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雑誌目次

論文

精神医学53巻4号

2011年04月発行

雑誌目次

巻頭言

わが国の精神科医療のもうひとつの試金石―治療抵抗性統合失調症に対する薬物治療戦略のために

著者: 黒木俊秀

ページ範囲:P.314 - P.315

 その女性は10代半ばに統合失調症を発症し,すでに10年以上を経過していた。悪意に満ちた幻声に脅かされ,しばしば緊張と敵意が高まり,暴力に至るため,幾度となく入退院を繰り返してきた。これまでさまざまな抗精神病薬が投薬されたが,ほとんど奏効しなかった。最近1年間も入院しているが,刺激を避けるために保護室に長期間隔離されることを余儀なくされている。それでもなお被刺激性が高く,看護師もそばに近づけない。明らかに治療抵抗性症例であろう。ついに主治医はクロザピンの投与を決意した。患者本人と家族がなお希望を捨てずに新しい薬への変更に同意してくれたのが幸いであったし,血液内科専門医のいる近隣の大学病院に連携病院になってもらうこともできた。これまで多い時は7,8種類もの向精神薬を併用してきた患者であっただけに,処方変更にさらなる悪化を懸念するスタッフも少なくなかった。しかし,変化は投与開始の2週目に現れた。易刺激性,易興奮性が薄れ,スタッフと穏やかに接することができるようになったのである。1か月後より隔離を解き,集団の中でも落ち着いて過ごせるようになったことをきっかけに作業療法に導入した。スタッフが安心してかかわりを持てるようになったことが,多くの心理社会的な働きかけを可能にしたといえよう。彼女の退院の日,両親は喜びのあまり泣いていた。以来,再び入院することなく,彼女は今日まで定期的に外来通院を続け,クロザピン300mg/日のみを途切れることなく服用している。流涎過多や便秘などの副作用もあるが,同薬に対する彼女のアドヒアランスは高い。

研究と報告

日本における排出行動障害の実態について

著者: 中井義勝

ページ範囲:P.317 - P.322

抄録

 特定不能の摂食障害に含まれる排出行動障害(PD)について臨床サンプルと非臨床サンプルについて検討した。臨床サンプルについて,1,030名の摂食障害患者中PDは29名(2.9%)と,神経性食欲不振症(AN)384名の1/10以下で,PDはANより多いという欧米の臨床サンプルの結果と異なった。Keelの提唱するPDの診断基準を検討したが,症例数が少なく結論が得られなかった。一方,非臨床サンプルについて,2,430名の女子高校生中PDは0.7%,ANは0.4%で,欧米の非臨床サンプルの成績と類似していた。非臨床サンプルではPDの発症率は日本と欧米で類似していたが,その受診率は日本は欧米に比し低かった。

大脳皮質形成障害(多小脳回,異所性灰白質)と透明中隔欠損を認めた症候性部分てんかんの1例

著者: 蒲谷洋平 ,   西田拓司 ,   仲神龍一 ,   増田尚久 ,   山末英典 ,   笠井清登

ページ範囲:P.323 - P.328

抄録

 症例は20歳時にてんかんを発症し,複雑部分発作が難治に経過している71歳女性である。脳波上,左側頭部に鋭波,徐波がみられた。画像上,広汎な大脳皮質形成障害(多小脳回,異所性灰白質)と透明中隔欠損がみられた。大脳皮質形成障害は通常,精神発達遅滞,てんかん,神経学的異常などの臨床症状を呈するが,本症例はてんかんを呈するものの,日常生活能力は維持されていた。この理由として,広汎な器質的異常と比較し,機能的異常が限局している可能性,周辺の大脳皮質機能の代償が行われている可能性が推測された。文献上,多小脳回と透明中隔欠損を合併する症例のまとまった報告はなく,本症例はきわめてまれな症例と考えられた。

精神科病院で認められた肺血栓塞栓症の臨床的検討

著者: 松永力 ,   分島徹 ,   岡崎祐士

ページ範囲:P.329 - P.337

抄録

 精神科医療においても肺血栓塞栓症予防は重要であり,その臨床的特徴を明らかにするため,2004年度以降に東京都立松沢病院(以下,当院)で認められた肺血栓塞栓症45例(急性肺血栓塞栓症39例,慢性肺血栓塞栓症6例)を検討した。急性肺血栓塞栓症では不動化との関連が示唆される安静解除後や臥床中の発症が多く,特に「不動化」や「抗精神病薬高用量投与」で重症例が多かった。「不動化」のうち,身体拘束以外が1/3を占め,身体拘束の有無にかかわらず,予防が必要と思われた。発生率は減少傾向にあり,当院での取り組みが寄与していると思われた。また,慢性肺血栓塞栓症では急性からの移行が疑われる例も多く,注意が必要である。

資料

精神保健福祉センターを受診した「ひきこもり」の実態調査

著者: 土岐茂 ,   谷山純子 ,   衣笠隆幸

ページ範囲:P.339 - P.346

はじめに

 ひきこもりは長期にわたり,就学,就労などの社会活動に参加せず,自宅中心に生活する状態であるとされ,現代日本に固有の文化症候群あるいは社会現象として,海外のメディアでも取り上げられている4)。過去の報告によると,男性が約8割を占め,平均22歳で始まり,来所時には平均4年間のひきこもり期間を経ているため,個人と社会に与える影響は大きい3)。外部との接触を控える生活のため,正確な総数の把握は困難であるものの,23~41万世帯,23~129万人のひきこもり者が全国にいると推計されている3,12,15)。ひきこもりは精神疾患などの生物的要因と自立,依存に関する心理的要因,家族形態や雇用などの社会的要因が複雑に絡み合い,引き起こされる7,11,17)。一部は統合失調症や気分障害,不安障害,発達障害,パーソナリティ障害などの精神医学的診断を有するとされ,心理社会的支援と精神医学的治療の必要性が指摘されている8,10)。2003年には,全国の保健所と精神保健福祉センターへの調査をもとに,ひきこもりの概念と見立て,援助技法についてまとめたガイドラインが作成された11)。その中では,多くの場合,本人は受診,相談せず,家族の来所が先行するため,家族支援の重要性と有効性が強調されている。以降,一時点の実態調査と短期の縦断研究は集積されているものの1,6,8,9,12,16,20~22),依然として,中長期的な縦断研究は少ない。本稿で,我々は5年間に広島市精神保健福祉センターを受診したひきこもり例について,受診時の本人と家族の状況,経過をまとめ,考察した。

私のカルテから

胃癌の告知を契機に否定妄想から「梅毒に感染した」という心気妄想へと発展した症例

著者: 高山剛 ,   野口正行 ,   加藤敏

ページ範囲:P.347 - P.349

はじめに

 日本でも最近の10年ほどで悪性腫瘍の告知は進んできており2),今後もこの流れは止まることはないであろう。告知の際には,患者・家族の心理に十分配慮すべきで,特に精神科疾患の既往のある場合には注意しなければならないといわれている。

 しかし,実際にどのようなことが起きるのかについて報告された事例は少なく,症例を蓄積していくことが必要である。我々は,うつ病の既往を持つ患者が胃癌告知をきっかけに「内臓が腐ってしまった」「梅毒に感染してしまった」という妄想が出現した症例を経験した。うつ病患者に対する癌告知後の変化を検討するうえで重要な所見を得たと考えたので報告する。なお,報告にあたってはプライバシーの保護に十分配慮し,また患者自身の同意を得ている。

気分障害の経過中に現れた不安を伴う反復思考に対しaripiprazoleが奏効した3症例の考察

著者: 柏倉浩一 ,   柏倉浩洋

ページ範囲:P.351 - P.354

はじめに

 気分障害の経過中にはさまざまな不安障害サブタイプが合併することは知られており,パニック障害,強迫性障害(obsessive-compulsive disorder;OCD),社会不安障害(social anxiety disorder;SAD),全般性不安障害(generalized anxiety disorder;GAD)などが日常の臨床で経験される。今回はSSRI(selective serotonin reuptake inhibitors)投与により安定していた気分障害の経過中,不安を伴う反復思考が発現し,aripiprazoleを投与したところ速やかな症状の改善を認めた3症例を経験したため,若干の考察を加えて報告する。

シンポジウム 気分障害の生物学的研究の最新動向─DSM,ICD改訂に向けて

うつ病の精神薬理・生化学的研究を概観する

著者: 神庭重信

ページ範囲:P.357 - P.362

はじめに

 うつ病が単一遺伝子疾患ならば,まず遺伝子の同定作業を行い,その遺伝子を操作したモデル動物を作製し,モデルの妥当性を検証する,という常套手段で研究を進めることができる。しかしうつ病は多因子多遺伝子疾患なので,この手段が容易には通用しない。したがって,うつ病の生物学的研究は,抗うつ薬やうつ状態を生む薬物の薬理学的研究に依拠するところが多くなる。ところが薬理作用といっても無数にある。ECT(electoroconvulsive therapy)の効果もまたしかりである。その中で注目されてきた対象は,モノアミン系の構成要素や,その時々に他の研究領域で注目された物質であることが多かった。たとえば,伝達物質,受容体,G蛋白,cyclic AMPであり,最近ではプロテインキナーゼ,転写調節因子,そして神経栄養因子などである。

 うつ病研究のもう1つのロジスティックは,動物にストレスを与えうつ病と類似した状態を作り出し,この時の脳内変化を調べる,という方法である。抗うつ薬やECTにより,モデル動物の脳変化が修復される場合には,与えたストレスによりうつ病の脳病態を再現できている可能性があると考える。

 以下に,一部のうつ病では,微細な神経傷害が起きているのではないか,そして抗うつ薬はこの傷害を修復することで,情動の神経回路が再び正常に働くように作用しているのではないか,とする神経傷害仮説を中心に,最近注目されているうつ病の精神薬理・生化学的研究の概略を紹介したい。

薬物療法からみた気分障害の症候学―DSM-ⅢからDSM-5への隘路

著者: 黒木俊秀

ページ範囲:P.363 - P.372

双極性障害の概念とリチウム―歴史的展望

 1950年代に相次いで登場した各種の向精神薬は,従来の精神科医療を根底から変革するとともに,さまざまな精神疾患概念の発展にも大きな影響を与えた。とはいえ,精神薬理学の黎明期における研究者の直感的な主張がただちに学界全体に受け入れられたわけではなかった。

 たとえば,オーストラリアのCadeが動物実験の過程でリチウムの抗躁作用を見いだしたのは1949年であるが,米国食品医薬品局(FDA)が躁うつ病に対するリチウムの適用を認可するまでには実に20年の歳月を要した。その間にリチウムの有効性をめぐって激しい論争が繰り広げられた。

気分障害の分子神経生物学

著者: 加藤忠史

ページ範囲:P.373 - P.381

はじめに

 国民の社会生活障害の大きな要因となっているうつ病の患者数は,近年急速に増加し,社会問題となっている。抗うつ薬によく反応するメランコリー型に加え,抗うつ薬により悪化する双極スペクトラム,抗うつ薬が奏効しにくく心理療法も重要となる非定型うつ病,難治化しやすい血管性うつ病など,治療抵抗性のうつ病が増加し,うつ病診療は混沌とした状況にある。一方,抗うつ薬により,攻撃性,衝動性が高まる,「賦活症候群」が引き起こされるのではないか,との懸念が繰り返し報道され,一部には精神医療バッシング的な動きさえ見受けられる。抗うつ薬による悪化を防ぐためには,双極性障害における初発の大うつ病エピソードを,その生物学的基盤に基づいて診断できるようにすることが必要であるが,面接による現在の診断法には限界があり,今後,分子神経生物学的な病態に基づいて,気分障害の疾患概念と亜型分類を確立し,生物学的な診断分類に基づいて治療を最適化する必要がある。

気分障害の脳画像研究と先進医療NIRSの紹介―光トポグラフィー検査「うつ症状の鑑別診断補助」

著者: 滝沢龍 ,   笠井清登 ,   福田正人

ページ範囲:P.383 - P.392

気分障害と生物学的指標

 1.気分障害と生活機能障害

 厚生労働省の2009年調査によれば,うつ病が大半を占める「気分障害」の患者が1996年43万3,000人,1999年に44万1,000人とほぼ横ばい,2002年から71万1,000人と急増し,2008年では104万1,000人に達したと発表された。10年足らずで2.4倍に急増したとして注目されている。

 また,世界保健機関(WHO)のGlobal Burden of Disease Report(2005年)によれば,すべての疾患を含めて計算した生活機能障害年数(years lived-with-disability;YLD)のうち,第1位31.7%が精神・神経疾患であった。上位5位までの構成は,①単極性大うつ病性障害(うつ病)(11.8%),②アルコール使用障害(3.3%),③統合失調症(2.8%),④双極性障害(躁うつ病)(2.4%),⑤認知症(1.6%)であった33)。①と④を併せた気分障害は,その症状だけではなく,就業・学校・家庭における生活の機能低下に甚大な影響を与えていることがわかった。

気分障害の死後脳研究

著者: 楯林義孝 ,   林義剛

ページ範囲:P.393 - P.401

はじめに

 先般,新しいDSM-5のドラフトがアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association;APA)のホームページに公表された。結果的には,カテゴリー診断かディメンション診断かという二者択一ではなく,両者を併存させる方向で調整しているようである。つまり,専門家レビューにおいてどちらかの診断法を支持する,決定的な科学的根拠は見いだせなかったということになる。

 近年,スコットランドの統合失調症多発家系の遺伝学的解析により,統合失調症リスク遺伝子としてDISC1(Disrupted in schizophrenia 1)が報告された。DISC1は統合失調症と強く関係している遺伝子として注目されているが,このスコットランドの家系には統合失調症以外にも単極性の大うつ病や双極性障害,その他の精神疾患が混在している30)。つまり,この家系内には,同じ変異を持ちながら,Kraepelinの二分法をまたいだ異なる表現型を持つ同胞が存在する。加えて変異があるのに未発症の家族もいる。遺伝子を重視すれば,二分法(カテゴリー診断)は何かがおかしいということになり,カテゴリー診断(表現型)を重視すれば,遺伝子の関与は小さいということも可能であろう。一方,昨年,3つの研究グループが独立に,ゲノムワイドの全遺伝子解析を行い,Natureに結果を公表した。統合失調症と双極性障害で共通の傾向は認めるものの,特定の遺伝子配列の違いによって発症する精神疾患はなく,唯一可能性のあるものは,複数の(効果の小さい)遺伝子の組み合わせでないかという結論であった。

 特定配列の関与が小さいのであれば,環境因子などによって遺伝子に後天的な修飾が起こり,その発現が制御されるエピジェネティックスが最も重要ではないかという考え方が出ている26)。たとえばDISC1の変異があったとしても,胎生期・養育期の環境要因によって,その後の遺伝子発現調整が変わり,統合失調症,双極性障害,大うつ病,あるいは未発症などの表現型になる可能性がある。それが正しいなら,効果の小さい遺伝子変異(スニップ)では,より環境因子が重要となる。従来,配列ベースの遺伝的関与が前提で議論されていた状況を考えると,大きな方向転換といえる。

 注目すべきは,Natureの3論文で発見された6p22.1の染色体領域と統合失調症,双極性障害との相関である20,28,32)。6p22.1は,主要組織適合遺伝子複合体(MHC)という免疫反応に必要な数百個の遺伝子情報を含む大きな領域で,個々のスニップの関与は小さいものの複数のMHC遺伝子上にスニップが同定され,結果的に同領域に最も強いピークが出た。MHC分子は細胞表面に存在する細胞膜貫通型糖タンパク分子であり,細胞に感染したウイルスや癌抗原,あるいは抗原提示細胞に貪食処理されたペプチドなどがMHC分子に結合して細胞表面に提示され,免疫反応が惹起される。MHC分子は中枢には発現しないため8),その意義については不明であるが,1つの可能性として胎生期や幼児期(場合によっては青年期)のなんらかの特定の感染性疾患が環境因子の1つとして重要であるのかもしれない。遺伝子の傾向によって,特定の環境要因に対して脆弱になり,それにより環境負荷に対応できなかった個人が発症するのではないかという,癌に似た発症メカニズムが精神疾患でも想定できるのかもしれない。

 しかし,このような議論をいくら煮詰めていっても,最終的には「表現型(カテゴリー診断)を規定している生物学的異常は何なのか?」という命題に帰着してしまう。この命題は,結局,Kraepelin以来続いている根本的な命題(病態特異的な脳病理の解明)であり,解剖学者でもあったKraepelinは,結局,二分法を説明する解剖学的異常を見つけられなかった。その後も,精神疾患の神経病理学では特異性のある異常が発見されず,精神医学研究者の“墓場”となり,疾病分類学(ノソロジー)に至っては今日でも混迷を続けている。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ【新連載】

仮性痴呆(認知症)

著者: 前田潔 ,   山本泰司 ,   長谷川典子

ページ範囲:P.402 - P.404

はじめに

 仮性痴呆(認知症)pseudodementiaとは認知症に類似した臨床像で,器質的疾患で引き起こされたものではないものをいう。うつ病に最も多くみられることから,うつ病性仮性痴呆(認知症)が最もよく知られていた。同時にガンザー症候群(Ganser's syndrome)も仮性痴呆(認知症)としてよく知られていたが,近年はまれとなり,また人口の高齢化から認知症が関心を集めていることもあって,今では仮性痴呆(認知症)といえば(うつ病性)仮性認知症を意味することが多い。

 本項では最初にGanser症候群について簡単に紹介し,次いでうつ病性仮性痴呆(認知症)について述べ,最後に,最近のうつ病性障害と認知症の関連性について触れてみる。なお,歴史的には仮性痴呆といわれてきたが,2004年の厚生労働省の通達以来,痴呆は認知症と置き換えられ,認知症という言葉は仮性認知症を含め定着している。そこでこれ以降は,仮性認知症という言葉を使うこととする。

「精神医学」への手紙

「摂食障害患者の血漿脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)濃度」へのコメント―心不全の病態生理の観点から

著者: 石川博康

ページ範囲:P.407 - P.407

 中井による摂食障害患者のBNP濃度に関する報告(本誌52巻11号)を興味深く拝読した。中井の報告は心不全,特に心室負荷の指標であるBNPに注目し,体格指数(BMI)と相関すること,神経性食欲不振症(AN)制限型で異常高値を示す割合が高いことを示した。129症例の積み重ねから導いた貴重な知見であり,AN患者で心不全の合併がまれでないこと,さらにはAN患者の心不全がrefeeding syndrome1)に関連して議論されがちであるが,「refeeding」とは無関係に心不全を生じている可能性も示唆している。そのうえで,入院を要する重症者については別に検討が必要との指摘があった点,心不全を来す機序については十分言及されていない点について,小生らの入院症例の報告が寄与するところがあると考えて寄稿した。

 自験例2)は21歳女性のANで,入院時BMIは12.7kg/m2,BNP値は990pg/mlであった。心不全は比較的まれな高心拍出型で心嚢液貯留を伴っており,原因疾患として脚気心が疑われた。ビタミンB1欠乏の証明が不十分で確定診断に至らなかったが,短期間で改善した臨床経過も脚気心を強く示唆するものであった。他にも山本らのANの入院症例の報告3)があり,BMIとBNPはそれぞれ14.4kg/m2,52pg/mlであり,心嚢液貯留に伴う左室拡張障害が心不全の原因と推定された。

動き

「第15回日本神経精神医学会」印象記

著者: 大東祥孝

ページ範囲:P.408 - P.408

 2010年12月3,4日と,順天堂大学医学部有山記念講堂において,精神医学講座の新井平伊教授の主宰のもとに,第15回日本神経精神医学会が開催された。私はこの学会には,2003年に愛媛で行われた第8回から参加させていただいている。その時は故田邉敬貴教授の主宰で,確か私はカプグラ症状関連の講演をさせていただいた記憶があるが,当時の出席者は,器質性精神疾患に関心を寄せる精神科医が中心であったように記憶する。第12回になっておそらくはじめて,神経内科医である東京女子医科大学の岩田誠教授が会長をされ,しかもワークショップで「解離性健忘」が取り上げられたことが強く印象に残っている。そうした流れがあって,今回会長の新井教授は,「本学会は,認知や行動の面に関心を寄せる神経内科医と器質性精神障害に関心を寄せる精神科医が,お互いの専門性に依拠しつつ自由にクロストークし,活発な情報交換を行う大変貴重な場」という見事な位置づけをされている。少なくともここ数回のこの学会に参加していると,まさに新井教授の言がそのまま体現されていて,大変に楽しく,知的好奇心を強く刺激される得難い学会であることを痛感する。それほど参加者が多くはないことも幸いして,ポスター以外の口演はすべて1つの会場で行われるので,関心を共有する同僚諸氏と,2日間,ずっと共通のテーマを対象に議論ができることが,この学会をいっそう魅力あるものにしている。率直にいって最近では,私にとってもっとも熱心にコミットできる数少ない会合の1つである。今回は新井教授の,優秀ポスター賞や症例発表への感謝状など,心憎い配慮もあって,いっそうの盛り上がりをみせた。

 精神科と神経内科の接点の1つである「せん妄」をめぐるワークショップ,理論的側面の深まりが大きかった「神経精神症状の生物学的基盤」と,最先端の情報に教えられるところの大きかった「見えてきた新治療による介入」という魅力ある2つのシンポジウムもさることながら,この学会の得難い醍醐味は,とりわけ時間をかけた症例検討にある,といってよい。それも,共通の症候論的認識を確認したうえで,行動神経学,神経心理学,神経病理学,認知症などを得意とする日本のリーダーといってよい方々が,熱い議論を戦わすのである。おもしろくないわけがない。こうして若手の面々もベテランの域に達している先生方も,同じ土俵で症例検討をすることになる。そもそも神経内科医と精神科医が,これほどに高い水準で議論しあう学会というのは,私の知る限り,他にはないと思う。今回もまことに充実した2日間であった。

書評

―加藤 敏 著―人の絆の病理と再生―臨床哲学の展開

著者: 井原裕

ページ範囲:P.409 - P.409

 精神病理学の課題は,究極において,「人間とは何か」という問いに,臨床的観点から解答を与えることにある。それは,神経科学の侍女でも,精神療法の技術論でもない。精神病理学は,学祖たる西丸四方,島崎敏樹,村上仁以来,広範な人間学的関心の上に進められてきた。島崎の「人格の病」が『思想』に掲載されたように,学の出発からして思想的なものへの志向性を有していた。「哲学と精神医学」あるいは「人間学と精神医学」のテーマは,精神病理学のレゾン・デートルそのものである。

 本書の著者は,学生時代から哲学に傾倒。独仏の文献を渉猟したデビュー論文「哲学と精神医学」(加藤敏,宮本忠雄:精神医学23:748-767,1981)を本誌に寄稿したときは,まだ32歳の青年であった。2年後,「『自己-事物-他者』の三項関係から見た分裂病」(臨精病理 4:57-78,1983)を発表。現象学の基本概念「パースペクティブ」を精神病理諸症状において論じた。以来,著者は,デビュー以来のテーマを一貫して追求。今や,安永浩,木村敏,中井久夫といった‘great thinker’の系譜を引き継ぐ存在である。

―冨岡詔子,小林正義 編―作業療法学全書(改訂第3版)第5巻「作業治療学2 精神障害」

著者: 野中猛

ページ範囲:P.410 - P.410

 日本作業療法士協会が企画・編集した「作業療法学全書」シリーズの中の1冊であり,「作業治療学2 精神障害」と名づけられている。わが国の作業療法学および作業療法実践を支え,作業療法士の育成に一生を賭している方々の記述であると思うと,読むにも身が引きしまる。とはいっても,養成校や大学の学生を読者の対象としているので,項目は厳選され,内容は平易に表現されている。作業療法や作業療法士の世界を知る目的で読むことも可能であろう。ひとつの職種を統括する協会が編集しているのだから,作業療法士自身が大切にする理念や理論がここに結実している。

 わが国で理学療法士・作業療法士が誕生した1965年頃に,「作業療法」の教科書はWillard & Spackmanであり,教育の一部は英語で行われていた。日本の作業療法学が体系づくられたのが1990年,次いで1999年に改訂版を出し,今回2010年は第3改訂版となっている。

学会告知板

平成23年度アルコール・薬物依存関連学会合同学術総会(J-ANDAC 2011)

ページ範囲:P.328 - P.328

会期 2011年10月13日(木)~15日(土)

会場 愛知県産業労働センター(名古屋市中村区名駅4丁目4-38)

Worldsleep2011-New Horizon of Sleep Research for Our Planet

ページ範囲:P.337 - P.337

会期 2011年10月16日(日)~20日(木)

   ※日本睡眠学会第36回定期学術集会併催(10月15日(土),16日(日))

会場 国立京都国際会館(京都市左京区宝ヶ池) ☎ 075-705-1234

うつ病リワーク研究会 医療従事者向け研修会のお知らせ

ページ範囲:P.346 - P.346

日時 2011年4月23日(土) 11:00~16:25

会場 名古屋大学医学部(愛知県名古屋市)

第8回日本うつ病学会総会(大阪)

ページ範囲:P.349 - P.349

会期 2011年7月1日(金),2日(土)

会場 大阪国際交流センター(〠543-0001 大阪市天王寺区上本町8-2-6)

   ☎ 06-6772-5931  Fax 06-6772-7600

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次号予告

ページ範囲:P.354 - P.354

投稿規定

ページ範囲:P.411 - P.412

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.413 - P.413

編集後記

著者:

ページ範囲:P.414 - P.414

 厚生労働省は「患者調査」をベースに数年ごとに患者数の推計を発表している。精神疾患では気分(感情)障害が1999(平成11)年以降非常な勢いで増え続け,2008(平成20)年には105万人に達した。約80万人の統合失調症などを抜いて第1位で,今や国民的病気である。本誌「シンポジウム:気分障害の生物学的研究の最新動向」では,さまざまな角度からこの気分障害をめぐる議論がなされている。

 増え続ける気分障害,特に最近の非定型な病像を示すうつ病については,その診断的位置づけや適切な治療方法についてまだまだ定まっていないようである。そもそも疾患の診断にあたっては,臨床単位が同定でき,病因が判明あるいは示唆され,臨床経過と転帰が予測でき,適切な治療と管理がわかっていることが理想とされるが,気分障害については,基礎研究の進歩や治療方法の拡大とともに,ますます議論が盛んになっている。本誌の「シンポジウム」では,病因・病態,診断,検査などについて最新の情報を提供していただいている。また,近年なぜうつ病診断が増えたのか,診断基準の問題か,新たな治療法の導入の影響か,社会文化的影響はどうかといったことも幅広く論じていただいている。米国精神医学会によるDSM改定を控え,気分障害の診療のベースにある考え方をまとめていくうえで絶好の内容であった。執筆の労を取られた先生方に感謝したい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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