強制されたのではなく,自分の興味や楽しみに基づいて選択できる構造を準備することが必要である。また,自分と同じような問題を持つ患者との関係の中で認知課題に取り組むことで,内発的動機づけが促進され,ひいてはリハビリテーションの効果が強化されると考えられる2)。コンピュータ課題を用いた学習において,孤立してではなく,他者との関係を持ってこそ,他者に課題遂行のステップや方略を説明することが可能になり,そのようなかかわりが学習に効果的であると指摘されている5)

 患者が認知課題の取り組みを価値ある活動としてとらえることでも内発的動機づけが高まり,学習効果が促進されると見なされている。主観的課題価値論3)では,興味価値,獲得価値,利用価値の3種類の課題の価値が学習場面で重要だとしている。興味価値とは,学習者が興味のある課題を選択することで,課題の価値が高まるという概念である。獲得価値は,課題を達成することが未来の「なりたい自分」や理想的な自己像に近づくことにどう役立つのかに関連している。利用価値は,課題に熟達することが短期的または長期的目標とどのように関連しているのかに関連している。

 自己効力感1)は課題の遂行に対する自信に関する概念である。成功体験を豊富に持っており,課題の難易度が自分の能力と合致している場合は自己効力感が高くなることが示されている。自己効力感が高いと課題取り組みへの内発的動機づけは高まり,学習効果が促進される2)。このことから,学習認知課題を提示する際に,過去の成功体験が少ない患者や,機能水準が低い患者の場合は特に課題の難易度を適切に設定することが大切になる。

 認知機能リハビリテーションNEAR(Neuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation)では,動機づけを促進するために,課題の選定と治療者の介入の双方に特定の配慮をしている2)。本手法は週に2回の認知課題セッション,週に1回の言語セッションを実施するのが標準的手続きである。6~8名程度の患者を1集団とし,治療者が1名担当する。セッション開始前に実施する神経心理検査の結果などをもとにして,治療計画を立てる。認知課題セッションでは患者が課題を行い,治療者は課題遂行の様子を観察し,教示理解や認知戦略について確認し,適宜言語的促しや,患者の自律的な課題遂行を援助するための質問をする。言語セッションでは認知課題が実生活とどのように関連しているかを話し合う。

 課題の選定には,該当する認知障害領域をターゲットとすることは必要だが,それ以外にも興味や楽しみを重視して,異なるテーマを扱い,刺激の提示が視覚・聴覚と複数の知覚に訴えるよう豊かなマルチメディアを採用していることを条件とする。さらに,抽象的で無味乾燥な背景ではなく,生活場面で実際に訓練の対象となる認知機能を用いるのと類似した状況を背景に取り入れた課題を採用する。このような工夫がなされた課題は文脈化した課題と称され,習得した機能の生活場面への般化が容易であると考えられている。

 課題を行う際,患者が一定の制御を自分でできるような構造があることで,患者の課題遂行に対する自律性が強化される。たとえば課題を進行させるペースや難易度,音声などの調節ができることで,他者の決定に追随するのではなく,自分にとって有意義な形で課題に取り組むことが可能である。

 統合失調症と統合失調感情障害の患者を対象として10セッションの認知機能リハビリテーションNEARを実施した結果,文脈化や学習者制御の特徴を兼ね備えた課題で認知機能リハビリテーションを実施した際には,そのような特徴のない課題に比較して,認知機能の改善度が大きいことが報告されている2)

 内発的動機づけを促進するための治療者の役割には,適切な課題の選定,成功体験を与えること,課題をリハビリテーション目標に関連づけることが挙げられる11)。認知課題は患者に適切な認知領域,テーマ,課題の構造化の程度,手続きの複雑さを考慮して,治療者が選択する必要がある。治療期間を通して複数の課題を用いるのだが,前出の要因に基づいて平易な課題から複雑な課題へと順に導入していくことが求められる。患者の成功体験は,適切な難易度の課題を用いることで無誤謬学習が可能になる。無誤謬学習とは,個人が一定の難易度の課題を確実に習得した後により難易度の高い課題を実施することで,失敗(エラー)や挫折感なしに学習することを指す。また,課題が達成できた際の正のフィードバックも,当然ながら重要である。正のフィードバックは治療設定や患者の機能水準により頻度が異なるが,望ましい行動の発現確率を高めるためには,該当行動に対してできるだけ速やかに,具体的にフィードバックをすることが必要である。本稿では,新たな介入法の是非を問うフィージビリティstudyにおける予備的な結果を報告する。

うつ病による長期休業者の主観的抑うつ度と認知機能の関連について

著者: 羽岡健史 ,   商真哲 ,   梅田忠敬 ,   宇佐見和哉 ,   吉野聡 ,   笹原信一朗 ,   寺尾敦 ,   菊池章 ,   松崎一葉

ページ範囲:P.57 - P.63

背景

 近年,労働者の健康管理においてメンタルヘルス不全による長期休業が大きな問題となっている。上場企業を対象とした調査では,メンタルヘルス不全が増加傾向にあるとする企業が60%を超え,さらにメンタルヘルス不全により1か月以上休業している職員がいる企業は77.2%にも上ると報告されている21)。労務行政研究所における企業調査では,メンタルヘルス不全で1か月以上休業する職員が「いる」と回答した企業の割合が3年前と比較して増加していた20)。メンタルヘルス不全による休業期間は平均で約5か月にも及ぶと報告されている23)。うつ病などの気分障害で長期休業した労働者の多くが,再休職や退職に至っていることが明らかにされている11,14)。以上の文献的考察からも,メンタルヘルス不全による休業は長期化しやすいうえ,復職後に再休業する確率も高いという特徴が推測される。世界規模で見ても,うつ病による経済損失の大きさは,2004年には全疾患の中で3位であり,2030年には1位となるものと推定されている26)。このような状況において,メンタルヘルス不全によって長期の休業をしている者の職場復帰を円滑に進めること,再発の防止に向けて取り組むことは医学的な側面のみならず,経済的・社会的観点からも重要である。

抑制手法への臨床姿勢質問票日本語版を用いた実態調査

著者: 野田寿恵 ,   杉山直也 ,   松本佳子 ,   辻脇邦彦 ,   長谷川利夫 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.65 - P.72

はじめに

 精神科の入院医療において,不穏症状を示す患者の治療やケアを安全に進めるための対処法として,種々の制限処遇が用いられる13,14)。制限性の高い対処法としては,身体拘束や隔離,強制的な投薬による鎮静,逆に低い手法としてはタイムアウトや言語的介入によるディエスカレーションなどがあるが,それぞれの効果についての比較検討は,対象となる不穏症状が多様であることから介入研究の実施が難しく,ほとんど行われていない1)。対処法の選択は,もっぱら倫理の観点から制限性の高いものを最小限にし,制限性の低い代替方法が推奨されているのが現状である。

 しかしながら,身体拘束より隔離を多用する,あるいは隔離より身体拘束を多用するなどの使用パターンについて,国によって,あるいは1つの国であっても地域によって異なっていることが明らかになってきている10,11)。また筆者らは,同一の架空症例シナリオの提示に対し,わが国の医師が身体拘束,強制投薬の適切性判断に3つのパターンを示すことを見いだした15)。これらの研究において,強制的な対処法の用いられ方の相違は文化によると論じられており,詳細は明らかにされていない。

 この課題を検討していくために,Bowersらは「抑制手法への臨床姿勢質問票(attitudes to containment measures questionnaire;以下,ACMQ)」を開発し,不穏症状を示す患者への対処法についての考え方(承認度の高さ)という側面から調査する試みを行っている。この質問票は,制限性の高い身体拘束や隔離,強制的筋注の他,観察の程度を高めること,タイムアウトといわれる自室内静養を促すことといった制限性の低い対処法まで11種類を抽出し,その定義を行うとともに,それらの対処法の有効性や患者の尊厳などについて5段階評価を用いて得点化し,その合計得点によって承認度を算出するものである2).Bowersらは,ACMQを用いて精神科医療スタッフの国際間での比較のみならず,医療消費者にまで対象を広げて抑制手法への考え方の相違を明らかにしてきている4,12,18)

 本研究の目的は,まずACMQの日本語版を作成し,これ用いて精神科急性期治療を担っている病棟を対象に,スタッフの持つ抑制手法への承認度の実態を検討することにある。

紹介

Christian Scharfetter 著「Psychopathologie, Sinn・Ernte・Aufgabe」

著者: 人見一彦

ページ範囲:P.75 - P.80

Chr. Scharfetterの紹介

 1.著者紹介

 Chr. Scharfetterg教授はチューリッヒ大学精神科を退官後も,Bleuler学派の立場からその自我精神病理学に基づき,現在の精神病理学の動向に対してドイツ語で啓発的な著書を発表し続けている。大著『Eugen Bleuler 1857-1939』はすでに本誌48巻10号で紹介した。2008年Wissenschaft & Praxisより出版された『精神病理学,意義・収穫・課題』と題された本著から,特に「統合失調症の解離性障害スペクトルへの回帰」の章を中心に紹介したい。2009年には同じ立場から『Vom Lebensleid zu psychischen Krankheiten』を出版している。

私のカルテから

CNSループスとの鑑別に苦慮し,緊張型統合失調症が疑われた1例

著者: 坂東伸泰 ,   大山知代

ページ範囲:P.81 - P.83

はじめに

 CNSループス(central nervous system lupus)は,全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus;SLE)における予後不良の難治性病態の1つで,早期発見・治療が求められる8)。しかし現時点では,CNSループスの明確な診断基準は設けられていないため,SLEに精神症状を伴う場合,統合失調症をはじめとする内因性精神病との鑑別が問題となることがある。今回我々は,ステロイドパルス療法(以後,パルス療法と略す)や抗精神病薬に反応なく昏迷状態にまで至ったSLEに修正型電気けいれん療法(modified electroconvulsive therapy;mECT)が著効した1例を経験したので報告する。なお,本症例の公表にあたっては,患者本人に口頭で承諾を得,また匿名性を保持するために本質にかかわらない程度で細部に変更を加えてある。

中学校でのリアルライフテスト導入への援助を行った児童期の性同一性障害の1症例

著者: 中山浩

ページ範囲:P.85 - P.87

はじめに

 筆者は,性同一性障害(gender identity disorder;GID)を持つ児童が実生活を心の性で送りたいとの希望を持ち,それに対し学校での処遇に関して意見を求められる機会を得た。これらの心の性での生活体験はリアルライフテストと呼ばれ,成人期においては性別適合手術(性転換手術)の適応を判断する情報となる。この可否の判断を行う場合には,児童期のGIDが成人期まで一貫したものであるのか,また固定した障害といえるのかなどの判断が必要であるが,それらの根拠となる情報は乏しい。今回経験した事例をもとに,文献による情報を参考にして,児童期のGIDへの対応方法について検討し報告する。プライバシーに配慮するため,趣旨を損なわない範囲で,事例については大幅に変更を加えている。

失神発作を前景としたLewy小体型認知症の1例

著者: 田口芳治 ,   高嶋修太郎 ,   田中耕太郎

ページ範囲:P.89 - P.90

はじめに

 Lewy小体型認知症(DLB)は,認知症と幻視,パーキンソニズムを主症状とするが,自律神経障害も併発することが知られている1,7)。我々は,認知症が出現する7年前より繰り返す失神発作が認められた症例を経験したので報告する。なお,患者の家族より匿名であることを条件に論文掲載の同意を得た。

催吐剤イペカック(トコン)により心筋障害を来した神経性食欲不振症の1例

著者: 中井義勝

ページ範囲:P.93 - P.96

はじめに

 神経性食欲不振症むちゃ食い/排出型や神経性過食症排出型では,むちゃ食い後に体重増加を防止するための代償行為のあることが知られている1)。代償行為として一番頻度の高いのは,自己誘発性嘔吐である。しかし,上手に吐けなかったり,吐き足りない時は,下剤や利尿剤を乱用することがある。いずれも,低K血症による不整脈のため死に至ることがある。

 催吐剤イペカック(トコン)は入手が容易であること,確実に嘔吐が誘発できること,安価であることから,欧米では摂食障害のイペカック(トコン)による浄化行動が少なくない。Greenfeldらによると,851例の摂食障害外来受診者の7.6%がイペカックを使用していた2)。一方,Steffenらの最近の報告によると,むちゃ食い症状を有する患者の18%にイペカックの使用経験がある8)。日本では,摂食障害患者のイペカックの使用頻度は不明だが,欧米ほどは高くないと思われる。

 イペカック(トコン)は,薬や毒物などを誤飲した時の初期治療の一選択肢として用いられる6)。しかし,本剤を連用した場合には,重篤な有害症状を来すことが報告されている。投与後の処置が不適切であったために死亡した事例も報告されている2,6,8)

 経過中,イペカック(トコン)を催吐目的で使用したため,クレアチニンフォスフォキナーゼ(CPK)や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)7)が異常高値を示し,筋脱力や心不全の症状を来した摂食障害の1例を経験したので報告する。

書評

―岩田 誠,河村 満 編―《脳とソシアル》ノンバーバルコミュニケーションと脳―自己と他者をつなぐもの

著者: 祖父江元

ページ範囲:P.97 - P.97

第一線の研究者による総決算

 インターネット時代に入ってわれわれは大きく世界が広がったように感じている。E-mailにより,外国の相手とも瞬時にコミュニケーションが可能となっており,われわれはこのe-mailなしには一日も過ごせなくなっているといっても過言ではない。しかしこのe-mailは相手の顔が見えないし,声が聞こえない。われわれは文字情報に頼って真意を汲み取ろうとする。一方電話は,相手の声が伝わる。大切な相談や伝達は電話を使うことが多い。相手の声の中に本音を読み取れると感ずるからではないか。相手の気持ちを確かめながら,情報の交換ができると感じている。しかし,さらに相手の本音や心に触れるコミュニケーションをとりたい時には実際に会って話をするということを行っている。相手の表情,目の動き,手振り,声の抑揚,姿勢などその情報は格段に増すことになる。われわれは言葉以外の部分にその人の本音の部分,本当の部分が読み取れることを本能的に知っているように思われる。最近では,このノンバーバルなコミュニケーションが大変希薄になっているように感じられる。しかしこのノンバーバルの部分が,ヒトの成長・発達や社会とのかかわりの中で,より重要で本質的ではないかとわれわれは薄々感じている。インターネット時代の中でのこの部分の希薄さが,最近の社会性の欠如した人間の出現や犯罪にもひょっとして関連しているのかもしれないと感じたりしている。

 このような時代の中で,本書はノンバーバルコミュニケーションの重要性について説いている。それはどのようなもので,どのような脳のメカニズムによって行われるのか,どのような研究が進行しているのか,ノンバーバルコミュニケーションの領域の第一線の研究者による総決算が提示されている。本書を読み進むに従って,それがいかに重要なものなのかが改めて認識させられる。人格や社会性とその破綻や,さらには脳科学の社会的意義という脳科学の中心課題にも踏み込んでいる。なかでも顔認知の脳科学と身体コミュニケーションの脳科学に大きなスペースが割かれており,ノンバーバルコミュニケーションの重要性とその脳メカニズムが異分野の人にもわかりやすく解説されている。

―Andrew Kertesz 著,河村 満 監訳―バナナ・レディ―前頭側頭型認知症をめぐる19のエピソード

著者: 中島健二

ページ範囲:P.98 - P.98

FTDを知るための入門書にも最適

 本書は,ウェスタン失語症総合検査(WAB)という失語評価法を開発したAndrew Kertesz氏が“The Banana Lady and other stories of curious behaviour and speech”と題し,英国においてペーパー・バックとして一般読者向けに出版された本の日本語訳版である。本書の監訳は神経心理学に精通された本邦の代表的な神経内科医の一人である河村満氏である。原著者のKertesz氏とは30年近くの付き合いだそうである。

 前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)は,医学的にいまだ不明な点が多く,実際の頻度も明らかではないが,本邦においても神経変性性の認知症の中ではアルツハイマー病,レビー小体型認知症に次いで多いとされる。1900年前後にArnold Pickが記載して以来,一つの臨床症候群として知られてきたが,臨床的・病理学的特徴の多様性から,別々の疾患として報告されたりしてきた経緯もある。そのため,日常診療においてはアルツハイマー病や躁うつ病などと間違えられたりすることも多く,多くの症例が診断されなかったり,死後の病理学的検討によってやっと診断されたりしてきた。しかし,FTDという疾患名が登場して以来,再び注目が集まるようになった。また,近年ではタウ蛋白に続いて,TDP-43やFUSなどの新たな関連異常蛋白が報告され,その基礎医学的研究の発展も目覚ましく,大きな関心を集めるようになっている。このような時期に本書が発刊されることは,まさに時宜を得ているものと思われる。

―Matti Laine,Nadine Martin 著,佐藤ひとみ 訳―失名辞(アノミア)―失語症モデルの現在と治療の新地平

著者: 長谷川恒雄

ページ範囲:P.99 - P.99

失語症の理論や,診療に必要な知識を整理できる良書

 本書は有名な“Anomia:Theoretical and Clinical Aspects/Matti Laine and Nadine Martin, Psychology press. 2006.”の日本語版である。訳者はロンドン大学で言語障害関係の博士課程を修了された佐藤ひとみ博士である。本書の内容は,①単語検索モデル,②失名辞の主な種類,③呼称の神経基盤,④失名辞の臨床的評価,⑤単語検索障害に対するセラピー・アプローチ,⑥結論と将来の方向,⑦訳者のあとがき,⑧文献から構成されている。多数の文献を詳細に検討したうえで,失語症のモデルの変遷と現在の認知モデルによる失名辞分類,失名辞の理論的解釈,単語処理の検索過程による失名辞分類,失名辞の理論に基づく知見の失語症への応用,脳画像による言語領域の検討,失名辞の臨床的評価法と治療など多方面にわたって知識が整理され,詳細に述べられている。わが国ではこの領域の欧米の文献や著書に接する機会は,一部の学者や臨床家に限られる。本書は学者や研究者にとって失語症の理論や診療に必要な知識を整理するうえで,また最近の脳科学の知識を加えて将来の研究開発を考えるうえで有用である。言語障害の診療に従事する医師や言語聴覚士にとっては近年の欧米の失名辞に対する研究状況や,評価,診断,治療に関する情報を知ることができ,日常の診療に役立つとともにわが国の失語症の研究や臨床の進歩・発展のうえでも影響を及ぼすものと思われる。聴覚・言語関係や高次脳機能障害関係の養成校や大学,大学院の学生に対しては,優れた著書であるので参考書として推薦したい。

学会告知板

第76回消化器心身医学研究会学術集会

ページ範囲:P.13 - P.13

会長 羽生信義(町田市民病院外科)

   中田浩二(東京慈恵会医科大学外科学講座)

日時 2011年5月14日(土) 17:00~20:00(予定)

   (第97回日本消化器病学会総会第2日目 会期:5月13~15日)

会場 新宿NSビル30F「NSスカイカンファレンス」(〠160-0023 東京都新宿区西新宿2-4-1)

心理教育・家族教室ネットワーク第14回研究集会

ページ範囲:P.56 - P.56

会期 2011年2月24日(木),25日(金)

会場 京王プラザホテル(東京都新宿区)

日本精神分析的精神医学会第9回大会

ページ範囲:P.73 - P.73

会期 20011年3月18日(金)~20(日)

会場 名古屋大学野依記念学術交流館

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今月の書籍

ページ範囲:P.92 - P.92

次号予告

ページ範囲:P.48 - P.48

投稿規定

ページ範囲:P.101 - P.102

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.103 - P.103

編集後記

著者:

ページ範囲:P.104 - P.104

 DSM-ⅤとICD-11の改訂作業が同時並行で進んでいるが,両者ともにさまざまな理由で完成が当初の予定よりも大幅に遅れることが決定的になったようである。DSMに限って言えば,1980年にDSM-Ⅲが登場したときの賞賛を頂点として,その後,徐々にその評価が下がってきていることは明らかであり,ご当地の米国でさえも米国精神医学の屋台骨を支える人物から批判が述べられているほどである。筆者はもともと臨床に没頭していた精神科医であったために,DSMの冊子すらあまり目にする機会はなかった。しかし,研究に興味を持ち実際に携わってからは,研究対象となる症例のリクルートにはDSM診断が重要であり,さらにDSMから作成された構造化面接がなければ研究として話にならないことを学んだ。そのような過程で,DSMという便利なものがあることを改めて実体験したのである。

 筆者のDSMとの付き合いの歴史は以上のように比較的淡泊なものであったために,後輩の精神科医や,教室の若い医局員には“研究や薬物療法はDSMをもとに行い,精神療法は病態水準を考慮する,というように臨床ではダブルスタンダードを採用しなさい”と長年,口を酸っぱくして教育してきた。ダブルスタンダードという観点からはDSMの負の側面はほとんど問題にならず,かえって症例の客観性を担保してくれるありがたい存在でもあるために,現在のようにあまりにDSM批判が激しい状況は筆者のような者にとっては実は居心地が悪い。結果的にどのような改訂がなされるのかは門外漢である筆者には詳細は把握できないが,いずれにしても現時点ではDSMが症候から障害を分類・区分するという水準から脱却することは不可能であり,だからこそ,その限界を知ったうえで,それでもありがたい存在として利用するという付き合い方に尽きるのではないかと思うのである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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