文献詳細
特集 成人てんかんの国際分類と医療の現状
文献概要
はじめに
精神疾患の病態解明が進み治療法が向上するにつれて,高度の専門的知識と治療技術が要求される分野が増え,学会認定の専門医が誕生することは,患者にとって好ましいことである。しかし,専門医制度だけが一人歩きすると,その領域に関する一般医の関心は薄れ,適切な初期対応すらできないということになりかねない。これに輪をかけて,専門医が減少するといよいよ患者が治療自体を受けられなくなる状況に陥る。いくつかの専門領域では,専門医が少ないために新患受診が数か月先ということも聞かれ,急を要する疾患の場合はきわめて深刻な事態である。精神科におけるてんかん診療に関しても危機的である。
てんかんは学際的な領域で,診療に関しては小児科,脳神経外科,神経内科,精神科などがかかわっており,日本てんかん学会の認定医制度は1999年に制定された。現在,てんかん学会認定の専門医のうち60%程度は小児科医(約200名)であるが,精神科医は約20%(約70名)で各県に数名しかおらず,不在の県も10数県ある。かつては本邦の特殊事情もあり,てんかんを専門とする精神科医はかなりおり,てんかん発作の治療のみならず精神科的な問題への対応も不足なく行われていたように思える。しかし,近年では,てんかんを専門とする精神科医が不足しているせいか,小児発症のてんかんは小児科医が“キャリーオーバー”として成人以後も診療を続けることが増え,一方で,成人発症のてんかん患者は精神科ではなく神経内科を受診するようになってきた。しかし,2011年1月時点で,てんかん認定医を取得している神経内科医は全国で20数名しかいない。もちろん,てんかん認定医でなくともてんかん治療に関するある程度の治療能力を持っていれば十分であろうが,てんかん分類やてんかん発作分類が正確に診断され適切な治療が行われているとは言い難い状況に思える。なお,2010年に日本神経学会において,てんかんの治療ガイドラインが刊行され26),てんかん診療に対する神経内科の意識の高まりがうかがえる。
てんかんの外科手術の技術が進展し,外科治療によって完治に至る例も増えているが,手術適応になるのはてんかん患者のごく一部であり,大半は,症状の軽重は多様だが慢性経過をたどる疾患である。このため他の慢性疾患と同様に,学業,仕事をはじめとした患者の生活全般における生活の質(QOL)の維持,向上も常に治療目標に含めなければならない。そして,何といっても重要なことは,てんかんにおいては精神や行動の変化の出現頻度が高いことである16)。たとえば,精神病症状だけを取り上げても一般集団の3倍近くの危険率が報告されている27)。そして,これが単に慢性疾患が一般的に持ち得る精神科的問題だけではなく,てんかんという病態自体が精神症状を惹起しやすい特性を持っているという点が重要ある。2007年に国際抗てんかん連盟(International League Against Epilepsy, ILAE)の精神生物学委員会は,てんかんの神経精神障害の分類を提案した18)。そこでは,“てんかん特異的な障害”を特定して,世界保健機関による国際疾病分類(International Classification of Diseases, ICD)に含めようという意図がある。ICDは学術的影響力だけではなく我々の日常診療にも大きな影響力を持っており,“てんかん特異的な障害”が規定されることはてんかん医療を向上させる原動力ともなり得るだろう。
本稿では,精神科におけるてんかん医療の向上を目指して,特に医学教育や研修の立場から今後のあるべき方向性を考察してみたい。最初に,ILAEのてんかんの神経精神症状に関する国際分類案について教育的観点から簡単にふれる。さらにそれを踏まえて,精神科が目指す臨床的,学術的な視点に関する筆者の考えを述べたい。本稿はこれまでの筆者の拙稿20~24)を中心にまとめたものである。
精神疾患の病態解明が進み治療法が向上するにつれて,高度の専門的知識と治療技術が要求される分野が増え,学会認定の専門医が誕生することは,患者にとって好ましいことである。しかし,専門医制度だけが一人歩きすると,その領域に関する一般医の関心は薄れ,適切な初期対応すらできないということになりかねない。これに輪をかけて,専門医が減少するといよいよ患者が治療自体を受けられなくなる状況に陥る。いくつかの専門領域では,専門医が少ないために新患受診が数か月先ということも聞かれ,急を要する疾患の場合はきわめて深刻な事態である。精神科におけるてんかん診療に関しても危機的である。
てんかんは学際的な領域で,診療に関しては小児科,脳神経外科,神経内科,精神科などがかかわっており,日本てんかん学会の認定医制度は1999年に制定された。現在,てんかん学会認定の専門医のうち60%程度は小児科医(約200名)であるが,精神科医は約20%(約70名)で各県に数名しかおらず,不在の県も10数県ある。かつては本邦の特殊事情もあり,てんかんを専門とする精神科医はかなりおり,てんかん発作の治療のみならず精神科的な問題への対応も不足なく行われていたように思える。しかし,近年では,てんかんを専門とする精神科医が不足しているせいか,小児発症のてんかんは小児科医が“キャリーオーバー”として成人以後も診療を続けることが増え,一方で,成人発症のてんかん患者は精神科ではなく神経内科を受診するようになってきた。しかし,2011年1月時点で,てんかん認定医を取得している神経内科医は全国で20数名しかいない。もちろん,てんかん認定医でなくともてんかん治療に関するある程度の治療能力を持っていれば十分であろうが,てんかん分類やてんかん発作分類が正確に診断され適切な治療が行われているとは言い難い状況に思える。なお,2010年に日本神経学会において,てんかんの治療ガイドラインが刊行され26),てんかん診療に対する神経内科の意識の高まりがうかがえる。
てんかんの外科手術の技術が進展し,外科治療によって完治に至る例も増えているが,手術適応になるのはてんかん患者のごく一部であり,大半は,症状の軽重は多様だが慢性経過をたどる疾患である。このため他の慢性疾患と同様に,学業,仕事をはじめとした患者の生活全般における生活の質(QOL)の維持,向上も常に治療目標に含めなければならない。そして,何といっても重要なことは,てんかんにおいては精神や行動の変化の出現頻度が高いことである16)。たとえば,精神病症状だけを取り上げても一般集団の3倍近くの危険率が報告されている27)。そして,これが単に慢性疾患が一般的に持ち得る精神科的問題だけではなく,てんかんという病態自体が精神症状を惹起しやすい特性を持っているという点が重要ある。2007年に国際抗てんかん連盟(International League Against Epilepsy, ILAE)の精神生物学委員会は,てんかんの神経精神障害の分類を提案した18)。そこでは,“てんかん特異的な障害”を特定して,世界保健機関による国際疾病分類(International Classification of Diseases, ICD)に含めようという意図がある。ICDは学術的影響力だけではなく我々の日常診療にも大きな影響力を持っており,“てんかん特異的な障害”が規定されることはてんかん医療を向上させる原動力ともなり得るだろう。
本稿では,精神科におけるてんかん医療の向上を目指して,特に医学教育や研修の立場から今後のあるべき方向性を考察してみたい。最初に,ILAEのてんかんの神経精神症状に関する国際分類案について教育的観点から簡単にふれる。さらにそれを踏まえて,精神科が目指す臨床的,学術的な視点に関する筆者の考えを述べたい。本稿はこれまでの筆者の拙稿20~24)を中心にまとめたものである。
参考文献
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