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雑誌目次

論文

精神医学55巻5号

2013年05月発行

雑誌目次

巻頭言

基礎的研究におもうこと―時の流れとともに

著者: 井上幸紀

ページ範囲:P.414 - P.415

 医学部を卒業し,専門分野として神経精神医学を選んで25年が過ぎた。精神科と結婚したと考えれば銀婚式にあたる。銀婚式は,明治27年に明治天皇がそのお祝いをしたのをきっかけに一般家庭でも習慣化したものだというが,銀婚式を迎える夫婦では子どももそろそろ独立に向かい夫婦で新たな歩みを考える,そんな一つの節目の時期とされる。

 筆者の神経精神科医歴25年を振り返ってみると,入局し最初は統合失調症やうつ病などの精神疾患に加え,てんかんや神経梅毒,変性疾患などを担当し臨床研鑽を積んだ。大学院に行くことになり,当時切池信夫講師(現名誉教授)の取組んでおられた摂食障害研究に興味を持った。国内でまだ珍しかった摂食障害専門外来につかせていただきながら,女性のダイエットはよくあることなのに,なぜ病気にまでなる人とならない人がいるのだろう,価値観や意志の強さも含めた性格傾向によるのだろうか,生物学的な違い(素因)が影響しているのではないかなどと考えた。そしてダイエット(制限給餌)の生物学的影響の解明に挑戦しよう,できれば摂食障害の動物モデルを作ってみたいと思った。当時はラットやマウスを屠殺して脳を取り出し,核酸を解析する手法が主流であったが,活動しているラット脳内から直接神経伝達物質を測定するマイクロダイアリシス法(脳内微小透析法)などの技術が開発されそれを利用した。臨床における病態を常に念頭に置きながら,ラットにさまざまなダイエット(制限給餌)を加え,さらにストレスを加えるなどして摂食行動や不安関連行動などに変化を生じさせ,脳内モノアミンの変化などを測定し,過食症の症状モデルを提唱したりもした。これら経験は今でも疾患の病態機序の理解につながり,薬物選択を考える時などに役に立っている。その後摂食障害の症状形成に依存症同様の心理学的,生物学的機序が存在する可能性を探っていたところ,薬物依存症を研究している米国の研究所で食行動における依存症関連行動の生物学的基盤を解明する多施設共同国際プロジェクト(主に肥満症対策の意味合いが大きい)が立ち上がることになり参加させてもらったが,これは臨床知見をふまえた動物実験を行ってきた経験を買われたものであった。産業精神医学分野にはワーカーホリック(仕事依存症)という言葉があるように,労働者の気分障害には依存症的心性が関連していると考えられるが,15年ほど前から同分野に興味を持ち,これら患者に摂食障害や薬物依存症と類似の治療的アプローチ(認知行動療法など)を試みるようになった。向精神薬の進歩などにより旧来の精神疾患の軽症化や外来治療化が進み,それとともに摂食障害や産業精神医学に注目が集まるなど,こうして振り返ってみるとこの25年間で精神医学そのものにもかなり変化があったように思う。そのなかで,臨床知見をふまえた基礎的研究の経験は,時代や文化とともに移り変わる精神障害病像においても,基本的な病態理解や治療法の選択などに幅広く役立っている。

研究と報告

せん妄を契機に顕在化した老年期甲状腺クリーゼの1例

著者: 森﨑洋平 ,   挾間玄以 ,   高尾碧 ,   小林孝文

ページ範囲:P.417 - P.425

抄録

 甲状腺クリーゼは稀とされるが,時に致死的経過をとる甲状腺中毒状態である。症例は74歳女性で健忘,情動不安定,体重減少,発熱を呈し当院を救急受診。髄液検査,頭部画像検査に異常なく認知症,肺炎の診断で近医にて加療継続された。その後情動不安定が続くため当科を受診し,せん妄状態により入院した。入院後心不全,消化器症状が顕在化し,精査にて甲状腺クリーゼと診断した。抗甲状腺薬の投与と全身管理により,甲状腺クリーゼおよびせん妄は消失したものの,認知機能の改善には約半年を要した。

 高齢化に伴い高齢者の甲状腺機能異常は増える可能性があり,高齢者のせん妄の原因として甲状腺クリーゼも念頭に置く必要があると考えられた。

社交不安障害の併存症研究―気分障害を併存する症例の特徴について

著者: 多田幸司

ページ範囲:P.427 - P.435

抄録

 筆者が主治医として経験した社交不安障害(social anxiety disorder;SAD)123例について,発症年齢,初診時年齢,併存症,遺伝負因,その他の臨床的特徴について調べ,全般性と非全般性SADとの違い,大うつ病を伴う群および双極性障害を発症した9症例の特徴について後方視的に調査した。その結果,気分障害(初発の大うつ病エピソード)の平均発症年齢は非全般性(29.0歳)に比べ全般性(22.6歳)で有意に若かった。ロジスティック回帰分析の結果,SADの初発年齢のみが大うつ病の併存と有意に相関していた(オッズ比0.9)。同様に,OCDの並存(オッズ比14.28),非定型症状(オッズ比16.09),治療期間(オッズ比1.03)が双極性障害の併存と有意に関連していた。

 今回の研究結果から,SADを治療する際には発症年齢が若いほど気分障害の発症に注意する必要があること,またSADにOCDを並存している大うつ病エピソード,SADに伴う大うつ病エピソードに過眠や過食が認められる場合には,双極性障害を視野に入れた治療計画を立てる必要があるといえる。

副腎皮質ステロイド剤によりうつ病を呈しデュロキセチンが奏効したリウマチ性多発筋痛症の1例

著者: 向井馨一郎 ,   岩本行生 ,   宇和典子 ,   本山美久仁 ,   湖海正尋 ,   松永寿人

ページ範囲:P.437 - P.440

抄録

 リウマチ性多発筋痛症(polymyalgia rheumatica;PMR)は高齢者に発症することが多く,治療では副腎皮質ステロイド剤が第1選択となる。PMRでは抑うつ状態を呈しやすいとされるが,それが原疾患によるものか,他の原因により二次的に生じたものかを鑑別することは重要である。しかしながら,PMR治療中に抑うつ状態を呈した症例に関する報告は少なく,診断や治療指針は必ずしも明確ではない。筆者らは,PMR治療中に抑うつ状態を呈したが,症状経過より副腎皮質ステロイド剤起因性のうつ病と診断され,デュロキセチンが著効を示した1例を経験したので若干の考察を加えて報告する。

精神疾患高齢者へのsodium valproate投与によって高アンモニア血症を呈した症例に対するlevocarnitine chlorideの効果

著者: 青木岳也 ,   中島麻美 ,   戸倉淳 ,   土屋直隆

ページ範囲:P.441 - P.448

抄録

 Sodium valproate(VPA)は,高アンモニア血症を惹起することが多く,それは同薬が生体内のカルニチンを減少させることが原因である。高齢者では生理的にカルニチンが不足しやすいため,VPA投与時は,高アンモニア血症に対して特に注意を要する。本稿ではVPA投与により高アンモニア血症を呈した高齢者に対して,カルニチン製剤であるlevocarnitine chloride(LC)を投与し,高アンモニア血症が是正されるかどうかを検証した。結果として,対象症例すべてにおいて血中アンモニア濃度の低下を認め,また血中アンモニア濃度とそれを是正するために必要としたLC量との間には正の相関関係が認められた。

資料

肥満恐怖や身体イメージ障害の明らかでない神経性食欲不振症の転帰調査

著者: 中井義勝 ,   任和子 ,   浜垣誠司 ,   高木隆郎

ページ範囲:P.451 - P.455

抄録

 初診後4~10年経過した典型的神経性食欲不振症(AN)45例,肥満恐怖の明らかでないAN(NFP-AN)25例および身体イメージ障害の明らかでないAN(NBID-AN)37例につき転帰調査を行い,その結果を比較した。典型的AN,NFP-AN,NBID-ANの転帰はそれぞれ,回復は14例,6例,18例,部分回復は11例,16例,13例,未回復は13例,2例,5例,死亡は7例,1例,1例であった。NBID-ANは典型的ANに比し転帰が良好であった。他の群間には,転帰に有意差はなかった。一施設からの後向き調査であるが,肥満恐怖や身体イメージ障害の明らかでないANの転帰調査をわが国で初めて報告した。

一般身体科領域において投与されたmirtazapineの後方視的調査―せん妄との関連を中心に

著者: 白岩恭一 ,   田中究 ,   大本暢子 ,   平井みどり ,   菱本明豊

ページ範囲:P.457 - P.463

抄録

 Mirtazapineはmianserinと類似の構造を持つが,せん妄に対する有効性は明らかではない。本研究では一般身体科に入院しmirtazapine投与を受けた症例を対象に,投与理由や転帰などについて後方視的調査を行った。結果,mirtazapine中止群13例中6例においてせん妄が認められた。Mirtazapineはmianserinと異なりα2受容体遮断作用が強く,ノルアドレナリン,ドパミン賦活作用が高いことから,せん妄を惹起する可能性がある。このため,高齢者に対する投与は慎重に検討する必要がある。

脳血管障害後の感情失禁に対する抑肝散の使用経験と成績―自験6例による検討

著者: 梶谷康介 ,   神庭重信

ページ範囲:P.465 - P.472

抄録

 感情失禁は脳梗塞などの脳器質性疾患に伴う,些細な刺激に反応して生じる制御不能な感情の表出である。脳梗塞後に起こる感情失禁は患者のADLに大きな影響を与えるが,その治療法は十分確立されていない。抑肝散は近年アルツハイマー病など認知症の周辺症状に対してしばしば使用される漢方薬である。以前我々は,偶然にも抑肝散が脳梗塞後の感情失禁を軽快させることを見出し,2症例を報告した。今回さらに4使用経験例を加え,抑肝散が脳血管障害後の感情失禁に対して有効な治療法となりうるかを検討する。

紹介

医療機関における復職支援としての問題解決療法について

著者: 猪澤歩 ,   森岡久直 ,   本岡寛子 ,   中村芳子 ,   福田莞爾 ,   胡谷和彦

ページ範囲:P.473 - P.481

抄録

 本研究では,企業の健康管理センターや主治医と連携を図り,休職中の社員への問題解決療法を用いた復職支援プログラムへの参加募集方法,そして,その問題解決療法の有用性を検討することを目的に行った。問題解決療法とは,5つのコツから構成された認知行動療法の一技法である。これをNTT西日本大阪病院神経科の医師または産業医により受講が必要であると判断された者(主にうつ病性障害および適応障害の診断を受けており,現在復職に向けたリハビリテーションを行っている方)のうち,適格基準を満たし,プログラム前後の調査用紙に記入漏れなく回答した2名の事例(A:適応障害・男性,38歳 B:うつ病・男性,52歳)を中心に考察を行った。結果,積極的問題志向性の得点が,プログラムの前後ではA,Bともに高くなった。さらに,日常生活でもこのコツが活かされている点もみられた。加えて,健康管理センターとのパイプもつながり,今後も連携しながら復職支援プログラムの実施を広げられる可能性ができた。

私のカルテから

精神遅滞の問題行動に少量のblonanserinの追加が著効した1例

著者: 齋藤慎之介 ,   小林聡幸 ,   加藤敏

ページ範囲:P.483 - P.485

はじめに

 今回,入院中の環境の変化を契機に,さまざまな問題行動が出現し対応に苦慮したが,少量のblonanserinの付加的投与が著効した中度精神遅滞の症例を経験したため,以下に報告する。なお症例の特定を避けるために細部は改変を施してある。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

若年周期精神病

著者: 山下格

ページ範囲:P.487 - P.489

はじめに

 ここで仮に若年周期精神病と呼ぶ病態は,早くから該当する症例が多数記載されながら,症状の理解が不十分で診断的位置付けも不明確であった。以下にこれまで経験した症例の諸特徴を挙げ,文献的検討を加えて,その本態に関する筆者の考えを述べることにしたい。

東日本大震災・福島第一原発事故と精神科医の役割・5

超高齢社会における災害時のメンタルヘルスケア

著者: 池嶋千秋 ,   朝田隆

ページ範囲:P.491 - P.500

はじめに

 わが国では,高齢者人口の急速な増加に伴い,高齢で単身または夫婦のみの世帯が増えている。また,平均余命の伸びとともに慢性疾患や認知症にかかる率も増え,認知機能や身体機能の障害を有しながら地域で生活する者も増えている。ひとたび大規模災害が発生すれば,こうした人々が真っ先に犠牲になる。このような人々を「災害時要援護者」(または災害弱者)という。内閣府の災害時要援護者の避難支援ガイドライン9)によると,「災害時要援護者」とは,「必要な情報を迅速かつ的確に把握し,災害から自らを守るために安全な場所に避難するなどの一連の行動をとるのに支援を要する人々」を指す。高齢者を筆頭に,障害者,外国人,乳幼児,妊婦などが挙げられている。またこうした人々は新しい環境への適応能力が不十分であるため,災害による住環境の変化への対応や,避難行動,避難所での生活に困難を来す。その一方で必要なときに必要な支援が適切に受けられれば,ある程度自立した生活を送ることも可能な場合がある。こうした点を踏まえ,本稿では各方面から公表されているデータを基本として,筆者らが被災地支援を通して見聞きした問題にふれながら,災害時の高齢者のメンタルヘルスについて整理し考察する。

書評

―泉 孝英 編―日本近現代医学人名事典【1868-2011】

著者: 早石修

ページ範囲:P.450 - P.450

 本書は,1868(明治元)年3月に明治政府が欧米医学を公式に採用して以来,2011(平成23)年末までに物故された医療関係者で,特にわが国の医学・医療の発展に貢献された3,762名を選んで,物語風に記録されたユニークな人名事典であります。何分にも膨大な内容であり,私自身,生化学という限られた基礎医学が専攻分野なので,医学・医療全体の問題を議論したり,評価することには必ずしも適任ではありません。それでもまず本書を通読して,最も重要な“人選”が極めて公正で妥当であるという印象を受けました。

 次に個々の記載について,個人的に親しかった方々について詳しく調べました。いずれもおおむね正確な情報に基づいており,しかも専門的な記述以外に本人の性格,趣味,交際,家族など私的な紹介も多く,読物としても興味深いものでした。以下,幾人かを収載人物の例として挙げます(敬称略)。

―岩田 誠,河村 満 編―《脳とソシアル》―脳とアート―感覚と表現の脳科学

著者: 佐伯胖

ページ範囲:P.490 - P.490

 本書の「発刊に寄せて」にあるように,脳科学がこれまで中心的に扱ってきたテーマは,いわば「正解」のある課題を与えての「反応」を測定・評価するというものであったが,「感じること」「表現すること」をテーマにするということは,個人の内面にかかわっており,外的基準による「正解」のない活動に焦点を当てることになる。このような「新しい」研究領域を拓く際には,伝統的な脳科学・神経科学を超えて,他領域との交流が必要となるわけで,本書も,脳科学・神経科学の専門家ばかりではなく,知覚心理学や感性心理学の専門家,発達心理学者,健康科学の専門家,ロボット工学者,システム科学者らも執筆陣に加わっており,そのような他領域との交流からの新しい研究領域を拓こうという意気込みが感じられる構成となっている。

 本書の章立てを見ると,色彩感覚,「香り」や「味覚」,音楽,絵画,さらには「遊び」など,まさに,「正解」のない活動を中心テーマに掲げているのだが,これらのテーマの下で実際に探求されていることのほとんどが,「特定の課題を与えたときに,脳のどの部位が活性化するか」,「脳のどの部位に障害があると,どういう“歪められた”行動が発現するか」という,まさに伝統的脳科学のパラダイムの中での「原因追及型」の研究がほとんどである。これは脳科学・神経科学は伝統的に「局在論」の立場から,「○○という反応が生まれるのは,脳のどこが活性化することによるか」を分析的に解明するというのがメインストリームの研究であって「それ以外のやり方が考えつかない」のかもしれない。

学会告知板

第20回多文化間精神医学会学術総会

ページ範囲:P.425 - P.425

会 期 2013年6月14日(金)~15日(土)

会 場 栃木県総合文化センター

集団認知行動療法研究会 第8回基礎研修会

ページ範囲:P.435 - P.435

会 期 2013年7月6日(土)9:30~16:30

会 場 九州大学馬出キャンパス(病院キャンパス)総合研究棟 セミナー室105

    〠812-8582 福岡県福岡市東区馬出3-1-1

    (市営地下鉄「馬出九大病院前」駅,またはJR「吉塚」駅より徒歩 10分)

UBOM(簡易客観的精神指標検査)技術講習会・2013

ページ範囲:P.464 - P.464

主 催 NPO法人UBOM研究会

会 期 2013年8月3日(土)~8月4日(日)

    8月3日(土)13:00~18:00,8月4日(日)9:30~14:30

会 場:コラッセふくしま 5階研修室(福島県福島市三河南町1-20)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.440 - P.440

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.502 - P.502

投稿規定

ページ範囲:P.503 - P.504

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.505 - P.505

編集後記

著者:

ページ範囲:P.506 - P.506

 本号でも多様な投稿論文が並んだ。本年1月より震災関連の連載『東日本大震災・福島第一原発事故と精神科医のかかわり』が始まっているが,その第5回として「超高齢社会における災害時のメンタルヘルスケア」が載っている。折しも,井上幸紀先生の巻頭言「基礎的研究におもうこと―時の流れとともに」は精神科医としての25年の歩みを回想されたものであるが,これらを読むにつけ,時代とともに精神医学と医療,そして精神科医の役割の裾野の広がりをつくづく感じざるを得ない。「大震災」や「原発事故」は“想定外”のアクシデントとしてみることもできるが,「超高齢社会」や「復職支援」といったテーマは,時代の流れに沿って浮かんできた問題であろう。また,本号で掲載されている「社交不安障害」といった,つい最近までは話題になっていなかったものも,注意すべき障害として出てきている。さらには,たまたま本号では載っていないが,脳科学の発展による脳への還元化の増大と,それが個人や社会とどうかかわるのかといったテーマも大きな課題である。病態と治療との乖離はまだ大きい。

 復職支援といえば,今ではすっかり社会問題化しているが,昔は統合失調症,今日ではうつ病や適応障害だろう。日常診療においても精神科医はかなりの時間をこれに割かれるようになっているだろう。私事で恐縮であるが,筆者はちょうど20年前,包括的な産業ストレスに関する当時の労働省の委託研究(故加藤正明先生が代表)の一端をお手伝いさせていただく機会があり,「うつ病」と診断されている勤労者(全員が金融関係の大企業)に休職→復職→休職を繰り返す一群が少なからずいることに気づき,その解析(要因と予防)をしたことがあった(ちなみに,当時はまだ双極性障害は今のようには注目されておらず,軽躁エピソードが「回復」と見誤られるケースも多かった)。しかし,この研究は班の中では格別評価されず,とくに役所からは無視された記憶がある。その時は自分の調査研究は的外れだったのかと落胆したが,今では復職困難問題(とりもなおさず休職問題でもあるが)の切実さは言うまでもない。当時はうつ病は統合失調症と違い,回復さえすればベルトコンベアー式に即就労可能(復職可能)と思われていたのである。うつ症状が回復してもすんなりと復職できなくなったのは個人的要因によるのか企業の内実変化を含む社会的要因が大きいのか,はたまた疾病性の問題なのか事例性の問題なのかを含め不明であるが,精神科医が関与し解決の道筋を示すべき課題は確実に増えている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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