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特別寄稿
精神科医の仕事と私の人生
著者: 臺弘1
所属機関: 1坂本医院
ページ範囲:P.369 - P.381
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私にとって精神科医の仕事というのは診療・研究・リハビリテーションに関わる全部で,自分の人生そのものと深く結ばれています。私は大正2(1913)年の生まれで,98年の生涯は度重なる大震災,世界大戦を含む日本の艱難と社会変動の時代でした。それでも小学校は大正民主主義の世界で,東京の山の手で先生も生徒も自由教育の中でのびのびと暮らしましたが,昭和に入って中学に上がると状況は一変して,世界不況・不景気・失業の時代となり,治安維持法による自由の圧迫や国体の強調が高まって,満州(中国東北部)への侵略が始まりました。昭和8(1933)年2月の夜,左翼作家の小林多喜二が六本木署の取調べの際に死んだというラジオ報道を聞いた時の衝撃は忘れられません。警察による殺人は度重なるのにうやむやに葬られるとは,日本は法治国家の名に値しないのかと19歳の若者は歯ぎしりする思いでした。
私は医学部4年で専門を決める時になっても,何をしてよいかわかりませんでした。その夏休みに都立松沢病院を見学に行って,沢山の患者が病室にうずくまり,廊下をさまよう姿を見て,精神病とは一体なんだろう,医者は何もできないのかと嘆息しました。時は戦争初期の暗い谷間で,自分の将来は「坂の上の雲」どころか「坂の下の物陰」に潜むことしかないと思われていたのです。
私にとって精神科医の仕事というのは診療・研究・リハビリテーションに関わる全部で,自分の人生そのものと深く結ばれています。私は大正2(1913)年の生まれで,98年の生涯は度重なる大震災,世界大戦を含む日本の艱難と社会変動の時代でした。それでも小学校は大正民主主義の世界で,東京の山の手で先生も生徒も自由教育の中でのびのびと暮らしましたが,昭和に入って中学に上がると状況は一変して,世界不況・不景気・失業の時代となり,治安維持法による自由の圧迫や国体の強調が高まって,満州(中国東北部)への侵略が始まりました。昭和8(1933)年2月の夜,左翼作家の小林多喜二が六本木署の取調べの際に死んだというラジオ報道を聞いた時の衝撃は忘れられません。警察による殺人は度重なるのにうやむやに葬られるとは,日本は法治国家の名に値しないのかと19歳の若者は歯ぎしりする思いでした。
私は医学部4年で専門を決める時になっても,何をしてよいかわかりませんでした。その夏休みに都立松沢病院を見学に行って,沢山の患者が病室にうずくまり,廊下をさまよう姿を見て,精神病とは一体なんだろう,医者は何もできないのかと嘆息しました。時は戦争初期の暗い谷間で,自分の将来は「坂の上の雲」どころか「坂の下の物陰」に潜むことしかないと思われていたのです。
参考文献
1) ガミーSN,(村井俊成 訳):現代精神医学原論.みすず書房,2010
2) 杉山登志郎:そだちの臨床―発達精神病理学の新地平.日本評論社,2009
3) 前田貴記,鹿島晴雄:統合失調症の自我障害の形成機構―主観の神経心理学.Schizophrenia Frontier 8:11-18,2008
4) 中安信夫:初期統合失調症vs.アスペルガー症候群―「初期統合失調症症状」に焦点化して―.児童青年精神医学とその近縁領域 51:325-334, 2010
5) 台弘,町山幸輝:精神分裂病のモデル.台弘,井上英二 編集:分裂病の生物学的研究.東京大学出版会,pp17-84, 1973
6) 臺弘 編:分裂病の生活臨床.創造出版,1978
7) 臺弘,湯浅修一 編:続・分裂病の生活臨床.創造出版,1987
8) 臺弘:履歴現象と機能的切断症状群.精神医学 21:453-463, 1979 分裂病の治療覚書 1章 再掲
9) 臺弘:生活療法の復権.精神医学 26:803-814, 1981
10) 臺弘:分裂病の治療覚書.創造印刷物語.創造出版,pp233-241, 1991
11) 臺弘:第二部・激動の社会の中で分裂病者にまなぶ,Ⅶ「人体実験」問題.誰が風を見たか―ある精神科医の生涯.星和書店,pp301-310, 1993
12) 臺弘:精神医学の思想―医療の方法を求めて 第3版.創造出版,2006
13) 臺弘:生活療法の基礎理念とその思想史.精神医学 48:1237-1252, 2006
14) 臺弘,三宅由子,斉藤治,丹羽真一:精神機能のための簡易客観指標.精神医学 51:1173-1184, 2009
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