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雑誌目次

論文

精神医学54巻2号

2012年02月発行

雑誌目次

巻頭言

被災地支援と医療計画と―病院の立地,規模,特性

著者: 川副泰成

ページ範囲:P.112 - P.113

 臨床研修の時期から数えて28年3か月勤続した病院から,縁あって2010年10月に異動した。農漁村部の有床総合病院精神科から大都市の依存症専門病院へと,対照的な異動先になったが,引き続き自治体病院で,との希望がかない,これまでの経験を活かしつつ試行錯誤を続けている。

特集 障害者権利条約批准に係る国内法の整備:今後の精神科医療改革への萌芽

今後の精神科医療改革と非自発的入院医療

著者: 吉住昭

ページ範囲:P.115 - P.123

はじめに

 今,医療・保健・福祉の枠組みが大きく変わろうとしている。医療の分野総体では,医療費の総枠や医師不足をどうするかなどが大きな論点になっている。一方,精神科医療領域に限って見れば,2004(平成16)年にまとめられた「精神保健医療福祉の改革ビジョン」については,10か年計画の中間点を迎えた2009(平成21)年9月に,今後の精神保健医療福祉のあり方などに関する検討会報告書「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」がまとめられた。この報告書などを踏まえ,施策の具体化を目指し診療報酬の一部改定もなされた。また,2010(平成22)年5月からは「新たな地域保健医療体制の構築に向けた検討チーム」が設置され,そこでは,アウトリーチ体制の具体化など地域精神保健体制の整備・認知症と精神医療・保護者制度と入院制度について検討が進められている。

 また,精神科医療改革は,単に医療という枠組みのみならず障害・福祉という枠組みとも交差し,2つの領域からさまざまな動きが進行している。以下,障害としての対策,具体的には障害者制度改革の推進体制についてふれ,疾患として,精神疾患が5疾病5事業に加えられること,その両者が精神科医療改革に及ぼす影響についてふれる。また,精神科における非自発的入院は,障害者制度改革推進会議においても重要な課題としてあるが,本特集の中で保護者制度の問題と心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)の問題は取り上げられており,筆者が研究班に所属し研究を進めてきた古くて新しい問題である措置入院について取り上げる。

障害者権利条約と精神医療

著者: 伊藤哲寛

ページ範囲:P.125 - P.135

はじめに

 2006年の国連総会において「障害者の権利に関する条約」(以下,障害者権利条約)が採択され,2008年に発効した。2011年9月の時点で105か国が批准している。日本政府も批准に向けて,障害当事者の意見を取り入れながら,障害関連法の点検と見直しを行っている。

 わが国では,長い間,保護と収容を優先させる精神保健医療福祉施策を続けてきた。その結果,精神障害者の地域からの疎外,精神病床の過剰,低水準の医療,貧しい療養環境での社会的入院,地域資源の未成熟など,容易に改善しがたい状況を招いてしまった。1987年に精神衛生法が精神保健法に改められ,入院精神障害者の人権に関する条項が取り入れられ,医療従事者の人権認識も深まった。しかし,現実には精神障害者の同意なしの入院患者数は減らず,その入院環境や処遇の改善は十分でない。また地域においても差別されることなく他の人々と同等な条件で質の高い生活を送ることができるようになっているわけではない。

 当事者の権利保障という視点を抜きにして進められてきたこれまでの精神保健医療福祉施策が,障害者権利条約の批准を契機に,大きく転換されることが期待される。

 本稿では,「障害者権利条約」の成立の背景,条約の意義,条約の内容を述べたうえで,この条約が精神障害に関連する国内法制度,特に非自発入院制度に及ぼす影響に焦点を当てて考察する。

精神保健福祉法と民法714条―責任無能力者の監督義務,責任

著者: 久保野恵美子

ページ範囲:P.137 - P.143

加害行為をめぐる損害賠償責任の基本的枠組み

1.加害者本人が責任を負うという原則

 意図的にまたは不注意によって誰かに損害を生じさせてしまったときには,損害を生じさせる直接の加害行為を行った本人(以下,「加害者」という)が,生じた損害について賠償責任を負うのが原則である(民法709条に基づく不法行為責任)。加害者以外の者(以下,「第三者」という)が責任を負う可能性もないわけではない。被害者が,ある第三者について,加害者の行為を具体的に予見し,それを防止すべき義務を負っていたにもかかわらずそれを怠ったということを主張,立証することに成功すれば,当該第三者の不法行為責任を追及できる(以下,「第三者の一般的な不法行為責任」という)。しかし,ある加害行為によって損害が発生するのは,いつでも周囲の誰かがそれを阻止しなかった帰結であるともいえることからわかるように,被害者が第三者について具体的な予見可能性および加害行為の防止義務の懈怠を主張,立証できるのは,例外的な場合に限られる。

精神科医療と保護者制度―諸外国の現状

著者: 堀口寿広 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.145 - P.154

はじめに

 精神科医療には,患者自身の意思によらない入院(非任意入院)が法的に位置づけられているという特色がある。わが国では,1900年の精神病者監護法以降,患者の医療について「監護義務者」,「保護義務者」(1950年),「保護者」(1993年)をそれぞれ規定し,患者自身が意思を表明できない場合は本人に代わって保護者に判断の責任を負わせることにより,同意に基づく医療を担保してきた。しかし,医療や介護について「家族が面倒をみるのは当然」という考えが依然として主流のわが国では,保護者となる患者の家族に過重な負担を生じさせており,制度を見直すことが保護者のために必要であった14)。特に超高齢化社会を迎えた近年は身近に親族のない高齢者が増え,アパートへの入居や(法的には保証人を要しない)入院に際し有償で保証人を請け負う事業者との間でさまざまな消費者トラブルが生じている13)。精神科医療においても今後地域で自立した生活を送る者が増えていくことを想定すると,従来の家族制度に立脚した保護者制度を見直すことが急務と考えられる。

 加えて,「障害者は保護の対象ではなく権利の主体であるとの考えに立ち,障害当事者の経験に即した視点から」自己決定に基づく医療を進めるためにも,精神科医療における保護者制度について,現状をふまえつつ本人主体の観点からあるべき姿を検討することが求められる。内閣府「障がい者制度改革推進会議総合福祉部会 医療・合同作業チーム(医療分野)」は,このほど障害者基本法改正に関連して,基本法に盛り込むべき内容の1つとして「医療保護入院に係る同意を含む「保護者制度」を解消するための根拠となる規定を設けること」を提案している。

 それでは,わが国の保護者制度は今後どのようにあるべきか。保護者制度を論じるために本稿では,海外では一定の条件下で保護者の役割がどのように規定されているか,具体的な場面として精神科の非任意入院を設定して関連する情報を収集した。各国の一般的な医療事情については,外務省が公表している「世界の医療事情 在外公館医務官情報」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/index.html)を参考にした。なお,本稿記載の国に加えて複数の国における精神科医療に関する情報は,成書12)および当センター内に開設された「精神保健医療福祉の改革ビジョン」ホームページ(http://www.ncnp.go.jp/nimh/keikaku/vision/overseas.html)に掲載されているのであわせてご参照いただきたい。

強制医療介入としての医療観察法―退院と処遇の終了をめぐって

著者: 中谷陽二

ページ範囲:P.155 - P.162

はじめに

 2010年6月29日に閣議決定された「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」7)は医療の課題の1つに「精神障害者に対する強制入院,強制医療介入等について,いわゆる『保護者制度』の見直し等も含め,その在り方を検討し,平成24年内を目途にその結論を得る」を挙げている。日本精神神経学会のプロジェクトチーム5)は,この「6月29日閣議決定」を受け,取り組むべき課題に関する意見を公表した。課題の1つは非自発的入院・非自発的治療介入の要件の明確化および適正な手続きである。

 精神障害者の非自発的入院としては精神保健福祉法の措置入院,医療保護入院,応急入院と並んで医療観察法(心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療と観察等に関する法律)による入院が含まれる。精神保健観察下での通院処遇も併せ,医療観察法を強制(非自発的)医療介入とみなすことができる。都道府県知事の権限による措置入院と異なり処遇の命令や解除は裁判所の決定に基づき,より強い強制性を持っている。

 医療観察法の施行から6年以上が経過した。2010年12月31日までに申立て総数が2,029件を数える一方で,退院許可もすでに677件に達した11)。今後,退院および医療観法による医療の終了(以下,処遇の終了)は着実に増えて行くであろう。法の定めにより,入院の要件の消失をもって退院となり,医療観察法による医療の要件の消失をもって処遇の終了となる。ということは,退院許可と処遇の終了に関する裁判所の決定に際して,入院などが命じられる要件,言い換えれば個人の自由を制限することの根拠が改めて検討事項となる。加えて,その後の社会復帰の成否により,裁判所の決定が適切であったかが事実によって検証されることになる。

 現在,医療観察法のもとで質の高い医療が提供されている。しかし,手厚い医療であるから強制されてよいわけではない。強制を正当化する理由が明確にされ,適正な手続により法が運用されなければ個人の人権が侵害される。医療の強制性は本制度の根幹をなすものである。筆者はかねてから医療観察法を十分な議論を経ない拙速立法とみなしてきた。つい最近の障がい者制度改革推進会議はかなりの時間を措置入院と医療観察法に関連する質疑に費やしているが,議事8)を一読した限りでは,相変わらず振り出しの議論が続いている感がある。

 小論では医療観察法の制度が直面する課題について退院と処遇の終了に焦点を当て,比較のためアメリカのニューヨーク州の判例と制度改革にも触れてみたい。

非自発的入院医療に対する不服申立て制度の現状と課題

著者: 東端憲仁

ページ範囲:P.163 - P.168

はじめに

 私宅監置の容認に象徴されるように,わが国の戦前の精神科医療施設整備は進まず,その反省から戦後は医療を受ける権利の保証に重点が置かれ,国際的な精神科病床数削減の方向に逆行する形でわが国の精神科病床は増え続けて,優遇措置のもとにかつては“精神病院ブーム”が生じるに至り総合病院もこぞって精神科病棟を作った時代があった。その一方で精神衛生法による入院患者に対する人権保障制度はきわめて貧困であり,退院請求や処遇改善についての保証はほとんどなく,わずかに措置入院患者における行政不服審査,行政事件訴訟,人身保護法による救済制度,身体拘束に関する知事への調査請求などがあったのみで,これらも実際に利用されることはほとんどなかった。

 宇都宮病院事件を契機として,精神障害者の人権に配慮した適正な医療および保護の確保と精神障害者の社会復帰の促進を図る観点から精神衛生法が精神保健法に改正された。入院患者の人権に関しては,任意入院,書面による権利などの告知,精神保健指定医,精神医療審査会などが新たに制度化され,精神病院に対する厚生大臣等による報告徴収・改善命令に関する規定が設けられ,入院患者に関する退院請求・処遇改善請求制度が作られ,入院届け・定期病状報告などの審査とともに精神医療審査会が入院患者の人権保護の役割を担うこととなった。

 その後も精神病院による不祥事件が繰り返され,精神保健法の見直しが重ねられて,精神医療審査会については,いわゆる国際人権B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)第9条第4項の「独立した第三者機関」に該当するかという問題があり,2002年4月からは,審査会の事務が都道府県または政令市から精神保健福祉センターに移行して独立性が高められた。1999年の改正では委員数の15名以下という制限が削除されるとともに合議体も必要に応じて複数設置できることとなり,審査の迅速化が図られた。また2005年改正では合議体の構成が医療委員の割合を抑制する方向に修正され,医療委員(精神保健指定医)2名以上,法律家委員1名以上,有識者委員1名以上の計5名となった。

 2005年に施行された医療観察法では,精神保健福祉法と同等の人権保護制度に加えて,裁判所が入院に関する決定機関として位置づけられ,外部委員が参加する倫理会議や外部評価会議が定期的に監視機能を果たすなど,中立性と透明性のより高い人権保障制度が施されている2)

 本稿では退院・処遇改善請求制度の概要と現状について記載し,その問題点と今後の課題について若干の検討を加える。

退院促進事業の実施状況からみた地域生活支援と医療・福祉連携

著者: 白石弘巳 ,   小川憲司

ページ範囲:P.169 - P.177

はじめに

 日本の精神科医療の特徴として,これまで以下のようなことが指摘されてきた。①精神科病床が多い,②精神科病院の8割以上が私立,③いわゆる「精神科特例」の存在,④精神科医療の専門化の遅れ,⑤家族に負担を強いる保護者制度の存在,⑥長期在院者が多い,⑦地域ケア体制の遅れ,⑧最近は診療所を開業する医師が多く入院医療は医師不足の傾向がある。入院患者の人権尊重と社会復帰の促進を謳った精神保健法(1987)から数えても,今日まで20年以上にわたって,こうした状況を改革するための模索が続けられてきた。本稿の主題と関係ある主な法改正や方針を列挙しても,障害者基本法の成立(1993),精神保健福祉法への改正(1995),精神保健福祉士法制定(1997),精神保健福祉法改正(1999),社会保障審議会障害者部会精神障害分会報告書(2002),「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(2004),障害者自立支援法制定と精神保健法改正(2005),「精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会報告書」(2009),「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」(2010)とめまぐるしい。

 「精神保健医療福祉の改革ビジョン」以来基調となってきたのは,現在の「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム」においても基本理念となっている「入院医療中心から地域生活中心へ」という方向性であり,その象徴ともいえる事業が長期入院者の退院に向けた取り組みであった。この取り組みは,2000年に大阪府による退院促進事業として開始され,2002年に公表された社会保障審議会精神障害分会報告書において「社会的入院7万2千人」との数値が盛り込まれたことを受け,2003年に国の事業となり,モデル事業を経て,障害者自立支援法下で2006年以降,障害福祉計画に地方自治体ごとに削減目標が設定される中で実施された。その後,「精神障害者地域移行支援特別対策事業」(2008),「精神障害者地域移行・地域定着支援事業」(2010)と名前を変えてきたが,この間,2009年に開催された障害保健福祉関係主管課長会議の資料によれば,事業実施後6年間で事業の実績は2,010人にとどまっており,「従来より地域移行を推進してきたところであるが,長期患者の動態等について大きな変化が見られていない」と事業の目標が達成できていないことが明らかにされている。「精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会報告書」(2009)以降,「条件が整えば退院可能な者」「社会的入院」という表記が改められ,2011年度をもって国の事業は終了し,2012年度からは障害福祉サービスにおける支援として個別給付化されることとなっている。この変更により,退院促進に向けた取り組みが弱体化することを懸念する声が上がっている。

 高木は「こうした時代の必然的要請としての脱施設化,地域移行について,私たちの誰もが急激な潮流の変化について行けず,明確な改革ビジョンとその実現プログラムをもてずにいるのが現状である」17)と指摘しているが,変化に向けた萌芽は随所にみられているようにも思われる。以下,本稿では,国が力を入れてきた「社会的入院」患者に対する退院促進事業の成果と,残されている課題について検討することを通して,地域生活支援の視点から医療と福祉の連携のあり方について展望してみたい。

多職種チームによるアウトリーチ地域活動

著者: 太田順一郎

ページ範囲:P.179 - P.189

はじめに―内閣府および厚生労働省における議論

 今回の特集のテーマは「障害者権利条約批准に係る国内法の整備:今後の精神科医療改革への萌芽」なので,現在進んでいる障害者権利条約の批准に向けた動きと関連した,アウトリーチ活動の話題から始めよう。

 2006年,障害者権利条約が国連で採択された。内閣府は2010年1月に第1回の障がい者制度改革推進会議(以下,「推進会議」)を開催して,同条約批准に向けての法および制度の整備のための議論を始めた。この議論は,具体的には障害者基本法の抜本的改正,障害者自立支援法に替わる障害者総合福祉法(仮称)の制定,そして障害者差別禁止法(仮称)の制定を目指すものであった。

研究と報告

自死遺族の心の健康状態―兵庫県監察医務室を介して行った自死遺族支援の試みから

著者: 藤井千太 ,   明石加代 ,   松田一生 ,   青木豊子 ,   長崎靖 ,   加藤寛

ページ範囲:P.191 - P.200

抄録

 検案書が発行される際に支援に関する情報提供を行い,そこで同意の得られた17名の自死遺族を対象に調査票郵送による健康調査を2回行った。死別から8か月の時点でK6の「気分・不安障害相当」は17.6%,「重症精神障害相当」は11.8%,IES-RによるPTSDハイリスクは58.8%であった。2回の調査の比較で一般的な不安や抑うつについては軽減を認めたが,PTSD症状ではそのような傾向を認めなかった。近親者の自死は遺族にとって外傷的であり,その心理的影響は長期化しやすいと考えられた。尺度による評価で心の健康状態が悪化していた多くのケースは,自発的に援助要請を行っていた。一方で,同様に深刻な状態と考えられたが,自発的には援助要請を行っていないケースの存在も明らかとなった。

乱用・依存の危険性の高いベンゾジアゼピン系薬剤同定の試み―文献的対照群を用いた乱用者選択率と医療機関処方率に関する予備的研究

著者: 松本俊彦 ,   嶋根卓也 ,   尾崎茂 ,   小林桜児 ,   和田清

ページ範囲:P.201 - P.209

抄録

 本研究は,乱用・依存の危険の高いベンゾジアゼピン(BZ)系薬剤を同定するための参考情報を得るために,乱用者における各種BZ系薬剤の選択率と,医療機関における各種BZ系薬剤の処方率を比較し,処方率に比べて選択率が高い薬剤の同定を試みた。対象は,全国の医療機関から収集したBZ乱用患者139例であり,文献的対照群として,中島らによる1大学病院におけるBZ処方患者6,777名に関するデータを用い,8種類の短時間作用型BZについて,各種BZ系薬剤の選択率と処方率を比較した。

 その結果,triazolam,zolpidem,lormetazepamについては,選択率が処方率よりも有意に高く,brotizolamとrilmazafonについては,選択率が処方率よりも有意に低かった。また,etizolamについては乱用者の選択率と医療機関における処方率との関係が,精神科と一般診療科で異なっていた。

資料

エッセン精神科病棟風土 評価スキーマ 日本語版(EssenCES-JPN)の心理測定学的特徴の検討

著者: 野田寿恵 ,   杉山直也 ,   松本佳子 ,   辻脇邦彦 ,   長谷川利夫 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.211 - P.217

はじめに

 1960年代のアメリカの精神科医療では入院治療中心の収容主義から脱施設化がはじまり,病棟内では,心理社会的プログラムを行い,患者自身が自分の感情や問題を理解し,自発性を持って治療に取り組むという働きかけが重視されるようになった。このような変化の中で心理社会的働きかけについて,入院患者や病棟スタッフがどのように認識しているのかを評価するための,病棟環境を測定するための尺度がいくつか開発された11,12)

 その中の1つとして,1968年にMoosらによって病棟の心理社会的環境の尺度としてWard Atmosphere Scale(WAS)が開発された12)。WASは10の領域(治療プログラムへの活発な参加,スタッフや他患者からのサポート,オープンな感情表現,自己決断,自身の感情や問題の気づき,議論の推奨と怒りの表出,明確で活発なプログラムなど)について,「はい」ないし「いいえ」で回答する10個の質問項目からなる。各領域が0~10点で配点され,得点の高いほど病棟環境がよいと評価していることになる。その後MoosらはWASを用いて,アメリカ国内で大規模な調査を行い,病棟の病床数が多いこと,スタッフ患者比が低いことがWAS得点を低くさせるという結果を報告し10),さらに,WASをイギリスに適応しアメリカと実質的に同様の結果を得たとした11)。その後WASは,病棟環境を評価する標準的な尺度として各国にてしばしば用いられてきている3,9)。その1つとして,KlassらはWASを用いて患者アウトカムとの関連も調査し,WASの中で「怒りや攻撃性」(患者やスタッフと議論することが許されかつ推奨され,時には怒りを表出できる)および,「治療プログラムの整備」(活動プログラムの重要性が評価され,整備されている)の領域の得点が高いことと,退院後の在宅期間が長いことの関連性を見出したと報告している6)。また,病棟環境に対する認識は,入院患者とスタッフ間で相違があり,スタッフのほうが入院患者よりもポジティブに評価することも指摘されてきている1,11,15)

 しかしながら,WASは100個の質問で構成されているため,回答に時間を要する上に欠損値が発生しやすく,また1960年代に開発されているため,現在にとって,そぐわない項目も含まれることになった。Schalastは,WASをもとにドイツの触法病棟に適した構成概念を再検討し,信頼性・妥当性の検討を重ね,3因子からなる15項目に2項目を加えた17項目からなるエッセン精神科病棟風土 評価スキーマ(Essen Climate Evaluation Schema;EssenCES)の開発に至った。EssenCESの3つの因子「治療的な関心(Therapeutic hold)」「安全性への実感(Experienced safety)」「患者間の仲間意識・相互サポート(Patients’ cohesion and mutual support)」それぞれは,0.7以上のCronbach's α係数が得られ,かつWASおよびGood Milieu Index(GMI)2)と十分な相関も得られた16)。次いで,イギリスの触法病棟を対象とした調査も行われており,そこでもEssenCESの信頼性・妥当性が得られている5)

 なお,GMIはMoosによって開発された病棟満足度を示す尺度で5項目からなり,「全くそう思わない」から「とてもそう思う」の5段階で評価し,合計得点が5~25点で配点される。点数の高いほど病棟満足度が高いことを示す。WASの改訂版の開発に際して,基準となる尺度としてしばしば用いられてきているものである13,14,19)

 EssenCESは現在,英語版をはじめ,オランダ語,フィンランド語,韓国語版が作成されており20),普及する可能性が高い。また精神科病棟において,医療ケアの質を改善させるような取り組みを行った際,その前後での変化をみる指標としてEssenCESは期待できると考えられる。現在,日本において病棟風土に関する既存の質問票がないといえることから,本研究では,EssenCES 日本語版を開発し,その心理測定学的特徴を検討することを目的とした。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

セネストパチー

著者: 矢部辰一郎 ,   飯森眞喜雄

ページ範囲:P.218 - P.220

はじめに

 セネストパチー(cenesthopathy:体感症)とは,身体疾患や医学的異常所見がないにもかかわらず「内臓に穴があいている」「頭の中がネトネトする」などといった奇妙な体感(cenesthesie)の異常を訴える病態像を表すものとされ,1907年にフランスのDupréとCamusが症例報告に用いたのが始まりである。他に特記するような症状もなく,セネストパチーという病名以外には適合するような疾患が考えられず,慢性に経過する患者がいる一方で,さまざまな精神疾患の一症候として同様の体感異常を呈することも多い。本邦では,体感異常のみを呈するものを「狭義のセネストパチー」,統合失調症や気分障害などの患者で体感異常を訴えるものを「広義のセネストパチー」とする保崎12)の分類が一般的で広く受け入れられている。

 しかし実際には,セネストパチーを検討する時には,それを狭義にとるのか広義にとるのかという線引きの問題や,皮膚寄生虫妄想症などの近似の概念との区別の難しさがあり,体感異常というテーマをめぐって複雑な議論がなされてきた。そこでそれらの見解を整理して考えてみたい。

動き

「第107回日本精神神経学会学術総会」印象記

著者: 館農勝

ページ範囲:P.221 - P.221

 第107回日本精神神経学会学術総会は,2011年10月26,27日の2日間,ホテルグランパシフィックLE DAIBA,および,ホテル日航東京(東京都港区)において,三國雅彦会長(群馬大学大学院医学系研究科神経精神医学分野)のもと開催された。本総会は,当初,同年5月に予定されていたが,3月11日に発生した東日本大震災で被災された方々への支援を優先するべく5月21日に議事総会と東日本大震災支援に関するワークショップのみを開催し,学術総会の日程を延期,短縮して開催された。総会テーマは「山の向こうに山有り,山また山―精神科における一層の専門性の追求―」で,専門性の追求という言葉の通り,50以上の関連学会からの報告が行われた。日程が短縮されたこともあり,最大18会場でプログラムが同時進行するという構成であったため,興味ある企画をすべて網羅し参加することは不可能であったのが残念であったが,参加者はおよそ5,000人で,立ち見の出る会場もみられ活発な討議で盛り上がりをみせていた。会長講演,特別講演のほか,先達に聴く,28の教育講演,41のシンポジウム,2つの国際シンポジウム,症例検討会,精神医学研修コースや専門医を目指す人の特別講座などの教育プログラム,そして一般演題は,口演177演題(44セッション),ポスター83演題(17セッション)と,臨床から基礎研究まで多岐にわたる発表で盛りだくさんの内容であった。また,東日本大震災の復興計画と中長期的支援と題したシンポジウムも企画され,被災県からの報告や今後の取り組みについての議論が行われた。日程の変更などもあり,残念ながら,特別講演が予定されていたJuhn Wada教授,Herbert Meltzer教授の来日はかなわなかったが,Meltzer教授は,インターネット通信を利用して滞在先のフィンランドからの中継で講演されるという新たな試みも行われた。国際シンポジウムには,遠くはナイジェリアやモロッコといったアフリカからの参加者を含む12名の海外若手精神科医が参加し,日本の演者を交えて,国際共同研究の実現に向けたシンポジウム,対人恐怖に関する症例検討が行われ,本学会の国際化を実感した。海外参加者は,学会期間中,日本若手精神科医の会(JYPO)の協力で都立松沢病院を訪問したが,日本の精神科医療の一端に触れることができ貴重な体験であったとの感想が聞かれた。

 次回の第108回総会は,齋藤利和会長(札幌医科大学神経精神医学講座)のもと,2012年5月24~26日に,札幌コンベンションセンターで開催される。「新たなる連携と統合:多様な精神医学・医療の展開を求めて」をテーマに,関連学会とのさらなる連携,本学会のさらなる国際化に向けたプログラムが多数企画されている。事務局一同,多数の皆様のご参加をお待ちしております。

「第24回日本総合病院精神医学会総会」印象記

著者: 保坂隆

ページ範囲:P.222 - P.223

 2011年11月25,26日の2日間,神庭重信九州大学教授(九州大学大学院医学研究院精神病態医学)を大会長として,第24回日本総合病院精神医学会総会が福岡国際会議場で開催された。2日間での参加者が1,000名を超えたということで,歴代の同学会総会での最多参加者ということになる。内容も,この最多の参加者を満足させるように,多岐にわたっていた。

 総会のテーマは「精神医学と身体医学のさらなる統合」であったが,神庭教授はその会長講演を「身体のなかの心,心のなかの身体」と題して,主に教授ご自身の精神神経免疫学的研究をわかりやすく紹介しながら,身体と心の相互関係について述べ,総会テーマを解読した。

書評

―ハーモニー(就労継続支援B型事業所)  編著―幻聴妄想かるた―解説冊子+CD「市原悦子の読み札音声」+DVD「幻聴妄想かるたが生まれた場所」付

著者: 穴水幸子

ページ範囲:P.224 - P.224

未来の医療者たちに返句を作ってもらった

 私は東京で精神科臨床医として長年,仕事をしていたが,機会があって昨年の春より医療福祉系の大学の教壇に立つことになった。学生らの意欲や意思に見合うような,目を輝かせるような教材に出会いたい。そう思っていたときに,医学書院発行の『幻聴妄想かるた』をみつけた。

 『幻聴妄想かるた』は精神障害に罹病された患者さんたちが通う,東京都世田谷区の就労継続支援B型事業所ハーモニーの作品だ。メンバー自らの幻聴妄想による困りごとを,かるたという形態で表現したものだ。

学会告知板

第15回(2012年度)森田療法セミナー開催

ページ範囲:P.123 - P.123

日時 2012年5月~12月(全12回)隔週木曜19:00~21:00

会場 授産施設「街」3階ホール(西武新宿線下落合駅8分)(予定)

第7回(2012年度)九州『森田療法セミナー』

ページ範囲:P.135 - P.135

受講対象者 メンタルヘルスに関心のある,医師,臨床心理士,看護師,社会福祉士,介護福祉士,養護教諭,その他の教育関係者。

期日と日時 2012年6月~8月の土曜日(全12講義):午後2時~6時(1日2講義);6月9日,6月23日,7月7日,7月21日,8月4日,8月25日の6日間。

会場 九州大学病院ウエストウイング 精神科神経科カンファレンス室

   (〠812-8582 福岡市東区馬出3丁目1-1 ☎ 092-642-5627)

第5回うつ病リワーク研究会年次研究会

ページ範囲:P.162 - P.162

 主に気分障害で休職している方を対象に,職場復帰と再休職予防を目的として実施しているリハビリテーションである復職支援(リワーク)プログラムについて研究・啓発活動を行っている研究会です。

日時 2012年4月21日(土),22日(日)

会場 東医健保会館(東京都新宿区 JR信濃町駅徒歩5分)

第59回日本病跡学会総会

ページ範囲:P.189 - P.189

 病跡学は精神医学の中にあって,文芸,芸術,哲学,自然科学,社会学,歴史学など,他の学問と多様な接点を持つ領域です。最も多くの窓を持つといってもよいでしょう。今回は「パトグラフィーの越境」というテーマを設定しました。テーマの選定にあたっては,他の学問領域から多くを学ぶとともに,病跡学の側からも一定の貢献ができるようにという願いをこめました。

 皆さまのご指導,ご助力のもと,実り多い学術集会にしたいと願っております。多くの方々のご参加を期待して,上野の森でお待ちしております。


 第59回日本病跡学会総会会長 内海 健(東京藝術大学保健管理センター)

 実行委員長 布施木誠(帝京平成大学大学院)


基調テーマ 「パトグラフィーの越境」

開催日 2012年6月23日(土)・24日(日)

会場 東京藝術大学(上野校地)音楽学部5-109号教室

千里ライフサイエンスセミナーD1

ページ範囲:P.209 - P.209

テーマ スーパーコンピューター「京」の医療・創薬分野への応用

日時 2012年4月20日(金)10:00~16:50

場所 千里ライフサイエンスセンタービル5階ライフホール

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.168 - P.168

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.223 - P.223

投稿規定

ページ範囲:P.225 - P.226

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.227 - P.227

編集後記

著者:

ページ範囲:P.228 - P.228

 年末年始から晴天が続いていた関東でも1月下旬には雪が降り,全国的にも雪の多い年のようですが,雪は豊年の徴,精神科領域でも懸案が一つひとつ解決し,良いことが積み重なる年となることを願っております。2009年に始まった障害者制度改革推進会議の工程表では,今年度内に精神障害者の強制入院のあり方に目途となっており,昨年の社会保障審議会では,重点的医療施策としての5疾病に精神疾患が加えられ,医療法に基づく医療計画が精神疾患についても今年度中に策定されることになり,また昨年12月には「こころの健康を守り推進する基本法(仮称)」成立のために超党派の議員連盟が結成されて,今年度中の成立が期待されるなど,今年は大きな成果が期待されております。精神科全体がこれらの実現に向けて詰めを誤らずに一致結束することが何より重要であります。そのために,正確な共通の認識に基づいた議論が必須であり,本誌もその情報をきちんと提供できればと願っております。

 今月号の特集は「障害者権利条約批准に係る国内法の整備」であり,この条約批准は精神医療保健福祉の変革へのまさに黒船来航であります。この条約では差別の概念が従来よりも拡大されていて,合理的配慮を怠ることも差別であると規定しているようです。受け皿があれば退院可能な社会的入院の症例が,支援がないために退院できないのは,医療側が合理的配慮を怠っている,すなわち差別していることになります。また非自主的入院や行動制限を用いる精神科医療において,品位を傷つける取扱いからの自由,インフォームドコンセントなどをどこまで実現できるか,非自主的入院や行動制限を審査できる第三者機関をいかに整備するか,このための国内法の整備が喫緊の課題となっており,本特集では,必須な情報や視点・論点が様々な切り口から論じられております。ご執筆の先生方にこころから感謝申し上げます。専門でないわれわれにとって,相当しっかりと読み込まないと理解がしにくいところもありますが,随所に今後の精神科医療改革への萌芽をみることができます。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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