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雑誌目次

雑誌文献

精神医学55巻4号

2013年04月発行

雑誌目次

巻頭言

こころとからだ

著者: 久住一郎

ページ範囲:P.314 - P.315

 わが国のドラッグ・ラグの象徴的存在であった抗精神病薬クロザピンが2009年に日本でも承認されて,3年以上の月日が流れた。通常診療内でも治験なみに行われなければならない使用同意文書の取得や頻回な血液モニタリング,使用施設基準の厳しさやその準備の煩雑さなどから,当初なかなか普及しなかったものの,ようやく最近になって,使用施設数や処方数がかなり増加してきたと聞く。そして,クロザピンを使用した多くの医師から聞かれる感想は一様に,「今までの抗精神病薬とは,やはり効果が違う」という印象である。一方で,無顆粒球症や心筋炎・心筋症などの重篤な副作用の他にも,本当に随伴症状の多い薬剤であると感じることも多い。流涎,眠気,過鎮静,起立性低血圧,便秘,麻痺性イレウス,食欲亢進,体重増加,糖脂質代謝障害,けいれん,嚥下性肺炎など枚挙にいとまがない。にもかかわらず,主治医,患者本人,家族が共通して,今まで使用した薬剤の中で最も有用性が高いと感じることがしばしばである。

 これだけ有用な薬剤の日本への導入がなぜこれほど遅れたのか。その理由はいくつか挙げられるが,単に日本の治験制度上の問題,あるいは厚生労働省の認可体制の問題だけでは片付けられないと感じる。クロザピンの治験を進めていた製薬会社の合併問題などが重なって,治験自体が滞ったことも事実であるが,わが国の精神科医の中には,わざわざこれほどリスクの高い薬剤を導入しなくても良いのではないかという意見が一部にあったことも事実である。しかし,患者・家族団体からの厚生労働省に対する熱心な働きかけが治験推進の大きな原動力になったと聞く。小生も日本精神神経学会と日本臨床精神神経薬理学会それぞれの委員として,クロザピン承認に関する厚生労働省PMDAとの会議に出席する機会を得たが,副作用で万が一にも患者が死亡する可能性のある薬剤の導入については,国(当局)として非常に慎重な姿勢であったと記憶している。ちょうど抗がん剤のゲフィチニブ(イレッサ®)の問題がクローズアップされた後という時期的なことも関係していたのかもしれない。いわば,リスクの高い薬剤については医師の裁量権に任せておくことは危険であり,国として厳格な管理下に置かなければならない(言い換えれば,国が医師を守ってやる)という態度であった。

展望

「認知症」および「認知症の行動・心理症状」概念について

著者: 鵜飼克行

ページ範囲:P.317 - P.326

はじめに

 精神医学の王道とは言えないかもしれない認知症の診療は,少子高齢化が進行中のわが国において,少なくとも今後四半世紀は,好むと好まざるとにかかわらず,絶対的に重要な分野にならざるをえない。統合失調症・気分障害・不安障害などの「王道」に主な興味がある精神科医が多いのは当然であろうが,たとえそのような精神科医であっても,認知症の診療がそれなりにできなければ,もはや精神科医失格の烙印が押されかねないのは,21世紀の日本の精神科医にとっては避けられないことであると覚悟すべきであろう。また,神経内科や老年内科の中に認知症診療に積極的な医師も現れている現在,精神科医には否が応でも認知症の行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia;BPSD)への対応が期待されるのは,微妙に複雑な思いを感じないわけではないが,社会的な観点からは,止むを得ない・必然的なことと言えるであろう。上記のような状況をふまえ,あらためて認知症(dementia)の概念を考察し,さらにBPSDについても言及したい。現在,作成が進められているDSM-5(American Psychiatric Association:Diagnosis and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Ed)では,major neurocognitive disorderとminor neurocognitive disorderの2つのカテゴリーを設けており,これまでの認知症はmajor neurocognitive disorderに,軽度認知障害(mild cognitive impairment;MCI)はminor neurocognitive disorderに,ほぼ相当するようである。

研究と報告

過敏性腸症候群の重症度と不安・抑うつ症状との関連

著者: 根本清貴 ,   太刀川弘和 ,   鈴木英雄 ,   堀孝文 ,   谷中昭典 ,   兵頭一之介 ,   朝田隆

ページ範囲:P.327 - P.335

抄録

 過敏性腸症候群(IBS)は,便の形状や頻度の変化が腹痛や腹部不快感を伴って慢性的にみられる機能性疾患であり,その病態に心理的要因の関与が知られている。今回我々は,不安・抑うつ症状とIBS重症度との相関に着目し,IBS ROME Ⅱの診断基準を満たす下痢型IBS患者51名(男性19名,女性32名)を対象に,アンケートによるIBS重症度,State-Trait anxiety Inventory-Form(STAI),Beck Depression Inventory(BDI)を測定した。その結果,IBS患者のSTAIとBDIは健康人に比して高値を示し,それらはIBS重症度と有意に相関していた。男女別の解析ではSTAIとIBS重症度との相関は男性のみにみられ,BDIには男女差が認められなかった。これらの結果から,重症のIBS患者には性差を考慮したうえで,精神症状への対応を要することが示唆された。

統合失調症入院患者の生命予後とそれに関与する要因

著者: 菊池章 ,   寺尾敦

ページ範囲:P.337 - P.345

抄録

 2007年4月に一精神病院に入院中の統合失調症患者211人の年齢など基本的情報のほか,抗精神病薬の種類と量,血算,血液生化学的検査所見などを調査した。5年後の2012年4月にそのうち169人が生存していたが,一般人口の約20歳年長者と同等の高い死亡率であった。死因の順位は,呼吸器疾患,循環器疾患,消化器疾患,がんと脳神経疾患と自殺の順であり,一般と異なっていた。病死群では非定型抗精神病薬の力価が対照群より有意に低く(p<0.05),非定型抗精神病薬への転換が遅れていた可能性が認められた。消化器疾患による死亡者は,抗パーキンソン薬の使用数が有意に多かった(p<0.05)。結果をふまえて病死を防ぐための薬物療法について考察した。

日本語版Attitudes to Suicide Prevention Scale(ASP-J)の妥当性と信頼性―医療従事者の自殺予防に対する態度測定尺度の開発

著者: 川島大輔 ,   川野健治 ,   白神敬介

ページ範囲:P.347 - P.354

抄録

 Attitudes to Suicide Prevention Scaleの日本語版(ASP-J)を作成した。原著者の許可を得て,日本語訳を準備し,逆翻訳の手続きにより内容的等価性を確認した。その上で,自殺予防に関する研修の参加者145名を対象にASP-Jを含む質問紙調査を研修の前後で実施した。分析の結果,ASP-Jはプレテスト,ポストテストとも十分な内的一貫性を示した。また研修の前後で自殺予防に対する否定的態度が改善されたことが確認された。さらにASP-Jと,自殺予防への自信尺度および自殺の危機介入スキル尺度(SIRI-JS)の下位尺度「変更」との間に相関関係が認められた。加えて自殺念慮者や自死遺族への対応件数が多いほど,自殺予防に対してより肯定的な態度を有することが確認された。

小中学生における欠席行動と教師評定による学校適応との関連

著者: 高柳伸哉 ,   伊藤大幸 ,   野田航 ,   田中善大 ,   大嶽さと子 ,   染木史緒 ,   原田新 ,   中島俊思 ,   望月直人 ,   辻井正次

ページ範囲:P.355 - P.362

抄録

 本研究では,小中学生における欠席行動と教師評定による学校適応の関連について検討した。小中学校の児童生徒7,183名(男子3,719名,女子3,464名)を対象に調査を行った。小学校低学年と高学年,中学生の3群に分け,学年群ごとに1学期における欠席日数から分類した3群の各尺度得点を一元配置分散分析によって比較した。その結果,欠席が10日以上の多欠席群は4日以下の一般群より,低学年では学業面と心身面,情緒面の問題,高学年では心身面と情緒面の問題,さらに中学生では心身面をはじめとした学校適応全般の問題が高いことが示された。本研究の結果,学年や欠席日数の多さから欠席行動と関連する要因が異なることが示唆された。

短報

MirtazapineとDuloxetineの併用療法がパニック障害と坐骨神経痛に奏効し抗がん剤治療が再開できた1例

著者: 山下智子 ,   長濱道治 ,   和氣玲 ,   宮岡剛 ,   堀口淳

ページ範囲:P.363 - P.366

抄録

 近年,さまざまな作用機序を有する抗うつ薬が発売されており,薬剤選択の幅が広がっている。パニック障害に適応のある薬剤は主に選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors;SSRI)であるが,SSRIの消化器症状などによって投与できない場合など,臨床現場では適応外使用薬剤の投与もしばしば必要となる。今回,我々はmirtazapineとduloxetineの併用療法がパニック障害と坐骨神経痛とに奏効し,抗がん剤治療が再開できた1例を経験したので,貴重な症例と考え報告する。

ミルタザピンへの置換後に,性機能障害が改善したうつ病の1例

著者: 竹内大輔 ,   小野寿之 ,   玉井顯 ,   松村由紀子 ,   西本武史 ,   和田有司

ページ範囲:P.367 - P.370

はじめに

 Mirtazapineは,本邦でも2009年より上市され使用できるようになった抗うつ薬である。海外では,mirtazapineは性機能障害を起こしにくいということはすでによく知られているが1,4),本邦ではまだ具体的な症例報告はみられていない。今回我々は,他の薬剤で性機能障害が生じた症例にmirtazapineへの変更を行い,うつ症状を悪化させることなく性機能障害が改善した症例を経験したので報告する。なお,患者のプライバシーに考慮し,科学的考察には支障のない範囲で症例の内容を変更した。

Aripiprazole投与後に遅発性ジストニアが出現した双極Ⅱ型障害患者の1例

著者: 山本暢朋

ページ範囲:P.371 - P.374

はじめに

 近年において,第2世代抗精神病薬(second generation antipsychotics;SGA)は,統合失調症のみならず,双極性障害への有効性も指摘されている。一方,錐体外路症状(extrapyramidal symptom;EPS)の少ないSGAが多用される現在においても,遅発性のEPSは皆無になったわけではなく,これらには難治例も多くみられるため,依然として抗精神病薬の薬物療法における大きな問題点となっている。今回,双極Ⅱ型障害患者にaripiprazole(APZ)を投与後,遅発性ジストニア(tardive dystonia;TDt)が出現した症例を経験したため,若干の文献的考察を加えて,これを報告したい。なお,筆者が知る限りにおいて,双極Ⅱ型障害患者に対してAPZを投与した後にTDtが出現したとする報告は,本稿が初めてである。

資料

双極性障害に関するインターネットによる認知度調査

著者: 片桐秀晃 ,   中根允文

ページ範囲:P.375 - P.382

抄録

 双極性障害(躁うつ病)について,日本における一般住民の認知度,疾患に対するイメージ,および社会的距離について,また双極性障害の具体的な症例を各病相で提示し,各病相に対する認識についてインターネットを利用して調査した。「双極性障害」については72.8%が「聞いたことがない,知らない」と回答し,双極性障害の疾患としての認知度が低いことが示唆された。さらに社会的に否定的な態度やイメージを持たれている現状が示されるとともに,躁状態はうつ状態に比較し,病気として認識されにくい傾向が認められた。双極性障害が適切に診断・治療され,長期的な転帰を改善するためには,当事者や関係者だけでなく,広く一般住民における疾患の認知(適切な病相の認識)と理解が必要であると考えられた。

紹介

大うつ病性障害の診断基準を満たさない抑うつ状態を伴う全般性不安障害に対するデュロキセチンの効果―20名の症例検討

著者: 関根篤 ,   穂積慧 ,   善本正樹 ,   清水徹男

ページ範囲:P.383 - P.390

抄録

 今回我々は,DSM-Ⅳ-TRの大うつ病性障害の診断基準を満たさない程度の抑うつ状態を伴う全般性不安障害の20名に対し,デュロキセチン(DLX)を投与し,その効果をHamilton Rating Scales for Anxiety(以下,HAM-A)とHamilton Rating Scales for Depression(以下,HAM-D)を評価尺度として用い,DLX投与24週後まで経時的に評価した。また,支持・共感を主とする小精神療法(笠原)と精神障害に対する心理教育を行った。その結果,DLX投与前のHAM-A,HAM-Dに対しDLX投与8週後から統計学的に有意な減少を認め,DLX投与24週後には寛解と判断できるスコア(HAM-A=5.3±1.9点,HAM-D=4.8±1.6点)にまで減少した。また,初期投与量のDLXで寛解した症例が4例存在したところから,小精神療法と心理教育が薬物療法に相乗的な効果をもたらしたと推察した。

連載 東日本大震災・福島第一原発事故と精神科医の役割・4

東日本大震災における宮城県の精神科医の活動

著者: 松本和紀 ,   小原聡子 ,   林みづ穂 ,   原敬造 ,   白澤英勝

ページ範囲:P.391 - P.400

はじめに

 宮城県では,1978年に宮城県沖地震,1990年には宮城県北部地震,2008年には岩手宮城内陸地震を経験し,近々に予想されていた大地震に対する準備と警戒がなされていた。しかし,今回の東日本大震災は想定外の大災害であり,精神医療・保健・福祉の領域でも大きな被害とさまざまな混乱があった。ここでは,東日本大震災における宮城県内の精神科医の活動や役割について,精神科医療機関での被害や災害への対応,震災に対応した精神保健領域での活動などを通して振り返る。なお,紙面の都合もあり,県内の精神科医の活動をすべて網羅することはできないため文献や資料などにより入手できる情報を中心に主だった活動を紹介する。

追悼

クリスチァン・シャルフェッテル教授を偲んで

著者: 人見一彦

ページ範囲:P.401 - P.403

 精神病理学,特に統合失調症の自我精神病理学で知られるチューリッヒ大学精神科名誉教授クリスチァン・シャルフェッテル(Christian Scharfetter)が2012年11月25日逝去された。享年76歳であった。

 あらためて先生の経歴を紹介し精神医学の広範な業績に触れながら,その足跡を偲びつつご冥福をお祈りしたい。

書評

―仙波純一 著―精神科薬物療法のプリンシプル

著者: 中嶋聡

ページ範囲:P.404 - P.404

 本書は,さいたま市立病院精神科部長・仙波純一氏による,精神科薬物療法の指南書である。

 著者によれば,本書の題名・プリンシプルとは,臨床家の行動原理のことである。そして本書は,「若手の精神科医を対象として,この行動原理のあるべき姿を示してみたもの」である。あるべき姿とはどのようなものか。それは,単に薬物の選択や投与法に詳しいばかりでなく,それらの知識を精神科治療全体の中でどう生かすかを会得していることである。

学会告知板

千里ライフサイエンス技術講習会(第58回)ウイルスベクターを用いた細胞への遺伝子導入

ページ範囲:P.335 - P.335

日時 2013年6月5日(水)9:30~17:00

場所 大阪大学大学院薬学研究科(大阪モノレール阪大病院前駅徒歩15分)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.326 - P.326

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.346 - P.346

今月の書籍

ページ範囲:P.406 - P.406

投稿規定

ページ範囲:P.407 - P.408

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.409 - P.409

編集後記

著者:

ページ範囲:P.410 - P.410

 精神医療界の中からの精神科医療改革のテンポに比べて,外側からの改革圧力のほうがはるかに大きく,速い。その改革の根源を辿ると,平成14(2002)年12月に可決された医療観察法の附則に一般精神医療の質の向上を図ることが明記されて,平成16(2004)年に精神障害者グランドデザインが策定されたことに行き着く。「入院医療中心から地域医療福祉中心へ」の転換の流れは昨年3月の医療法に基づく医療計画を作成するべき疾患に精神疾患を加えた厚生労働大臣告示に結びつき,各都道府県では精神疾患の医療計画を作成している。さらに,最近,精神病床の医師配置基準も入院3か月までの急性期は一般病床と同じ16:1にする方向性も決定されている。

 精神科医はこころとからだを診る総合医であり,現在の精神症状を身体科医にきちんと説明した上で,現在取り得る最高の身体合併症治療を受けさせるのが精神科主治医の役割であるという巻頭言でのご指摘はまさに精神科医と身体科医との連携を模索している現状における明確な澪標となっている。医療計画の指針には,統合失調症入院患者の身体合併症対策が明記され,各都道府県で大きな課題となっているが,厚生労働省の精神疾患患者の身体合併症対策事業を予算化して実施している県はほとんどないのが現状である。そのような事業を厚生労働省が各県に手上げ方式で提案していたことさえ大部分の精神科医は全く知らなかったのではないかと思う。医療政策に係るシンクタンクを用意しないと,精神医療界の外からの政策に対応できずにいることになる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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