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雑誌目次

論文

精神医学55巻12号

2013年12月発行

雑誌目次

巻頭言

児童精神科医の眠れぬ夜

著者: 飯田順三

ページ範囲:P.1130 - P.1131

 今や児童精神科医は大忙しである。これは発達障害バブルと言われるほど最近の発達障害に関するニーズが社会においても精神医学の世界においても急速に高まってきていることによるところが大きい。クリニックでは予約をしても3か月待ちはざらで,時に1年待ちと言われることさえある。この1年待ちを吹聴する児童精神科医もどうかと思うが,とにかく患者のニーズは高まっている。精神医学のさまざまな学会でも発達障害を中心として児童精神医学に関するテーマになるとどの会場も溢れんばかりの盛況である。ポリクリの学生や研修医でも子どもに興味があるという声は多い。日本児童青年精神医学会の会員は約4千人に昇り,会員数においては日本精神神経学会に次いで2番目に大きな学会である。

 このように日本の児童精神医学は一見発展しているかのようにみえるが,実情は必ずしもそうではない。上記の「児童精神科医の眠れぬ夜」という題も,引っ張りだこで忙しくて眠れないという意味ではなく,表面上の注目度とその内実の不一致を考えると眠れないという意味である。第1に日本の児童精神科医は欧米諸国と比べてかなり少なく,近年もそれほど増加していない。英国は児童精神医学会の創立は1971年であり,日本よりも約10年遅れている。それにもかかわらず児童精神科医は約600人いて,1人当たりの20歳未満の人口は27,500人である。フランスでは児童精神科医は約2,000人いる。日本では児童青年精神医学会の認定医は206人(2013年4月現在)しかおらず,1人当たりの20歳未満の人口は16万人を超える。

展望

統合失調症の遺伝子研究における課題と展望―異種性と複雑系

著者: 糸川昌成 ,   新井誠 ,   宮下光弘 ,   小堀晶子 ,   畠山幸子 ,   鳥海和也 ,   市川智恵 ,   大島健一 ,   新里和弘 ,   岡崎祐士 ,   齋藤正彦

ページ範囲:P.1133 - P.1143

はじめに

 統合失調症に遺伝要因が関連することから,原因解明には遺伝子研究が有望な手段と考えられてきた。しかしながら,遺伝子研究は当初考えられていたほど病態解明に結びつく成果を挙げていない。本稿では,統合失調症を対象とする遺伝子研究が難航してきた経緯を紹介し,近年盛んに取り組まれている大規模研究とは異なった手法を試みた自験例に触れ,臨床的視点の意義と重要性について考察する。

不安障害/うつ病性障害に対する新しい認知行動療法の潮流―診断横断的認知行動療法

著者: 中島俊 ,   伊藤正哉 ,   加藤典子 ,   堀田亮 ,   藤里紘子 ,   大江悠樹 ,   宮前光宏 ,   蟹江絢子 ,   中川敦夫 ,   堀越勝 ,   大野裕

ページ範囲:P.1145 - P.1154

はじめに

 わが国における不安障害の12か月有病率は5.3%,気分障害の12か月有病率は3.1%と総じて高く17),両疾患は心血管疾患や自殺の危険因子でもある39,47)。そのため,両疾患に対する精神医療サービスの普及は重要な課題である。

 これまで,不安障害と気分障害の中のうつ病性障害の治療において,受療可能性という点から,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor;SSRI)をはじめとした抗うつ薬を用いた薬物療法が治療の中心的な役割を担ってきた。しかしながら,米国のNational Institutes of Health(NIH)による4,000名を超えるうつ病患者を対象としたSTARD研究においては,抗うつ薬で治療反応を示すうつ病患者(うつ症状が治療開始時の50%以下)の割合はおよそ50%,寛解率になるとおよそ30%にすぎないことが示されている50)。このような背景から,抗うつ薬を用いた治療の限界が指摘され,精神療法が注目されつつある。この傾向は,各国の治療ガイドラインにも反映され,英国のNational Institute for Health and Clinical Excellence(NICE)の不安障害・うつ病性障害の各治療ガイドラインにおいては,抗うつ薬に加え,精神療法の1つである認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy;CBT)の併用またはCBTの単独使用が推奨されている36,37,38)。CBTとは,認知・感情・行動的な問題を治療標的とし,学習理論と認知理論に基づく諸技法を用いて,不適応的反応を軽減するとともに,適応的な反応の形成を促進させる構造化された精神療法である。英国では,前述したNICEガイドラインに則り,うつ病患者に対して薬物療法とCBTを併用した大規模臨床試験が実施され,その結果が2013年にLancetに報告された(CoBalT研究)52)。このCoBalT研究は,英国の73施設合計469名の薬物治療抵抗性のうつ病患者を対象に実施され,通常治療(薬物療法と医師の診察)にCBTを併用することで,通常治療のみの場合と比べ,抑うつ症状の改善がみられること,そしてCBTの併用により治療反応性は3.26倍にも昇ること(通常治療群に対するCBT併用群の調整後オッズ比)が報告されている。

 これまでCBTは,不安障害やうつ病性障害に対してその有用性が示されてきたものの11),各疾患に対して適用可能なCBT技法は異なり,疾患ごとの特異的な治療として発展してきた。しかしながら,最近では疾患の特異性だけでなく,複数の疾患の共通性をターゲットとしたCBT(診断横断的CBT)が注目されつつある。そこで本稿では,不安障害とうつ病性障害を対象とした診断横断的CBTの現状と今後について述べる。

研究と報告

生前に自殺関連行動のあった事例の生存時間に影響する心理社会的要因―心理学的剖検による検討

著者: 亀山晶子 ,   勝又陽太郎 ,   松本俊彦 ,   赤澤正人 ,   廣川聖子 ,   小高真美 ,   竹島正

ページ範囲:P.1155 - P.1163

抄録

 本研究では,心理学的剖検の手法により収集された自殺既遂者のうち,生前に自殺関連行動のあった事例の情報をもとに,初回の自殺関連行動から既遂までの生存時間に関わる心理・社会的要因を検討した。その結果,中高年以上の者,アルコール関連障害のある者,自殺関連行動時に医療行為を受けていない者の生存時間が短いことが示された。したがって,後の既遂を防ぐためには,自殺関連行動時に救急医療機関などでの身体的治療に加え,アルコールの問題や精神的な問題についても注意深くアセスメントした上で,早期に適切な精神医学的対応を行っていくことの重要性が示唆された。

デイケアにおけるメタ認知トレーニング(MCT)日本語版の利用可能性の検討

著者: 細野正人 ,   山崎修道 ,   石垣琢麿

ページ範囲:P.1165 - P.1171

抄録

 メタ認知トレーニング(metacognitive training;MCT)は統合失調症に対する認知行動療法の技法として開発された。本研究では,わが国の標準的精神科デイケアにおけるMCT日本語版(MCT-J)の使用可能性について,症状評価に加えて,複数の心理尺度を用いて検討した。その結果,MCT-Jはデイケアの統合失調症患者が興味関心を持ちやすい活動であること,猜疑心が改善する可能性があること,ストレス対処方略として情報収集を行いやすい患者ほど効果が上がる可能性などが示唆された。プログラム前後での症状の増悪がほとんどないことから,MCT-Jの利用可能性が示されたと考える。今後は,効果判定のための評価尺度について検討した上でMCT-Jをマニュアルに従って実施し,有用性と有効性を明らかにする必要がある。

統合失調症患者の慢性幻聴に対する認知療法的個人療法の試み

著者: 林直樹 ,   細川亜耶 ,   山岸正典 ,   鹿山育子 ,   高見鉄平

ページ範囲:P.1173 - P.1181

抄録

 統合失調症治療の幻聴をはじめとする精神病症状に対する心理社会的治療は,今後いっそう充実させなければならない領域の一つである。本症例報告では,幻聴体験から生じる苦痛や不適応を,認知の修正や自己を支持することなどによって軽減しようとする認知療法的介入が行われた慢性統合失調症の2症例を提示した。患者は高齢女性でごく長い期間の幻聴が持続しており,介入の効果が比較的確認しやすい症例だと考えられた。介入は9か月間の約20回の個人面接の中で実施された。そこでは,活動範囲の拡大などの臨床的改善や対処法の発展といった介入の効果と考えられる変化が認められた。我々は今後,幻聴に対する認知療法的介入の改良や,その応用可能性についての議論を進め,その効果を実証していくことが必要である。

研修医レジリエンス尺度の作成および信頼性・妥当性の検討

著者: 儀藤政夫 ,   井原裕 ,   尾形広行 ,   加藤彩

ページ範囲:P.1183 - P.1190

抄録

 研修医の精神保健の測定のため,「研修医レジリエンス尺度(resilience scale for resident physicians;RSR)」を作成し,116人の研修医に施行し,信頼性・妥当性の検討を行った。主因子法により3因子構造が導かれ,各々「プロとしての誠実性」「臨床研修に対する積極性」「感情コントロール」と命名した。Cronbachのα係数を算出して,十分な信頼性が得られた。RSR全体と自尊感情尺度,ハーディネス・パーソナリティー尺度の間に有意な正の相関を,RSR全体とベック抑うつ自己評価尺度,バーンアウト尺度との間に有意な負の相関を認め,既存の尺度との併存的妥当性も示された。

私のカルテから

LOH(late-onset hypogonadism)症候群が疑われたが,薬物療法とリワークケアで軽快した大うつ病性障害の症例

著者: 三田達雄 ,   桐山知彦 ,   竹本千彰 ,   内海浩彦

ページ範囲:P.1191 - P.1193

はじめに

 いわゆる男性更年期障害を主訴とする患者にはうつ病患者が混入しがちで,日本泌尿器科学会は病態を医学的に的確に表現した加齢男性性腺機能低下(late-onset hypogonadism;LOH)症候群という用語を採用した2)。我々は,泌尿器科でLOH症候群と診断されたが,テストステロン補充療法を受けなかったにもかかわらず,薬物療法やリワークケアにより精神症状の改善とともに血中テストステロン濃度も回復した大うつ病性障害の症例を経験した。

 本報告については,患者本人の同意と倫理委員会の承認を得,症例の趣旨を妨げない範囲で病歴の一部を改変している。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

カプグラ症候群・フレゴリの錯覚

著者: 船山道隆

ページ範囲:P.1194 - P.1196

カプグラ症候群とフレゴリの錯覚

 人物誤認の代表として,カプグラ症候群とフレゴリの錯覚がある。いずれも統合失調症に出現した典型的な症例から命名された2,4)。カプグラ症候群は,自分の周囲の既知であるはずの人たちを,そっくりであるが本物ではない人によって置き換えられたと確信する現象である。カプグラ症候群はソジーの錯覚ともいわれるが,ソジーとはフランス語である人に生き写しの他人という意味である。多くの場合,親しい既知の人物に出現する。一方で,フレゴリの錯覚は,他者を別の他者の変装であると確信するものであり,たいていの場合は自分を迫害する,あるいは恋心を抱いてくるなどという妄想を伴う。この両者が混在する症例10,14)がしばしば認められるため,両者の機序を統合して捉える立場がある。Vié15)や加藤9)は,カプグラ症候群を同一性の欠損や同一性の低下,フレゴリ症候群を無媒介な同一性や同一性の過剰と考えている。また,人物誤認全般を妄想知覚からみる考え方8)もある。

 近年はカプグラ症候群,フレゴリ症候群,相互変身症候群,自己分身症候群をまとめて,妄想性誤認症候群として論じる論調があり3),その後は脳血管障害,頭部外傷,レビー小体型認知症,アルツハイマー病などの脳器質疾患によるカプグラ症候群やフレゴリの錯覚の報告が相次いでいる。しかし,統合失調症と脳器質疾患に出現する人物誤認では,背景にある症状がかなり異なる。本論では,この背景にある症状の違いを中心に考えていく。

東日本大震災・福島第一原発事故と精神科医の役割・11

精神医学・精神科医療関係団体の活動(2)

著者: 渡辺洋一郎 ,   川副泰成 ,   松田ひろし

ページ範囲:P.1201 - P.1208

日本精神神経科診療所協会

 東日本大震災発生当初とその後の日精診の支援活動の概況を述べる。

書評

―松下正明 総編集 井上新平,内海 健,加藤 敏,鈴木國文,樋口輝彦 編―精神医学エッセンシャル・コーパス2―精神医学を知る

著者: 新宮一成

ページ範囲:P.1198 - P.1198

 日本の精神医学に,根源的な問いの季節というべきものがあった。優れた思索者たちが,対話と観察を唯一の糧として,精神を病むとはどういうことかという問いに挑み続けていた。本書の収録論文たちの年代は,1970年代後半からの10年余りにわたり,操作的診断の思想が精神医学の風景を変えていく直前の,臨床的思考の豊かな成熟を伝えている。

 論文には統合失調症の旧称「精神分裂病」がそのまま保存されており歴史を感じさせるが,目次はそのまま1冊の精神医学教科書を見るが如しである。大橋博司「精神症状学序論」,安永浩「精神分裂病の症状」,木村敏「精神分裂病の診断」,藤縄昭/笠原嘉/村上仁「精神分裂病の臨床類型」,臺弘「精神分裂病問題の歴史と展望」,宮本忠雄「言語と精神分裂病」,柴田收一「感情・気分の異常」,広瀬徹也「躁うつ病の経過類型,残遺状態と人格変化」。しかし歴史が感じられるということは,教科書として古びていることと同義ではなくむしろその反対である。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.1154 - P.1154

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.1200 - P.1200

投稿規定

ページ範囲:P.1209 - P.1210

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.1211 - P.1211

編集後記

著者:

ページ範囲:P.1212 - P.1212

 早いもので,今年も本号が最終号となる。まずは本誌をご愛読いただき,また掲載論文を日々の臨床や研究に役立てていただいている読者の皆様に感謝申し上げたい。

 さて本号でも,統合失調症の最新の遺伝子研究の展望・課題から歴史的なカプグラ症候群・フレゴリの錯覚の再評価に至る多様な内容が並んでいる。また,「児童精神科医の眠れぬ夜」と題した飯田順三先生による巻頭言が児童精神医療の現場における切実な問題を訴えている。そこで飯田先生は,最近の若い精神科医同様,児童精神科医の「DSMを金科玉条としてEBMしか受け入れない姿勢」,「あいまいなどちらにも転びそうな状態をしっかり受け止めて支えることの重要性を認識していない」傾向や,「力動精神医学的思考が隅に追いやられがちである」ことを述べておられるが,これらはいずれも実に大切な指摘であろう。たしかに本号でも,エビデンスベースの研究や力動精神医学的視点とは無縁な認知行動療法に関する論文がいくつも掲載されている。これらの論文が価値あるものであることは論を待たないが,本誌が飯田先生の危惧する流れに棹さすことがないように目配りしたいものである。

精神医学 第55巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

KEY WORDS INDEX

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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