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文献詳細

雑誌文献

精神医学53巻3号

2011年03月発行

紹介

滋賀県のある中学校における予防医学モデルによる薬物乱用防止教室の前後評価

著者: 石川慎一12 西田由美3 冨岡公子4 久保亜紀3 志村勇司5 辻本哲士3

所属機関: 1滋賀県立精神医療センター 2現・せいざん病院 3滋賀県立精神保健福祉センター 4奈良県立医科大学地域健康医学教室 5京都府立医科大学附属病院血液内科

ページ範囲:P.285 - P.292

文献概要

はじめに

 日本の薬物乱用防止教育は戦後に始まった。1998年以降,第3次覚せい剤乱用期が到来してからは,薬物乱用の実情にあわせた指導内容に変わっていった5)。国は薬物乱用防止対策として10),小・中・高等学校における教師らによる薬物乱用防止指導(いわゆる教育モデル)と,専門家らによる薬物乱用(依存)防止教室(いわゆる啓発モデル)を2本柱にして取り組んできた。教育モデルとしての薬物乱用防止指導は,1998年には小学校80%程度,中・高等学校90%程度に実施され,少年の覚せい剤事犯数も1998年の1,079人から2007年には308人へ減少するなど,一定の成果を上げている。その一方で,小・中・高等学校時代に薬物乱用防止指導を受けていると推定される大学生世代を中心とした大麻の乱用や覚醒剤の乱用が社会的問題になっている。少年の大麻事犯の検挙人数は,1998年の127人が2007年の184人に増加していることや,MDMA(3, 4-methylenedioxymethanphetamine)など合成麻薬事犯の検挙人数は20代・未成年者が過半数を占めていることなど,まだまだ薬物乱用期は続いている11)。薬物乱用防止教育の課題については,「科学的知識に裏打ちされた薬物乱用防止のための判断力や態度を養っていくことが大切である」3)としたものや,「今後は,生徒の生きる力を育てる教育プログラム作りが必要である」13)との報告があり,まだまだ教育プログラムを十分に提供しているとは言いづらい。

 専門家らによる啓発モデルとしての薬物乱用(依存)防止教室に関しては,全校実施がうたわれているものの,開催率を2001年と2007年で比較すると,小・中・高等学校それぞれ20%・54%・64%から35%・56%・61%へとほぼ横ばいである。講演内容も警察官や麻薬捜査官らによる薬物乱用の犯罪性を重視したものが多い。教育効果については,知識の獲得と意識の変容を図ることができる2)とした報告や,単に知識を習得するだけでは薬物乱用の行動の防止には至らない12)との報告があり,一定した結果は出ていない。薬物乱用防止教室には,保健や予防医学的観点から実施されたものもある。薬物乱用を依存症としてとらえる保健師らの視点による教室を行った後に,依存症自助グループのメンバーによる体験談を加える様式14,15)や,メンタルヘルス相談としてのbrief interventionによる初期介入16)などが提案され,良好な教育的効果を挙げている。

 従来取り組まれてきた犯罪性や薬物の知識学習を中心としてきたモデル(以下,犯罪・知識モデル)と,保健や予防医学的観点からのアプローチ(以下,予防医学モデル)との関連性について検討した報告は今日までほとんどない。今後,薬物乱用防止の教育効果を向上する目的で教室を拡充する場合,従来どおりの犯罪・知識モデルでの教室のみで推進していけばよいのか,新たに予防医学的モデルを導入すべきかどうかを判断するための参考資料が必要と思われる。

 そこで今回,資料の1つとして,我々が実施してきた予防医学モデルでの薬物乱用防止教室を紹介しつつ,従来の犯罪・知識モデルと比べた予防医学モデルの有用性と問題点を考えてみることにした。

参考文献

1) Botvin GJ :Preventing drug abuse in schools:Social and competence enhancement approaches targeting individual level etiologic factors. Addict Behav 25:887-897, 2000
2) 祝部大輔:薬物乱用防止教育の必要性.鳥取医学雑誌 27:244-250, 1999
3) 祝部大輔:米子市の高校2年生における薬物乱用に関する意識調査.鳥取医学雑誌 27:83-91, 1999
4) 祝部大輔,吉岡伸一,国土将平,他:鳥取県の中・高校生の薬物乱用に関する知識と意識.思春期学 24:211-220, 2006
5) 石川哲也:わが国における薬物乱用防止教育の変遷.学校保健研究 43:15-25, 2001
6) 勝野眞吾:思春期の薬物乱用の実態と対策.思春期学 17:415-421, 1999
7) 川畑徹朗:禁煙・飲酒・薬物乱用防止教育で重要なこと―行動科学の理論に基づいた健康教育プログラムの実践を.体育科教育 45:29-32, 1997
8) 共同テレビジョン:NO! 脳からの警告.1999
9) 麻薬・覚せい剤乱用防止センター:「ダメ.ゼッタイ.」普及運動パンフレット,2006年6月
10) 内閣府薬物乱用対策推進本部:薬物乱用5か年戦略.1998
11) 内閣府薬物乱用対策推進本部:第3次薬物乱用防止5か年戦略.2008
12) 大家さとみ,藤林武史:高等学校での薬物乱用防止教育の介入評価―A校における2年間の継続指導による変化の検討.学校保健研究 43:211-219, 2001
13) 大塚さとみ,藤林武史:高校生の薬物に関する意識と生活習慣との関連.学校保健研究 41:552-560, 2000
14) 下田治子,片桐孝子,関口和子,他:回復者の講話を取り入れた「薬物乱用防止教育」の効果について 事前・事後アンケート.東京都福祉保健医療学会誌平成18年度口頭発表 52-53, 2006
15) 鈴木健二,武田綾,村上優,他:高校生の薬物問題への関心と薬物乱用防止教育の効果.厚生科学研究費補助金 医薬安全総合研究事業 中毒者のアフターケアに関する研究 11年度研究報告書.pp63-69, 2000
16) 鈴木健二,武田綾,村上優,他:薬物乱用ハイリスクグループへの介入に関する研究.厚生労働科学研究費補助金 医薬安全総合研究事業 薬物依存・中毒の予防,医療およびアフターケアのモデル化に関する研究 総合研究報告書.pp177-181, 2003
17) 財団法人全国防犯協会連合会:薬物「NO!」宣言.東京法令出版,2002

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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