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雑誌目次

論文

精神医学54巻10号

2012年10月発行

雑誌目次

巻頭言

国際アンチスティグマ会議

著者: 秋山剛

ページ範囲:P.964 - P.965

はじめに

 あることについての,事実に基づかない,思いこみによるネガティブな考えをスティグマ(偏見)と呼びます。スティグマは,病気を乗り越えながら頑張っている本人や,支援している家族やスタッフに大きなダメージを与えます。精神疾患に対するスティグマを改善するための活動を,アンチスティグマと呼びます。わが国では,さまざまな組織や団体が,アンチスティグマ活動を行っていますが,これまで,こういった活動について発表する大会が開かれたことはありませんでした。

 そこで,国内外のアンチスティグマ活動について,包括的な発表,話し合いを行うために,第6回国際アンチスティグマ会議が,2013年2月12~14日に東京で開催されます(http://www.congre.co.jp/anti-stigma2013/ja/index.html)。この会議をきっかけに,より多くの方々に,アンチスティグマ活動に関心を持っていただければと思います。

 この会議の意義を理解していただくために,アンチスティグマ活動の経緯,第5回国際会議(オタワ)の報告,第6回国際会議に向けた抱負,国際会議の共催団体であるこころのバリアフリー研究会について述べます。

特集 医療法に基づく精神疾患の地域医療計画策定

次期医療計画の精神疾患について

著者: 友利久哉

ページ範囲:P.967 - P.975

はじめに

 精神疾患の患者数は,近年急増しており,2008年患者調査において医療機関を受療する精神疾患の患者数は323万人で,医療計画に記載すべきいずれの4疾病の患者数よりも多くなっている。職場におけるうつ病の増加や,高齢化により認知症患者の増加など,精神疾患は国民に広くかかわる疾患となっている。

 厚生労働省では,2004年9月に厚生労働大臣を本部長とし,省内の関係部局長を本部員として発足した精神保健福祉対策本部において,精神保健福祉施策の改革ビジョンを決定し,「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本理念を示した。その後,改革ビジョンの中間点である2009年9月の「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」報告書では,精神保健医療体系の改革にあたって,地域のニーズに応じて,精神医療のさまざまな機能の提供体制や,医療機関の連携体制を構築するため,医療計画において精神医療を位置付けることについて検討すべきとの提言をとりまとめた。

 これをふまえ,2013年度からの次期医療計画の開始に向けて,精神疾患について,社会保障審議会医療部会や医療計画の見直し等に関する検討会のとりまとめ意見を受け,医療計画に達成すべき目標や医療連携体制等を記載する疾病等として精神疾患が追加され,2012年3月30日に都道府県に対して作成指針等を通知した。

 また,その後の認知症施策に関する省内検討をふまえ,9月に認知症の指針を通知する予定である。

 本稿では,精神疾患の医療体制の構築にかかわる指針について,概要を説明する。

医療法に基づく医療計画策定と地域精神科医療改革

著者: 黒田研二

ページ範囲:P.977 - P.982

はじめに

 1948年に制定された医療法は,病院,診療所等の医療施設とその施設基準,医療法人などを定めた法律であるが,80年代以降,大きな改正が相次いでいる。1985年の第1次医療法改正で,都道府県に医療計画策定が義務付けられた。医療計画では,2次医療圏の設定,医療圏ごとの病床数設定などを行い,それに基づき病床増加に歯止めがかけられることになった。ただし,現在でも,一般病床と療養病床については2次医療圏ごとに基準病床数設定が行われるのに対し,精神病床,結核病床,感染症病床については都道府県を1つの圏域とみなして病床数設定が行われる。このため,精神科医療では2次医療圏ごとの医療計画の策定がなされないまま今日に至っていた。その後,1992年の第2次医療法改正,1997年の第3次改正,2000年の第4次改正を通じて,特定機能病院,地域医療支援病院,一般病床と療養病床というように,病院や病床の機能分化が進められてきた。医療計画の記載でも,医療関係施設相互の機能分担や連携に関する具体的記述を求めるようになってきた。2006年の第5次医療法改正は,患者への医療情報提供の推進,医療計画の見直しによる医療機能の分化・連携の促進,医療安全の確保,医療法人制度改革などを含んでいるが,この改正で医療計画は大きく見直された。2007年度に策定され2008年度から実施された医療計画では,「国民の健康の保持を図るために特に広範かつ継続的な医療の提供が必要と認められる疾病」(医療法第30条4の第2項の4)について,個別の医療計画を策定することになった。これらの重要疾病は省令で規定され,がん,脳卒中,急性心筋梗塞,糖尿病が指定されたが,このたびこれらに精神疾患が追加されることになったわけである。医療計画は5年計画として策定されているので,2012年度中に各都道府県で医療計画が策定され,2013年度から次期医療計画が開始されることになる。

 筆者はこの間,日本精神神経学会の精神医療・保健福祉システム委員会や大阪府における精神疾患医療計画策定のワーキンググループに参画することにより,精神疾患の医療計画策定にかかわってきた。以下それらの活動の中で考えたことを述べる。

精神疾患の医療計画作成のためのNational Databaseの活用の実際

著者: 藤森研司 ,   松田晋哉

ページ範囲:P.983 - P.995

はじめに

 医療機関から保険者への請求に電子レセプトが普及し,支払基金の2012年7月審査分では件数ベースで病院では99.8%,診療所においても93.4%,調剤薬局では99.9%のレセプトが電子化されている1)。電子レセプトは審査・支払のためのデータであるが,どのような医療行為が行われたのか,どのような薬剤が処方されたのかが詳細に記録されている。

 電子レセプトの活用は保険者において保険者機能の強化の点で徐々に進んできたが,2009年度からは厚生労働省が全国すべての電子レセプト,特定健診データを匿名化の後に収集している(National database;NDB)。これは「高齢者の医療の確保に関する法律」にその根拠を置くものであるが,2011年度からは研究者や自治体も制限つきではあるが利用が可能となった。

 今回我々は,厚生労働省科研費事業として厚生労働省医政局指導課と共同でNDB利用申出を行い,全国の電子レセプトを活用して2013年度に策定される都道府県の地域医療計画の作成に資する210の各種指標を全国349の二次医療圏別に集計した2)。結果は都道府県単位の集計は全都道府県に同じものを,二次医療圏単位の集計は当該の都道府県のみに配布した。配布した指標には精神科領域のものも含まれ,本稿ではその作業過程を紹介するとともに,電子レセプト,NDBが持つ可能性と制約について述べる。

地域のがん医療の向上を目指すがん対策と医療計画

著者: 加藤雅志

ページ範囲:P.997 - P.1004

はじめに

 がんに関する医療計画については,2006年の医療法の第5次改正に始まる。この改正では,医療計画制度の見直しなどを通じた医療機能の分化・連携の推進を図り,地域において切れ目のない医療の提供を実現することで,良質かつ適切な医療を効率的に提供していくことを目指し,4疾病5事業の具体的な医療連携体制を構築していくこととされた。がんについては,4疾病のうちの一つとして位置付けられ,都道府県ごとにがんに関する医療計画が作成されることとなった。

 各都道府県が,医療計画を作成するにあたっては,密接に関連を有する施策との連携を図るように努めることとされ,「がん対策推進基本計画」および「都道府県がん対策推進計画」との調和が保たれるようにすることとされた。また,「疾病又は事業ごとの医療体制構築に係る指針」(2007年7月20日付け医政指発第0720001号厚生労働省医政局指導課長通知「疾病又は事業ごとの医療体制について」の別紙)における「がんの医療体制性構築に係る指針」は,がん対策の一環として体制構築が進められているがん診療連携拠点病院制度を踏まえた内容となっており,各都道府県はそれぞれの地域の中核的な医療機関としてがん診療連携拠点病院を位置付け,地域の医療連携体制の整備を進めてきている。

 本稿では,がん医療の充実を図るがん対策の方向性を示し,地域のがん医療の連携体制の構築を目指しているがん診療連携拠点病院制度を概説し,地域の医療体制を整備していくための医療計画の作成について述べる。

医療法に基づく医療計画と精神疾患対策基本法(仮称)は精神科医療改革の両輪

著者: 三國雅彦

ページ範囲:P.1005 - P.1009

はじめに

 2004年6月4日に閣議決定された健康寿命延長戦略としての「がん,心筋梗塞,脳卒中,糖尿病の4疾病対策10か年計画」は2005年度から各都道府県でそれぞれ策定・実施され,各地の保健医療計画に盛り込まれて今日に至っているが,この当時,これらの身体疾患にうつ病が併発することによる健康寿命の短縮や心筋梗塞にうつ病が併発すると平均余命の短縮を示唆する論文2)を根拠に,うつ病を健康寿命延長戦略に加えてもらえるように,担当の厚生労働省大臣官房技術統括審議官に繰り返し要望した。しかし,同時期に始まった自殺予防対策でうつ病対策は手当てされることを理由に,残念ながら5疾病には加えられなかった。2011年7月の社会保障審議会医療部会で,4疾病に精神疾患を加えて5疾病とする方向性が審議され,2012年3月に厚生労働大臣告示により医療計画の策定に係る方針として5疾病となることが決定されたことは誠に感慨深い。

 しかし,WHOはうつ病ががん,循環器疾患とともに,死亡や生活障害という国民への疾病負担(障害調整生命年:disability-adjusted life year;DALY)が最も大きい3大疾患の1つであることを根拠に,15年前からがん,循環器疾患,うつ病を重点施策にすべきという政策提言を繰り返しており4),2010年集計のEUの最新データでも7)(約3,000万人のうつ病と600万人の認知症を含めた精神疾患のDALY評価値が全疾患の中で占める割合が男性で18%,女性では22%と最も高いことを明らかにしている。この数値はWHO Report 2002の国別のDALY評価値にあるわが国のデータとも一致している(表)8,9)。また,EUではうつ病の医療費+医療費以外の直接経費+労働損失コストが11兆円と全疾患中,最も高いことも併せて報告1)され,わが国でも同様であることが報告されている6)

 したがって,わが国では政策的重点施策として精神疾患,特に,うつ病と認知症を取り上げることに関して遅きに失してしまった。10数年に及ぶ超高水準の自死既遂をみても,東日本大震災での経験に照らしても,人々のこころに襲い掛かる巨大な心的負荷をケアできるような地域の絆とアウトリーチの必要性,専門性の高い精神科医療と多職種によるケアの重要性は明白であったにもかかわらず,実現に結び付けられずに来てしまった。それでもこのたび医療計画に取り上げられた,この千載一遇の機会に,どのように各県では具現化していくかが今,問われている。この小論ではこれまでの活動を振り返りながら,どのように進めているか,どのような困難があるかを略述したい。

研究と報告

野球観覧が血圧,心拍数および唾液中コルチゾール値に及ぼす影響

著者: 西村亜希子 ,   大平哲也 ,   梶浦貢 ,   今野弘規 ,   木山昌彦 ,   北村明彦 ,   岡田武夫 ,   磯博康

ページ範囲:P.1011 - P.1021

抄録

 【目的】スポーツ観覧が身体に与える影響については,国外を中心に報告されているが,わが国ではほとんど報告されていない。本研究は,余暇活動として一般的に行われているプロ野球観覧が身体・心理的因子に与える影響,および好みの球団によるその影響の違いを検討することを目的とした。【方法】22~70歳の男女37名(阪神ファン群:28名,他球団ファン群:9名)を対象とした。大阪府立健康科学センターにてテレビによる野球観覧(阪神vs.中日)中,15分ごとに血圧・心拍数を測定した。また,観覧前後に唾液中コルチゾールを測定した。【結果】阪神ファン群においては,観覧前に比べて,観覧中における収縮期・拡張期血圧の最高値が有意に上昇し,心拍数,および唾液中コルチゾール値は,観覧後に有意に低下した。他球団ファン群においては,観覧前に比べて観覧中における収縮期血圧,および心拍数の平均値は有意に低下し,観覧後の唾液中コルチゾール値も低下する傾向がみられた。【結論】野球観覧による心拍・血圧の反応は,好みの球団によって異なる可能性があるものの,唾液中コルチゾール値はいずれも低下した。したがって,野球観覧は心理的ストレスの軽減に有用である可能性が示唆された。

日中の幻視が「前の人」から「横の影」へとdonepezilにより変遷したレビー小体型認知症の1症例

著者: 井上弘寿 ,   加藤敏

ページ範囲:P.1023 - P.1032

抄録

 日中の幻視がdonepezilによって前方から側方へ移動したレビー小体型認知症の症例を経験した。前方の幻視は,在宅時の睡眠前後に多く出現し,「客」と呼称され,茶をふるまわれるなどした。一方,側方の幻視は,外出中の歩行時に現れる「人影」で,被注察感や被害感を伴い,振り向くといなかった。

 幻視の場所の推移を,宮本の現象学的な空間の分析を参考に考察した。Donepezilによる注意を含む認知機能や覚醒度の改善が幻視の場所の変遷に関与すると考えたが,その際,宮本のいう空間の性質が保存されていた。つまり,前方に現れる幻視は「前」の空間の性質をもって知覚性の高い詳細な形で現れ,側方の幻視は「横」の空間の性質を帯びて「黒っぽくぼやけて」出現した。

 注意機能の過剰および大脳皮質コリン系の短期間の増加によって実体的意識性が生じうることを推論し,「気づき」と受動性,被害的態度の低い順に<前方の幻視→側方の幻視→後方の実体的意識性>という移行系列を想定した。

短報

Rivastigmineにより幻視が消失したレビー小体型認知症の1例

著者: 林真紀 ,   長嶋信行 ,   増田慶一 ,   冨田洋平 ,   樽本尚文 ,   萬谷昭夫 ,   山下英尚 ,   山脇成人

ページ範囲:P.1033 - P.1037

抄録

 海外ではレビー小体型認知症(DLB)の認知症周辺症状(BPSD)に対するコリンエステラーゼ阻害剤(CheI)の有用性に関する報告が散見される。今回我々は87歳の女性,主訴が幻視のDLB患者に対してCheIを主剤に治療を行った。しかしdonepezil,galantamineでは副作用により中止せざるを得なかったが,rivastigmineパッチ剤では副作用なく治療することができ,幻視などのBPSDの改善を認めた。経口剤に比べてパッチ剤では安定した血中濃度を維持することで副作用を認めず使用できたと考えられた。本症例を通してrivastigmineはDLBのBPSD治療において第一選択のひとつとなり得ると考えた。

一過性てんかん性健忘を呈した老年期側頭葉てんかんの1例

著者: 吉原慎佑 ,   吉澤門土 ,   松田美夏 ,   斉藤一朗 ,   藤村洋太 ,   阪本一剛 ,   田村義之 ,   千葉茂

ページ範囲:P.1039 - P.1042

抄録

 症例は73歳,女性。72歳時から,一過性健忘状態や行動自動症が繰り返し出現するようになった。73歳時,両上肢の間代けいれんが出現したため,精査のために当科に入院した。Video-polysomnographyにおいて右側上肢の間代けいれんを伴う口部・行動自動症が捉えられ,また,発作時に左側脳前半部の律動性てんかん性発射が認められたことから,本症例は側頭葉てんかんと診断された。また,本症例が示した反復性の一過性健忘状態は,一過性てんかん性健忘と考えられた。老年期にみられる健忘の原因として,てんかん性病態を念頭に置くことが重要である。

私のカルテから

修正型電気けいれん療法が有効であった退行期メランコリーの1例

著者: 宇土仁木 ,   中川伸 ,   井上猛 ,   仲唐安哉 ,   亀山梨絵 ,   小山司

ページ範囲:P.1043 - P.1045

はじめに

 Kraepelinが提唱した退行期メランコリーは後年,疾患としての独立性が否定され,その概念は消失した。しかし近年わが国において,退行期メランコリーは妄想性障害に近い一群として見直されはじめている。今回,この退行期メランコリーの1例を経験したので報告する。なお,本稿の作成にあたっては本人,家族の了承を得たうえ,個人が特定されないよう内容を一部改変している。

Nicergolineにより思考途絶様症状と脳波異常が著明に改善した器質性妄想性障害の1例

著者: 熊谷亮 ,   小松弘幸 ,   木村通宏 ,   一宮洋介

ページ範囲:P.1047 - P.1049

はじめに

 高齢者の薬物療法に際しては,身体機能の低下や各種の合併症などから,使用できる薬物が限られることが多い。以前は,認知症の知的機能低下や精神障害・行動異常などに効果を示し,作用が穏やかで副作用も少ない薬剤として,脳循環代謝改善薬の処方が高齢者に行われていた。しかし,そのうちの多くは記憶障害への効果が疑問視され,現在までに認可を取り消されている。Nicergolineは,現在も脳循環代謝改善薬として認可されている数少ない薬剤の一つである。

 今回我々は,高齢の器質性妄想性障害の患者が呈した思考途絶様症状に対し,nicergolineが著効した例を経験したので,考察を加え報告する。なお症例の記載に際しては,匿名性に配慮し変更を加えている。

挙児希望による服薬中止で急性精神病状態となった統合失調症の1例

著者: 加藤悦史 ,   多羅尾陽子 ,   松原桃代 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.1051 - P.1053

はじめに

 妊娠中の抗精神病薬の服薬についてはさまざまな議論4~6)があり,統一した見解は得られていない。今回我々は,過去3年間ほぼ無症状に経過していた統合失調症女性患者が挙児希望に伴い本人,家族の強い希望で服薬中止としたところ,中止後7か月目に急性精神病状態となった1例を経験した。若干の考察を加えて報告する。なお匿名性に配慮し個人が特定されないよう論旨に影響のない範囲で改変を施し,症例報告に際し本人より同意を得ている。

書評

―宮脇 稔 編著 百田 功,山崎勢津子 著―精神科リハビリテーションの流儀

著者: 野中猛

ページ範囲:P.976 - P.976

 精神科デイケアは,わが国のリハビリテーション活動として,今や主要な舞台になっている。精神科病院の歴史,診療報酬制度,交通事情,住居の狭さなど日本独自のさまざまな要因から,わが国の現代では,医療から地域生活への道筋,職員と利用者の交流,利用者の主体性の回復,リカバリーの過程などが精神科デイケアにおいて明らかにされ,就労支援,家族支援,地域づくりなど,多様な活動の拠点となっている。

 学会などでは,「評価・プログラム・ニーズ」を合言葉のように,能力の評価,かかわりの明確さ,成果や変化の数量化が目指される。しかし,どうもそれだけではない感触がある。デイケアやデイナイトケアでは,丸一日をともに過ごすために,実にさまざまな出来事が起こるし,診察室では見えない言動にお目にかかる。スタッフも,利用者と専門職との関係を越えた間柄におちいる。とても論理的な形におさまらない。

―David A. Brent,Kimberly D. Poling,Tina R. Goldstein 著 高橋祥友 訳―思春期・青年期のうつ病治療と自殺予防

著者: 今村芳博

ページ範囲:P.1022 - P.1022

 日本の自殺死亡は1990年代以降,中高年男性が中核を占めているが,最近の警察庁統計を元にした報道によれば,2011年には10~20歳代の自殺が増加している。東日本大震災の影響を受けた昨年4月以降の大学生の就職率が過去最低となるなど,その背景には雇用情勢の悪化があるという。社会構造変化の際に20歳代男性の自殺死亡率が増加するのは世界的傾向と言われる。現代は若い世代が即戦力としての働きを要求されるなど厳しい状況であるというが,社会的な要請の変質は,個人の心理的発達課題を一層複雑で達成し難いものとする。そうした時期に原著の出版から間を置かずして本書が訳出されたことは大変意義深い。

 米国ではBeckがうつ病への認知療法を1979年に出版して以来,認知療法を思春期患者に応用する試みがなされてきた。著者の1人,David A. Brentが思春期のうつ病と自殺について研究を始め,ピッツバーグ大学医学部にポストを得たのは1982年であった。当時,「私たちのアプローチは無知と恐怖で満ちていた」というように,それらに対して経験的に実証された治療法はなく,救急受診したどの自殺未遂者を帰宅させてよいか,自殺未遂が反復される危険について評価することすらできなかった。そこからティーンエイジャーの自殺予防プログラムを開設し,「危機にあるティーンエイジャーのためのサービス(Service for Teens at Risk;STAR)センター」として活動を続けてきた。その基本的治療は,従来の臨床的知見と認知行動療法(cognitive-behavioral therapy;CBT)を統合した包括的なものである。それに最近注目されている弁証法的行動療法(dialectical behavior therapy;DBT)の要素も取り入れている。その中心概念は協同的経験主義である。すなわち,セラピストと患者は一致協力して,問題解決に向けて努力していく姿勢が強調されている。評価,治療段階の設定,安全計画,治療関係の構築,心理教育と目標設定,連鎖分析,治療計画,新たなスキルの獲得,スキルの応用と一般化の練習,好調の維持について,具体的かつ詳細に解説されているため本書は大変理解しやすい。印象的なのは連鎖分析で,問題行動の引き金になった出来事やそれに関与する要因を思春期患者が明確に語ることはできないところを,「どのような行為も妥当な理由があって起きている」という視点に立ち,コマ送りのように行動を分析し,危険因子と保護因子,効果的な介入方法について検討することができる。ツールとしてのCBTを有効活用する際の大きな助けとなる。DBTではスキル教育の集団療法を設定し,電話によるコンサルテーションなども行うため,日本では運用し難い部分もある。また,症例によっては,言語化能力が低かったり,強度の緘黙があったりするので,すべてに応用可能とはいえないだろうが,本書のアプローチであれば思春期のうつ病に限らずとも日々の診療から少しずつ始められそうだ。

動き

「第20回国際児童思春期精神医学学会(IACAPAP)」印象記

著者: 井上かな ,   井上弘寿 ,   阿部隆明 ,   加藤敏

ページ範囲:P.1055 - P.1056

 2012年7月21日からの5日間,パリの凱旋門に程近いパレ・ド・コングレで,第20回国際児童思春期精神医学学会(IACAPAP)が開催された。主催はフランス児童思春期精神医学学会だが,実質的な責任者はDavid Cohen氏(Salpêtrière病院児童精神科科長,Pierre et Marie Curie大学教授)である。氏は,自閉症研究を精力的に進め,2011年に東京で開催された日仏医学会にてフランスにおける自閉症研究について大変刺激的な特別講演を行っている(大島一成,加藤敏:「日仏医学コロック2011」印象記.精神医学54:440-441, 2012参照)。

 今回の国際児童思春期精神医学学会の参加者は2,000名を超え,日本からの参加者は100名を優に超えた。参加者が最も多かった国はもちろん開催国であるフランスであるが,2番目に参加者が多かったのはなんと日本であったという。参加者(医師,臨床心理士,PSWなど)についてもう一つ驚くべきことは,女性の多さであった。参加者の半数程度が女性であったような印象を受けた。

学会告知板

ぐんま人間学・精神病理アカデミー・2012―基本テーマ「愛の秩序ordo amoris」

ページ範囲:P.1032 - P.1032

 ぐんま人間学・精神病理アカデミーは,精神医学に本来あるべき全人間的な見方と,バランスのとれた臨床技術を育む目的で設立されました。少人数の親しい雰囲気のなかで精神病理学,心理学,哲学,神学,歴史,社会,芸術などの教養,症候学,診断学を学ぶ場を提供することを目的としています。

期間 2012年11月24日(土)10時~18時30分

場所 群馬県高崎市稲荷台136 群馬病院内カンファレンス・ルーム

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.975 - P.975

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.1058 - P.1058

次号予告

ページ範囲:P.1057 - P.1057

投稿規定

ページ範囲:P.1059 - P.1060

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.1061 - P.1061

編集後記

著者:

ページ範囲:P.1062 - P.1062

 本年6月に,厚生労働省(以下,厚労省)は健康寿命を男性が70.42歳,女性が73.62歳であると発表しましたが,平均寿命は男性が79.55歳,女性が86.30歳であり,団塊の世代も今年から高齢者の仲間入りをしますので,この健康寿命をこころのケアの充実と地域の再生により延長させることができるかに国の存亡がかかっております。このために厚生労働大臣は本年3月に従来の4疾病に精神疾患を加えて,医療法に基づく医療計画を策定する方針を決定し,各都道府県は2013年度実施に向けてその策定を急いでおります。

 今月号の特集はまさにこの精神疾患の地域医療計画策定であり,医療計画の厚労省通知内容の作成に直接あたられた担当官からは財政的な基盤も含めた医療計画について解説いただき,また,厚労科研事業でレセプトデータを基にNational Databaseを作成しておられる先生方からはその活用法を解説いただきました。一方,医療計画策定に直接参加しておられる先生からはこの厚労省通知を医療の側でどう読み解き,医療計画策定過程での各機関,団体,職能間の合意形成のための協議の場をどう設定するかを指摘していただき,また,先行しているがんの医療計画についても,がん対策基本法の推進基本計画の5年ごとの見直しが医療法に基づく医療計画に反映される様子を明確にしていただくとともに,行政の講ずる施策が現場の実情に沿ったものとなるように,臨床にあるものが一致して提言していく責務についてもご指摘いただきました。今後,実態調査や改革の進捗状況評価を繰り返しながら,医療計画を5年ごとに見直し,必要な改革を地域ごとに確実に進めることで,精神科医療改革の道筋が見えてきており,わが国の精神医学界が精神科医療の在り方を論じつつ,行き詰まっていた数年の間に,現実のほうでは改革の歯車が銀河の動きのように確実に動いているといえます。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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