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雑誌目次

雑誌文献

精神医学54巻4号

2012年04月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科臨床の土台

著者: 兼子幸一

ページ範囲:P.346 - P.347

 昨年は東日本大震災という,想像の域を超えた天災に見舞われ,さらにレベル7の原発事故というほとんど人為的な問題が重なり,少なからぬ影響を受けた友人,親族が少なくない。日々の多忙を言い訳に物事を深く考えない習慣がついてしまった自分でさえも,その衝撃に日常や仕事など,自分が関わりを持っているさまざまなことについて一歩立ち止まって考えざるを得なかった。精神医学については,「臨床で重視すべきことは何か?」あるいは「精神疾患でみられる身体性」というかなり漠然とした,しかし,基本的な問題が気になり始めた。以前から,それこそ無意識のうちに気になっていたことが頭をもたげてきた,と表現するほうが適切かもしれない。

 「臨床で重視すべきことは何か?」という問題は患者さんの言葉に関係してくる。精神科医は患者さんが自ら語る言葉のうちに,その精神内界を知るための最も重要な鍵を見出そうと努める。これはごく自然なことであるが,患者さんはあくまでも自身の苦痛を披歴するのであって,診断や治療にとって重要な鍵をいつも言語で提供してくれるとは限らない。たとえば,「親の愛情が不足していたせいで自分が駄目になった」と訴える患者さんに対して,どのような病理性を想像するだろうか? もちろん,こうした訴えがなされる状況や患者さん自身に関する他の所見に加えて,親子関係にまつわる生育史を十分に聴取することが不可欠であろう。しかし,十分な情報を得たり,操作的診断基準を満たすような明快な診断を下したりすることが常に可能とは限らない。一方,患者さんがどのような人格構造の持ち主か,という点について考えることはいつでもできる。両親の養育態度に関する訴えは,境界性パーソナリティ障害をはじめとするパーソナリティ障害の患者さんから,ある種の他罰性や操作性を伴って聞かれることは周知の事実である。しかし,最近,明らかに広汎性発達障害(PDD)スペクトラムと診断できる患者さんの診察場面でも,同様の訴えがしばしば聞かれることに気づかされた(筆者の独断・偏見でないことを祈る)。両者は同一のものと考えてよいのか? あるいは,PDD圏の場合には,操作性よりはこだわりと捉えるべきか? 若い精神科医と話をしていると,上記のような訴えに関して,「診断はパーソナリティ圏」という見立てがちゅうちょなしに返ってくることが多い。どうも,ある診断に関係すると知られている症状や徴候(もちろん,操作的診断基準に含まれるほど診断特異的ではない)に気づくと,鑑別診断を検討するという適切な批判的精神が働きにくくなるらしい。もっとも,自分自身でもこうした短絡をやってしまっているに違いなく,その辺りを取り込まれている可能性があり,自戒する次第である。器質的な疾患を除けば,精神医学では真に臨床に役立つような生物学的知見はまだまだ少ない。このような状況で診断困難な症例に対峙する場合,ごく少数の臨床的所見や患者さんの言葉による訴えだけに頼りすぎず,さまざまな臨床的エビデンスや個人的臨床経験に基づく批判的精神をフル稼働させ,常に柔軟に自身にフィードバックしていくことを習慣化する姿勢こそが精神科臨床の土台の一部を築くと考える。

オピニオン マインドフルネス/アクセプタンス認知行動療法と森田療法

アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)は本当に森田療法と似ているのか?

著者: 黒木俊秀

ページ範囲:P.348 - P.351

マインドフルネスと「あるがまま」

 マインドフルネス(mindfulness)に着目した精神療法の一派―マインドフルネス・ストレス低減法,弁証法的行動療法,マインドフルネス認知療法等々―は,認知行動療法(cognitive behavioral treatment;CBT)の新しい動きとして「第三の波(the third wave)」と呼ばれる。

 わが国に「第三の波」CBTが紹介されたのは,1990年代後半であったが,その「現在の瞬間になんら価値判断を下さずに注意を向け,ありのままに受け入れる」というマインドフルネスとアクセプタンス(acceptance)の治療原理は,わが国の森田療法家の関心を集めた。いうまでもなく,「あるがまま」という森田療法のテーゼときわめて似通っていたからである。一方,「第三の波」CBTがマインドフルネスのトレーニングのためにしばしば用いる瞑想法に対しては,現代の森田療法が外来治療に主軸を移しており,伝統的な森田療法ほどには禅との関係を意識していないため,戸惑いがあった。

アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)の利点は何か

著者: 原井宏明

ページ範囲:P.352 - P.356

「A」 Anxiety治療における私のブレークスルー

1.最初に

 私がACTについて最初に触れたのは,Hayesの大学院生だった増田暁彦先生が菊池病院で講演をしてくれた2004年の夏である。ネットで調べると話題になっている。Acceptance and Commitment Therapy2)を買い,読んだ。治療マニュアルは疾病モデルの解説から始まることが普通である。この本は変わっていた。最初は哲学解説だった。病気の話は一切ない。印象深かったフレーズを取り上げよう。

 Rules are necessary and often useful, but they are tricky and dangerous (p47).

森田療法はうつ病治療に有用か―マインドフルネス認知療法との比較から

著者: 中村敬

ページ範囲:P.358 - P.361

はじめに

 神経症を元来の治療対象とする森田療法は,近年うつ病の治療にも広く応用されている。ここではうつ病に対する森田療法を簡単に紹介し,マインドフルネス認知療法と比較しながら,その有用性を論じることにしたい。

マインドフルネスに基づく認知療法(MBCT)の利点とは何か

著者: 井上和臣

ページ範囲:P.362 - P.364

はじめに

 2005年の京都での第23回日本森田療法学会において日本森田療法学会・日本認知療法学会合同シンポジウム「森田療法と認知療法の対話」の司会を担当する機会を与えられ,「認知療法の新たな展開」と題した導入を行った。マインドフルネスに基づく認知療法(mindfulness-based cognitive therapy;MBCT)3)に言及したのはこのときが最初であった。

 翌年,第24回日本森田療法学会で再び日本森田療法学会・日本認知療法学会合同シンポジウム「続・森田療法と認知療法の対話」が企画された。「認知療法の新たな潮流」と題し「古典的」認知療法とMBCTの比較を試みた後で,MBCTに関するいくぶん詳しい紹介を行った2)

 いずれも公式な場での発言であり,個人的体験の侵入する余地はなかった。しかし,心中にはじくじたる思いがあった。

 マインドフルネスとは,「意図的に,今という瞬間に,判断を交えず,独特の方法で注意を向けることである」と定義するKabat-Zinnの治療を知るには実際を体験するしかない。自宅のビデオテープを探して,NHKの海外ドキュメンタリー「癒しと心(Healing from Within)」(1993年)にたどり着いた。マインドフルネスに基づくストレス緩和(mindfulness-based stress reduction;MBSR)プログラムの対象患者はさまざまな身体疾患に伴う痛みや苦しみを主訴としていた。

 映像を追いながら,マインドフルネスと認知療法を融合させたMBCTが西洋から発信されたことに衝撃と無念を覚えた。南伝仏教がマインドフルネスには反映されていると後に聞き,北伝仏教の影響下にあるわが国の創意と力量の不足にいっそう唖然とした。

 小論では「MBCTの利点とは何か」という課題が与えられた。MBCTが最初の治療対象としたうつ病に論点を絞り,理論的独自性,適応,「古典的」認知療法に欠如している身体性の重視などの観点から,私見を交えて論じたい。なお,重要なことであるが,小論の執筆者はMBCTを施行した経験を持っているわけではない。

弁証法的行動療法と森田療法の治療観と戦略

著者: 内村英幸 ,   竹田康彦

ページ範囲:P.366 - P.368

はじめに

 境界パーソナリティー障害(BPD)を対象とした弁証法的行動療法(DBT)と神経症を対象とした森田療法は治療対象を異にしているが,弁証法的治療観は非常に類似している。本稿では,森田療法の立場から考え方の類似点について内村が述べ,行動療法の立場から病態水準の違いによる治療戦略の相違について竹田が述べることにする。

特別寄稿

精神科医の仕事と私の人生

著者: 臺弘

ページ範囲:P.369 - P.381

まえおき

 私にとって精神科医の仕事というのは診療・研究・リハビリテーションに関わる全部で,自分の人生そのものと深く結ばれています。私は大正2(1913)年の生まれで,98年の生涯は度重なる大震災,世界大戦を含む日本の艱難と社会変動の時代でした。それでも小学校は大正民主主義の世界で,東京の山の手で先生も生徒も自由教育の中でのびのびと暮らしましたが,昭和に入って中学に上がると状況は一変して,世界不況・不景気・失業の時代となり,治安維持法による自由の圧迫や国体の強調が高まって,満州(中国東北部)への侵略が始まりました。昭和8(1933)年2月の夜,左翼作家の小林多喜二が六本木署の取調べの際に死んだというラジオ報道を聞いた時の衝撃は忘れられません。警察による殺人は度重なるのにうやむやに葬られるとは,日本は法治国家の名に値しないのかと19歳の若者は歯ぎしりする思いでした。

 私は医学部4年で専門を決める時になっても,何をしてよいかわかりませんでした。その夏休みに都立松沢病院を見学に行って,沢山の患者が病室にうずくまり,廊下をさまよう姿を見て,精神病とは一体なんだろう,医者は何もできないのかと嘆息しました。時は戦争初期の暗い谷間で,自分の将来は「坂の上の雲」どころか「坂の下の物陰」に潜むことしかないと思われていたのです。

研究と報告

日本語版Strengths and Difficulties Questionnaire親評定フォームについての再検討―単一市内全校調査に基づく学年・性別の標準得点とカットオフ値の算出

著者: 野田航 ,   伊藤大幸 ,   藤田知加子 ,   中島俊思 ,   瀬野由衣 ,   岡田涼 ,   林陽子 ,   谷伊織 ,   髙柳伸哉 ,   辻井正次

ページ範囲:P.383 - P.391

抄録

 本研究では,児童・生徒の適応と精神的健康の状態を包括的に把握可能な心理尺度として国際的に幅広く利用されているStrengths and Difficulties Questionnaire(SDQ)の日本語版親評定フォームについて,単一市内全校調査による検討を行った。先行研究における対象者の年齢層を拡張し,愛知県内の保育園・幼稚園の年少児から中学3年生までの7,835名の親または養育者からデータを収集し,学年・性別ごとの標準得点と信頼できるカットオフ値を得た。また,日本語版SDQは,原版とほぼ同一の因子構造を持つこと,十分な内的整合性を有すること,先行研究の知見と整合的な学年・性別間の得点の差異がみられることが示され,高い信頼性・妥当性を有することが再確認された。

統合失調症患者の服薬意識尺度の開発

著者: 松田光信 ,   河野あゆみ ,   前田正治 ,   内野俊郎 ,   坂本明子 ,   松原六郎

ページ範囲:P.393 - P.401

抄録

 近年,統合失調症患者のアドヒアランスの重要性を検討した研究は多いが,わが国で作成された服薬に対する主観的認知に関する評価尺度は非常に少ない。そこで本研究では,統合失調症患者の服薬に関する意識を測定する尺度の開発を試みた。対象者は,107名(男性70名,女性37名),平均年齢36.71歳であり,関連文献を基に94項目の自記式調査票を作成した。探索的因子分析の結果,「服薬の効用」「副作用の懸念」「服薬中断の恐怖」の3項目が抽出され,最終的には13項目からなる服薬意識尺度が作成された。本尺度は簡便なばかりではなく尺度信頼性,妥当性ともに臨床的使用に十分耐えられるものであった。今後本尺度を用いた,統合失調症患者のアドヒアランスに関するさらなる研究を行う必要がある。

短報

Olanzapineとlithium carbonateの併用療法が効果のあった精神病症状を伴う単極性躁病の1例

著者: 大島一成 ,   宮井美緒 ,   阿部又一郎 ,   安宅勝弘 ,   将田耕作

ページ範囲:P.403 - P.406

はじめに

 躁状態を反復し,うつ病エピソードを呈さない単極性躁病unipolar maniaは,DSM-Ⅳでは双極性障害bipolar disorderの中に位置づけられている。1960年代以降,単極性/双極性を区別することの有用性を実証的に示す報告2,6)が相次いだが,DSM-Ⅳ(1994)では1度の躁病エピソードがあれば双極Ⅰ型障害とされ,単極性躁病の疾患独自性は消えた。単極性躁病を独立した臨床単位と認めるかどうかについて,慎重な立場1,5)がある一方で,最近のSolomonら8)やPerugiら7)の研究では,その診断的妥当性が改めて強調されている。また,双極性障害における単極性躁病の割合については5~20%と,報告する研究1~3,5~7,9)によって幅があり,これには国・文化・地域差も指摘されている。

 今回,発症から28年間,数年周期で躁病あるいは軽躁病エピソードのみを反復してきた症例の躁的錯乱のエピソードにolanzapineとlithium carbonateの併用療法が奏効した経験を得たので報告する。なお,報告にあたっては患者自身の同意を得たうえで,プライバシーの保護に十分配慮した。

妊娠妄想を呈した統合失調症の1男性例

著者: 新川祐利 ,   大島健一 ,   大澤達哉 ,   岡崎祐士

ページ範囲:P.407 - P.410

はじめに

 妄想とは,訂正が不可能な病的な誤った確信で,その内容に基づいて命名される。妊娠妄想は,診察や検査で妊娠が否定されても,妊娠していると確信し,訂正不可能な状態のことである。高橋の定義では,「性行為を実際にも,妄想上も経由せず,自分の身体に新たなる生が芽生えていると着想すること」としている6)。空想的・誇大的色彩を帯びることがあり,妊娠が現実的に不可能な男性患者でもまれながら認めることがある。

 今回,我々は入院治療中に妊娠妄想が出現し,薬物治療と修正型電気けいれん療法にて消失したという統合失調症患者の症例を経験した。妊娠妄想の発生機序や治療について若干の考察を加え,ここに報告する。

資料

入院による血液透析を必要とした精神障害者の臨床的特徴について

著者: 新井久稔 ,   山本賢司 ,   井上勝夫 ,   丸香奈恵 ,   塚原敦子 ,   宮岡等

ページ範囲:P.411 - P.417

はじめに

 2009年度末の時点で,本邦では約29万1千人が慢性透析療法を受けているが,この人数は前年度より約8千人多い9)。透析導入年齢の高齢化や透析期間の長期化により,透析患者の平均年齢は上昇傾向にあり,今後も高齢者を中心に透析患者数が増加していくことが予想されている9)。透析患者は身体的に重症であり,心理的にもストレスの強い状態であるため,さまざまな精神障害を合併する場合が多く,特に,近年では認知症2)や感情障害圏14)との関連が報告されている。

 一方で,本邦では血液透析開始時や開始前から重篤な精神症状を呈する精神障害者に対し,血液透析と精神科的治療を並行して行った報告は,症例報告を除いてほとんど存在しない。これは本邦において重篤な精神症状を呈する精神障害者に対し,精神科病棟での加療を含めた入院治療で血液透析を行える医療施設が少ないことが一因と思われる。実際,今回の報告のために,全国腎臓病協議会をはじめとした関連諸機関に「精神病床に入院しながら,血液透析が行える医療機関の実態」について問い合わせをしてみたが,全国的な調査は行われていない状況であった。相模台病院は,精神科病棟に入院しながら血液透析を行える一般病院であり,透析施設(クリニック,一般病院)で血液透析を行う際に精神症状が存在し,対応困難となった症例が紹介されることが多い。今回,精神症状の存在から,他院もしくは当院の外来で,円滑な血液透析が行えず,当院での入院治療が必要であった精神障害者の臨床的特徴についての検討を行ったので報告する。

緩和ケアにおける家族への精神的支援

著者: 斎藤秀光 ,   冨永美弥 ,   高松幸生 ,   伊藤文晃 ,   井藤佳恵 ,   山崎尚人 ,   上埜高志 ,   島田哲 ,   田島つかさ ,   中保利通 ,   吉田寿美子 ,   松岡洋夫

ページ範囲:P.419 - P.426

はじめに

 医療の進歩により,がんは早期に発見し治療すれば治癒しうる疾患となったが,死因の約30%を占める疾患でもある。多くのがん患者はいつ再発するかといった不安を抱えながら生活しており,再発時にはがんと告知された時よりも心理的な衝撃が大きいため,一般人に比べ適応障害やうつ病になりやすく4),わが国でも同様の報告がなされている1)。さらに,わが国ではつらさと支障の寒暖計が,がん患者の適応障害やうつ病をスクリーニングする検査として開発され,つらさの点数が4点以上で支障の点数が3点以上だと,感度が0.82,特異度が0.82であったと報告されている2)。また,がん患者家族も同様の問題を有しているため,がん患者家族は「第二の患者」ともいわれ8),がん患者とその家族は同様に心理的苦痛を有し,その心理的苦痛の相関の程度と診断後の経過と関連すると報告されている5)。最近,がん患者とその家族介護者の身体的,心理的,社会的およびスピリチュアルな健康ないし苦痛の経時的変化をみた研究10)でも,家族は患者と同様の変化をとり,特に家族介護者の心理的,スピリチュアルな苦痛が,患者本人の苦痛をよく反映していると報告されている。また,がん患者家族は,患者の介護の他に,家事,育児や親の介護の問題,仕事などの日常生活上での負担なども抱え,ターミナル期の中期以降には介護疲れが出やすく,介護をした配偶者の40%弱が抑うつ症状を呈していたと報告されている3)。しかしながら,わが国での緩和ケア病棟やホスピスでの家族支援は,患者が死亡後のグリーフケアが主で,入院中の患者家族を対象にして精神的支援が行われていないのが現状である。

 我々は2005年2月より東北大学病院緩和ケアセンターを主に複数の診療科を対象にしてコンサルテーション・リエゾンサービス(以下,CLS)を行っている。そこで,緩和ケアセンターに入院した患者の家族の負担軽減を図るために,2007年7月に緩和ケアセンター入院患者家族および死亡退院患者家族に対して,家族が入院前と入院後に困ったことの有無,患者の身体および心の変化や家族の心の変化についての一般的知識に関する勉強会への参加の有無などについての質問紙調査を実施した。それを踏まえて「緩和ケア病棟に入院されたご家族のために」という家族心理教育用の小冊子を作成した。2009年4月より,家族の精神的支援の有用性を検討するために,「家族教室」との名称を用いた家族心理教育を実施し,本研究を行った。

紹介

Autism Diagnostic Observation Schedule(自閉症診断観察検査)日本語版の開発状況と今後の課題

著者: 黒田美保 ,   稲田尚子

ページ範囲:P.427 - P.433

はじめに

 自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorders;ASD)は,①対人的相互作用の質的障害,②コミュニケーションの質的障害,③反復的,常同的な行動様式や興味の限局,の3領域の主兆候によって特徴づけられる障害である。近年,その有病率は1~2%と報告されており,決してまれな障害ではない2,3)

 ASD診断においては,現在,操作的診断基準として,DSM-Ⅳ-TR(精神疾患の診断・統計マニュアル第4版-TR)1)およびICD-10(国際疾病分類第10版)15)が世界的に使われている。前述の3兆候があり,かつ症状の発現が3歳以前であれば「自閉性障害(autistic disorder;DSM-Ⅳ)」もしくは「(小児)自閉症(childhood autism;ICD-10)」と診断される。また,自閉症を含む障害群を広汎性発達障害と呼び,アスペルガー障害(ICD-10ではアスペルガー症候群),特定不能の広汎性発達障害などが含まれる。しかしながら,近年,これらの診断基準に用いられているカテゴリー概念に基づく広汎性発達障害という名称よりも,ASDという用語がよく使用されている。それは,自閉症を中核群とする障害のスペクトラム状の連続性が指摘されているからである13)。このように,90年代に入って,自閉症を含む障害群の概念が整理され,その診断基準がグローバルワイドに使用されるようになった。そして,標準化された診断に対応するための診断・評価ツールが相次いで開発されてきている。

 現在,診断のためのASDの生物学的指標は確立しておらず,ASD診断を行う上で検討すべき点は,発達歴や日常生活の様子および実際に観察可能な行動となっている。発達歴や日常生活の行動については養育者からの聞き取りによらなければならないが,このためのツールとして,The Autism Diagnostic Interview-Revised(ADI-R)8)やThe Diagnostic Interview for Social and Communication Disorders(DISCO)14)がある。一方,ASD児・者本人の行動観察もまた不可欠であるが,このために開発されたのがAutism Diagnostic Observation Schedule-Generic(ADOS-G)10)である。聞き取りのためのツールも行動観察のためのツールもともに,日本語版は開発の途上であり,現在,臨床では使用することはできない。アジアだけをみても,ADOS中国語版・ADOS韓国語版はすでに使用されており,日本のグローバル化の遅れが顕著である。本稿では,ADOSの概要と日本語版作成のプロセスについて紹介する。

私のカルテから

うつ病エピソードとの鑑別に苦慮したクッシング症候群の1例

著者: 倉増亜紀 ,   長友慶子 ,   盛永裕太 ,   李徳哲 ,   米川忠人 ,   山口秀樹 ,   中里雅光 ,   石田康

ページ範囲:P.435 - P.436

はじめに

 今回,筆者らは意識障害を伴う抑うつ状態を呈し精神科に入院し,精査の結果クッシング症候群と診断された症例を経験した。本症例の公表に当たって,患者本人に口頭で同意を得,論旨に影響しない範囲で細部に変更を加えている。

「精神医学」への手紙

若年層の気分障害や統合失調症を対象にしたヤング・デイケアにおけるアニマルセラピーの試み

著者: 岩橋和彦

ページ範囲:P.437 - P.438

はじめに

 アニマルセラピー(animal assisted therapy;AAT)は,患者が生活場面や治療場面で動物と触れ合うことで心を癒やす効果(リラックス効果)があるという報告がある1,2)。精神科におけるデイケアのアニマルセラピープログラムの主な目的は,疾患によって異なるが,感情障害や,統合失調症および人格障害の引きこもりにおいては,昼夜逆転の自閉生活の改善と体験交流を通じてのリラックスできる居場所を提供すること,動物を介して他者とのコミュニケーション能力の向上を図り就学や社会復帰の援助を行うことであり,癒やしや,社会的引きこもりからの脱却と社会復帰のためのリハビリテーションおよびノーマライゼーションとしての有効性が期待されている1)

動き

「日仏医学コロック2011」印象記

著者: 大島一成 ,   加藤敏

ページ範囲:P.440 - P.441

 2011年10月29,30日,東京日仏会館において,日仏医学会(東京女子医科大学名誉教授岩田誠会長)の主催のもとで日仏医学コロック(加藤敏大会長)が開催された。2004年に「うつ病の今日,フランスと日本の比較」と題して「日仏医学コロック」と銘打った会議を東京で開催して以来,第1日を一般医学部門,第2日を精神医学部門のテーマにして行っている。2005年パリで「神経症」,2007年東京で「精神医学から見た暴力」,2009年パリで「創造性と精神医学」をテーマに交互に行われた。今回は,3.11東日本大震災の影響で開催が危ぶまれたが,双方スタッフの熱意により,多くのフランス人の演者の先生にいらしていただき,コロックを開催することができた。1日目のテーマは,「医療・福祉におけるロボット工学 日仏の最先端技術」である。外科を中心にした医療分野においてロボット工学のはたす役割について日仏の最前線の臨床家,研究者によって議論がなされた。本稿では2日目の精神医学部門を中心に紹介する。今回のテーマは「自閉症・アスぺルガー症候群」である。英米圏とは一線を画したフランスの学者による発表は日本ではなかなか聞けない興味深いものであり,精神科医,臨床心理士,哲学,教育などの分野の多くの方が参加された。

 セッション1では市川宏伸氏(東京都立小児総合医療センター)が,長年の経験から広汎性発達障害(PDD)とアスペルガー症候群の実態と包括的な精神医学的治療について述べ,子どもに合った環境整備,学年が進むにつれ社会生活技能訓練(SST)が必要であると結論した。また,山崎晃資氏(臨床児童精神医学研究所)は,アスぺルガー症候群の就労問題を扱い,それは長い経過の中で試みてきた療育・教育・治療の成果を検証する機会である,と語った。セッション2では,Jean Garrabé氏は自閉症の歴史と分類,特にフランスの小児思春期精神障害分類(la Classification Française des Troubles de l’Enfance et de l’Adolescence)について概観した。その2010年版は,特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)をより明細化することを提案し,さらにⅠ軸(臨床所見)に対してⅡ軸(環境ないし遺伝的要因)を加えており,成因におけるⅡ軸のはたす役割を重視していることに論及がなされた。神尾陽子氏(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部)は日本の発達障害のある子どもの問題に触れ,1歳6か月健診でのPDD早期発見と,全国学童対象の大規模調査,そしてPDD成人の長期予後調査の結果を紹介し,精神医学的治療的介入の意義や支援システムについて提案を行った。

書評

―飛鳥井 望 編―最新医学別冊 新しい診断と治療のABC70―心的外傷後ストレス障害(PTSD)

著者: 井上新平

ページ範囲:P.442 - P.442

 この度の東日本大震災と原発事故に際しては,広範な被災者支援活動が取り組まれたが,中でも心のケアについては自治体や学協会による組織的支援活動が行われ,地元からもずいぶんと評価されてきたようである。今後とも長期にわたる支援が必要であるが,中でもPTSDへの対応が重要とされている。

 PTSDの概念のわが国への定着には,1995年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が契機となった。以後,基礎的・臨床的知見が着実に積み上げられ,概念の普及ではマスコミが大きな役割を果たした。本書は,現時点でPTSDについての内外の最新知見を包括的かつ平易に紹介したものである。全5章で,概要から始まり,PTSDの生物学,治療法,各種イベント,子どものPTSDから構成される。執筆者は各分野の第一人者17人で,PTSD研究のトップに立つ飛鳥井望先生が編纂された。

学会告知板

第4回こども心身セミナー

ページ範囲:P.417 - P.417

 恒例のこども心身セミナーを今年も開催します。例年秋に開催していますが,今年から6月開催に変更になりました。

 今年は正高信男先生(京都大学霊長類研究所教授)を客員講師に迎え,霊長類の研究からヒトの子どもの成長・発達にユニークな論を展開されている先生のお話をたっぷり聴ける稀有な機会です。ふるってご参加ください。

 なお,今回は私たちがほぼ毎月開いている学術集会の第300回特別記念例会になりますので,長年ご参加くださった方々へのお礼の意味も含め,参加費は無料です。また,今回に限り宿泊セミナーでなく,半日セミナーになりますので,遠方からご参加の方は,各自でホテルをお取りください。

期間 2012年6月9日(土)13:00~17:30

プログラム 「不安の進化と発達障害」「発達障害の支援」(正高信男先生) 3時間

      「生態学的心身医学」(冨田和巳 こども心身医療研究所) 1時間半

会場 大阪国際会議場10階1003号室(大阪市北区中之島)

   京阪電鉄中之島線中之島(大阪国際会議場)駅すぐ

   大阪駅よりリーガロイヤルホテル(会議場東隣)行きシャトルバス利用可

   大阪市営地下鉄・京阪電鉄淀屋橋駅よりループバス有

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.410 - P.410

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.444 - P.444

次号予告

ページ範囲:P.381 - P.381

投稿規定

ページ範囲:P.445 - P.446

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.447 - P.447

編集後記

著者:

ページ範囲:P.448 - P.448

 近年の精神科臨床における大きな潮流の1つに,精神療法の重要性が再認識されるようになったことがある。分子生物学研究やその成果を基に進める創薬などの対極に精神療法があるのかなと思う。この精神療法も私が若い頃の精神分析ではない。認知行動療法はもとより弁証法的行動療法,アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)への注目が太い流れになりつつあるように見える。また面白いことに,このような傾向の中でわが国独自の森田療法が再評価されている。今月のオピニオンでは,こうした領域のエキスパートの先生方がそれぞれのご専門分野を簡潔明瞭に概説してくださった。いずれも門外漢なりに概要と傾向が理解できる読み物に仕上がっている。

 臺先生の特別寄稿を懐かしく拝読した。というのは,昨年の秋にある若き精神科医の結婚披露宴で先生のお席のすぐ近くに座らせていただく機会を得たからだ。臺先生の対面にはアルツハイマー病の基礎研究で有名な井原康夫先生がおられた。井原先生が,本稿の冒頭の部分と同様に,「どうして臺先生は精神科に進まれたのですか?」という質問をなさって,そこからお二人の談義が楽しく盛り上がるのを拝聴するという僥倖を得た。「小学生の頃,ここ(乃木坂)の近くに住んでいて,学校の帰りに,乃木将軍が(明治天皇の後を追って)自決したのはこの場所だと聞かされた」というくだりでは,歴史上の人物である臺先生を拝見しているかのような気持ちになった。若き日の臺先生は,優れた業績を連続玉突きのように途切れることなく出されたと先輩から伺ったことがある。本誌で先生がその業績をご紹介なさるのを拝読すると,なるほどこのことかと得心がいく。しかも臨床・基礎研究のいずれであっても,今なお新しいと感じられる着想と方向性は実に魅力的だ。また有名な東大の「こころの発達」診療部も先生に源があることを知り,改めて感服した。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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