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詐病の精神鑑定と裁判所
著者: 西山詮1
所属機関: 1錦糸町クボタクリニック
ページ範囲:P.1145 - P.1155
文献購入ページに移動はじめに
最高裁判所(以下は最高裁と略す)が扱った刑事事件と民事事件の各1例を掲げ,裁判所が詐病をどのように扱ってきたか,これら判例を法学者がいかに評価してきたかを概観し,わが国の詐病学の貧困な現状および向後の発展の必要を明らかにしたい。いくらか古典化しつつある判例に詐病学の観点から息を吹き込む試みである。
詐病に取り組む研究者はまれであるが,実際には,詐病は,裁判でしばしば現れまたは隠れた問題になり,裁判所もその取り扱いに苦慮している。そこへ「近年『心因性』ということばが流行し,割合的認定の手法で解決することが一般となったが,このことが,かえって,本来ならば民事訴訟で要求される証明度に達しておらず,請求棄却してもよい事案を中途半端に認容するなど,事実認定,特に因果関係の認定を甘くしている嫌いがある」12)とすれば,見逃すことはできない。
裁判官に詐病の認定まで求めるのは酷だと考える人12)もあるが,裁判官こそ最終的に詐病(か否か)を認定する職責を持った人である14)。当然,裁判官は詐病を認定することができなければならない。これに対して精神科医は適切な意見を提供できる準備をすべきである。
最高裁判所(以下は最高裁と略す)が扱った刑事事件と民事事件の各1例を掲げ,裁判所が詐病をどのように扱ってきたか,これら判例を法学者がいかに評価してきたかを概観し,わが国の詐病学の貧困な現状および向後の発展の必要を明らかにしたい。いくらか古典化しつつある判例に詐病学の観点から息を吹き込む試みである。
詐病に取り組む研究者はまれであるが,実際には,詐病は,裁判でしばしば現れまたは隠れた問題になり,裁判所もその取り扱いに苦慮している。そこへ「近年『心因性』ということばが流行し,割合的認定の手法で解決することが一般となったが,このことが,かえって,本来ならば民事訴訟で要求される証明度に達しておらず,請求棄却してもよい事案を中途半端に認容するなど,事実認定,特に因果関係の認定を甘くしている嫌いがある」12)とすれば,見逃すことはできない。
裁判官に詐病の認定まで求めるのは酷だと考える人12)もあるが,裁判官こそ最終的に詐病(か否か)を認定する職責を持った人である14)。当然,裁判官は詐病を認定することができなければならない。これに対して精神科医は適切な意見を提供できる準備をすべきである。
参考文献
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26) 最高裁判所第三小法廷決定昭和59年7月3日:精神分裂病と責任能力.最高裁判所刑事判例集38巻8号:2783-2793, 1984
27) 塩崎勤,江口保夫,伊藤文夫,他(座談会):交通事故の割合的認定―昭和63年4月21日最高裁判決を巡って―.賠償医学 9:93-118, 1989
28) 塩崎勤,野村好弘,小嶋享,他(座談会):交通事故被害者の素因競合と因果関係の考え方(2).賠償医学 8:74-88, 1988
29) 東京地方裁判所判決平成元年9月7日:交通事故により頸部捻挫となった被害者が精神的打撃を受け易い人であるため治療が遷延した場合において割合的認定が否定された事例.判例時報 1342号:83-88, 1990
30) 東京高等裁判所判決昭和58年9月29日:交通事故による受傷による器質的な障害は1か月以内に治癒する程度のものであり,その後の神経症状は被害者の特異な性格その他の心因的な要因によるものであるとして,過失相殺の規定を類推し事故後3年間に発生した損害のうち4割に限り賠償すべき損害と認めた事例.判例タイムズ 515:143-150, 1983
31) 若井英樹:原因競合―過失相殺の類推(1)―心因性の神経症.別冊ジュリスト 152:46-47, 1999
32) 渡辺富雄:最高裁昭和63年4月21日判決(本誌1276号44頁)に対する賠償医学的考察.判例時報 1299:3-11, 1989
33) World Health Organization:The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders. Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. WHO, 1992.融道男,中根允文,小見山実 監訳:ICD-10精神および行動の障害.臨床記述と診断ガイドライン.医学書院,1993
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