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文献詳細

雑誌文献

精神医学54巻11号

2012年11月発行

文献概要

特集 アルコール・薬物関連障害

薬物依存における新たな動向―多様化する乱用薬物

著者: 嶋根卓也1

所属機関: 1国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部

ページ範囲:P.1119 - P.1126

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はじめに

 近年の薬物依存臨床におけるキーワードの一つは「多様化」であろう。現在,「合法ハーブ」,「アロマリキッド」などの俗称で呼ばれる違法ドラッグ(いわゆる脱法ドラッグ)が流行しており,乱用による影響が疑われる意識障害,自動車事故,死亡事例などの報道は後を絶たない。薬物依存臨床には,こうした違法ドラッグを主たる使用薬物とする患者が登場するようになった。

 違法ドラッグとは「麻薬・向精神薬には指定されておらず,それらと類似の有害性が疑われる物質であって,人に乱用させることを目的として販売などがされるもの」と定義される。違法ドラッグという言葉から,法律で規制される麻薬や覚せい剤を連想する方も多いが,違法ドラッグには使用や所持に関する罰則規定がなく,麻薬や覚せい剤とは法的に大きく異なる物質である。なお,人の手によって構造式の一部を変え,法規制を逃れている様を表す言葉としては「違法」よりも「脱法」のほうが実情に近く,本稿では違法ドラッグのことを「脱法ドラッグ」と表記する。

 脱法ドラッグのうち,中枢神経系の興奮もしくは抑制作用または幻覚作用を有する物質であることが確認できれば指定薬物として製造・販売などの流通を規制することが可能であり,依存性評価などのデータが揃えば,麻薬指定が可能である。しかし,こうした規制にもかかわらず,化学構造式の一部を変えた新たな脱法ドラッグが次々と登場し,市場に出回る状況が続いている。

 一方,精神科医により身近な問題として,睡眠薬・抗不安薬(主にベンゾジアゼピン系薬剤,以降BZ系薬剤と表記)といった向精神薬を主たる使用薬物とする薬物依存患者の増加が報告されている。睡眠薬・抗不安薬を主たる使用薬物とする患者は,今や覚せい剤に次いで2番目に多いグループとなった。こうした患者は,気分障害や睡眠障害の原疾患があり,精神科医療などで治療を受けているケースが多い。つまり,快楽を求めて乱用しているという臨床像よりも,不眠・不安などの症状を緩和するために自己判断で増量するうちに服用量が増え,結果として薬物依存に至っているという臨床像のほうが実情に近いと考えられる。また,特定の薬剤を手に入れるために複数の医療機関を多重受診するケースや,処方箋を偽造するケースも報告されている。さらに,向精神薬の過量服薬が自殺の背景となっている可能性も指摘されていることから,向精神薬の適正処方・適正使用が求められているところである。

 本稿では,多様化する乱用薬物として「脱法ドラッグ」と「向精神薬」を取り上げる。筆者は精神科医ではなく,薬物依存の疫学研究を行う薬学出身の研究者であるため,薬物依存の診断や治療について詳細に論じることはできない。そこで本稿では,「脱法ドラッグ」と「向精神薬」に関する疫学研究をもとに,多様化する乱用薬物の動向を概観し,乱用者の心理社会的な背景を論じることで,多くの精神科医と薬物依存に関する新たな情報を共有したい。

参考文献

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掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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