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文献詳細

雑誌文献

精神医学54巻6号

2012年06月発行

巻頭言

応用学としての司法精神医学

著者: 村上優1

所属機関: 1独立行政法人国立病院機構琉球病院

ページ範囲:P.550 - P.551

文献概要

 「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の観察及び医療に関する法律」(医療観察法)が国会に上程されて10年が経つ。2003年に成立し,2005年に施行されて,すでに2,236件(2011年6月末現在)の申し立てがなされた。施行直後には懐疑的な意見も多く聞かれたが,現在では精神医療に十分受け入れられていると感じる。懐疑的な第1の理由は保安処分と同列ではという意見であった。1974年に法制審議会で答申された保安処分は反対運動により国会に上程されることなく廃案となった。保安処分は触法行為を行った精神障害者を刑法の枠組みで「再犯の危険」を理由として収容するものである。当時は精神衛生法の時代で,精神障害者の権利に関する規定は乏しく,「人権の白紙委任」(大谷實・同志社大学・刑法)と言われる状態にあった。この時代に触法精神障害者に関して特別の法律を作れば,収容中心とならざるを得ず,医療刑務所の域を出ないことは推測に安い。同時代の世界へ目をやると,イギリスではButler委員会でBroadmoor病院などの特別精神病院の調査報告により社会復帰が進まず肥大化する病院の反医療的な面が批判され,Mental Health Act 1983につながり地域保安病棟への道を示した。アメリカでもSteadmanらが,危険とされて収容されていた精神障害者が釈放されても再犯率,再入院率は低いことを報告し,これを機会に「危険」の意味や評価の方法を問う動きが始まり,司法精神医学のターニングポイントになる1980年代を迎えていた。1990年代にはカナダやアメリカではVRAG,HCR-20の保険数理的や構造的なリスクアセスメント,またサイコパス概念よりHareのPCL-Rが世に出ているし,大がかりな精神障害と暴力リスク研究としてMonahanらのMaCarthur調査が行われている。

 わが国に戻れば宇都宮病院事件に端を発して1987年に精神保健法に改正され,その後の精神保健福祉法へ移行して,それまでは異端とされていた自発的入院や人権上の規定が設けられ,ノーマライゼーションを基盤として地域医療への模索,精神科救急,アルコールや児童精神医学などの専門医療体制が整備されてきた。2001年の池田小学校事件が後押しをして,時の政府は医療観察法を準備し,一方で精神保健福祉法内に「スーパー措置入院」を規定する動きと対立をしていた。結果はわが国で初めての「法律モデルによる強制入院制度」として医療観察法が発足したのであるが,現行法は一度衆議院で可決された法案が参議院で修正されたもので,修正点は法の目的(第1条)を「再犯の防止」から「病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り社会復帰を促進する」で,その意味を記憶されている人は少ないであろう。精神科医療は社会情勢の中で変化し,そして社会情勢に規定されて成立していると思わずにおれない。医療観察法を動かすには多くの人々の英知と協働が必要であるし,その費用も大がかりなものになる。そこに踏み込むうねりが当時はあった。医療観察法がその付則で規定している「精神医療全般の水準の向上を図る」は,成立過程で高い人権上の規定を設け,医療水準を保つことを使命としていることを示している。司法精神医学は独特な領域でなく,応用学として普遍性を持つ精神医療であることも示唆している。

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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