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雑誌目次

論文

精神医学53巻5号

2011年05月発行

雑誌目次

巻頭言

認知療法・認知行動療法とコップの水

著者: 大野裕

ページ範囲:P.418 - P.419

 2011年4月1日に国立精神・神経医療研究センターに認知行動療法センターが開設され,私もこれからそこで研修や研究に携わることになりました。そこで本稿では,認知療法に対する誤解について若干触れることにします。

 認知の偏りと修正というときによく「コップの水」のたとえが使われます。「コップに水が半分入っている……」という,あれです。「コップの水が半分しか入っていないと考えると,つらくなる。逆に,半分も入っていると考えると楽になる。だから,半分も入っていると考えるようにする」。

特集 成人てんかんの国際分類と医療の現状

成人てんかんの精神科診療の現状と問題―ICD-10診断分類の改訂に向けて

著者: 佐藤光源 ,   森本清

ページ範囲:P.421 - P.422

 てんかんは全年齢にみられる代表的な精神神経疾患の1つで,なかでも成人てんかんはこれまで主に精神神経科の対象疾患であった。大学病院や総合病院では精神科医がてんかん患者の主治医になり,てんかんや臨床脳波の医学教育だけでなく,てんかんの病態や治療をめぐる臨床・基礎的な研究もその役割を担ってきた。そして現在もてんかんは医療・福祉行政において精神科医療に位置づけられており,障害者自立支援や障害年金などの診断書の発行も精神科医の業務である。ところが近年,精神科医のてんかん離れが進み,第44回日本てんかん学会(2010,岡山)では,成人てんかんとその精神・行動障害の治療で関連診療科と精神科間の診療連携に支障を生じていることがクローズアップされ,一般の精神科医にてんかん診療のレベル向上が求められた。

 こうした精神科医のてんかん離れは,てんかんを対象とする医学領域の専門分化(小児神経学,精神医学,神経内科学,脳神経外科学)や神経精神医学のダイコトミー(精神神経科と神経内科の二極化)が進んだことや,日本てんかん学会による専門医制度の実施など,いくつもの要因が関与している。とりわけ,わが国の精神神経科医が重視しているのは,国際疾病分類の第10版(ICD-10,1992)の「Ⅴ:精神・行動の障害」からてんかんが除外され,「Ⅵ:神経系の疾患」に分類されたことである。厚生労働省はこの国際疾病分類を採用し,精神保健福祉法も精神障害をICD-10「Ⅴ:精神・行動の障害」と規定しており,てんかんは精神障害には含まれていない。同様の分類は,DSM-Ⅲ(1980)が先行している。こうした分類は,統計学的な疾病分類での有用性は別として,病因・病態を踏まえたてんかん医療や障害特性を理解した保健福祉活動に混乱を生じさせ,それが診療科連携に支障を来す大きな要因である可能性がある。ICD-10の改訂作業が進められている現在,成人てんかんとその精神症状・行動障害に精神科医はどうかかわるべきか見直し,改訂に向けた具体的な提案を含めて検討する必要がある。

てんかんと精神医学―てんかん学・てんかん医療の新たなあり方を考える

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.423 - P.435

はじめに

 ある疾患について,その病気をどこの診療科が診るか,といった疾患の帰属が折に触れて問題にされてきた。たとえば精神科領域でいえば,認知症が然り,神経症も他の領域に拡散を続け,果てはうつ病でさえ辺縁領域との間で,どこの診療科がみるべきかという議論がある。その背景には,やがては自分たちの診療領域が少なくなり,専門領域に対するアイデンティティが持てなくなるという危機感が存在することが1つの理由であると思われる。

 しかし,医学の進歩発展に伴い,従来の分類や棲み分けが変わるといった状況はいつの時代にもあったし,特に最近のように学問や診療のあり方が急速に変化している時代では,それほど珍しいこととは思われない。そのよい例が,内視鏡やカテーテルの改良,技術の進歩によって,さまざまな手術が内視鏡下に行われるようになり,これまでのような外科か,内科かといった棲み分けがあいまいとなり,内科医が積極的に内視鏡下に手術的操作を行うようになったことを挙げることができよう。このように学問や診療の進歩発展に伴い,関与する診療科に変化が生じることは自然の成り行きともいえよう。

 そのことはてんかんの医療についても同様であり,すでに別のところで論じたように,新しい時代に合ったてんかんの医学・医療が行われるべきと考えている48)

 本稿では,わが国におけるてんかんの医学・医療の歴史をたどりながら,主として精神医学的立場からてんかん医療の抱える課題を明らかにし,新しい時代を迎えたてんかん学・医療はどうあるべきか,精神医学に何が求められているかについて考えてみたい。

てんかんの精神・行動障害と国際分類

著者: 松浦雅人 ,  

ページ範囲:P.437 - P.446

はじめに

 世界保健機関(World Health Organization, WHO)は,医療資源の少ない国でも正確な診断を可能にするような国際疾病分類(International Classification of Diseases, ICD)の改訂作業を進めており,新しいICD-11「精神および行動の障害」診断ガイドラインを2014年以降に導入する予定である。現在のICD-10 43)は細分類を追求するあまり,利用者側の観点が犠牲にされたとの反省があり,医療従事者だけでなく,患者やその家族にとっても使い勝手のよいものに簡略化する予定であるという。わが国では行政や保険業務,疾病統計などでICDを使用することになっており,ICD-11への改訂の影響はきわめて大きい。

 一方,アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association, APA)で作成している「精神疾患の分類と診断の手引き」(Diagnostic and Statistical Manual, DSM)は,主要な雑誌に掲載される精神医学の研究論文ではICDよりもはるかに多く使用されている。現在のDSM-Ⅳ3)とICD-10の不一致は精神医学研究の混乱の原因となっており,1999年より開始されたDSM改訂作業はWHOも参加して進められている。2010年2月には改訂草案がウェブ上で公開され,2013年には新しいDSM-5を出版する予定であるという。

 国際抗てんかん連盟(International League against Epilepsy, ILAE)では1981年にてんかん発作の国際分類6),1989年にはてんかん症候群分類7),そして2007年にはてんかんに合併する神経精神障害の分類試案21)を公表した。その中には,てんかんに特異的な精神・行動障害のカテゴリーも提案されている。しかし,ICDやDSMとの整合性は考慮されておらず,てんかん特異的障害の妥当性をめぐるその後の議論も十分でないように思われる。表1には精神・行動障害とてんかんの国際分類に関して,これまでの経緯をまとめた。本稿ではてんかんにみられる精神・行動障害,とりわけてんかんに特異的な精神・行動障害分類についての現状を報告する。

てんかんの精神・行動の障害とICD-11,DSM-5

著者: 丸田敏雅 ,   松本ちひろ ,   飯森眞喜雄

ページ範囲:P.447 - P.450

はじめに

 世界保健機関(WHO)が,第10回国際疾病分類(ICD-10)14)を刊行してからすでに20年近くが過ぎており,現在その改訂作業が行われつつある。また,米国精神医学会(American Psychiatric Association;APA)も「精神疾患の診断・統計マニュアル,第5版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,Fifth Edition;DSM-5)の改訂作業を準備中である。

 本稿では,まず,ICD-8およびDSM-Ⅰ以降のてんかんの精神症状の分類を概説し,ICD-11やDSM-5でこれがどのように分類される可能性があるのかについて考察する。

精神科におけるてんかん治療の最前線

著者: 渡辺雅子 ,   渡辺裕貴

ページ範囲:P.453 - P.459

 現在,てんかんはICD-10では神経疾患(G40)に分類されており,成人期の薬物療法は神経内科で行うのが国際的な主流である。しかし,てんかん患者はさまざまな精神症状を合併することがあり,そのためにかつては精神疾患として扱われ,精神科が主体となって治療を行っていたのも事実である。疾病分類が変わった今でも精神症状の合併するてんかん患者がいることに変わりはなく,それらの患者が精神症状ゆえに神経内科や脳神経外科からはじき出された時には精神科が治療者となるべき役目を負っている。

 現在は神経内科や脳神経外科を受診する患者が増えたために,精神科医がてんかんの臨床経験を積む機会が激減している。このため,十分な臨床経験や知識を積む機会を得られないまま,いきなり重症のてんかん患者に向き合わねばならない精神科医も多いと想像される。

てんかんにおける医療連携

著者: 井上有史

ページ範囲:P.461 - P.467

はじめに

 国際機関(国際抗てんかん連盟,国際てんかん協会)によるてんかんの定義は次のようである。「てんかんとは,てんかん発作を発生し続ける状態と,その神経生物学的,認知的,心理的,社会的な帰結によって特徴づけられる脳の障害である」2)。すべての疾病がなんらかの心理的・社会的帰結を有し得るものの,てんかんにおいてはその重要性が強調されている。

 てんかんの影響は3つの次元で考えることができる。1つは脳への影響である。脳内におけるてんかんの影響は静的staticあるいは動的dynamicであり得る。静的とは限局した脳領域のみが疾病に関与し,他の脳領域への影響がほとんどない場合である。たとえば部分感覚運動発作のみを呈する頂頭葉てんかんではこのような場合がある。しかし,てんかんはしばしば他の脳領域や脳機能に動的な影響を及ぼす。たとえば難治側頭葉てんかんの患者では,記憶成績のみならず前頭葉機能のスコアも経年的に低下あるいは停滞することが多い4)。さらに神経学的状態や認知に進行性の変化が生じる場合もある。また,抗てんかん薬にも認知への影響があり得る。

 2つ目は身体への影響である。てんかんそのもの,てんかんの背景疾患あるいは抗てんかん薬が身体に影響し得る。たとえば生殖器官,骨代謝,心血管への影響,突然死,外傷,あるいは抗てんかん薬による美容への影響なども含まれる。

 3つ目はより一般的な生活への影響である。ほとんど影響のない場合もあるが,自己イメージの低下,偏見,家族関係における葛藤,コミュニケーションの障害,性や結婚の問題,教育や雇用における問題,運転や余暇への影響もあろう。また精神医学的障害の併存率も高いことが知られている。これらの心理社会的問題は発作と相俟って患者の生活を脅かしている。

 これらの3つの次元をさらに複雑に修飾しているのが,発症年齢の多様性である。てんかんは,ピークは乳児期と高齢期にありながらも全年齢にわたって発症し,その多くは長期間の罹病となる。したがって,脳,身体,生活面への影響はいずれも年齢によって大きくその程度と様態が異なる。

 てんかんの主症状はてんかん発作であり,発作の存在が多くの併存障害の背景にあるので,発作の完全な消失(頻度の減少ではない!)が治療の最も重要な目標であるのはいうまでもないが,発作が消失しても問題はまだ残っており,また発作抑制の困難な約2~3割の患者についてはさらに問題は錯綜・複雑化している。てんかんの医療はこれらの諸側面を考慮に入れながら,必要な治療・サポートを提供しなければならない。しかし,これは単に一医師,一診療科のみでできることではなく,また多くの場合複数の医療機関がかかわることになる。さらに,医療の枠を超えた福祉・教育・行政との連携も必要である。本稿では,このてんかんの医療連携の範囲,問題点,対策について論じる。

てんかんにみられる精神症状とその治療

著者: 千葉茂

ページ範囲:P.469 - P.477

はじめに

 てんかん患者における精神障害の出現頻度は,報告者によって19~80%と差がある7)。わが国の疫学研究27)によれば,てんかん患者の42%に精神遅滞や人格障害を含めた広義の精神障害(ICD-10)がみられた。また,てんかん患者の23%に狭義の精神障害(ICD-10)が認められ,その内訳は,神経症性障害(F4)8%,統合失調症(F2)7%,気分(感情)障害(F3)1%などであった。このように,てんかん患者では,種々の精神障害が高率にみられることを念頭に置く必要がある5,7)

 本稿では,まずてんかんにみられる精神症状の要因を述べ,次に,主要な精神症状を,その出現時期から分類し,それぞれの臨床的特徴とその治療について概説する7)。最後に,本テーマにかかわるてんかん学と精神医学の今後の課題について述べる。

精神科におけるてんかん医療の向上を目指して

著者: 松岡洋夫

ページ範囲:P.479 - P.486

はじめに

 精神疾患の病態解明が進み治療法が向上するにつれて,高度の専門的知識と治療技術が要求される分野が増え,学会認定の専門医が誕生することは,患者にとって好ましいことである。しかし,専門医制度だけが一人歩きすると,その領域に関する一般医の関心は薄れ,適切な初期対応すらできないということになりかねない。これに輪をかけて,専門医が減少するといよいよ患者が治療自体を受けられなくなる状況に陥る。いくつかの専門領域では,専門医が少ないために新患受診が数か月先ということも聞かれ,急を要する疾患の場合はきわめて深刻な事態である。精神科におけるてんかん診療に関しても危機的である。

 てんかんは学際的な領域で,診療に関しては小児科,脳神経外科,神経内科,精神科などがかかわっており,日本てんかん学会の認定医制度は1999年に制定された。現在,てんかん学会認定の専門医のうち60%程度は小児科医(約200名)であるが,精神科医は約20%(約70名)で各県に数名しかおらず,不在の県も10数県ある。かつては本邦の特殊事情もあり,てんかんを専門とする精神科医はかなりおり,てんかん発作の治療のみならず精神科的な問題への対応も不足なく行われていたように思える。しかし,近年では,てんかんを専門とする精神科医が不足しているせいか,小児発症のてんかんは小児科医が“キャリーオーバー”として成人以後も診療を続けることが増え,一方で,成人発症のてんかん患者は精神科ではなく神経内科を受診するようになってきた。しかし,2011年1月時点で,てんかん認定医を取得している神経内科医は全国で20数名しかいない。もちろん,てんかん認定医でなくともてんかん治療に関するある程度の治療能力を持っていれば十分であろうが,てんかん分類やてんかん発作分類が正確に診断され適切な治療が行われているとは言い難い状況に思える。なお,2010年に日本神経学会において,てんかんの治療ガイドラインが刊行され26),てんかん診療に対する神経内科の意識の高まりがうかがえる。

 てんかんの外科手術の技術が進展し,外科治療によって完治に至る例も増えているが,手術適応になるのはてんかん患者のごく一部であり,大半は,症状の軽重は多様だが慢性経過をたどる疾患である。このため他の慢性疾患と同様に,学業,仕事をはじめとした患者の生活全般における生活の質(QOL)の維持,向上も常に治療目標に含めなければならない。そして,何といっても重要なことは,てんかんにおいては精神や行動の変化の出現頻度が高いことである16)。たとえば,精神病症状だけを取り上げても一般集団の3倍近くの危険率が報告されている27)。そして,これが単に慢性疾患が一般的に持ち得る精神科的問題だけではなく,てんかんという病態自体が精神症状を惹起しやすい特性を持っているという点が重要ある。2007年に国際抗てんかん連盟(International League Against Epilepsy, ILAE)の精神生物学委員会は,てんかんの神経精神障害の分類を提案した18)。そこでは,“てんかん特異的な障害”を特定して,世界保健機関による国際疾病分類(International Classification of Diseases, ICD)に含めようという意図がある。ICDは学術的影響力だけではなく我々の日常診療にも大きな影響力を持っており,“てんかん特異的な障害”が規定されることはてんかん医療を向上させる原動力ともなり得るだろう。

 本稿では,精神科におけるてんかん医療の向上を目指して,特に医学教育や研修の立場から今後のあるべき方向性を考察してみたい。最初に,ILAEのてんかんの神経精神症状に関する国際分類案について教育的観点から簡単にふれる。さらにそれを踏まえて,精神科が目指す臨床的,学術的な視点に関する筆者の考えを述べたい。本稿はこれまでの筆者の拙稿20~24)を中心にまとめたものである。

研究と報告

Birleson自己記入式抑うつ評価尺度(DSRS-C)短縮版の作成

著者: 並川努 ,   谷伊織 ,   脇田貴文 ,   熊谷龍一 ,   中根愛 ,   野口裕之 ,   辻井正次

ページ範囲:P.489 - P.496

抄録

 最近わが国でも子どもの抑うつが注目され,子どもを対象にした抑うつに関する調査も行われている。しかしながら,子どもを対象にした調査を行う場合は,項目数を減らすなど,回答者に対する負担をできる限り少なくする配慮が必要である。そこで本研究では,小学校3年生から中学校2年生までの4,683名を対象に回答データを得て,子ども用の抑うつ尺度であるDSRS-Cの短縮版を作成し,その性能について検討した。まず,IRT分析をもとに,短縮版の項目として9項目を選択した。次に,短縮版の信頼性および因子的妥当性,構成概念妥当性について検討した。その結果,実用水準で十分な信頼性・妥当性を持つことが示され,本研究において作成された短縮版は,必要に応じてオリジナル版に替えて利用できることが示された。

資料

新旧卒後臨床研修制度の外来教育に対する若手精神科医の意識調査―外来診療開始までの陪席期間について

著者: 中前貴 ,   猪狩圭介 ,   上原久美 ,   加藤隆弘 ,   田中徹平 ,   中野和歌子 ,   松本良平

ページ範囲:P.497 - P.502

はじめに

 精神科卒後教育は,世界各国によってさまざまであることが報告されており7),本邦においても2004年4月から新医師臨床研修制度が始まり,徐々にその現状や課題が報告され始めている1~3,6)。新医師臨床研修制度では,2年間の卒後臨床研修が義務づけられ,その後精神科の後期研修に入っていくことになるが,新旧卒後研修制度における最大の違いは,従来のストレート研修においては,精神科医1年目が医師としても1年目である一方で,新医師臨床研修制度においては,精神科医1年目は医師としては3年目にあたることではないかと考えられる。

 我々は,新医師臨床研修制度の後期研修においては,精神科医としての経験が浅いにもかかわらず,医師としての経験が長いことを過剰に評価され,十分な精神科教育を施されないうちに,早期から即戦力として診療を任される傾向があるのではないかと考えた。さらに,このことは,特に外来教育において,外来陪席の期間や,どの時期から外来診療を任せるかといった事柄に表れるのではないかと仮説を立て,外来教育に関して,外来診療開始時期,外来陪席期間とその充足度,外来陪席体制について,若手精神科医を対象とした多施設アンケート調査を行った。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

通過症候群

著者: 原田憲一

ページ範囲:P.503 - P.505

概念

 通過症候群とは,ドイツErlangen大学のWieck, Hans Heinrichが1956年の論文5)で,Durchgangs-Syndromと名付けて提唱したことに始まる。それは「意識混濁のない,回復可能な外因性精神病像」である。彼は脳挫傷の患者が意識喪失の状態から次第に回復していく過程で,もはや意識混濁は認められず情動障害や健忘症候群のみを示す時期があることに注目し,「通過時期の症候群Syndrome des Durchgangsstadiums」と呼んだ。

 通過症候群はいわゆる「症候群」ではない。Wieck自身,通過症候群という名称が概念であって「症状ないし症候群」の名前ではないこと,「状態形式Zustandform」であって「現象像Erscheinungbild」ではないことを繰り返し強調している6)

「精神医学」への手紙

有痛性血管脂肪腫を心気妄想と誤診するところであった

著者: 山口成良

ページ範囲:P.507 - P.507

 〈症例〉 中国国籍の学生が,X年10月私の勤務している病院を受診した。診察はすべて英語で行った。主訴を問うたところ,「腹部にピンが入っているから取ってほしい」との訴えであった。この主訴を聞いてびっくりした。当院は精神科病院で外科がないのに,なぜ受診したのか不思議であった。腹部を視診したところ,右中腹部を指して,この辺にピンが入っているという。外部から傷口が見えないが,痛みを感ずるという。X線検査をしたが,本人の訴えるピンは腹部に認められないので総合病院へ紹介してよいか問うたところ,そうしてほしいというので,診療情報提供書を書いた。後日,K大学附属病院皮膚科から,「触診上明らかに圧痛を示す部位がありましたがはっきりとした腫瘤は触れませんでした。しかし,腹部エコーをしたところ筋膜上に母指頭大の腫瘤を認めました。ご本人は手術を希望されたため局所麻酔下に切除したところ,組織は血管脂肪腫でした」という報告書がきて,さらにびっくりした。皮膚科の素養がなかったため,もう少しで心気妄想と誤診するところであった。

 考察 坂本2)によれば,有痛性皮膚腫瘍としては,その頭文字をとり,“ANGEL”として,A=angiolipoma(血管脂肪腫),angioleiomyoma(血管平滑筋腫),angioblastoma Nakagawa(血管芽細胞腫(中川)),N=neurilemmoma(神経鞘腫),neuroma(神経腫),G=glomus tumor(グロムス腫瘍),granular cell tumor(顆粒細胞腫),E=eccrine spiroadenoma(エックリン螺旋腫),L=leiomyoma(平滑筋腫)が広く知られているという。また,Naversenら1)により,LEND AN EGG”とも呼称されている。坂本は,血管脂肪腫では,圧痛は25~60%の症例にみられるが,自発痛は少なく,思春期以降の男性に好発すると記載している。

「若年性」という用語について―新井氏の「精神医学への手紙」(本誌52巻12号)へのお手紙

著者: 柏瀬宏隆

ページ範囲:P.508 - P.508

 日本老年精神医学会の理事長である新井氏1)のような責任のあるご高名な方から筆者2)の「手紙」に対して早々に「お返事」をいただけたことに,まずは感謝の意を表したい。

 筆者の「手紙」は「タイムリーで非常に重要である」,筆者の指摘は「喫緊の課題である」と評価していただいているが,氏は筆者の意見とは異なって氏自身の考え方を披歴している。

「若年性」に関する柏瀬先生のご質問に答えて

著者: 新井平伊

ページ範囲:P.509 - P.509

 この欄で以前からご交誼いただく柏瀬先生と学問的交流ができることを編集委員会に感謝します。私見としては,英語訳はyounger patients with dementiaで,40歳未満の認知症こそがjuvenile typeと思いますが,まだこの適切な和訳は思い浮かびません。

 しかし,国際老年精神医学会やWHO(世界保健機関)でも検討されていること,また改訂予定の新DSM分類では「dementia」が別称になること,さらには疾患特異的リガンドを用いたPET検査により神経変性疾患の分類が組み替えられる可能性すらあることを考慮すると,喫緊の課題ながら医学的解決はもう少し待っていただけたらと願います。その間,メディアなどではよりわかりやすく印象に残るものが一般用語として使われていくのでしょう。

書評

―広沢正孝 著―成人の高機能広汎性発達障害とアスペルガー症候群―社会に生きる彼らの精神行動特性

著者: 阿部隆明

ページ範囲:P.510 - P.510

水先案内となる格好の1冊

 1980年代初頭にWingによって提唱されたアスペルガー症候群という名称や,高機能広汎性発達障害,自閉症スペクトラム障害といった用語は,わが国でもこの10年で瞬く間に人口に膾炙するようになった。当初は児童精神医学の領域で起きた現象は,当事者たちの手記の相次ぐ公開をも促し,通常の生活を送っている成人にも定型発達とは異なる認知・行動パターンがあるという理解は進んだように見える。とはいえ,高機能広汎性発達障害といわれても,実際にこれを診察したことのない,あるいはこれに気づかなかった一般の精神科医にはイメージがわかない面があった。

 なるほど最近では,特にアスペルガー症候群を中心とした高機能広汎性発達障害に関して,精神医学の雑誌で次々に特集が組まれてはいる。しかしながら,いずれも啓発的な解説や症例報告が中心であり,しかも児童精神医学の立場からのものも多く,成人を対象とする一般精神科医の心にはいまひとつ響いていない感があった。発達障害も高機能になればなるほど,また成人になればなるほど,その特性が見えづらくなるためである。こうした事情を踏まえると,本書は統合失調症をはじめとした成人の精神病理に精通した著者が成人の高機能広汎性発達障害を論じている点で特筆に値する。

―星川啓慈,松田真理子 著―統合失調症と宗教―医療心理学とウィトゲンシュタイン

著者: 小林聡幸

ページ範囲:P.511 - P.511

 臨床実習の学生に英語で「精神医学」は何かと問うと,十中八九「サイコロジー」といわれてしまうのだが,精神科医にとって心理学は意外に縁遠く,臨床心理学の松田真理子氏が『統合失調症のヌミノース体験』(創元社)なる書を上梓されているのも評者は知らなかった。本書はその松田氏と宗教哲学・言語哲学の星川啓慈氏が,おのおの3編ずつの論文を持ち寄り,おおむね交互に並べて,論文と論文の間を両者の対談でつなぐというきわめて特異な形態で綴った書である。評者はたまたま本書を都内の大手書店で見つけたが,「統合失調症」「宗教」「ウィトゲンシュタイン」と三題噺だとしたら,あまりに形而上学的かつ刺激的なタイトルに思わず目をみはった。精神医学や心理学と宗教とのかかわりは古くはウィリアム・ジェイムズの『宗教的経験の諸相』やクルト・シュナイダーの『宗教精神病理学入門』が有名だが,やはりなかなか扱い難い領域なのだろう,まとまった著作は多くはない。そこで統合失調症と宗教を扱った本書は大変貴重と思われた。

 ところが,本書のテーマは「人間にとってリアリティとは何か」ということだという。これは全体を読んでも隔靴掻痒の感が否めないのだが,病的体験のリアリティや宗教体験のリアリティ,そしてある人にとってリアルであることが別の人にとってリアルでないということをどう架橋するのかといった問題意識のようだ。

―Bennett MR,Hacker PMS 著,河村 満 訳,山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集―《神経心理学コレクション》―脳を繙く―歴史でみる認知神経科学

著者: 酒井邦嘉

ページ範囲:P.512 - P.512

型破りな脳科学の入門書

 型破りな脳科学の入門書である。本の帯には,「脳研究の常識への挑戦状!」とある。確かに,原題の“History of Cognitive Neuroscience”(認知神経科学の歴史)からは想像もつかない,過激な本であると私も思う。それゆえ,類書にないおもしろさがこの本にはある。同時に,本気で自分の脳を使って,脳という奥深い書物を「繙く(ひもとく)」ことを読者に強要せずにはいられない本でもある。一読をお勧めしたい。

 本書の構想は,「脳科学全体にわたる主要な研究を網羅的に取り上げ,整理し,研究内容を歴史的に位置付け,批判的に考察する」というものである。その一方で,巷ではちょっと不思議にも思えるくらいもてはやされてきた用語である「ワーキング・メモリー(作動記憶)」に関してはたった1か所,「ミラー・ニューロン」に至っては全く記述や議論がみられない。どちらの概念に対しても,特に言語への安易な適用に対して常に懐疑的な私には,むしろこれは適切な判断であるといえるのであるが,もしもこれらの点について徹底的に議論してもらえたら,盲信されている概念に対する多くの誤解が解けたことであろう。

学会告知板

発達障害国際シンポジウム女木島2011 ADHDの新展開―壊れた脳内時計への対応

ページ範囲:P.435 - P.435

●高松プレシンポジウム:時間精神医学とADHD

日時 2011年7月8日(金) 18時30分~21時

会場 サンポートホール高松(JR高松駅前)

●女木島シンポジウム:ADHDと時間

日時 2011年7月9日(土) 10時30分~17時

会場 女木小学校体育館(高松市女木町:高松築港よりフェリー乗船20分)

日本「性とこころ」関連問題学会第3回学術研究大会

ページ範囲:P.505 - P.505

会期 2011年6月4日(土) 9:00~20:00

会場 ホテルメトロポリタン(東京都豊島区西池袋1-6-1)

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次号予告

ページ範囲:P.496 - P.496

投稿規定

ページ範囲:P.513 - P.514

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.515 - P.515

編集後記

著者:

ページ範囲:P.516 - P.516

 多くの精神疾患は,医療や医学の発展とともにさまざまなレベルで精神科医だけの手には負えないものになってきています。基礎医学との連携,臨床医学間の連携,多職種や福祉との連携などが,精神疾患の多くの領域で求められています。最近,話題になっている自殺対策や認知症対策を考えても精神科医だけでは完結しない状況がきていることは,容易に理解できます。たとえば,2007(平成19)年の自殺総合対策大綱の中でもうたわれているように,早期対応の中心的役割を果たす人材は,医療だけではなく職域,地域,学校と広範にまたがることは当然のことです。しかし,精神疾患の本質を最もよく知っている(べき)精神科医は,立場を代えていつの世でも医療・医学で重要な存在価値を持っていると信じたいところです。

 今回,特集として組んだ「成人てんかんの国際分類と医療の現状」の背景には深刻な臨床医学間の連携の課題などがあり,冒頭の佐藤・森本論文にその状況と問題点が簡潔にまとめられています。2015年完成を目指して現在行われているICD改訂作業の中で(丸田・松本・飯森論文),てんかんの行動障害や精神症状を正しく適切に位置づけして,精神科医の「てんかん離れ」に警鐘を鳴らしたいという思いがあります。2007年に国際抗てんかん連盟が提唱したてんかんの神経精神障害の分類案が(松浦・Trimble論文),ICD改訂作業への1つの起爆剤となることを期待しています。本特集は,これらの論文に加え,てんかんの精神症状(千葉論文),てんかん治療の最前線(渡辺・渡辺論文),てんかんの医療連携(井上論文),てんかんの教育・研修(松岡論文)の解説と,さらに精神科おけるてんかんの問題を以前から取り上げてこられた山内氏の論文から構成されています。山内氏は,てんかん学・てんかん医療が歴史的に第三のステージを迎えており,今後はQOLを重視した包括的なきめの細かな医療の時代に入るため,再び精神科医の真価が問われていることを力説されています。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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