文献詳細
文献概要
特集 アルコール・薬物関連障害
医療観察法におけるアルコール・薬物問題
著者: 今村扶美1
所属機関: 1独立行政法人国立精神・神経医療研究センター病院
ページ範囲:P.1111 - P.1118
文献購入ページに移動はじめに
心神喪失者等医療観察法(以下,医療観察法)が施行されてから,7年余りの年月が経過した。この法律は,精神疾患の影響下で重大な他害行為におよび,心神喪失もしくは耗弱と判断された人に対して,裁判所の判断ならびに保護観察所の観察下で専門的な精神科医療を受けさせ,再び同様の行為に至ることを防ぐとともに,社会復帰を支援することを目的としたものである。対象疾患としては,主に統合失調症を想定していたこともあり,当初,物質使用障害は本法の対象とはなりにくいであろうと考えられていた。しかしながら,そうした想定に反し,この間,統合失調症や気分障害などの精神障害に併存する形でアルコールや薬物の問題を抱えた対象者が指定入院医療機関に数多く入院してくることとなった。
司法精神医学領域の研究においては,かねてより物質使用障害と暴力との間に密接な関係があることが報告されてきた。たとえば,一般人口を対象としたコホート調査によれば,物質使用障害が存在することで暴力のリスクが男性で5.9~8.7倍,女性で10.2~15.1倍に高まる4),あるいは,物質使用障害は男性の暴力のリスクを9.5倍に高め,女性では55.7倍に高まると報告20)されている。
統合失調症などの精神障害が重複して併存する場合には,物質使用はより一層暴力との結びつきを強くする。精神障害者がアルコールや薬物を1回摂取するだけでも暴力のリスクは2倍に,乱用・依存水準の者では16倍に高まる19),さらには,物質使用障害を伴う統合失調症患者では,暴力全般のリスクが18.8倍,殺人に限定した場合には28.8倍にもなるという報告20)がある。また,このような重複障害患者では,暴力のリスクが高いだけでなく,地域内処遇における服薬のコンプライアンスや治療へのアドヒアランスが悪いことも指摘されている17)。
このような知見からは,医療観察法の対象者,すなわち,他害行為を起こした精神障害者の中に物質使用の問題を抱えた者が多く含まれているのは至極当然のことと言える。そして,医療観察法において,対象者の再他害行為を防ぎ,社会復帰を支援する上で,物質使用の問題に介入することが非常に重要な治療課題の一つであることを意味している。本稿では,独立行政法人国立精神・神経医療研究センター病院(以下,センター病院)医療観察法入院処遇における物質使用障害の実態を報告するとともに,入院処遇中に実施されている治療プログラムについて紹介を行いたい。
心神喪失者等医療観察法(以下,医療観察法)が施行されてから,7年余りの年月が経過した。この法律は,精神疾患の影響下で重大な他害行為におよび,心神喪失もしくは耗弱と判断された人に対して,裁判所の判断ならびに保護観察所の観察下で専門的な精神科医療を受けさせ,再び同様の行為に至ることを防ぐとともに,社会復帰を支援することを目的としたものである。対象疾患としては,主に統合失調症を想定していたこともあり,当初,物質使用障害は本法の対象とはなりにくいであろうと考えられていた。しかしながら,そうした想定に反し,この間,統合失調症や気分障害などの精神障害に併存する形でアルコールや薬物の問題を抱えた対象者が指定入院医療機関に数多く入院してくることとなった。
司法精神医学領域の研究においては,かねてより物質使用障害と暴力との間に密接な関係があることが報告されてきた。たとえば,一般人口を対象としたコホート調査によれば,物質使用障害が存在することで暴力のリスクが男性で5.9~8.7倍,女性で10.2~15.1倍に高まる4),あるいは,物質使用障害は男性の暴力のリスクを9.5倍に高め,女性では55.7倍に高まると報告20)されている。
統合失調症などの精神障害が重複して併存する場合には,物質使用はより一層暴力との結びつきを強くする。精神障害者がアルコールや薬物を1回摂取するだけでも暴力のリスクは2倍に,乱用・依存水準の者では16倍に高まる19),さらには,物質使用障害を伴う統合失調症患者では,暴力全般のリスクが18.8倍,殺人に限定した場合には28.8倍にもなるという報告20)がある。また,このような重複障害患者では,暴力のリスクが高いだけでなく,地域内処遇における服薬のコンプライアンスや治療へのアドヒアランスが悪いことも指摘されている17)。
このような知見からは,医療観察法の対象者,すなわち,他害行為を起こした精神障害者の中に物質使用の問題を抱えた者が多く含まれているのは至極当然のことと言える。そして,医療観察法において,対象者の再他害行為を防ぎ,社会復帰を支援する上で,物質使用の問題に介入することが非常に重要な治療課題の一つであることを意味している。本稿では,独立行政法人国立精神・神経医療研究センター病院(以下,センター病院)医療観察法入院処遇における物質使用障害の実態を報告するとともに,入院処遇中に実施されている治療プログラムについて紹介を行いたい。
参考文献
1) Donovan DM, Kivlahan DR, Doyle SR, et al:Concurrent validity of the Alcohol Use Disorders Identification Test(AUDIT)and AUDIT zones in defining levels of severity among out-patients with alcohol dependence in the COMBINE study. Addiction 101:1696-1704, 2006
2) Emmelkamp PMG, Vedel E:Research basis of treatment. In:Emmelkamp, Vedel, ed. "Evidence-based treatment for alcohol and drug abuse:A practitioner's guide to theory, methods, and practice", Routledge, New York, pp85-118, 2006
3) 廣尚典:GAGE, AUDITによる問題飲酒の早期発見.日本臨牀172:589-593, 1997
4) Hodgins S:Mental disorder, intellectual deficiency, and crime. Evidence from a birth cohort. Arch Gen Psychiatry 49:476-483, 1992
5) 今村扶美,松本俊彦,小林桜児,他:心神喪失者等医療観察法における物質使用障害治療プログラムの開発と効果.精神医学54:921-930, 2012
6) 小林桜児,松本俊彦,今村扶美,他:専門外来における認知行動療法プログラムの開発と効果に関する研究.平成23年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業(精神障害分野)「薬物依存症に対する認知行動療法プログラムの開発と効果に関する研究(研究代表者:松本俊彦)」総括・分担研究報告書,pp11-19, 2012
7) 小林桜児,松本俊彦,大槻正樹,他:覚せい剤依存者に対する外来再発予防プログラムの開発―Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program(SMARPP).日アルコール・薬物医会誌42:507-521, 2007
8) Matrix Institute:http://www.matrixinstitute.org/index.html
9) 松本俊彦,今村扶美:物質依存を併存する触法精神障害者の治療の現状と課題.精神科治療24:1061-1067, 2009
10) 松本俊彦,今村扶美,小林桜児,他:少年鑑別所における薬物再乱用防止教育ツールの開発とその効果―若年者用自習ワークブック「SMARPP-Jr.」.日アルコール・薬物医会誌44:121-138, 2009
11) 松本俊彦,小林桜児:薬物依存者の社会復帰のために精神保健機関は何をすべきか? 日アルコール・薬物医会誌43:172-187, 2008
12) 松本俊彦,近藤あゆみ,高橋郁絵,他:民間回復施設における認知行動療法治療プログラムの開発と効果に関する研究(1).平成23年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業(精神障害分野)「薬物依存症に対する認知行動療法プログラムの開発と効果に関する研究(研究代表者:松本俊彦)」総括・分担研究報告書,pp71-80, 2012
13) Miller WR, Tonigan JS:Assessing drinkers' motivation for change:The Stage of Change Readiness and Treatment Eagerness Scale(SOCRATES). Psychology of Addict Behav 10:81-89, 1996
14) 森田展彰,末次幸子,嶋根卓也,他:日本の薬物依存症者に対するマニュアル化した認知行動療法プログラムの開発とその有効性の検討.日アルコール・薬物医会誌42:487-506, 2007
15) Saunders JB, Aasland OG, Babor TF, et al:Development of the Alcohol Use Disorders Identification Test(AUDIT):WHO Collaborative Project on Early Detection of Persons with Harmful Alcohol Consumption-II. Addiction 88:791-804, 1993
16) Skiner HA:The drug abuse screening test. Addict Behav 7:363-371, 1982
17) Soyka M:Substance misuse, psychiatric disorder and violent and disturbed behaviour. Br J Psychiatry 176:345-350, 2000
18) 鈴木健二,村上 優,杠 岳文,他:高校生における違法性薬物乱用の調査研究.日アルコール・薬物医会誌34:465-474, 1999
19) Swanson JW, Borum R, Swartz MS, et al:Psychotic symptoms and disorder and the risk of violent behaviour in the community. Criminal Behaviour and Mental Health 6:309-329, 1996
20) Wallace C, Mullen P, Burgess P, et al:Serious criminal offending and mental disorder. Case linkage study. Br J Psychiatry 172:477-484, 1998
掲載誌情報