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文献詳細

雑誌文献

精神医学54巻1号

2012年01月発行

試論

「日本霊異記」説話が現代の障害児支援に与える示唆に関する一考察―エンパワメントの観点を交えて

著者: 山本朗1

所属機関: 1和歌山県子ども・女性・障害者相談センター

ページ範囲:P.75 - P.80

文献概要

はじめに

 心身の発達の障害は,「発達過程が初期の段階で何らかの原因によって阻害され,認知,言語,社会,運動などの機能の獲得が障害された状態11)」と医学的には理解される。心身の発達の障害は,現在の医学診断としては,脳性麻痺,知的障害,広汎性発達障害などの多様な診断を含む概念である(このような障害を持つ子どもを本稿では「障害児」と呼ぶ)。障害児の概念は,主として医学の発展の中で徐々に構築されてきたものであるが,心身の発達の障害に相当する状態自体は古代から認識されていて,新村によれば,日本書記における伊邪那岐・伊邪那美の神婚により生まれた水蛭子が,わが国最古の「不具」未熟児(障害児に相当)記載であるという12)。平安時代初期に編纂された,わが国最古の仏教説話集である「日本霊異記」にも,障害児が登場する説話が存在し,中巻第三十,第三十一,下巻十九などが例として挙げられる5)

 一方,エンパワメントとは,パワーレスの状況にある人がパワーを発揮するために,個人や社会などのさまざまなレベルで,その人の潜在的な力を強化したり,抑圧的な社会や環境を変革したりする支援の姿勢である7)。1960年代の米国の社会変革運動の中で誕生した概念で,わが国では1995年頃から普及し9),現在では医療・福祉などの分野において,支援の姿勢として重要なものとなっている。

 本稿では,日本霊異記の中巻第三十,第三十一の両説話における障害の発生論を検討したうえで,エンパワメントの観点を交えて考察したい。本稿の目的は,過去の文献を主体的にとらえなおすことにより,現代の障害児支援に寄与する示唆を得ることである。この目的を持ちながら,論を進めることにする。

参考文献

1) 富士川遊(小川鼎三 校注):日本医学史綱要1.平凡社,2003
2) 原田敏明・高橋貢 訳:日本霊異記.平凡社,2000
3) 服部敏良:平安時代医学の研究.科学書院,1980
4) 池上良正:死者の救済史 供養と憑依の宗教学.角川学芸出版,2003
5) 井上正一:不具の子を捨てる民俗.日本歴史 282:93-99, 1971
6) 小林真由美:道場法師系説話の善悪応報.小峯和明・篠川賢 編,日本霊異記を読む.吉川弘文館,pp24-41, 2004
7) Lee J:The Empowerment Approach to Social Work Practice, Columbia University Press. New York, pp30-55, 1994
8) 三浦佑之:日本霊異記の世界―説話の森を歩く.角川学芸出版,2010
9) 森田ゆり:3章 エンパワメントと自尊の心.子どもと暴力.岩波書店,pp63-88, 2011
10) 中田祝夫 訳・校注:新編日本古典文学全集10 日本霊異記.小学館,1995
11) 椎原弘章:序.小児内科 33:1045-1048, 2001
12) 新村拓:日本医療社会史の研究―古代中世の民衆生活と医療.法政大学出版局,1985
13) 新村拓:出産と生殖観の歴史.法政大学出版局,1996
14) 杉山登志郎:第1章 歴史的展望.杉山登志郎・辻井正次 編著,高機能広汎性発達障害.ブレーン出版,pp3-13, 1999
15) 田中康雄:Ⅴ.対応 3.発達障害に対する精神療法的視点.齊藤万比古 総編集,宮本信也・田中康雄 責任編集,子どもの心の診療シリーズ2「発達障害とその周辺の問題」.中山書店,pp223-235, 2008
16) 米山孝子:「日本霊異記」中巻第三十縁考.仏教文学 13:72-87, 1989
17) 吉田一彦:古代仏教をよみなおす.吉川弘文館,2006
18) 吉川真司:聖武天皇と仏都平城京(天皇の歴史2).講談社,2011

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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