脳科学研究から見えてきた統合失調症の病態および治療と予防の展開
著者:
糸川昌成
,
新井誠
,
小池進介
,
滝沢龍
,
市川智恵
,
宮下光弘
,
吉川武男
,
宮田敏男
,
笠井清登
,
岡崎祐士
ページ範囲:P.1195 - P.1200
はじめに
統合失調症は,遺伝率(heritability)が0.8,λs(同胞間の相対危険率)が8.2(I型糖尿病15,アルツハイマー病4~5)と,遺伝要因が大きい疾患である(表1)。そこで,原因解明には遺伝学的アプローチが有望であると考えられてきた。90年代は,連鎖解析で位置的(positional)に染色体上の座位を決めて原因遺伝子をクローニングする研究が流行した。こうした研究は,主としてメンデル型遺伝形式をとる単一遺伝子疾患で成果を挙げたが,統合失調症でも同様の挑戦がなされdysbindinやneuregulin1など有望な遺伝子が同定された。しかし,その後の研究で,関連するSNP(single nucleotide polymorphism)が報告者間で異なる,あるいはSNPが一致してもリスクアレルが報告者によって逆向きであるといった不透明な結果が続いている。一方,近年は生活習慣病のような多因子疾患で,common disease-common variant仮説に基づいて,全ゲノム関連解析(genome-wide association study;GWAS)が行われている。統合失調症を対象としたGWASでも,いくつかの感受性遺伝子が報告されているが,いずれのオッズ比も1.5前後と小さい(表1)。遺伝率やλsは十分大きいのに,同定される感受性遺伝子は効果の小さいものばかりである。このようなmissing heritabilityを克服しようとして,最近の研究では数千の検体数と数十万のSNPを解析するに至っており,欧米では研究規模が競い合われるようにして拡大されている。
筆者らは,主として欧米で取り組まれている国家プロジェクト級のビッグサイエンスとは違ったアプローチを考え,以下の2点を工夫した。①遺伝子解析だけでなく生化学的解析を組み合わせ,②まれだが大きな遺伝子効果をもたらす変異を同定し,それをプロトタイプとして一般症例に敷衍する。上記2つを実施した結果,興味深い成果を得たので本稿にて紹介する。本研究は東京都精神医学総合研究所および関連施設の倫理委員会の承認を得て,被験者にインフォームドコンセントののち書面にて同意を得て行われた。