紹介
滋賀県のある中学校における予防医学モデルによる薬物乱用防止教室の前後評価
著者:
石川慎一
,
西田由美
,
冨岡公子
,
久保亜紀
,
志村勇司
,
辻本哲士
ページ範囲:P.285 - P.292
はじめに
日本の薬物乱用防止教育は戦後に始まった。1998年以降,第3次覚せい剤乱用期が到来してからは,薬物乱用の実情にあわせた指導内容に変わっていった5)。国は薬物乱用防止対策として10),小・中・高等学校における教師らによる薬物乱用防止指導(いわゆる教育モデル)と,専門家らによる薬物乱用(依存)防止教室(いわゆる啓発モデル)を2本柱にして取り組んできた。教育モデルとしての薬物乱用防止指導は,1998年には小学校80%程度,中・高等学校90%程度に実施され,少年の覚せい剤事犯数も1998年の1,079人から2007年には308人へ減少するなど,一定の成果を上げている。その一方で,小・中・高等学校時代に薬物乱用防止指導を受けていると推定される大学生世代を中心とした大麻の乱用や覚醒剤の乱用が社会的問題になっている。少年の大麻事犯の検挙人数は,1998年の127人が2007年の184人に増加していることや,MDMA(3, 4-methylenedioxymethanphetamine)など合成麻薬事犯の検挙人数は20代・未成年者が過半数を占めていることなど,まだまだ薬物乱用期は続いている11)。薬物乱用防止教育の課題については,「科学的知識に裏打ちされた薬物乱用防止のための判断力や態度を養っていくことが大切である」3)としたものや,「今後は,生徒の生きる力を育てる教育プログラム作りが必要である」13)との報告があり,まだまだ教育プログラムを十分に提供しているとは言いづらい。
専門家らによる啓発モデルとしての薬物乱用(依存)防止教室に関しては,全校実施がうたわれているものの,開催率を2001年と2007年で比較すると,小・中・高等学校それぞれ20%・54%・64%から35%・56%・61%へとほぼ横ばいである。講演内容も警察官や麻薬捜査官らによる薬物乱用の犯罪性を重視したものが多い。教育効果については,知識の獲得と意識の変容を図ることができる2)とした報告や,単に知識を習得するだけでは薬物乱用の行動の防止には至らない12)との報告があり,一定した結果は出ていない。薬物乱用防止教室には,保健や予防医学的観点から実施されたものもある。薬物乱用を依存症としてとらえる保健師らの視点による教室を行った後に,依存症自助グループのメンバーによる体験談を加える様式14,15)や,メンタルヘルス相談としてのbrief interventionによる初期介入16)などが提案され,良好な教育的効果を挙げている。
従来取り組まれてきた犯罪性や薬物の知識学習を中心としてきたモデル(以下,犯罪・知識モデル)と,保健や予防医学的観点からのアプローチ(以下,予防医学モデル)との関連性について検討した報告は今日までほとんどない。今後,薬物乱用防止の教育効果を向上する目的で教室を拡充する場合,従来どおりの犯罪・知識モデルでの教室のみで推進していけばよいのか,新たに予防医学的モデルを導入すべきかどうかを判断するための参考資料が必要と思われる。
そこで今回,資料の1つとして,我々が実施してきた予防医学モデルでの薬物乱用防止教室を紹介しつつ,従来の犯罪・知識モデルと比べた予防医学モデルの有用性と問題点を考えてみることにした。