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特集 成人てんかんの国際分類と医療の現状
てんかんにおける医療連携
著者: 井上有史1
所属機関: 1静岡てんかん神経医療センター
ページ範囲:P.461 - P.467
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国際機関(国際抗てんかん連盟,国際てんかん協会)によるてんかんの定義は次のようである。「てんかんとは,てんかん発作を発生し続ける状態と,その神経生物学的,認知的,心理的,社会的な帰結によって特徴づけられる脳の障害である」2)。すべての疾病がなんらかの心理的・社会的帰結を有し得るものの,てんかんにおいてはその重要性が強調されている。
てんかんの影響は3つの次元で考えることができる。1つは脳への影響である。脳内におけるてんかんの影響は静的staticあるいは動的dynamicであり得る。静的とは限局した脳領域のみが疾病に関与し,他の脳領域への影響がほとんどない場合である。たとえば部分感覚運動発作のみを呈する頂頭葉てんかんではこのような場合がある。しかし,てんかんはしばしば他の脳領域や脳機能に動的な影響を及ぼす。たとえば難治側頭葉てんかんの患者では,記憶成績のみならず前頭葉機能のスコアも経年的に低下あるいは停滞することが多い4)。さらに神経学的状態や認知に進行性の変化が生じる場合もある。また,抗てんかん薬にも認知への影響があり得る。
2つ目は身体への影響である。てんかんそのもの,てんかんの背景疾患あるいは抗てんかん薬が身体に影響し得る。たとえば生殖器官,骨代謝,心血管への影響,突然死,外傷,あるいは抗てんかん薬による美容への影響なども含まれる。
3つ目はより一般的な生活への影響である。ほとんど影響のない場合もあるが,自己イメージの低下,偏見,家族関係における葛藤,コミュニケーションの障害,性や結婚の問題,教育や雇用における問題,運転や余暇への影響もあろう。また精神医学的障害の併存率も高いことが知られている。これらの心理社会的問題は発作と相俟って患者の生活を脅かしている。
これらの3つの次元をさらに複雑に修飾しているのが,発症年齢の多様性である。てんかんは,ピークは乳児期と高齢期にありながらも全年齢にわたって発症し,その多くは長期間の罹病となる。したがって,脳,身体,生活面への影響はいずれも年齢によって大きくその程度と様態が異なる。
てんかんの主症状はてんかん発作であり,発作の存在が多くの併存障害の背景にあるので,発作の完全な消失(頻度の減少ではない!)が治療の最も重要な目標であるのはいうまでもないが,発作が消失しても問題はまだ残っており,また発作抑制の困難な約2~3割の患者についてはさらに問題は錯綜・複雑化している。てんかんの医療はこれらの諸側面を考慮に入れながら,必要な治療・サポートを提供しなければならない。しかし,これは単に一医師,一診療科のみでできることではなく,また多くの場合複数の医療機関がかかわることになる。さらに,医療の枠を超えた福祉・教育・行政との連携も必要である。本稿では,このてんかんの医療連携の範囲,問題点,対策について論じる。
国際機関(国際抗てんかん連盟,国際てんかん協会)によるてんかんの定義は次のようである。「てんかんとは,てんかん発作を発生し続ける状態と,その神経生物学的,認知的,心理的,社会的な帰結によって特徴づけられる脳の障害である」2)。すべての疾病がなんらかの心理的・社会的帰結を有し得るものの,てんかんにおいてはその重要性が強調されている。
てんかんの影響は3つの次元で考えることができる。1つは脳への影響である。脳内におけるてんかんの影響は静的staticあるいは動的dynamicであり得る。静的とは限局した脳領域のみが疾病に関与し,他の脳領域への影響がほとんどない場合である。たとえば部分感覚運動発作のみを呈する頂頭葉てんかんではこのような場合がある。しかし,てんかんはしばしば他の脳領域や脳機能に動的な影響を及ぼす。たとえば難治側頭葉てんかんの患者では,記憶成績のみならず前頭葉機能のスコアも経年的に低下あるいは停滞することが多い4)。さらに神経学的状態や認知に進行性の変化が生じる場合もある。また,抗てんかん薬にも認知への影響があり得る。
2つ目は身体への影響である。てんかんそのもの,てんかんの背景疾患あるいは抗てんかん薬が身体に影響し得る。たとえば生殖器官,骨代謝,心血管への影響,突然死,外傷,あるいは抗てんかん薬による美容への影響なども含まれる。
3つ目はより一般的な生活への影響である。ほとんど影響のない場合もあるが,自己イメージの低下,偏見,家族関係における葛藤,コミュニケーションの障害,性や結婚の問題,教育や雇用における問題,運転や余暇への影響もあろう。また精神医学的障害の併存率も高いことが知られている。これらの心理社会的問題は発作と相俟って患者の生活を脅かしている。
これらの3つの次元をさらに複雑に修飾しているのが,発症年齢の多様性である。てんかんは,ピークは乳児期と高齢期にありながらも全年齢にわたって発症し,その多くは長期間の罹病となる。したがって,脳,身体,生活面への影響はいずれも年齢によって大きくその程度と様態が異なる。
てんかんの主症状はてんかん発作であり,発作の存在が多くの併存障害の背景にあるので,発作の完全な消失(頻度の減少ではない!)が治療の最も重要な目標であるのはいうまでもないが,発作が消失しても問題はまだ残っており,また発作抑制の困難な約2~3割の患者についてはさらに問題は錯綜・複雑化している。てんかんの医療はこれらの諸側面を考慮に入れながら,必要な治療・サポートを提供しなければならない。しかし,これは単に一医師,一診療科のみでできることではなく,また多くの場合複数の医療機関がかかわることになる。さらに,医療の枠を超えた福祉・教育・行政との連携も必要である。本稿では,このてんかんの医療連携の範囲,問題点,対策について論じる。
参考文献
1) 粟屋豊,久保田英幹:てんかん患者のquality of life(QOL)に関する大規模調査:患者と主治医の認識の差異.てんかん研究 25:414-424, 2008
2) Fisher RS, van Emde Boas W, Blume W, et al:Epileptic seizures and epilepsy:Definitions proposed by the International League Against Epilepsy(ILAE) and the International Bureau for Epilepsy(IBE). Epilepsia 46:470-472, 2005
3) Heinemann U, Rating D, Thorbecke R, et al eds.:Epilepsie-Kuratorium Epilepsie Bericht '98. Verlag Einfaelle, Berlin, 1998
4) Helmstaedter C, Kurthen M, Lux S, et al:Chronic epilepsy and cognition:A longitudinal study in temporal lobe epilepsy. Ann Neurol 54:425-432, 2003
5) 井上有史,原田まゆみ,原田信生,他:てんかんの新しい包括医療:現状の検証と今後の展望.厚生省精神・神経疾患研究委託費による研究報告書集 平成12年度.pp145-150, 2001
6) 井上有史:てんかん.専門医をめざす人の精神医学 第3版,医学書院,2011(印刷中)
7) JEPICCシンポジウム:てんかんの包括医療.Epilepsy 3:88-101, 2009
8) Kwan P, Arzimanoglou A, Berg AT, et al:Definition of drug resistant epilepsy:Consensus proposal by the ad hoc Task Force of the ILAE Commission on Therapeutic Strategies. Epilepsia 51:1069-1077, 2010
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10) 長尾秀夫:てんかん児の生活支援.小児保健研究 65:207-211, 2006
11) 日本てんかん学会ホームページ(http://square.umin.ac.jp/jes/)
12) 日本てんかん協会:てんかんとともに働き暮らすために.日本てんかん協会,2008
13) 大塚頌子,赤松直樹,加藤天美,他:日本におけるてんかんの実態:キャリーオーバー患者の問題.てんかん研究 27:402-407, 2010
14) 大槻泰介:日本におけるてんかん外科の現状.Epilepsy 1:23-26, 2007
15) Sander L:てんかんの包括医療:英国が理想とするモデル.Epilepsy 4:61-66, 2010
16) 山内俊雄:日本におけるてんかん学・てんかん医療はどうあるべきか.てんかん研究 26:393-402, 2009
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