資料
エッセン精神科病棟風土 評価スキーマ 日本語版(EssenCES-JPN)の心理測定学的特徴の検討
著者:
野田寿恵
,
杉山直也
,
松本佳子
,
辻脇邦彦
,
長谷川利夫
,
伊藤弘人
ページ範囲:P.211 - P.217
はじめに
1960年代のアメリカの精神科医療では入院治療中心の収容主義から脱施設化がはじまり,病棟内では,心理社会的プログラムを行い,患者自身が自分の感情や問題を理解し,自発性を持って治療に取り組むという働きかけが重視されるようになった。このような変化の中で心理社会的働きかけについて,入院患者や病棟スタッフがどのように認識しているのかを評価するための,病棟環境を測定するための尺度がいくつか開発された11,12)。
その中の1つとして,1968年にMoosらによって病棟の心理社会的環境の尺度としてWard Atmosphere Scale(WAS)が開発された12)。WASは10の領域(治療プログラムへの活発な参加,スタッフや他患者からのサポート,オープンな感情表現,自己決断,自身の感情や問題の気づき,議論の推奨と怒りの表出,明確で活発なプログラムなど)について,「はい」ないし「いいえ」で回答する10個の質問項目からなる。各領域が0~10点で配点され,得点の高いほど病棟環境がよいと評価していることになる。その後MoosらはWASを用いて,アメリカ国内で大規模な調査を行い,病棟の病床数が多いこと,スタッフ患者比が低いことがWAS得点を低くさせるという結果を報告し10),さらに,WASをイギリスに適応しアメリカと実質的に同様の結果を得たとした11)。その後WASは,病棟環境を評価する標準的な尺度として各国にてしばしば用いられてきている3,9)。その1つとして,KlassらはWASを用いて患者アウトカムとの関連も調査し,WASの中で「怒りや攻撃性」(患者やスタッフと議論することが許されかつ推奨され,時には怒りを表出できる)および,「治療プログラムの整備」(活動プログラムの重要性が評価され,整備されている)の領域の得点が高いことと,退院後の在宅期間が長いことの関連性を見出したと報告している6)。また,病棟環境に対する認識は,入院患者とスタッフ間で相違があり,スタッフのほうが入院患者よりもポジティブに評価することも指摘されてきている1,11,15)。
しかしながら,WASは100個の質問で構成されているため,回答に時間を要する上に欠損値が発生しやすく,また1960年代に開発されているため,現在にとって,そぐわない項目も含まれることになった。Schalastは,WASをもとにドイツの触法病棟に適した構成概念を再検討し,信頼性・妥当性の検討を重ね,3因子からなる15項目に2項目を加えた17項目からなるエッセン精神科病棟風土 評価スキーマ(Essen Climate Evaluation Schema;EssenCES)の開発に至った。EssenCESの3つの因子「治療的な関心(Therapeutic hold)」「安全性への実感(Experienced safety)」「患者間の仲間意識・相互サポート(Patients’ cohesion and mutual support)」それぞれは,0.7以上のCronbach's α係数が得られ,かつWASおよびGood Milieu Index(GMI)2)と十分な相関も得られた16)。次いで,イギリスの触法病棟を対象とした調査も行われており,そこでもEssenCESの信頼性・妥当性が得られている5)。
なお,GMIはMoosによって開発された病棟満足度を示す尺度で5項目からなり,「全くそう思わない」から「とてもそう思う」の5段階で評価し,合計得点が5~25点で配点される。点数の高いほど病棟満足度が高いことを示す。WASの改訂版の開発に際して,基準となる尺度としてしばしば用いられてきているものである13,14,19)。
EssenCESは現在,英語版をはじめ,オランダ語,フィンランド語,韓国語版が作成されており20),普及する可能性が高い。また精神科病棟において,医療ケアの質を改善させるような取り組みを行った際,その前後での変化をみる指標としてEssenCESは期待できると考えられる。現在,日本において病棟風土に関する既存の質問票がないといえることから,本研究では,EssenCES 日本語版を開発し,その心理測定学的特徴を検討することを目的とした。