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雑誌目次

論文

精神医学54巻7号

2012年07月発行

雑誌目次

巻頭言

災害精神支援学

著者: 高橋祥友

ページ範囲:P.660 - P.661

 私がこの巻頭言の執筆依頼を受けたのは,10年間勤務した防衛医科大学校を退職し,2012年4月に開設される筑波大学医学医療系災害精神支援学講座に勤務することが決まった頃であった。講座名からも明らかなように,この講座が新設される契機となったのは東日本大震災であるので,まずその概要を振り返ってみよう。

 2011年3月11日14時46分に,宮城県牡鹿半島沖を震源として大震災が発生し,わが国の観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した。地震の被害は岩手県沖から千葉県沖までの南北約500km,東西約200kmの広範囲に及んだ。この地震によって発生した大津波が,東北地方から関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。また地震の揺れや液状化現象,地盤沈下などによって,特に岩手,宮城,福島,茨城,千葉県の太平洋岸の広大な範囲で被害が発生し,ライフラインも寸断された。ピーク時の避難者は40万人以上にのぼった。本論執筆時点では,震災による死者・行方不明者は計2万人弱とされている。

展望

fMRIからみたニコチン依存症における脳の変化と心の接点

著者: 磯村毅 ,   村井俊哉

ページ範囲:P.662 - P.671

はじめに

 2006年度の診療報酬改定において,ニコチン依存症が治療の対象となる病気として位置付けられ,禁煙外来においてニコチンパッチおよび内服薬のバレニクリンの使用が可能となった。これらの薬物により,禁煙開始初期の退薬症状の緩和が可能となり,禁煙外来での禁煙導入成功率(3か月時点)は約6割となった。しかし,治療開始後1年時点での禁煙継続率は約3割であり,再喫煙の多さが課題となっている15)

 この再使用の問題は他の薬物依存症でも共通しており,「依存性薬物は神経にどんな変化を起こすのか,それにより,どの心理的機能にどのような変化が生じ,繰り返しの再使用に至るのか」という点が,依存症研究に共通するテーマとなっている。動物モデルを用いた研究から,依存症への脳内報酬回路の関与が明らかとなり,その詳細を巡っていくつかの有力な仮説が提唱されている19)。動物モデルを用いた研究と並んで重要なのは,実際の依存症患者を対象とした研究であるが,近年ではfMRIをはじめとする機能的神経画像が広く用いられるようになっている。ニコチン依存症についても,実際の喫煙者を対象とした賦活研究が可能となったことから,その病態の理解が深まりつつある。

 本稿では,主としてヒトを対象とするfMRIを用いた研究のうち,脳内報酬回路の主要領域の一つである腹側線条体での神経活動に特に注目して最近の知見をまとめ(表1),ニコチンの引き起こす神経学的変化と心理学的変化の接点を探ってみたい。

研究と報告

一般中学生における自傷行為の経験および頻度と抑うつの関連―単一市内全校調査に基づく検討

著者: 大嶽さと子 ,   伊藤大幸 ,   染木史緒 ,   野田航 ,   林陽子 ,   中島俊思 ,   高柳伸哉 ,   瀬野由衣 ,   岡田涼 ,   辻井正次

ページ範囲:P.673 - P.680

抄録

 本研究では,一般中学生における自傷行為の経験および頻度と現在の抑うつの関連について検証した。東海地方近郊市のA市内全校調査によって,2,304名の中学生からデータを収集した。自傷行為の経験率は,「ピアス」が1.87%,「打つ自傷」が9.02%,「切る自傷」が3.95%であり,ピアスおよび切る自傷では女子が男子より有意に高い経験率を示した。いずれの自傷行為の経験についても,現在の抑うつと高い相関を示すこと,特に女子の打つ自傷,切る自傷においてその傾向が顕著であることが示された。また,自傷行為の頻度も現在の抑うつの程度と有意に関連することが示され,身体改造の一種であるピアスもその頻度が現在の抑うつと有意な相関を示すことが示唆された。

非定型抗精神病薬処方時の耐糖能フォローアップの調査結果

著者: 坪内清貴 ,   田平裕美子 ,   増江俊子 ,   菅幸生 ,   小柴美紀恵 ,   前田大蔵 ,   長澤達也 ,   篁俊成 ,   三邉義雄 ,   崔吉道 ,   宮本謙一

ページ範囲:P.681 - P.688

抄録

 非定型抗精神病薬で報告されている耐糖能異常について,フォローアップに関する実態調査を行い,さらに医師に対して意識調査を行った。非定型抗精神病薬服用患者の約60%が1年間に1度も血糖値やHbA1c値を測定されていなかった。しかし,意識調査では医師は70%以上が血糖値やHbA1c値を1年間に1回以上モニタリングしていると回答した。外来通院時には入院時のように検査を実施する明確な機会が少ないことや,業務が多忙であることなどが原因として挙げられた。非定型抗精神病薬による耐糖能異常リスクの啓発や,積極的なフォローアップによる潜在的な糖尿病患者の早期発見のシステム構築の推進が必要である。

管理監督者の精神健康度と個別教育でのメンタルヘルス相談との関連

著者: 副田秀二

ページ範囲:P.691 - P.696

抄録

 管理監督者の精神健康度と個別教育でのメンタルヘルス相談の希望(相談希望)との関連を調べる目的で,本調査は2001年7月から2005年1月までに福岡県の事業場で,嘱託精神科医が課長職,課長補佐職89人に個別教育を行った際の自記式質問紙を用いて実施された。男性82人を解析対象としたLogistic回帰分析で,年齢,メンタルヘルス教育の受講経験,メンタルヘルス不調者への過去の対応人数を補正し,相談希望と日本版GHQ精神健康調査票12項目版による精神健康度の関連を評価した。相談希望は19人(23.2%)で精神健康度の低さに関連していた(p=0.048)。この結果から,個別教育が精神健康度の低い管理監督者のメンタルヘルス相談の好機となる可能性が示唆された。

健常な大学生から抽出されたBeck Depression Inventory Second Edition(BDI-Ⅱ)評価による抑うつの特徴について

著者: 滑川瑞穂 ,   横田正夫

ページ範囲:P.699 - P.708

抄録

 本研究では,抑うつの中心的な問題である認知のゆがみと遂行機能に注目し,健常者の中の抑うつ高群は抑うつ低群と比較して遂行機能低下が認められるか,認知のゆがみと遂行機能に関連は認められるかについて検討した。また,簡易面接から,健常者のなかの抑うつの高い人の実態を調査することを試みた。

 27名の大学生を対象に,抑うつ,認知のゆがみの質問紙,The Behavioural Assessment of the Dysexective Syndrome (BADS),簡易面接を実施した。その結果,BADSの一部の検査において,抑うつ高群のほうが得点が低いことが示された。しかし,認知のゆがみとBADSとの間に相関は認められなかった。また,27名のうち6名が簡易面接により大うつ病エピソードに該当することが明らかとなった。

短報

多彩な身体愁訴から心気症と診断されたLOH(late-onset hypogonadism)症候群の1例

著者: 佐藤晋爾 ,   末富崇弘 ,   西山博之 ,   新井哲明 ,   朝田隆

ページ範囲:P.709 - P.712

はじめに

 近年,男性にも40歳代半ばから60歳代半ばに更年期障害があることが指摘されるようになり,泌尿器科領域でlate-onset hypogonadism(LOH)症候群として,診断基準や治療法が議論されている8)。LOH症候群は,加齢に伴うアンドロゲンの低下によって生じる諸症状を指し,性欲低下や勃起障害などの性機能障害,気分変調や睡眠障害などの精神症状,筋力や骨量の低下などの身体症状に大別される5,8)。特に精神症状では大うつ病との関連性が指摘されている1,8~10)

 今回,我々は心療内科・精神科に来院し,当初は精神疾患と考えられたが,後にLOH症候群であることが分かり,自覚症状の改善を認めた1例を経験した。

資料

摂食障害の育児問題と援助―育児問題をかかえた摂食障害症例をもとに

著者: 岡本百合 ,   三宅典恵

ページ範囲:P.713 - P.720

抄録

 摂食障害は,遷延例,難治例が多く,十分な回復のないまま結婚,出産に至り,育児問題を抱えるリスクが高いことが予想される。我々は,育児問題をかかえた摂食障害10症例について,出産前後の摂食障害症状の経過,育児問題の内容と経過,具体的な援助方法について検討した。摂食障害患者の出産・育児におけるリスクとしては,1)妊娠中の身体変化への適応困難,2)依存をめぐる葛藤の増悪,3)強迫性,完全主義傾向の強化と抑うつ,4)子どもとの関係性にまつわるコントロールの問題,5)母子間のコミュニケーション問題,6)喪失体験が考えられた。精神科,産科,小児科の医療連携から,地域保健サービスにつなげる支援が重要であると思われた。

向精神薬による排尿障害の検討

著者: 國芳浩平 ,   内村直尚

ページ範囲:P.721 - P.726

抄録

 精神科領域における,三環系抗うつ薬や抗パーキンソン薬による排尿障害は,比較的良く知られている。しかし精神科病棟では,三環系抗うつ薬や抗パーキンソン薬を使用していない患者においても,薬剤性と考えられる排尿障害をしばしば認める。そこで精神科病院に入院中の66例について,排尿回数の計測や超音波膀胱容量測定装置による残尿測定を行い,さらに腹部超音波検査を施行し,向精神薬と上部尿路,下部尿路の障害との関連性について検討した。結果,残尿量と抗精神病薬,抗パーキンソン薬との間に相関関係を認め,抗パーキンソン薬だけでなく,抗精神病薬自体も膀胱容量を増加させ,かつ残尿の原因となっている可能性が示唆された。

私のカルテから

自傷行為の改善にtopiramateの補助療法が有効であった自閉症の1例

著者: 清水義雄

ページ範囲:P.727 - P.730

はじめに

 自閉症は「言語発達の遅れ」,「コミュニケーション能力の障害」,「反復的で常同的な行動」を特徴とした広汎性発達障害である。自閉症に伴う自傷行為などの行動面での症状に対しては,環境調整や行動療法的なアプローチだけでは対応できず,薬物療法が必要となることが多い3)。Risperidoneに加えtopiramateの補助療法により自傷行為が改善した症例を経験したので報告する。なお,考察に支障のない範囲でプライバシー保護のため症例の内容を変更した。

拒薬を伴うがん終末期のせん妄に対しchlorpromazineを経静脈的に使用した1症例

著者: 石川博康 ,   髙清水清治 ,   横山直弘 ,   田中雄一

ページ範囲:P.731 - P.733

はじめに

 Chlorpromazine(CPZ)はがん終末期の緩和医療において,せん妄,嘔気,呼吸困難などに対しての広い使用法が提唱されている6~8)。欧米では点滴静注を含めて多様なCPZの投与方法が選択できるが,本邦では現在内服と筋注用の製剤しか利用できない。CPZの筋注用の注射剤(コントミン筋注®)は成分組成上経静脈的投与も可能と考えられ,がんの症例において嘔気1)や不穏・不眠・疼痛4)に対して点滴静注で使用された国内報告があるものの,そのような使用は一般的ではなく,精神科医からの報告もない。今回,拒薬を伴うがん終末期のせん妄の症例において,CPZの筋注用の注射剤を点滴静注にて投与し,筋注による痛み侵襲無しに精神症状の治療を行い得た症例を経験したので報告する。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

単純型・寡症状性統合失調症

著者: 田中伸一郎

ページ範囲:P.734 - P.737

はじめに

 統合失調症のサブタイプのうち,単純型と寡症状性とは似て非なるものである。まずは,これらの概念の出自が異なることを確認しておこう。

 単純型統合失調症は,20世紀初頭にスイスの精神科医Bleulerが統合失調症概念を確立した際に取り上げた,破瓜型,緊張型,妄想型に続く,第4の臨床類型である。

 一方,寡症状性(symptomarmないしsymptomkarg)は,うつ病や統合失調症の軽症化に伴って,20世紀半ば以後のドイツ語論文において頻用された言葉である。わが国でもこの潮流にしたがって,明確な幻覚,妄想,緊張病症候群といった特異的な症状を欠き,ゆるやかな経過をとる破瓜型と単純型を併せたものを「寡症状性統合失調症」と呼ぶようになった。

 本稿では,まずは単純型統合失調症の,次いで寡症状性統合失調症の,病像や臨床症状をまとめたが,いわゆる「内省型」については,単純型統合失調症の理念型とはむしろ対極をなす病像が特徴的であるため,寡症状性に含めることとした。

書評

―中村 純 編集,野村総一郎,中村 純,青木省三,朝田 隆,水野雅文 シリーズ編集―《精神科臨床エキスパート》―抗精神病薬完全マスター

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.756 - P.756

 向精神薬に関する解説書は数多く出版されている。そのコンセプトは,添付文書に限りなく近いものから,薬理に重点を置くもの,使い方に主眼を置いた実践的な書などさまざまである。そしてその多くはマニュアルあるいはハンドブックの体裁をとっており,通読するよりも,むしろ外来や病棟に常備して,必要の都度,必要な項目に目を通すのに適しているものが多い。

 本書は以上のような類書とは一味違った構成である。言い換えれば,これまでの類書の良いところを取り込んだハンディな一冊といえるだろう。以下,本書の特徴について,2,3記してみたい。

―P・フィレンチ,J・スミス,D・シャイアズ,M・リード,M・レイン 編著,岡崎祐士,笠井清登 監修,針間博彦 監訳―精神病早期介入―回復のための実践マニュアル

著者: 井上新平

ページ範囲:P.757 - P.757

 統合失調症の治療は発病早期から開始したほうが予後をよくできるという発想は古くからあり,わが国でも昭和30年代初頭,群馬大学精神科の臺弘教授は,同様の発想で再発予防5箇年計画(生活臨床)を立ち上げた。成果はその後の長期予後調査で明らかにされ,予後予測因子として最も重要なのは治療開始後2年間の経過であった。1990年代に入り,精神病の早期発見と早期介入がオーストラリア,ノルウェー,イギリス,アメリカなど世界各地で取り組まれ,その業績は日本でもしばしば紹介され活字にもなっている。本書はそのような世界的潮流のひとつ,イギリスにおける精神病早期介入チームの活動をまとめたものである。以下中味をごく簡単に紹介する。

 「はじめに」で,早期介入の位置づけが記されたあと,テーマ1「アクセスと関係作りの改善」で,受診経路,関係作り,治療の展開などが扱われる。DUPの短縮が全国的優先事項とされ,中央値3カ月,6カ月を越えないことを目標としていることなど目を見張る。抗精神病薬についてはマニュアルらしく,何をどう使えばいいかがかなり断定的に書かれている。また治療関係作りの重要性が随所で強調される。

学会告知板

ぐんま人間学・精神病理アカデミー・2012―基本テーマ「愛の秩序ordo amoris」

ページ範囲:P.671 - P.671

 ぐんま人間学・精神病理アカデミーは,精神医学に本来あるべき全人間的な見方と,バランスのとれた臨床技術を育む目的で設立されました。少人数の親しい雰囲気のなかで精神病理学,心理学,哲学,神学,歴史,社会,芸術などの教養,症候学,診断学を学ぶ場を提供することを目的としています。

期間 2012年11月24日(土)10時~18時30分

場所 群馬県高崎市稲荷台136 群馬病院内カンファレンス・ルーム

第5回(2012年度)関西森田療法セミナー(入門コース)

ページ範囲:P.680 - P.680

期間 2012年9月~2013年2月(全6回)(日)10:00~12:00

会場 大阪産業創造館 他大阪市内の会場(予定)

第35回日本精神病理・精神療法学会

ページ範囲:P.730 - P.730

会期 2012年10月5日(金)・6日(土)(夜話会:10月4日(木))

会場 九州大学医学部百年講堂(福岡市東区馬出3-1-1)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.696 - P.696

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.708 - P.708

投稿規定

ページ範囲:P.759 - P.760

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.761 - P.761

編集後記

著者:

ページ範囲:P.762 - P.762

 本年5月,WHO保健総会で精神障害への取り組みに関して一つの決議がなされた。「精神障害の地球的負荷および国レベルの保健社会機関での包括的/調整的な対応の必要性」(EB130. R. 8)で,今後WHOは「精神保健のための包括的アクションプラン」を作成することになった。背景には,精神保健問題の重要性にもかかわらず対応の遅れがあり,治療を受けていない人が低所得/中等所得国家で76~85%,高所得国家でも35~50%に及ぶと指摘されている。決議には,精神障害は予防しうるものであり精神保健の促進が関係者,非関係者の区別なく取り組まれる必要性についても含まれている。

 予防は最大の治療と言われているように,精神医療でも予防への関心が急速に高まっている。疾患予防のためには疾患の原因が分かれば一番良いが,大部分の精神疾患でそうであるように,たとえ分かっていなくともリスク因子を解明することで予防活動が可能である。それとともに,広く一般市民の精神的健康に注目し,啓発を通して早期発見や早期介入につなげていく活動も重要である。本号では,このような予防的な観点から興味をひく研究が目についた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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