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雑誌目次

雑誌文献

精神医学53巻11号

2011年11月発行

雑誌目次

巻頭言

Plus Ultra

著者: 三村將

ページ範囲:P.1038 - P.1039

 今年5月,久しぶりにポルトガルのリスボンに行く機会があった。リスボンの郊外には,ユーラシア大陸の最西端であるロカ岬があり,風光明媚の地である。ここは18年前にも一度訪れたことがあった。眼前に果てしなく広がる大西洋,抜けるような青空と春の陽光,咲き乱れる色とりどりの花々,何一つ以前と変わりなかった。この岬には,ポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイスによる“AQUI…ONDE A TERRA SE ACABA E O MAR SE COMEçA…(ここに地終わり海始まる)”という碑があることでも有名である。宮本輝の同名の小説があることでご存じの方も多いかもしれない。この碑の前に立ってはるかかなた西方を臨むと,ただただ海が広がっており,その先の水平線もおぼろげである。

 いにしえのヨーロッパの人々は大西洋と地中海の境にあるジブラルタル海峡が世界の西の果てだと考えていた。そのジブラルタル海峡を北のスペイン側と南のアフリカ側からはさむ狭い切り立った崖は,ヘラクレスの柱と呼ばれている。神話によれば,ヘラクレスによって建てられたとされるその柱には“Nec(Non)Plus Ultra(この先はなし)”という文言が刻まれており,世界の終わり,果てを示していたという。その先の海は無限の闇へと落ち込んでいると信じられ,船員たちがそれ以上進まないための警告として役立っていた。

特集 震災時の避難大作戦:精神科編

災害医療の基礎

著者: 徳野慎一

ページ範囲:P.1041 - P.1047

はじめに

 2011年3月11日14時46分に発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震は,それに引き続く複数のマグニチュード7クラスの余震とともに,巨大な津波を引き起こし東日本に壊滅的な被害を与えた。また,内陸部にもマグニチュード6を超える関連地震が発生し被害を拡大させた。さらに,津波被害によりバックアップ用の電源を失った福島第一原子力発電所のトラブルにより未曽有の原子力災害に至った。

 この一連の災害を東日本大震災と呼ぶが,こうした事態に対して関係諸機関は対応に追われた。医療関係機関もその例外ではなく対応の内容は多岐にわたった。新聞・テレビ・インターネットなどにおいてはこれらの対応が断片的に報道されており,一連の対応を理解するには地震・津波・原子力災害に分けて時系列として整理する必要がある(表1)。本稿では,災害医療の基本的な知識を整理することで,本震災の医療対応についての理解の一助としたい。

災害時の病院避難計画のための基礎知識

著者: 冨岡譲二

ページ範囲:P.1049 - P.1057

はじめに:病院避難計画の必要性

 災害時に医療機関が果たすべき役割は大きく2つに分かれる。

 1つは,災害によって発生した傷病者の救護と治療であり,もう1つは自施設の人員の安全確保と保護である。

 前者には,自施設への被災患者の受け入れや,院外・地域外への医療班・DMAT(disaster medical assistance team)などの派遣が含まれる。一般に「災害時の医療」というとこの側面が取り上げられがちであるが,実際には災害時にこのような役割を果たすことが期待されているのは,各都道府県があらかじめ定めた災害拠点病院などの限られた医療機関であり,すべての医療機関でこのような場合を想定した計画を立てる必要はない。

 しかしながら,後者,すなわち,自施設の人員の保護は,すべての医療機関が考えておかなくてはいけない問題である。入院施設がある医療機関はもちろんのこと,入院設備がない医療機関でも,災害発生が診療時間帯に重なっていれば,患者や家族は施設内に存在するわけであるし,医療スタッフも院内にいる。たとえ自施設が被災患者を受け入れないとしても,このような,自施設内の人員の安全を確保し,安全に避難誘導を行うための計画を立てることは,すべての医療機関で必要になる。また,計画だけではなく,その計画を実際に動かしてみる訓練も定期的に行われなくてはならない(コラム1参照)。

精神科医のための災害時外傷応急処置

著者: 中川雄公 ,   嶋津岳士

ページ範囲:P.1059 - P.1064

はじめに

 2011年3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)における人的被害は,死者15,683名,行方不明者4,830名,負傷者5,712名となっており3),亡くなられた方の多くは,地震直後に発生した津波による溺死が原因と推定されている。一方,1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災では,死者6,402名のうち,72.6%が窒息・圧死であり,外傷性ショック7.8%,焼死7.4%と続いている1)。このように2つの震災を比較しても,その地震の規模や発生場所,さらには津波の発生などにより死因は大きく異なってくるが,東日本大震災においても5,712名の負傷者が発生しており,震災時には建物の倒壊や火災による負傷者が多数発生することは間違いがない。災害に見舞われた地域の医療者は,日常診療で外傷患者の診療に従事することが少ないであろう精神科医も被災者となると同時に,医療を必要とする多くの外傷患者に直面することとなる。本稿では,災害時の外傷応急処置について解説する。

災害時の精神科疾患の反応

著者: 木下裕久 ,   中根秀之 ,   中根允文

ページ範囲:P.1065 - P.1070

はじめに

 筆者の一人(HK)は,2011年の5月連休直後より1週間,長崎大学病院の医療支援チームの一員として,福島県南相馬市での医療支援活動に参加した。地元の南相馬市健康福祉部の保健師に同行し,市内4つの避難所を巡回した。また少数ながら在宅者の訪問診療を行った。このほかに,日本精神保健福祉士協会から継続派遣された精神保健福祉士の方々と一緒に,避難所スタッフなどの面接を行った。これは,避難所スタッフや保健センター,保健行政スタッフの地震後2か月間のご苦労をおもんばかり,ねぎらい,メンタル不調の早期対応を図る目的のものであった。避難所では,当初急性ストレス反応様の症状のある方や,不眠,不安感の増大した方がみられたようであったが,震災後2か月が過ぎたこともあり,避難している人々は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。しかし,精神科医である筆者には,避難所で過ごす多くの人々に隠れるようにひっそりと過ごしておられる精神疾患を抱える人の姿が気になった。

 本稿では,これまでの本邦および海外での自然災害の際に,それまで精神科医療を受けていた人々に起こった変化について,文献的考察を試み,また今回の被災地での経験を通して,災害時の医療従事者は,被災者のために何を準備し,どう行動すべきかについて論じてみることにする。

災害対応後の病院職員へのケア

著者: 高橋祥友

ページ範囲:P.1071 - P.1076

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は死者・行方不明者計2万人を超える甚大な被害をもたらした。特に岩手県から福島県の沿岸部を中心とした広大な地域が被災した。本論執筆時点では,被災規模に関する最終的なデータは十分にそろっていないが,入手可能なデータの範囲で,大規模災害対応後の病院職員へのケアについてまとめてみたい。日常の職場におけるメンタルヘルス対策の原則の多くが,大規模災害への対応においても当てはまると考えられる10)

実際の避難例―病院の場合

著者: 白濱龍興

ページ範囲:P.1077 - P.1082

 入院患者の実際の避難誘導について,認知症専門病院の翠会和光病院(埼玉県和光市)を例にとって述べる。

 認知症の多くの患者は,災害時の避難誘導時には常に介助を必要とする。介助を必要とする者の避難誘導が可能になれば,その他の患者らの避難誘導はより容易なのではないかと考えている。

実際の避難例―避難支援の立場から

著者: 柳川洋一

ページ範囲:P.1083 - P.1087

東日本大震災の概要

 東日本大震災は,2011年3月11日,日本の太平洋三陸沖を震源として発生した東日本太平洋沖地震による災害である。アメリカ地質調査所(USGS)は本地震のモーメントマグニチュードを9.0とし,1900年以降に世界で発生した地震の中で4番目の規模と発表した。この地震と引き続き生じた津波による人的被害は,4月13日の警察庁のまとめで死者・不明者は計2万8,505人と発表されている。多くの死亡被害者は津波による溺水死と考えられている。

震災避難

著者: 朝田隆

ページ範囲:P.1089 - P.1092

はじめに

 1.精神障害者は災害弱者

 災害弱者とは,災害に際して犠牲になりやすい者を指す。高齢者,身体障害者とともに精神障害者は災害弱者の代表とされる。特に高齢・身体障害が加わると,危険性は飛躍的に高まる。

 今回の東日本大震災における死者・行方不明者の状況も同じであったと思われる。また,ここ数年の地震,豪雨・水害,地滑りなどを振り返ってみると,ニュース報道される被害施設の常連として,認知症や精神病の患者さん用の施設は傑出している観がある。

 2.なんちゃって避難訓練

 このようなことに普段,精神科医は思いをはせているだろうか? 恥ずかしながら自分自身は,「起これば起こった時のこと,心配しても仕方ない。そもそもいざとなれば自分が生き延びるのが精いっぱいかもしれない」と思っていた。ところが2010年の秋に,筆者の勤務する病院の会議で「なんちゃって避難訓練では,やる意味がない」と思いつきで発言したことが契機となった。「では,本気の避難訓練をやるにはどうすればいいか考えなさい」,ということになった。そこから,本特集にご執筆いただいた白濱先生,徳野先生と知り合う機会が生まれたのである。

 3.備えあれば確かによい

 このお二方に我々の施設で,災害時の精神科施設における避難というテーマでご講演いただいた。筆者にとって,特に印象深いポイントは,まず「患者さんを1か所に集める」,であった。次に「携帯電話は使えないから最後までつながっている公衆電話に走れ」,であった。東日本大震災当日,この教えのありがたさを心より実感することになる。

 このお二方の講義の記憶もまだ鮮やかであった2011年3月11日にあの地震が起こった。つい先日実践講義を聞いたばかりの若手医師や看護師の行動ぶりは,「1か所に集める」から始まり,災害時になすべきことにおいて理想的なまでに見事であった。以上が今回の特集を組もうと考えた背景である。

 災害に際して生じがちな精神障害者の反応,職員へのケアなどの重要な問題は,本特集の他稿で詳述されている。申し上げるまでもなく,筆者は普通の精神科の勤務医である。だから自分の責任として,いざ大災害の時になんとか患者さんの安全を守りさえすればよいとしか考えていなかった。よって本稿でも,あの大震災の時のわが病棟における状況を想起して,最低限必要なノウハウについて述べるのが精一杯である。

研究と報告

統合失調症圏と感情障害圏の外来患者における自殺の特徴と比較

著者: 内海雄思 ,   井関栄三 ,   村山憲男 ,   馬場元 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.1093 - P.1101

抄録

 5年間の外来患者17,021名で,計65名(0.38%)が自殺既遂していた。統合失調症圏(F2群)と感情障害圏(F3群)の患者計45名(F2群:19名,F3群:26名)について,発症から既遂までの期間は,F3群は1年から3年未満でF2群より自殺者が多く,F2群は5年以上でF3群より自殺者が多かった。F2群がF3群に比較し重度の不眠を呈していた。抑うつ気分の割合は両群とも70%以上と高い一方で,自殺念慮を表出する割合は約30%と低かった。F2群では約80%,F3群では約70%が,最終受診時の精神状態は不良であった。今回の調査研究は,わが国の精神障害を有する自殺者の特徴を知るうえで有意義と考えられる。

短報

透析患者における夜間せん妄にブロナンセリンが有用であった2症例

著者: 宮本和子 ,   池田輝明

ページ範囲:P.1103 - P.1106

はじめに

 せん妄の治療は,適切な身体的治療や環境改善とともに薬物療法が行われることが多い。特に精神運動興奮が顕著な場合では,カテーテルや点滴抜去など身体治療の妨げになることが多いため,薬物療法が必要となる場合が大部分である。従来のせん妄治療はハロペリドール1,13)を代表とする第一世代抗精神病薬が用いられてきたが,第一世代抗精神病薬は,嚥下困難や薬剤性パーキンソニズムなどの錐体外路症状,QTc間隔の延長,過鎮静などの副作用が問題となる。このような欠点を補うものとして,近年わが国や欧米を中心として,第二世代抗精神病薬によるせん妄治療への有用性が報告されている2,4,5,8,14)

 ブロナンセリンは脳内ドパミンD2受容体とセロトニン5-HT2A受容体に選択的な受容体親和性を有する第二世代抗精神病薬である。そして,アドレナリンα1受容体,ヒスタミンH1受容体,ムスカリン性アセチルコリンM1受容体への親和性は低いため,過鎮静,体重増加,内分泌系の副作用が少ないという特徴を併せ持っている10,11)

 今回,筆者らは,高齢者の透析患者におけるせん妄に対してリスペリドンを投与するも,過鎮静によりリハビリテーション(以下,リハビリ)がスムーズに行えなかった症例において,ブロナンセリンに切り替えたところ,それらの問題が解決した2症例を経験したので報告する。

資料

大学病院外来患者における副作用実態調査―「患者の自覚的評価」と「医師の他覚的評価」の比較

著者: 森康浩 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.1107 - P.1113

はじめに

 精神科薬物治療を受けている患者を対象にした臨床場面における副作用実態調査は,全国精神障害者家族連合会と聖マリアンナ医科大学が共同で行った調査8)や全国精神障害者ネットワーク協議会が行った調査が発表されているが5,6),いずれも「患者の自覚的評価」に焦点をあてた調査である。一方,今までの臨床研究や治験では,副作用は「医師の他覚的評価」に焦点があてられている。副作用の評価については,医師は錐体外路系症状などの目に見える副作用に注意を払うが,患者は「のどの渇き」などの目に見えにくい身体的不快感の副作用に注意を払うという報告4)や,統合失調症患者における薬剤性の性機能障害は,医療者と患者自身の認識に差があるとの報告がある1)。つまり,副作用の評価は「患者の自覚的評価」と「医師の他覚的評価」に乖離があることが予想されるが,我々の知る限り,その両者を同時に比較検討した研究は見当たらない。患者の自覚的評価と医師の他覚的評価に乖離がある場合,医師による副作用への対処が患者の思い通りに行われない可能性が高く,患者のアドヒアランス低下にも結びつくと思われる。

 そこで我々は当院オリジナル自己記入式副作用質問紙を患者とその主治医に対して同時に行うことで患者の自覚的評価と医師の他覚的評価とし,両者の比較検討を行ったので報告する。

抑うつの認知的特徴について―大学生における認知のゆがみと遂行機能との関連から

著者: 滑川瑞穂 ,   横田正夫

ページ範囲:P.1115 - P.1122

問題

 抑うつ的な人では,ある認知的特徴を認めやすい。この認知的特徴として,一連の否定的な思考の流れである認知のゆがみがある。近年ではこれとともに,情報処理機能の障害という側面も指摘されている。従来の研究では,両者はおのおのに検討されてきており,これらを同時に検討しようとする試みは少なかった。抑うつの適切な理解を促すためにも,今後はこの認知的な特徴を全体的にとらえていくことが必要である。

 認知のゆがみは,抑うつ的な人に特有の極端に否定的,悲観的に偏った見方や考え方である。これは,Beckが提唱した抑うつスキーマ,推論の誤り,自動思考2)という一連の流れで説明されている。ネガティブなライフイベントがあった際には,この傾向はより強まり,否定的な推測が抑うつ気分を高めるというループに陥ってしまう。認知行動療法においては,認知のゆがみが介入のターゲットとされる。抑うつへ陥る過程を予防するために,この偏りを修正したり緩和したりすることが治療の目的となる。

私のカルテから

高齢者のせん妄に対するmirtazapineの使用経験

著者: 今中章弘 ,   高見浩 ,   箱守英雄 ,   石井孝二 ,   織田一衛 ,   森川龍一 ,   吉永文隆

ページ範囲:P.1123 - P.1125

はじめに

 認知症を中心とした高齢者医療において,せん妄は発症頻度が高く,そのマネージメントを行うことでいかに生活リズムやQOL(quality of life)を安定化させるかが重要である。せん妄に対する薬物療法に関しては十分なエビデンスが確立しておらず,臨床現場では個々の症例に応じた柔軟な対応がなされている。Mirtazapine(以下,MIR)は,ノルアドレナリン作動性/特異的セロトニン作動性抗うつ薬というカテゴリーで称される,従来の抗うつ薬とは異なった作用機序を有する薬剤であるが,せん妄におけるMIRの使用経験に関する文献報告はない。せん妄患者へのアプローチは原因の除去,環境調整などと多岐にわたるが,高齢者のせん妄にMIRが有効であった3症例を提示し,特に薬物療法に焦点を当てて本薬剤のせん妄治療における有用性について報告する。

 なお,患者と家族には期待し得る効果,副作用や適応外使用であることを説明したが,3症例ともに患者の理解力が不十分であったため,最終的には家族に同意を得て使用した。プライバシーの保護のため,病歴は主旨を損なわない範囲で一部改編した。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

プレコックス感

著者: 中井久夫

ページ範囲:P.1127 - P.1128

 ついにプレコックス感再登場か。おそらく,戦後最初の世界精神医学パリ学会でオランダの精神科医Hendrik Cornelius Rümkeが報告し,出席した故・荻野恒一が聴いて本邦に伝えた。国内では,1966年にRümkeが「プレコックス感」をKurt Schneiderの一級症状に加えよという論文を掲載したことを受けて,「精神分裂病の診断基準―特にPraecox-gefühlについて」なるシンポジウムが行われ『精神医学』誌9巻2号(1967年2月号)に掲載された。このシンポジウムには単なる診断基準にとどまらない議論が開陳されたにもかかわらず,「いわゆる分裂病臭さ」「患者を前にしての何ともいえないイヤーな感じ」と受け取られ,西丸四方が「安物の金仏」を前にした感じと要約した。そもそもヨーロッパ精神医学間の交流は少なくて,隣国の精神医学も知らないことが多いが,オランダ国外,特にドイツでは全く無視された。私は1984年3月に『岩波講座・精神の科学〈別巻〉』に原文からの30ページの翻訳と解説を掲載した。目下唯一の邦訳であろう。

 Rümkeの概念の初出論文としてユトレヒト大学図書館が私に送ってきたものは『オランダ医学雑誌』に掲載された一般医師向けの講演である1)。要約すると,彼は自己の精神医学を「出会いの現象学」と命名し,スキゾフレニア患者との出会いにおいては,出会いとは相互的なものであるから,患者の対人接近本能欠如感がこれに対面する者に同じ欠如感を呼びさまし,この欠如感が意識されたもので,彼は,「私はこれを感じない時には私はどんな症状があっても,スキゾフレニアと診断しない」と断言している。また,他の症状は,正常人といわれる人たちが,一瞬ならば,あるいは孤独な時には経験しているのだと彼はいう。抗精神病薬のない時代であり,また,ナチス占領下で監視の眼を絶えず意識している時代だから人々は鋭敏に監視されているかどうかを意識していたという見方もあるだろうが,Rümkeが,生涯,午後7時間から1時間半は患者からの電話を最優先に受ける時間として実行していた人であることは留意する必要があるだろう(林宗義による)。声のトーンのほうが患者のこの状態をよく反映するかもしれない。

書評

―内藤裕史 著―薬物乱用・中毒百科

著者: 高橋哲郎

ページ範囲:P.1131 - P.1131

 本書は同著者の『健康食品・中毒百科』(2007年)に続く,乱用される薬物についての大作である。著者生涯の使命感に基づいて書かれているだけに,実に読み応えある内容であり,しかもこなれた文章は読みやすい。

 本書の内容をまず通覧すると,Ⅰ覚醒物質(メタンフェタミン,コカイン,咳止めなど),Ⅱ大麻(マリファナ),Ⅲ幻覚剤(LSDなど),Ⅳ解離性麻酔剤(PCPなど),Ⅴ興奮剤(MDMAなど),Ⅵ麻薬(アヘン,モルヒネ,ヘロインなど),Ⅶ吸入物質(シンナー,燃料用ガス,噴射剤など)の7編に分類され,薬品それぞれの歴史的背景,登場をめぐる状況,中毒死などの疫学,作用・副作用,構造式,薬理,多数の詳細な事例など,1,400の文献を網羅して書かれている。まさに「百科」と呼ぶにふさわしい学術書である。

―山内俊雄,松原三郎 編―精神科医のためのケースレポート・医療文書の書き方:実例集

著者: 尾崎紀夫

ページ範囲:P.1132 - P.1132

 精神科医は医療文書を書く機会が多く,さまざまな医療文書が書けるようになると,何となく一人前になったような気がしてくる。ところが,医療文書の書き方についてトレーニングを受けたかというと,その記憶がない。また,「書き方」を教えてくれる書物も,昔はなかったように思う。

 ローテート研修医時代,先輩医師から「紹介状を書いておくように」と言われ,カルテに挟んである紹介状を参考に,「見よう見まね」で書き始めた。精神科研修を始め,初診に陪席して紹介状の実例をいくつか目の当たりにし,「精神科医による紹介状の書き方」を学び始めた。さらに,診断書も,先輩精神科医の診断書をまねることが修行であった。

学会告知板

第15回日本精神保健・予防学会 学術集会のご案内

ページ範囲:P.1082 - P.1082

会期 2011年12月3日(土)・4日(日)

会場 ベルサール九段(東京都千代田区九段北1-8-10 住友不動産九段ビル3・4F)

http://www.bellesalle.co.jp/bs_kudan/

千里ライフサイエンスセミナーC4「ストレス応答の分子メカニズム」

ページ範囲:P.1092 - P.1092

日時 2011年11月14日(月)10:00~17:00

場所 千里ライフサイエンスセンタービル5階ライフホール(大阪,豊中市)

第7回日本統合失調症学会

ページ範囲:P.1125 - P.1125

テーマ 統合失調症患者・家族のニーズを適える研究成果を目指して

会期 2012年3月16日(金)~17日(土)

会場 愛知県産業労働センター(ウインクあいち)(名古屋市中村区名駅4丁目4-38)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.1076 - P.1076

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.1130 - P.1130

次号予告

ページ範囲:P.1113 - P.1113

投稿規定

ページ範囲:P.1135 - P.1136

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.1137 - P.1137

編集後記

著者:

ページ範囲:P.1138 - P.1138

 日本人にとって恐ろしいものの代表は「地震雷火事親父」だから,ここに水害はない。けれどもニュースに登場するものとしては水害が最多ではなかろうか。梅雨明けの頃の水害や,台風による被害としての大水,土砂崩れが報道される。そこでは高齢者施設の被災がやたらと多いという印象があった。調べてみると精神科病院やその関連施設の被災も決して少なくない。

 もし勤務する病院で水害や地震に遭遇したら,自分はどういう行動をとるべきなのかと,いつの頃からか考えるようになった。自身が最初に逃げたいのはやまやまだが,立場上それはできない。まずは避難のノウハウを学ばなければ。そこで防衛医科大学校の徳野先生と知り合い,筑波大学で実践的講義をしていただいたのが私の災害避難学事始めである。講義の要は,言うまでもなく患者さんとスタッフの安全を守ることであった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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