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文献概要
特集 性同一性障害(GID)
性同一性障害に対する精神療法の課題とその問題点
著者: 松永千秋1
所属機関: 1正和会日野病院
ページ範囲:P.763 - P.768
文献購入ページに移動はじめに
現在,性同一性障害に対する精神療法は,主に2つの意味で理解されていると考えられる。1つは,「性同一性障害に対する精神療法はほとんど無効である」といわれる時の精神療法で,ここで言及されているのは「異性化願望」をなくすことを目的とした精神療法である3)。もう1つは,「性同一性障害は心の性別と身体の性別が一致しないために苦悩している状態であり,有効な治療法は身体の性別を心の性別に近づけることである」という,現在行われている概念化に基づくもので,そこでの精神療法は身体治療の精神的サポートとしての精神療法である3)。しかし,このような従来の精神療法の治療方針や性同一性障害の概念化は本当に当事者の実態に沿ったものなのだろうか。筆者は,性同一性障害の専門外来において,これまでに約200名の性別違和感を抱える当事者の診療を行ってきた。そして,その経験に基づいて現在の性同一性障害の概念や治療のあり方を再検討し,これまでのものとは異なった新しい治療論を提案している10)。本稿ではそれを踏まえ,筆者の考える性同一性障害に対する精神療法の課題と問題点について論じる。
現在,性同一性障害に対する精神療法は,主に2つの意味で理解されていると考えられる。1つは,「性同一性障害に対する精神療法はほとんど無効である」といわれる時の精神療法で,ここで言及されているのは「異性化願望」をなくすことを目的とした精神療法である3)。もう1つは,「性同一性障害は心の性別と身体の性別が一致しないために苦悩している状態であり,有効な治療法は身体の性別を心の性別に近づけることである」という,現在行われている概念化に基づくもので,そこでの精神療法は身体治療の精神的サポートとしての精神療法である3)。しかし,このような従来の精神療法の治療方針や性同一性障害の概念化は本当に当事者の実態に沿ったものなのだろうか。筆者は,性同一性障害の専門外来において,これまでに約200名の性別違和感を抱える当事者の診療を行ってきた。そして,その経験に基づいて現在の性同一性障害の概念や治療のあり方を再検討し,これまでのものとは異なった新しい治療論を提案している10)。本稿ではそれを踏まえ,筆者の考える性同一性障害に対する精神療法の課題と問題点について論じる。
参考文献
1) American Psychiatric Association:"Quick Reference to the Diagnostic Criteria from DSM-Ⅳ-TR" first published in the United States by American Psychiatric Association, Washington D.C. and London, 2000(高橋三郎,染矢俊幸,大野裕 訳:DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院,2003)
2) American Psychiatric Association:DSM-5:The Future of Psychiatric Diagnosis(http://www.dsm5.org/Pages/Default.aspx)
3) Benjamin H:The Transsexual Phenomenon. Ace Pub. Co, 1966
4) Erikson EH 著,岩瀬庸理 訳:アイデンティティ―青年と危機.金沢文庫,1973
5) Erikson EH 著,小此木啓吾 訳編:自我同一性―アイデンティティとライフ・サイクル.誠信書房,1973
6) Gergen KJ:社会構成主義の理論と実践―関係性が現実をつくる.ナカニシヤ出版,2004
7) Giddens A 著,秋吉美都,安藤太郎,筒井淳也 訳:モダニティと自己アイデンティティ―後期近代における自己と社会.ハーベスト社,2005
8) Kroger J, Martinussen M, Marcia JE:Identity status change during adolescence and young adulthood:A meta-analysis. J Adolesc 33:683-698, 2010
9) Marcia JE:Development and validation of ego-identity status. J Pers Soc Psychol 3:551-558, 1966
10) 松永千秋:性同一性障害の新しい治療論へ向けて.GID学会雑誌 2:4-9, 2009
11) Meed GH 著,河村望 訳:精神・自我・社会.人間の科学新社,1995
12) Money J:The Concept of gender identity disorder in childhood and adolescence after 39 years. J Sex Marital Ther 20:163-177, 1994
13) World Health Organization:The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders:Clinical descriptions and diagnostic guidelines. Genève, 1992(融道男,中根允文,小見山実,他 訳:ICD-10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン.医学書院,2005)
14) 山内俊雄:基本的ことがら.山内俊雄 編著,性同一性障害の基礎と臨床.新興医学出版社,pp21-24, 2004
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